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花火の音は、少し遅れてやってきた。空いっぱいに桃色の光が開いたあとで、どん、と胸の奥が震える。見えているものと、体に届くもの。そのわずかなずれを、今年はやけにはっきり感じた。隣にいる友達が、顔を上げたまま笑っている。わたしも笑おうとして、手元のりんご飴を持ち直した。赤い飴の表面に、さっきの花火が小さく映っていた。もう消えてしまった光が、まだそこにある気がして、しばらく目を離せなかった。「日菜子、食べないの?」「食べるよ。どこからいこうかなって」本当のことではあった。丸いりんご飴は、思っていたより大きい。屋台で受け取ったときには、もっと簡単にかじれるものだと思っていた。友達は、わたしの手元を見て笑った。「一周眺めてるうちに終わるよ、花火」「そんなに眺めてない」少しむきになって、飴の端へ歯を当てる。硬い。もう一度、角度を変える。ぱき、と小さな音がして、薄い欠片が口に入った。砂糖の甘さが舌に広がる。その奥で、まだりんごには届いていない。「ほら、食べられた」誰に証明したかったのか、自分でもわからない。友達が「よかったね」と言った。その言い方が少しおかしくて、今度はちゃんと笑えた。川辺の草に腰を下ろしていると、浴衣の裾から夜の涼しさが入ってくる。淡い水色の生地に咲いた青紫の花が、膝の上で折り重なっていた。背中の帯はまだ慣れなくて、姿勢を変えるたびに、ここにいることを思い出させる。頬には汗が残っているのに、足元の土はひんやりしていた。すぐ後ろでは、屋台の明かりが並んでいる。焼きそばのソースの匂い。油の弾ける音。誰かがかき氷を注文する声。提灯の下を行き交う人たちの話し声が、ひとつの大きなざわめきになって流れてくる。川から吹いた風が、その中に湿った草の匂いを混ぜた。わたしの髪の先が、顎をくすぐる。片手で押さえると、友達がこちらを見た。「その浴衣、やっぱり似合うね」「さっきも言った」「何回言ってもいいじゃん」「……ありがとう」お礼が、少し遅くなった。褒めてもらうのはうれしいのに、まっすぐ受け取るのは、まだ苦手だ。平気な顔をしようとして、かえってそっけなくなる。友達はもう空を見ていた。わたしも、同じほうを向く。細い光が夜の高いところへ上がっていく。途中で見えなくなって、一拍置いて、金色の花が咲いた。川にも、もうひとつ花が開く。水面のほうは形が揃わない。揺れて、ほどけて、いくつもの細い線になる。それでも、空の花火より長く見ていたくなるような光だった。「来年も、ここがいいね」思いがけず、友達が言った。わたしは頷きかけた。そのまま頷けばよかったのに、口から出たのは別の言葉だった。「来年、忙しいんじゃない?」友達の横顔が、ほんの少しこちらを向く。「まあ、受験とかあるけど」「わたしも、まだどうなるかわかんないし」言い終わるころには、自分の声が嫌になっていた。来年も来たい。それだけだったはずなのに。友達はりんご飴の袋を畳みながら、「そっか」と言った。責めるような声ではなかった。だからこそ、言い直す場所を失った気がした。次の花火が上がるまで、空が暗くなる。さっきまで見えていた友達の表情も、提灯の明かりに縁だけを残した。約束をして、守れなくなるのが怖かった。来年の夏には、わたしたちは今よりずっと忙しくなっているかもしれない。違うことを考えて、違う道を選んで、この夜のことを話す機会も少なくなるかもしれない。そんなことを、まだ何ひとつ決まっていないのに考えてしまう。わたしはりんご飴の棒を、指先で回した。飴の赤が、暗がりの中で深くなる。楽しい時間にいると、ときどき、その終わりを先に探してしまう。なくなると知ってから好きになるより、最初から少し距離を置いておいたほうが、平気でいられる気がして。けれど今、隣にいる友達とのあいだにできた静けさは、全然、平気ではなかった。終わるのが惜しいと思える時間を、わたしは今、ちゃんと生きている。胸の中でそう言ってみた。花火が消えるたびに寂しくなるのも、この夜が好きだからなのだろう。りんご飴をもう一度かじる。さっきできた割れ目から、今度は歯が深く入った。ぱり、と飴が割れて、りんごの果汁がにじむ。甘さのあとに、少し酸っぱい味がした。友達へ顔を向けかけたとき、川向こうから次の光が上がった。一本ではなかった。白い筋が、いくつも空を駆けていく。周りの話し声が小さくなった。隣の友達が息を吸う。その音が聞こえるくらい近くにいるのに、わたしはずいぶん遠い来年のことばかり考えていた。光が開く。金色、その向こうに桃色、さらに低いところで青。夜空に重なった花が、川面まで明るくする。友達の頬も、わたしの浴衣の袖も、草の一本一本も、一瞬、同じ色になった。大きな音が届く。胸の奥で何かが跳ねて、わたしは思わず声を出した。「たまやー!」自分で驚いた。隣の友達がこちらを見て、それから、ぱっと笑う。「日菜子、声出すんだ」「……出すよ、たまには」少し照れて、空へ顔を戻す。友達も、わたしより大きな声で「たまやー!」と叫んだ。その声が周りの歓声に混じる。わたしは笑ったまま、今度こそ言った。「来年も来たい」花火の音に、半分隠れた。友達が顔を寄せる。「え?」「来年も。ここで見たい」声を少しだけ強くした。「忙しいかもしれないけど。来たいとは思ってる」友達は、わたしを見たまま頷いた。「じゃあ、そういうことにしとこう」「そういうこと?」「来年も来たいってことで」あっさりした言い方だった。日にちを決めるわけでも、絶対と付け加えるわけでもない。その軽さに、わたしの肩から、ようやく力が抜けた。「うん」今度は、すぐに返事ができた。川辺の風が、浴衣の袖を膨らませる。りんご飴の棒は、握りすぎて少し指に食い込んでいた。持ち直すと、その跡を夜の空気が冷やした。空では金色の光が、長い尾を引いて落ちている。終わってほしくない。そう思った。でも、次が咲くのを待つ気持ちも、同じくらいあった。友達がわたしのりんご飴を指さした。「そこ、赤いのついてる」「どこ?」「口の端」差し出された紙ナプキンで拭くと、ほんの少しだけ赤く染まった。「取れた?」「うん。たぶん」「たぶんって」二人で笑う。花火を見ていたはずなのに、空を見ていない時間も案外多い。飴をかじったり、髪を押さえたり、言いそびれたことを言い直したり。あとから思い出すのは、どちらなのだろう。夜空いっぱいの光か。隣で笑っていた、この声か。きっと、うまく分けられない。ソースの匂いも、草の冷たさも、帯の少し窮屈な感じも。口の中に残ったりんごの酸っぱさまで、今夜の花火と一緒になる。忘れたくない夜には、光だけじゃなく、隣にいた人の声も残る。友達が、また空を指さした。「見て。次、上がる」わたしは頷いて、顔を上げた。まだ何も咲いていない空に、細い光が伸びていく。来年のわたしが何をしているかは、わからない。でも、今年のわたしがここに来たかったことも、来てよかったことも、もう曖昧にしなくていい。りんご飴を持つ手を、膝の上へ下ろした。川に、最初の光が映る。わたしは隣と同じタイミングで、息を吸った。#青春小説 #日菜子の夏 #花火の余韻 #来年も一緒に #心に残る夜【ランキング1位 メーカー直販】ぱくぱくローラー ケース付き ペット 毛 取り クリーナー 抜け毛取り 猫の毛 犬の毛 髪の毛 ホコリ 掃除 カーペット お掃除ローラー ラグ ソファ カーシート 換毛期 掃除グッズ 毛取りクリーナー 日本シール エチケットブラシ 正規品 N76ST価格:2,420円(税込、送料無料) (2026/10/15時点)楽天で購入
2026/10/15
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かき氷のてっぺんが、少し傾いていた。さっきまで、ちゃんと尖っていたはずなのに。ガラスの器の中で、白い氷が赤いシロップを吸い込みながら、ゆっくり背を低くしている。縁に並べたいちごのひとつが、滑りそうになって、かろうじて踏みとどまった。わたしはスプーンを持ったまま、それを見ていた。窓の向こうでは蝉が鳴いている。薄いカーテン越しの日差しは、見ているだけで熱そうだった。部屋を冷やす風が足首を撫でるたび、外とのあいだに、透明な壁があるような気がする。「これこれ。夏の定番」ひとりで言って、少し笑った。いちごをたっぷり載せたかき氷。赤と白の組み合わせを前にするだけで、夏が来た、と胸のどこかが浮き立つ。ついさっきまで暑いのは苦手だと思っていたのに、ずいぶん都合がいい。テーブルの向こうで、ネネが目を細めた。白い前脚を揃え、しっぽを体に巻きつけている。わたしが器を置いたときには首を伸ばしていたけれど、自分のものではないとわかると、すぐに興味のない顔をした。それでも、こちらを見ている。「ネネのじゃないよ」耳だけが動いた。知ってますけど。そう言われた気がして、わたしはまた笑う。器の外側には、小さな水滴がいくつもついていた。ひとつが隣のひとつとつながり、つう、と流れ落ちる。敷いた布の端に、丸い染みができた。早く食べないと。そう思いながら、わたしはスプーンを置いて、スマートフォンを手に取った。この赤を残しておきたかった。透き通った氷も、いちごの艶も、器に触れている光も。画面の中では、現実より少し色が薄く見える。器をほんの少し回し、角度を変える。背景にノートが入ったので端へ寄せると、ネネがその動きを目で追った。一枚撮った。いちごが影になっていた。もう一枚。今度は器の縁が切れている。あと一枚だけ、と構えたところで、氷のてっぺんが崩れた。音は、ほとんどしなかった。白い山の上から赤い筋が流れ、いちごがひとつ、器の内側へ沈んだ。「あ」思わず声が漏れた。画面の中に、さっきとは違うかき氷があった。綺麗なまま残そうとしているあいだに、綺麗だと思った形がなくなってしまった。スマートフォンを下ろす。スプーンは、まだ一度も口に運んでいない。何をしているんだろう。ほんの少し、胸がしぼんだ。最近、こういうことが多い。楽しかったことを、あとからちゃんと思い出せるように。誰かに見せたとき、その楽しさが伝わるように。そう思って写真を撮ったり、言葉を考えたりしているうちに、目の前のものが遠くなる。今日のかき氷だって、食べたくて用意したはずなのに、いつのまにか、うまく残すことのほうに夢中になっていた。画面には、友達の投稿がいくつも並んでいた。青い海。浴衣。花火の下で笑う顔。それぞれの夏が、四角い枠の中で眩しく光っている。わたしの夏はどうだろう。学校と家を行ったり来たりして、机に向かって、たまにうまくいかなくて。せっかくの休みも、何をしようか迷っているうちに午後になる。十七歳の夏なのだから、と考えてしまう。何か、特別なことを。あとで思い出したとき、あの夏はよかったと言えるようなことを。でも、そうやって考えるほど、今ここにある午後が、足りないものみたいに見えてしまう。ネネが、椅子の上で座り直した。爪が布に引っかかって、小さな音がする。わたしが見ているのに気づくと、顔をそむけた。それから、何でもないことのように片方の前脚を舐め始める。この子は、午後を上手に使おうなんて思わない。眠ければ眠る。気になる音がすれば耳を向ける。撫でてほしいときは、わたしの手の届くところへ来る。わたしが呼んだから来たのではなく、自分がそうしたかっただけ、という顔で。「いいなあ、ネネは」つぶやくと、毛づくろいが止まった。丸い目が、まっすぐこちらを見る。何が?尋ねられたようで、わたしは返事に困った。「……なんでもない」器に手を添える。指先が、ひやりとした。冷たさは思っていたより強くて、頭の中に並んでいたあれこれが、一瞬、途切れた。いちごの甘い匂いがする。その下に、果物らしい青い匂いが、ほんの少し。スプーンを氷に差し込むと、しゃり、と音がした。赤く染まったところと、まだ白いところを一緒にすくう。一口、食べる。舌の上で氷がほどけた。甘い。そのあとに、いちごの酸っぱさが追いついてくる。口の中が冷えて、思わず目を細めた。喉を通ったあとにも、涼しさだけが残っている。「……おいしい」今度の声は、さっきより小さかった。誰かに聞かせるためでも、写真に添えるためでもなく、勝手に出てきた声だった。もう一口。いちごをスプーンの縁で割ると、柔らかい果肉から赤い汁がにじんだ。氷と一緒に口へ運ぶ。種の小さな手触りが、舌に残る。肩から、少し力が抜けた。幸せは、残そうとしているあいだにも、目の前で溶けていく。そのことが、今日は少しだけわかった気がした。わたしはスマートフォンを裏返した。撮り直したい気持ちは、まだあった。さっきより氷が低くなったことも、少し悔しい。それでも、次の一口を選んだ。スプーンを差し込む。すくう。食べる。たったそれだけのことを、こんなにはっきり、自分で決めたのは久しぶりだった。冷たさがこめかみの奥へ響いて、わたしは額を押さえた。「ああ、ちょっと待って」ネネが目を丸くする。「大丈夫。急ぎすぎただけ」しばらく動かずにいると、ネネが椅子から降りてきた。床へ着く音は軽い。わたしの足元まで来て、足首にしっぽを触れさせる。心配したのかもしれない。そう思って手を伸ばすと、一歩だけ避けられた。「そこは逃げるんだ」けれど手を戻したら、今度は自分から頬を寄せてきた。七年経っても、この順番は変わらない。わたしは片手でスプーンを持ち、もう片方の手でネネの額を撫でた。白い毛はさらさらしていた。耳の付け根だけ、少し温かい。かき氷で冷えた指に、その温度がゆっくり移ってくる。冷たいものと、温かいもの。どちらも同じ午後にある。ネネは顎を少し上げた。指で掻くと、喉が低く鳴った。「こんな時間、ずっと続けばいいのにね」返事はない。ただ、わたしの指先へ預ける重さが、少し増えた。器の中では、氷がまた溶けている。さっきなら気になったはずなのに、今は、その変化を見ていられた。形が変わったぶん、シロップは氷の奥まで染みている。器の底には淡い赤の水がたまり、スプーンですくうと、最初とは違う甘さがした。同じものを食べているのに、少しずつ味が変わる。わたしはそのことを、もっと早く知っていたはずだった。ネネの小さかった体が大きくなったことも。制服の袖がいつのまにか手首に届かなくなったことも。変わってしまったからこそ、気づいたものがある。窓の外で、蝉の声がふっと途切れた。静かになった隙間に、スプーンがガラスへ触れる音が響く。ちん、と澄んだ音。ネネが耳を向ける。わたしも、少しだけ顔を上げる。カーテンが揺れて、テーブルに落ちていた光の端が動いた。器の水滴が、その中できらりと光った。写真は撮らなかった。撮らずに見ていると、光が消えるまでを見届けられた。最後のいちごをすくう。少し迷って、ゆっくり口に入れる。噛むと、甘さの奥に酸っぱさがあった。食べ終えたくないと思いながら、ちゃんと食べ終えた。空になった器には、細かな赤い種がひとつ残っていた。指のあいだで、スプーンが少し温まっている。夏らしいことを、何かしなくちゃ。さっきまでのわたしは、そう思っていた。でも今、口の中にはいちごの余韻がある。足元にはネネがいて、窓の向こうでは、また蝉が鳴き始めている。わたしは、ちゃんとこの夏にいた。ずっと続いてほしい午後が、ひとつできただけで、この夏を少し好きになれた。ネネが前脚を伸ばし、わたしの足の甲に載せた。「しばらく、ここにいる?」わたしが尋ねると、目を閉じる。そのままでいいらしい。器を片づけるのは、もう少しあとにしよう。わたしは椅子に座り直して、指先に残った冷たさを確かめた。甘かったね、と口の中だけでつぶやく。午後は、まだ続いていた。#青春小説 #日菜子とネネ #いちごのかき氷 #夏の午後 #溶けていく幸せ【ポイント5倍】 キャットタワー 猫タワー キャットタワー 据え置き スリム 大型猫 多頭飼い おしゃれ 抗菌 消臭 中型 大型 ハンモック付 かわいい おもちゃ 運動不足 安定 頑丈 爪とぎ 爪研ぎ 麻紐 子猫 シニア 省スペース 送料無料 AIFY価格:5,480円~(税込、送料無料) (2026/10/15時点)楽天で購入
2026/10/15
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時計の針が、思っていたより先へ進んでいた。ほんの少し目を閉じただけのつもりだったのに、窓から入る光はもう、部屋の奥まで届いている。床に落ちたカーテンの影が、さっきより細長い。わたしのそばで、ネネが眠っていた。白い背中が、ゆっくり上下している。片方の耳だけがこちらを向いていて、眠りながらも、わたしが動く気配を聞いているらしい。手を伸ばすと、指先に柔らかな毛が触れた。ネネは目を開けず、しっぽの先を一度だけ動かした。撫でてもいいけど、起こさないで。たぶん、そういうことだ。「……今日も休みだったなぁ」声にしてから、変な言い方だと思った。休みだったことは、朝から知っていた。それでも、何も予定を入れないまま一日が過ぎていくと、あとになって気づいたみたいな気持ちになる。机の上には、閉じたままのノートがある。昨日の夜、明日はここまでやろうと決めて、付箋を貼っておいた。読みかけの本も、その隣に置いてある。少し遠くまで散歩するのもいいなと思っていた。どれも、できなかったというほど難しいことではない。ただ、どれにも手をつけないまま、光の色だけが変わっていた。枕元のスマートフォンを取る。画面には、友達が送ってくれた写真があった。駅前の新しいお店。大きなグラスに入った飲み物。向かい合う二人の手元。『思ったよりおいしかった!』短い文章の後ろに、笑っている絵文字。いいな、と思った。それは本当だった。けれど、いいな、のすぐあとに、小さな棘のようなものが残った。わたしは今日、何をしていたんだろう。返信の欄に『よかったね』と打つ。少し迷って、『今度わたしも行ってみたい』と続けた。送信すると、部屋がさっきより静かになった。窓の外から、自転車のブレーキの音が聞こえる。遠くで誰かが笑っている。カーテンが膨らんで、洗濯した布の匂いがふわりと鼻先を通った。外では、ちゃんと一日が進んでいる。そんな言葉が浮かんでしまって、わたしはスマートフォンを伏せた。ちゃんと、って何だろう。ノートを何ページ進めたとか、初めてのお店に行ったとか。人に話せることがあれば、今日を上手に使えた気がする。十七歳の休日は、もっと忙しくて、もっと眩しいものなのだと、どこかで思っていた。ネネが身じろぎをした。前脚をゆっくり伸ばして、爪を少しだけ出す。小さな口を大きく開けてあくびをすると、わたしを見上げた。「起こしちゃった?」返事の代わりに、目を細める。もう一度撫でようとすると、今度は顔をそらされた。「はいはい。もういいんですね」手を引っ込めると、その手の甲に、湿った鼻が触れた。離れたいのか、そばにいてほしいのか。七年一緒にいても、全部はわからない。それでも、こうして少しだけ触れてくるとき、わたしはいつも、続きを急がずに待つことにしている。ネネはわたしの指の匂いを確かめてから、手の下へ額を滑り込ませた。「結局、撫でてほしいんじゃない」声に笑いが混じった。耳の後ろを掻くと、喉の奥で低い音が鳴り始める。指から手首へ、その振動がかすかに伝わった。スマートフォンの向こうではわからない、小さな音だった。わたしはネネの背中を、首からしっぽの付け根までゆっくり撫でた。陽の当たっていた毛は温かく、内側にはもっと確かな熱があった。今日、何もしていない。そう思っていたけれど、ネネの機嫌が直るまで待ったことは、何も、に入るのだろうか。片耳が少し折れていたのを戻したこと。寝返りの邪魔にならないように、足をずらしたこと。この子があくびをしたとき、一緒にあくびが出てしまったこと。どれも、人に報告するほどではない。写真に撮っても、きっと同じような白い猫の写真になる。けれど、その時間にわたしがいなかったら、ネネは別の場所で眠っていたかもしれない。何もなかった一日にも、誰かといた時間は残る。ネネの喉が鳴るたび、その言葉が、わたしの中で少しずつ本当になっていった。机の上の付箋が、風に持ち上がった。薄い紙の端が、かさ、と鳴る。やっぱり少しだけ勉強しよう。そう思って体を起こしかけると、ネネが前脚をわたしの手首に載せた。軽い重さだった。振りほどこうと思えば、すぐにできる。ネネだって、わたしが立ったからといって傷ついたりはしない。たぶん一度こちらを見て、また眠る。それなのに、わたしは動きを止めた。載せられた脚の下で、自分の脈が打っている。明日の授業。まだ少し苦手なところ。みんなの前で発言するとき、言葉を探して黙ってしまうこと。休みの日にも、それらをどこかで持ち歩いていた。何かしておけば安心できる。そう思っていたくせに、始められない自分に腹を立てて、休んでいるあいだまで、ずっと自分を急かしていた。ネネが、わたしの手首を抱えたまま目を閉じる。その顔を見ているうちに、胸の奥から、長い息が出た。「……今日は、ここにいようか」誰に向けて言ったのか、自分でもわからなかった。わたしは背中を預け直した。机はすぐそこにある。ノートも、付箋も、手を伸ばせば届きそうな距離にある。でも、今は開かないことにした。明日のわたしに任せるのは、少し怖かった。明日もできなかったら、という声がすぐに顔を出す。それでも、ネネの前脚の下から手を抜かずにいた。一日じゅう迷いながら休むより、残っているこの時間だけは、ちゃんと休んでみたかった。「今日のわたし、あんまり頑張ってないけど」ネネの耳が動く。「ここ、貸してあげたからね」得意げに言うと、ネネは薄く目を開けた。わたしの顔を見て、それから、何の用もなかったように閉じる。わたしは小さく笑った。窓から入った風が、首筋を通り抜けた。少し冷たくて、気持ちがいい。髪の先が頬に触れる。さっきまで気にならなかった音が聞こえてきた。時計の針が進む音。カーテンが壁を撫でる音。ネネが鼻から息を吐く、ごく小さな音。目を閉じると、部屋の中に、こんなにたくさんのものがあったのだと気づく。一日を埋めなくても、ここにはもう、いくつもの音がある。しばらくすると、伏せていたスマートフォンが震えた。友達からの返信だった。『行こう! 日菜子、今日は何してた?』わたしは画面を見つめた。何もしてない、と打ちかけて、消す。嘘ではない。けれど、今はもう、少しだけ違う気がした。『ネネと、ずっとのんびりしてた』送ってから、白い頭を見下ろす。『最高じゃん』すぐに返ってきた文字の下に、猫のスタンプがついていた。そうか。それでよかったのか。急に何かが解決したわけではない。机のノートは閉じたままだし、今日やろうと思っていたことも、そのまま残っている。惜しかったな、という気持ちだって、まだある。でも、その惜しさの隣に、温かいものを置いてもいいのだと思った。わたしはスマートフォンを手の届かないところへ置いた。ネネが顔を上げる。「大丈夫。どこにも行かないよ」そう言うと、当然でしょう、という顔で、またわたしに寄りかかった。窓の光が、白い毛の輪郭を淡い金色に染めている。この子がわたしと暮らしている七年のあいだに、こんな午後は何度あったのだろう。思い出せないくらい、たくさん。思い出せないことが、少し寂しい。けれど、忘れていても、ネネはこうして迷わずそばへ来る。重ねた時間は、どこかに残っているらしい。「明日は、ちゃんと起きるから」ネネは返事をしなかった。代わりに、わたしの手に頬を押しつけた。わたしはその小さな重さを受け止める。今日を惜しむ気持ちと、今日が好きだという気持ちは、一緒にあってもよかった。もう少ししたら、起き上がろう。今度は、一日を取り返すためではなく、お腹がすいたから。ネネの水を替えて、それから自分の飲み物を用意しよう。明日のことは、そのあとでいい。時計の針は、相変わらず進んでいる。わたしはもう一度だけ目を閉じた。手のひらの下で、ネネの寝息が続いていた。#青春小説 #日菜子とネネ #何もしない休日 #猫と暮らす #心を休める【送料無料】手作り猫 首輪 【ミニドット シンプルシュシュ首輪 鈴付き】猫用 猫用首輪 猫首輪 ドット 子猫 ~ 成猫 おしゃれ かわいい シュシュ リボン 安全 超軽量 選べる 鈴付き ねこ首輪 ハゲない ハゲにくい ポスト投函 国産 ハンドメイド価格:1,199円(税込、送料無料) (2026/10/15時点)楽天で購入
2026/10/15
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枕を、三度も直していた。右の角を持ち上げ、真ん中を軽く押し、白いカバーの皺を手のひらで伸ばす。いつもならそれで終わるのに、今夜は置いたそばから、少し傾いている気がした。もう一度、両端をつかむ。布の擦れる音が、静かな部屋に妙に大きく響いた。ベッドの上で、ネネがわたしを見ていた。前脚をそろえ、しっぽを体に沿わせている。枕の隣。毎晩、わたしが横になる前に、一度は座る場所だ。「もうちょっと待ってね」ネネは瞬きをした。七歳の白い猫には、枕の角度など、どうでもいいのだろう。たぶん、わたしにも。ベッド脇のランプが、蜂蜜を薄く溶かしたような色で部屋を照らしていた。壁に掛かった植物の絵も、小さな時計も、その光の中では輪郭が柔らかい。カーテンの隙間には、濃い青の夜があった。お風呂上がりの首筋を、部屋の空気がゆっくり冷ましていく。淡い色の部屋着は軽く、腕を動かすたび、洗剤の匂いがかすかに立った。もう眠る準備はできていた。歯も磨いた。明日の鞄も揃えた。目覚ましも、いつもの時刻に合わせてある。それなのに、枕から手を離せない。置けば、今日が終わってしまうからかもしれなかった。寝る前に考え始めると、昼間は見えていなかったことばかり、よく見える。もう少し早く取りかかればよかった課題。分からないところを聞かれて、うまく説明できなかったこと。それから、友達から届いていた一通のメッセージ。『今日、ちょっと元気なかった?』心配してくれているのは分かった。嬉しくもあった。けれど、何かあったの、と続けて聞かれたら、何と答えればいいのか分からなかった。大きな出来事はない。泣くほどのこともない。ただ、いくつかの小さなつまずきが、靴の中の砂みたいに、ずっと気になっていた。だから、『全然。大丈夫だよ』と返した。そのあとに来た『そっか、よかった』を見て、少しほっとして、少し寂しくなった。自分で閉めた扉なのに。枕の中央を押すと、へこんだ場所がゆっくり戻った。「別に、悪い日じゃなかったんだけど」ネネに言う。彼女はわたしの手元を見ていた。楽しいこともあった。笑ったし、おいしいものも食べた。なのに夜になると、うまくできなかった数分が、一日の真ん中に座ってしまう。そんなものに席を譲らなければいいのに、わたしはわざわざ、その前へ椅子を運ぶ。なぜああ言ったのだろう。どうして、あそこで黙ってしまったのだろう。次なら、もっと上手にできるだろうか。考えるほど、眠ることが後回しになった。「あと一個だけ、ちゃんとしたら」何を、と聞かれたら、答えられなかったと思う。終わっていない課題は、明日続きをやるしかない。口にしてしまった言葉も、頭の中で言い直しただけでは相手に届かない。それでも、すっきりしないまま眠るのは、何かを途中で投げ出すようで落ち着かなかった。ネネが、ひげを動かした。わたしはやっと枕を置いた。すると彼女は立ち上がり、整えたばかりの端へ前脚を載せた。「あ」白いカバーに、新しい皺が寄る。ネネは気にしない。念入りに鼻を近づけ、片方ずつ足を踏み替えて、その場所を確かめる。「せっかく、今」言いかけて、口を閉じた。ネネがこちらを見上げていた。何か問題でも、と言いたげな目。わたしは枕の皺を見た。数秒前なら、すぐ伸ばしていたはずの皺だった。でもその上には、丸い白い足が二つある。「……いいです。そこは」笑うと、頬が思ったよりこわばっていたことに気づいた。ネネは許可など待っていなかったらしく、もう別の場所を嗅いでいる。きれいに整った寝床より、自分が落ち着く寝床を探していた。わたしはベッドの縁に腰を下ろした。マットレスが沈み、ネネの体がわずかにこちらへ傾く。彼女は一歩踏み直し、それから、わたしの膝へ鼻先を寄せた。冷たい感触に、指が自然と動いた。耳の後ろを撫でる。白い毛の奥は温かかった。今日を好きになれないままでも、今日のわたしを休ませていい。ふと、そんな言葉が浮かんだ。声にはしなかった。代わりに、肩から息を落とすように、ゆっくり吐いた。ネネは目を細めた。撫でる手が少し強かったのか、次の瞬間には顔をそむける。「あ、ごめん」手を止めると、今度は額が指へ戻ってきた。加減が難しい。七年一緒にいても、まだ難しい。でも分からないたびに、最初からやり直しになったりはしない。少し手を緩めて、もう一度触れば、それで済むこともある。ベッド脇で、スマートフォンの画面が光った。通知ではなかった。置き方がずれて、手が触れただけだった。そこに、さっきのやり取りが残っていた。『そっか、よかった』明るい文字が、暗がりの中で近すぎる。わたしは画面を消そうとして、指を止めた。今さら、と思う。大丈夫だと言ったばかりなのに。もう向こうは別のことをしているかもしれない。眠っているかもしれない。何もなかったことにして、明日いつもどおり話すほうが簡単だ。ネネの背中から、手を離した。彼女は文句を言わず、枕の横に座り直した。わたしは短く文字を打った。『さっき大丈夫って言ったけど、ちょっと疲れてたかも。気づいてくれてありがとう』読み返す。大げさではないだろうか。かえって心配させないだろうか。また消しそうになって、今度は、その下へ一行足した。『また明日ね。おやすみ』胸の奥が小さく跳ねたまま、送信した。音はしなかった。部屋は何も変わらなかった。ランプは相変わらず温かい色で、時計は同じ速さで進んでいた。それでも、さっきまで頭の中だけで言い直していた言葉が、一つ、外へ出た。わたしは返信を待たずに、画面を伏せた。今夜中に全部説明しなくていい。明日、顔を見てから話せることもある。「……では、寝ましょうか」少し改まって言うと、ネネがこちらを向いた。「お待たせしました」差し出した指の匂いを、彼女は短く確かめた。許されたのかどうかは、分からない。掛け布団をめくると、シーツはひんやりしていた。足を入れ、体を横たえる。枕の端にはネネがつけた皺が残っていて、頬に当たると、少しだけ感触が違った。直さなかった。ネネは布団の上を歩いてきた。前脚の重さが、順番に伝わる。慎重そうに歩くのに、わたしのお腹を通るときだけ、なぜか遠慮がない。「そこ、ちょっと」小声で抗議すると、白いしっぽが顎をかすめた。彼女はわたしの腕のそばで向きを変え、一度丸くなりかけてから、やっぱり少し伸びた。今夜の形が決まったらしい。手を置くと、柔らかい胸の動きが分かった。一度、二度。数えているうちに、自分の息までゆっくりになった。今日うまくいかなかったことは、消えていない。明日のわたしが向き合うことも、まだある。でも、いま確かめなければならないのは、その全部ではなかった。ネネの寝場所を潰していないこと。足先が冷えていないこと。目を閉じたいと、体が言っていること。わたしは空いた手を伸ばし、ランプのスイッチに触れた。消す前に、もう一度だけネネを見る。半分閉じた目が、こちらを見返した。きちんと終われなかった日にも、おやすみは言っていい。「おやすみ、ネネ」灯りが消えた。カーテンの隙間から入る夜の光で、白い背中だけがうっすら見えた。暗さに目が慣れるのを待たず、わたしはまぶたを閉じる。手のひらの下で、ネネが少しだけ身じろぎした。それから、温かい額が、指の間に収まった。今度はわたしも動かずに、その重さを受け止めた。枕は少し傾いていた。ちゃんと、眠れそうだった。#青春小説 #日菜子とネネ #おやすみの前に #今日の自分を休ませる #猫と眠る夜\楽天ランキング1位/ 【獣医師監修】 猫 おもちゃ 猫 おもちゃ 電動 猫 おもちゃ 自動 電動ねずみ ねこ ねずみ おもちゃ 玩具 電動 猫 玩具 自動 2種類のモデル リモコン付き USB充電式 簡単操作価格:2,480円~(税込、送料無料) (2026/10/13時点)楽天で購入
2026/10/13
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ネネが、いつもより三歩も近くにいた。リビングへ入るとき、わたしは危うく立ち止まりそこねた。普段ならソファの上から片耳を動かすだけの白い猫が、今日は入口のすぐそばで、しっぽを立てて待っている。「ただいま」返事は短かった。にゃ、と一声。それから視線が、わたしの顔を通り過ぎ、手元の紙袋へ落ちた。「……そっち?」袋を少し持ち上げると、ネネの顎も上がる。下げると、下がる。分かりやすすぎて、笑ってしまった。「お土産、あるよぉ」声に出した途端、今日ずっと言いたかったのはこれだったのだと気づいた。窓から差す光が、床を長く照らしていた。レースのカーテンが膨らみ、ソファの紫色のクッションに薄い影を落としている。外では気づかなかった汗が、首筋にじんわり残っていた。肩から黒いバッグを下ろすと、紐の当たっていた場所がふっと軽くなる。わたしはラグの上に膝をついた。紙袋を置く。ネネも座る。まだ何も出していないのに、もう話が通じているみたいだった。「順番にね」持ち手を開くと、乾いた紙の音がした。ネネの鼻がすぐに近づく。ひげの先が袋に触れ、かすかに震えている。その真剣さに、わたしまで声を落とした。「まず、ごはん」白い袋を取り出すと、中の粒がざらりと動いた。ネネは鼻を寄せて確かめ、それから袋の向こうを覗き込む。まだありますよね、という顔。「はいはい。分かってます」次に、桃色のおやつの袋。ラグの端へ置くより早く、白い前脚が伸びてきた。「それは、あと。今は開けないよ」わたしが指を添えると、ネネはぴたりと手を止めた。そのまま目を細める。最初から触るつもりなんてありませんでした、という顔が、七歳になってますます上手になった。そして最後。黒い柄をつまみ、白と紫の羽根を袋から抜く。小さな鈴が、ちり、と鳴った。ネネの顔が変わった。耳が前を向き、さっきまで余裕のあった体が、ほんの少し低くなる。瞳の中に、窓の光が丸く映っていた。わたしは左腕にごはんを抱えたまま、右手のおもちゃをそっと持ち上げた。白い前脚が、それを追った。ぱ、と開いた足先。爪の出ていない、柔らかそうな手。「気になる?」聞くまでもなかった。ネネは返事をする代わりに、もう一度、少し遠くまで腕を伸ばした。羽根に触れた先端が、ふわりと揺れる。買ってよかった。こんなに早くそう思えるなんて、売り場で迷った時間が可笑しくなる。でも同時に、もう少し喜んでほしい、と思ってしまった。せっかく選んだのだから。いくつも手に取って、色や柔らかさを比べて、これに決めたのだから。わたしは羽根を右へ動かした。ネネの顔も右へ動く。今度は左。次もついてくる。嬉しくなって、少し速く振った。鈴が続けて鳴り、羽根が光の中で細くほどける。けれど、三度目には、ネネは動かなかった。片方の前脚を下ろし、座り直した。「……あれ?」もう一度振る。見ている。でも、手は出さない。「さっき、欲しそうだったじゃん」わたしは小声で言った。ネネは胸元を一舐めした。わたしのほうを見もしない、その余裕。まだ始めたばかりなのに。左腕のごはんの袋が、妙に重たくなった。わたしは意外と、こういうことにむきになる。一度うまくいくと、同じようにやれば、もう一度うまくいくと思ってしまう。そうならないと、さっきより頑張ればいいのだと、力を入れる。勉強でも、練習でも。親切のつもりで何かをしたときまで。相手が少し困った顔をして、ようやく手を止めることがある。ネネは困った顔をしない。ただ、毛づくろいをする。その迷いのなさが、今日は少し羨ましかった。「お気に召しませんか」わざと丁寧に聞いてみる。ネネの耳だけが動いた。分かっている。おもちゃが気に入らないとは限らないし、ずっと遊び続ける約束をしたわけでもない。それなのに、わたしはさっきの、前脚をいっぱいに伸ばした顔を、もう一度見たかった。喜ばせたい気持ちには、ときどき、喜んでほしい気持ちが混ざる。右手を下げると、鈴の音が止まった。部屋の中に、時計の針の音が戻ってくる。わたしはごはんの袋を紙袋の横へ置いた。両腕が空くと、歩き回った疲れが今さら膝へ集まってきた。「ちょっと、休憩」誰への言い訳か分からないまま、そう言った。ラグは日差しの当たるところだけ温かい。指をつくと、短い毛足がさらりと倒れた。ネネの白い背中も、同じ色の光を受けている。おもちゃを膝の横に置き、わたしは小さく息を吐いた。そのとき、ネネが立った。羽根へ向かうと思った。けれど白い体は、それを通り過ぎた。わたしの膝のそばへ来て、Tシャツの裾を嗅ぐ。外の匂いがするのだろう。鼻先が布越しに触れ、ひんやりした。次に手首。それから、何も持っていないわたしの指。「なに?」指を丸めると、ネネが額を押しつけてきた。一度。少し離れて、もう一度。思っていたより強い力だった。わたしの手が、押されて膝の上へ戻る。ネネはその下へ、自分から頭を入れた。「……そっか」声が小さくなった。お土産を出すのに忙しくて、まだ一度も撫でていなかった。待っていたのは袋なのだと、勝手に決めつけていた。もちろん、袋も待っていたのだろう。ごはんも、おやつも、気になるに違いない。でも、今ここにある額は、わたしの指を押し上げている。わたしは首の後ろへ手を滑らせた。毛の表面は日に温められ、その奥にはネネ自身の熱があった。指の腹でゆっくり撫でると、耳が少し横へ開く。低い音が、手のひらまで伝わってきた。「ただいま、ネネ」さっきよりも静かに言った。ネネは目を細めたまま、喉を鳴らしている。急に、帰ってきた気がした。靴を脱いだときでも、バッグを置いたときでもなく、この白い頭の重さを受け止めた今になって。外でのわたしは、思っているよりいろいろな顔をしている。店員さんに声をかける前の顔。道を譲るときの顔。知らない場所で、知っているふりをしそうになる顔。どれも嘘ではないけれど、少しずつ力が入っている。ネネの前では、それが指先から抜けていった。「いっぱい選んできたんだよ」返事はない。「でも、まずこっちだったね」撫でる手を止めると、ネネはすぐに顔を上げた。わたしは笑って、もう一度耳の後ろを掻いた。しばらくして、彼女は満足したらしく、何の挨拶もなく一歩離れた。そして今度こそ、床の羽根を見た。見る。わたしを見る。また、羽根を見る。「今なの?」その間のよさに、笑いがこぼれた。今度はおもちゃを、低く動かした。ラグの端に隠して、少しだけ見せる。ネネのお尻がわずかに揺れた。白い前脚が伸び、羽根を押さえる。わたしはすぐには引かず、そのまま少し待った。捕まえたものを確かめる横顔は、真剣で、どこか得意そうだった。「つかまった」わたしが言うと、ネネは柄のほうへ目を向けた。誰が動かしているのか、知っている。知っていて、遊んでくれる。鈴が一度鳴った。窓の光がさっきより低くなり、紙袋の影がラグへ伸びていた。おやつも、ごはんも、まだ封をしたまま並んでいる。買ってきたものは、これから少しずつ減っていく。けれど今日のこの時間には、レシートに載らないものが増えた気がした。待っていてくれる誰かがいると、ただの帰宅が、会えた時間になる。わたしは羽根をほんの少し動かした。ネネが押さえ直す。「もう一回?」白い前脚は、まだ離れない。「はいはい」わたしは膝の位置を直して、ラグの上に落ち着いた。帰ってからやろうと思っていたことを、一つだけ、あとにする。その代わり、空いていた左手で、ネネの背中をそっと撫でた。今度は、忘れずに。#青春小説 #日菜子とネネ #ただいまの幸せ #猫へのお土産 #待っていてくれる存在猫 おもちゃ LEDポインター ライト 猫じゃらし ねこじゃらし USB充電 猫用おもちゃ 運動不足解消 ねこ ネコ キャット ペット 光るおもちゃ 肉球 ほね さかな ハート ねずみ ストレス解消価格:680円(税込、送料無料) (2026/10/13時点)楽天で購入
2026/10/13
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あれ、こんなに小さかったっけ。受け取ったソフトクリームを見て、最初に思ったのはそんなことだった。白い渦が三つほど重なって、先端が少し横へ曲がっている。コーンの網目も、それを包む薄い紙も、覚えていたとおりだった。なのに、手に収めると、何かが違った。「はい、気をつけてね」売り場のおばさんが言った。わたしは頷き、商店街の端へ二歩ほど寄った。左手の紙袋が脚に当たって、かさりと鳴る。袋の口から、ネネに買った猫じゃらしの紫の羽根がのぞいていた。右手にソフトクリーム。左手に猫のごはんとお土産。両手がふさがって、髪が頬にかかっても直せない。そういうところまで、なんとなく夏休みみたいだった。透明な屋根を通った午後の光が、通りの敷石に四角く落ちていた。焼き鳥屋から甘辛いたれの匂いが流れてくる。その隣では、揚げたてのコロッケが金網の上へ並べられたところだった。少し先に、和菓子屋の赤い庇が見える。知らない店も増えたけれど、匂いの順番はあまり変わらない。わたしはソフトクリームの先を、そっと口に含んだ。冷たい。次に、甘い。それから、ミルクの味がした。舌の上で滑らかにほどけ、喉へ届く頃には、もう形がない。「……これだ」誰に聞かせるでもなく、言っていた。思い出そうとしていたわけではなかった。それなのに、口の中へ入ってきた甘さと一緒に、日焼けした腕や、汗で額に貼りつく前髪まで浮かんできた。夏休みの買い物。母の持つ大きな袋。歩くたび、裸足の踵から離れるサンダルの音。記憶はいつも、出来事から戻ってくるとは限らないらしい。何を話したかより先に、あの日も指がべたべたしていた、と分かることがある。わたしはコーンを少し回した。日差しの当たっていた側に、細い白い筋ができている。慌ててそこを口にすると、今度はコーンの縁まで歯に触れた。さく、と小さな音がする。まだ、そこを食べる予定ではなかったのに。削れた縁を見つめて、わたしは一人で笑った。「落ちるから、早く食べなさい」昔、何度も言われた声が、すぐそばに聞こえた気がした。今なら分かる。あれは急かしたかったのではなく、わたしが泣く前に、どうにかしたかったのだろう。でも当時のわたしは、頑固だった。自分で持つと言ったら、絶対に渡さない。手伝おうかと差し出された手から、少し体をひねってソフトクリームを遠ざける。全部、自分のものにしたかった。冷たさも、甘さも、持っている誇らしさも。今のわたしは、ちゃんと一人で買える。小銭を数えて、袋を持って、人の邪魔にならない場所を探して食べられる。ただ、溶ける速さには、まだ少し負ける。左手の持ち手が指に食い込んできた。猫のごはんは、持ったばかりのときより重い。いったん袋を足元へ置くと、肩から力が抜けた。紫の羽根が二、三度揺れて、止まる。わたしは空いた手を開いた。指の付け根に、赤い線がついている。その手を、ソフトクリームの横へ並べてみた。ああ、と、ようやく思った。小さくなったのは、これではないのかもしれない。わたしの手が、大きくなったのだ。昔はもっと必死に握っていた。コーンを壊さないようにと言われても、加減が分からなくて、薄い紙がぐしゃぐしゃになるくらい。今は指先だけで支えられる。それを成長と呼ぶには些細すぎる気がしたけれど、目の前には確かに、その違いがあった。十七歳は、大きくなったねと言われる年齢なのに、自分ではあまり実感がない。進路の話になると、何がしたいの、と聞かれる。まだ考えている、と答える。嘘ではない。でも、ときどきその言葉を、考えがまとまらないことを隠すために使ってしまう。興味のあることはある。やってみたいことも、一つではない。けれど、一つ口に出した途端、それだけを目指す人にならなければいけない気がして、言葉の手前で止まってしまう。子どもの頃は、知らないものを見つけると、すぐに指を差したのに。ソフトクリームの表面に、小さな艶が広がる。わたしはまた一口食べた。大きくなった手にも、まだ持ちきれないものがある。甘さが喉を通っていく。将来のことを考えながら食べても、ソフトクリームは律儀においしかった。そのことが少しおかしくて、ありがたかった。隣で、靴音が止まった。小さな男の子が、母親と一緒にソフトクリームを持っている。白い先端を見上げる顔が真剣で、こちらまで姿勢を正したくなる。母親が屈み、何かを言った。男の子はすぐに首を振った。「じぶんで」わたしは視線を落とした。笑ったら、悪い気がした。でも口元は緩んでしまう。その子の母親は、持とうとしていた手を引っ込めた。ただ、ハンカチを出したまま、隣に立っている。わたしにも、あんなふうに待ってくれていた人がいた。自分では一人でできたつもりのことを、誰かがすぐそばで見ていた。ソフトクリームから、白い雫が指へ落ちた。「あ」冷たさに、現実へ戻る。慌てて舐めようとして、かえってコーンを傾けかけた。何をしているんだろう。十七歳になっても、結局これだ。売り場へ目を向けると、おばさんがこちらに気づいた。「紙、いる?」わたしは反射的に、大丈夫です、と言いかけた。その言葉が舌の先まで来て、止まる。右手はべたべただし、バッグの中のハンカチを出すには、また持ち替えなければならない。大丈夫ではある。どうにかできる。けれど、それと、受け取らないことは同じではなかった。「……一枚、ください」おばさんは二枚、紙ナプキンを差し出してくれた。「今日はよく溶けるねえ」「はい。追いつかなくて」「ゆっくり急いで」変な言い方だった。わたしが笑うと、おばさんも笑った。紙をコーンに巻き足し、汚れた指を拭く。それだけで、ずいぶん食べやすくなった。手伝ってもらったからといって、わたしのソフトクリームではなくなるわけではなかった。昔の自分に教えたら、きっと納得しないだろう。今のわたしだって、たぶん、毎回はうまくできない。それでも今日は、一枚くださいと言えた。足元の袋を壁際へ少し寄せて、もうしばらくここで食べることにした。歩きながら全部こなそうとしなくてもいい。白い渦は、もうほとんど残っていなかった。コーンの内側へ溶けた部分が染み込み、縁だけが少し柔らかくなっている。そこをかじると、冷たい甘さのあとから、焼けた小麦の香りがした。わたしは、この辺りが好きだった。子どもの頃も、たぶん。最後に近づいて寂しいのに、いちばんおいしい。頭上で、古い提灯がわずかに揺れた。通りを抜ける風が、汗ばんだ首筋を冷やしていく。ふと、母にもこの味を聞いてみたくなった。昔から同じだったのか。わたしはいつも何を話していたのか。どのくらい食べるのが遅かったのか。全部は覚えていないだろう。覚えていなくても、一緒に笑える気がした。次は二つ買おうと思った。一つを買ってもらっていたわたしが、今度は二つ、窓口で頼む。まだ自分のお小遣いでは少し大きな買い物だけれど、できないことではなかった。戻れない頃の味が、これからの約束になる。コーンの先を、ひと口で食べた。歯の間で、軽い音がした。口の中の甘さが消えないうちに、足元の紙袋を持ち上げる。持ち手の跡はまだ残っていたけれど、さっきほど気にならなかった。「ごちそうさまでした」売り場のおばさんへ声をかける。またどうぞ、と返ってきた。わたしは一度頷いて、光の落ちる通りへ足を出した。大きくなった手の中で、紙袋が鳴る。唇の端には、まだ少し、あの頃と同じ甘さが残っていた。#青春小説 #日菜子の日常 #思い出のソフトクリーム #商店街の午後 #変わらない味獣医師監修 猫 おもちゃ 一人遊び 運動不足 球体自動猫じゃらし にゃんにゃんタマタマ 動く ねこじゃらし USB充電 ねこ ペット 猫用品 ストレス発散価格:1,699円(税込、送料無料) (2026/10/13時点)楽天で購入
2026/10/13
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「ごはんだけ、の予定だったんですけど」そう言いながら、わたしの右手には猫じゃらしが握られていた。店員さんの視線が、その先へ移る。白と薄紫と淡い緑の羽根が、冷房の風を受けてふわふわ揺れていた。わたしが何もしていなくても楽しそうで、それが少し、言い逃れのできない感じだった。「よくあります」店員さんが笑う。わたしも笑って、左腕に抱えた猫のごはんを持ち直した。袋の中で粒が動き、ざらりと音を立てる。窓際から、白い耳がこちらを向いた。ネネは低い棚の上の休憩スペースに座っていた。猫と一緒に入れるこの店で、七歳の彼女は早々にお気に入りの場所を見つけ、買い物をわたしに任せきっている。背中には午後の日差し。前脚はきちんとそろえて、いかにも付き添いで来ました、という顔をしていた。買い物の主役は、そっちなのに。「ネネ。これ、どう?」少しだけ柄を傾ける。白い顔が動いた。羽根を見る。わたしを見る。それから、窓の外を見る。以上。「あれ」思わず漏れた声に、店員さんが口元を緩めた。「今は外が気になるのかな」「……家だと、もうちょっと反応するんです」なぜか、ネネの名誉を守るようなことを言ってしまう。本当は家でも、気分次第だ。わたしが張り切っている日に限って眠そうで、宿題を始めると急に遊びたがる。こちらの都合を分かっていて外しているのでは、と疑いたくなるくらい、間が悪い。それでも、机の下から白い前脚が伸びてくれば、わたしは大抵、ペンを置く。店の中には、乾いた木と段ボールの匂いがした。棚には猫の顔が印刷された袋が並び、ガラスの照明から柔らかい光が落ちている。ミント色のTシャツの袖から出た腕には、冷房が少し涼しかった。猫じゃらしの柄は、手のひらにさらりとなじむ。値札は、もう三回見た。買えない値段ではない。でも、何も考えずに買えるほど、十七歳のわたしのお財布は頼もしくない。ごはんのお金とは分けてある、小さなお小遣い。これを買ったら、帰りに何か甘いものを選ぶのは、また今度になる。わたしは羽根を見た。次にネネを見た。ネネは自分の胸元を、丁寧に舐めていた。せめて少し、迷うのを手伝ってほしい。「おもちゃ、いっぱい持ってるんですか?」店員さんに聞かれ、わたしは曖昧に笑った。「いっぱい、というか……増えちゃって」引き出しの一段を思い浮かべる。布のねずみ。小さなボール。短いリボンのついた棒。使い込んだものもあれば、ほとんど新品のものもある。好きだと思って似たものを買うと、新しいほうには見向きもしなかったりする。同じに見えても、ネネには違うのだろう。その違いを知りたくて、また手が伸びる。この羽根なら。この柔らかさなら。こんなふうに動かしたら、あの、ひげを前へ向ける顔になるかもしれない。「結構、好みが難しくて」わたしが言うと、店員さんは窓際を見た。「選ぶほうも真剣になりますね」「そうなんです」思ったより強く頷いてしまった。真剣なのだ。こんな小さな買い物なのに。好きな相手のことなら、ちゃんと分かっていたい。七年も一緒にいるのだから、これなら喜ぶ、と迷わず選べる自分でいたい。なのに、ネネは七年経っても、ときどき初対面みたいな顔をする。昨日は撫でてほしがった場所を、今日は嫌がる。さっきまで一人でいたそうだったのに、急にわたしの手の下へ頭を入れてくる。分からないところが残っていると、少し悔しい。その悔しさで何度もおもちゃを振り、最後にはネネのほうから背中を向けられることがある。わたしは、ごはんの袋の角を指でなぞった。「前に買ったの、全然遊ばなくて」「そうでしたか」「でも、入ってた袋には入ったんです」店員さんが笑い、わたしもつられた。笑うと、ちょっとした失敗だったものが、いつものネネの話になった。あのときは、本当にがっかりしたのに。おもちゃを横へ置いて紙袋に収まる白い体が、今は妙にはっきり思い出せる。取っ手の間からこちらを見て、何か問題でも、と言いたげだった顔まで。喜ばせたかったはずが、いつの間にか、正解を当てたくなっていた。猫じゃらしを持つ手を下ろす。羽根が揺れなくなると、店の奥で流れている音楽が、少しよく聞こえた。ネネは、わたしの採点をしているわけではない。遊ばなかったからといって、わたしのことまで嫌いになったりはしない。そんな当たり前のことを、猫じゃらし売り場で考えている自分がおかしかった。「少し動かして、見せてもいいですか」わたしが尋ねると、店員さんは頷いた。「ゆっくりだと、どうでしょう」ネネのそばへ一歩寄る。顔の前で振りたくなる手を止めて、羽根を低い位置へ下ろした。棚の縁に隠すようにして、ほんの少しだけ動かす。ネネは、動かなかった。もう一度。今度は紫の羽根の先だけを見せる。白い耳が、こちらを向く。わたしは息を止めた。ネネの目が細くなくなる。そろっていた前脚の片方が、わずかに前へ出る。来る。そう思って、嬉しくて、つい大きく動かしてしまった。ネネはぴたりと止まった。それからゆっくり座り直し、わたしを見た。「……今の、早かった?」もちろん返事はない。けれど、さっきまでの無関心とは少し違う気がした。わたしは羽根を下げたまま待った。取り返そうとして、すぐ次の動きを足さない。店員さんも何も言わなかった。窓の外を車が通り、その光が天井を静かに横切った。ネネの背中の毛が、日差しの中で一本ずつ光っている。わたしが諦めかけたとき、白い前脚が伸びた。羽根の端へ、ぽす、と触れる。ほんの一度。それだけでネネは手を引っ込め、まるで何もしていないような顔をした。「見ました?」わたしは振り向いた。声が弾んでいた。「見ました」店員さんが頷く。ネネは窓の外を向いていた。褒められるのを待っていないところまで、いつものネネだった。わたしは笑った。もっと遊んでくれるかもしれない。やっぱり、今日の一回で終わりかもしれない。そのどちらでも、続きを見てみたかった。「これも、お願いします」カウンターに猫じゃらしを置く。決めてしまうと、不思議と値札を見直したくならなかった。確実に喜ぶものを見つけた、という自信ではない。帰ったら少し振ってみよう。眠そうなら、また今度にしよう。それくらいの気持ちで買うお土産があっても、いいと思った。レジが短く鳴る。わたしはお財布から小銭を出した。百円玉が指の間ですべり、慌てて受け止める。店員さんは急かさず、猫の絵のついた紙袋を広げてくれた。ごはんが底へ収まり、猫じゃらしの柄が斜めに入る。羽根を潰さないよう、袋の口は少し開けたままだった。「帰ってから、楽しみですね」「はい。わたしが」言ってから、少し照れた。でも、たぶんそれがいちばん正確だった。わたしが楽しみなのだ。ネネの丸くなる目も、空振りする前脚も、急に飽きてしまうところも。おもちゃを片づけようとした瞬間に、また姿勢を低くするところも。遊んでほしいのは、わたしのほうだった。窓際を見ると、ネネがこちらを見ていた。袋の音が気になっただけかもしれない。それでも目が合うと、わたしはつい笑ってしまう。「お土産、買っちゃった」一緒に来ているのに、お土産というのも変だけれど。ネネはゆっくり瞬きをした。紙袋の持ち手を握る。ごはんの重さが指にかかり、袋の口から薄紫の羽根がのぞいた。まだ起きていない楽しいことが、そこに一つ入っている。誰かを思って選んだ時間は、渡す前から、もう幸せなのだと思う。「帰ったら、ちょっとだけ付き合ってね」ネネの耳が動いた。わたしは袋を持ち直した。羽根がまた、ふわりと揺れる。今度はネネの目が、それを追った。気づかないふりをするのに、少しだけ苦労した。#青春小説 #日菜子とネネ #猫へのお土産 #飼い主は今日も甘い #小さな幸せ【40%OFFクーポン配布中 光沢/マット】iPhone17 ケース iPhone18Pro iPhone17e ケース iPhone16e iPhone15 iPhone16 ケース iPhone14 iPhone12 iPhone13 mini ケース iPhone18 Pro Max Air Plus 11 SE3 iPhoneケース スマホケース クリア カバー 軽量薄型 かわいい 韓国 人気価格:1,000円~(税込、送料無料) (2026/10/11時点)楽天で購入
2026/10/11
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指先に、何も触れていない。それなのに、わたしは思わず、くすぐったくて笑ってしまった。ガラスの向こうで、子猫が前脚を上げていた。わたしの人差し指と、小さな白い足先。その間には透明な一枚があるのに、こちらの体温まで伝わっているような気がした。買い物の途中、猫のおもちゃが並ぶ棚に目を留めただけだった。それが今は、店の隅でしゃがみ込んでいる。白いスニーカーの爪先に体重をかけ、膝の上へ片腕を載せる。肩のバッグがずり落ちそうになっても、直すのが惜しかった。子猫は、わたしが指を少し動かすたびに首を傾けた。茶色と黒の縞模様。白い胸元。顔に対して、まだ少し大きすぎる耳。ネネとは、全然違う色をしていた。なのに。「……こんなだったなあ」口に出した途端、胸の奥に、小さな重さが落ちた。店内には木の匂いがした。棚に掛かった色とりどりの首輪の金具が、暖かい照明を拾っている。低く流れる音楽に、袋を開く音が重なった。ガラスの内側には、柔らかそうなベージュの台と、桃色の寝床がある。子猫は台の端に座り、しっぽを後ろへ流していた。前脚を上げたままでは疲れるらしく、ときどき下ろしては、また持ち上げる。何度でも。その不器用な一生懸命さに、覚えがあった。ネネも、そうだった。動くものを見つけると、まず前脚が出る。届くかどうかは、そのあと考える。うまくいかなければ、少し離れて眺め直す。そして、何事もなかったような顔でもう一度。わたしの記憶の中では、いつも成功する直前で止まっている。実際には、転んだり、飽きたりしていたはずなのに。「うちにも、いるんだよ」子猫に囁く。「白くてね。もう七歳」子猫はわたしの口元を見上げた。話を聞いているのではなく、動く唇が気になるのだろう。そう思うと、また笑ってしまった。ネネなら、ここで目を細める。分かったから静かにして、とでも言いたげに。抱っこをしようとすると、前脚を突っ張るくせに、わたしが本を読み始めると膝に来る。名前を呼んだだけでは動かないのに、部屋を出ようとすると、いつの間にか足元にいる。あの気まぐれにも、ちゃんと順番がある。七年かけて、わたしは少しずつ、それを覚えた。ガラスの子猫が、わたしの指を追って立ち上がりかけた。小さな体がふらりと揺れる。「あ、危な……」指を止めると、子猫はすとんと座り直した。わたしだけが、慌てていた。ガラスに映った自分と目が合う。眉が下がって、口が半分開いている。学校ではあまり見せない顔だった。その向こうに、小さな縞模様が重なっていた。ネネがうちへ来たとき、わたしは十歳だった。七年。口にすれば短いのに、その頃の自分の声を、もうはっきり思い出せない。ネネを初めて呼んだとき、どんなふうに名前を言ったのだろう。今より高かったはずだ。手だって小さかった。それなのに記憶の中では、今のわたしの手が、小さなネネを抱いている。覚えているつもりのことが、少しずつ、今の形に直されている。それが急に、寂しかった。バッグからスマートフォンを取り出す。写真の一覧を開き、猫ばかりの画面を指で送った。眠っているネネ。窓辺のネネ。わたしのノートに、お腹だけを載せているネネ。大きくなったネネが、何枚も続く。その間に、古い写真をまとめたアルバムがあった。開くと、白い毛の塊みたいな一枚が目に入った。小さすぎて、耳だけが目立つ。「あった」声が少し弾んだ。画像を広げると、輪郭がぼやけた。暗い部屋で撮ったらしく、顔も少しぶれている。画面の端には、幼いわたしの膝が写っていた。もっときれいに撮っておけばよかった。思ってから、十歳のわたしには酷だ、と気づく。きっと写真より、触りたかった。画面を確かめるより先に、追いかけたかった。それでも、もう少し、と考えてしまう。あの頃の重さ。鳴き声。手のひらに収まった感触。一つ思い出せると、その隣に、思い出せないものが見つかる。「小さいころって、あっという間ですよね」近くで棚を整えていた店員さんが、静かに言った。わたしは画面を少しだけ見せた。「うちの子です。今は、もっと……大きくて」当たり前の説明になってしまった。「お名前は?」「ネネです」名前を口にすると、遠くなりかけていたものが、少し近づいた。店員さんは笑って、写真を覗き込んだ。「ネネちゃん。今のお写真もあります?」「あります。いっぱい」今度は、すぐに答えられた。画面を戻して、一枚選ぶ。洗濯物の上に座ったネネだった。畳みかけのタオルをお腹の下へ敷き、こちらをまっすぐ見ている。どいて、と言った直後の顔だ。「なんか、偉そうですよね」「落ち着く場所、見つけたんですね」そう言われて見ると、確かに、そういう顔にも見えた。譲る気のない顔。ここにいていいと、知っている顔。わたしは写真から目を離せなくなった。小さかった頃の写真にはない安心が、今のネネの顔にある。七年は、そこにも写っていた。店員さんが作業へ戻ると、子猫がガラスのそばへ鼻を寄せた。わたしがスマートフォンばかり見ていたあいだに、指を探していたのかもしれない。「ごめんね」画面を伏せ、もう一度、手を上げる。けれど今度は、すぐにネネを重ねなかった。目の上の細い縞。鼻の横の白い毛。右のひげだけが少し上を向いていること。この子には、この子の顔があった。わたしの指の手前で前脚を止め、何か考えるように瞬きをする。「きみは、きみだね」小さく言うと、子猫は大きな欠伸をした。思っていたよりずっと大きく口が開いて、薄桃色の舌が見える。伸ばしていた背中が丸まり、前脚が二本とも台へ戻った。もう眠いのだ。わたしは指を下ろした。まだ遊んでほしい気持ちを、そのまま膝の上へ置く。子猫は一度こちらを見てから、足先を舐め始めた。ガラスに置いたわたしの手の跡が、斜めの光に浮かんでいた。触れたつもりのなかった場所に、淡い跡が残っている。今のネネを、ちゃんと見ていただろうか。毎日一緒にいるから、知っていると思っていた。撫でれば喜ぶ場所も、嫌がる抱き方も知っている。でも、昨日の寝顔を説明しようとすると、いつもの寝顔、としか言えない。小さい頃へ戻ってほしいわけじゃない。今のネネが膝に乗ったときの、あのずしりとした重さも好きだ。わたしの声だけで耳を動かすところも。誰もいないと確かめてから、額を押しつけてくるところも。そういう一つ一つを、慣れたまま通り過ぎたくなかった。わたしはスマートフォンのメモを開いた。『今日のネネ』そこまで入力して、止まる。続きは、帰ってからにしよう。思い出で埋めずに、今日のネネを見てから。立ち上がると、しゃがんでいた膝が少しこわばった。Tシャツの裾を直し、肩へバッグを掛け直す。子猫はもう、わたしの指を探していなかった。台の上で丸くなる場所を、念入りに選んでいる。「またね」返事の代わりに、耳が動いた。その仕草だけはネネによく似ていて、今度は寂しくならずに笑えた。足元のおもちゃのかごには、色とりどりの房が並んでいた。わたしは柔らかい黄色の猫じゃらしを、一つ手に取った。遊んでくれるかは分からない。鼻先で確かめて、それきりかもしれない。きっとわたしは少しがっかりして、それでも片づける前に、もう一度だけ振るだろう。そのときの顔を、見たいと思った。いつか懐かしくなる今日を、まだ、きみと過ごせる。黄色い房が、指の動きに合わせてふわりと揺れた。ガラスの向こうでは、子猫が目を閉じかけていた。わたしは音を立てないよう、おもちゃの柄を持ち直した。#青春小説 #日菜子とネネ #猫との暮らし #いつか懐かしくなる今日 #小さな命と過ごす時間【40%OFFクーポン配布中 春夏に人気】iPhone17 ケース iPhone18Pro iPhone17e ケース iPhone16e iPhone16 ケース iPhone15 iPhone14 iPhone12 iPhone13 mini ケース iPhone SE 第3世代 iPhone18 Pro Max Air Plus 11 カバー iPhoneケース クリア スマホケース かわいい 韓国価格:1,000円~(税込、送料無料) (2026/10/11時点)楽天で購入
2026/10/11
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いつもの商店街に、知らない音がしていた。ちりん、と一度。少し間を空けて、もう一度。自転車のベルより細く、食器の触れる音より遠い。わたしは歩幅を緩めて、透明な屋根の下を見上げた。店先の看板が並ぶ、そのどこかで鳴った気がする。けれど、パンの絵が描かれた看板も、花屋の白い旗も、何も教えてくれなかった。風が通り抜ける。頬にかかった髪が浮き、紫がかった毛先が視界の端をかすめた。今日は白いTシャツに、横へ白い線の入った黒いパンツ。制服ではないだけで、足まで少し自由になった気がする。新しく洗ったスニーカーの爪先が、日なたへ出るたび眩しかった。肩に掛けた小さな黒いバッグから、折り畳んだメモを取り出す。トマト。玉ねぎ。食パン。お母さんに頼まれた三つの下に、わたしが書き足した「黒の替え芯」がある。それだけ買って帰るつもりだった。知らない音は、もう聞こえなかった。八百屋の軒先には、緑色の庇の下まで野菜があふれていた。葉の先に水を残した小松菜。つやつやした茄子。木箱の中で肩を寄せ合うトマト。手書きの値札が、風にぱたぱた鳴っている。「今日は赤いの、いいよ」店のおじさんが、わたしの手元のメモを見て言った。「あ、じゃあ……」差し出された袋に手を伸ばしかけて、その隣に、小さな黄色いトマトがあることに気づく。細長いものも、ころんと丸いものもある。光をためた飴みたいだった。「それも、トマトですか」聞いてから、見れば分かるのに、と思った。おじさんは気にせず、黄色い実を一つつまんだ。「そう。こっちは少し歯応えが違うね」買ってみたい、と思う。でも、メモにはただ「トマト」としか書かれていない。いつも食卓にあるのは赤いものだ。黄色いほうがよかったと言われることはなくても、普通のでよかったのに、と言われる可能性はある。そこまで考えている自分が、急に面倒くさくなった。「……赤いの、ください」「はいよ」袋の内側に、小さな水滴がついていた。受け取ったトマトは、指にひんやり重かった。頼まれたとおりに買えた。それなのに、立ち去るとき、黄色いほうをもう一度見てしまった。わたしはたぶん、好きなものを選ぶのに少し時間がかかる。嫌いなものなら、すぐ分かるのに。かわいいと思った服も、似合わなかったらと考える。気になる本も、最後まで読めなかったらと戻してしまう。誰かに勧められたものなら、その人の名前を理由にできるから、少し安心する。自分だけが好きだと思ったものは、説明するのが難しい。しかも、一度選ぶと、わたしはなかなか引き返せない。失敗だったね、と笑う代わりに、よかったところを意地になって探してしまう。だから最初から、失敗しそうにないものへ手が伸びる。十七歳にもなって、と思う。十七歳だからなのかもしれない、とも思う。向かいのカフェから、コーヒーの匂いがした。黒板に白いチョークで描かれたカップ。その足元には、小さな花が鉢からこぼれるように咲いている。水をまいたばかりらしく、石畳の色がそこだけ濃かった。通りの先で、パン屋の扉が開く。バターの甘い匂いが、コーヒーの苦い香りをふわりと追い越した。わたしのお腹が、小さく鳴った。「……それは、分かりやすいね」誰にも聞こえない声で言う。食べたいものくらい、こうして全部、お腹が教えてくれたらいいのに。パン屋のガラス越しに、丸いパンが並んでいるのが見えた。表面に粉をまとったもの。焼けたチーズが端からはみ出したもの。名前の分からない、ねじれた形のもの。食パンだけ買うつもりだった。その「だけ」が、今日は何度も足元に引っかかる。買い物メモは、忘れ物をしないために書いたはずなのに。いつの間にか、それ以外を見ないための紙になっている。欲しいものより先に、欲しがっていい理由を探していた。メモを裏返すと、何も書かれていなかった。白い面に、屋根の骨組みの影が斜めに落ちる。わたしは紙を畳み直し、バッグへしまった。そのときだった。ちりん。さっきの音が、今度は右側から聞こえた。花屋の隣に、間口の狭い雑貨屋があった。いつもは色とりどりの鉢植えに目を取られて、通り過ぎていた場所だ。軒先に、小さなガラスの飾りが下がっている。透明な魚の下に、細い金属の棒が三本。風が吹くと、魚がゆっくり回って、棒同士が触れ合う。わたしが探していた音は、それだった。近づくと、魚のお腹に小さな泡が閉じ込められているのが見えた。作るときに入ったのだろうか。それとも、わざとだろうか。指で触ってみたくなって、でも割りそうで、手はバッグの紐を握ったままだった。「いい音でしょう」店の奥から声がした。生成りのエプロンをつけた女の人が、棚の上の布を畳んでいた。「あ、はい。向こうまで聞こえて」「今日は風があるからね」女の人はそう言って、また布へ目を戻した。何か買わなければ、とは言われなかった。少しだけ、肩の力が抜けた。店先のかごには、小さな布の袋や、陶器のボタン、木でできた鳥が並んでいた。その横に、色違いのしおりがある。細い紙に押し花を挟み、透明な膜で包んだだけの、薄いしおり。青。黄色。淡い紫。わたしは紫の花へ手を伸ばした。隣のものより、花びらが一枚、少し内側へ曲がっている。茎もまっすぐではない。けれど、その傾きが、風の中で踏ん張っているように見えた。裏返すと、値段は百八十円だった。自分のお財布から払える。使い道もある。読みかけの本には、いま、レシートを挟んでいる。それでも一度、かごへ戻しかけた。他の色も見たほうがいい。もっときれいな形があるかもしれない。そもそも、しおりがなくて困っているわけじゃない。頭の中に並び始めた言葉の途中で、ガラスの魚が鳴った。わたしの指は、まだ紫の花を持っていた。朝の光を通した花びらには、細い筋が何本も走っている。遠くからは分からなかったものが、手に取ると見えた。「これ、ください」自分の声が、思ったよりはっきり響いた。女の人が顔を上げる。「紫のね」「はい」かわいかったので、と言いそうになって、やめた。理由は聞かれていない。百円玉と五十円玉、それから十円玉を三枚。小さな皿へ置くたび、乾いた音がした。女の人は薄い紙袋にしおりを入れ、口を一度折ってくれた。「ありがとう」「ありがとうございます」受け取っても、ほとんど重さはなかった。なのに、バッグへしまう手つきが、さっきまでと違っていた。折れないように。トマトと一緒にしないように。小さな内ポケットへ、まっすぐ差し込む。たった百八十円の買い物で、何かが変わったと言うのは大げさだと思う。わたしはきっと、次も迷う。選んだあとで別の色を思い出すかもしれないし、花びらの曲がりが気になる日だってあるかもしれない。でも、今日、この光の中で好きだと思ったことまで、間違いにしなくていい。店先を離れると、風がTシャツの袖を膨らませた。玉ねぎの入った袋が脚に当たり、かさりと鳴る。パン屋の前には、さっきなかった焼き上がりの札が出ていた。わたしは扉の前で足を止めた。食パンを買おう。それから、あのねじれたパンの名前を聞いてみよう。買うかどうかは、聞いてから考えればいい。ガラスに映ったわたしは、黒いバッグの紐を握っていた。いつもと同じ顔なのに、口元だけが少し緩んでいる。寄り道の帰りには、自分の好きがひとつ増えている。バッグの中で、紫の花が揺れた気がした。まだ替え芯も買っていない。買い物は途中だ。わたしはメモを出さずに、パン屋の扉へ手を掛けた。#青春小説 #日菜子の日常 #商店街の寄り道 #小さなときめき #自分の好きを見つける<先行予約限定1,000円>【年間ランキング6位】 裏起毛 レギンス トレンカ 冷え取り 冷えとり あったか レディース 暖かい 10分丈 元祖裏起毛 防寒 裏ボア リブレギンス 【元祖裏起毛もっこもこレギンス】 ダークエンジェル価格:1,000円(税込、送料無料) (2026/10/9時点)楽天で購入
2026/10/09
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今朝は、起こされなかった。いつもなら、まぶたを開けるより先に、頬へ冷たい鼻が押しつけられる。気づかないふりをすれば、遠慮のない前脚が飛んでくる。それでも起きない朝には、枕元で、いかにも困りましたという声で鳴かれる。なのに今日は、静かだった。薄く目を開けると、白い耳がすぐ下にあった。ネネは、わたしの腕の中で眠っていた。ピンクの縞のパジャマに頬を預け、前脚をそろえて、少しだけ口元を緩めている。カーテン越しの光が毛の一本一本を透かして、耳の内側だけを淡い桜色にしていた。「……おはよう」囁いても、返事はない。片耳が一度こちらを向き、用件はそれだけですか、とでもいうように元へ戻った。起きているのかもしれない。でも、そのことは追及しないでおく。背中の枕が、ちょうどいい具合にへこんでいた。昨夜洗いたてのカバーへ替えたばかりで、頬を寄せると、かすかに石鹸の匂いがする。掛け布団から出た手首には朝の空気がひんやり触れ、そのすぐ内側にはネネの体温があった。右腕が、少ししびれている。動かせないほどではない。ただ、動かすには惜しい。窓の外で、自転車のブレーキが短く鳴った。遠くで誰かが挨拶をして、車の走る音にまぎれていく。部屋の中では、カーテンの裾が窓辺を擦っていた。朝はもう、とっくに始まっているらしかった。枕元の時計を見ようとして、わたしは首を少し伸ばした。その動きが気に入らなかったのか、ネネの前脚が、パジャマの胸元をきゅっと押した。「起きなきゃ」口にすると、胸の奥が小さく縮んだ。今日は学校が休みで、部活もない。誰かとの約束もない。それでも、起きなきゃ、と言ってしまう。昨夜、机の上にノートを開いておいたからだ。苦手な数学を三ページ。英単語の見直し。机の引き出しの整理。読みかけの本も、できれば少し。余白に思いつくまま書き足していたら、休みの日の予定なのに、時間割みたいになっていた。目を閉じても、その箇条書きが浮かぶ。一番上には、丸で囲った「七時起床」。時計は枕の陰にあって、ここからでは針の先しか見えない。見えないことにほっとしている自分が、少しだけ後ろめたかった。わたしは、できないことがあると、すぐにもう一度やりたくなる。分からないまま終わるのも、昨日よりできないまま眠るのも、なんとなく悔しい。もう十分だよと言われると、かえって頑固になる。十分かどうかは、わたしが決めたいと思ってしまう。そのくせ、自分で決めた小さな約束を守れないだけで、簡単にしょんぼりする。七時に起きる。たったそれだけのことが、いまはずいぶん難しい。ネネの背中を、指先で一度撫でた。白い毛は表面だけが朝日に温められていて、その下に、もっと深いぬくもりがあった。小さな胸がゆっくり上下する。わたしの手が途中で止まると、喉の奥から低い音がした。「はいはい」撫で直すと、音が少し大きくなる。普段は、抱き上げただけで後ろ脚を突っ張るくせに。名前を呼んでも振り向かないことだってあるくせに。こうして自分から来た朝だけ、当然みたいな顔で、わたしの腕を寝床にする。七歳のネネには、十七歳のわたしが立てた予定など、たぶん関係がない。それがちょっと羨ましくて、ちょっと助かった。「今日、やることあるんだけど」ネネのひげが、わたしの手の甲をくすぐった。「……そんなには、ないけど」言い直したら、部屋がさっきより静かになった気がした。本当は、分かっている。いま起きなければ間に合わないことなんて、今日は一つもない。ただ、何もしないままでいると、どこかで誰かに追い越される気がする。顔も名前も浮かばない誰かが、わたしの知らないところで、ちゃんとした朝を過ごしている。そう考えながら、わたしは目の前のネネを、半分しか見ていなかった。幸せな朝にも、わたしは「ちゃんとしなきゃ」を持ち込んでしまう。眠っているネネの眉間には、細い毛が少しだけ逆立っていた。指で直そうとすると、鼻に皺が寄る。触らないで、と言われた気がして、そっと手を引いた。見落としていたのは、こんな顔だった。子猫だったころは、両手ですくえるほど小さかった。いまは腕からお腹が少しはみ出す。抱いていると、ずしりと重い。その重さを感じながら、ときどき、七年という時間に触っている気がする。いつの間にこんなに大きくなったんだろう。たぶんネネも、わたしについて似たようなことを思っている。小さかった手が大きくなったことも、泣くときに声を出さなくなったことも、知っているのかもしれない。もっとも、何かを相談したところで、返事はたいてい欠伸だ。いまもネネは、わたしの気持ちなど知らない顔をして眠っている。その顔を眺めていたら、右の指先がじん、と強くしびれた。「ちょっとだけ、ごめんね」肘を引こうとすると、ネネが目を開けた。細い隙間からこちらを見て、ゆっくり瞬きをする。わたしも、なぜか同じように瞬きを返した。これで起きるだろうと思った。ネネが布団を降りたら、わたしも起きよう。そうすれば、自分で何かを決めなくて済む。けれどネネは、前脚を伸ばしただけだった。小さな爪が袖に引っかかる。外してやるあいだ、文句も言わずに待っている。それから、わたしの胸元へ額を押しつけ、さっきより深く体を預けてきた。預けられた分だけ、腕に重さが増した。わたしは慌てて、その体を受け止めた。温かい息が、パジャマの襟から肌へ届いた。「……そっか」何に納得したのか、自分でもよく分からなかった。窓から差す光が、布団の皺に細い金色の線をつくっていた。カーテンが膨らむたび、その線は薄くなったり、濃くなったりした。わたしは左手を伸ばした。枕元のスマートフォンに、指が触れる。時刻を確かめようとして、途中でやめた。画面を下に向け、手を戻す。ほんの小さな音がした。それだけで、胸の中でずっと急いでいた何かが、ようやく腰を下ろしたようだった。「あと五分だけ」いつもの言い訳と同じ言葉なのに、今日は少し違って聞こえた。起きられなくて延びる五分ではなく、ここにいたくて選ぶ五分。そう思うと、しびれた腕の置き場所も、自分で探していい気がした。枕を少し寄せ、ネネの背中を支えながら肘の下へ挟む。ネネは薄目で一部始終を見届けると、また目を閉じた。「これなら、いいでしょ」喉が鳴る。許可が出たらしい。わたしは枕へ頭を預けた。頬にかかった髪の先が、ネネの耳へ触れる。耳がぴくりと動く。その小さな動きがおかしくて、声を出さずに笑った。机の上のノートは、開いたままだ。数学の問題も、知らない英単語も、あとで向き合えば、きっと相変わらず難しい。今日の終わりに、予定の全部へ丸をつけられるかどうかも分からない。それでも、起きたら一ページ目から始めようと思った。三ページを思い浮かべるより、そのほうが少し楽しみだった。目を閉じると、まぶたの裏が柔らかい橙色になった。石鹸の匂い。布団の重さ。腕の中の寝息。その寝息に合わせて息を吐くと、肩が思っていたより高いところにあったと気づく。ゆっくり力を抜いた。ネネのお腹が膨らみ、わたしのお腹がへこむ。しばらくすると、それも同じ速さになった。何も進まない五分に、置いていきたくないものがある。この温度を、起きてからも覚えていたい。また自分を急かしそうになったら、今朝はいい朝だった、と言えるくらいには。「おやすみ……じゃなくて」口の中で言い直して、わたしは笑う。「あとで、ちゃんとおはようしようね」ネネは返事をしなかった。ただ、袖に添えられた白い前脚から、少しだけ力が抜けた。わたしも、もう一度目を閉じる。次に開けたら、まずカーテンをもう少し開こう。腕の中のぬくもりを抱えたまま、そんな小さな予定を、一つだけ立てた。#青春小説 #日菜子とネネ #あと五分だけ #猫と暮らす朝 #小さな幸せ【クーポンで3980円】U.S. POLO ASSN. 別注 ロゴ刺繍 フーディ パーカー 大人カジュアル ワンポイント ポロ 長袖 裏起毛 トップス レディース おしゃれ 2026秋冬作 【lstpaw25-pl003】【即納:1-5営業日】【送料無料】宅込価格:8,960円(税込、送料無料) (2026/10/9時点)楽天で購入
2026/10/09
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窓に映るわたしの顔が、思ったより明るかった。ベッド脇のランプを消し忘れたのかと思って振り返る。けれど灯りは、いつもと同じ弱さだった。窓の外には細い月が出ていて、その下に街の光が小さく並んでいる。わたしは青い縞のパジャマの袖を引き、ベッドの端に座り直した。日菜子、と昼間呼ばれたときの声が、まだ耳の奥に残っている。今日は何度も名前を呼ばれた。授業で答えを求められたとき。廊下で友達に呼び止められたとき。部活で、もう一度同じところから吹いてみようと言われたとき。どれも普通のことだったのに、夜になると、そのたびの自分の返事を思い出す。あのとき、うなずくのが少し遅かった。あの言い方は冷たく聞こえただろうか。最後の音が揺れたのは、息が足りなかったからだろうか。考え始めると、昼間の時間が順番をなくして戻ってくる。「もう寝よう」自分に言った声が、思いのほか小さかった。枕元の白い布団は、きれいにめくられたままだ。眠る準備なら、ずっと前に終わっている。寝つけないのは準備のせいではないと分かっていても、わたしはシーツの端を指で伸ばした。そのとき、ネネがベッドに上がってきた。七歳の白猫は、わたしの足元を通り過ぎ、窓のほうを一度見た。それから、空いているわたしの腕の中へ前脚を入れる。「今日は抱っこでいいの?」返事はない。普段は、抱き上げようとすると体をするりと抜く。甘えたいときも、気づかれないようにわたしの横へ座る。なのに今夜は、自分から胸元に収まった。腕を回すと、ネネの毛は外の空気よりずっと温かい。首のあたりに顔を寄せれば、洗った布と日に干した毛布を混ぜたような匂いがした。前脚がパジャマの袖に触れ、爪を立てずに留まる。窓ガラスには、ネネを抱いたわたしも映っていた。黒い髪の先がランプの光を受けて、かすかに紫に見える。反射した顔の向こうで、月は何も知らないように細く光っている。「今日ね」言いかけて、やめた。ネネに一日の出来事を話すことはよくある。でも今夜は、どこから話しても「うまくできなかった」に行き着きそうだった。楽しかったことだってあったはずなのに、それを探すより先に、ひっかかった場面が浮かぶ。ネネがわたしの腕に顎を乗せる。体の奥から、低い喉の音が伝わってきた。わたしは、ネネの背中を一度だけ撫でた。学校では、次こそ間違えないようにと思う。知らないことは覚えたいし、できなかったことはできるようになりたい。その気持ちは明日も持っていたい。ただ、寝る前まで一日をやり直し続けていると、夜のどこにも座れなくなる。ベッドの端には、わたしとネネの分の場所がある。窓の外の街はまだ明るい。帰る途中の人も、起きている人もいるのだろう。ここでは、ネネの呼吸がゆっくり続いていた。一日の終わりに必要なのは、全部に答えを出すことではないのかもしれない。そう思った途端、昼間の声が消えたわけではなかった。気になった言葉も、揺れた音も、まだ覚えている。それでも今、わたしの腕の中にいるネネの重さまで遠ざけて、考え続けなくていい。「明日、もう一回やってみる」ネネの耳が、ぴくりと動いた。わたしはそれを返事にして、窓の外を見る。薄い雲が月のそばを通ると、ガラスに映る顔が少しはっきりした。たぶん、さっき明るく見えたのは、ランプの光だけではなかった。今日、うまくできなかったことを、わたしは気にしている。次はもっとよくしたい。それだけ分かったら、今夜の分はもう十分だ。ネネの首元を撫でる手を止めると、喉を鳴らす音もやんだ。寝たのかと思って覗き込む。ネネは目を開けて、窓を見ていた。「まだ眠くない?」小さく尋ねると、ゆっくり瞬きをする。わたしも、すぐには眠れないかもしれない。なら、もう少し一緒に起きていよう。月が雲から出るのを見て、それから布団に入ればいい。ネネはわたしが腕を緩めても降りなかった。前脚を袖に預けたまま、街の灯りを眺めている。わたしを見守ってくれているのか、それとも窓辺が気に入っただけなのか、本人にしか分からない。「ネネは、どうだった? 今日は」聞くと、ネネがこちらを向いた。わたしは笑った。答えを急かさずに聞いていられることが、少しうれしい。ネネの一日にも、わたしの知らない時間があったはずだ。夜の風がカーテンを動かし、ランプの光が白い毛に淡く乗る。わたしはネネを抱いたまま、布団へそっと体を移した。ネネは一度だけ体勢を直して、胸元に丸く収まる。今日の続きは、明日のわたしに渡そう。そう決めると、枕に頭を預けられた。昼間の出来事を忘れたわけではない。うれしかったことも、悔しかったことも、わたしの中にある。ただ今は、ネネが安心して目を閉じるのを見ていたい。窓には細い月。すぐそばには、温かな寝息。「おやすみなさい」ネネの耳が、最後にもう一度だけ動いた。明日がどんな日になるかは、まだ分からない。だから今夜は、ネネの眠りを起こさないくらい静かに、わたしも目を閉じる。#青春小説 #日菜子とネネ #猫のいる暮らし #おやすみなさい #AIイラスト[クーポンで5%OFF] マットレス 高反発 シングル 三つ折りマットレス 敷布団 敷き布団 三つ折り 高反発マットレス セミダブル ダブル 極厚10cm 3つ折り 消臭 メッシュ生地 ベッドマットレス シングルマットレス セミダブルマットレス価格:3,980円~(税込、送料無料) (2026/10/7時点)楽天で購入
2026/10/07
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ネネが、アイスより先にわたしの手を見た。いつもならカップの匂いを確かめに来るのに、今夜は持ち上げた手のひらをじっと見つめている。指を一本動かすと、青い瞳もそれを追った。「ん? チョコミント、気になる?」わたしがカップを少し遠ざけると、ネネはようやくそちらを見た。開けた窓から、夜の風が入ってくる。薄いカーテンが膨らみ、わたしの肩に触れて離れた。外には小さな星と、窓の明かりを灯した建物が見える。昼間の熱がまだ床に残っているのに、風だけは涼しい。扇風機の低い音が、部屋の隅で続いていた。わたしは床に座って、膝のそばにネネを呼んだ。白い体がすぐ横へ来る。七歳になっても好奇心は変わらないらしい。スプーンでアイスの表面をすくうと、薄い緑色の中に細かなチョコが見えた。冷たさを口に入れた途端、ミントの香りが鼻へ抜ける。昼間ずっと欲しかった味だ、とやっと思えた。ネネはわたしの口元を見上げている。「これは、だめだよ」ネネが瞬きをした。「そんな顔しても、だめ」言葉の意味を分かっているのか、ネネはひと声も鳴かない。ただ少し首を傾け、今度はカップを見つめる。その静かなお願いが、鳴かれるよりずっと困る。子猫のころ、わたしが食べるものなら何でも、自分も試してみたいという顔をしていた。ネネの目には、わたしだけが特別においしいものをもらっているように見えたのだろう。今もたぶん、そうだ。カップを持つ手に、冷たさがじんわり伝わってくる。ネネのひげが届きそうで、わたしは少し体を引いた。何かを拒むのは、いつまでたっても上手にならない。学校でもそうだった。友達に誘われたとき、行けない日は行けないと言えばいいのに、先に相手の残念そうな顔を想像してしまう。引き受けてから自分の予定に困って、ひとりでむっとする。ネネには、そんな回りくどいことは通じない。「ひと口だけ、って顔だね」見上げる目がまっすぐで、わたしは笑いそうになった。それでも、スプーンは自分のほうへ戻す。あげられないものをあげない。それも、ネネと長く一緒にいるためにわたしが選べることだ。「おやつなら、あとでね」ネネは少しだけ耳を動かした。納得したのかどうかは分からない。わたしの膝に前脚をかけ、カップへ鼻を寄せようとする。「こら」わたしが空いた手のひらをそっと間に出すと、ネネはそこで立ち止まった。鼻先が指に触れる。湿った、小さな感触。押し返すほどの力はいらなかった。ネネはわたしの手の匂いを嗅ぎ、するりと膝から降りる。冷たい床に座り直して、今度は窓の外を向いた。つれない横顔だ。都合が悪くなると、わたしのことを忘れたふりをする。「怒った?」しっぽの先だけが、一度揺れた。わたしはカップを手元に置き、ネネの横顔を眺める。耳には街の明かりがかすかに縁取りをつくっていた。子猫だったころ、ネネが初めてこの部屋の窓から夜を見たときも、こうして身じろぎせずに座っていた。あのときは、わたしのほうが眠くなるまで話しかけていたっけ。「あとで、おやつ出すから」もう一度言うと、ネネは振り向いた。言葉が分かったというより、声を聞いてくれたのだと思う。さっきまでそらしていた顔をこちらへ向け、ゆっくり瞬きをする。その目つきに、わたしの肩の力も抜けた。アイスをもうひと口食べる。溶けかけたところは少し甘く、チョコの粒が舌に残った。わたしはカップを安全な場所に置き、立ち上がる。ネネの猫用おやつは、部屋の棚の引き出しにある。小さな袋を手に取ると、背後で爪が床を踏む音がした。「さっきまで知らん顔だったのに」ネネはわたしの足元で止まり、見上げる。わたしは袋に書かれた分量を確かめ、小皿におやつを出して床に置いた。ネネはすぐには食べず、まずわたしを見た。「どうぞ」ようやく口をつける。小さく噛む音を聞きながら、わたしも元の場所に座った。カップのアイスは少し溶けて、スプーンが滑らかに入る。ネネは自分の皿の前。わたしは自分のカップを持つ。同じものは食べられなくても、同じ時間にはいられる。窓から風が入り、カーテンがまたふくらんだ。ネネが食べ終えてこちらへ戻ってくる。わたしの膝に乗るかと思ったら、そのすぐ隣に体を寄せて座った。甘えたことを知られたくないような顔で、しっぽだけをわたしの脚に添える。「おいしかった?」答えのかわりに、ネネがわたしの手に額をこすりつける。さっきカップとの間に出したのと同じ手だ。今度はその手で、耳の後ろを撫でた。ネネは目を細め、少しだけ喉を鳴らす。断ったあとも、こうしてそばにいてくれる。そのことがうれしくて、わたしは溶けかけたアイスをもうひと口食べた。ミントの冷たさと、ネネの体温が同時に残る。「来年の夏も、別々のおやつで乾杯しようね」ネネのしっぽが、脚の上で小さく動いた。わたしはカップをそっと掲げる。ネネは気にも留めず、撫でていた手の下に頭を預けた。窓の外の星はさっきと同じ場所にある。わたしたちはそれぞれのごほうびを食べ終え、もう少しだけ、涼しい風を待った。#青春小説 #日菜子とネネ #猫のいる暮らし #夏の夜 #AIイラストおもしろ Tシャツ 猫 ( ザ ニャンコフェイス 選べるデザイン ) ブランド にゃんこフェイス プレゼント グッズ ねこ メンズ レディース キッズ 子ども ニャースフェイス ユニセックス 男性 女性 子供 半袖速乾 猫砂 動物 ふざけ ベビー クッション ゴルフボール 消しゴム価格:2,480円~(税込、送料別) (2026/10/7時点)楽天で購入
2026/10/07
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レモンの輪切りが、グラスの底で止まっていた。さっきまで氷に押されてゆらゆら動いていたのに、いつの間にか水面も静かになっている。テーブルには開いたままの本。午後の続きを読もうと思ってソファに座ったはずだった。胸の上に、ネネがいる。白い前脚をわたしのTシャツに預け、目を閉じていた。もう七歳なのに、眠るときだけは子猫のころと同じ顔になる。耳の内側が、カーテン越しの光で淡く透けている。「……ネネ」小さく呼んでも、動かない。かわりに、規則正しい寝息が一つ聞こえた。膝にはネネの体がすっぽり収まり、片手は背中の上に置いたままだ。いつ乗ってきたのか、はっきり覚えていない。窓辺から歩いてきて、わたしを見上げたところまでは覚えている。「少しだけね」と言って、場所を空けたことも。少しだけのつもりだったのに。ソファの背に頭を預けると、編み目のあるクッションが頬に当たった。レースのカーテンが風に揺れ、床に落ちる花の影も揺れる。棚の本と鉢植えが午後の光を受けていた。部屋には、グラスの水滴が木のトレーへ落ちる小さな音がする。読もうとしていた本のページは、まだ一枚も進んでいない。今日はちゃんと休むつもりだった。休日くらい、予定を詰めないでおこうと思っていた。けれど、ソファに座って十分もしないうちに、本を読めば「読んだ」ことになる、と考えた。読み終わったら机の上を片づけよう、とも。何もしない時間がほしくて作ったはずなのに、気づくと、その時間に何かを入れようとしている。ネネは、わたしの胸の上で小さく息を吐いた。体重のかかったところだけ、Tシャツが温かい。そこへ意識を向けると、わたしの呼吸までゆっくりになる。鼻先に近い毛から、日なたの布に似た匂いがした。背中を撫でようと指を動かしかけて、やめる。眠っているなら、そのままにしておきたい。わたしはテーブルの本を見た。手を伸ばせば届く。でも今取れば、胸の上のネネを起こすだろう。そう思っているうちに、ページをめくりたい気持ちは薄れていった。「今日は読まないの?」誰かに聞かれたわけでもないのに、心の中で返事を探す。ネネが乗っているから。今は動けないから。どちらも本当で、どちらも少し言い訳だった。たぶんわたしは、もう眠かった。朝からそうだったのに、認めずにいた。わたしの手の下で、ネネの背中が上下する。子猫だったころ、ネネは眠くなるとどこにでもくっついてきた。宿題をしている腕の横、脱いだ上着の上、わたしの膝。今は呼んでも来ない日のほうが多い。甘えたい気分を知られるのが嫌みたいに、こちらが見ていない隙に近づく。今日も、わたしが本に目を落としたところへ来たのだろう。わたしが顔を下ろすと、ネネのひげが胸元でかすかに動いた。額に触れたいけれど、起こしたくない。かわりに、背中に置いた手の力を抜く。休んでいる時間に、名前をつけなくてもいいのかもしれない。読書でも、昼寝でも、充電でもなくていい。ただネネの重みがあり、わたしの体もここにある。それだけの午後を、ちゃんと過ごしている。目を閉じてみる。レース越しの光が、まぶたの裏で薄い橙色になった。外から聞こえる葉擦れの音と、ネネの寝息。その間に、自分の息が入る。遠くで車の音がして、やがて消えた。眠るのは、少し惜しい気もした。こんなふうにネネがくっついてくる時間を、起きて覚えていたい。ずっとそう思ってきた。小さかったネネの体が、わたしの片手からはみ出すようになったときも、もっとよく見ておけばよかったと思ったから。けれど、胸の上の温かさは、目を閉じても消えない。わたしはネネを支える腕を楽な位置に直した。白い前脚が一度だけ動き、またTシャツの上に落ち着く。ネネは目を開けなかった。「ちょっとだけ、寝ようか」声に出すと、肩から力が抜けた。何かを終えてから休もうとすると、休む時間はいつも後ろへ押されてしまう。今日は、ネネが先に眠っている。わたしも、それに付き合うことにした。頬に触れていたクッションが、ゆっくり温まっていく。指の下には柔らかな毛。ネネの寝息を数えていたつもりが、どこまで数えたか分からなくなった。浅い眠りの中で、胸に重みがあることだけ、ぼんやり感じていた。次に目を開けたとき、カーテンの花の影が少し横へ移っていた。グラスの氷は小さくなり、輪切りのレモンが傾いている。ネネはまだ、わたしの上で眠っていた。そのことがうれしくて、声を出さずに笑う。起こさないようにそっと息を吸うと、ネネの耳がわずかに動いた。たぶん、わたしが眠っているあいだも、ここにいてくれた。午後は少し進み、本は同じページのままだ。それでも、胸のあたりが軽い。ネネの体はさっきと同じ重さなのに、不思議だ。わたしは目を閉じ、もう一度その寝息を聞く。今日の午後を思い出すとき、何をしたかより、この温かさを先に思い出すのだろう。「おやすみ、ネネ」返事はない。背中に添えた手の下で、静かな呼吸が続いている。わたしもそれに合わせて、ゆっくり息を吐いた。#青春小説 #日菜子とネネ #猫のいる暮らし #午後の昼寝 #AIイラスト66%OFF!【好評延長:5,990円→1,999円!!】コート ジャケット レディース アウター 羽織り 上着 長袖 エアリーナイロン キルティングジャケット ノーカラー 中綿 保温 ポケット付き 無地 【 ノーカラーキルティングジャケット 】 ダークエンジェル価格:1,999円(税込、送料無料) (2026/10/7時点)楽天で購入
2026/10/07
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ネネが、今日は目をそらさない。いつもなら、わたしが名前を呼ぶと眠そうに瞬きをして、すぐ窓のほうを向く。七歳になった今も、自分から甘えに来たことなど一度もありません、という顔をする。そのネネが、ラグの上からわたしを見つめていた。窓際のソファには午後の光が広がっている。薄いカーテンが揺れるたび、ネネの白い毛の上を木漏れ日が移動した。わたしが隣のクッションに肘をつくと、ネネは顔だけを少し上げる。「なになに?」聞いても、鳴かない。近づいたわたしの指先を、鼻でそっと確かめる。撫でようとすると一歩引くのに、手を戻せば、またこちらを見る。「そばにいて、ってこと?」ネネは答えない。けれど、離れてもいかない。今日は予定のない午後だった。朝のうちは、それがうれしかった。読みかけの本を開いてもいいし、寝転がっていてもいい。誰かに時間を合わせる必要もない。ところが、昼を過ぎたころから、何もしないことが少し気になり始めた。部屋は静かで、時計の針が進む音まで聞こえそうだ。わたしだけが一日を取り残しているような気がして、スマートフォンを手に取っては伏せた。友達の近況を見れば、誰かは出かけ、誰かは練習している。わたしだって休もうと決めたはずなのに、休むことにまで理由を探してしまう。そんなとき、ネネと目が合ったのだった。わたしはソファから降り、ラグの上に横になる。頬の下に入れたクッションは、日に温められていた。毛足の長いラグが腕に触れ、洗いたての布の匂いがする。ネネまで、ほんの腕一本分。「ここなら、いい?」ネネは前脚をそろえたまま、わたしの顔を見ている。子猫のころ、ネネはもっと素直だった。眠くなるとわたしの膝によじ登り、小さな爪で服をつかんだ。今は抱き上げれば、しばらくして「降ります」と体をひねる。でも、わたしが落ち込んでいる日に限って、同じ部屋の見える場所で眠る。近づきすぎず、いなくならない。その距離がネネらしいと思うのに、今日はもう少し近くへ行きたくなった。わたしが肘で体を寄せると、ネネの耳が動いた。まだ逃げない。もう少し近づくと、青い瞳に窓の光が小さく映った。わたしの髪の紫がかった毛先が、ネネのひげのそばに落ちる。「ねえ。何か言いたいの?」ネネが一度、ゆっくり瞬きをする。そんな目をされると、聞くばかりでは足りない気がする。わたしも何か話そうとして、言葉を探した。「今日はさ、何もしないって決めたんだ」声に出すと、少し照れくさい。「なのに、ずっと落ち着かないの」ネネはわたしの手元に目を落とし、また顔を上げた。慰めるつもりがあるのかどうか、分からない。猫に言葉の続きを期待している自分が可笑しくて、わたしは笑った。午後の光は穏やかなのに、胸の中だけ忙しい。学校にいる日は休みたいと思うくせに、休める日には、何かをしておけばよかったと思う。十七歳の一日を無駄にしたくない、なんて大げさなことまで考える。「ネネはいいね」言った途端、少し違う、と思った。ネネにもネネの一日がある。窓辺を選んだり、涼しい床へ移ったり、今はこのラグにいることを選んでいる。わたしが何もしていないと思った午後も、ネネはちゃんとここで過ごしていた。何かを残さなくても、過ごした時間は消えない。カーテンの影が、ネネの前脚からわたしの手の甲へ伸びた。わたしはスマートフォンを取ろうとしかけていた手を、そのままラグの上に置く。今日の午後を確かめるために、画面を開く必要はなかった。ネネの鼻先が近くにあって、窓からの風が頬に触れている。そのことを、もう少し覚えていたかった。わたしは指先を、ネネの前脚の近くへゆっくり滑らせた。「触ってもいい?」返事はない。ネネが顔を背けないのを見て、耳の後ろをひと撫でする。温かな毛が指に沿い、ネネの喉から小さな音が聞こえた。うれしくなってもう一度撫でると、今度は顔をそらされた。「そこまで?」わたしが手を止めると、ネネはしばらく窓を見ていた。それから、何事もなかったようにこちらへ顔を戻す。まっすぐな目が合って、わたしは声を立てずに笑った。そばにいてほしいのと、ずっと撫でてほしいのは、別らしい。わたしはクッションに頬を預ける。ネネも顎を前脚の上に置いた。同じ高さから見ると、部屋は少し違って見えた。ソファの下に落ちた細い影や、ラグの毛先に引っかかった光。いつも見ている部屋なのに、知らない場所がいくつもある。「ここからだと、窓が大きいね」ネネの耳だけがこちらを向いた。それを返事にして、わたしは窓のほうを見る。葉の影が揺れて、カーテンの裾が一度だけふくらんだ。遠くで鳥が鳴く。ネネの寝息にはまだ早い、静かな呼吸が聞こえる。何か話そうとしなくても、目が合えば、また「なになに」と聞いてしまう。ネネはそのたび、瞬きをしたり、ひげを動かしたりする。たぶん、お互いに言いたいことは少しずつ違う。それでも、ここから離れたくない気持ちは同じなのかもしれない。光がゆっくり、わたしたちの間を通り過ぎる。わたしは手を伸ばさずに、ネネを見た。ネネもこちらを見ている。どちらが先に目をそらすか、決めなくていい。何も決まっていない午後に、ちゃんと居場所ができた。「もう少し、ここにいようか」ネネは答えず、前脚をわたしの指先のほうへ伸ばした。あと少しで触れそうな、その距離のまま。#青春小説 #日菜子とネネ #猫のいる暮らし #予定のない午後 #AIイラスト[送料無料 ジョインティ J9 イラストver] キャップレス スタンプ 可愛い 印鑑 認印 ネーム印 イラストスタンプ みました キャラクター はんこ キャップレス印鑑 猫 シマエナガ 済 見ました みましたスタンプ みましたハンコ 連絡帳 確認印 別注価格:1,350円(税込、送料無料) (2026/10/4時点)楽天で購入
2026/10/04
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ネネが、わたしの膝に前脚を乗せた。それだけなら、珍しくない。けれど今朝のネネは、わたしが顎の下を撫でても目をそらさなかった。青い瞳で、じっとこちらを見上げている。「……どうしたの」返事のかわりに、前脚がもう少しだけ膝の上へ進む。窓から入る光はまだ柔らかく、薄いカーテンの向こうで葉の影が揺れていた。洗い立てのシーツがさらりと脚に触れる。わたしはベッドにもたれたまま、ネネの顎の下を指先でゆっくり撫でた。今日は何もしない、と決めていた。机の上のものも片づけない。読みかけの本も、続きを読まなくていい。せっかくの休みだから、寝転がって、気が向いたら窓の外を眺める。そんな予定だったのに、ネネはわたしの手が止まるたび、鼻先で指を押し上げる。「はいはい。今日は甘えんぼなんだ」口ではそう言って、うれしくて仕方がない。ネネは七歳の雌猫で、甘えたいときほど素知らぬ顔をする。わたしが呼んでも振り向かず、部屋を出ようとすると、ようやく足元に来る。膝に乗せればすぐ降りるくせに、わたしが本を開くと、その上に座る。だから、こんなふうにまっすぐ見つめられると、少し困る。今日は撫でてほしいのか。それとも、ただここにいてほしいのか。聞けたらいいのに、と思いながら、耳の後ろをそっと掻く。ネネは目を細め、低く喉を鳴らした。その音が手のひらに伝わってくる。「分かった。今日は全力でお相手しますよ」そう言うと、ネネが瞬きをした。笑ってしまう。言葉が分かったみたいな顔をするのは、いつものことだ。小さいころからずっと一緒にいるのだから、声の調子くらいは覚えているのかもしれない。昨夜もネネは、わたしのそばにいた。ベッドに座ってスマートフォンを見ていたとき、足元で白いしっぽが揺れた。わたしは画面から目を離さず、片手で頭を撫でた。ネネは少しして離れていった。何を見ていたのか、今はもう覚えていない。それなのに、足元から温かさが消えたことだけ覚えている。指先で毛に触れていたはずなのに、ちゃんとネネを見た記憶がなかった。「昨日、ごめんね」言ってから、何に謝ったのだろうと思う。ネネは気にしていないかもしれない。今も気持ちよさそうに目を細めている。カーテンが風を含み、部屋の明るさが一瞬変わった。ネネの白い毛が光を拾う。喉の下は少しふわふわしていて、耳の後ろはもっと柔らかい。撫でる場所を変えると、ネネはわずかに顎を上げた。ここがいいらしい。わたしは指を動かしながら、ネネの顔を見ていた。青い瞳が半分閉じて、ひげが前を向く。気に入らなければすぐ離れる子が、今日は膝に前脚を置いたままだ。相手が何を望んでいるか、いつも分かるわけじゃない。でも、目の前にいるときくらい、顔を見ていたい。そう思って、ベッドの端に置いていたスマートフォンを伏せた。ほんの小さな音がした。ネネの耳がそちらへ向き、それからまた、わたしへ戻る。わたしは両手を空けて、片方で背中を、もう片方で頬を撫でた。「今日は、何のお話をしようか」ネネは答えない。「朝のカーテン、すごくふくらんだね。あ、それは見てたか」ネネが鼻を鳴らす。わたしは可笑しくなって、少し声を落とした。「昨日さ、撫でながら別のこと考えてた」白い前脚が、わたしの膝の上でそろえられる。「今日は、ちゃんと見てるよ」ネネが顔を近づけ、わたしの指先に頬を押しつけた。柔らかな毛の下に、小さな骨の形が分かる。指を動かさずにいると、もう一度、ぐい、と押してくる。撫でて、ということだろうか。わたしはその頬から耳のつけ根まで、ゆっくり指を滑らせた。ネネは満足したように目を閉じる。今度は、手を止めても急かさなかった。レースのカーテンが窓辺で揺れ、光の筋がわたしの膝を横切る。ネネの前脚にも、同じ光が乗った。休みの日に何もしないつもりでいたのは、何かをしなければ落ち着かないからでもあった。のんびりしよう、と決めておかないと、時間をうまく使えなかった気がする。そんな自分が少し面倒だった。ネネには、そんな予定はない。ただ、気が向いたときに近づいて、気持ちのいいところに座る。今日はたまたま、それがわたしの膝だった。「ここ、好き?」聞くと、ネネは片目だけ開けた。たぶん、今は好き。そんな返事に見える。わたしはベッドに深く寄りかかり、ネネが落ちないように膝を少し寄せた。腰のあたりから、ゆっくり重みが伝わってくる。喉を鳴らす音が途切れ、また始まった。話題は、もう思いつかなかった。けれどネネは、わたしが黙っても離れない。撫でれば目を細め、ときどき青い瞳でこちらを見る。そのたび「いるよ」と声をかける。しばらくして、ネネが膝の上で体勢を変えた。前脚を折りたたみ、わたしの手に顎を乗せる。甘えるのが下手なはずの子が、今日はずいぶん上手だ。「そんなに見られたら、動けないよ」言いながら、わたしは動く気がない。ネネの目が閉じる。眠る少し前の、力が抜けていく顔。その表情を見届けられたのが、なぜだかうれしかった。今日が終われば、ネネはまた、呼んでも振り向かないかもしれない。膝の上より、窓辺を選ぶかもしれない。それでも、今ここでわたしを見上げたことは本当だ。「明日も甘えていいからね」眠りかけていた耳が、ぴくりと動く。わたしは声をひそめて笑い、もう一度だけ背中を撫でた。カーテンの向こうで風がやみ、部屋に白い光が静かに満ちる。予定を変えてよかった。わたしが空けた両手に、ネネは安心して顎を預けている。今日の残りの時間も、気が済むまでこうしていよう。#青春小説 #日菜子とネネ #猫のいる暮らし #何もしない休日 #AIイラスト【10/4 0時~新規限定クーポンで20%OFF!】 【腸活 パン】Fibee ミツカン ブレッド デニッシュ 3種6個〜 (ショコラオレンジ・2種の果実とシナモン・トマトバジル) 朝食 置き換え ダイエット 時の 発酵性食物繊維 の補給に 全粒粉パン ロングライフパン Z価格:2,760円~(税込、送料無料) (2026/10/3時点)楽天で購入
2026/10/03
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目が覚めたとき、頬の下にあるはずの柔らかさがなかった。かわりに、シーツの少しひんやりした感触がする。寝ぼけたまま手を伸ばすと、指先がふわりと温かいものに触れた。わたしの枕の真ん中で、ネネが眠っていた。白い体を小さく丸め、鼻先を前脚に埋めている。窓から入る朝の光が、背中の毛を一本ずつ透かしていた。わたしの頭はいつの間にか枕から押し出されていたらしい。「……おはよう。いつ取ったの」ネネは答えない。耳の先だけが一度、ぴくりと動く。聞こえているくせに。七歳になっても、そこは子猫のころと変わらない。呼べば知らない顔をして、わたしが別のことを始めると、いつの間にかすぐそばにいる。枕も、昨日まで足元の毛布がお気に入りだったはずだ。わたしはベッドの上で膝を抱え、しばらく寝顔を眺めた。水色の細い縞が入ったパジャマの袖口に、昨夜の洗剤の匂いが残っている。レースのカーテンが揺れるたび、白い壁に葉の影が映った。棚の上の時計は、もうすぐアラームが鳴る時刻を指している。手を伸ばせば、枕の端くらいは取り返せそうだった。ネネは真ん中を使っているけれど、端ならわたしの頬も乗る。そっと枕に触れたところで、ネネのひげが揺れた。わたしの手が止まる。少し困る。あと十分だけ眠りたかったし、このままでは首も痛くなりそうだ。でも、目を閉じたネネの顔を見ていると、起こすための声が出てこない。昨夜、わたしが寝返りを打ったときに、きっと空いた場所へ移ってきたのだろう。いつからここで眠っていたのか、わたしは知らない。昨日の放課後、音楽室で同じ小節を何度も吹き直した。音を間違えたわけではないのに、先生から「もう一度」と言われた。隣の子が吹くと、同じ音がすっと先まで届いた。わたしも、そう吹きたかった。帰ってからも気になって、譜面を鞄から出しては閉じた。ネネが部屋に入ってきたときも、「あとでね」と言った気がする。ベッドに腰掛けていたわたしの足に、ネネのしっぽが一度だけ触れた。それからどこへ行ったのか、覚えていない。棚の時計をもう一度見る。朝になっても、昨日の音をまだ考えている自分に気づいた。「わたし、しつこいよね」小さく言うと、ネネの耳がまた動いた。今度は返事に見えた。うまくいかなかったところが分かるまで、何度でも戻りたくなる。直せるかもしれないと思うと、譜面を閉じても、その小節が頭の中で鳴る。そんな自分を、昨日は少し面倒に感じていた。枕を占領したネネの寝息は、静かで規則正しい。顔を近づけると、温まった布の匂いに、ほんの少しだけネネの匂いが混じっていた。子猫のころ、雨の日に一緒に昼寝をしたときと同じ匂いだ。わたしは枕から手を離し、ネネの横に座り直した。昨日の小節は、放課後にもう一度吹いてみよう。今ここで考えても、音は出せない。そう決めると、何度も頭の中で繰り返していたメロディが、ようやく止まった。「枕、今日は貸してあげる」言い終わる前に、ネネが薄く片目を開けた。見つかった、という顔をしている。起きていたのかもしれない。わたしが指先で額を撫でると、ネネは目を閉じ、枕に頬を押しつけた。そこがいちばん気持ちいい、とでも言うように。わたしは笑って、手を引っ込める。小さいころは、ネネが膝に乗ってくると、嬉しくてすぐに抱き上げていた。すると決まって腕から抜け出して、少し離れたところに座る。今なら、あの子はただ膝の上にいたかったのだと分かる。誰かを大事にするつもりで、その人の居場所を動かしてしまうことがある。昨日、友達が「今日は先に帰るね」と言ったときも、わたしは練習に誘いかけて、やめた。聞けば付き合ってくれたかもしれない。でも、その子の帰りたい気持ちは、その子のものだ。そう思えたのに、自分のこととなると、休みたい気持ちをなかなか聞いてやれない。ネネが小さく喉を鳴らした。低い音が、朝の静けさに混じる。アラームが鳴り、わたしは急いで止めた。ネネは顔を上げない。どうやら今日は、ここから動くつもりがないらしい。「分かったよ」わたしはベッドから降りず、もう少しだけそこにいた。カーテン越しの光が、枕のふちからシーツへ伸びていく。膝の上に置いた手まで温まったころ、ネネが寝返りを打った。丸い背中が、わたしの手首に触れる。くすぐったくて、動けなくなる。そのうち起きて、顔を洗って、学校へ行く。放課後には、昨日の続きも待っている。時計の針が進んでいることは分かっていた。それでも今朝のわたしには、もう少しここにいたい理由があった。「ねえ、ネネ。そこ、寝心地いい?」今度は返事のかわりに、しっぽの先が一度だけ揺れた。わたしは枕の端にそっと頬を寄せる。ほんの少し、場所が残っていた。ネネの背中から伝わる温かさを感じながら目を閉じると、窓の向こうで鳥が鳴いた。あと一分だけ、こうしていよう。昨日できなかったことを、今日またやってみる。その前に、ネネと朝の光を分け合う一分くらい、あってもいい。#青春小説 #日菜子とネネ #猫のいる暮らし #朝のひととき #AIイラスト【15%OFFクーポン】【糖質オフ の豆粉パン】ZENB ゼンブ ブレッド グルテンフリー 8種10個~ (くるみ&レーズン・カカオ・3種の雑穀・紅茶&オレンジ ・きなこ あんぱん・金時豆・黒ごまあん・カレーパン ) ダイエット 時の 食物繊維 補給 置き換え タンパク質価格:3,980円~(税込、送料無料) (2026/10/3時点)楽天で購入
2026/10/03
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映画の始まりを知らせる音が鳴っても、わたしは時計を見なかった。いつもなら、画面の隅に表示された時刻から、眠れる時間を数えてしまう。明日は休みだ。そう思い出すまでに、少し時間がかかった。部屋の照明を落としたリビングには、小さなランプだけがついている。テレビの青い光がソファの端を照らし、窓の向こうには、いくつかの家の明かりが見えた。テーブルにはポップコーンの入った大きな器。冷たい飲み物のグラスには、まだ丸い氷が浮いている。膝の上で、ネネが身体を丸めた。「そこにするの?」七歳の白猫は、返事もせずに前脚をしまう。呼んだときには来ないのに、何かをしようとすると、いちばん動けなくなる場所を選ぶ。今夜もそうだ。背中をそっと撫でると、耳が一度だけ動いた。やめると、わたしの膝を軽く踏み直す。続けてほしいのか、触るなと言っているのか。子猫の頃から一緒にいるのに、いまだに全部は分からない。「はいはい」指をもう一度、白い毛の中へ滑らせる。ネネは目を閉じたまま、何も聞こえていないような顔をした。画面には、見覚えのある映画の最初の場面が映っている。何度か観ている作品だ。次に誰が何を言うか、ところどころ覚えている。今日は新しい映画を探す気になれず、これを選んだ。結末を知っている物語なら、安心して途中を楽しめる気がした。ポップコーンを一つ摘まむ。指先に薄く塩がついて、噛むと軽い音がした。映画の台詞に重なって、ネネの喉が小さく鳴る。昼間、友達から届いたメッセージを思い出す。「明日、暇だったら会わない?」まだ返事をしていない。誘ってくれたのは嬉しかった。最近、学校ではあまりゆっくり話せていない。会えばきっと楽しい。そう分かっているのに、すぐ「行く」と打てなかった。明日の予定は、何もない。何もないからこそ、このままにしておきたかった。会いたくないわけではない。そう書いても、断る理由になるだろうか。体調が悪いわけでも、用事があるわけでもない。ただ、朝起きて、その日の気分で過ごしたい。洗ったカップをゆっくり拭いたり、ネネが日だまりを移動するのを見たり。そんな時間が欲しかった。画面の中で、登場人物が「いつでも大丈夫」と笑う。わたしはポップコーンに伸ばした手を止めた。今日、学校でも似たことを言った気がする。ノートを見せてほしいと言われて、「いつでもいいよ」と答えた。嫌だったわけではない。ただ、今夜は何もしないでいたかったから、帰ってから写真を送るつもりだったのを、明日にしてもらえばよかった。頼られるのは嬉しい。誘われるのも嬉しい。返事に迷うたび、その嬉しさまで嘘になるようで、わたしはいつも急いで頷いてしまう。ネネの背中に置いた手が止まる。すぐに、しっぽの先がわたしの腕を一度叩いた。「ごめん」撫で直すと、ネネはまた目を細める。こんなふうに「今は撫でて」と伝えられたら、少し楽なのに。ネネだって、膝に乗らない夜がある。こちらがどんなに呼んでも、少し離れた椅子の上から見ている。それでも、来てくれたときの嬉しさが減ることはない。誰かを大切に思う気持ちと、ひとりでいたい気持ちは、一緒にあっていい。映画の音楽が静かになった。部屋には氷がグラスに触れる音と、ネネの喉の音が残る。テーブルに伏せて置いたスマートフォンを取る。画面をつけると、友達のメッセージがまだそこにあった。「誘ってくれてありがとう。明日は家でゆっくりしたいんだ。また別の日に会える?」送る前に、二度読み返した。「せっかく誘ってくれたのに」を足そうか迷う。謝らないのは冷たいだろうか。ネネが顔を上げ、スマートフォンの角に鼻先を寄せた。「ちょっと待って」そう言うと、ネネは興味をなくしたように、また膝へ顎を載せる。わたしは余計な言葉を足さず、送信を押した。画面がすぐ暗くなる。返信を待ちたくなって、もう一度つけかけたけれど、スマートフォンをテーブルに戻した。明日、友達が何と言うかは、まだ分からない。分からないままでも、今夜の映画は進んでいく。グラスを持つと、ひんやりした水滴が掌についた。ひと口飲んで、ポップコーンを摘まむ。さっきより少し、塩の味がはっきりした。映画の中では、登場人物が窓辺に立っている。このあと何が起こるか知っているのに、わたしはその背中をじっと見た。前に観たときには、気づかなかった表情があった。ネネが寝息を立て始める。膝の上の重みは温かく、立ち上がろうと思えば立ち上がれるのに、もう少しこのままでいたい。時計は見ないことにした。眠くなったら寝る。最後まで観られたら、それもいい。ポップコーンが少し残っても、映画の途中で寝てしまっても、明日の朝に困る人はいない。何もしない時間にも、わたしの好きなわたしがいる。ランプの光が、ネネの耳の縁を淡く照らしていた。わたしはその小さな輪郭を指で撫で、映画の続きを観る。窓の外の夜は、まだ静かに深くなっていく。#青春小説 #日菜子とネネ #夜更かしのごほうび #何もしない贅沢 #自分の時間【LDKベストバイ受賞!】たんぱく質 雑穀米 グルテンフリー雑穀 kokuu たんぱくプラス|プロテイン雑穀 タンパク質 グルテンフリー雑穀米 雑穀 大豆 グルテンフリー 食物繊維 プロテイン ダイエット 腸活価格:2,865円~(税込、送料無料) (2026/10/3時点)楽天で購入
2026/10/03
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音が一つ、増えていた。サックスから口を離したとき、やっと気づいた。窓を細い雨が打っている。さっきまで見えていた遠くの建物は白くかすみ、ガラスには、いくつもの水の筋ができていた。「いつから降ってたんだろう」音楽室にいるのは、わたしだけ。返事の代わりに、雨粒が窓枠を細かく叩いた。譜面台には、練習中の曲が開いてある。今日は一人で最後まで吹いてみるつもりだった。途中で止まっても、もう一度最初から。そう決めて、さっきから何度も同じページを行き来している。譜面の上では、やわらかく伸ばす音が続く。指は覚えた。音も外していない。それなのに、吹き終わるたび、何かを置き忘れたような気がする。合奏では、もう少し明るく、と言われた。その言葉が、ずっと耳に残っている。明るい音が嫌なわけではない。ただ、どう吹けばいいか分からなかった。息を強く入れると、音は大きくなる。口元を緩めると、今度は頼りなくなる。音符の並びは同じなのに、わたしの出す音だけが、目指す場所を見つけられない。もう一度、楽器を構える。首に掛けたストラップが肩に重さを伝えた。金色の管は、窓から入る青みがかった光を映している。リードを唇に当てると、少し湿った木の味がした。息を吸い、一音目を吹く。雨音を押しのけるように、強く。二音目。三音目。伸ばすはずの音が、途中でわずかに揺れた。指先に力が入っている。自分でも分かるのに、緩め方が分からない。最後まで吹かず、楽器を下ろした。「……違う」誰に聞かせるでもなく言う。雨は少し強くなっていた。窓の外の木が風で傾き、枝から落ちた水が、ほかの雨粒より遅れてガラスを伝う。教室の隅にある本棚や椅子まで、薄い青に染まって見えた。試験の答案を返されたときも、わたしは同じ顔をしていたのかもしれない。思ったより低い点数を見て、すぐに「次は頑張る」と言った。本当にそう思っていた。悔しかったから、次こそはと。でも、悔しい気持ちは、前向きな言葉を口にしただけでは消えなかった。あの帰り道、友達に「大丈夫?」と聞かれて、「平気」と答えた。友達は頷いた。それ以上は聞かれずに済んで、少しほっとしたのに、胸のどこかが寒かった。その寒さを、わたしはまだ持っている。窓際まで歩き、ガラスから少し離れたところに立つ。雨粒は上から下へ、まっすぐには落ちていない。風が吹くたび斜めに流れ、途中で別の粒と重なって、太い筋になる。空は暗いけれど、葉の緑だけが濃く見えた。「明るく、か……」雨の音を聞きながら呟くと、無理に声を弾ませていた自分が少し恥ずかしくなった。笑いたい日もある。よくできた答案を見て、嬉しくなる日もある。今日は、まだそういう日ではない。それでも、音楽室に来て、楽器を組み立てて、ここに立っている。前を向くことと、今の気持ちを置き去りにすることは、同じじゃない。窓に映ったわたしは、口を真っすぐに結んでいた。譜面台に戻る。楽譜の端が、窓からの湿気で少し波打っている。わたしはそこを指で押さえてから、最初の音符を見た。明るく吹く方法は、まだ分からない。ならば一度、この雨の日に聞こえるまま吹いてみたい。先生や先輩に聞かせる音ではない、今のわたしがどんな息をしているのか、確かめるための音を。サックスを構え直し、ゆっくり息を吸った。今度は雨音を消そうとしなかった。最初の音は、思ったより小さかった。窓を叩く粒の間を通るように、細く伸びていく。次の音へ移ると、ほんの少しだけかすれた。きれいではない。けれど止めずに、指を動かす。雨が窓枠に当たる。わたしの息が管の中を通る。二つの音は、ときどき近づき、ときどき離れた。伸ばす音の終わりで、息が足りなくなった。無理に保とうとせず、そこで音を切る。静かになった音楽室には、雨の続きが残っていた。しばらく楽器を下ろせなかった。上手に吹けた、とは思わない。合奏で同じように吹けば、きっと別のことを言われる。それでも、さっきの音には、わたしがちゃんといた。「もう一回」小さな声が、窓に向かって出た。次はどこで息を吸おう。少しかすれた音は、指の力を緩めたら変わるだろうか。雨の強さが変わる前に、もう一度吹いて確かめたくなった。譜面の余白に鉛筆で小さな印をつける。最初の音の前と、息が足りなくなった場所に。紙の上の黒い点を見ていると、さっきまで重かった肩が、ほんの少し下がった。窓の外はまだ雨だ。雲の向こうに太陽があるのかも分からない。わたしはリードを唇に当てる。雨粒がガラスを滑る音を一度聞いてから、自分の息を吸った。晴れるまで待たなくても、今日のわたしには今日の音がある。最初の一音が、雨の中へ静かに伸びていった。#青春小説 #日菜子の日常 #雨の日の音楽室 #サックス #今日だけの音3M フツロ サポーター 姿勢 サポート日常用 高通気 ブラック フリー サイズ 46832JNR(1個)【フツロ(FUTURO)】価格:3,579円(税込、送料無料) (2026/10/2時点)楽天で購入
2026/10/02
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先生が配り終えたあとも、教室は静かにならなかった。紙をめくる音。椅子の脚が床をこする音。小さなため息と、誰かの「よかった」という声。いつもの教室なのに、窓から入る光まで落ち着かないように見える。わたしの机にも、答案が一枚置かれた。今回の試験で、最初に返ってきた答案だった。表を下にしてあるわけではない。先生が渡したまま、点数の書かれた端をわたしが指で隠している。見ようと思えば、すぐ見られる。なのに、親指が動かなかった。窓の外では、風に揺れる木の葉が光っている。床に落ちた四角い日差しは、机の脚に遮られて、ところどころ欠けていた。夏の終わりに近い午後なのに、まだ少し暑い。ブラウスの襟元に、細い汗が残っている。後ろの席から、紙の擦れる音が聞こえた。「日菜子、どうだった?」振り向くと、友達が自分の答案を半分だけ丸めていた。「まだ見てない」「え、早く見なよ」「うん。見る」そう答えて、また手元に目を戻す。友達は「わたし、最後の問題、間違えた」と小さく笑った。わたしも笑おうとしたけれど、うまく口角が上がらなかった。彼女はそれ以上聞かず、自分の答案に視線を落とす。机の木目に、鉛筆の薄い跡が残っている。試験の日も、この席に座っていた。最初の問題は順調だった。途中で見慣れない問い方が出てきて、何度読んでも意味が頭に入らなかった。教室の時計が一分進むたび、胸のあたりが固くなった。空欄にはしたくなくて、覚えていたことを書いた。何度も消して、また書いた。最後の数分は、消しゴムのかすが答案の端に集まっていた。あのときの自分は、確かに頑張っていたと思う。でも、点数を見たあとにも、そう思えるだろうか。小さなため息が出た。答案の角が親指の下で少し曲がる。周りではもう、赤い印を数える声がしていた。「ここ、合ってた?」「同じ答えにした」近くの席で交わされる言葉に、顔を上げられない。わたしも早く確かめたい。自分の答えがどうなったのか、気になる。それなのに、知った瞬間に試験の日の頑張り方まで決まってしまうようで怖かった。点数を見る前のわたしにも、ちゃんと過ごした時間がある。心の中で言ってみる。少し大げさかもしれない。でも、試験の前にノートを開いた夜も、分からないところを何度も読み返したことも、ここには書かれていない。先生が採点できるのは、あの日、この紙に残した答えだけだ。わたしは答案から手を離した。赤い数字が目に入る。思っていたより、低かった。一瞬、周りの音が遠くなる。窓の外で揺れていた葉も止まったように見えた。数字をもう一度確かめる。見間違いではない。「そっか……」声になったのかどうか、自分でも分からなかった。予想していた間違いもある。正解したと思っていた問題にも、赤い斜線が引かれている。そこがいちばん悔しい。授業中に先生が説明した場面まで、ぼんやり思い出せるのに。答案を伏せたくなった。隣の席から、誰かが喜ぶ声がした。よかったね、と別の誰かが返す。その会話に悪いところは一つもない。それでも今は、わたしの耳には少し眩しすぎた。下を向くと、両手で答案の端を握っていた。紙は薄いのに、指先にはっきりと硬さが伝わる。先生は黒板の前で、次の授業の連絡をしている。チョークの粉っぽい匂いが、風に乗ってこちらまで来た。いつもと同じ午後が続いていることに、少し驚く。点数が出ても、時計は止まらないらしい。わたしは赤い斜線のひとつを、指でたどった。問題文を読み直す。試験中には、前半の条件だけを見て答えていた。後半にも、短い一文がある。そこを読めば、別の答えになる。「あ……」小さく声が漏れた。分からなかったのではなく、焦って読み飛ばしたのだと思う。それが余計に悔しくて、しばらくその一文を見つめた。でも、どこで間違えたのかが分かった。わたしはペンケースからシャープペンを出し、問題の横の余白に小さく線を引いた。見落とした一文の下にも、一本。隣の問題には、まだ理由の分からない赤い斜線がある。それも、あとで聞こう。友達がこちらを見た。「大丈夫?」「うん……ちょっと悔しい」「そっか」「でも、ここは分かった」答案の一か所を指すと、友達は「ほんとだ」と頷いた。それだけで、胸の奥に詰まっていたものが少し動いた。悔しい、と口にしたら、思ったほど苦しくなかった。大丈夫なふりをしなくても、この席に座っていていいのだと思えた。先生の声と、ページをめくる音がまた聞こえてくる。窓から差す光はさっきより少し傾き、答案の白い余白を照らしていた。わたしはそこに、もう一つだけ印をつけた。できなかった問題の横に、次に確かめたいことを書くための、小さな丸。全部を今すぐ分かるようにする必要はない。まずは、この一問から。答案を両手で持ち直す。紙の角には、わたしの親指がつけた浅い折り目が残っていた。怖くて開けなかった数分も、見て悔しくなった今も、同じ一枚の上にある。今日の点数は、今日までの答えだ。明日のわたしの答えは、まだ書いていない。窓の外で風が吹き、床の日差しがかすかに揺れた。わたしは答案を伏せずに、机の上に置く。見落とした一文が、さっきよりもはっきり読めた。#青春小説 #日菜子の日常 #答案返却 #十七歳の気持ち #次の一歩電熱ベスト 「日本製26枚ヒーター」 40000mAhバッテリー付き 2種接続口 USB/DC MAX約70℃ 日本製 ヒーター ヒーターベスト 加熱ベスト usb給電 4つボタンで独立制御 電熱ジャケット 防寒ベスト 速暖 電熱ウェア 作業服 2025価格:3,580円~(税込、送料無料) (2026/10/2時点)楽天で購入
2026/10/02
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朝なのに、自販機の影がずいぶん短かった。いつもなら通り過ぎてしまう住宅街の角で、わたしは足を止めた。白い機械の側面に、木の葉の影が細かく揺れている。見上げると、空は青く、雲は眩しいほど白い。まだ午前中のはずなのに、制服のブラウスが背中に貼りついていた。「暑い……」言ってみたところで涼しくなるわけではない。でも、黙っていると、暑さまで我慢しなければいけない気がした。校門までは、ここからもう少し。歩けない距離ではない。そう思って、自販機を通り過ぎかけた。けれど足の裏が地面から離れず、わたしはまた戻った。道路の向こうには低い屋根の家が並び、電線が夏の空を横切っている。車はまだ少なくて、遠くから聞こえる蝉の声ばかりが大きい。木陰にいるのに、空気はぬるいままだった。自販機のガラス越しに、冷たい飲み物が並んでいる。青いラベルの水。お茶。炭酸。どれにするか考えるだけのことなのに、頭の中がぼんやりして、選ぶのに時間がかかった。昨日の部活でも、わたしはそんなふうに立ち止まった。合奏で、短いフレーズを受け取るタイミングを何度か逃した。先輩は責めずに「もう一度」と言ってくれた。なのに、その優しさにまで焦ってしまった。家で練習してきたのに。指も覚えたのに。できるはず、と思えば思うほど、最初の音を出すのが怖くなった。だから今朝は、少し早めに家を出た。音楽室で、みんなが来る前に吹いてみようと思ったのだ。それなのに、こんなところで休んでいる。黒い学生バッグの持ち手が、汗ばんだ肩に食い込む。赤いネクタイが風に揺れた。昨夜、楽譜の端に小さく書いた「焦らない」の文字を思い出す。今のわたしには、歩くことについて書かれた言葉みたいだった。バッグを足元に置き、財布から硬貨を取り出した。指先が少し湿っていて、一枚が掌に貼りつく。投入口に入れると、ちゃりん、と乾いた音がした。青いラベルのボタンを押す。がたん。静かな道では、その音が思ったより大きく響いた。取り出し口からボトルを引き上げると、指の間にひやりとした感触が広がる。表面には細かな水滴がついていた。わたしはキャップを開ける前に、ボトルを頬へ当てた。「……生き返る」思わず出た声が、自分でも少しおかしい。頬の熱がゆっくり逃げていく。髪の先が風に触れ、汗の残る首筋だけが急に涼しくなった。葉の隙間から落ちる光が、ローファーのつま先を行ったり来たりする。昨日のことが、頭から消えたわけではない。むしろ足を止めたせいで、練習中の音がはっきり戻ってきた。わたしの音が遅れた、その一瞬。吹き直そうとして、また息が足りなくなったこと。あのとき、先輩に聞けばよかったのかもしれない。どこで息を吸うのか。どうやって次の音を待っているのか。でも、聞けなかった。自分でできるところを見せたかったから。何度も練習してきたのに分からないなんて、悔しかったから。キャップを回し、水をひと口飲んだ。喉を通る冷たさに、思わず目を閉じる。もうひと口、今度はゆっくり飲む。自販機の低い機械音が、蝉の声の下で続いていた。少し前まで、自分が何を急いでいるのかも考えずに歩いていた気がする。早く学校へ着いて、早く吹けるようになって、昨日の失敗を早くなかったことにしたい。そんなふうに、いくつもの「早く」を抱えていた。立ち止まる時間まで、遅れと呼ばなくていい。ボトルを見つめながら、そう思った。暑さを感じて、足を止めて、水を飲む。それだけのことで、さっきより自分の呼吸が分かる。今なら昨日の二小節も、最初からゆっくり確かめられるかもしれない。だとしても、今日は先輩に聞いてみよう。「ここ、息を吸う場所を教えてください」頭の中で言ってみると、まだ少し照れくさい。先輩は「うん」と答えるかもしれないし、わたしが予想していなかったことを教えてくれるかもしれない。そんなことを考えられるくらいには、胸の詰まりがほどけていた。風が吹いて、木の葉が一斉に鳴った。白い自販機の上を、影が水面みたいに流れる。足元には、開きかけた小さな花が咲いていた。さっきまで、そこにあることにも気づかなかった。ボトルをもう一度、頬に当てる。冷たさに笑ってしまう。夏の日差しは相変わらず強いし、学校までの道が短くなったわけでもない。昨日できなかったところも、今日すぐにできるとは限らない。それでも、行ってみようと思えた。バッグを肩に掛け直す。ネクタイを指で整えると、汗を含んだ襟が少しだけ肌から離れた。最後に水をひと口飲んで、キャップをしっかり閉める。歩き出す前に、もう一度だけ自販機の影を見た。短い影の中にも、わたしが休めるだけの場所があった。頑張る日のわたしにこそ、休んでいい場所を残しておきたい。そう思いながら、ボトルをバッグの脇にしまう。冷たさが指先に残っていた。蝉の声の向こうへ、わたしは自分の歩幅で一歩踏み出した。#青春小説 #日菜子の日常 #夏の朝 #自分のペースで #小さな休憩【楽天1位】[coco-eririkoさんROOMコラボ]ジャケット レディース 秋 冬 アウター 白 ブラウン キャメル M L テーラード コーデュロイ 羽織 長袖 ドロップショルダー ライトアウター 裏地付き ポケット 大きいサイズ オシャレウォーカー【メール便不可】【40】価格:8,980円(税込、送料別) (2026/10/1時点)楽天で購入
2026/10/01
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目が覚めたとき、いつも聞こえる音がしなかった。窓際の棚から床へ、ネネが降りる音。朝になると決まって、ことん、と小さく響く。今朝はそれがない。代わりに聞こえるのは、風に揺れたカーテンが窓枠を撫でる音だけだった。薄く目を開ける。白いカーテンの向こうに朝日があって、部屋の輪郭がまだ少しぼやけている。枕元の時計を見るには、身体を起こさなければならない。わたしはもう一度目を閉じた。昨日、吹奏楽部の練習で、何度吹いても入れなかった箇所がある。たった二小節。みんなの音がふっと細くなるところで、わたしのサックスが旋律を受け取る。楽譜には何も難しいことは書いていない。それなのに、合奏になると一拍目が怖くなる。音を出す直前に息をためらって、ほんの少し遅れる。「もう一回、そこから」先輩はいつもどおりの声で言った。わたしも「はい」と、いつもどおりに答えた。けれど三度目に同じところで止まったとき、譜面台の金属が夕日に光っていることばかり気になった。先輩の目を見たら、何か言われる気がした。何も言われなくても、困らせているのが分かってしまう気がした。帰ってから楽譜を開いた。鉛筆で書いた丸や矢印を指でなぞって、指の動きも確かめた。分からないところは、もうないはずだった。「明日は、ちゃんとやる」声に出してみたら、急に心細くなった。「ちゃんと」の中身を、わたしはまだ知らない。布団の上で寝返りを打つと、すぐそばに白い背中があった。ネネは窓際へ行っていなかった。わたしの膝の横で丸くなっている。眠っているのかと思ったら、片方の耳だけがこちらを向いた。「おはよう」返事はない。いつものことだ。七歳のネネは、甘えたいときほど平気な顔をする。膝に乗ってきても、撫でようとすると視線をそらす。わたしが落ち込んでいるときは、近くにいるくせに、こちらを見ない。今朝もそうやって、隣にいたらしい。わたしは両腕を頭の上に伸ばした。寝間着の袖が手首までずり落ちる。背中が伸びるにつれて、眠っていた身体のあちこちが少しずつ起きていく。ひんやりした空気を吸うと、胸の奥まで朝が入ってきた。そこでネネが、むくりと立ち上がった。前脚を布団に長く滑らせ、背中をゆっくり反らす。白いしっぽが、窓から差す光の中で弧を描いた。目を細めた顔は、なんだか満足そうだった。「一緒だね」ネネは伸びを終えると、何事もなかったように前脚を揃えて座った。その落ち着き方が少しうらやましい。わたしは伸びをしても、昨日の二小節が消えたわけではない。今日の練習でも、きっと同じ場所が来る。みんなの音が細くなって、わたしの番になる。カーテンの裾がふわりと持ち上がった。外から、葉の揺れる音がする。ベッド脇の小さな花瓶からは、昨日替えた水の冷たい匂いと、白い花の淡い香りが届いた。ネネが布団を一歩、二歩と踏んで、わたしの足元へ移動する。そこはちょうど朝日の当たる場所だった。丸くなろうとして、また顔を上げる。「もう寝るの?」今度は短く、にゃ、と鳴いた。わたしは思わず笑った。都合のいい返事だ。でも、起きたばかりの身体で日の当たる場所を見つけるネネは、昨日うまく歩けなかった道を気にしたりしないのだろう。昨日つまずいた場所も、今日の最初の一歩を決める場所にはしなくていい。そう思った途端、昨日のわたしに少しだけ申し訳なくなった。練習が終わっても帰りのバスでも、ずっと二小節のことを考えていたのに。あの時間ごと、なかったことにするようで。違う。忘れなくてもいいのかもしれない。遅れた一拍目を覚えているから、今日は先輩に聞ける。「どこで息を吸っていますか」と。ひとりで楽譜を見つめていた昨日の夜には、思いつかなかった質問だ。聞いたら、こんなことも分からないのかと思われるだろうか。考え始めると、胸の奥がまた狭くなる。ネネは日だまりの上で、もう一度前脚を伸ばした。さっき伸びたばかりなのに、気持ちよさそうに爪先まで広げている。やり直した、という顔ではない。ただ、今そうしたかったから伸びている。わたしは布団の端を握っていた手を開いた。今日、先輩に聞いてみよう。そう決めても、急に勇気が湧くわけではなかった。喉の奥には小さな緊張が残っている。それでも、質問の言葉を心の中で一度だけ並べてみる。「あの二小節の前、息を吸うところを教えてください」。ちゃんと声にできるかは分からない。でも、昨日の「ちゃんとやる」より、ずっとはっきりしていた。窓の外で鳥が鳴いた。少し遅れて、遠くを車が通り過ぎる音がする。朝はわたしの気持ちが整うのを待たずに進んでいく。そのことに、今日は少しほっとした。ネネの背中に手を伸ばす。白い毛は朝日で温まっていた。指先を一度だけ滑らせると、ネネは顔を上げずに、しっぽの先でわたしの手首に触れた。「ありがと」小さく言うと、しっぽはもう動かなかった。わたしはベッドの上で、もう一度腕を伸ばした。最初より少し大きく、指先まで。肩の力を抜いて、ゆっくり息を吸う。うまく吹ける朝が来るのを待っていたら、ずっと布団から出られないかもしれない。できるようになる前のわたしにも、今日を始める資格はある。光が膝の上まで届いていた。ネネは目を閉じ、わたしの隣で静かに呼吸をしている。「行ってくるね」は、まだ早い。今はただ、布団の外へ足を下ろす。床は思ったより冷たくて、わたしは少し笑った。ネネが片目だけ開ける。「うん。おはよう」今度の挨拶は、ちゃんと朝に届いた気がした。#青春小説 #日菜子とネネ #朝のひととき #小さな一歩 #今日も自分のペースでクーポン配布中!楽天1位!!殿堂入り【壁紙ガード!貼るだけ猫の爪とぎ防止】キャットブリーダー監修 猫 壁紙保護シート フィルム 選べる6サイズ 高評価 はがせる 賃貸OK 撥水加工 目盛り 半透明 目立たない 爪とぎ防止 傷防止 壁紙 お試し 大容量価格:2,180円~(税込、送料無料) (2026/10/1時点)楽天で購入
2026/10/01
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ネネが、いつもより早くベッドに来た。わたしが布団に入るころには、たいてい枕の端を占領している。今夜はまだパジャマのボタンを留めているうちから、白い体をわたしの膝に預けてきた。「どうしたの。眠い?」聞いても、返事はない。ネネは目を細め、わたしの手が来るのを待っている。撫でようとすると逃げる日もあるのに、今夜は頭をこちらへ差し出した。指の下で、耳の付け根の毛がやわらかく倒れる。窓の外には細い月が浮かんでいた。カーテンの向こうの空は深い青で、ガラスに映る部屋の明かりも、昼間のものよりずっと静かに見える。ベッド脇のランプが、ネネの白い背中を淡い蜂蜜色に染めていた。わたしは膝の上の温かさを抱えたまま、枕元のノートを見る。表紙の端から、一枚の付箋がはみ出している。今日の部活で言われたことを、寝る前に整理するつもりで挟んだ。帰ってからずっと気になっていたのに、開かないまま夜になった。その一枚が、やけに目につく。「ちょっとだけ書こうかな」ネネの耳が動く。わたしは動かず、付箋を見つめた。今日は、うまくいかないことがいくつかあった。練習してきたフレーズを合奏で外した。友達が話しかけてくれたとき、疲れていて気の利いた返事ができなかった。帰ってからやろうと思っていた宿題も、思ったほど進まなかった。ひとつずつなら、小さなことだ。けれど夜になると、それらは順番を守らずに浮かんでくる。サックスのかすれた音を思い出したかと思えば、友達の「また明日ね」が聞こえる。ノートを開けば何か片づく気がして、でも、開いたら明日の不安まで書き始めてしまいそうだった。ネネが、わたしの手のひらに額を押しつける。「今、考えてたんだけど」思わず言い訳すると、彼女は知らない顔で喉を鳴らした。小さく、途切れずに続く音。その振動が、パジャマ越しに膝へ伝わってくる。部屋にはラベンダーの花を挿した小さな瓶がある。窓から入り込む夜の空気に、ほのかな香りが混じった。どこか遠くで車が一台走り去り、また静かになる。わたしはノートを手に取った。ページを開くと、今日の日付の下に、部活へ行く前のわたしが書いた文字があった。『最後の四小節を、落ち着いて吹く』その下は空白だ。目標にしたことができなかった、と書こうとして、ペン先を止める。本当は、全部だめだったわけではない。最初の音は気持ちよく出た。途中で隣の子と目が合って、拍を合わせられたところもある。なのに夜のわたしは、外した一音ばかりを何度も再生している。できなかったことは、もう十分に覚えている。一日を振り返るたび、最後に転んだ場所だけを「今日」と呼びたくはない。ペンを持ったまま、ネネを見下ろす。ネネは七歳で、子猫のころからわたしのそばにいる。わたしが少しずつ背を伸ばし、制服が変わり、悩みごとの名前を増やしていく間に、彼女は甘えるのが上手になったようには見えない。むしろ、年々すました顔が上手になっている。それでも今夜みたいに、自分から膝に乗ってくる。わたしが何に失敗したかなんて聞かない。ただ、撫でる手が止まると、ほんの少し頭を持ち上げる。「はいはい」もう一度、額から背中へ手を滑らせた。ノートの空白に、短く書く。『最初の音は、好きだった』書き終えると、意外なくらい指の力が抜けた。すぐ下に「明日はここを練習する」と付け加えかけて、やめる。明日考えればいいことまで、今夜のページに詰め込まなくてもいい。でも、何もしないまま眠るのは落ち着かない。わたしは付箋を一枚取り、今日気になった箇所の小節番号だけを書いた。ノートの次のページに挟む。明日のわたしが見れば、どこから始めるかは分かるはずだ。そこまでして、ペンを置いた。「今日は、ここまで」ネネに言ったつもりが、自分の声として返ってきた。膝からそっとネネを抱き上げ、隣の布団へ降ろす。いつもなら抱っこを嫌がって前足を突っ張るのに、今夜は丸くなり、わたしが横になるのを待った。ランプを消す前に、もう一度ノートを見る。空白は、まだたくさんある。それが少し怖くて、少しだけ安心する。書けなかったことも、書きたくなったことも、明日になってから置ける場所が残っている。スイッチを押すと、部屋の隅が暗くなった。窓の外の月は変わらず細い。ネネが布団の上を歩く、ほとんど音のしない足取りが近づいてくる。わたしの腕のそばで止まり、白い体が静かに沈んだ。「寝ましょうね……おやすみなさい」ネネの背中に手を添えると、一度だけしっぽが動く。それきり彼女は目を閉じた。眠ろうとすると、今日の音がまた少し浮かぶ。うまく吹けなかったところ。でも、その前には好きだと思えた音もあった。ノートに書いた数文字のおかげで、そちらも思い出せる。明日、友達に何を話そう。あの小節をどう吹こう。考え始めたところで、隣からネネの寝息が聞こえた。わたしは続きの答えを探す代わりに、ゆっくり息を吐く。明日のわたしに渡せるものは、反省だけじゃない。今夜ちゃんと休んだ、この体も渡せる。布団の中は少しずつ温まり、夜の空気は頬に涼しい。腕のそばにある小さな重みを確かめながら、わたしも目を閉じた。#青春小説 #日菜子とネネ #白猫のいる暮らし #おやすみなさい #明日への一歩ランキング1位│ieneko 公式 猫 ケージ 3段 2段 木製 キャスター スライドドア 横幅96cm 多頭飼い ハンモック ステップ 掃除簡単 猫砂飛散防止フェンス いえねこ イエネコ価格:49,800円~(税込、送料別) (2026/10/1時点)楽天で購入
2026/10/01
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風鈴が、一度だけ鳴った。いつもなら続けて二、三度、澄んだ音を落とすのに、今日はそれきりだった。開け放した窓から入る風も、昼間の熱をまだ少し残している。わたしは窓辺に腰掛け、膝を抱え直した。薄い青のTシャツの裾が、風にふわりと浮く。カーテンには夕焼けの色が透けていて、花柄の影が腕の上をゆっくり動いていた。「今日も暑かったねぇ」足元のネネに言う。白猫は返事をしない。窓の外を見上げたまま、しっぽの先だけを動かした。七歳になっても、こちらを向くかどうかは自分で決めるらしい。窓の向こうでは、低い雲の縁が桃色に光っている。その下に家々の屋根が重なり、遠くの街灯がひとつ、またひとつと点き始めた。昼間はまぶしすぎて見えなかったものが、夕方になると少しずつ輪郭を取り戻す。枕元に置いたスマートフォンが、短く震えた。画面には、友達からのメッセージがある。『今日は大丈夫だった?』部活で、わたしが途中からほとんど話さなくなったのを気にしているのだと思う。大丈夫、と打てば、一言で済む。いつもならそうしている。けれど今日は、送信する指が動かなかった。合奏中、何度も同じところを吹き直した。わたしのサックスの音だけが、みんなの音から少し遅れる。先生に指摘されたことはそのとおりで、悔しいと思う前に、申し訳なさが来た。練習が終わったあと、友達は「一緒に帰る?」と聞いてくれた。「今日は先に帰るね」わたしは笑って答えたつもりだった。たぶん、うまく笑えていなかった。窓辺に置いていたグラスを持つ。氷はもう半分ほど溶け、指先に水滴がついた。冷たいお茶を飲むと、渇いていた喉がようやく自分のものに戻る。ネネがこちらを見た。「なに?」そう聞くと、彼女はわたしの手元を一瞥して、また外へ顔を向けた。飲み物が欲しいわけではないらしい。わたしも同じ方向を見る。夕焼けは、さっきより少し紫がかっていた。わたしは、失敗したことよりも、そのあと黙ってしまった自分のほうが気になっている。悔しかったと言えばよかったのかもしれない。でも、口にした途端、泣きそうで言えなかった。友達はたぶん、そんなわたしを見ていた。「大丈夫」と言うのが上手になるほど、心配してくれる人の前で黙ってしまう。スマートフォンの画面が暗くなる。返信を待たせていることが、また小さな重みになった。すぐに返せばいいのに、どんな言葉も大げさに見える。「平気」では嘘になるし、「つらい」では相手を困らせる気がする。風が少し強くなり、カーテンがネネの背中を撫でた。ネネは耳を動かしただけで、逃げなかった。子猫だったころは、揺れる布を夢中で追いかけていたのに。いまは窓辺で落ち着いて座り、遠くを見ている。わたしが膝の上で両手を握ると、ネネはすっと近づいてきた。白い肩が、わたしの脚に触れる。撫でようとしたら離れるくせに、こういうときだけ自分からくっつく。「……都合がいいなあ」小さく笑うと、ネネがちらりと見上げた。わたしは伸ばしかけた手を止め、そのまま窓の縁に置いた。冷めかけた風が指の間を通る。ネネの体温は、脚に触れたところだけ、はっきりとあたたかい。「今日ね、できなかった」声にしてみる。風鈴が、今度は短く二度鳴った。「練習したところだったのに」ネネは何も言わない。ただ、わたしの脚に寄りかかったままでいる。言葉にしたら、もっと情けなくなると思っていた。でも実際には、胸の中で一日中繰り返していたことが、ようやく一つの出来事になった気がした。できなかった。それは本当だ。けれど、明日もできないかどうかは、まだ決まっていない。わたしはスマートフォンを手に取り、友達への返事を打つ。『今日はちょっと悔しかった。気にしてくれてありがとう』送信ボタンの上で指が止まる。これだけではそっけないだろうか。もっと明るく書いたほうが、相手も安心するかもしれない。でも、今日のわたしが話せるのは、たぶんここまでだ。指を下ろす。メッセージが送られて、画面の中に二行だけが残った。思ったより小さな言葉だった。それでも、胸の奥には確かに何かを置けた気がした。すぐには返事が来ない。わたしはスマートフォンを伏せ、グラスのお茶をもうひと口飲む。氷が縁に当たり、こつ、と鳴った。ネネは脚から離れて窓のほうへ一歩進むと、前足をそろえて座り直した。わたしの顔を見ようとはしない。その距離が、いまはちょうどよかった。窓の外の雲は、細い金色を残して青へ溶けていく。遠くで車の走る音がする。街灯の下を誰かが通り過ぎたけれど、ここからは顔まで見えない。今日一日は、うまくいかないことがあった。何度吹いても揃わなかった音も、帰りに言えなかった言葉も、なかったことにはならない。でも、夕方の風はちゃんと涼しくなった。お茶も冷たくておいしい。ネネは今日も、わたしの隣にいる。「明日、もう一回やってみるよ」ネネの耳だけが、こちらを向いた。返事を求めずに、その小さな背中を見つめる。夕焼けの最後の色が白い毛の端に残り、やがて静かに消えていく。スマートフォンがまた震えた。『そっか。明日、一緒に合わせよう』画面を読んで、わたしはしばらく動かなかった。それから「うん」と一文字だけ返す。今度は迷わず送れた。ネネが何かを見つけたように、外へ鼻先を向ける。わたしも顔を上げたけれど、そこには暮れかけた空があるだけだった。今日を上手に終えられなくても、明日の約束はできる。風鈴が、またひとつ鳴る。わたしは窓を閉めず、ネネと並んで、夕焼けが夜になるところを見ていた。#青春小説 #日菜子とネネ #白猫のいる暮らし #夏の夕暮れ #明日へつなぐ言葉【1点1,628円~ クーポンで】形状記憶 楽天1位 日傘 折りたたみ 自動開閉 完全遮光 3秒で畳める 晴雨兼用 100%完全遮光 UVカット折り畳み 紫外線対策 傘 完全 遮光 バイカラー レディース 超軽量 ワンタッチ(3)価格:2,960円~(税込、送料無料) (2026/9/30時点)楽天で購入
2026/09/30
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楽譜の右上が、ふいにめくれた。譜面台から顔を上げると、窓のカーテンが大きく膨らんでいた。午後の風が音楽室を横切り、わたしの髪の先と赤いネクタイを揺らす。開けたときは、こんなに風が入るとは思わなかった。「……ちょっと待って」誰もいない部屋で、楽譜に向かって言う。端を譜面台の留め具に挟み直すと、紙はおとなしくなった。黒板には、今日の目標が残っている。『音と心をつなげる。』合奏の前に先生が書いた言葉だ。みんなが帰ったあとも消されずにいて、さっきから視界の隅に入る。わたしはアルトサックスのキーに指を置き、見ないふりをした。心をつなげる、なんて、いまのわたしには難しい。次の演奏会で吹く曲には、短いソロがある。たった数小節。昨日、部員たちの前で初めて吹いたとき、音は外さなかった。息も最後まで続いた。それなのに、吹き終えたあと、自分の中に何も残っていない気がした。「きれいに吹けてたよ」隣の子はそう言ってくれた。わたしは嬉しくて、「ありがとう」と答えた。「でも、ちょっと緊張してた?」続けて聞かれた言葉にも、「うん」と笑った。本当は、緊張していたのかどうかも分からなかった。間違えないことに夢中で、自分がどんな音を出しているか、聴く余裕がなかったから。譜面の上には、わたしが書き込んだ小さな印が並んでいる。息を吸う場所。強くするところ。音を伸ばす長さ。昨日のあと、さらに鉛筆で付け足したら、五線が少し窮屈になった。譜面台の前に立ち、マウスピースをくわえる。木の床には窓枠の影が斜めに伸びていた。外はまぶしいほど青く、白い雲がゆっくり動いている。室内には古い木と楽譜の紙の匂いがあり、近くの棚でメトロノームが規則正しく鳴っていた。カチ、カチ、カチ。音を出す。最初の一音は、よく響いた。次も、その次も、楽譜どおりだった。指は間違えない。けれどソロの終わりまでたどり着くと、わたしはまた首をかしげた。「合ってるのになあ」サックスを少し下ろす。ネックストラップが首の後ろに食い込み、金色の管が午後の光を細く跳ね返した。もう一度吹く。今度は音の強さを気にする。もう一度。今度は拍を数える。吹くたびに気になるところが増え、楽譜の余白にも、これ以上書く場所がなくなりそうだった。メトロノームを止めると、風の音がした。カーテンが窓際でふわりと持ち上がり、かすかな音を立てて降りる。その向こうから、葉の擦れ合う音が聞こえる。さっきまで自分の音でいっぱいだった部屋に、外の気配が戻ってきた。わたしは譜面の書き込みを眺めた。どれも必要なことだと思う。練習してきた時間を無駄にしたくないし、聴いてくれる人に、ちゃんとした演奏を届けたい。でも、昨日からずっと、音を出す前に考えているのは「失敗したらどうしよう」ばかりだ。間違えないために息をするうちに、わたしは好きな音まで止めていた。そう気づくと、少し悔しかった。わたしはこの曲が好きだ。最初に聴いたとき、ソロのところで急に景色が開けるように感じた。誰かが静かな場所から一歩踏み出すみたいな旋律だった。吹いてみたい、と最初に思ったのは、その景色に自分も立ちたかったからだ。楽譜を譜面台から外し、隣の棚に置く。覚えたばかりの曲だ。途中で迷うかもしれない。それでも一回だけ、窓の外を見ながら吹いてみたかった。風が入ってきて、髪が頬に触れた。「一回だけね」自分に言い訳するようにつぶやいて、サックスを構える。息を吸う。胸いっぱいではなく、いつもの呼吸より少し深く。金属のキーは指先にひんやりとしていて、マウスピースにはもう、わたしの体温が移っている。最初の音を出した。窓際を風が通り、ネクタイが横に流れる。わたしは指で追い払わず、そのまま次の音へ進んだ。三つ目の音が、少し揺れた。いつもなら、そこで吹き直している。でも今日は止まらなかった。揺れた音のあとにも旋律がある。息を送り続けると、次の音は思っていたより素直に出た。窓の外の雲が動く。カーテンの白が視界の端で揺れる。吹いているあいだ、わたしは拍を数えなくなったわけではない。ただ、その拍の間にも、風や自分の呼吸があることに気づいた。最後の音を伸ばす。少しだけ細くなり、静かに消えた。上手に吹けたかどうか、すぐには分からない。音楽室には誰もいなくて、感想も返ってこない。わたしはサックスを下ろしたまま、窓の青を見つめた。それでも、もう一度吹きたいと思った。昨日は終わるたびに、間違いを探していた。いまは、さっき揺れた三つ目の音を、次にはどう吹こうかと考えている。同じことのようで、少し違う。棚の楽譜を譜面台へ戻す。鉛筆で埋めた余白の片隅に、まだ白い場所があった。わたしはそこへ小さく、「風」と書いた。誰かに見られたら、意味を聞かれるかもしれない。そのときは、うまく説明できないと思う。自分でもまだ、言葉にするより、もう一度吹くほうが早い。黒板の文字へ目をやる。『音と心をつなげる。』さっきより少しだけ、分かる気がした。心は、楽譜の外から無理に付け足すものじゃないのかもしれない。窓のそばで気持ちよく息を吸った、その続きに音がある。カーテンがまた膨らむ。わたしの髪とネクタイも、同じ方へ揺れた。うまく吹ける日を待たなくても、好きな音は今日、ここから始められる。わたしは譜面の最初に目を戻し、風が通り過ぎるのを待たずに、もう一度息を吸った。#青春小説 #日菜子の物語 #吹奏楽部 #サックス #夏の音楽室[期間限定]10%OFFクーポン NERUS ふわとろ毛布 Air AirPremium 【正規品】 毛布 ブランケット もこもこ毛布 モコモコ とろとろ ふわふわ シングル セミダブル ダブル ハーフ ふわもこ ふわとろ ポコポコ ひざ掛け 6層 厚手 秋冬 Branchpoint価格:2,980円~(税込、送料無料) (2026/9/30時点)楽天で購入
2026/09/30
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いつもなら、坂の手前まで日陰が続いている。今朝は違った。木々の間からこぼれた光が、通学路をずっと先まで明るくしている。見上げると、青空には白い雲が高く積み重なっていた。まだ朝なのに、夏はもう一日分の力を使っているみたいだった。「今日も暑くなりそうだな……」口に出すと、本当に暑くなった気がする。わたしは赤いネクタイの結び目を少し緩め、坂の入口で立ち止まった。道の先には校舎が見える。そこまで続く坂道と、その向こうの階段。何年も通っているのに、朝によって長さが違って見える場所だ。今日は、少し長い。昨夜、鞄に入れた楽譜の角が背中に当たっているような気がした。実際には黒い鞄の底に収まっているはずなのに、存在だけが妙にはっきりしている。昨日の合奏で、わたしは自分の入るところを間違えた。みんなの音が重なって、ようやく曲が前へ進み始めた瞬間だった。わたしの音だけが半拍早く飛び出した。すぐに唇を離したけれど、出てしまった音は戻らない。練習が止まって、先生が楽譜を指した。「ここ、もう一度合わせよう」責める言い方ではなかった。隣の子も、いつもどおり譜面台を直していた。わたしだけが、顔を上げるのに時間がかかった。それから何度か吹き直した。できた回もあったのに、帰り道で思い出すのは、最初に飛び出した一音ばかりだった。坂道の上で、葉が風に揺れる。濃い緑の隙間から落ちる光は鋭く、道に散った影の縁までくっきりしていた。どこかで蝉が鳴き始める。靴の底から伝わる舗装路の熱は、朝のものとは思えない。わたしは鞄の肩紐を掛け直して、歩き出した。少し進むだけで、背中に汗がにじむ。白いブラウスが肩に貼りつき、ネクタイの布が胸元で揺れた。坂の途中から校舎を見ると、さっきより遠くなったように感じる。別に、昨日のことを誰かが気にしているとは思わない。たぶん、今日の練習が始まれば、みんな新しい譜面や自分の音で忙しい。それでもわたしは、同じところでまた間違えたらどうしよう、と考えている。間違えないように息を数えれば数えるほど、今度は音を出すのが怖くなる。「大丈夫」小さく言ってみた。声は蝉の音に紛れた。大丈夫かどうか、まだ分からない。そんな言葉を自分にかけたことが、少しだけ空しくなる。坂の端に、細い木陰が残っていた。わたしはそこへ寄り、鞄の横から水筒を取り出す。蓋を開けると、金属の触れる乾いた音がした。冷たいお茶をひと口飲む。舌に残るかすかな渋みが、熱くなっていた喉をゆっくり通っていった。昨日、間違えた直後に何を考えたっけ。先生の指を見ながら、わたしは「次は絶対に間違えない」と思った。曲の流れよりも、隣の子の息よりも、失敗しないことばかり気にしていた。そういえば、二回目は音を出すのが遅れた。三回目は強く吹きすぎた。失敗の形が変わるたびに、ますます楽譜のその一小節が怖くなった。木陰の外では、風に吹かれた葉の影が道を横切っていく。同じ場所に落ちる影も、一つとして同じ形にはならない。間違えた一音を、今日のわたし全部の音にしなくていい。そう思ったとき、水筒を握っていた指の力が少し抜けた。今日、また外すかもしれない。それなら、まずは一緒に吹く人の音を聴こう。自分の出番を待つ間も、曲はちゃんと続いている。昨日はそこを見失っていた。水筒の蓋を閉める。冷たさが残る指で、ネクタイを結び直した。坂を一気に上ろうとしていた足を、少し緩める。早く着きたい気持ちはある。暑さからも、昨日の記憶からも。でも、急いで息を切らしてしまえば、校舎に着くころには吹くための息までなくなってしまいそうだった。右足を出す。次に左足。ローファーの音が、坂道に小さく響く。頭上では電線が青空を横切り、その向こうに大きな雲が浮かんでいた。あんなに重そうなのに、雲はどこへも急いでいない。道の端を、涼しい風が一瞬だけ通り抜けた。汗ばんだ首筋に触れ、すぐに消える。思わず顔を上げると、木々の向こうに校舎の窓が光っていた。階段は、まだ遠い。わたしはまた水筒を飲みたくなるかもしれないし、坂の途中で立ち止まるかもしれない。今日の練習で、昨日と同じ一小節につまずくかもしれない。でも、そのときは一度息を吸って、周りの音を聴こう。そう決めてから見る坂道は、さっきと同じ長さだった。日差しも弱くなっていない。それなのに、足元の影が少し軽く見える。「よし」誰に聞かせるでもなく言って、わたしはまた歩く。ゆっくり進む日にも、ちゃんと前へ向かう足音がある。蝉の声に混じって、わたしの靴音が坂を上っていった。#青春小説 #日菜子の物語 #夏の通学路 #吹奏楽部 #自分のペースで★自然に減油、気づけばヘルシー★ オイルスプレー \楽天1位受賞/【ハレゾラTBP公式店】 ガラス オイルボトル 液だれしない 詰まり防止新設計 ノンフライヤー オイルスプレーボトル 油ポット 霧吹き 料理用 オリーブオイル サラダ油 プレゼント ギフト 全国 送料無料●価格:2,000円(税込、送料無料) (2026/9/30時点)楽天で購入
2026/09/30
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今朝は、目覚ましが鳴らなかった。正確には、鳴る前に頬が少しへこんだ。やわらかいようで、思いのほか重みのある感触。ひんやりした肉球が、左の頬を押している。薄く目を開けると、ネネの白い顔がすぐそばにあった。「……はいはい。おはよう」声は眠りの底に半分残ったまま。ネネは返事をせず、もう一度、同じところを押した。催促の仕方に迷いがない。カーテンの隙間から入る朝の光が、白いシーツのしわを淡い紫色に見せていた。寝返りを打つと、パジャマの袖がさらりと腕を滑る。窓の外では鳥が一声だけ鳴いて、あとは静かだった。いつもなら、この時間のわたしはもう少し上手に眠っている。けれど昨夜は、何度も目が覚めた。閉じたまぶたの裏で、昨日の自分の声が繰り返されたからだ。吹奏楽部の練習で、難しいフレーズをまた外した。先生に「もう一度」と言われ、息を吸い直したのに、次の音もかすれた。隣の子が「大丈夫だよ」と小さく笑ってくれて、わたしも「うん」と答えた。本当は、大丈夫じゃなかった。頑張っているつもりなのに、できない。できないから、もっと頑張りたい。そんな気持ちが胸の中でぶつかって、帰ってからもほどけなかった。「ネネ。あと五分だけ」布団を鼻の下まで引き上げる。ネネはわたしの胸元に前足を置き、静かに体重をかけた。七歳の彼女は、わたしが言う「あと五分」を信用していない。たぶん、これまでの実績を踏まえた判断だ。「重いってば」言いながら、少し笑ってしまう。ネネはふだん、名前を呼んでも来ない。撫でようと手を伸ばせば、用事を思い出したように立ち去ることもある。それなのに、わたしが机に突っ伏した夜や、布団の中で黙り込んだ朝には、どこからともなく現れる。子猫だったネネを初めて抱いたころ、わたしの腕の中には、まだ余るほどの隙間があった。今は、布団の半分を当然のように使う。わたしの顔を見ているようで、見ていないふりをするところも変わらない。昨日も、練習から帰ってベッドに腰掛けると、ネネが膝に乗った。いつもなら飛び降りるまで待つのに、わたしは譜面のことばかり考えて、つい「ちょっとどいて」と言った。ネネはすぐに離れた。怒った顔などしない。ただ床に降り、振り返りもせず部屋の隅へ歩いた。その小さな後ろ姿を、寝る前まで思い出していた。今朝のネネの前足は、昨日と同じわたしに触れている。眠たいし、練習のことを考えると起きたくない。なのに彼女は、わたしが布団をかぶっている理由なんて尋ねない。もう一度、肉球が頬に当たった。「……ごめんね、昨日」ネネの耳が、わずかにこちらを向く。「練習、うまくいかなかったの。ネネには関係ないのに」言い終えると、部屋が急に静かになった。遠くで車の走る音がする。差し込む光はさっきより少し明るく、ネネのひげの影を枕に落としていた。ネネはわたしの頬から前足を離し、今度は顎の下に顔を寄せた。短い毛がくすぐったい。洗いたてのシーツの匂いに、日なたで眠った猫のあたたかな匂いが混じる。わたしは、その背中に手を置いた。昨日の音は、今日になっても直っていない。布団の中で謝ったくらいで、何かが急に上手になるわけでもない。それでも、胸の奥で固くなっていたものが少し緩んだ。失敗した翌朝にも、朝は来る。だからきっと、やり直す時間も来る。ネネがごろりと喉を鳴らした。わたしへの返事かどうかは分からない。彼女はたいてい、自分のために鳴く。「今日はさ、一小節ずつやってみる」昨日は、最初から最後まで通せることばかり考えていた。途中でつまずくたび、全部だめになったような気がして、また最初に戻った。苦手なところだけを、ゆっくり吹いてみよう。何度も失敗するかもしれない。でも、一つの音が出たら、その次へ行けばいい。考えているうちに、耳元で目覚ましが鳴った。ネネは音に驚いて身を引き、それから何事もなかったように、わたしの腕のそばへ座り直した。こちらを見上げる目には、褒める気も励ます気もなさそうだった。ただ、「もう起きるでしょう」と言っているみたいだった。「はいはい。起きますよ」目覚ましを止め、布団から片手を出す。朝の空気はまだ少し冷たい。パジャマの袖口から入ってきた風に肩をすくめると、ネネがわたしの手に額を押しつけた。たった一度だけ。「今の、甘えたよね?」聞いた途端、ネネは顔をそらした。白い横顔はすましたままで、しっぽの先だけがゆっくり揺れている。わたしは起き上がらず、もう少しだけその隣にいた。光の中で、シーツのしわが静かに伸びている。昨日の練習を思い出すと、まだ胸がきゅっとする。それでも、今日は部屋に楽器を置いたままにせず、手に取れそうだった。ネネの背中を撫でる。二度目は嫌がるかと思ったけれど、彼女は動かなかった。今日を始める勇気は、ときどき小さな肉球の形をしている。「おはよう、ネネ」今度は、ちゃんと目を開けて言った。ネネは返事の代わりに、わたしの頬へもう一度だけ前足を伸ばした。#青春小説 #日菜子とネネ #白猫のいる暮らし #朝のひとこま #小さな一歩【最大40%オフクーポン★お買い物マラソン】脱毛 こするだけ 除毛パッド くるくる 除毛 毛剃り 無痛 ナノガラス 脱毛器 脱毛機 メンズ レディース 子供 ガラスリムーバー 摩擦 ムダ毛処理 角質取り 自宅 顔 足 腕 痛くない 角質除去 無痛 男女用 送料無料価格:1,980円(税込、送料無料) (2026/9/30時点)楽天で購入
2026/09/30
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今夜のネネは、いつもより早く眠ってしまった。膝の上で身体を丸くし、白い前脚へ鼻先を埋めている。規則正しく上下する小さな背中に手を添えると、パジャマ越しにぬくもりが伝わってきた。まだ九時を少し過ぎたばかり。いつもなら、わたしが本を開いた途端、ページの上へ前脚を置いたり、枕元のランプを眩しそうに見上げたりする。構ってほしいのかと思って撫でれば、迷惑そうに顔を背ける。それなのに手を離すと、しっぽの先だけをわたしの腕へ触れさせてくる。そんな分かりにくい甘え方が、ネネらしかった。でも今夜は、わたしがベッドへ腰を下ろすと、何も言わずに膝へ乗ってきた。そして、ここが最初から自分の寝床だったような顔で目を閉じた。「今日は素直なんだね」声をかけても、白い耳が一度動いただけだった。ベッドサイドのランプが、淡い琥珀色の光を落としている。青いストライプのパジャマ。白いシーツ。枕元に置いた、小さなラベンダーの花。窓の外には、深い群青色の空が広がり、遠くの星が静かに瞬いている。薄いカーテンが夜風に揺れるたび、昼間の熱を少し残した空気が部屋へ入り込んできた。開いた本からは、乾いた紙と古いインクの匂いがする。読みかけの物語は、旅に出た少年が、遠い街で大切な人へ手紙を書く場面まで進んでいた。もう何日も前から、その続きが気になっていた。今日は学校から帰ったらすぐ読もうと思っていたのに、提出物に追われ、サックスの練習をして、夕食のあとには明日の準備までしていた。気づけば、こんな時間になっていた。それでも本を開けたことが、うれしかった。忙しい一日の終わりに、少しずつ物語の世界へ戻っていく。それは、誰にも見えない小さなごほうびだった。ページをめくる。かすかな紙の音に合わせて、ネネの耳がぴくりと動く。物語の中では、少年が手紙を書き終えられずにいた。伝えたいことはあるのに、言葉にすると何かが違ってしまう。何度も文章を書き直し、最後には何も書かれていない便箋を見つめる。その姿が、今日のわたしに少し似ている気がした。放課後、友達からメッセージが届いた。〈今日、怒ってた?〉その一文を見た瞬間、胸の奥がひやりとした。怒っていたわけではない。昼休みに話しかけられたとき、考え事をしていて、返事がそっけなくなってしまっただけだった。すぐに謝ればよかった。でも、「そんなつもりじゃなかった」と打つと、言い訳のように見えた。「気にしてないよ」と返せば、本当は気にしていることまで隠してしまう気がした。何度も文章を作っては消した。最後には、返事そのものを後回しにした。明日、直接話せばいい。そう決めたのに、スマートフォンの画面に残った未返信の通知が、ずっと心の端で光っていた。本の文字を目で追っていても、頭の中では同じ言葉が繰り返される。怒ってた?違うよ。でも、違うだけでは足りない。何を伝えれば、ちゃんと届くのだろう。わたしはページの途中で手を止めた。ランプの光に照らされた文字が、急に遠く感じられる。膝の上では、ネネが小さく息を吐いた。身体の力が抜け、少しだけこちらへ重みを預けてくる。「ネネなら、どうする?」もちろん返事はない。ネネは誰かに誤解されても、きっと気にしない。呼ばれても来ない。抱き上げられたくないときは、ためらわず逃げる。でも本当に寂しい夜だけは、何も言わずにそばへ来る。言葉がないからこそ、伝わることもある。けれど人間は、黙ったままでは伝わらないことのほうが多い。わたしは本へ栞を挟み、枕元のスマートフォンを手に取った。画面の光が、暗い部屋の中で少し眩しい。友達とのやり取りを開く。〈今日、怒ってた?〉短い一文が、さっきより寂しく見えた。指を動かす。〈怒ってないよ。考え事してて、ちゃんと返せなかった。ごめんね〉そこまで打って、また止まる。謝れば済むことなのに、送信ボタンが遠い。もし相手が、本当はもう気にしていなかったら。わたしだけが大げさにしてしまったら。そんな不安が次々に浮かんでくる。本を読み始める前より、胸の奥が落ち着かない。そのとき、ネネが目を開けた。眠そうにわたしを見上げ、スマートフォンを持つ手へ鼻先を寄せる。「起こしちゃった?」ネネは答えず、前脚をわたしの手首へ乗せた。冷えていた指先へ、肉球のやわらかな温度が触れる。早く寝なさい、と言われているようだった。それとも、迷っているなら押してしまいなさい、とでも言っているのだろうか。都合のいい解釈だと思う。それでも、少しだけ勇気が出た。文章の最後へ、もう一行を加える。〈明日、また普通に話したい〉飾らない言葉だった。うまく書けた自信はない。でも、今のわたしがいちばん伝えたいことには近かった。送信ボタンを押す。メッセージが画面の右側へ移動する。たったそれだけなのに、息が少し深く吸えるようになった。言葉は、誤解されないために選ぶものではなく、それでも分かり合いたいと差し出すものなのかもしれない。すぐに返事は来なかった。既読もつかない。でも、それでよかった。今夜のわたしにできることは、もう済んだのだと思えた。スマートフォンを伏せ、本をもう一度開く。少年は、長い間迷った末、たった一行だけ手紙に書いた。その続きが知りたくて、ページをめくる。物語は静かに動き始める。夜の港。船の汽笛。届けられなかった言葉。離れていても、同じ月を見上げる二人。文字を追ううち、部屋の壁が遠ざかっていくようだった。わたしは本の中の街を歩き、知らない海の匂いを吸い込み、会ったことのない誰かの寂しさに胸を重ねた。物語を読んでいる時間は、不思議だ。自分の悩みから離れるために開いたはずなのに、遠い誰かの心を通して、最後には自分のところへ戻ってくる。本は現実から逃げる扉ではなく、現実へ戻る心を、静かに整えてくれる場所なのだ。あと一章。そこまで読めば、物語は大きく動きそうだった。時計を見る。十時を過ぎている。明日の朝は早い。眠ったほうがいい。分かっているのに、次のページへ伸ばした指を止められない。一ページだけ。そう思って読み始めた夜ほど、なかなか本を閉じられない。知りたい。この手紙が届くのか。二人はもう一度会えるのか。それでも、膝の上のネネが、また小さく身じろぎした。白い身体がわたしの腹へ寄りかかり、喉の奥からかすかな音が聞こえる。ゴロゴロ、ゴロゴロ。安心しきった寝息と混ざり、低い振動が伝わってくる。ページの文字へ落ちていた視線を、ネネへ移す。夢の中で何を見ているのだろう。少しだけ動くひげ。丸くなった背中。前脚の先へ巻きつけた白いしっぽ。この子は、物語の続きなど気にしない。明日のことも、今日の失敗も考えず、今あるぬくもりの中で眠っている。わたしは、次のページをめくる代わりに栞を挟んだ。本を閉じると、物語の世界も静かに閉じた。けれど、消えたわけではない。続きは明日も待っていてくれる。読みかけのまま眠る夜は、少しだけ心残りだ。でもその心残りは、明日へ残しておける楽しみにもなる。すべてを今日のうちに終わらせなくていい。返事が来るまで起きていなくていい。物語の結末を、今夜知る必要もない。一日の終わりには、答えを出さずに置いておく優しさがあってもいい。枕元へ本を置いた直後、スマートフォンが一度だけ震えた。画面には、短い返事が表示されている。〈よかった。わたしも明日、話したい〉胸の中に残っていた小さな結び目が、そっとほどけた。返信を打とうとして、やめる。明日、顔を見て話そう。今夜は、この言葉だけを抱えて眠りたい。ランプの明かりを少し落とすと、部屋は夜の青へ近づいた。窓の外では、星が変わらず瞬いている。わたしは眠っているネネを起こさないよう、ゆっくり身体を横へずらした。「そろそろ寝ようか」ネネは目を閉じたまま、わたしの手へ頬を寄せる。その仕草が、返事のように思えた。物語にも、人の気持ちにも、続きがある。今夜分からないことが、明日には少し分かるかもしれない。分からないままでも、またページを開けばいい。明日を信じるということは、今日を完璧に終わらせず、続きを残して眠ることなのかもしれない。本の表紙へ指先で触れ、わたしは目を閉じた。紙とラベンダーの淡い香り。ネネのぬくもり。遠くを走る車の音。カーテンを揺らす、やわらかな夜風。物語の余韻は、ランプを消したあとも胸の中に残っている。続きは、また明日。おやすみなさい。そう心の中でつぶやくと、ネネの喉がもう一度だけ、小さく鳴った。#青春小説#日菜子の物語#白猫のネネ#読書のある夜#心に刺さる言葉\ コスパ抜群 / 真空保存容器 電動 強力密閉 鮮度長持ち コンテナ タッパー キャニスター サラダ 米びつ 容器 食洗機 冷凍 軽量 フードストッカー 日付ダイアル付 野菜 米 乾物 ペットフード 真空 防虫 ギフト プレゼント とじこ [S/M/L] [CICADA]価格:2,480円~(税込、送料無料) (2026/9/29時点)楽天で購入
2026/09/29
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通り過ぎるつもりだった。本当に、そのつもりだった。夕方の雨が上がったばかりの歩道には、看板の光が細長く映っている。ピンク、青、紫。水たまりの中で混ざり合った色は、踏めば簡単に壊れてしまいそうだった。商店街の向こうには、夕焼けの名残がわずかに残っている。けれど、ゲームセンターの前だけは、ひと足早く夜が始まっていた。「GAME CENTER」と書かれたネオンが明滅し、ガラス張りの店内を明るく縁取っている。自動ドアが開くたび、電子音と軽快な音楽、それから少し冷たい空気が外へ流れてきた。わたしは学生鞄の肩紐を握り直し、歩く速度を落とした。昨日までは見かけなかったぬいぐるみが、クレーンゲームの中に並んでいる。丸い耳。ふくらんだ頬。短い手足。その中に一匹だけ、白い猫のぬいぐるみがいた。ほかの子たちに挟まれ、少しだけ首を傾けている。つんとした目元と、愛想のない口の形が、家で待っているネネによく似ていた。似ている、といっても、ネネの前で言えば、きっと不満そうな顔をされる。「わたしはこんなに丸くありません」もし話せたなら、そんなふうに言うだろう。想像したら、少し笑ってしまった。ガラスに映ったわたしと目が合う。制服姿の女子高校生が、クレーンゲームを見つめたまま立ち止まっている。ネオンに照らされた頬は、自分のものなのに知らない人のようだった。帰らなきゃ。家に着いたら、今日返された小テストの解き直しをするつもりだった。夕食の前にサックスの譜面も確認したい。寄り道をする理由なんて、どこにもない。そもそも、ぬいぐるみなら部屋にいくつかある。もう子どもでもない。そうやって、買わない理由や遊ばない理由なら、いくらでも思いつく。それなのに、足は動かなかった。新しいキャラクター、入荷していたんだ。ほんの少し見るだけ。中には入らない。そう決めた途端、自動ドアが目の前で開いた。店内から流れてきた冷たい空気が、雨上がりの湿った肌を撫でる。甘いお菓子の匂いと、機械の熱、それから金属のような独特の匂いが混ざっていた。「……見るだけだから」誰に言うでもなく、小さくつぶやく。その言葉を言い訳にして、わたしは店内へ一歩入った。白い猫は、近くで見るとますますネネに似ていた。片方の耳だけが少し折れ、前脚をそろえたまま、ほかのぬいぐるみに背中を預けている。透明な壁の向こうから、こちらを見ているようだった。クレーンのアームは、その真上で静かに待機している。一回百円。財布の中には、昼食のおつりが残っていた。取り出した硬貨を指でなぞる。これを使ったからといって、何かに困るわけではない。それでも、機械へ入れてしまえば戻ってこないと思うと、急に百円が重く感じられた。失敗したら、もったいない。取れなかったら、恥ずかしい。誰も見ていないのに、そんなことを考える。昔から、わたしは欲しいものを欲しいと言うのが少し苦手だった。期待して、手に入らなかったときの寂しさを知られたくない。本気になって失敗するくらいなら、最初から興味がなかったふりをする。「別に、そこまで欲しくなかったし」そう言えば、傷ついていない顔ができる。けれど、ガラスの向こうの白い猫を見ていると、その言葉はまだ何もしていないわたしの逃げ道に思えた。欲しいと認めることは、手に入れることより、少しだけ勇気がいる。財布から百円玉を一枚出した。投入口へ入れると、硬貨の落ちる硬い音がした。軽快な音楽が鳴り、操作ボタンが明るく光る。もう後戻りはできない。わたしは鞄を肩から下ろし、足元へ置いた。右へ。もう少し。白い猫の胴体ではなく、首と耳の間を狙う。学校のテストより真剣なのではないかと思うほど、目を凝らす。ボタンから指を離すと、クレーンがぴたりと止まった。次は奥行き。横から見える位置へ少し移動し、もう一つのボタンを押す。機械のモーター音が、店内の音楽に混ざった。ここ。指を離す。アームがゆっくり下降していく。銀色の爪が開き、白い猫の身体を囲む。頼りない細さなのに、その瞬間だけは何でもつかめそうに見えた。いける。胸の中でつぶやく。アームが閉じる。白い猫の片腕が持ち上がった。思わず息を止める。ぬいぐるみは数センチ浮き、出口の方向へ運ばれていく。けれど次の瞬間、するりと爪の間から抜け落ちた。ぽすん。白い猫は、さっきより少しだけ手前へ移動して横向きになった。「ああ……」声が漏れる。取れなかった。たったそれだけなのに、悔しかった。誰かに笑われたわけでもない。百円を失っただけだ。それでも、自分の中で膨らんだ期待が、一瞬で床へ落ちた気がした。やっぱりやめておけばよかった。そんな言葉が浮かぶ。わたしは鞄を持ち上げかけた。けれど、横向きになった白い猫の顔が目に入る。さっきより出口に近い。完全な失敗ではなかった。少し動いた。その小さな変化を見つけると、胸の奥に残っていた悔しさの形が変わった。もう一度なら。財布を開く。百円玉は、まだある。でも、何度も続けたらきりがない。次で最後。今度は、本気で欲しいと思いながらやってみよう。自分の気持ちへ、こっそり条件をつける。二枚目の硬貨を入れる。また音楽が鳴った。今度は、白い猫の胴体ではなく、横向きになった背中を押すように狙った。つかむのではなく、出口へ転がす。前に友達が教えてくれた方法を思い出す。ボタンを押す指先が汗ばんでいた。右へ。奥へ。ほんの少し手前。離す。クレーンが下降する。銀色の爪がぬいぐるみの背中に当たり、白い身体がぐらりと揺れた。動かない。そう思った直後、重なっていた別のぬいぐるみがずれ、白い猫がゆっくり前へ傾いた。時間だけが遅くなる。あと少し。あと、ほんの少し。けれど白い猫は、出口の縁で止まった。半分だけ身体を乗り出したまま、落ちそうで落ちない。「そんなところで止まる?」わたしはガラスへ顔を近づけた。ネネなら、わざとやっているかもしれない。呼んでも来ないくせに、こちらが諦めたころ、何事もなかったように膝へ乗ってくる。白い猫のつんとした表情まで、だんだんネネ本人に見えてきた。財布には、あと何枚か硬貨がある。もう一度やれば、取れそうだ。でも、「次で最後」と決めたばかりだった。自分で決めたことを簡単に曲げるのは、少し嫌だった。ここで帰る。そう思って鞄へ手を伸ばす。なのに心のどこかで、たった一度の失敗と、届きかけた二度目だけを抱えて帰る自分を想像していた。きっと家へ着いても、あの白い猫のことを考える。取れたかもしれないのに、と。それなら、もう一度だけ悔しがるほうがいい。自分でも、ずいぶん都合のいい理屈だと思う。「本当に、これで最後」今度は声に出して言った。三枚目の百円玉が、投入口へ消える。狙う場所は、もう迷わなかった。出口の縁へ乗った白い身体の、いちばん奥。ボタンを押す。クレーンが動く。アームが降りる。爪の一本が、白い猫の背中をそっと押した。ぬいぐるみが傾く。一瞬、また止まったように見えた。そして、ぽとりと出口の中へ落ちた。短い効果音が鳴る。その音は店内のにぎやかな音楽にすぐ飲み込まれたけれど、わたしの耳には、試験終了のチャイムよりも鮮明に届いた。しゃがんで取り出し口へ手を入れる。ふわりとした毛が、指先に触れた。引き出した白い猫は、ガラス越しに見ていたときより少し小さかった。丸い身体は手のひらへちょうど収まり、折れた耳も、無愛想な口元も、やっぱりネネに似ている。「来る気、あったんだ」ぬいぐるみに話しかけてから、急に恥ずかしくなった。周りを見る。誰もこちらを気にしていない。ゲームセンターでは、誰もが自分の小さな願いに夢中だった。欲しいものを見つめ、失敗して、もう一度ボタンを押す。その姿は少し子どもっぽくて、でも、とてもまっすぐだった。わたしは白い猫を胸の前で抱えた。三百円。結果だけ見れば、ぬいぐるみを一つ取った。それだけのことだ。それでも、その小さな重みがうれしかった。諦めなかったから、ではない。欲しいと思った自分を、笑わずに受け入れられたからだ。自動ドアの外では、雨に濡れた歩道がまだネオンを映していた。帰れば、やることは残っている。小テストの解き直しも、サックスの譜面も待っている。でも、ほんの少し寄り道をしたくらいで、まじめに過ごしてきた今日までが消えるわけではない。予定どおりに進む日だけが、正しい一日ではない。心が立ち止まった場所には、予定表に書けない大切なものが待っていることがある。わたしはぬいぐるみを鞄へ入れず、そのまま腕に抱いた。家に帰ったら、ネネの隣へ置いてみよう。きっと匂いを嗅いで、前脚で一度触れたあと、興味がないふりをする。それでも夜になれば、少しだけ近くで眠っているかもしれない。店の外へ出ると、雨上がりの空気が頬に触れた。アスファルトの湿った匂い。遠ざかるゲームの音。ネオンに染まった白い猫。夕焼けはほとんど消え、街には静かな夜の色が広がり始めている。通り過ぎるはずだった場所から、わたしは小さな宝物を連れて帰る。そんな放課後があってもいい。むしろ、いつか思い出すのは、予定どおりに帰った日のことではなく、たぶん今日のような寄り道なのだと思う。わたしは少しだけ遠回りをして、濡れた歩道を歩き始めた。#青春小説#日菜子の物語#放課後の寄り道#クレーンゲーム#心に刺さる言葉ワイヤーふきん 金属ふきん タワシート タワシシート たわし クロス ふきん スポンジ 10枚セット 20枚セット 合成繊維 金たわし 皿洗い フライパン 鍋 油汚れ 茶渋 水垢 シンク レンジ コンロ 野菜洗い 予洗い 食器用 台所用 アウトドア [ゼロキーパー]価格:1,590円~(税込、送料無料) (2026/9/29時点)楽天で購入
2026/09/29
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試験終了まで、あと五分。教室の時計の秒針だけが、いつもより大きな音を立てていた。カチ、カチ、と一定の速さで進んでいるはずなのに、耳を澄ますほど間隔が長くなる。窓から差し込む午後の光は、机の上を斜めに横切り、答案用紙の右半分を白く照らしていた。強い日差しの中では、鉛筆で書いた数字が少し薄く見える。わたしはシャープペンを握ったまま、最後の問題を見つめていた。答えは、もう書いてある。空欄もない。名前も受験番号も確認した。それなのに、終わったという気がしなかった。むしろ、すべて書き終えたあとのほうが、不安ははっきりした形を持って現れた。この公式で合っていたっけ。符号を間違えていないだろうか。問題文の条件を、一つ読み飛ばしている気がする。さっきまで迷わず書けた答えが、急に頼りなく見える。静かな教室のあちこちで、紙をめくる音がした。前の席の男子が消しゴムを使うたび、机がわずかに揺れる。斜め前の女子は、答案の端を指で押さえながら、何度も同じ行を読み返していた。みんな同じなのかもしれない。書ききった安心と、これでよかったのだろうかという不安。その二つが、狭い胸の中ですれ違っている。窓の外では、風に揺れる木の葉が光を細かく反射していた。校庭からは運動部の声が聞こえない。今日は試験期間だから、学校全体が息をひそめている。聞こえるのは時計の音と、鉛筆の先が紙をこする乾いた音。それから、少し強すぎる冷房の風がカーテンを揺らす音だけだった。指先が冷たい。けれど、手のひらには汗がにじんでいる。わたしは答案用紙の二問目へ視線を戻した。数学の証明問題。昨日の夜、何度も解き直した形とよく似ていた。最初に問題を見たときは、運がいいと思った。だから自信を持って式を書いた。けれど、今読み返すと、二行目から三行目へ進むところが、ひどく乱暴に思える。本当に、これでつながっているのだろうか。書き直したほうがいいかもしれない。シャープペンの先を答案へ近づける。その瞬間、芯が紙に触れて、小さな黒い点を残した。心臓が少し速くなる。消すなら、今しかない。けれど、消したあとに正しい式を思い出せる自信もなかった。昨日の夜も、わたしは同じ場所で止まった。机の上には、開いた問題集と、ぬるくなった麦茶。窓の外では、どこか遠くを走る電車の音がしていた。眠気で文字が二重に見え始めても、わたしはその問題にこだわった。解答を見れば、すぐに終わる。けれど、それでは悔しかった。「もう少しだけ」何度もそう言って、ノートを黒くした。間違えた式を消し、また書く。それでも分からず、最初へ戻る。ようやく答えへたどり着いたとき、日付は変わっていた。正解した喜びより、やっと眠れるという安心のほうが大きかった。それでもベッドへ入る直前、ノートに残った自分の字を見て、少しだけ誇らしく思った。誰にも見られていないところで頑張った時間は、点数には書かれない。先生が採点するのは、答案用紙の上に残った答えだけだ。途中で何度諦めかけたかも、眠い目を何度こすったかも、消しゴムがどれほど小さくなったかも、点数には含まれない。そう考えると、少し寂しかった。努力は、結果が出なければ、なかったことになるのだろうか。その答えを探すように、わたしは自分の答案を見つめた。残り三分。先生が教室の前から静かに告げる。「名前の書き忘れがないか、確認してください」その声に、教室の空気が一斉に動いた。紙をめくる音が重なる。誰かが小さく息を吐く。わたしも答案の一番上を確かめた。名前はある。漢字も間違えていない。そしてまた、証明問題へ戻ってしまう。二行目。三行目。最後の結論。シャープペンを持つ指へ力が入る。消してしまおうか。そう思ったとき、隣の席から、ごく小さなため息が聞こえた。横を見ることはできない。けれど、その息には、疲れと安堵が混ざっていた。わたしだけではない。きっとみんな、最後まで正解を確信できないまま座っている。自信があるように見える人も、心の中では答えを疑っているのかもしれない。試験は、分かることだけを確かめる時間ではない。分からなさや迷いを抱えた自分と、限られた時間の中で折り合いをつける時間でもある。正しい答えを選ぶことより、自分が考え抜いた答えを最後に信じることのほうが、難しい。わたしはシャープペンの先を、そっと答案から離した。書き直さない。絶対に合っているからではない。ここまで考えた自分を、最後の最後でなかったことにしたくなかったからだ。もし間違っていたら、あとで直せばいい。今日の失敗は、今日までの努力を消すものではない。そう思えるまでに、わたしはずいぶん時間がかかった。以前のわたしなら、一つの間違いだけで全部を否定していた。できなかった。だから頑張っていなかった。結果が悪かった。だから自分には向いていなかった。そんなふうに、一つの答えで、自分のすべてに大きなばつ印をつけていた。でも、本当は違う。うまくいかなかった日にも、その日なりに進んだ一行がある。間違えた式の中にも、次に間違えないための印が残っている。消してしまいたかった失敗が、あとになって道しるべになることもある。残り一分。窓から入る光の色が、少しだけやわらかくなっていた。黒板の端に貼られたプリントが、冷房の風でかすかに揺れている。わたしは最後に答案用紙全体へ目を通した。最初の問題。計算問題。記述問題。証明問題。どの文字も、少し疲れて見えた。途中から筆圧が強くなり、最後のほうでは数字が傾いている。きれいな答案ではない。完璧でもない。それでも、この時間の中で、わたしが出せるものは出した。そう思った瞬間、胸の奥で握りしめていた何かが、ゆっくりほどけた。試験期間が始まってから、朝起きるたびに科目の順番を確認した。登校中も公式を思い返した。昼休みには友達と問題を出し合い、家へ帰れば机へ向かった。眠くて、投げ出したくて、何度も「もういい」と思った。それでも翌朝には、またノートを開いた。その日々が、あと数十秒で終わる。うれしい。疲れた。少し寂しい。いろいろな感情が混ざって、名前をつけられないものになる。先生が時計を見た。わたしはシャープペンを机に置いた。まだ時間は残っている。けれど、もう触らないことにした。両手を答案用紙の横へ置き、ゆっくり息を吐く。紙とインクの匂い。冷房で冷えた空気。窓際にたまった午後の熱。制服の袖を通して感じる、机の硬さ。この景色を、いつか思い出すだろうか。十七歳の夏。最後の試験。終了の合図を待ちながら、答えを書き直さないと決めたこと。たぶん、点数のほうは忘れてしまう。でも、自分を少しだけ信じられたこの瞬間は、忘れたくないと思った。「時間です。筆記用具を置いてください」先生の声が響く。その瞬間、教室中で鉛筆やシャープペンが机に触れる音がした。カチ、コトン、と小さな音が重なる。大きな歓声は上がらない。みんな、まだ試験の静けさから抜け出せずにいる。後ろから答案用紙が集められ、わたしの机にも紙の束が回ってきた。自分の答案を重ねる前に、証明問題がもう一度目に入る。不安は、まだ消えていない。それでも今度は、心の中で言えた。これでいい。答案を裏返し、前へ送る。わたしの手を離れた紙は、もう書き直せない。なのに、不思議と寂しくはなかった。肩の力を抜くと、朝からずっと身体に入っていた緊張が、長い息になって外へ出ていった。窓の外で、蝉が鳴いている。誰かが椅子を引く。小さな話し声が生まれ、静かだった教室に、いつもの時間が少しずつ戻ってくる。「終わったね」隣の席から声をかけられた。わたしは笑ってうなずく。「うん。終わった」その言葉は、思っていたよりやさしく胸に落ちた。できた、ではない。自信がある、でもない。ただ、終わった。ここまで来た。それだけで、今は十分だった。試験の結果は、まだ未来にある。喜ぶのも、落ち込むのも、そのときでいい。少なくとも今日のわたしは、最後の一秒まで答案と向き合った。迷いながらも、自分で選んだ答えを残した。だから、まずは言ってあげようと思う。本当に、おつかれさま。結果を知る前くらい、自分の努力を疑わなくてもいい。頑張った自分を認めるのに、正解発表を待つ必要はない。窓から差し込む光が、何もなくなった机の上へ広がっていた。そこにはもう答案も、解きかけの問題もない。残っているのは、短くなった消しゴムと、静かに置かれたシャープペン。そして、昨日までより少しだけ軽くなった、わたしの両手だけだった。長かった試験期間が終わる。このあと何を食べよう。帰ったら、少し眠ろう。ネネの隣に寝転がったら、迷惑そうな顔をされるだろうか。そんなことを考えたら、ようやく笑えた。夏の午後は、まだ長い。わたしは空になった机をひと撫でして、ゆっくり立ち上がった。#青春小説#日菜子の物語#試験終了#頑張った自分へ#心に刺さる言葉机 pcデスク 折りたたみデスク パソコンデスク 幅80CM/100CM 組立不要 在宅勤務 リモートワーク用 勉強机 テーブル 家具 北欧 作業台 ゲーミングデスク 塾 シンプル 仕事用 頑丈 丸い脚価格:4,950円~(税込、送料別) (2026/9/29時点)楽天で購入
2026/09/29
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青信号になっているのに、わたしは横断歩道の手前で立ち止まっていた。白い線の向こうへ、人の流れが次々と渡っていく。革靴の乾いた音。自転車のベル。交差点を曲がる車の低いエンジン音。街路樹では、朝から蝉が競い合うように鳴いている。歩行者用信号の青い人だけが、早くおいでと急かしているように見えた。けれど、その朝の空は、足を止めずにはいられないほど青かった。高層ビルの向こうから、真っ白な入道雲が大きく膨らんでいる。強い日差しを受けた輪郭は、指で触れたら崩れてしまいそうに柔らかい。制服の白いブラウスに熱がたまり、背中へ汗がにじむ。肩に掛けた学生鞄は、いつもよりずっと重かった。教科書も、ノートも、それほど入っていない。重いのはきっと、最後の一教科がまだ終わっていないからだ。今日で、期末試験が終わる。あとひとつ。たったひとつ。そう思うたび、胸の奥に小さな針が触れる。最後に残ったのは、数学だった。昨日の夜、時計の針が日付を越えても、わたしは机に向かっていた。扇風機が首を振るたびに、消しゴムのかすがノートの端で震えた。公式を書き、問題を解き、間違えた場所に赤い印をつける。解き直しても、また同じところでつまずく。何度読み返しても意味の分からない式が、わたしだけを置いて先へ進んでいくようだった。「もうやめようかな」誰もいない部屋で口にすると、その言葉は思ったより大きく響いた。ベッドの上では、ネネが前脚の間に顔を埋めていた。耳だけがこちらを向いたけれど、励ましてくれる様子はない。さすが、わたしが試験中でも普段どおりだ。その態度が少しだけ悔しくて、わたしはもう一度シャープペンを握った。分からないまま終わるのが嫌だった。たぶん、点数が悪いことより、自分で諦めたことをあとから思い出すほうが嫌だったのだと思う。ようやく答えにたどり着いたのは、夜がすっかり深くなってからだった。解答欄に並んだ数字は、驚くほど平凡だった。こんな答えのために、わたしは一時間も迷っていたのか。うれしいより先に、力が抜けた。それでも、赤い丸をつけたときだけは、少し笑った。今朝、その問題をもう一度解いてみた。途中まではできた。けれど最後の式で、また手が止まった。昨日は分かったはずなのに。覚えたはずなのに。焦れば焦るほど、数字と記号の境目が曖昧になっていった。家を出る時間になり、わたしは答えの出ないノートを鞄に押し込んだ。途中まで書かれた式が、今も鞄の中でこちらを責めているような気がする。できなかったらどうしよう。昨日の努力まで、無駄になったように思えてしまったらどうしよう。信号機から、目の不自由な人のための案内音が流れている。一定の間隔で繰り返される電子音に混じり、アスファルトから立ち上る熱の匂いがした。昨夜の雨が残した小さな水たまりには、青空が切り取られている。ふと、手にしたスマートフォンが震えた。クラスメイトからのメッセージだった。〈今日で終わる! 最後まで生き残ろう〉思わず笑ってしまう。〈数学、無理かも〉そう打ちかけて、指を止めた。本当は、無理だと言いたいわけではない。「大丈夫」と返してほしいだけなのだ。自信がない朝ほど、誰かの言葉を借りたくなる。けれど、どれほど優しい「大丈夫」をもらっても、問題用紙へ向かうのはわたし一人だ。画面の文字をすべて消し、代わりに短く打った。〈うん。終わったら何か食べよう〉すぐに、パンケーキのスタンプが返ってきた。それだけで、試験の向こう側に小さな予定が生まれる。冷たい飲み物。甘いもの。どうでもいい話。帰ったら制服を脱いで、エアコンの効いた部屋に寝転がる。きっとネネは、わたしの解放感など気にも留めず、涼しい場所を独占しているだろう。そんな午後が、本当にもうすぐやって来る。なのに、あと一教科という距離が、今日はひどく遠く感じられた。空を見上げる。巨大な雲は、さっきよりも高くなったように見えた。雲は、あれほど大きな姿をしているのに、同じ形にとどまってはいない。風に削られ、膨らみ、光と影を変えながら、ゆっくり空を進んでいく。わたしも、同じなのかもしれない。昨日できたことが、今日はできない。昨日分からなかったことが、今日は少しだけ分かる。その繰り返しでしか、前へ進めない。頑張った時間は、すぐに答えへ変わらなくても、迷ったときに踏み出す力として残っている。そう思ったら、鞄の重さがほんの少しだけ軽くなった。全部できなくてもいい。解ける問題から手をつければいい。分からない問題に出会っても、昨日のわたしのように、途中で投げ出さずに考えてみればいい。満点を取る覚悟なんて、今のわたしにはない。それでも、最後のチャイムまで鉛筆を置かないことなら決められる。それが今日の、わたしなりの全力だ。「よし」小さく口にしてみる。声は蝉の合唱に紛れ、誰にも聞こえなかった。そのくらいが、ちょうどよかった。わたしは大きな決意をすると、かえって動けなくなる。だから、今日も誰にも見えないほど小さく決める。もう一度、歩行者用信号を見る。青い人型が点滅を始めていた。渡ろうと一歩踏み出しかけたけれど、途中で赤になりそうだ。わたしは足を戻し、次の青を待つことにした。以前のわたしなら、間に合わなかったことに焦って、朝から失敗したような気分になっていたかもしれない。けれど今は、少し違う。ひとつ信号を見送っても、学校には間に合う。急いで転ぶより、次を待てばいい。試験だって、同じかもしれない。一度で分からなくても、見直せばいい。思い出せなくても、別の問題を解いてから戻ればいい。立ち止まることと、諦めることは同じではない。信号が赤へ変わり、車の流れが目の前を横切る。巻き起こされた風が、スカートの裾と赤いネクタイを揺らした。紫がかった髪先が頬へ触れる。額には汗がにじんでいるのに、その風だけは少し涼しかった。道路の向こう側には、緑の並木が続いている。葉の隙間から落ちる光が、歩道の上で揺れていた。今日の試験が終われば、しばらく教科書を開かなくていい。そう思うとうれしい。でも少しだけ、寂しい気もした。眠い目をこすりながら勉強した夜も、友達と答えを確かめ合った休み時間も、終わってしまえば夏の一場面になる。苦しかった時間ほど、過ぎたあとには輪郭がやわらかくなる。だから今、この朝をもう少し覚えておきたいと思った。抜けるような青空。白い雲。焼けた道路の匂い。肩へ食い込む鞄の紐。そして、逃げたい気持ちを抱えたまま、それでも学校へ向かおうとしている自分のことを。信号が青へ変わる。電子音が、もう一度明るく鳴り始めた。今度は迷わず、白い線の上へ足を踏み出す。ローファーの底から、朝の熱が伝わってくる。一歩。もう一歩。空は相変わらず、まぶしいほど青い。この青さだけで、もう少し頑張れそうだと思った。根拠なんてない。でも、前向きな気持ちは、いつも正しい理由から生まれるわけではないのだろう。雲がきれいだったから。友達と甘いものを食べる約束をしたから。最後までやった自分で、今日を終えたいと思ったから。それだけで、人はもう一歩を選べる。横断歩道の真ん中で、風が頬を通り過ぎた。わたしは鞄の肩紐を握り直す。今日で試験が終わる。最後の一教科が、わたしを待っている。うまくいくかは、まだ分からない。それでも、試験が終わったときには、点数より先に、自分へひとつ言ってあげたい。最後まで逃げなかったね、と。道路の向こう側が、少しずつ近づいてくる。未来は遠くにあるものではなく、怖さを連れたまま渡った、次の一歩の中にある。青信号が点滅を始める前に、わたしは横断歩道を渡りきった。振り返らず、そのまま歩く。頭上では、真っ白な入道雲が夏の始まりを告げていた。試験が終わったら、好きなものを食べよう。いっぱい笑って、いっぱい眠ろう。そして今日だけは、ここまで頑張ったわたしを、少しくらい甘やかしてもいい。そんなことを考えながら、わたしは朝の光の中へ歩いていった。夏はもう、すぐそこまで来ていた。#青春小説#日菜子の物語#試験最終日#夏空の向こうへ#心に刺さる言葉マグカップ スプーン セット 大きい おしゃれ 大人可愛い ギフト ティースプーン マグ かわいい 送料無料 ネコ 猫 猫グッズ 柴犬 ハリネズミ 陶器 コーヒー カップ コップ ねこ 雑貨 焼き物 おしゃれ 男性 女性 誕生日 プレゼント 定年 退職 誕生日プレゼント価格:4,650円(税込、送料無料) (2026/9/28時点)楽天で購入
2026/09/28
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わたしはそのことに気づかないふりをして、天井を見上げた。今日、学校へ行ったら、吹奏楽部の顧問に返事をしなくてはいけない。来月の校内演奏会で、サックスのソロを担当するかどうか。「日菜子ならできると思う」昨日、先生はそう言った。たったそれだけの言葉なのに、胸の中へ置かれた途端、石のように重くなった。できると思われることは、うれしい。でも、期待されることは怖い。誰かに任せてもらえるほど上手になりたかったはずなのに、いざ名前を呼ばれると、急に自分の音が頼りなく思えた。練習では吹けていたフレーズが、みんなの前では震えるかもしれない。最初の一音を外したら、そのあとも崩れてしまうかもしれない。昨日の夜、譜面を机に広げたまま、わたしは何度も考えた。「今回は、ほかの人にお願いしてください」そう言えば、きっと先生は無理強いしない。がっかりされるかもしれないけれど、失敗してもっとがっかりさせるよりはいい。そうやって逃げ道をきれいに整えたら、少しだけ安心して眠れた。けれど、朝になると、その安心は薄い膜のように頼りなかった。外を走る車の音が、濡れた道路をなぞるように聞こえる。昨夜、少し雨が降ったらしい。開ききっていないカーテンの向こうから、湿った土と若い葉の匂いが忍び込んでいた。枕元のスマートフォンが震え、明るくなる。午前六時三十分。軽やかなアラーム音が静かな部屋を跳ね回った。「ネネ、起きますよ〜」胸の上の白猫に声をかける。ネネは薄く目を開け、迷惑そうにわたしを見た。そして、アラームを止めようと伸ばしたわたしの右腕へ、顎を乗せる。「それじゃ、止められないんだけど」返事はない。代わりに、喉の奥から低い音が聞こえてきた。ゴロゴロ、ゴロゴロ。小さなエンジンのような振動が腕から胸へ伝わる。耳を澄ますと、雨樋から落ちる最後の雫の音まで聞こえた。学校へ行かなければならない。返事もしなければならない。頭では分かっているのに、身体は布団のぬくもりに縫い留められている。「あと五分だけね」誰に対する言い訳なのか、自分でも分からなかった。アラームを止め、もう一度目を閉じる。暗闇の中で、昨日の音楽室が浮かんだ。夕日を反射する譜面台。古い木の床。誰かが片づける椅子の音。唇に残っていたリードの苦み。先生に話しかけられたとき、わたしは笑って「考えてみます」と答えた。本当は、その場でやりたいと言いたかった。怖いより先に、一瞬だけ、うれしいと思ったから。ステージの中央で、自分の音が静かな講堂へ広がっていく光景を想像した。客席の一番後ろまで届く音を吹けたら、今まで何度も練習をやめたくなった夜まで、報われる気がした。それでも、失敗する自分を想像した途端、その景色は消えた。わたしは昔から、始める前に失敗したあとの顔ばかり考える。大丈夫だった未来より、駄目だった未来のほうを細かく描けてしまう。けれど、ふと思う。怖いという気持ちは、逃げたい証拠ではなく、本当はそこへ行きたい証拠なのかもしれない。胸の上で、ネネが小さく身じろぎした。閉じていた目を開くと、淡い朝日が白い毛の輪郭を透かしていた。一本一本の毛先が光り、柔らかな金色に染まっている。子猫だった頃のネネも、よくこうしてわたしの胸の上で眠った。うまく友達の輪に入れず、学校から帰って泣いた日。初めてサックスを吹いて、音にならない息ばかり出た日。もう部活を辞める、と意地を張った夜。ネネは何も言わなかった。ただ、泣き声が止まるまで近くにいた。励まさない。答えもくれない。けれど、離れてほしくないときだけは、なぜか離れなかった。「ねえ、わたし、失敗するかもしれないよ」ネネは目を閉じている。「途中で音が裏返ったら、恥ずかしいよね」白い耳が、また一度だけ動いた。「……それでも、やってみたいって思ってる」口に出した瞬間、その言葉は不思議なくらい部屋になじんだ。大げさな決意ではなかった。怖さが消えたわけでもない。ただ、胸の奥で絡まっていた糸が、一本だけほどけたような気がした。失敗しない自分になってから挑戦しようと思っていた。でも、そんな朝は永遠に来ないのかもしれない。できるようになったから一歩を踏み出すのではなく、一歩を踏み出した自分を、あとから少しずつ「できる自分」にしていく。きっと、それでいい。わたしはネネの背中へ、そっと手を置いた。陽だまりを撫でているような温度だった。「決めた。ソロ、やるって言う」ネネが顔を上げた。水色がかった瞳でわたしを見つめ、短く「にゃ」と鳴く。賛成なのか、ようやく起きるのかと言っているのかは分からない。たぶん後者だ。「はいはい。起きますよ〜」上半身を起こそうとすると、ネネは不満そうに爪を立てない程度の力で制服ではないパジャマの胸元を押さえた。その仕草がおかしくて、笑いがこぼれる。「決めたばっかりなのに、引き止めるの?」もう一度、スマートフォンを見る。六時三十七分。あと五分のつもりが、二分も過ぎていた。それでも、昨日までとは違う朝に思えた。わたしはネネを両腕で抱き上げ、布団の隣へ下ろした。途端に彼女は、名残惜しさなど最初からなかったような顔で前脚を伸ばし、大きなあくびをした。白いしっぽが、わたしの手首をひと撫でする。窓を開けると、冷たい空気が頬を撫でた。雨上がりの匂い。遠くで鳴く鳥の声。雲の切れ間から差し込む光が、濡れた屋根の上で細かく揺れている。世界は、わたしが迷っている間も、ちゃんと朝になっていた。学校へ着いたら、先生を見つけよう。きっと声は少し震える。「わたしでよければ、やらせてください」そんな控えめな言い方しかできないと思う。それでもいい。迷わないことが強さなのではなく、迷ったあとで、自分の気持ちを迎えに行くことが強さなのだ。ベッドを振り返ると、ネネはもう一度、わたしの枕へ丸くなっていた。「ずるいなあ。ネネは二度寝?」呼びかけても、今度こそ反応はない。わたしは小さく笑い、カーテンをいっぱいに開けた。部屋へ流れ込んだ朝日が、床に新しい道をつくる。今日のわたしは、その先に何が待っているのかを知らない。上手に吹けないかもしれない。悔しくて、また逃げたくなる日もあるだろう。けれど今は、それでも一歩進んでみたいと思える。人生を変えるのは、立派な決意ではなく、「あと五分」のぬくもりの中で拾った、小さな本音なのかもしれない。制服へ着替える前に、もう一度だけネネの頭を撫でる。柔らかな耳が、指先の下でわずかに動いた。「行ってくるね」と言うには、まだ少し早い。だから今は、朝の始まりに似合う言葉を選ぶ。「おはよう、ネネ」窓辺の光が、眠ったふりをする彼女の白い背中を、静かにあたためていた。#青春小説#日菜子の物語#白猫のネネ#あと五分の幸せ#心に刺さる言葉YAMAHA ヤマハ YVS-100 ソプラノ ヴェノーヴァ カジュアル 管楽器 プラスチック リード楽器 ソプラノサックス Venova セット B 北海道 沖縄 離島不可価格:16,313円(税込、送料無料) (2026/9/28時点)楽天で購入
2026/09/28
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机の上の時計が、二十二時四十七分を示していた。あと十三分で十一時。「……ここまでやったら寝よう」そう決めたのは、たしか三十分くらい前だった。なのに、開いた問題集はまだ同じページにいる。机の端には、何度も書き直したノート。シャープペンシル。蛍光ペン。少しずつ増えていった付箋。卓上ライトのやわらかい光の中だけが、小さな昼間みたいに明るかった。その向こうでは、窓の外に夜が広がっている。遠くのマンションの窓に、ぽつぽつと灯り。空には星がいくつか。カーテンがわずかに揺れるたび、夜の冷たい空気が部屋へ入ってきた。静かだった。ページをめくる音まで、少し大げさに響くくらいに。「あと一問……」小さく呟いて、シャープペンシルを握り直す。これも、今日何回目だろう。あと一問。あと五分。ここまで終わったら。そうやって少しずつ、眠る時間を先へ延ばしている。分かっている。明日のためには、早く寝たほうがいい。睡眠不足で頭が回らなくなったら意味がない。そんなことくらい、わたしにも分かっている。でも。途中でやめるのが苦手だった。中途半端なページを残したまま眠ると、その続きを夢の中にまで持っていきそうな気がする。できなかった問題。覚えきれなかったこと。今日のうちに終わらなかった何か。それらを机の上へ残してしまうのが、どうしても気になる。「……もうちょっと」問題文を読む。一行目。二行目。三行目。そこで、視線が止まる。意味が頭に入らない。もう一度読む。やっぱり入らない。さっきまで普通に読めていた日本語なのに、夜が深くなると急に難しい暗号みたいに見えてくる。目を擦る。卓上ライトの光が少し滲んだ。「眠……」言い終わる前に、あくびが出た。大きい。自分でもびっくりするくらい。慌てて口を押さえる。誰も見ていないのに。そのとき。足元から、「にゃ」声がした。見下ろす。白い猫が、椅子の横でこちらを見上げていた。ネネ。七歳。我が家のお嬢様。いつもなら、この時間はもう自分のお気に入りの場所で丸くなっている。「……まだ起きてたの?」聞くと、当然のように返事はない。ネネはただ、わたしの顔を見る。それから机の上。またわたし。「なに?」尻尾が一度、ゆっくり揺れた。「もう寝ろって?」今度は耳が動く。「ネネに言われたくないなぁ。昼間ずっと寝てたでしょ」目を細められた。なんとなく、それとこれとは別です、と言われた気がした。わたしは少し笑って、問題集へ戻る。「これだけ」ネネに宣言する。「これ終わったら寝る」その言葉を聞いたのか聞いていないのか、ネネはその場に座り込んだ。まるで監視役みたいに。シャープペンシルを動かす。途中までは分かる。ここをこうして。その次。「……あれ?」止まる。違う。消す。もう一度。これも違う。消しゴムのかすが、机の上に小さく増えていく。時計を見る。二十二時五十三分。時間を見たせいで、少しだけ焦った。早く終わらせたい。でも焦ると、余計に分からなくなる。昨日もそうだった。今日の昼間も。「できるはず」と思えば思うほど、できない自分が目についてしまう。わたしは昔から、たぶん少しだけ欲張りだ。やるなら最後まで。勉強するならちゃんと。決めたことなら守りたい。頑張ると決めたなら、簡単に「今日はここまで」と言いたくない。それを長所だと思っていた。今も、たぶんそう思っている。でも最近、ときどき分からなくなる。頑張ることと、自分を追い込むこと。その境目って、どこなんだろう。眠い目を擦りながら考える。今日一日を思い返す。朝から学校へ行った。授業を受けた。分からないところをノートに取った。友達と話した。帰ってきて、ご飯を食べた。お風呂に入って。それから、また机に向かった。今日のわたしは、何もしていないわけじゃない。むしろ、結構やった。なのに。終わっていないものばかり見ている。人って不思議だ。できたことはすぐ過去にしてしまうのに、できなかったことだけは、いつまでも現在形で抱えてしまう。ページの端に、自分の書いた小さなチェックが並んでいる。済。済。済。その下に、空欄がひとつ。わたしの目は、そこばかり見ていた。できなかった一つが、できた十個を消してしまうわけじゃない。ふいに、そんな言葉が浮かんだ。自分で思ったくせに、少しだけ胸に刺さった。分かっていたはずのことだった。学校でも、テストでも、何でも。一つ間違えると、その一つばかり気になる。もっとできたはず。あそこをやっておけば。もう少し頑張れば。そうやって、自分の足りないところを探す。たぶん向上心と呼べば聞こえはいい。でも。ずっと足りないものだけ見ていたら、いつまで経っても自分に「よくやった」と言えない。机の横で、ネネがまた鳴いた。「にゃあ」さっきより少し長い。見ると、明らかにこちらを見上げている。「はいはい」手を止める。その瞬間、自分がどれだけ強くシャープペンシルを握っていたのかに気づいた。指が少し痛い。肩も固い。首も重い。眠い。ものすごく眠い。「……疲れた」声にすると、身体までそれを認めたみたいに力が抜けた。ネネは椅子の脚に頬を擦りつけた。「でも、これ終わってないんだよね」問題集を指差す。ネネは見ない。「明日もあるし」無視。「できれば今日やっておきたいし」今度は、ゆっくり座り込んだ。そして。欠伸をした。「ちょっと」思わず笑う。「わたしに見せつけてる?」ネネは平然としている。なんだか悔しい。でも、その姿を見ているうちに、急に馬鹿らしくなった。あと一問。たった一問。これを今できなかったら、今日という日は失敗になるんだろうか。そんなはずはない。なのにわたしは、一日の最後に無理やり丸をつけるために、眠い頭で答えを探していた。本当に必要なのは、この一問を終わらせることなのか。それとも、ちゃんと眠って、明日のわたしへ渡すことなのか。しばらく、問題集を見る。そして。シャープペンシルを置いた。小さな音がした。それだけなのに、少し勇気が必要だった。「……やめる」言葉にする。ネネがこちらを見る。「今日は、ここまで」なんとなく、負けたみたいな気持ちがした。でも同時に、ほっとした。ページの端に付箋を貼る。『明日ここから』それだけ書く。続きを残した。初めてではない。なのに今日は、それが少し特別に感じた。終わらせなかったんじゃない。明日に続けることにした。そう言い換えるだけで、景色が少し変わる。問題集を閉じる。ノートも閉じる。散らばった消しゴムのかすを指先で集める。ペンを筆箱へ戻す。ひとつひとつ片づけていくと、机の上だけじゃなく、頭の中まで静かになっていった。時計を見る。二十二時五十八分。「十一時前」ネネに言う。「偉くない?」知らん顔。「褒めてよ」無視。「まあ、そうだよね」笑いながら立ち上がる。するとネネも立ち上がった。「寝る?」今度は、「にゃ」と返事があった。「自分が寝たかっただけじゃん」ネネは先に部屋を出ようとする。でも扉の前で、一度止まってこちらを振り返った。その顔が、早くしなさい、と言っているみたいだった。卓上ライトを消す。部屋が一気に暗くなる。窓の外の街灯りが、さっきよりよく見えた。マンションの小さな窓。赤い航空灯。遠くを走る車のライト。世界には、まだ起きている人がたくさんいる。今から仕事をする人もいる。勉強を続ける人もいる。もう眠った人もいる。みんな違う一日の終わらせ方をしている。だから、わたしもわたしでいい。ベッドへ向かう前に、もう一度机を見る。閉じた問題集。付箋の端だけが少し見えている。明日のわたしへの小さな宿題。不思議と、もう怖くなかった。明日になれば、今日より少し頭が軽くなっているかもしれない。今日分からなかったことが、朝になったら分かるかもしれない。分からなければ、また考えればいい。それだけだ。「ネネ」呼ぶと、白い背中が止まる。「今日も、お疲れさま」ネネは振り返らない。だから代わりに、自分にも言ってみる。「……わたしも、お疲れさま」少し照れくさい。誰も聞いていないのに。でも。それくらいは言ってもいい気がした。頑張ることばかり教わってきた。続けること。諦めないこと。最後までやること。どれも大事。でもきっと、「今日はここまで」と自分に言えることも、同じくらい大事なんだ。休むことは、頑張ることの反対じゃない。明日も頑張りたい人が、今日をちゃんと終わらせる方法だ。窓から入ってきた風が、カーテンを小さく揺らす。夜の匂いがした。少し冷たくて、静かで、一日を包んでくれるような匂い。眠る前には、今日できなかったことではなく、今日できたことをひとつくらい思い出してみよう。朝、起きた。学校へ行った。授業を受けた。笑った。悩んだ。勉強した。ちゃんと帰ってきた。そして今、眠ろうとしている。充分じゃないか。ベッドへ向かうと、ネネが先に布団の上へ飛び乗った。「そこ、わたしの場所なんだけど」ネネは丸くなる。「聞いてます?」目を閉じる。完全に寝る気らしい。「……はいはい」布団の端をそっと持ち上げる。身体を横にすると、今日一日の疲れが一気に沈んでいく。ネネの背中に手を添える。あたたかい。その温度に触れた瞬間、もう何も考えなくていい気がした。明日のことは、明日のわたしが考える。今日のわたしには、もう十分頑張ってもらった。だから。「もう少ししたら寝ますよ」さっきまでそう思っていたのに。今は違う。もう寝よう。ネネの喉から、小さなゴロゴロという音が聞こえる。わたしは目を閉じる。今日を完璧に終わらせられなかった。でも、穏やかには終われそうだ。それでいい。たぶん、それがいい。明日はまた、続きをやればいい。今夜は、頑張った自分から、ゆっくり休もう。「……おやすみ、ネネ」白い耳が、ほんの少しだけ動いた。わたしも小さく笑って、今日という一日を、そっと手放した。#青春小説#日菜子の日常#猫のいる暮らし#頑張った日の夜#AIイラスト\16,000円OFFクーポン+猫砂プレゼント/レビュー特典 当日発送 Neakasa M1Plus 全自動猫トイレ 自動猫トイレ 大型 多頭飼い 猫自動トイレ お留守番対策 自動清掃 オープンタイプ 密封設計 臭いが漏れにくい ゴミ箱11.23L 5分間自動清掃価格:59,800円~(税込、送料別) (2026/9/28時点)楽天で購入
2026/09/28
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玄関のドアを閉めた瞬間、肩の力が抜けた。「……ただいま」いつもなら、もう少しちゃんと声が出る。でも今日は、言葉というより息に近かった。返事はない。その代わり、リビングの奥から微かに聞こえる生活音と、夕方の静かな空気が迎えてくれた。靴を脱いで、鞄を置いて。本当ならそのまま制服も着替えてしまえばいいのに、今日はそれすら少し面倒だった。ネクタイを緩めるだけで精いっぱい。そのままリビングへ入る。すると、窓いっぱいに夕焼けが広がっていた。オレンジ。薄い桃色。少しだけ紫。昼間の青さを忘れてしまったみたいに、空がゆっくり色を変えている。レースのカーテンが風を含んでふわりと膨らみ、また静かに戻る。そのたびに、夕日の色が部屋の中へ流れ込んだ。ソファ。本棚。テーブルの上のマグカップ。見慣れたもの全部が、いつもより少しだけやわらかく見える。窓辺には、ネネがいた。白い背中を夕日に向けて、外を眺めている。七歳。子猫の頃から、ずっと一緒。玄関まで迎えに来るタイプではない。名前を呼んでも、気が向かなければ振り返らない。わたしが帰ってきたって、「ふうん」くらいの顔しかしない。今日もそうだった。「ネネ」呼んでみる。耳だけが、ぴくっと動いた。「……ただいま」今度は少しだけ大きな声。それでも振り返らない。「聞こえてるよね」返事はない。でも、しっぽの先が一度だけ揺れた。それだけで、なんだか少し笑えた。わたしは窓辺まで歩いて、ネネの隣に立つ。制服のスカートが脚に触れる。外を歩いてきたせいか、まだ少し熱が残っていた。窓の近くは思ったより涼しい。風が頬を撫でる。一日の終わりの匂いがした。乾いた道路。どこかの家の夕飯。遠くで鳴く鳥。夏の終わりに近づいた草の匂い。街の向こうへ沈みかけた太陽が、ビルの輪郭を金色に縁取っている。きれい。そう思った。でも、口には出さなかった。今日は、きれいなものを見て素直に「きれい」と言えるほど、心に余裕がなかった。学校では、別に大きな失敗をしたわけじゃない。誰かと喧嘩したわけでもない。先生に叱られたわけでもない。ただ。小さなことが、少しずつ積もった。授業で当てられて、うまく答えられなかった。友達との会話で、何となくタイミングを外した。試験の話になって、「今回、結構できたかも」と笑う子の隣で、わたしは「そうなんだ」と笑った。本当は、自分の出来が気になって仕方なかった。昼休みには、「大丈夫?」なんて聞かれてしまった。「うん、全然」反射みたいに答えた。全然。便利な言葉だと思う。何が全然なのか、自分でも分からないのに。大丈夫。平気。気にしてない。疲れてない。わたしは今日、その言葉を何度使ったんだろう。ひとつひとつは小さな嘘だった。誰かを騙すためじゃない。たぶん、自分を守るため。「大丈夫って言ってれば、本当に大丈夫になるかな」窓の外を見たまま呟く。ネネは黙っている。もちろん。でも今日は、その無言がちょうどよかった。慰めてほしいわけじゃない。励ましてほしいわけでもない。「もっと頑張ればいいよ」なんて言われたら、多分ちょっと困る。だって今日は、頑張らなかったから疲れたんじゃない。頑張りすぎたから疲れたのだ。嫌われないように笑って。心配されないように平気な顔をして。できないと思われないように背伸びをして。誰にも頼まれていないのに、勝手に「ちゃんとしている自分」を続けていた。そのことに、家へ帰ってきてから気づいた。「……疲れたな」今度は、ちゃんと言えた。すると。ネネがゆっくりこちらを向いた。金色の夕日を浴びた白い毛。細められた目。いつもの、少し偉そうな顔。「なに」ネネは動かない。「今ごろ聞くの?」もちろん返事はない。でも。少しだけ身体をわたしのほうへ寄せた。ほんの数センチ。猫を飼っていない人なら、たぶん気づかないくらい。でも、わたしには分かる。ネネなりの、ここにいるよ。だった。わたしは窓枠にそっと手を置く。ネネの背中に指先が触れる。ふわふわしている。夕日に温められた毛は、思っていたよりあたたかい。その温度が指先から腕へ伝わって、少しずつ胸の奥まで降りてくる。そこで、急に泣きそうになった。悲しいわけじゃない。悔しいわけでもない。ただ、安心した。たぶん今日は、一日中ちゃんとしていたから。ここへ帰ってきて、やっとちゃんとしなくてよくなった。ネネの前なら、うまく笑えなくてもいい。元気なふりをしなくてもいい。「今日さ」声が少しだけ震えた。「なんか、全部うまくできなかった気がする」ネネは夕焼けを見る。「別に失敗したわけじゃないんだけど」しっぽが揺れる。「でも、ちょっとしんどかった」今度は、ネネの肩がわたしの手に触れた。それだけ。それだけなのに。さっきまで胸の中で固くなっていた何かが、ゆっくりほどけていく。人は、頑張れた場所より、頑張らなくていい場所に救われることがある。ふと、そんなことを思った。学校では、もう少し頑張ろうと思う。もっとちゃんとやろうと思う。できなかったことを、次はできるようにしたい。それはきっと悪いことじゃない。前に進みたいと思う気持ちは、わたしの好きなところでもある。でも。前に進むためには、立ち止まる時間も必要なのかもしれない。それを今まで、少しだけサボることだと思っていた。休むこと。弱音を吐くこと。今日は無理、と言うこと。どれも、負けたみたいで嫌だった。でも、窓辺のネネを見る。この子は疲れたら眠る。嫌なことがあれば、しっぽで返事をする。甘えたいときだけ近づく。誰にも遠慮しない。それなのに、ちゃんと毎日を生きている。「ネネはいいなぁ」思わず言う。振り返ったネネと目が合った。「好きなときに寝て」ネネは目を細める。「好きなときに食べて」さらに目を細める。「嫌だったら無視するし」今度は完全に目をそらされた。「そこは否定しないんだ」少し笑った。今日初めて、無理に作ったんじゃない笑い方だった。夕日はもう、ビルの向こうへ半分くらい沈んでいる。空の色が、少しずつ濃くなる。レースのカーテンが風に揺れて、一瞬だけネネとわたしの間を通り過ぎた。その薄い布越しに見えた景色は、少しぼやけていた。今日の出来事も、こんなふうにぼやけていけばいい。全部忘れなくてもいい。反省することは、反省する。悔しかったことは覚えておく。でも。今日の自分を、今日のうちに全部採点しなくてもいい。明日になってから考えてもいいことだってある。「今日はもう、終わりにしよっか」誰に言うでもなく呟いた。ネネが、小さく鳴いた。「……にゃ」驚いて顔を見る。普段なら、こういうタイミングで鳴かないくせに。「それ、賛成ってこと?」もちろん返事はない。でも、都合よくそういうことにした。制服も、ネクタイも、今日の反省も。あとでいい。まずは着替えて、冷たいものを飲んで、何か食べよう。それから、ネネと少しだけ遊ぼう。宿題は、そのあと考える。完璧な一日を作り直すことはできない。でも、一日の終わり方なら、少しだけ自分で選べる気がした。ネネの頭を撫でる。「待っててくれた?」すると、明らかに迷惑そうな顔をされた。「はいはい。違いますよね」手を離そうとした瞬間。ネネが、その手に頬を寄せた。ほんの一瞬。そして何事もなかったように、また窓の外を見る。「……ずるい」思わず笑う。こういうところだ。甘えたと思ったら、すぐ知らん顔。わたしにとって、ネネはたぶん家そのものに近い。派手に迎えてくれるわけじゃない。答えをくれるわけでもない。悩みを解決してくれるわけでもない。ただ、帰ってくればいる。昨日も。今日も。きっと明日も。その「変わらない」が、変わり続ける毎日の中では、思っている以上に大きい。窓の外で、太陽が沈む。最後の光が部屋の中へ長く伸びた。本棚も。写真立ても。ソファも。ネネの背中も。そして、わたしの制服も。全部が同じオレンジ色に染まった。今日の失敗も。言えなかった言葉も。無理して笑ったことも。今だけは、その光の中に一緒に置いておこうと思った。消えなくてもいい。ただ少し、角が取れてくれればいい。明日になったら、また考えればいい。それで十分だ。窓ガラスに、ネネとわたしの姿が薄く映っている。肩を並べて夕焼けを見る、ひとりと一匹。その姿を見ながら、少しだけ思う。今日という日は、そんなに悪い日ではなかったのかもしれない。疲れて帰ってきた。それでも、帰ってこられた。そして、待っていてくれるぬくもりがあった。それだけで。「……ただいま」もう一度、言ってみる。今度は、ちゃんと声になった。ネネの耳が動いた。わたしはそれを、おかえり、という意味にすることにした。明日はきっと、また何かで悩む。うまくいかないこともある。誰かと比べて、少し落ち込むかもしれない。それでもいい。帰ってくればいい。そして、疲れたと言えばいい。強い人って、疲れない人じゃなくて、疲れた自分にも帰る場所を残してあげられる人なのかもしれない。夕焼けが消えていく。部屋の中に、ゆっくり夜が近づく。それでも不思議と、さっきより心は明るかった。「ネネ」白い背中を撫でながら言う。「今日は、もう頑張らなくていいよね」ネネは、やっぱり何も答えなかった。でも。そのぬくもりが、十分な返事だった。#青春小説#日菜子の日常#猫のいる暮らし#おかえりのある場所#AIイラスト【ランキング1位 メーカー直販】ぱくぱくローラー ケース付き ペット 毛 取り クリーナー 抜け毛取り 猫の毛 犬の毛 髪の毛 ホコリ 掃除 カーペット お掃除ローラー ラグ ソファ カーシート 換毛期 掃除グッズ 毛取りクリーナー 日本シール エチケットブラシ 正規品 N76ST価格:2,420円(税込、送料無料) (2026/9/28時点)楽天で購入
2026/09/28
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時計の秒針が、いつもより大きく聞こえる。カチ。カチ。カチ。教室は静かなはずなのに、音だけがやけに近い。誰かが答案用紙をめくる音。シャープペンシルの芯が紙を擦る音。少し離れた席で、椅子が小さく軋む音。窓の外では、いつもと変わらない青空が広がっている。カーテンの隙間から差し込んだ朝の光が机の右端を白く照らし、その中を細かな埃がゆっくり漂っていた。こんなに穏やかな景色なのに。わたしの頭の中だけが、うるさい。試験が始まって、まだそれほど時間は経っていない。名前を書いた。問題用紙を開いた。一問目。これは分かる。二問目も、大丈夫。少しだけ安心した。今日はいけるかもしれない。そう思った直後だった。次の問題で、手が止まった。「……あれ」もちろん、声には出さない。シャープペンシルの先だけが、紙の上で動かなくなる。見たことがある。絶対にある。昨夜もやった。たしかノートの右側。赤いペンで印をつけて。「ここ重要」そう書いた。なのに。その先が出てこない。頭の奥にあるはずなのに、透明な壁でも立っているみたいに届かない。周囲から聞こえる筆記音が、急に速くなったような気がした。カリカリ。さらさら。カッ、カッ。みんなは解けている。そんなはずはないと分かっているのに、そう思ってしまう。前の席の子の手は止まっていない。斜め前の子も、もう次のページに進んでいる。右側から、紙をめくる音がした。胸の奥がきゅっと縮む。待って。まだわたし、ここなのに。焦り始めると、不思議なくらい簡単なことまで分からなくなる。さっきまで普通に読めていた問題文が、ただの文字の集まりに見える。一行目を読む。意味が入ってこない。もう一度読む。また入ってこない。三回目。やっぱり同じ。手のひらにじんわり汗がにじんで、握っていたシャープペンシルが少し滑る。窓から入ってくる風は涼しいのに、首元だけが熱かった。「まずい……」心の中で呟く。時間を見る。まだある。でも、時間を見ると余計に焦る。分からない。どうしよう。昨日、もっとやっておけばよかった。あそこをもう一回復習しておけば。寝る前にスマホなんて見なければ。あの時間、ちゃんと勉強していたら。後悔って、どうしていつも終わってから出てくるんだろう。今さら何を考えても仕方がないのに。頭の中では、昨夜の机が浮かんでいた。開いた問題集。何度も書き直した計算式。芯が短くなったシャープペンシル。机の端に置いた、少しぬるくなった麦茶。眠くて目を擦りながら、それでも「あと一問」とページをめくった自分。頑張った。そう思っていた。でも、こうして答えが出ないと、その時間まで全部無駄だったように感じてしまう。そんな自分が嫌になる。努力したなら、ちゃんとできなくちゃ。頑張ったなら、結果を出さなくちゃ。そうじゃないと意味がない。昔から、どこかでそう思っている。だから、間違えるのが怖い。できない自分を誰かに見られるのも嫌だ。そんなことを考えているうちに、また誰かがページをめくった。胸がざわつく。「……違う」ほんの少しだけ唇を動かす。今、見るべきなのは周りじゃない。机の上。自分の答案。それだけ。シャープペンシルを一度置いた。指先を開く。握りしめていたせいで、少しだけ跡がついていた。息を吸う。鼻からゆっくり。そして吐く。もう一度。窓の近くから、風が入ってきた。紙の端がほんの少し揺れる。外から蝉の声が聞こえた。遠くでは体育の授業なのか、笛の音もする。世界は普通に動いている。試験中のわたしだけが止まっているわけじゃない。逆に言えば。ここで少し止まったって、大丈夫なんだ。もう一度、問題を見る。やっぱりすぐには分からない。でも今度は、そのことを怖いと思わなかった。問題用紙の端に、小さく印をつける。あとで戻る。それだけ。「次」心の中で言った。その瞬間。不思議なくらい、肩の力が抜けた。次の問題を読む。これは分かる。答えを書く。さらに次。少し考える。書ける。また次。シャープペンシルが動き始めた。紙の上に、自分の文字が増えていく。たったそれだけなのに、さっきまで真っ白だった頭の中に少しずつ道ができていくようだった。そこで気づいた。試験って、全部できる人が勝つものだと思っていた。でも違うのかもしれない。分からない問題の前で立ち止まったあと。それでも次へ進めるかどうか。そこにも、自分なりの頑張り方がある。「分からない」は、終わりじゃない。そこで自分まで否定したときに、初めて前へ進めなくなる。ふと、そんな言葉が浮かんだ。昨日のわたしに聞かせたら、たぶん、「そんな綺麗なこと言っても、点数は上がらないよ」って言うと思う。わたしだって、今でも少しそう思う。でも。点数を上げるためにも、まず今の一問を解かなきゃいけない。だったら、落ち込むのはあとでいい。答え合わせをしてから、悔しがればいい。今は。書く。考える。飛ばす。戻る。それを繰り返せばいい。顔を上げると、窓ガラスに朝の光が反射していた。眩しくて、一瞬だけ目を細める。周りのクラスメイトは、それぞれの答案を見つめている。さっきまで、「みんな自分よりできている」そう見えていた。でも、よく見ると。前の子の手も止まっている。斜め後ろから、小さなため息が聞こえる。誰かが消しゴムを使っている。みんな同じなんだ。解ける問題があって。分からない問題があって。思い出せないことがあって。それでも、その机の上で一人ずつ戦っている。比べる必要なんてなかった。同じ試験を受けていても、ここまで来るまでの時間は、それぞれ違う。わたしには、わたしの時間がある。眠かった夜。悔しかった日。覚えられなくて、何度も書き直したページ。友達に教えてもらって、やっと分かった問題。「今日はもう無理」そう思いながら、それでも十分だけ机に向かった夜。その全部が、今ここにいるわたしを作っている。結果がどうなるかは、まだ分からない。でも。ここまでやってきたことまで、今ここで疑わなくてもいい。時間を見る。残りはそれほど多くない。最初に飛ばした問題へ戻る。やっぱり難しい。一瞬だけ、また胸がざわつく。でも今度は、逃げなかった。問題文をゆっくり読む。条件をひとつずつ確認する。余白に分かっていることを書く。ここは?違う。消す。じゃあ、こっちは。書く。止まる。もう一度考える。そのとき。頭の奥で、何かが小さくつながった。「あ……」声にはならない。でも、確かに分かった。昨夜のノート。赤い線。先生が授業で書いた式。全部が一本につながる。急いで書く。途中で間違えないように、確認する。最後の数字を書く。心臓が少し速くなる。合っているかどうかは分からない。それでも。さっきまで白かった場所に、自分なりの答えが残った。それだけでよかった。チャイムまで、あと少し。最初のページから見直していく。名前。書いてある。計算。大丈夫。空欄。ない。いや、一つある。戻る。分かるところまで書く。完璧じゃない。きっと間違いもある。でも。今のわたしができることは、ここまで全部やった。秒針が進む。あと十秒。九。八。七。少しだけ手が震える。でも、もう焦らなかった。最後に一度だけ、自分の答案を見る。綺麗じゃない。消した跡もある。書き直した場所もある。迷った跡も、そのまま残っている。でも。それでいい。これは、今のわたしが考えた跡だから。終了のチャイムが鳴った。教室の空気が、一気に緩む。先生の声。「筆記用具を置いてください」シャープペンシルを机に置く。ふう、と息が漏れた。終わった。点数はまだ分からない。できたとも言い切れない。もっと書けたかもしれない。間違っているかもしれない。それでも。少しだけ、笑いたくなった。最後までやった。逃げなかった。それだけは、自分で分かる。答案用紙が前から順番に回収されていく。自分の紙を手放す瞬間、少しだけ名残惜しかった。昨日までの時間まで、一緒に先生へ渡すような気がしたから。でも、手を離した。窓の外には、変わらず青い空がある。わたしは小さく息を吸った。次の試験もある。また緊張すると思う。また分からない問題に出会うかもしれない。そのときは。今日みたいに、一度止まればいい。深呼吸して。目の前の一問に戻ればいい。完璧だった日より、諦めなかった日のほうが、あとになって自分を支えてくれる。たぶん青春って、大きな成功だけでできているんじゃない。こういう、誰にも気づかれない小さな踏ん張りの積み重ねなのだと思う。机の上に残った消しゴムのかすを、指先でそっと集める。窓から吹いた風が、髪の先を揺らした。わたしは次の試験用紙が配られる前に、もう一度だけ深呼吸した。そして心の中で、小さく言う。さぁ、集中。次も、一問ずつ。今日の努力を、ちゃんとここに残そう。#青春小説#日菜子の日常#試験の日#諦めない気持ち#AIイラスト★本日限定800円OFF★【楽天1位】 自動給餌器 猫 PETTENA 自動餌やり機 スマホ 大容量 4L WIFI スマート式 タイマー式 自動 給餌器 餌 エサ えさ ペット 乾燥剤 密閉 ロック 洗える 給餌機 フードディスペンサー 音声 録音 ペット 犬 ネコ うさぎ 多頭飼い価格:8,800円~(税込、送料無料) (2026/9/28時点)楽天で購入
2026/09/28
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今日は、空がやけに青かった。いつも通る川沿いの道なのに、見慣れたはずの景色が少しだけ違って見える。川の向こうには、夏の雲が大きく膨らんでいた。白くて、眩しくて、触れたらきっと崩れてしまいそうなくらい柔らかそうな雲。水面では朝の光が細かく跳ねている。風が吹くたび、街路樹の葉がざわざわと揺れて、木漏れ日が足元を追いかけてきた。そんな爽やかな朝なのに。わたしの胸の中だけ、少し重い。今日から試験が始まる。そのたった一言で、昨日までの景色と今日の景色が別のものになってしまったみたいだった。制服のシャツの襟元が、いつもより少し苦しい。きっと気のせい。赤いネクタイも、風に揺れているだけなのに、なぜか落ち着かない。肩に掛けた学生バッグが、妙に重く感じた。もちろん、中身が急に増えたわけじゃない。教科書。ノート。筆箱。昨日の夜まで何度も開いた問題集。それだけ。それなのに、今日のバッグには、覚えたことも、覚えきれなかったことも、全部詰まっているような気がした。「……大丈夫」誰もいないのを確認して、小さく呟く。すると、川沿いを通り抜ける風に声がさらわれた。あっけないくらい、簡単に。やっぱり口に出したくらいでは、大丈夫になんてならないらしい。少しだけ笑ってしまう。こういうところが、自分らしいと思う。緊張しているくせに。怖いくせに。平気な顔をしたくなる。昨日もそうだった。夕食のあと、自分の部屋に戻って机に向かった。時計の針が進むたび、「もう少し」「ここまでやったら」「あと一問だけ」そう言いながら、ノートをめくり続けた。鉛筆の芯が少し丸くなって。消しゴムの角がなくなって。机の上の冷たい麦茶が、いつの間にかぬるくなっていた。覚えたはずの単語が出てこなくて、何度も見たはずの公式が、急に知らない記号みたいに見えて。そのたびに胸の奥がざわついた。これだけやったのに。なんで覚えてないんだろう。そんな言葉が、何度も頭の中に浮かんだ。頑張った分だけ自信がつくと思っていた。でも本当は逆なのかもしれない。勉強すればするほど、知らないことや、曖昧なところや、できていないことが見えてくる。自信をつけるために始めたはずなのに。気づけば、できない自分ばかり数えていた。昨夜、ベッドに入ったあともなかなか眠れなかった。天井を見ながら、あの問題、もう一回見たほうがよかったかな。あの単語、ちゃんと覚えてるかな。時間、足りるかな。そんなことばかり考えていた。試験って、少し不思議だ。紙の上に印刷された問題に答えるだけなのに。まるで今までの自分まで採点されるような気持ちになる。勉強した時間も。努力した量も。ちゃんと頑張ったかどうかも。全部、点数に変えられてしまうような気がして。でも。川沿いの道を歩きながら、水面を見る。太陽の光が反射して、きらきら揺れていた。同じ光なのに、波が動くたび、形はずっと変わっている。そこで、少しだけ足を緩めた。昨日の夜、最後に閉じたノートのことを思い出す。ページの端には、小さな字で書いてあった。「ここ間違えやすい」自分で書いた文字。その下には、何度も消して書き直した跡。少し汚れていて。お世辞にも綺麗なノートではない。でも、それを思い出した瞬間、なんだか急に愛おしくなった。分からなくて。間違えて。悔しくて。それでも、ページを閉じなかった自分。考えてみれば、今日持って行くのは知識だけじゃない。間違えた回数も一緒だ。忘れて、覚え直した回数も。眠い目をこすった夜も。「もうやめようかな」と思って、それでもあと十分だけ机に向かった時間も。全部、ここまで来たわたしの一部だった。努力って、結果が出たときだけ本物になるんじゃない。答えが分からない夜にも、それはもうちゃんと積み重なっている。そう思ったら、バッグの重さが少しだけ変わった気がした。軽くなったわけじゃない。ただ、持っていける重さになった。橋の向こうから、自転車が一台走ってくる。制服姿の男の子が、風を切って通り過ぎていった。そのあとから、少し遅れて蝉の声が聞こえる。夏の朝。学校へ向かう道。試験の日。世界は思っていたより普通だった。わたしが緊張していても、雲は浮かぶ。川は流れる。風は吹く。そのことが、少しありがたかった。「……そっか」また小さく声にする。試験が今日の全部じゃない。試験の点数が、わたしの全部でもない。もちろん、良い点は取りたい。勉強したからには、ちゃんと結果を出したい。負けず嫌いだから。そこは多分、簡単には変わらない。でも。できなかったらどうしよう、ではなくて。できるところからやろう。それくらいなら、わたしにもできる気がした。難しい問題が出たら飛ばす。分かる問題を先に解く。手が止まったら、一度深呼吸する。焦ったら、問題文を最初から読み直す。それでも分からなかったら。そのときは、そのとき。「全部解こうとしなくていいんだ」口にしてみる。今度の言葉は、風に消えても平気だった。自分にちゃんと届いたから。試験になると、なぜか完璧を目指してしまう。一問間違えただけで全部ダメになったような気がして。思い出せない問題ひとつで、自分の努力まで否定したくなる。でもきっと、一枚の答案用紙で、何か月分もの自分を測ることなんてできない。試験は、今日のわたしが出せる答えを書く場所。それ以上でも、それ以下でもない。そう考えると、少しだけ呼吸が楽になった。木陰を抜ける。急に強い日差しが頬に触れた。眩しくて目を細める。空を見上げると、大きな入道雲がそこにいた。真っ白な雲の輪郭が、青い空にくっきり浮かんでいる。昨日の夜、あんなに狭く感じた世界が、朝になるとこんなに広い。人間の悩みなんて小さい、と言ってしまえば簡単だけど。わたしはそうは思わない。小さいから苦しくないわけじゃない。本人にとっては、ちゃんと大きい。怖いものは怖い。不安なものは不安。だから無理に消さなくてもいい。緊張したままでも歩ける。不安を持ったままでも、教室には行ける。それでいい。学校が少しずつ近づいてくる。胸の鼓動はまだ速い。手のひらも、少し汗ばんでいる。緊張は、なくなっていない。でも、それを追い払おうとは思わなくなっていた。たぶん緊張するのは、それだけちゃんと頑張ったからだ。どうでもいいことなら、こんなに怖くはならない。そう考えれば、この落ち着かなさも、悪いものではない気がする。「今日の自分を信じる、か……」昨日、スマホのメモに書いた言葉を思い出す。少し格好つけすぎたかな、と思った。でも。信じるって、「絶対できる」と思い込むことじゃないのかもしれない。分からない問題があっても。焦っても。間違えても。それでも最後まで席に座って、自分なりの答えを書く。その自分を信じること。そっちなら、できそうだった。学校へ続く道の手前で、一度立ち止まる。川からの風が、ネクタイを大きく揺らした。わたしはバッグの肩紐を握り直す。すうっと息を吸う。夏の草の匂い。少し湿った川の匂い。朝の光の温度。遠くから聞こえる車の音。全部を一度、身体の中に入れる。そして、ゆっくり吐く。「よし」誰かに聞かせるためではなく、自分のために言った。試験が始まる。怖い。緊張する。できれば逃げたい。だけど。ここまで来た。だったら、あとは一問ずつでいい。今日のわたしにできることを、今日のわたしの速さで。歩き出す。足元には、木漏れ日が揺れている。光と影が交互に続いて、まるで答え合わせみたいだった。正解の日もある。間違える日もある。うまくいく日も、悔しい日もある。でも、どちらも通らなければ前には進めない。だから今日は、結果を怖がるより、ちゃんと最後までやってこよう。そう思う。自信があるから挑めるんじゃない。怖くても一歩を出せたとき、その一歩があとから自信になる。もう学校はすぐそこだ。青空の下を、わたしはいつもより少しだけゆっくり歩く。焦らなくていい。深呼吸して。解ける問題から、一つずつ。昨日までのわたしが積み重ねた時間を、今日は答案用紙の上に置いてくる。全部できなくてもいい。最後まで諦めなければいい。そう思えたら、さっきまで重かったバッグが、少しだけ頼もしく感じられた。「……行ってきます」誰もいない川沿いで、小さく呟く。川の水面が、朝日にきらりと光った。まるで、大丈夫だよ、と返事をしてくれたみたいだった。だからわたしは、もう一度だけ深呼吸して、試験の待つ学校へ向かって歩き出した。#青春小説#日菜子の日常#試験の日#努力は裏切らない#AIイラスト[ シンク下 伸縮鍋蓋&フライパンスタンド タワー ]山崎実業 tower フライパンスタンド シンク下収納 フライパン収納 キッチン収納 鍋 蓋 なべ 収納 伸縮 3840 3841 フライパン フライパン立て 調理器具 縦 コンロ下 ガスコンロ下 フライパン置き 台所価格:3,960円(税込、送料無料) (2026/9/27時点)楽天で購入
2026/09/27
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頬に、何かが触れていた。やわらかくて、あたたかくて、それなのに絶妙にくすぐったい。夢の中では、それを風だと思っていた。春の終わりみたいな、少しぬるい風。だから、もう少しだけ眠っていようと思った。けれど。「……ん?」もう一度、頬を撫でられる。今度は、鼻の先まで。ふわっ。ふわふわっ。「……ネネ?」片目だけ開けると、朝の光の向こうに白い影があった。わたしの顔のすぐそば。七歳になる白猫のネネが、何食わぬ顔で立っている。そして、わたしの頬に巻きついているのは――。「……しっぽじゃん」犯人は、それだった。カーテンの隙間から入り込んだ朝日が、白い毛を透かしている。毛先の一本一本が金色に光っていて、寝起きのぼんやりした目には少しまぶしい。部屋の中には、洗いたてのシーツの匂い。窓の向こうから聞こえる、遠くの車の音。どこかの家のベランダで鳴いている鳥。まだ今日が本格的に始まる前の、静かな時間。そんなもの全部よりも近くで、ぱたん。ネネのしっぽが、またわたしの頬を撫でた。「……わざとでしょ」返事はない。猫だから当然なのだけれど。でも、耳だけがぴくっと動いた。絶対に聞こえている。わたしは枕に顔を半分埋めたまま、スマホへ手を伸ばした。画面には、少し前に止めたらしい目覚ましの表示。記憶がない。きっと寝ぼけながら止めたのだ。目覚まし時計なら、わたしは強い。鳴った瞬間に止めることもできるし、二度寝するための言い訳だっていくらでも思いつく。あと五分。今日はまだ大丈夫。昨日ちょっと遅かったから。そんなふうに、自分にはびっくりするくらい甘くなれる。なのに。「ネネさん……あと五分」白い顔を見上げる。ネネは目を細めていた。お願いを聞いてくれる顔ではない。「三分」無視。「……一分」やっぱり無視。そういうところ、本当に頑固。もっとも、それを言ったらわたしも人のことは言えない。昔から、決めたことを途中で変えるのが苦手だった。一度「大丈夫」と言ったら、少しくらい苦しくても大丈夫な顔をする。一度「やる」と言ったら、できない自分を認めたくなくて意地になる。昨日だってそうだった。授業で分からなかった問題。家に帰ってから何度もノートを開いた。式を書いて、消して。また書いて。答えを見れば済むのに、「もうちょっとで分かりそう」そう思っているうちに、時計はずいぶん遅い時間を指していた。分からないまま眠るのが、なんだか負けみたいで。結局、答えにはたどり着けなかった。閉じたノートだけが机の上に残っている。朝の光の中で見ると、昨夜よりずっと薄っぺらく見えた。なのに、その数ページに負けた気がしていた自分だけが、妙に大げさに思える。わたしは小さく息を吐いた。「昨日さ……全然できなかったんだよ」もちろん、ネネに言っている。でもたぶん半分は、自分に言っていた。ネネは何も答えない。ただ、わたしのそばで少し体勢を変える。布団が沈んだ。その重みが、不思議なくらい安心する。「なんで分かんないんだろって思って」ぱたん。また、しっぽ。「ちょっと落ち込んだ」ぱたん。「……聞いてる?」ネネはこちらを見ない。昔からそうだ。わたしが泣いていても、心配そうに覗き込んできたりはしない。慰めるように鳴くこともない。少し離れたところに座って、知らん顔をしている。でも、気づけばそばにいる。子猫だった頃からずっと。嬉しいときも。悔しいときも。何も言いたくないときも。わたしの人生のいろんな朝を、この子はたぶん覚えている。あるいは、全部忘れているのかもしれない。猫だから。それでもいい。言葉にしなくても、そこにいてくれるものがある。それだけで、人は案外ちゃんと朝を迎えられる。ネネのしっぽが、また頬を撫でた。今度は逃げなかった。目を閉じたまま、その柔らかさを受け入れる。くすぐったい。でも、あたたかい。その感触に、昨日の悔しさまで少しずつほどけていく気がした。ふと思う。できなかった昨日は、できない自分の証明じゃない。今日もう一度やってみる理由になる。そんなことを、昨夜のわたしに言ってもきっと聞かなかっただろう。悔しい真ん中にいるときって、前向きな言葉ほど遠く聞こえるから。だから、朝まで待てばよかったのかもしれない。夜のわたしに答えを出させなくてもよかった。眠って。朝になって。猫のしっぽに起こされて。それから考えればいい。人生には、そういう問題もあるのだと思う。わたしはゆっくり身体を起こそうとした。するとネネが一歩近づいてきた。「……起きるよ」一歩。「起きますって」さらに一歩。そして。頬に、ふわり。今度はしっぽではなく、ネネの身体そのものが押しつけられた。思わず笑ってしまった。「重いって」ネネは知らん顔。でも、喉の奥から小さな音がする。ごろごろ。ごろごろ。ベッドの上に響くほどではない。耳を澄ませないと聞こえないくらいの、小さな音。その音を聞いた瞬間、ああ、たぶん今日は大丈夫だと思った。何の根拠もない。昨日できなかった問題が急に解ける保証もないし、今日だってきっと失敗くらいする。思い通りにならないこともある。落ち込むかもしれない。それでも。朝はもう来ている。カーテン越しの光は少しずつ強くなり、部屋の白いシーツを淡い橙色に染めていた。ネネの毛は朝日に照らされて、ところどころふわふわと輝いている。わたしは、その背中をそっと撫でた。「あの問題、もう一回やってみようかな」ネネの耳が動いた。「まあ、分かんなかったら聞けばいいか」また、耳が動く。「……それもアリだよね」ずっと、自分でできることが格好いいと思っていた。誰かに聞くより、自分で答えを見つけたかった。頼るのは負けではないと知っているのに、いざ自分のことになると、素直になれない。でも。分からないって言えることも、きっと前へ進む方法のひとつだ。今日、学校へ行ったら聞いてみよう。先生でもいい。友達でもいい。「ここが分からない」たったそれだけ。それを言うだけなのに、昨日までは少し怖かった。決めてしまえば、思ったより簡単だった。ネネがベッドの端に座り直す。役目を終えたみたいな顔をしている。「もしかして、それ言わせるために起こした?」もちろん返事はない。「違うか」わたしは笑った。たぶん、お腹が空いているだけだ。きっと朝ごはん。猫の世界は潔い。昨日の失敗なんて持ち越さないし、明日の不安なんて前借りしない。眠ければ眠る。お腹が空けば起こす。甘えたいときだけ近づいて、満足したらさっさと離れていく。そんな生き方は、人間には少し難しい。でも、少しくらい真似してみてもいいのかもしれない。ベッドから足を下ろす。床の冷たさが、眠っていた身体を目覚めさせる。振り返ると、ネネはもう枕の近くで丸くなり始めていた。「え」わたしは思わず声を出す。「起こしておいて、自分は寝るの?」ネネは目を閉じる。「ずるい」返事はない。窓から入る風がカーテンを揺らした。朝の匂いがする。洗濯物。草木。遠くのパン屋からなのか、ほんの少し甘い香りまで混ざっている気がした。さっきまで眠りの続きを探していた部屋なのに、もうそこには今日が始まっていた。ネネの白いしっぽが、布団の上で一度だけ揺れる。まるで、行ってらっしゃい、と言われたみたいだった。「はいはい」小さく答える。制服に着替える前に、机のノートを開いてみよう。昨日止まったところを、もう一度だけ。解けなくてもいい。今日はちゃんと、「分からない」と言えるから。そう思えただけで、昨日よりほんの少しだけ前へ進んだ気がした。人生を変えるような朝なんて、きっとそう何度も来ない。大きな決意も、劇的な出来事も、特別な言葉もない。ただ猫のしっぽが頬に触れて、眠っていたわたしを起こしただけ。それだけなのに。幸せって、何かがうまくいった日にだけあるんじゃなくて、「もう一回やってみよう」と思えた朝にも、ちゃんとある。ベッドを見る。ネネはもう、完全に夢の中だった。「……おやすみ」そう囁いて、わたしは朝の光の中へ立ち上がった。今日もたぶん、完璧じゃない。だからこそ、ちょっとだけ楽しみだった。#青春小説#日菜子の日常#猫のいる暮らし#朝の小さな幸せ#AIイラスト【クーポンで41%OFF】送料無料 楽天1位 丸いまな板 耐熱 エラストマー まな板 かまぼこ型 D型 抗菌 丸型 柔軟性 洗いやすい 食洗機対応 滑らない 両面利用可 おしゃれ 母の日 ブラック グレー ベージュ価格:1,996円~(税込、送料無料) (2026/9/27時点)楽天で購入
2026/09/27
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夜になると、ようやく自分の輪郭が戻ってくる気がする。昼間はずっと、誰かの言葉や予定や、やらなければいけないことの形に合わせて動いている。学校で交わした何気ない会話、帰り道にふと思い出した失敗、うまく笑えた場面とうまく笑えなかった場面。そういう細かなものをいくつもくっつけたまま一日を終えるから、部屋に戻っても、すぐには「わたし」に戻れない。今日もそうだった。お風呂を済ませて、髪を乾かして、部屋の灯りを少しだけ落としても、肩の奥に小さなこわばりが残っている。窓の外には、夜の街の明かりが遠く瞬いていて、その上に細い月が浮かんでいた。カーテン越しの夜気はやわらかく、机の上に置いた小さなランプの灯りだけが、部屋の中をあたたかく照らしている。ベッドに腰を下ろしたとき、白いシーツが小さく沈んだ。それだけで、やっと今日が終わるのだとわかる。でも、眠る準備はできているはずなのに、気持ちだけがまだ起きたままだった。身体は疲れている。たぶん、ちゃんと。なのに頭の中では、今日のことが静かに反芻されていた。あのとき、ああ言えばよかった。もう少し素直に返せたかもしれない。あの問題、もっと早く気づけたかもしれない。明日はちゃんとしよう。夜は、昼間よりも少しだけ正直だ。昼間は通り過ぎていけたことが、夜になると足を止めてこちらを見る。自分でも忘れたかった小さな引っかかりを、眠る前の静けさが拾い集めてしまう。「考えすぎだよね」誰に聞かせるでもなく呟く。すると隣で、気配が動いた。ネネだった。真っ白な身体をベッドの上に起こして、まだ少し眠そうな顔でこちらを見ている。耳がぴくりと動き、つぎの瞬間、前脚を高く伸ばして、大きくひと伸びをした。背中がきれいな弓のように反って、しっぽの先まで一本の線になる。それを見て、わたしは思わず笑ってしまった。「なに、それ。完璧すぎる」ネネはもちろん答えない。でも、その伸びはあまりにも気持ちよさそうで、見ているだけでこちらまでつられそうになる。わたしも両腕を上げて、頭の上で指を組んだ。背筋をぐっと伸ばす。肩甲骨のあたりがじわっと引っ張られて、胸の奥にたまっていた空気まで少し動く。ふう、と息が漏れた。そのとき初めて、自分が思っていた以上に力んでいたことに気づいた。肩も、背中も、気持ちまで。一日をちゃんと終えるには、まずそれをゆるめないといけないのかもしれない。ネネは伸びを終えると、前脚をそろえて座り直した。けれどまたすぐ、わたしの様子をうかがうように顔を上げる。まるで、ほら、あなたももう一回、と言っているみたいだった。「はいはい、もう一回ね」今度は少し大きく伸びる。夜の部屋は静かだ。遠くで車の走る音がして、しばらくすると消える。カーテンがごくわずかに揺れ、枕元のランプがシーツのしわに影を落とす。洗いたての寝具からは、やさしい石けんの匂いがした。窓の外の月は細く青く、部屋の中のオレンジ色の灯りと混ざって、夜をやわらかくしている。こういう時間が、わたしは好きだ。誰かに何かを見せる必要もなくて、何かに間に合わせる必要もなくて、ただ「今日の終わり」だけが静かにここにある。それなのに、ときどき上手に休めない。眠る直前まで、ちゃんとしていなければいけない気がしてしまう。明日の準備。今日の反省。これからのこと。考えてもすぐ答えが出るわけじゃないのに、考えずにはいられない。たぶん、前向きでいたいからだと思う。立ち止まりたくないし、昨日より少しでもましな自分でいたい。そう願う気持ちは嫌いじゃない。でも、そのせいで休むことまで下手になってしまうのは、少しもったいない。ネネがわたしのすぐ隣まで来て、また伸びをした。今度は両前脚を天井に向かって突き上げるみたいに、のびーっと。白いお腹まで見えて、あまりにも無防備で、あまりにも堂々としていて、わたしは吹き出した。「なにそれ、かわいすぎるんだけど」ネネは目を細めたまま、満足そうにその姿勢をほどいた。たぶん猫は、眠る前に今日を持ち越さない。さっきまで何をしていたかとか、明日何をするかとか、そんなことをきっといちいち考えない。ただ、眠いから眠る。安心できる場所だから身体を預ける。気持ちよく伸びて、それでおしまい。その潔さが、少し羨ましかった。わたしは膝の上に手を置いたまま、しばらくネネを見ていた。やわらかな白い毛並み。すっと上がったひげ。伸びをしたあとの満ち足りた顔。子猫のころからそうだった。ネネは、自分の心地よさに正直だ。甘えたいときだけ近くに来て、放っておいてほしいときはちゃんと距離を取る。ツンデレ、という言葉を当てはめるとたしかにそうだけれど、わたしにはそれ以上に「上手に生きている」ように見える。わたしはネネの背中をそっと撫でた。あたたかい。指の下で、確かな体温がゆっくり動く。「今日もおつかれさま」そう言うと、ネネは振り向きもせず、尻尾の先だけを一度ゆらした。その小さな反応だけで、胸の奥がほどけていく。今日はいろいろあった。すごく大変だったわけじゃない。けれど、どうでもいいとは言えない小さなことが、いくつも心に引っかかっていた。そういう一日は、誰にも見えないところでじわじわ疲れる。頑張った、なんて言うほどでもない。でも、平気、で済ませるには少しだけ重い。そんな曖昧な疲れを、どうやって扱えばいいのかわからないまま夜になることがある。けれど、今はわかる気がした。たぶん、無理に片づけなくていいのだ。きれいに結論を出さなくてもいい。眠る前に必要なのは、今日を完璧に整理することじゃなくて、今日をいったん身体から降ろすことだ。「眠るって、明日のために休むことじゃなくて、今日の自分をちゃんと終わらせてあげることなのかもしれない。」その言葉が、ふっと胸の中に落ちた。わたしはもう一度だけ大きく伸びをした。肩がひらく。背中がゆるむ。息が深くなる。それだけで、さっきまで頭の中にあった細かな反省たちが、少し遠くへ下がっていく。消えたわけではない。でも、今すぐ抱えていなくていいと思える距離になった。小さな突破口って、たぶんこういうものだ。何かが劇的に解決するわけじゃない。明日が急に楽しみになるわけでもない。ただ、今夜はちゃんと眠ってもいい、と自分に許せる。それだけで十分、昨日までと違う。「さぁ寝ましょう、おやすみなさい」口に出してみる。その言葉はネネに向けたもののはずなのに、半分は自分自身に向けていた。もういいよ。今日はここまで。頑張ったかどうかを判定するのは明日でいい。今は眠ろう。ネネはその声を聞くと、ベッドの上でくるりと向きを変え、わたしの隣に丸くなった。さっきまであんなに伸びていたのに、今度は小さな白いかたまりみたいになる。まぶたはもう半分閉じていて、いかにも「準備完了」という顔をしている。「切り替え早いなあ」笑いながら、わたしも布団に入った。シーツはひんやりしていたけれど、すぐに自分の熱でやわらかくなっていく。枕に頭を乗せると、ランプの灯りが少しだけ遠く感じた。ネネの寝息が、すぐそばにある。すう、すう、と規則正しい音。外の夜景は窓の向こうで小さく光り、月は静かにそこに浮かんでいる。今日のことを全部うまくできたわけじゃない。言い足りないことも、やり足りないこともある。たぶん明日も、また迷う。また考えすぎるし、また少し頑固になって、あとからひとりで反省すると思う。それでもいい。一日の終わりに、こうして気持ちも体もゆるめる時間があるなら、また明日を始められる気がする。ネネの白い前脚が、眠ったまま少しだけ伸びた。夢の中でも、のびをしているのかもしれない。わたしは小さく笑って、目を閉じる。「幸せな夜は、特別な出来事じゃなくて、『もう大丈夫』と思える静けさでできている。」明日がどんな日になるかはわからない。でも、今夜はいい夢が見られそうだった。隣で一緒にのびをした白い猫。月の見える窓。やさしい灯り。今日を終えていく自分の呼吸。何気ない夜のひとときが、こんなにも心を満たしてくれるなんて、たぶん昼間のわたしはまだ知らない。だから眠る前に、ちゃんと言っておく。今日も一日、おつかれさま。もう頑張らなくていい。あとは眠るだけ。「おやすみ、ネネ」返事の代わりに、ネネの尻尾の先が布団の上で小さく動いた。それだけで、この夜は十分にやさしかった。いい夢を。おやすみなさい。#青春小説#日菜子#ネネ#おやすみ時間#エモい夜【半額クーポン対象】レース レイヤード テーラードジャケット アウター 長袖 バックスリット入り ポケット付き きれいめ カジュアル 華やか レディース 2026秋冬新作 【aotaw26-2346】【予約販売:10月15日入荷予定順次発送】【送料無料】宅込価格:11,960円(税込、送料無料) (2026/9/26時点)楽天で購入
2026/09/26
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夕方になると、部屋の中の色が少しだけやわらかくなる。昼間はただ白かったカーテンが薄い杏色を含んで、テーブルの木目は飴みたいに艶を持つ。窓の向こうでは、遠くのビルが夕陽に縁取られ、輪郭だけを残して静かに光っている。昼と夜のあいだにだけ現れる、この曖昧な時間がわたしは好きだ。好きだけれど、少しだけ苦手でもある。一日が終わりに近づくと、その日の出来が見えてしまうからだ。今日は何をできたか。何ができなかったか。誰にちゃんと笑えたか。誰に、うまく言葉を返せなかったか。夕方というのは、そういう小さな答え合わせに向いてしまう。ソファの前のローテーブルにマグカップを置いて、わたしは窓の外を見た。空はもう、青よりも橙のほうが多い。雲の端だけが金色に燃えていて、その下に広がる街は、今から少しずつ誰かの「おかえり」で満ちていくのだろうと思う。そのとき、足元で気配が動いた。見下ろすと、ネネがいた。白い毛並みを夕陽に染めながら、背筋をぴんと伸ばして座っている。しっぽを身体の横にきれいに添え、顔だけを少し上げて、まっすぐわたしを見ていた。鳴かない。ただ見つめる。お願いというより、通達に近い視線だった。「ああ……はいはい」思わず笑ってしまう。その目を見ればわかる。これは甘えではない。催促だ。しかも、かなり自信に満ちた催促。今日の分は当然もらえる、という顔をしている。七年いっしょにいて、ネネはますます遠慮を失い、代わりに気品のようなものを手に入れた気がする。ツンデレ、という言葉を人に使うのは少し照れるけれど、ネネにはぴったりだと思う。自分からべたべたはしないくせに、ほしいものはちゃんと視線で取っていく。「おやつですよ、って顔してる」そう言うと、ネネはまばたきをひとつしただけだった。でも、それが肯定に見えるくらいには、わたしはもう猫語に甘い。小皿に丸いおやつをいくつか出す。かり、と軽い音が白い皿に落ちた。ネネの耳が、ぴくりと動く。たったそれだけで、胸のあたりが少しやわらかくなる。人に見せるには小さすぎる変化でも、自分の中ではちゃんと「うれしい」に名前がついている。窓から入る風は、昼の熱をまだ少しだけ抱えていた。それでも、日が傾いたぶんだけやさしい。レースのカーテンがゆっくり揺れ、その向こうで空がひと色ずつ沈んでいく。部屋の隅に置いた観葉植物の葉にも夕陽が触れて、影が床に長く伸びていた。わたしは床にしゃがみ、指先でおやつをひとつつまんだ。ネネはすぐには飛びつかない。まず、じっと見る。それから匂いを確かめるように鼻先を近づけて、ようやく小さく口を開ける。慎重なのか、もったいぶっているのか、その両方なのか。たぶんネネ本人にもわかっていない。「どうぞ」そう言うと、ネネはわたしの指先からおやつを受け取った。かすかに触れた口元は、思ったよりやわらかい。ほんの一瞬のことなのに、その感触だけで、今日一日の余分な力が少し抜ける気がした。今日は、ちょっとだけ疲れていた。何か大きな失敗があったわけではない。ただ、いくつかの小さなことがうまく噛み合わなかった。学校で話そうと思っていたことを言いそびれたり、平気な顔をしたまま少しだけ傷ついたり、自分の中ではちゃんと頑張ったつもりなのに、帰り道になると「もっとできたかもしれない」が増えてしまったり。そんな日は、家に帰ってからも、心だけが制服を脱ぎきれない。部屋着に着替えて、髪をゆるくまとめて、好きなマグカップで飲みものをいれても、まだどこかに外の空気が残っている。自分でもうまく言えないざらつきが、胸の奥に薄く沈んでいる。ネネは二つ目のおやつを待ちながら、またわたしを見上げた。「そんなに真剣な顔しなくても、なくならないよ」言ってみる。けれど、その真剣さが少し羨ましかった。猫はいいな、と思う。ほしいものがはっきりしている。いま食べたい。いま眠りたい。いま撫でてほしい。いまは放っておいてほしい。その輪郭が、とてもきれいだ。人間は、そうはいかない。したいことと、しなければいけないことと、したほうがいいことと、しないほうがいいことが、いつも少しずつ混ざっている。だから、疲れているのに頑張ったり、悲しいのに平気なふりをしたりする。わたしはネネに、もうひとつおやつを差し出した。今度はさっきより少しだけ早く食べた。学習したのか、ただ待ちきれなかったのか。どちらにしても可愛いと思ってしまう自分が悔しい。「甘やかしすぎかな」そうつぶやくと、ネネは答えの代わりに、わたしの膝の近くへ身体を寄せた。ぴたり、とまではいかない。少しだけ近い。その微妙な距離が、いかにもネネらしかった。完全には預けない。でも、遠くへは行かない。そんな不器用な信頼が、胸にしみる。夕焼けが、さらに濃くなっていく。ネネの白い毛並みのふちが光り、横顔がほのかに桃色を帯びていた。部屋の空気には、淹れたての飲みものの香りと、木の床の乾いた匂いと、夕方特有の少し冷えはじめた匂いが混じっている。遠くで救急車の音がして、また静かになる。誰かの生活が続いていて、わたしの生活もそのひとつなのだと思う。ネネの目を見ていると、今日あった細かなことが少し遠くなる。言えなかった一言も。返せなかった笑顔も。うまくできなかったところも。消えるわけではないけれど、それだけが今日の全部じゃないと思える。「満たされるって、何かを成し遂げることじゃなくて、いまここにあるやさしさに気づくことなのかもしれない。」そんな言葉が、ふいに胸の中へ降りてきた。自分で考えたくせに、少しだけ救われる。ネネはおやつを食べ終え、今度はわたしの手の匂いを確かめるように鼻先を寄せた。もうない、とわかると、少しだけ不服そうな顔をして、それから諦めたようにおすわりをした。欲張りだけれど、引き際は案外あっさりしている。「今日はここまでです」わたしがそう言うと、ネネは尻尾を一度だけ床に打った。抗議なのか、了解なのか、よくわからない。「聞こえてます、ってことにしておこう」そう言って、わたしは笑った。笑うつもりなんてなかったのに、笑っていた。たぶん、こういう時間がごほうびなのだと思う。何か特別なことを成し遂げたから与えられるものじゃなくて、ちゃんと今日を終えるために、生活の中に最初から置かれている小さな救い。わたしは、自分に厳しいところがある。もっと頑張れたはず。もっと気の利いたことが言えたはず。もっとちゃんとできたはず。その「もっと」は、たいてい夕方に濃くなる。夕焼けは綺麗なのに、その色に照らされると、自分の足りなさまでやさしく見えてしまうから困る。でも、ネネを見ていると、その「もっと」が少し静かになる。猫は、今日の自分を反省しない。昨日の自分と比べたりもしない。ただ、今の心地よさに正直でいる。それは無責任とは少し違って、ちゃんと生きるための知恵みたいに思える。今日のわたしも、少しくらいそうしていいのかもしれない。全部を完璧に終えられなくてもいい。言いそびれたことは、また今度でもいい。少し傷ついたなら、ちゃんと少し休めばいい。そう思えたとき、胸の奥のこわばりがほどけた。小さな突破口なんて、案外こういう形で来る。大きな決意でもなく、劇的な出来事でもなく、夕方の部屋で白い猫におやつをあげながら、ふっと自分を許せるようになる。それだけのことなのに、たしかに昨日までとは違う。ネネは満足したのか、そのまま前脚をそろえて座り、今度は窓の外を見ていた。夕焼けの最後の光が、瞳の奥に小さく映っている。わたしもその隣に座って、しばらく何も言わずに同じ景色を見た。こういう沈黙なら、いくらでもいられると思う。話さなくても、埋めなくても、急がなくてもいい時間。夕方の空は、少しずつ紫に近づいていく。昼の名残を残した雲が、ゆっくり色を失っていく。部屋の中の明るさも、外に合わせて静かに薄くなる。そろそろ灯りをつけようかな、と思いながら、まだ少しだけこの半端な明るさに浸っていたかった。何気ない夕方のひとときが、いちばん心を満たしてくれる。その意味が、今日は少しだけわかる。誰かに褒められたわけでもなく、何かを手に入れたわけでもなく、ただ猫と向き合って、おやつを分け合って、夕焼けを見ている。それだけの時間が、自分の中のささくれをちゃんとなだめてくれる。たぶん、しあわせは派手じゃない。光る賞状みたいな形では来なくて、こんなふうに静かな顔をして、いつもの部屋に座っているのだと思う。わたしはネネの背中をそっと撫でた。白い毛が、指のあいだをすべる。ネネは少しだけ目を細めた。それだけで十分だった。「何でもない時間に救われた日は、それだけで、その日を好きになれる。」明日もきっと、うまくいかないことはある。言いすぎてしまう日もあるし、言えないまま終わる日もある。頑張りたいのに頑張れない日だって、たぶんまた来る。それでも、今日みたいな夕方があるなら大丈夫だと思える。おやつですよ、と声をかけること。じっと見つめる瞳に負けること。甘やかしたつもりで、結局は自分のほうが満たされていること。そういう小さな反復が、わたしの毎日をやわらかくつないでいく。窓の外で、最後の光がゆっくり沈んだ。そろそろ夜が来る。わたしは立ち上がり、部屋の灯りをつける。ふわっと広がった明るさの中で、ネネは何事もなかったような顔で座っていた。ごほうびタイムを当然の権利として受け取り、もう次のくつろぎへ向かう顔だった。「また明日も、いるんでしょう?」そう尋ねると、ネネは小さくあくびをした。その気ままさが、たまらなく愛しい。わたしはマグカップを手に取り、もう一度だけ夕焼けの余韻が残る窓を見た。今日という日は、たぶん完璧じゃなかった。でも、悪くなかった。むしろ、こういう終わり方ができたなら、かなりいい一日だったのかもしれない。何気ない夕方のひとときが、今日のわたしをちゃんと明日へ運んでくれる。そう思いながら、わたしはネネに向かって小さく笑った。「ごちそうさま。……わたしのほうが、ね」#青春小説#日菜子#ネネ#猫のいる暮らし#エモい夕暮れ74%OFF!【期間限定:999円〜1,499円!】【年間ランキング4位】 ルームウェア さらてろリブ セットアップ 上下セット 長袖 ウエストゴム ハイウエスト 腹巻 ワンマイルウェア 部屋着 【秋さらルームウェア上下セット】 長袖/ロンパン/FREE/ピンクがページ内最安価格:999円~(税込、送料無料) (2026/9/26時点)楽天で購入
2026/09/26
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暑さには、音があると思う。窓の外から聞こえる蝉の声。遠くを走る車のタイヤが、熱を持った道路をなぞる音。風に揺れたカーテンが、かすかに布をこする音。そして、その全部の隙間を埋めるような、夏の静けさ。昼前から部屋の温度はじわじわと上がっていた。窓は開けている。白いカーテンも、ときどきふわっと膨らむ。なのに風は気まぐれで、入ってきたと思ったら、すぐにどこかへ行ってしまう。「暑い……」誰に聞かせるでもなく、そう呟いた。朝から少しだけ勉強して、本を読んで、途中で机の上を片づけて。本当はもう少しやりたいことがあった。今日のうちに終わらせておきたいこと。できれば午後から始めたいこと。頭の中では、いくつもの予定がまだ順番を待っている。でも身体のほうは、とっくに休憩したがっていた。冷たい飲み物を手にしても、すぐにグラスの表面には水滴が浮かぶ。その雫がひとつ、ふたつ、木のテーブルへ落ちていくのを眺めながら、今日はもう、そんなに頑張らなくてもいいんじゃない?と、自分の中の誰かが囁いた。けれど、そう簡単に休めないのが、わたしの面倒なところだ。やると決めたことは、できるだけやりたい。途中でやめると、負けたような気がする。誰と競っているわけでもないのに。たぶん、自分自身と。そんなことを考えていたら、お腹が小さく鳴った。そこでようやく、朝からあまりちゃんと食べていなかったことを思い出した。「……お昼にしよ」立ち上がった瞬間、それまで椅子の上で丸くなっていたネネが、片目だけ開けた。白い身体をきれいに丸めて、尻尾で鼻先を隠している。「ネネはそこで寝てていいよ」言うと、聞いているのかいないのか、また目を閉じた。こういうところがネネらしい。必要なときだけ反応する。無駄に付き合わない。七年も一緒にいるのに、わたしはいまだに、この潔さを少し羨ましく思っている。冷蔵庫を開けて、すぐに決めた。素麺。こういう日は、それ以外考えられなかった。鍋にお湯を沸かす。ぐらぐらとした水面に細い麺を落とすと、白い束が一瞬でほどけていく。菜箸で軽く混ぜる。湯気が顔に当たる。ただでさえ暑いのに、台所だけさらに夏が濃くなったみたいだった。「暑っ……」思わず一歩下がる。でも、不思議と嫌じゃない。もうすぐ冷たいものが食べられると思えば、この暑ささえ少しだけ我慢できる。茹で上がった素麺をざるへ移し、冷たい水でしっかり締める。指先に触れる麺が、さっきまで熱湯の中にいたとは思えないくらい冷たい。氷を浮かべた透明な器へ盛ると、白い麺が水の中で柔らかく揺れた。ねぎ。しょうが。みょうが。薬味を小さな器に分ける。最後にめんつゆを用意して、テーブルへ運んだ。窓辺から光が差している。透明なガラスの器の中で、氷がきらきら光っていた。その隣でネネは、まだ眠っている。椅子の上を完全に自分の場所にして、前脚まできれいにしまい込んでいる。「夏は素麺だよね」言ってみる。もちろん返事はない。でも、少しだけ耳が動いた。それだけで十分だった。箸で麺を持ち上げる。細い白が、何本も光を反射する。つゆにつけて、ひと口。冷たい。喉を通る瞬間、身体の内側に小さな風が吹いたみたいだった。思わず肩の力が抜ける。「……おいしい」さっきまでまとわりついていた暑さが、一瞬だけ遠ざかった。しょうがの香り。ねぎの青い匂い。つゆの少し甘い味。氷が器の中で、からん、と鳴った。また一口。今度は少し多めに。つるっと喉へ落ちていく。わたしはその冷たさを味わいながら、ふと思った。元気になるって、もっと大げさなものだと思っていた。悩みが全部消えるとか。やる気が突然戻ってくるとか。何かのきっかけで、一気に前向きになれるとか。でも、本当は違うのかもしれない。冷たい素麺をひと口食べて、少し涼しくなって、おいしい、と思う。たったそれだけでも、人は少し元気になれる。「立ち直るって、前より強くなることじゃなくて、もう一度『おいしい』と思えることなのかもしれない。」そんな言葉が、ふいに心の中へ落ちてきた。わたしは箸を止めた。窓の外では、木の葉が光っている。夏の昼。何も特別なことは起きていない。わたしは家の中で素麺を食べている。隣では猫が寝ている。ただそれだけ。なのに、さっきまで少し重かった気持ちが、いつの間にか軽くなっていた。ネネが身体を少し動かした。ゆっくりと目を開ける。眠そうな顔で、わたしを見る。「起きた?」ネネは欠伸をひとつした。大きく口を開けたあと、また前脚の上に顎を乗せる。「いいね、自由で」笑いながら言う。ネネはたぶん、自由だとか休むとか、そんなことすら考えていない。眠ければ寝る。暑ければ涼しい場所へ移動する。お腹が空けば、わたしを見る。それだけ。人間は、どうして休むことに理由が必要なんだろう。疲れたから。暑いから。今日は頑張ったから。明日また頑張るから。そうやって言い訳をひとつ用意しないと、自分を休ませられないことがある。でも本当は、休みたい。それだけで十分なのかもしれない。箸を置き、冷たいお茶をひと口飲む。グラスの氷が、ころんと転がった。窓から風が入ってきた。今度はさっきより少し長い。カーテンが大きく膨らみ、部屋の空気をゆっくり動かしていく。汗ばんでいた首筋に風が触れた。気持ちいい。思わず目を閉じる。その瞬間、今日このあと予定していたことを、ひとつやめることにした。午後からもう一度勉強しようと思っていた。机の上に戻って、あと何ページか進めようと思っていた。でも今日は、ここまでにする。もちろん、やろうと思えばできる。わたしはたぶん、頑張ればやる。だからこそ、やらない。そう決めることのほうが、わたしには少し難しかった。「今日は、休もうかな」声にすると、少しだけ罪悪感があった。でも続けて、「うん、休もう」もう一度言ってみた。今度は少し自然だった。ネネが、ちらりとわたしを見る。「なに。その顔」尻尾の先が、ほんの少し揺れた。まるで、やっと気づいたの?と言われたみたいだった。「はいはい。ネネ先生はいつも正しいですね」ネネは目を閉じる。たぶん褒められたことにも興味がない。わたしはまた笑って、残っている素麺を箸ですくった。つるり。冷たい麺が喉を通る。さっきより、もっとおいしく感じた。予定をひとつ減らしただけで、時間が急に広くなった気がする。食べ終わったら、少し本を読もう。眠くなったら昼寝してもいい。音楽を聴いてもいい。何もしなくてもいい。そんなことを考えていると、胸の奥に空間ができる。未来のために頑張ることは、もちろん大切だ。でも、未来のために今日を全部使ってしまったら、少しもったいない。今日には今日の風がある。今日しかない光がある。今日の素麺の冷たさがある。そして、今日のネネの寝顔がある。同じ夏の日は、たぶんもう二度と来ない。そう思ったら、少しだけ切なくなった。十七歳の夏。なんて言うと大げさだけど、いつか振り返れば、たぶん全部が「昔」になる。このテーブルも。窓辺の光も。白いカーテンも。椅子の上で眠るネネも。だからこそ、急ぎすぎなくていいのかもしれない。思い出は、忙しい時間より、何もしなかった時間のほうに残ることがある。夏休みの午後。氷の音。風の匂い。猫の寝息。そんな、名前もつかない瞬間。食べ終わった器には、少し溶けた氷だけが残った。わたしはめんつゆを飲み干して、箸を置いた。「ごちそうさま」ネネの耳が、また少しだけ動く。外では蝉が鳴いている。さっきまでうるさいと思っていたのに、今はそれさえ夏らしい音に聞こえた。わたしは椅子の背にもたれて、窓の向こうを見る。青い空。揺れる緑。白く光る雲。何かをしなくちゃ、という気持ちは、もう少し遠くにいた。「休んだ時間は、止まっていた時間じゃない。自分の速さを取り戻していた時間だ。」たぶん、頑張ることはこれからもやめられない。そういう性格だから。無理しないで、と言われても、あと少しだけ、と思ってしまう。それでも今日は覚えておこうと思う。暑い日に食べた、冷たい素麺。窓から入ってきた風。隣で眠る白い猫。そして、今日はここまででいい、と自分に言えたこと。ネネの寝息が小さく聞こえる。すう。すう。それに合わせるみたいに、わたしもゆっくり息をする。夏は素麺。そして夏は、少し力を抜く季節でもいい。頑張りすぎず。涼しく。おいしく。たまには何もしない午後まで、ちゃんと味わいながら。きっとそういう日があるから、また次の日に歩いていける。わたしはもう一度、窓から入る風に目を細めた。今日はこれでいい。むしろ、今日くらいは、これがいい。#青春小説#日菜子#ネネ#夏のひととき#何気ない幸せにらめっこ猫マグ マグカップ マグ コーヒーカップ 陶製 黒猫 三毛猫 DECOLE デコレ ねこ ネコ 猫雑貨 猫グッズ 猫柄 癒し かわいい おしゃれ オフィス 自宅 プレゼント ギフト価格:2,178円(税込、送料無料) (2026/9/26時点)楽天で購入
2026/09/26
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机に向かっているのに、なぜだか気持ちだけが少し遅れていた。ノートを開き、シャープペンを持って、教科書のページもちゃんと決めているのに、頭の中だけが机の外にある。窓から差し込む朝の光。カーテンの向こうで揺れる木の葉。壁に貼った小さな写真やメモ。やらなきゃいけないこととは関係のないものばかりが、今日は妙に目についた。たぶん、逃げたいのだと思う。試験勉強から。そう気づくと、少しだけ苦笑いがこぼれた。やりたいことなら、山ほどある。好きな音楽を流してぼんやりしたいし、読みかけの小説の続きも気になるし、友達とのメッセージも返したい。部屋の片づけだって、こういう日に限って急にしたくなる。人はどうして、やらなきゃいけないことの前に立つと、それ以外のことを全部魅力的に見せてしまうのだろう。けれど机の上には、開いた問題集と、書きかけのノートと、付箋だらけの教科書がある。ページの余白には、昨日のわたしが残した小さな字が並んでいた。ここ大事。あとで見直す。苦手。もう一回。昨日のわたしは、ちゃんと今日のわたしのために道を残してくれていたらしい。マグカップからは、少しぬるくなりはじめたコーヒーの匂いが立っている。やわらかい苦みのある香りが、木の机の匂いと混ざり合って、部屋の空気を静かに満たしていた。口をつけると、もう熱くはない。でも、その中途半端な温度が、かえって今のわたしにはちょうどよかった。ふと左を見る。ネネが、机の隣で丸くなって眠っていた。白い毛並みは朝の光を吸い込んだみたいに明るくて、耳の先だけがうっすら桃色に透けている。前脚をきれいにしまい込んで、尻尾を身体に沿わせて、小さな寝息を立てていた。眠っているだけなのに、そこだけ時間の流れ方が違うみたいだった。「いいなあ、ネネは」小さくつぶやく。もちろん返事はない。でも、その返事のなさがいい。猫は、励ましもしないし、急かしもしない。頑張ってね、なんて言わないし、まだ終わらないの、なんて責めたりもしない。ただ、自分の安心できる場所で眠っているだけだ。そのくせ、不思議と人の心を整えてしまう。シャープペンの先をノートに落とす。かり、と小さな音がした。続けて、かり、かり、かり。静かな部屋には、その音が思ったよりもはっきり響く。時計の秒針の音は聞こえないのに、紙をこする音だけが、今ここにいるわたしを証明してくれる。一問だけ解く。次に、もう一問。たったそれだけのことなのに、最初の一行に入るまでがいちばん遠い。海に入る前の水が冷たそうに見えるみたいに、始める前の勉強はいつも少し怖い。できなかったらどうしよう、思ったより覚えていなかったらどうしよう、時間が足りなかったらどうしよう。そんな「どうしよう」が、問題を解く前からノートの上に座り込んでいる。わたしはシャープペンを持ったまま、少しだけ指先に力を込めた。やるしかない。それは前向きな決意というより、観念に近かったかもしれない。でも、観念の先にしか見えない景色もある気がした。ネネが、寝返りともつかない小さな動きをした。白い背中が、ふわりと上下する。窓から入る風がその毛先をそっと揺らし、机の端に置いた付箋を一枚だけめくった。部屋は静かだった。本棚に並んだ背表紙。壁の写真。観葉植物の葉の影。机の上に散らばる色とりどりの付箋。どれもずっとここにあるものなのに、今日は少しだけ意味が違って見える。勉強をしている朝の部屋は、外の世界から少し切り離された船みたいだと思う。遠くへ行くためじゃなく、目の前の一ページを渡り切るための、小さな船。問題集の文字を追いながら、わたしは昨夜の自分を思い出していた。眠る前、明日はちゃんとやろうと決めた。あれもこれもと予定を立てて、全部こなせる気になっていた。でも朝になると、その立派な予定表の前で、わたしは簡単に弱くなる。たぶん、未来の自分を信じすぎてしまうのだ。明日のわたしなら、もっと上手にやれるはず。もっと集中できるはず。もっと迷わないはず。そうやって「明日のわたし」に期待を預けてばかりいると、今日のわたしはいつまでも頼りないままになる。けれど、ほんとうは逆なのだと思う。明日を助けるのは、今日のわたししかいない。そのことに気づくまで、ずいぶん時間がかかった。わたしはノートの端に、小さく一文を書いた。「頑張る日は、遠くを見るより、目の前の一行に戻るほうがいい。」少し大げさかな、と思った。でも今のわたしには必要な言葉だった。目標とか夢とか、そういう大きなものに支えられる日もある。だけど、今日みたいに心が散らかっている日は、大きなことを考えるほど苦しくなる。ただ一ページ、ただ一問、ただ一行。そうやって自分を小さく区切っていくほうが、案外ちゃんと前へ進める。コーヒーをひと口飲む。少し冷めた液体が喉を通り、胸の奥まで静かに落ちていく。窓辺の光は、さっきよりも濃くなっていた。机の上に伸びる影の角度が変わり、ノートの罫線をなぞるように細い光が差し込む。ネネはまだ眠っている。あんなに近くで眠られると、つい一緒にうとうとしてしまいそうになる。白くてやわらかいかたまりが、安心そのものみたいな顔で目を閉じているのだ。誘惑といえば、たしかにそうなのかもしれない。少しだけ手を止めて、その背中を撫でたくなる。眠気に負けて、わたしも机に突っ伏したくなる。でも、その静けさがあるからこそ、集中できる気もした。人の「がんばる」は、いつも熱くて、きらきらしたものだと思っていた。気合いを入れて、歯を食いしばって、何かを乗り越えるみたいな。でも実際の努力って、もっと地味で、もっと静かだ。誰にも見えない部屋で、朝の光の中、眠る猫の隣で、ただ一文字ずつ書いていく。それだけのことだったりする。その地味さに、少し救われた。ドラマみたいな瞬間がなくても、ちゃんと積み重なっていくものはある。むしろ、そういう何でもない時間の中でしか育たないもののほうが、多いのかもしれない。次の問題に取りかかったところで、少し手が止まった。わからない。見たことはあるのに、思い出せない。喉まで出かかっているのに、名前が出てこないみたいなもどかしさ。わたしは眉を寄せて、何度か教科書を見返した。焦ると余計に頭が固くなる。「なんでこれ、昨日はわかった気がしたのに」声に出すと、独り言は思ったより弱々しく響いた。そのとき、ネネがゆっくりと目を開けた。半分だけ眠ったような顔でこちらを見て、すぐまた目を細める。何も言わない。もちろん答えなんてくれない。ただ、そこにいるだけだ。なのにわたしは、その視線だけで少し落ち着いた。深呼吸をする。大丈夫。わからないなら、戻ればいい。できないところがあるなら、そこを見つけた今日のわたしは、何もしていないわけじゃない。進めなかったんじゃなくて、ちゃんとつまずいた場所を知れたのだと思えばいい。わたしは教科書の前のページまで戻った。付箋をめくり、線を引いたところを読み返す。ノートの余白に、自分の言葉でもう一度整理してみる。すると、さっきまで固かったものが、少しずつほどけていった。ああ、そうか。小さく息をつく。わかった瞬間の安心は、派手じゃない。花火みたいではなくて、電気スタンドをつけたときの明るさに似ている。暗かった場所が、ようやく見えるようになるだけ。でも、それだけで十分うれしい。そのうれしさを噛みしめながら、わたしはもう一度ノートに向かった。ここで、少しだけ決めたことがある。今日は完璧を目指さない。全部を終わらせようとしない。目の前のページを一つずつやる。集中できない時間があっても責めない。疲れたら休む。コーヒーが冷めたら淹れ直す。ネネが起きたら、少し撫でる。そうやって、勉強する自分をちゃんと雑に扱わないことにした。努力は、自分を追い詰めるためのものじゃない。明日の自分を、少し安心させるためのものだ。そう思えたら、机の前の景色が少し変わった。問題集は敵じゃない。ただ、越えていくための階段だ。高く見えても、一段ずつなら登れる。ネネだって、きっとそうやってお気に入りの場所へ上がっていく。ひらりと見えるけれど、ちゃんと足場を選んでいるのを、わたしは知っている。気づけば、さっきより何ページか進んでいた。朝の光は昼へ向かいはじめていて、マグカップのふちには薄くコーヒーの跡が残っている。壁の写真も、本棚も、植物も、同じ場所にある。変わったのは景色じゃなくて、たぶんわたしの気持ちのほうだ。ネネは再び眠っていた。白い背中はやわらかく丸く、何ひとつ急がない顔をしている。わたしはその姿を見て、少しだけ笑う。「もうちょっと頑張るね」返事はない。でも、その返事のなさが、いちばんやさしい肯定に思えた。たぶん明日も、わたしは不安になる。ちゃんとできるかな、間に合うかな、足りているかなって、また考えると思う。人はそう簡単には強くなれないし、一度うまくいったからといって、ずっと平気になれるわけでもない。それでも、今日の朝を覚えていたい。光の差す机。紙をこする音。少し冷めたコーヒー。眠るネネの白さ。そして、やりたいことが山ほどあるなかで、それでも一ページに向かったわたしのことを。「今日の努力は、明日の安心をつくる。だから小さくても、ちゃんと意味がある。」そう心の中で言ってから、わたしはもう一度ペンを握り直した。未来はまだ名前のないまま遠くにあるけれど、その輪郭を少しずつ描いていくのは、きっとこういう時間なのだと思う。誰にも見えない部屋の中で、静かに積み重ねたものが、あとからわたしを支えてくれる。窓の外で風が揺れた。ページをめくる。ネネは眠ったまま。わたしは書き続ける。今日の努力が、明日の安心になりますように。その願いは誰かに聞かせるためのものじゃなく、いま机に向かっている自分へそっと置いておく、小さなお守りみたいな言葉だった。#青春小説#日菜子#ネネ#試験勉強#エモい日常Strange Park ストレンジパーク コットン 猫 刺繍 ローキャップ /レディース メンズ 男女兼用 キャップ 帽子 CAP ベースボールキャップ かわいい 可愛い おしゃれ オシャレ 女性 男性 無地 シンプル 綿 春 夏 秋 冬 58cm ブランド 猫グッズ 白猫 黒猫 ねこ ネコ 白 黒/価格:2,420円(税込、送料別) (2026/9/26時点)楽天で購入
2026/09/26
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朝、部屋の空気がいつもより少しだけ静かだった。目が覚めて、カーテンの隙間から差し込む光を見たとき、もう朝はだいぶ進んでいるのだとわかった。やわらかな白い光が床の木目をなぞり、本棚の角やベッドの脚を薄く照らしている。窓際の鉢植えの葉が、風もないのにわずかに揺れて見えるのは、たぶん眠気の名残だ。起き上がっても、すぐには動けなかった。頭の中に、今日やるべきことが曖昧な輪郭のままいくつも浮かんでいたからだ。提出しなければいけない課題、返さなければいけないメッセージ、昨日うまく言えなかったことの続きを、今日こそちゃんと、と思う気持ち。朝はまだ何も始まっていないはずなのに、どうしてこんなに少しだけ遅れているような気分になるのだろう。そんなわたしを、じっと見ている視線があった。振り向くと、ネネがいた。白いしっぽをゆっくり立てて、ベッドのそばに立っている。鳴きもしない。ただ、まっすぐこちらを見ている。目を細めることも、すり寄ってくることもしない。そのかわり、圧だけがすごい。「……おはよう」言ってみても、ネネはまばたきをひとつしただけだった。その顔が、あまりにも真剣で、少し笑ってしまう。朝からずっと待っていたのだろう。たぶんわたしが目を覚ますずっと前から、気配だけで起きるのを察して、静かに順番を待っていたのだと思う。そういうところがネネらしい。甘えるようでいて、甘えすぎない。要求はするけれど、媚びない。典型的なツンデレ、という言葉はきっとこういう猫のためにある。「お待たせしました」そう言うと、ネネはようやくくるりと背を向けた。ついてきて、というより、遅れないでね、と言われたような歩き方だった。部屋のラグの上にしゃがみこみ、器にカリカリを入れる。さらさらと乾いた音が白い陶器の底に落ちていく。朝の静けさの中では、その小さな音さえ妙に澄んで聞こえる。袋を開けたときにふわっと立つ香りは、人間にとってはそこまで魅力的ではないのに、ネネはすぐに鼻先を近づけて、確信に満ちた顔をする。やっぱりこれが好きなんだ、と思う。わたしが器を差し出すと、ネネは一歩前に出て、それから一瞬だけわたしを見た。まるで確認するみたいに。本当に食べていいのか、じゃなくて、本当に今ちゃんと自分の番が来たのか、を見ている気がした。「どうぞ」そのひと言で、ネネはようやく食べ始めた。かり、かり、という小さな音が続く。規則正しく、急ぎすぎず、でも迷いなく。日の当たる床に白い毛並みが溶けそうで、しゃがんだまま見ていると、胸の奥のざわつきが少しずつ静まっていく。不思議だと思う。さっきまで、わたしの頭の中は「今日やるべきこと」でいっぱいだったのに、いま目の前にあるのは、ただ朝ごはんを食べるネネだけだ。たったそれだけのことなのに、見ているうちに、世界の速度が少しゆるむ。ネネの背中に光が当たっている。窓から入り込む朝日が、白い毛の先を透かし、耳のふちを薄い桃色に染めている。部屋の隅に置いた本棚からは紙の匂いがして、洗いたてのシーツにはまだ柔軟剤のやさしい香りが残っていた。裸足の足裏にはラグのざらりとした感触があって、それが現実に自分をつなぎとめてくれる。最近、わたしは「ちゃんとしなきゃ」と思うことが増えた。ちゃんと起きる。ちゃんと考える。ちゃんと答える。ちゃんと学校へ行って、ちゃんと笑って、ちゃんと前を向く。誰に言われたわけでもないのに、勝手に増えていく「ちゃんと」は、気づくと一日の最初から肩に乗っている。でもネネは、そんなものをひとつも持っていない。お腹が空いたら待つ。眠ければ眠る。嫌なことは嫌な顔をするし、うれしいことはわざわざ言葉にしない。生きることに、余計な説明がない。少しだけ羨ましい、と思うことがある。ネネが食べる姿を見ながら、わたしは自分の膝を抱えた。そういえば、わたしもまだ朝ごはんを食べていない。お腹が空いているのかどうかも、よくわからないくらい、気持ちのほうが先に散らかっていた。「ちゃんと食べて、ちゃんと満たされるって、大事なんだよね」独り言のようにこぼすと、ネネは食べるのをやめずに、しっぽの先だけ動かした。たぶん意味はわかっていない。けれど、その無関心さがかえって救いになるときがある。励まそうとされると、余計に苦しくなる朝もあるから。大丈夫、と言われるより、ただ隣でごはんを食べていてくれるほうが、ずっと安心することもある。かり、かり、かり。一定の音を聞いているうちに、わたしの中にひとつの言葉が浮かんだ。「待たせてしまったものほど、大切にしたい気持ちは本物なのかもしれない」その言葉は、自分でも少し意外だった。ネネの朝ごはんのことだけじゃない。返せていない言葉とか、素直になれなかった気持ちとか、あとでいいやと後回しにしてきた自分自身のこととか。待たせてしまったものは、たぶん、どうでもよかったものじゃない。むしろ大切すぎて、ちゃんと向き合うのが少し怖かっただけだ。ネネが顔を上げる。口元に少しだけ残った気配を、ぺろりと舌で片づける。その仕草が、なんだか得意げで、わたしはまた笑ってしまう。「満足しましたか」問いかけると、ネネは答えのかわりにわたしの膝へ身体を寄せた。ほんの一瞬、白い背中が触れる。甘えるのは一瞬だけ。それ以上は許さない、というようにすぐ離れる。そのくせ、わたしの近くにはいる。そういう距離の取り方が、いかにもネネらしい。わたしはそっとその背を撫でた。さらりとした毛並みの下に、確かな体温がある。生きている温度だ、と思う。あたりまえみたいにここにいて、あたりまえみたいに朝を欲しがって、あたりまえみたいに今日を始めている。そのことが、どうしてだか急にまぶしかった。わたしは何か大きなことをしないと、ちゃんと進んでいない気がしていた。目に見える答えを出せない日は、立ち止まっている気がしていた。でも、本当はそうじゃないのかもしれない。起きて、光を見て、誰かにごはんをあげて、自分も少し笑って、今日を始める。それだけでも、十分に前へ進んでいるのかもしれない。そう思えた瞬間、胸の奥で何かが静かにほどけた。劇的なことなんて何もない。決意と呼ぶには小さすぎる変化だった。けれど、わたしにはそれで十分だった。まずは自分も何か食べよう、と思った。後回しにしないで、ちゃんと自分の空腹にも気づこう。課題のことも、返事のことも、そのあとでいい。全部を一度にきれいにしようとしなくていい。朝には朝の順番がある。ネネがごはんを待っていたみたいに、わたしの中にも、ずっと待たせていたものがある。元気とか、安心とか、少しの余裕とか。そういうものを置き去りにしたまま、前にだけ進こうとしても、たぶん息が続かない。「わたしも、ごはんにしようかな」そう言うと、ネネは関心があるのかないのか微妙な顔で、窓辺の光の中へ移動した。満腹になったあとの猫特有の、あの少しだけ世界に優しい顔をしている。勝手だな、と思う。でも、その勝手さに何度助けられたかわからない。朝の部屋は、さっきより少し明るくなっていた。ベッドの白いシーツ、本棚の背表紙、木の床、観葉植物の葉先。どれもありふれているのに、見ようとするとちゃんときれいだ。ネネが食べた器の底には、もう何も残っていない。見事なくらい完璧だ。わたしは器を持って立ち上がる。足元でネネがひと鳴きした。高くも低くもない、ごく短い声。催促ではなく、報告みたいな声だった。「はいはい、聞いてるよ」言いながら振り返ると、ネネはもう何事もなかったような顔で座っていた。朝からあれだけ視線で圧をかけていたくせに、目的を果たしたら平然としている。ずるい。でも、そのずるさまで愛おしい。わたしは小さく息を吐く。今日はきっと、特別な日にはならない。学校へ行って、授業を受けて、友達と話して、帰ってくる。そんなふうに、たぶん普通の一日だ。けれど、普通の一日のはじまりに、こんな時間があることを忘れたくないと思った。「満たされることは、怠けることじゃない。明日へ行くための、ちゃんとした準備だ」その言葉を、今度はもう少しはっきり心の中で言う。ネネは窓の光の中で目を細めている。わたしはそんな背中を見ながら、ようやく自分の朝を取り戻した気がした。お待たせしました、と差し出した小さな器ひとつで、救われる朝がある。待っていたのは、ネネだけじゃなかったのかもしれない。ちゃんと満たされて、ちゃんと機嫌よく今日を始めたいと願っていたのは、ほんとうはわたしのほうだった。だから、たぶんこれでいい。急ぎすぎないこと。置いていかないこと。いちばん近くにあるぬくもりを、ちゃんと見ること。それだけで、朝は少しやさしくなる。ネネはもう次の眠りの準備をしているみたいに、前脚をそろえて座っていた。わたしはそんな姿に向かって、少しだけ背筋を伸ばす。今日もちゃんと食べて、ちゃんと満たされて、ごきげんな一日になりますように。それはネネに向けた願いであり、たぶんそのまま、わたし自身への願いでもあった。ハッシュタグ#青春小説#日菜子#ネネ#猫のいる暮らし#エモい朝[6%クーポン] マットレス 高反発 シングル 三つ折りマットレス 敷布団 敷き布団 三つ折り 高反発マットレス セミダブル ダブル 極厚10cm 3つ折り 消臭 メッシュ生地 ベッドマットレス シングルマットレス セミダブルマットレス価格:3,980円~(税込、送料無料) (2026/9/25時点)楽天で購入
2026/09/25
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午前七時四十五分。目を開けた瞬間、いつもより天井が近い気がした。正確には、天井が近いんじゃない。わたしがベッドの端っこまで追いやられていた。頬の下には、枕ではなく、少しくしゃくしゃになった布団。肩には朝の冷たい空気が触れていて、片方の腕は行き場をなくしたまま身体の横に挟まっている。「……ん?」まだ半分眠ったまま顔を上げる。カーテンの隙間から差し込む朝日が、白いシーツの上に細長い光を落としていた。その光の真ん中。わたしの枕を堂々と占領して、ネネが寝ていた。真っ白なお腹を上にして、前脚を胸の前にちょこんと置き、後ろ脚まで好き放題に投げ出している。警戒心という言葉をどこかへ置き忘れたような寝姿だった。「……そこ、わたしの場所なんだけど」小声で言ってみる。もちろん返事はない。代わりに、ネネの鼻が小さく動いた。すう。すう。一定の間隔で上下するお腹。柔らかな毛に朝日が当たるたび、一本一本が金色に透けて見える。枕の真ん中には、わたしではなくネネの頭。しかも、かなり気持ちよさそうだ。「おはよう……枕取られてる」思わず笑ってしまった。ネネと暮らして七年。子猫だったころは、わたしの胸元に潜り込んで眠っていた。小さすぎて、寝返りを打つのも怖かったことを覚えている。夜中に何度も目を覚ましては、ちゃんと息をしているかな、苦しくないかな、なんて確かめていた。それが今ではどうだろう。ベッドの中央は自分のもの。枕も自分のもの。布団だって、気に入れば自分のもの。わたしは端っこ。たぶん昨夜は普通に枕を使って眠ったはずなのに、いつ、どうやってここまで追い詰められたのか、まったく記憶がない。ネネは寝ているだけで、領土を拡大する才能があるらしい。窓の外から、遠くを走る車の音が聞こえた。どこかの部屋で窓を開ける音。鳥の鳴き声。街はもう、少しずつ今日を始めている。わたしも起きなくちゃ。そう思って時計を見る。七時四十五分。あと十五分くらいなら――。いや。そうやって昨日も二度寝した。今日こそちゃんと起きよう。上半身を起こしかける。その瞬間だった。ネネの前脚が、ぴく、と動いた。「……」止まる。ネネも止まる。わたしが少し身体を動かす。今度は耳がぴくっと動く。まるで、起きるの?と聞かれているみたいだった。「起きるよ」返事をする必要なんてないのに、つい答えてしまう。ネネは目を開けない。ただ、身体をほんの少し丸めた。そして、わたしの枕に頬を押しつける。その仕草を見た瞬間。起きるという決意が、音もなく崩れた。「……ずるい」猫はずるい。何も言わないくせに、こちらの気持ちだけを簡単に動かしてしまう。慰める言葉も知らない。励ます言葉も知らない。今日頑張ればきっといいことがあるよ、なんて言ってくれるわけでもない。なのに。少し疲れている朝ほど、この寝息を聞いているだけで、まあいいか、と思えてしまう。最近のわたしは、ちょっとだけ焦っていた。もっとちゃんとしなくちゃ。昨日より前に進まなくちゃ。みんなみたいにできなくちゃ。そんな言葉を、自分にばかり言っている。誰かに言われたわけでもないのに。ちゃんと起きて。ちゃんと準備して。ちゃんと学校へ行って。ちゃんと笑って。ちゃんと頑張る。十七歳って、自由そうに見えて、意外と「ちゃんと」に囲まれている。でもネネには、そんなものは一つもない。眠ければ眠る。お腹が空けば鳴く。撫でてほしいときだけ近づいてきて、満足したらさっさと離れていく。そして今日は、わたしの枕を奪って寝る。なんて勝手なんだろう。なんて自由なんだろう。わたしはネネの丸い額を指先でそっと撫でた。ふわ。朝日に温められた毛は、想像していたより少し温かかった。するとネネが薄く目を開けた。淡い瞳が、ほんの一瞬だけわたしを見る。「起きた?」ネネは答えない。細めた目でこちらを見たあと、またゆっくり目を閉じた。そして――。ごろごろ。小さな音が聞こえた。喉の奥から響く、低くてやさしい音。わたしの指先にまで伝わってくる。胸の奥に引っかかっていたものが、その音に少しずつほどけていく気がした。たぶん幸せって、もっと特別なものだと思っていた。欲しかったものが手に入るとか。誰かに認めてもらえるとか。努力した結果がちゃんと形になるとか。でも。「幸せは、何かを手に入れた瞬間より、何も足りなくても笑えた瞬間に近いのかもしれない。」わたしはそんなことを考えながら、枕の端に頬を乗せた。ネネの頭がすぐそこにある。柔らかな毛。小さな耳。規則正しい寝息。少しだけ甘い、いつもの猫の匂い。窓から入ってくる朝の風がカーテンを膨らませ、また静かに戻していく。白いシーツの上を朝日がゆっくり移動する。今日も学校がある。やらなくちゃいけないこともある。昨日できなかったことも残っている。別に、全部がうまくいっているわけじゃない。むしろ、十七歳のわたしには、わからないことのほうが多い。この先どうなるのか。今やっていることに意味があるのか。頑張る方向は合っているのか。考え始めれば、いくらでも不安になれる。でも。今、この数分だけは。答えなんてなくてもいい気がした。「あと五分だけね」誰に言い訳するでもなく、そう呟く。ネネの前脚に、そっと指を触れる。肉球は少し冷たかった。その瞬間、ネネが眠ったまま前脚を動かし、わたしの指に軽く乗せた。偶然だと思う。たぶん。絶対。……たぶん。「そういうことするから起きられないんだよ」笑いながら言う。当然、返事はない。ただ、喉を鳴らす音だけが少し大きくなった。わたしはまた横になる。もちろん枕はほとんど残っていない。だから端っこを少しだけ借りる。ネネが真ん中。わたしが端。どう考えてもおかしい。それなのに、不思議と負けた気がしなかった。むしろ、この狭さが少し心地いい。誰かと一緒にいるということは、自分の場所が少し狭くなることなのかもしれない。時間を分けたり。気持ちを分けたり。時には枕まで分けたり。でも、そのぶん。ひとりでは知らなかった温度が増えていく。ネネが大きく息を吐いた。ふう、と。まるで全部どうでもいいでしょう、と言われた気がした。「……そうだね」わたしは目を閉じる。朝の光がまぶたの向こうで淡いオレンジ色になる。目覚まし時計の数字は、きっともう七時五十分を過ぎている。あと少ししたら、本当に起きよう。顔を洗って。制服に着替えて。髪を直して。いつもの一日へ行こう。今日が特別な日になるかなんて、わからない。たぶん、何も起きない。授業があって。友達と少し話して。帰ってきて。またネネに「ただいま」と言う。そんな一日かもしれない。それでいい。ずっと先のことばかり心配していると、今日ここにあるものを見落としてしまうから。温かい朝日。白い布団。猫の寝息。そして、ちょっと狭くなったわたしの場所。きっといつか。今日みたいな朝を思い出す日が来る。何でもない朝だった、と。何も起こらなかった朝だった、と。それなのに、なぜか胸の奥だけが少しあたたかくなる。そんなふうに思い出すのだろう。だから今は。もう少しだけ、このままでいよう。ネネの背中に額を寄せる。ふわふわした毛の向こうから、確かな体温が伝わってきた。「おはよう、ネネ」今度はちゃんとそう言った。ネネは目を開けない。それでも尻尾の先だけが、ゆっくり一度動いた。まるで、おはよう。と返してくれたみたいだった。「大切な日は覚えている。でも、大切だった日には、あとから気づく。」今日もきっと、何でもない一日が始まる。枕を猫に取られたくらいの。ほんの少し寝坊しそうなくらいの。そして、そんな朝を幸せだと思えるくらいの。わたしはもう一度だけ目を閉じた。あと五分。本当に、あと五分だけ。朝日に照らされたネネの寝息を聞きながら。今日という日が始まってしまう、その少し手前で。わたしたちはまだ、同じ夢の続きを見ていた。#青春小説#日菜子の日常#猫のいる暮らし#何気ない幸せ#エモい日常EMSフットマッサージパッド フットマッサージ リラクゼーション フットパッド EMSフットマッサージャー 筋肉痛を和らげる マシン美脚マット 脚痩せ 男女兼用 8つモード 19段階強度レベル 【PL保険加入済み製品・安心】価格:1,580円(税込、送料無料) (2026/9/25時点)楽天で購入
2026/09/25
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夜になると、昼間には見えなかったことまで考えてしまう。部屋の灯りを少し落として、ベッドの上で膝を抱える。窓の向こうには細い月。遠くの街の明かりが、静かに瞬いている。カップを両手で包むと、じんわりとした熱が指先に移った。湯気の向こうに、少し甘い香り。ひと口飲む。熱すぎなくて、ぬるすぎなくて。ちょうどいい。「……はぁ」息を吐くと、そのまま今日一日まで外へ出ていってくれたらいいのにと思った。足元では、ネネが丸くなって眠っている。白い身体を自分のクッションにぴたりと収めて、前脚に顔を埋めている。七歳。子猫だった頃からずっと一緒なのに、寝顔だけはあまり変わらない。起きているときは、撫でようとすれば離れていくくせに。こういう夜だけは、なぜかわたしのすぐ近くで眠る。「……今日もお疲れさま」小さく言ってみる。もちろん返事はない。耳すら動かない。完全に夢の中だ。「お疲れなの、たぶんわたしのほうなんだけどな」少し笑った。でも、その笑いはすぐに消えた。今日はいろいろあった。大事件なんて、ひとつもない。なのに。ひとつひとつは小さいのに。それが積み重なると、帰ってくる頃には心のポケットがいっぱいになっている。朝、少し寝坊したこと。授業で答えを間違えたこと。友達の言葉を深読みしてしまったこと。返事をしたあとで、「あれ、言い方変じゃなかったかな」と気になったこと。先生に言われた一言。自分ではうまくできたと思っていたことが、思っていたほどでもなかったこと。帰り道。なぜか昔の失敗まで思い出した。もう終わったことなのに。夜というのは不思議だ。昼間なら、「まあいっか」で流せたことまで。暗くなると、急に大きく見える。わたしはカップを見つめた。表面がわずかに揺れている。その中に、ランプの橙色の光が映っていた。「なんで夜って、余計なこと考えるんだろ」ネネは眠っている。「考えなきゃいいのにね」分かっている。そんなことができるなら。最初から悩んでいない。カップを口元へ運ぶ。またひと口。温かい。喉を通った熱が、胸の奥までゆっくり降りていく。昼間のわたしは、たぶん強がるのが得意だ。「大丈夫」「平気」「次頑張る」そう言える。本当にそう思っているときもある。でも。そう言い続けていると。自分でも気づかないところに、小さな疲れが残っていく。もっとちゃんとできたはず。もっと気を利かせられたはず。もっと上手に言えたはず。もっと頑張れたはず。「もっと」という言葉は。前へ進むための言葉にもなるけれど。ときどき、自分を追い詰める言葉にもなる。今日は、そっちだった。わたしはベッドの背もたれに身体を預けた。布団がふわっと沈む。部屋は静かだった。時計の音すら聞こえない。遠くで車が走る音。カーテンが風でかすかに揺れる音。ネネの寝息。すう。すう。それだけ。この部屋の中には。わたしを急かすものが、何もない。なのに。頭の中では明日のことまで始まっていた。明日はこれをしなきゃ。あれも忘れないように。今日できなかったこと。明日は失敗しないように。「……まだ今日なのに」思わず声が出た。その言葉に、自分で少し驚いた。そうだ。まだ今日だ。明日は、まだ来ていない。それなのに。わたしは今日の疲れを抱えたまま。明日の心配までしようとしている。なんだか。一日を二日分生きようとしているみたいだった。「欲張りすぎか」呟く。ネネが寝返りを打った。白いしっぽが、丸い身体に沿うように動く。ほんの少しだけこちらへ近づいた気がした。わたしは足を伸ばして。ネネの背中へ、つま先をそっと近づける。触れるか。触れないか。そのくらい。すぐ逃げるかと思った。でも。ネネは動かなかった。「今日はいいの?」小さな声で聞く。返事はない。ただ。そこにいてくれる。昔から。本当に辛いときほど、ネネは何もしない。膝へ乗って励ましてくれるわけでもない。顔を舐めて慰めてくれるわけでもない。ただ少し近くにいる。その距離が。わたしにはちょうどいい。たぶん。人も同じなのかもしれない。何でも解決しなくていい。正しい答えを言えなくてもいい。隣にいて。黙って一緒に夜が過ぎるのを待ってくれるだけで。救われることがある。わたしはカップをもう一度包み直した。少しずつ温度が下がっている。それが、今日という一日みたいだった。さっきまで熱かったものが。時間と一緒に少しずつ落ち着いていく。「今日の気持ちは、今日のうちに答えを出さなくてもいい。眠っているあいだに、心が勝手にほどいてくれることもある。」そう思った。いつもわたしは。悩んだら解決したくなる。モヤモヤしたら理由を見つけたくなる。失敗したら反省して。次はどうするかまで決めたくなる。ちゃんと終わらせないと眠ってはいけないような気がしていた。でも。全部を整理してから眠るなんて。きっと無理だ。机の上だって。毎日完璧に片づけられるわけじゃない。心なら、なおさら。散らかったまま眠ってもいい。朝になって。まだ気になるなら。そのとき拾えばいい。そう考えたら。胸の奥に入っていた力が、少し抜けた。わたしは窓の外を見る。三日月。黒に近い青の空。星はあまり見えない。でも。街の明かりがいくつも並んでいる。あの一つ一つにも。今日を終えようとしている誰かがいる。泣いた人。笑った人。失敗した人。うれしいことがあった人。眠れない人。もう夢の中にいる人。みんな、それぞれの一日を抱えている。そう思うと。わたしだけがうまくできなかったように感じていた今日が。少しだけ小さく見えた。「ネネ」呼んでみる。耳が、ほんの少しだけ動いた。「今日ね」そこまで言って。やめた。今日あったことを話そうと思ったけれど。別に言わなくてもいい気がした。全部説明しなくても。この子なら。たぶん何となく知っている。「……まあ、いいや」すると。ネネのしっぽが一度だけ。ぱたん。と動いた。「何、その返事」笑う。カップに残った最後のひと口を飲む。さっきよりぬるい。でも。今のわたしには、その温度のほうが合っていた。身体をベッドへ深く預ける。足元のネネ。柔らかな布団。ランプの暖かい光。カップから残る甘い香り。窓の向こうの月。今日いろいろあったことは。消えない。嫌だったことも。恥ずかしかったことも。うまくできなかったことも。全部、今日の中にある。でも。それだけじゃない。朝の空がきれいだったこと。帰り道に少し涼しい風が吹いたこと。誰かが笑ってくれたこと。好きな飲み物を飲めたこと。そして今。ネネがすぐそばで眠っていること。嫌なことだけで。今日一日を決めなくてもいい。わたしはたぶん。そこをよく間違える。失敗が一つあると。一日全部を失敗にしてしまう。悲しいことがあると。その日全部を悲しい日にしてしまう。でも。一日は、そんなに単純じゃない。いろんな色が混ざっている。明るいところも。暗いところも。うれしかった瞬間も。忘れたい瞬間も。全部混ざって。今日になる。だから。「今日は今日で、まあよかった」そう呟いた。完璧ではない。満点でもない。でも。それくらいが。たぶん本当なんだと思う。ネネへ手を伸ばす。頭を一度だけ。そっと撫でる。目を開けるかと思ったけれど。そのまま眠っている。「おやすみ」小さく言う。それから。自分にも言う。「おやすみ」明日のことは。明日のわたしに任せよう。今日のわたしは。今日のぶんだけ。もう十分やった。「夜は、明日を頑張るためだけにあるんじゃない。今日の自分に『もう頑張らなくていいよ』と言ってあげるためにもある。」ランプを少し暗くする。部屋の影が深くなる。そのぶん。窓の月が少し明るく見えた。わたしは目を閉じる。すぐには眠れないかもしれない。今日のことが。またひとつくらい浮かんでくるかもしれない。それでもいい。追い払わない。答えも出さない。ただ。通り過ぎるまで待つ。足元から。ネネの小さな寝息が聞こえる。すう。すう。それにつられるように。わたしの呼吸もゆっくりになる。今日も。いろいろあった。でも。もういい。続きは明日。今夜くらいは。心配事より先に。わたしが眠ってしまおう。#青春小説#日菜子の日常#猫のいる暮らし#静かな夜#おやすみ前の時間【楽天1位獲得!】 姿勢サポートチェア 折りたたみ可能 姿勢矯正 骨盤矯正 椅子 腰痛 姿勢改善 座椅子 腰痛改善 姿勢サポート [LASSE MOA ラッセ・モア]価格:4,499円(税込、送料無料) (2026/9/24時点)楽天で購入
2026/09/24
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問題集のページをめくる音が、やけに大きく聞こえた。ぱらり。たった一枚。なのに、その一枚の向こう側に何十問も待っている気がして、わたしは小さく息を吐いた。「はぁ〜……」机の上には、教科書とノートと問題集。色の違う付箋。開きっぱなしの参考書。少しぬるくなったコーヒー。その向こうには、朝から変わらず眠り続けているネネ。白い身体をきれいに丸めて、机の端をすっかり自分の寝床にしている。気持ちよさそう。本当に、ものすごく気持ちよさそう。「いいなあ」思わず口に出た。ネネの耳が、ほんの少しだけ動く。でも目は開かない。「こっちは試験勉強なんですけど」無反応。「聞いてる?」しっぽの先が、一度だけ動いた。たぶん、“それは大変ですわね”くらいには思ってくれている。たぶん。わたしはシャープペンを握り直した。窓から差し込む光は、もう午後に近い色をしていた。机の上に斜めの影が伸びて、ノートの罫線をやわらかく横切っている。部屋の中には、紙の匂いとコーヒーの香り。窓辺の植物が風で揺れるたび、葉っぱの影も小さく震えた。こんなに穏やかな時間なのに。わたしの頭の中だけが、ずっと騒がしい。これも覚えなきゃ。あれもまだ終わってない。昨日間違えたところ、もう一回。先生が重要って言ってたページ。友達はどこまで進んでるんだろう。あと何日。あと何時間。あと何ページ。気づけば、勉強している時間よりも。「まだ足りない」と考えている時間のほうが長い。ページを開く。問題を読む。数行で止まる。もう一度読む。わからない。「……え?」答えを見るのは悔しい。もう少し考える。でもわからない。それでも答えを見るのは負けたような気がして。意地になって、また考える。昔から、こういうところがある。できないまま終わるのが嫌い。誰かに負けることより。自分で自分に、“ここまででいい”と言うことのほうが、ずっと苦手だ。もう少し。もう一回。次こそ。その気持ちに助けられてきたことも、たくさんある。でも。今日は、それが少し重かった。「なんで分かんないんだろ」ぽつりと声が出た。シャープペンの先で、同じ問題を何度もなぞる。紙が少しへこんでいた。三回。四回。考える。式を書く。消す。また書く。消しゴムのかすが、ノートの隅にたまっていく。頭の奥が熱くなってきた。肩も重い。視界の端で文字が少しずつ意味を失っていく。さっきまで文章だったものが、ただの記号に見える。「もう無理かも」言った瞬間。自分でその言葉が嫌になった。無理。その二文字を口にしただけで、本当に何もできなくなりそうだった。わたしは唇を噛む。そのとき。机の上で、「んん……」と、小さな声がした。ネネが目を覚ました。ゆっくり顔を上げる。青い瞳が眠そうに細められている。そして。大きなあくび。何の危機感もない。何の焦りもない。わたしは思わず笑った。「……緊張感なさすぎ」ネネは伸びをして。前脚をひとつ前に出した。そのまま、また伏せる。そして。わたしのノートの端に、前脚をちょこんと乗せた。「ちょっと」動かさない。「そこ使うんだけど」動かない。「ネネ?」目を閉じる。「……寝たふりでしょ」返事はない。わたしはしばらく、その白い前脚を眺めていた。小さな肉球。柔らかな毛。爪はちゃんとしまわれている。その姿を見ていたら、急に。さっきまで必死に解こうとしていた問題が、少しだけ遠くに見えた。わたしは椅子の背にもたれた。息を吐く。ゆっくり。もう一度。さっきまで自分が呼吸していたことすら、忘れていた気がする。コーヒーをひと口。少し冷めている。苦い。でも、喉を通ると妙に落ち着いた。「焦っても、答え増えないよね」ネネを見る。もちろん無反応。「分かってるんだけどさ」分かっている。でも。分かっていることと。できることは、同じじゃない。わたしはノートを少し引き寄せた。ネネの前脚はそのまま。仕方なく、空いているところに小さく書く。《この問題は後回し》書いた瞬間。ほんの少しだけ、胸が軽くなった。今までのわたしなら、たぶんそれができなかった。分からない問題を残したまま次へ行くなんて。逃げているみたいで。負けたみたいで。気持ち悪かった。でも。今日は違った。一問に全部の時間を使って。他のページを何も見られないほうが。たぶん、もっと嫌だ。わたしは次の問題を見る。こちらは分かった。式を書く。答えを出す。合っている。「あ」小さな声が出た。次。これは少し迷う。でも解けた。次。また分かる。さっきまで止まっていた時間が。少しずつ動き始める。ペン先が紙を走る。さらさら。ページをめくる。ぱらり。ネネの寝息。すう。すう。コーヒーカップを置く音。こと。いろんな小さな音が。不思議なくらい心地よく聞こえた。そのとき思った。「進めない一問にしがみつくより、進める一歩を選んだほうが、自分をちゃんと前に連れていける。」諦めるのとは違う。逃げるのとも違う。今できないことを。今できないまま置いておく。それも、ひとつの決断なのかもしれない。わたしは最初の問題に戻った。さっきより少し気持ちが静かだった。もう一度見る。式。数字。条件。すると。さっきまで見えなかったところが、一つだけ見えた。「あれ?」別の方法を試す。途中までいく。まだ答えには届かない。でも。さっきよりずっと近い。「……なるほど」思わず笑う。全部分かったわけじゃない。まだ途中。それでも。途中まで来られた。それだけで、さっきの自分より少しだけ前にいる。ネネを見る。相変わらず寝ている。「ねえ」耳が動く。「ちょっと分かった」目は開かない。「少しくらい褒めてよ」しっぽがぱたん。一回。「……はいはい。それで十分です」わたしは笑った。試験勉強は、好きじゃない。たぶんこれからも好きにはならない。覚えなきゃいけないことが多くて。間違えるたびに自信がなくなって。できる人と比べて。自分だけ遅いような気がして。ページをめくるだけで重たくなる日もある。でも。今日ここまで書いた文字は。今日覚えたことは。今日間違えたところは。全部。明日のわたしの中に残っていく。完璧じゃなくても。途中でも。一ページ全部できなくても。何も残らないわけじゃない。「今日は、ここまでやる」わたしは付箋を一枚取った。残りの範囲を小さく区切る。三ページ。それだけ。全部やる。ではなく。三ページ進める。それなら。できそうな気がした。ネネが薄く目を開けた。「無理しません宣言です」また目を閉じる。「でも、ちゃんとやるからね」そこは譲らない。自分でも少し笑った。頑固なのは。たぶん簡単には直らない。でも。その頑固さを。自分を追い詰めるためだけに使わなくてもいい。できるまで苦しむんじゃなくて。できるようになるまで続けるために使えばいい。少しずつ。休みながら。ページを戻りながら。何度でも。窓から差し込んだ光が、少し低くなっている。机の上の付箋が、黄色や桃色に透けている。コーヒーはもうほとんど冷たくなった。ネネは完全に眠っている。わたしはシャープペンを握る。次の問題。読む。今度は、すぐに分からなくても焦らない。一行。また一行。式を書く。違う。消す。もう一度。それでいい。試験の日まで。たぶんわたしは何度も、「もう嫌」と思うだろう。何度も、「間に合わない」と思うだろう。でも。そのたびに今日のこの机を思い出せたらいい。眠っているネネ。冷めたコーヒー。光の中のノート。そして。どうしても分からなかった一問を、一度だけ置いて次へ進んだこと。大きな勇気じゃない。誰にも気づかれないくらいの、小さな選択。だけど。そういう選択が。たぶん自分を最後まで連れていってくれる。わたしはページの端に、小さく丸をつけた。今日できたところ。ひとつ。またひとつ。完璧じゃない丸。少し歪んでいる。それでもいい。「頑張った証拠は、全部できたページじゃなくて、投げ出したかったのにもう一度ペンを持った、その瞬間に残っている。」ネネの寝息が聞こえる。窓の外から風が入る。ページの端が、ほんの少し揺れた。わたしはそれを指で押さえる。そして。もう一度、ペンを走らせた。試験はまだ先。不安も、まだある。でも。さっきより少しだけ。大丈夫な気がした。「あと三ページ」小さく呟く。机の端で。ネネのしっぽが。ぱたん、と一度だけ動いた。それを勝手に、“頑張りなさい”という返事だと思うことにした。#青春小説#日菜子の日常#試験勉強#猫のいる暮らし#小さな一歩【楽天ランキング1位】猫 ペット 肉球タイプ おもちゃ ポインター LEDポインター ペット 猫グッズ 猫じゃらし 猫用おもちゃ 玩具 犬 USB充電 ペット用品 運動不足解消 送料無料価格:1,000円(税込、送料無料) (2026/9/24時点)楽天で購入
2026/09/24
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掃除をしようと思った理由は、たいしたものじゃなかった。床に落ちていた一本の髪の毛が、朝の光にやけにくっきり見えたから。ただ、それだけ。窓から差し込んだ陽射しが、白いラグの上を斜めに横切っている。その光の中には、普段なら気づかないほど細かな埃が浮かんでいた。きらきらしていて。少しきれいで。でも、埃は埃だ。わたしはベッドの端に腰掛けたまま、それをしばらく眺めていた。「……掃除、しようかな」口に出した瞬間。ベッドの真ん中で丸くなっていたネネが顔を上げた。七歳の白猫。青い瞳でこちらを見る。「なに、その顔」ネネは答えない。もちろん答えないのだけれど。その目が、“珍しいこともありますのね”と言っているように見える。「失礼だなあ」ネネは一度だけ瞬きをして、また前脚の上へ顎を乗せた。完全に監督の姿勢だ。わたしは立ち上がった。机を見る。読みかけの本。昨日使ったノート。飲み終えたコーヒーのカップ。棚にはいつ置いたのかわからない小物。椅子の背には脱いだ服。床にはバッグ。別に、ものすごく散らかっているわけじゃない。人が見たら、「普通じゃない?」と言うかもしれない。でも自分にはわかる。少しずつ。本当に少しずつ。後回しにしたものが積もっている。あとで片づけよう。明日でいい。週末にやろう。その“あとで”が、部屋のあちこちに置き去りになっていた。「……よし」コードレス掃除機を手に取る。スイッチを押した。ウィーン。静かだった部屋に低い機械音が広がる。その瞬間、ネネの耳がぴんと立った。「はい、嫌いなやつ登場」ネネは掃除機が嫌いだ。というより。掃除機の音に対して、“なぜ人間はわざわざこんな騒がしいものを家の中で動かすのか”と、本気で理解できない顔をする。今日も同じだった。ただ逃げはしない。ベッドの上という安全地帯から、じっとこちらを監視している。「大丈夫。そっち行かないから」ネネのしっぽが一度だけ動いた。信用されていないらしい。掃除機をゆっくり動かす。ラグの上。机の下。椅子のまわり。ベッドの横。さっきまで見えていた細かな埃が吸い込まれていく。それだけのことなのに、気持ちがいい。ウィーン。前へ。後ろへ。また前へ。単調な動き。単調な音。なのに続けているうちに、頭の中まで少し静かになってきた。不思議だった。ここ数日、なんとなく気持ちが散らかっていた。理由をひとつに決めることはできない。学校のこと。部活のこと。友達の何気ない言葉。これからのこと。昨日うまくできなかったこと。言わなくてもよかった一言。言えばよかった一言。そういう小さなものが、頭の中のあちこちに置きっぱなしになっていた。考えなきゃいけない。ちゃんと整理しなきゃいけない。そう思うほど、逆に何から考えればいいのかわからなくなった。だから、とりあえず見ないふりをした。机の上に置いたノートみたいに。床に置いたバッグみたいに。「……似てるな」掃除機を止める。急に静かになった。耳の奥に、さっきまでの機械音がまだ残っている。ネネがこちらを見ていた。「部屋と、頭の中」何を言っているの、という顔。「いや、独り言」窓から風が入ってきた。白いカーテンがふわっと膨らむ。植物の葉が揺れる。掃除したばかりのラグの上を、朝の光が滑っていった。わたしは机に向かった。まず、空のカップをキッチンへ。本は本棚。ノートは重ねる。ペンはケースへ。椅子に掛けていた服も畳む。ひとつ。またひとつ。物の居場所を戻していく。たったそれだけ。なのに部屋の輪郭が少しずつ見えてくる。机は、こんなに広かったんだ。床も。棚も。さっきまで物に隠れていた場所が現れる。そして、ふと思った。「心が散らかるのは、弱いからじゃない。片づける暇もないくらい、いろんなことを抱えてきたからだ。」その言葉が、なぜか自分の中にすとんと落ちた。わたしはいつも、できない理由を自分のせいにする。集中できない。気持ちを切り替えられない。小さなことで悩む。いつまでも気にする。もっと強ければ。もっと器用なら。もっと大人なら。そう考えてしまう。でも、もしかしたら。ただ少し、いっぱいになっていただけなのかもしれない。机の上だって同じだ。ひとつ置く。またひとつ置く。あとで片づけようと思う。それが十個、二十個になったら。散らかる。心も、たぶん同じだ。「全部、一気に片づけなくてもいいのかな」わたしが呟くと。ネネがベッドの上で大きなあくびをした。「……聞いてないね」前脚を伸ばす。背中を反らす。そして、また丸くなる。マイペース。本当に、ネネはいつもそうだ。昨日の失敗を引きずっているようにも見えないし。明日の心配をしているようにも見えない。今、眠い。だから寝る。今、甘えたい。だから来る。今、ひとりでいたい。だから離れる。潔い。「ネネみたいには無理だけどさ」掃除機をもう一度動かす。ベッドの近くまで行く。ネネが目を細めた。「はいはい。ここまで」少し手前で方向転換する。するとネネは満足そうに目を閉じた。「監督、厳しいなあ」思わず笑う。その笑い声が、きれいになり始めた部屋に小さく響いた。さっきより、少しだけ空気が軽い。棚を拭く。窓辺を拭く。写真立ての埃を払う。久しぶりに持ち上げた小さな写真。昔のわたしと、小さなネネが写っている。まだ子猫だったネネを抱えて、わたしが笑っている。「ちっちゃ」ベッドを見る。今ではすっかり貫禄がある。「昔はかわいかったのに」ネネが顔を上げた。「今も。今もかわいいです」視線をそらされた。なぜか謝った気分になる。写真立てを元の場所へ戻した。でも少しだけ向きを変える。朝日が当たりすぎないように。ほんの数センチ。そんな小さな調整で、景色が変わる。たぶん生活って、こういうものなのかもしれない。人生を全部変えなくてもいい。性格を全部直さなくてもいい。悩みを全部解決しなくてもいい。少しだけ。机の上を空ける。一つだけ後回しをやめる。ひとつだけ自分を許す。それくらいでも、見える景色は変わる。掃除機のスイッチを切った。静けさが戻った。時計を見る。思っていたより時間は経っていない。なのに部屋はずいぶん明るく見えた。たぶん光の量は変わっていない。余計なものが減っただけだ。わたしは部屋の真ん中に立って、ぐるっと見回した。「……結構きれいになったじゃん」誰に言うでもなく呟く。ネネを見る。「どう?」ネネはベッドの上から部屋を眺める。右。左。わたし。そして。ゆっくり目を閉じた。「合格ってこと?」返事はない。まあ、いい。わたしは掃除機を壁際に置いた。額に少し汗がにじんでいた。窓から入る風がそこに触れる。冷たくて気持ちいい。汗と、木の匂い。洗いたての布の匂い。朝の光に温められた部屋の匂い。昨日までと同じ場所なのに。少しだけ違う部屋みたいだった。わたしはベッドの端に腰掛ける。するとネネが立ち上がった。ゆっくりこちらへ歩いてくる。そして。わたしの太ももに身体をぴたりと寄せた。「え」珍しい。撫でようと手を伸ばす。その瞬間。すっと離れる。「ちょっと」ネネは何事もなかったように枕のところへ戻っていった。「そこまでセットなんだ」笑う。ほんの一瞬だったけれど。その温度が脚に残っている。わたしはきれいになった床を見る。朝の光が、大きく広がっている。埃はもう見えない。でも、明日になれば。また髪の毛が落ちる。埃もたまる。服も置くだろう。きっとまた散らかる。心も同じ。今日少し軽くなったからといって。ずっとこのままではいられない。また悩む。失敗する。考えすぎる。落ち込む。それでいいのだと思った。散らかったら。また片づければいい。全部ではなくていい。目についたところから。手の届くところから。ひとつずつ。わたしは大きく息を吸った。さっきより空気がおいしい気がした。たぶん気のせい。でも、そういう気のせいなら悪くない。「さて」立ち上がる。「掃除終わり」ネネはベッドの上で丸くなっている。「監督、お疲れさまでした」尻尾だけが、ぱたん、と動いた。どういたしまして。そう言われたことにしておく。窓の外では、葉っぱが光を受けて揺れていた。今日は何か特別なことをしたわけじゃない。夢に近づいたわけでもない。悩みが全部なくなったわけでもない。ただ。掃除機をかけた。物を戻した。埃を拭いた。それだけ。だけど。それだけでいい日だってある。むしろ、そういう小さなことで救われる日がある。「人生を立て直すなんて大げさなことはできなくても、今日の自分が呼吸しやすい場所くらいは、自分でつくってあげられる。」わたしはカーテンを少し開けた。朝の光が、もう一段深く部屋へ入ってくる。明るい。きれいになった部屋を眺めながら。なんとなく。今日なら少しだけ、うまくやれそうな気がした。理由はない。でも、それで十分だった。背後から、小さく。「にゃ」声がした。振り返る。ネネはもう目を閉じていた。「はいはい」わたしは笑った。たまには掃除も、悪くない。#青春小説#日菜子の日常#猫のいる暮らし#心を整える時間#何気ない日常おもしろ Tシャツ 猫 ( ザ ニャンコフェイス 選べるデザイン ) ブランド にゃんこフェイス プレゼント グッズ ねこ メンズ レディース キッズ 子ども ニャースフェイス ユニセックス 男性 女性 子供 半袖速乾 猫砂 動物 ふざけ ベビー クッション ゴルフボール 消しゴム価格:2,480円~(税込、送料別) (2026/9/23時点)楽天で購入
2026/09/23
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トーストをひと口かじった瞬間、少しだけ焦げたバターの香りがした。それが、なんだか妙にうれしかった。窓から入る朝の光はやわらかくて、テーブルの木目を明るく照らしている。白いカーテンが風で揺れるたび、陽だまりの形も少しずつ変わった。コーヒーからは細い湯気がのぼっている。サラダの葉にはまだ小さな水滴が残っていて、ゆで卵の殻はつるんと朝の光を返していた。そして、テーブルの端にはネネ。今日も当然のような顔で座っている。「それ、ネネのじゃないよ」わたしがトーストを少し持ち上げると、ネネは一度だけ瞬きをした。興味があるのか、ないのか。七年一緒にいるのに、いまだにわからない顔をする。「ほんとだからね」返事はない。ただ青い瞳だけが、じっとこちらを見ていた。まるで、“わかっていますけど?”とでも言いたげに。わたしは笑って、もうひと口トーストをかじった。さくっ、と小さな音がした。その音がやけに静かな部屋に響く。今日の朝は、いつもより少しだけ丁寧だった。正確に言えば、丁寧にしようと思った。昨夜、寝る前までは。明日は早めに起きる。朝ごはんをちゃんと食べる。少し勉強して。部屋も片づけて。できれば昼までに宿題も進める。スマートフォンのメモには、そんな予定をいくつも書いた。時間まで決めた。わたしは昔から、こういうところがある。何かを始める前に、ちゃんと形を整えたくなる。ちゃんと準備して。ちゃんと順番を決めて。ちゃんとできる自分でいたい。だから予定通りにいかないと、ほんの少しだけ気持ちが乱れる。今日もそうだった。目覚ましを止めてから、もう一度目を閉じた。たった五分のつもりだった。次に目を開けたら、三十分経っていた。「あー……」その瞬間から、わたしの頭の中では予定が崩れ始めた。朝ごはんが遅れる。勉強の開始も遅れる。部屋の片づけも。宿題も。まだ何も始まっていないのに、一日全部が失敗したような気がした。そんなわけないのに。わかっているのに。わたしは意外と、こういう小さなズレに弱い。「最初から失敗じゃん」思わずそう呟いたとき、ベッドの横にいたネネがこちらを見た。それから、にゃあ。短く一声。「……なに、その言い方」ネネはそのまま伸びをした。前脚をぐっと伸ばして。背中を丸めて。大きなあくび。そして、何事もなかったみたいに歩いていった。たぶん何も考えていない。でも、わたしにはなぜか、“まだ朝ですけど”と言われた気がした。それで、朝ごはんだけはちゃんと食べようと思った。冷蔵庫を開ける。卵。レタス。トマト。昨日買ったパン。特別なものは何もない。いつもの朝にあるものばかり。パンをトースターに入れる。カチッ。少しして、じりじりと焼ける音。コーヒーを淹れる。お湯を注ぐと、ふわっと香りが広がった。苦くて、少し甘い匂い。それだけで、乱れていた気持ちが少しずつ静かになっていく。料理と呼べるほどのことはしていない。パンを焼いて。卵をゆでて。野菜をお皿にのせただけ。なのにテーブルへ並べると、それなりに朝らしく見えた。「……まあ、悪くない」そう言ったら、足元にいたネネが椅子へ飛び乗った。「ちょっと、参加するの?」ネネは当然みたいな顔をしてテーブルの端に座る。わたしは少し悩んでから、そのままにした。朝くらい、いいか。そんな気持ちで。「いただきます」小さく手を合わせた。そして、最初のトーストをかじった。今。バターの塩気。パンの香ばしさ。コーヒーの苦味。窓から入ってくる朝の風。カーテンの擦れる音。ネネのしっぽが、テーブルの端をとん、と叩く音。ひとつひとつを意識すると、朝が思っていたよりずっと豊かに感じられた。さっきまで、三十分寝坊した。予定が崩れた。今日は出遅れた。そんなことばかり考えていたのに。今は、このトースト、おいしいな。コーヒー、ちょうどいいな。日差し、気持ちいいな。そんなことで頭がいっぱいになっている。人間って、案外単純なのかもしれない。「ねえ、ネネ」呼ぶ。ネネは顔をこちらへ向けた。「朝ってさ」少し考える。「ちゃんとしなきゃって思いすぎると、疲れるね」ネネは当然、何も言わない。わたしの皿を一瞬見て。次にわたしの顔を見る。「あげないよ」すっと視線をそらされた。「そこじゃないんだけど」笑ってしまった。でも、その瞬間。なんとなくわかった気がした。わたしは朝ごはんを食べるために、朝ごはんを食べていなかった。一日をうまく始めるため。元気を出すため。予定をこなすため。集中するため。いつの間にか、何にでも理由をつけていた。だけど。パンがおいしいから食べる。コーヒーの香りが好きだから飲む。朝日が気持ちいいから、少し眺める。ネネがそこにいるから、ちょっと笑う。それだけでもいい。「何気ない幸せは、役に立たなくても、ちゃんと心を満たしてくれる。」そのことを、わたしはよく忘れる。学校でもそうだ。テストの点。提出物。部活。友達との関係。未来のこと。いつも何かの結果につながるように考えてしまう。これをやったら何になる。これを頑張ったら何が残る。意味はある?無駄じゃない?そんなふうに考える癖が、いつの間にかついていた。でも、今こうしてネネと朝ごはんを食べている時間は。たぶん何にもならない。成績は上がらない。誰かに褒められるわけでもない。思い出として特別に残るかもわからない。だけど、好きだ。その感覚だけで十分なのかもしれない。わたしはコーヒーカップを両手で包んだ。陶器の温度が掌に伝わる。ひと口飲む。少し苦い。そのあとに、ほのかな甘さが残った。窓の外では、葉っぱが朝日に透けている。緑がとてもきれいだった。「今日さ」ネネに話しかける。「予定、ちょっと減らそうかな」耳だけこちらを向ける。「宿題はやるよ。ちゃんと」ここだけは、なぜか言い訳する。「でも、全部やろうとするのやめる」ネネは前脚を揃えて座ったまま、ゆっくり瞬きをした。「……今の、賛成ってことでいい?」また視線をそらされた。「はいはい」わたしはスマートフォンを手に取った。予定のメモを開く。朝の勉強。部屋の片づけ。宿題。読書。買い物。ストレッチ。明日の準備。たくさん並んでいる。少し迷って。いくつか消した。全部できたら気持ちいい。でも、全部やらなくても今日は今日だ。そう思えた。不思議だった。予定を減らしただけなのに、時間が増えた気がした。窓から吹いた風が、頬を撫でた。テーブルの花が少し揺れる。ネネの白い毛も、ほんの少しだけふわっと動く。わたしは最後のトーストをかじった。最初より少し冷めていた。でも、それもおいしかった。「ごちそうさまでした」そう言ったあと、まだ残っているコーヒーを見た。急いで飲む必要はない。だから、もう少しだけ座っていることにした。ネネも動かない。わたしも動かない。朝の光だけが、静かにテーブルの上を移動していく。昔は、何もしていない時間が苦手だった。何かをしなきゃ。何か進めなきゃ。そんなふうに思っていた。でも最近、少しずつ思う。止まっているような時間にも、ちゃんと意味があるのかもしれない。いや。意味なんて、なくてもいいのかもしれない。おいしい。あたたかい。気持ちいい。落ち着く。それだけでいい朝があってもいい。わたしはカップを持ち上げる。ネネを見る。「今日もよろしく」ネネは一度だけ瞬きをした。その顔が少しだけ優しく見えたのは。たぶん朝の光のせい。きっと。窓の外では、今日という一日がもう始まっている。わたしは少し遅れて、その中へ入っていく。でも焦らない。三十分くらい。人生から見れば、きっと誤差だ。それより今は。お腹が満たされている。心も、少しだけ整っている。それで充分。「いい一日は、完璧な朝から始まるんじゃない。自分を急かさずにいられた朝から、そっと始まる。」わたしは最後のコーヒーを飲んだ。窓から差し込む光が、カップの縁をきらりと照らす。ネネがゆっくり立ち上がって、しっぽを揺らしながらテーブルを離れていく。「え、もう行くの?」振り返らない。相変わらずだ。でも、口元が少し緩んだ。今日もたぶん、すごいことは起こらない。そんな一日を。今日はちゃんと、大切にしてみようと思った。#青春小説#日菜子の日常#猫のいる暮らし#朝ごはんの時間#何気ない幸せ【送料無料】ジョインティ J9 ねこ ver. 回転ゴム印 キャップレス 印鑑 かわいい はんこ イラスト おしゃれ ネーム印 認印 認め印 猫 グッズ キャラクター スタンプ 確認印 済 ジョインティJ9 みましたハンコ 見ました みました ハンコ 名前入り みましたスタンプ 別注価格:1,350円(税込、送料無料) (2026/9/22時点)楽天で購入
2026/09/22
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目が覚めたのに、起き上がれなかった。正確には、起き上がる理由が見つからなかった。カーテンの隙間から入ってきた朝の光は、もうずいぶん高いところまで部屋を明るくしている。白い布団の上に淡い金色が広がり、窓辺の観葉植物の影が、風に合わせてゆっくり揺れていた。時計を見る。いつもの朝なら、もう制服に着替えている時間。それなのに今日は、アラームも鳴らない。廊下を急ぐ必要もない。パンを口にくわえたまま髪を整える必要もない。何かを忘れているような気がして、わたしはしばらく天井を見つめていた。「……今日、休みなんだ」声に出してみて、ようやく少しだけ納得する。すると胸のあたりで、小さな耳がぴくりと動いた。ネネだ。七歳になった白猫は、わたしの胸からお腹にかけて、まるで自分専用のベッドみたいに身体を預けて眠っている。白い毛が朝日に透けて、ところどころ銀色に光っていた。鼻先は薄い桃色。前脚をひとつ、わたしの服の上に乗せたまま、完全に安心しきった顔をしている。「重いんですけど」もちろん返事はない。わたしが指先で背中を撫でると、ごろ、ごろ、ごろ。小さな振動が胸の奥まで伝わってきた。「聞こえてるくせに」ネネは目を開けない。こういうところが、ずるい。普段は名前を呼んでも振り返らないことがあるくせに、わたしが落ち込んでいる日は、何も言わず近くにいる。抱き上げようとすれば逃げるくせに、自分が甘えたいときだけ当然みたいに膝へ乗ってくる。子猫のころから、ずっとそうだった。窓の外で、遠くを走る車の音がした。そのあと、鳥の声。どこかの家から掃除機の低い音も聞こえてくる。みんな、もう一日を始めている。そんな当たり前のことが、なぜだか少しだけ胸に引っかかった。休みの日なのだから、何もしなくていい。そう思っているはずなのに。スマートフォンを手に取る。画面には、友達から届いた昨日のメッセージ。部活の予定。来週提出の課題。おすすめの動画。SNSを開けば、朝から勉強している人がいて、部活へ向かっている子がいて、家族と出かけている人がいて。みんなの一日は、もうちゃんと動き出しているように見えた。わたしだけが布団の中に取り残されている。そんな気がした。「……起きようかな」身体を少し動かす。するとネネが、「んにゃ」と、ものすごく小さな声を出した。そしてわたしの胸に顔を押しつける。「え」もう一度起きようとする。今度は前脚が伸びてきて、服を軽く押さえた。「いや、それ反則でしょ」思わず笑った。ネネは知らん顔で眠っている。絶対にわざとだ。だけど、そのぬくもりを感じていると、さっきまで胸の中にあった焦りが、ほんの少しだけ形をなくしていった。シーツからは、昨日洗った柔軟剤のやさしい匂いがする。ネネの身体に顔を近づけると、日に干した毛布みたいな匂いがした。朝日で温められた布団。頬に触れる柔らかな毛。規則正しい、小さな寝息。それだけ。本当に、それだけなのに。「……今日は、ゆっくりだね」ネネの耳が、また少し動いた。「おはよう」今度は返事の代わりに、喉を鳴らす音が少し大きくなった。わたしはスマートフォンを伏せて、枕元に置いた。画面が消える。それだけで部屋が急に静かになった気がした。誰かが何をしているか、わからなくなる。誰かがどれくらい頑張っているかも、わからない。その代わりに、自分の呼吸がよく聞こえた。すう。はあ。ネネの呼吸と、少しずつ重なっていく。学校にいると、いつも時間がある。一時間目まであと何分。休み時間は十分。昼休みは何分。提出期限まであと何日。テストまであと何週間。部活が終わるまであと何時間。気づけば、いつも何かに向かって数えている。早く。ちゃんと。遅れないように。間違えないように。周りに追いつけるように。たぶんわたしは、「頑張ること」が嫌いじゃない。むしろ、好きなんだと思う。できなかったことができるようになる瞬間は嬉しい。悔しかった日は、次こそって思える。負けたままで終わるのは、どうしても苦手だ。だからこそ、ときどきわからなくなる。立ち止まることと、諦めることの違いが。休むことと、逃げることの違いが。昨日だってそうだった。小さな失敗を、寝る直前まで思い返していた。あのとき、もっと上手く言えたんじゃないか。あそこは違うやり方があったんじゃないか。誰も気にしていないようなことを、自分だけが何度も拾い上げていた。「もっとちゃんとしなきゃ」口からこぼれた声は、自分で思っていたより弱かった。ネネが目を開けた。薄い瞳が、眠そうにわたしを見る。数秒だけ見つめ合って、「……なに」ネネは、ふいっと顔をそらした。そしてまた、わたしの胸の上に顎を乗せる。慰めてくれるわけでもない。励ましてくれるわけでもない。ただ、そこにいる。その無責任なくらい静かな態度に、わたしは少し救われた。人間はたぶん、意味をつけすぎる。頑張った日に意味をつけて。失敗した日に意味をつけて。何もできなかった日には、「無駄だった」なんて名前までつける。だけどネネにとっては、晴れた朝に暖かい場所で眠ることも、きっと立派な一日の一部なのだ。食べる。眠る。伸びをする。窓の外を見る。撫でてほしくなったら近づいてくる。嫌になったら離れていく。なんだか、とても潔い。わたしはネネの頭を撫でながら思った。「何もしない時間は、人生からこぼれた時間じゃない。」むしろ、ずっと急いでいるときには見えなかったものを、拾い直す時間なのかもしれない。カーテンが風を含んで、ふわりと膨らんだ。朝の光が動く。ネネの白い背中を滑り、わたしの指先まで届く。温かい。夏の終わりに近い朝の光には、少しだけ透明な匂いがする。窓の外から吹き込む風も、昨日までよりほんの少し涼しい。季節は、誰かが急がせなくても進んでいく。わたしが布団の中にいても。課題をしていても。失敗して落ち込んでいても。笑っていても。ちゃんと進んでいく。だったら、少しくらい自分の歩幅を緩めたところで、世界から置いていかれたりはしないのかもしれない。「今日は……何もしない日にしようかな」言ってから、少し罪悪感が湧く。すぐに訂正する。「いや、何もしないって決めるのも、予定だから」ネネが尻尾の先を一度だけ動かした。「賛成?」無視。「だよね」笑う。朝ごはんは、もう少しあとでいい。顔を洗うのも、あとでいい。宿題だって、午後からでいい。今はただ、この白い生き物が自分から離れていくまで、ここにいよう。それくらいのわがままなら、たぶん許される。わたしは布団を少しだけ引き上げた。ネネの身体まで包む。すると彼女は薄く目を開け、不満そうにこちらを見たあと、仕方ないというようにまた目を閉じた。「はいはい、ごめんなさい」小さな額を指で撫でる。ごろごろという音が返ってくる。窓辺の葉が揺れている。時計の秒針が進んでいる。世界は止まっていない。でも今だけは、それでいいと思えた。止まっているように見える時間の中でも、心はちゃんと何かを取り戻している。急いでいるときには気づけなかった、自分の呼吸。誰かと比べているときには忘れていた、自分の速さ。頑張るために休むんじゃなくて。休むことそのものを、大切にしてもいい。そんな当たり前のことを、十七歳のわたしはまだ練習している途中なのだ。ネネの寝息を聞きながら、目を閉じる。瞼の裏まで、朝の光が淡く透けていた。今日はきっと、特別なことは何も起こらない。だからいい。たぶん人生には、忘れてしまうような朝が必要なのだ。写真にも残さない。誰にも話さない。何かを達成したわけでもない。ただ、好きな存在のぬくもりを抱えて、少しだけゆっくり息をした朝。いつか忙しくなった未来のわたしが、理由もなく疲れた日に。こんな朝があったことを、身体のどこかが覚えていてくれたらいい。もう一度だけネネの背中を撫でる。「もうちょっとだけ、こうしてよっか」返事はない。でも、白い前脚がわたしの胸にそっと触れた。それで充分だった。急がない日は、遅れている日じゃない。自分の時間に、ちゃんと帰ってくる日なんだ。カーテンの向こうで、朝が静かに明るくなっていく。わたしは今日は、それを追いかけない。追いつこうともしない。ただここで、ネネと同じ速さで朝を迎える。そんな一日の始まりも、きっと悪くない。#青春小説#日菜子の日常#猫のいる暮らし#何もしない贅沢#急がない朝Strange Park ストレンジパーク コットン 猫 刺繍 ローキャップ /レディース メンズ 男女兼用 キャップ 帽子 CAP ベースボールキャップ かわいい 可愛い おしゃれ オシャレ 女性 男性 無地 シンプル 綿 春 夏 秋 冬 58cm ブランド 猫グッズ 白猫 黒猫 ねこ ネコ 白 黒/価格:2,420円(税込、送料別) (2026/9/22時点)楽天で購入
2026/09/22
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週末の夜は、部屋の音が少なくなる。平日の夜と、何が違うのかと聞かれたら、たぶんうまく説明できない。時計の針が進む速さも同じ。窓の外を通る車の数だって、たぶんそんなに変わらない。部屋の灯りも、ベッドの柔らかさも、いつも通り。なのに金曜日の夜だけは、空気の奥に、少しだけ「もう頑張らなくていい」という匂いが混じっている気がする。わたしはベッドの上に座って、ネネの頭をゆっくり撫でていた。窓は少しだけ開けてある。薄いカーテンが、夜風を受けてふわりと揺れる。その向こうには、よく晴れた夜空。丸い月が静かに浮かんでいて、星がいくつも瞬いている。昼間の暑さが嘘みたいに、風はひんやりしていた。ネネの白い毛は、月明かりと部屋のランプを半分ずつ受けて、柔らかな銀色に見える。「また週末だね」そう言うと、ネネは目を細めた。返事はない。いつものことだ。でも、わたしの手から逃げもしない。七歳になったネネは、甘え方が上手ではない。抱こうとすれば逃げるくせに、わたしが落ち込んでいる夜には、いつの間にか近くにいる。それも、少し離れたところではなく、必ず手を伸ばせば届く場所に。たぶん、そういうところがネネらしい。優しいふりをしない。でも、ちゃんといる。それだけでいい。わたしはネネの額を指先で撫でる。耳の間から鼻筋へ。もう一度、ゆっくり。すると喉の奥から、小さな音がした。ごろごろ。ほとんど聞こえないくらいの音。でも、掌にはちゃんと振動が伝わってくる。その小さな震えを感じながら、わたしは一週間を思い返していた。別に、ひどい一週間だったわけじゃない。月曜日は眠かった。火曜日は授業中に当てられて、答えを間違えた。水曜日は友達と少し気まずくなった。木曜日は提出物をぎりぎりで出した。そして今日。金曜日。笑ったこともあった。楽しかったこともあった。なのに、夜になると、なぜか「できなかったこと」のほうばかり思い出す。人って不思議だ。褒められた言葉はすぐ忘れるのに、何気なく言われたひと言だけは、何度も頭の中で再生してしまう。今日もそうだった。放課後、友達に言われた。「日菜子って、けっこう頑固だよね」冗談っぽい言い方だった。だからわたしも笑った。「よく言われる」そう返した。たぶん、それでよかった。普通の会話。傷つくようなことじゃない。実際、自分でもそう思っている。わたしは頑固だ。納得できないことを、簡単に「まあいいか」で流すのが苦手だし、一度こうと決めたらなかなか曲げられない。でも。帰り道になってから、言葉の端だけが残った。頑固。もしかして、面倒くさいと思われているのかな。融通が利かないのかな。もっと適当に合わせたほうがいいのかな。そう考え始めたら、止まらなくなった。笑っていた友達の表情まで、だんだん違うものに見えてきた。「あれ、ほんとは嫌味だったのかな」家に帰ってからも、少し考えた。でも誰にも聞けなかった。聞けばたぶん、「気にしすぎだよ」と言われる。きっとその通りだ。だから余計に言えない。気にしすぎている自分が、少し恥ずかしい。「ねえ、ネネ」ネネの耳がぴくりと動く。「わたしって、面倒くさいかな」言ったあと、自分で笑ってしまった。猫に人生相談。しかも内容がずいぶん地味だ。ネネは当然、答えない。そのかわり、わたしの膝に片方の前脚を乗せた。偶然かもしれない。でも、今日は偶然ということにしたくなかった。「そっか」わたしは勝手に納得する。「面倒くさくてもいいか」ネネの頭を撫でる。ごろごろ。また小さな音。わたしはその音を聞きながら、少し考える。頑固なのは、たしかに短所だ。でも、そのせいで最後まで諦めなかったこともある。納得できるまで練習したこと。できない問題を何度もやり直したこと。誰かに「もういいじゃん」と言われても、自分が間違っていると思ったときはちゃんと謝ったこと。そういう部分まで全部なくしてしまったら、それはたぶん、わたしではなくなる。欠点って、不思議だ。角度を変えれば、少しだけ長所に似ている。直したいところと、失くしてはいけないところは、ときどき同じ場所にある。そのことに気づくまで、人は自分の嫌いな部分を何度も責めてしまうのかもしれない。わたしもそうだ。もっと器用だったら。もっと気にしなかったら。もっと素直だったら。もっと上手に笑えたら。「もっと」が増えるたび、今の自分が少し足りないもののように思えてくる。でも。ネネはたぶん、わたしが頑固でも気にしない。テストで何点取ったかも知らない。友達との会話が上手だったかなんて、もっと知らない。今日どれだけ頑張ったかさえ知らない。それでも、こうしてそばにいる。その事実が妙に嬉しかった。人間同士なら、こんなふうにはいかないかもしれない。誰かと関わる以上、言葉も必要だし、気遣いも必要だ。だから全部を「そのままでいい」にするつもりはない。変えたほうがいいことは、ちゃんと変えたい。でも、自分を嫌いになってまで変わる必要はないのかもしれない。そんなことを思った。窓辺のランタンの灯りが、小さく揺れた。カーテンも揺れる。夜の匂いが入ってくる。少し湿った土と、遠くの草木の匂い。どこかの家の夕食の名残なのか、微かに焼いた醤油のような匂いもした。時計を見る。もうすぐ日付が変わる。一週間が、本当に終わる。「今週も終わったね」今度はネネにではなく、自分に言った。よく頑張った。とは、まだ少し言いづらい。もっとできた気もする。頑張れなかった日もあった。ぼんやりしていた時間もあった。だから、「まあ……お疲れさま」くらいにしておく。そのくらいの言葉なら、素直に受け取れた。ネネが顔を上げた。紫がかった夜の光の中で、淡い瞳がわたしを見る。「なに?」わたしが聞く。ネネはそのまま数秒見つめてから、身体をこちらへ寄せてきた。肩に、ふわりと白い毛が触れる。「あ」珍しい。今日は本当に甘えたい日らしい。わたしは両手でネネの身体を包む。あたたかい。昼間のことが少し遠くなる。友達の言葉も。自分で自分に向けた、少し厳しすぎる言葉も。ぜんぶ消えるわけじゃない。でも、今夜だけはここに置いていっていいような気がした。明日になったら、また考えればいい。本当に自分の直したい部分なのか。それとも、ただ誰かに嫌われるのが怖いだけなのか。今日中に答えを出さなくてもいい。夜は、答えを出すためだけにあるわけじゃない。眠るためにある。それを最近、忘れていた気がする。「今日はもういいや」声に出す。その言葉を言った瞬間、身体のどこかに入っていた力が少し抜けた。もう反省しない。もう振り返らない。今日のわたしは、ここまで。そう決める。これは逃げることじゃない。休むことだ。明日、もう一度自分の足で立つための。ベッドに横になる。ネネも当然のようについてきて、枕の横に丸くなった。「そこ使うの?」ネネは目を閉じる。やっぱり答えない。わたしも布団を肩まで引き上げた。窓の外には月。白くて、静かな光。星はいくつか雲に隠れ始めていた。夜はゆっくり深くなる。わたしは手を伸ばして、ネネの背中に触れる。柔らかい毛。ゆっくりした呼吸。ひとつ。ふたつ。それを数えているうちに、瞼が重くなる。この一週間、言えなかったことがたくさんある。大丈夫じゃないのに「大丈夫」と言った。疲れているのに「平気」と言った。ちょっと傷ついたのに笑った。本当は不安なのに「なんとかなるよ」と言った。どれも嘘ではない。でも全部、本当でもない。人はたぶん、そんな半分ずつの言葉を使いながら毎日を過ごしている。だから週末くらいは、自分だけには正直でいたい。疲れた。少し傷ついた。でも楽しかった。わたしなりに頑張った。そして今は、眠い。それでいい。ネネの喉が、また鳴る。ごろごろ。静かな部屋では、その音が小さな子守歌みたいに聞こえた。「おやすみ」返事はない。でも、白い尻尾の先が一度だけ動いた。わたしは目を閉じる。今日の失敗も。言えなかった言葉も。まだ決められない未来も。ひとまず全部、夜に預ける。休むことは、頑張ることの反対じゃない。明日の自分を、今日の自分が迎えにいくための時間だ。その言葉を最後に、考えるのをやめた。月明かりがカーテン越しに揺れる。ネネのぬくもりが、指先に残っている。週末だからといって、人生が急に軽くなるわけじゃない。悩みだって月曜日にはきっと戻ってくる。でも。重たいものを一度下ろせる場所があるなら、人はまた持ち上げられる。今夜が、そんな場所ならいい。完璧じゃなかった一週間も。不器用だったわたしも。全部そのまま眠らせてしまおう。明日の朝になったら、ほんの少しだけ軽くなっていますように。そう願いながら。わたしはネネの背中にそっと手を置いたまま、週末の夜へ沈んでいった。#青春小説#日菜子の日常#猫のいる暮らし#週末の夜#おやすみなさい《楽天1位》バステト 神秘の ストームグラス | 猫グッズ 猫モチーフ 猫 ネコ 癒し グッズ ガラス 置物 インテリア グッズ おしゃれ かわいい 可愛い 結晶 雑貨 猫 好き 猫好き エジプト バステト神 女性 男性 誕生日 プレゼント ギフト 誕生日プレゼント価格:3,888円~(税込、送料無料) (2026/9/21時点)楽天で購入
2026/09/22
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放課後の商店街は、昼間より少しだけやさしい顔をしていた。西の空が橙色に染まり始めると、古い看板も、店先の植木鉢も、アーケードの端に残った傷まで、全部が少しだけ懐かしく見える。わたしは学生鞄を肩にかけたまま、いつもの道を歩いていた。今日も暑かった。朝からずっと、教室の窓の向こうでは青空がまぶしくて、廊下を歩くだけで肌にまとわりつくような熱気があった。夕方になって少しは涼しくなったはずなのに、制服の背中にはまだ昼間の暑さが残っている。それでも、風だけは変わっていた。昼の風より、ほんの少しだけ丸い。頬をなでていくたびに、今日一日がゆっくり終わりへ向かっていることを教えてくれる。商店街の奥から、自転車のベルが聞こえた。八百屋さんの店じまいの音。遠くで子どもたちが笑う声。どこかの家から漂ってくる夕飯の匂い。その中に、突然、甘い香りが混ざった。足が止まった。「……たい焼き」小さく呟く。目の前には、昔からあるたい焼き屋さん。少しくすんだ暖簾。使い込まれた木のカウンター。橙色の裸電球。店の奥から、焼き型を開く金属音がする。ぱかっ。次の瞬間、ふわっと立ち上る湯気。香ばしい小麦の匂いと、甘いあんこの香り。それだけで、さっきまで頭の中に残っていた学校のことが少し遠くなった。わたしは、ショーケースの前に立つ。こんがり焼けたたい焼きが、何匹も並んでいる。あんこ。カスタード。どちらも百五十円。「……どうしよう」たった二択なのに、妙に悩む。こういうとき、自分でも笑ってしまう。進路のことはなかなか決められないくせに、たい焼きまで真剣に迷っている。でも今日は、その迷う時間すら悪くないと思った。むしろ、少し楽しかった。今日の学校では、小さな失敗がいくつかあった。英語の小テストで、最後の一問を書き直したら、最初の答えのほうが合っていた。体育では、バレーボールのサーブがネットに引っかかった。友達に「今日、ちょっと疲れてる?」と聞かれて、「全然」と答えたけれど、ほんとうは少し疲れていた。どれも大したことじゃない。明日になれば忘れてしまうようなこと。なのに、そういう小さな「うまくいかなかった」が重なると、なぜか一日全部が失敗だったような気持ちになる。帰り道も、ずっと考えていた。もっとちゃんとできたはず。もう少し頑張れたはず。あそこで間違えなければ。あのとき、こう言えばよかった。わたしは、たぶん自分に対して少ししつこい。失敗したことを何度も心の中で再生して、そのたびに勝手に落ち込む。誰かが責めているわけでもないのに。「いらっしゃい」店のおばさんが声をかけてきた。わたしは顔を上げる。「何にする?」「あ……」またショーケースを見る。あんこ。カスタード。迷う。「おすすめ、どっちですか?」聞いてから、少し可笑しくなった。そんなの、その人の好みなのに。おばさんも笑った。「疲れてるなら、好きなほう」予想していなかった答えだった。「好きなほう?」「そう。疲れてるときくらい、正解探さなくていいでしょ」一瞬、何も言えなかった。たぶん、おばさんに深い意味はなかった。ただの何気ない言葉。たい焼きを買う高校生に向けた、ほんの軽い一言。それなのに。胸の奥に、その言葉が残った。正解を探さなくていい。今日一日、わたしはずっと正解を探していたのかもしれない。テストの正解。友達への返事の正解。将来の正解。頑張り方の正解。そしてたぶん、自分自身の正解。ちゃんとした人でいたい。間違えたくない。後悔したくない。その気持ちは悪いことじゃない。でも。ずっと正解を探していると、自分が何を好きだったのかを忘れてしまうことがある。わたしはショーケースを見た。昔から、たい焼きならあんこが好きだった。子どものころから。でもカスタードも気になる。だから迷う。それだけのことだった。「じゃあ……」少し考えてから言う。「あんこ、一つください」「はいよ」おばさんが紙袋を取る。焼きたてのたい焼きを、トングで挟む。その瞬間、また甘い匂いが広がった。自分を甘やかすことは、負けることじゃない。明日まで自分を連れていくための、小さな補給なのだ。そんな言葉が、ふいに浮かんだ。たぶん、今朝のわたしだったら笑ったと思う。たい焼き一つで大げさだ、と。でも夕方のわたしには、それが少しだけ本当のことに思えた。紙袋を受け取る。「あついから気をつけてね」「ありがとうございます」手のひらに、じんわり熱が伝わる。百五十円。たったそれだけなのに、不思議なくらい嬉しい。店の横へ少し移動して、わたしはたい焼きを紙袋から出した。丸い目。少し歪んだ尻尾。焼き色の濃いところと薄いところ。完璧な形ではない。でも、それが妙にかわいい。どこから食べよう。頭からか。尻尾からか。また迷う。「今日は迷ってばっかり」思わず笑う。結局、頭から一口かじった。ぱりっ。薄い皮が割れる。中から熱いあんこが覗く。「あつっ」思わず息を吐く。でも、おいしい。香ばしい皮。やさしい甘さ。少しだけ塩気のあるあんこ。舌の上で熱がほどけていく。一口。もう一口。さっきまで胸の中にあった小さな棘が、少しずつ丸くなっていく気がした。夕焼けが商店街の石畳を照らしている。電柱の影が長い。店先の暖簾が風で揺れる。遠くで犬の散歩をしている人がいる。高校生が自転車で通り過ぎる。どこにでもある夕方。何も特別じゃない。でも、だからこそ、いいのかもしれない。人は大きな幸せばかり待っていると、目の前の小さな幸せを見落としてしまう。百点を取ること。夢を叶えること。誰かに認められること。もちろん、それも幸せだと思う。でも。疲れた放課後に、たい焼きがあたたかい。それだけでも、充分うれしい。そう思える自分でいたい。一口食べるたびに、今日一日が少しずつ遠ざかっていく。失敗したテストも。ネットに引っかかったサーブも。無理して「全然」と答えたことも。消えるわけじゃない。でも、全部を抱えたままでも、甘いものをおいしいと思える。それが少し嬉しかった。失敗した日は、失敗だけでできているわけじゃない。帰り道の夕焼けがきれいだったりする。たい焼きがおいしかったりする。知らない誰かの言葉に救われたりする。その一つ一つをちゃんと覚えていたら、もしかすると一日は思っているほど悪くないのかもしれない。たい焼きは、もう半分になっていた。尻尾のほうには、少しだけあんこが少ない。それも昔から知っている。でもわたしは、その部分も嫌いじゃない。皮の香ばしさがよくわかるから。「全部が甘くなくても、おいしいんだ」口にしてみて、少し恥ずかしくなった。たい焼きの話なのに。なんだか人生の話みたいだ。でも、十七歳のわたしには、まだ人生のことなんてよくわからない。だから今は、たい焼きくらいでいい。今日うまくいかなかったことも、全部無理に意味のあるものにしなくていい。失敗は失敗。嫌だったことは嫌だったこと。ただ、そのあとに甘いものを食べて、少し笑えたなら。それで今日を終わらせてもいい。最後の一口を食べる。尻尾の端。ぱりっとした皮が砕ける。紙袋の中には、小さな欠片だけが残った。夕日は、さっきより低くなっていた。商店街の屋根や電柱の向こうが、赤と橙と薄紫の境目みたいな色になっている。わたしは学生鞄を持ち直した。「よし」誰に言うでもなく呟く。今日のことは、今日のぶんだけでいい。明日のことまで、今ここで背負わなくていい。明日のわたしには、明日の力がある。そう思うことにした。たい焼き屋さんから、また甘い匂いが漂ってくる。振り返ると、おばさんが次のたい焼きを焼いていた。目が合った。「おいしかった?」「はい」わたしは少し笑う。「すごく」「それならよかった」それだけだった。でも、その「よかった」が、なぜか胸にあたたかく残った。わたしは商店街を歩き出す。空はもう夕方から夜へ向かっている。家に帰れば、宿題もある。明日の準備もしなければならない。悩んでいることだって、別に解決したわけじゃない。それでも、さっきより足取りは軽い。きっと人は、いつも強くなくていいのだと思う。頑張れない日には、少し甘いものを食べる。迷った日は、好きなほうを選ぶ。疲れた日は、自分に「お疲れさま」と言う。そんな小さなことを繰り返しながら、少しずつ明日へ行けばいい。頑張った日のご褒美は、何かを成し遂げた証じゃない。「今日もここまで来たね」と、自分を迎えにいくためにある。夕焼けの中を歩きながら、わたしはその言葉を胸の中で繰り返した。今日も完璧じゃなかった。でも、悪くない一日だった。たぶん。そう思えるくらいには、たい焼きは甘かった。#青春小説#日菜子の日常#放課後の商店街#たい焼き#小さな幸せ全品対象クーポン配布中! 福袋 レディース 猫 ヘアアクセサリー ヘアアクセ ヘアゴム アクセサリー ブローチ 猫グッズ 雑貨 プレゼント かわいい キッズ シュシュ ネコ グッズ ねこ ヘアピン クリップ ネックレス 誕生日 ギフト プレゼント 母の日 プレゼント価格:1,650円(税込、送料別) (2026/9/21時点)楽天で購入
2026/09/22
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朝の制服が、今日は少しだけ重たく感じた。たぶん、気温のせいだと思う。家を出た瞬間から、空気はもうぬるくて、息を吸うたびに夏の匂いが胸の奥まで入りこんでくる。アスファルトが熱をためこむ前の、まだ朝なのにどこか青く蒸した匂い。遠くの草むらの青臭さ。蝉の声はまだ本気を出しきっていないのに、空だけはもう、きっぱりと夏だった。踏切の警報音が鳴り始めたのは、ちょうどわたしが遮断機の前まで来たときだった。あ、と思って足を止める。いつもなら「ついてないな」と思うだけの数十秒なのに、今日はなぜか、その足止めが悪いことのように感じなかった。黒と黄色の遮断機がゆっくり降りてきて、赤いランプが規則正しく点滅する。からん、からん、と少し乾いた警報音が、真っ青な空に向かって響いていく。わたしは学生鞄の肩紐を持ち直しながら、線路の向こう側を見た。銀色の電車が来る気配はまだ見えない。そのかわり、空の高いところに、白く盛り上がった雲が見えた。大きな入道雲。輪郭だけがやけにくっきりしていて、まるで誰かが夏という季節を、手でちぎって空に置いたみたいだった。「今日も暑くなりそうだな……」声に出してみると、思ったより素直な音になった。最近、わたしは少しだけ疲れている。べつに特別なことがあったわけじゃない。誰かと大きくぶつかったわけでも、何かを失くしたわけでもない。ただ、毎日ちゃんと学校へ行って、ちゃんと授業を受けて、ちゃんと友達に合わせて笑って、ちゃんと先のことを考えようとする。その「ちゃんと」が、知らないうちに胸の内側で積もっていた。進路の話も、そのひとつだった。教室ではもう、将来のことを口にするのが当たり前みたいになっている。何になりたいのか。どこへ行きたいのか。何が得意で、何が向いているのか。そういう話になるたび、みんなは案外すらすら答える。迷っていると言いながら、それでも何かしらの方向を見ている顔をしている。わたしは、前向きだね、と言われることが多い。たしかに、そうありたいとは思っている。できないことがあっても、躓いても、なるべく「次」を見たい。落ち込んだままで終わるのは悔しい。そういう気持ちは、本当にある。でも、前向きでいることと、迷わないことは、たぶん別だ。わたしはときどき、立ち止まる。立ち止まって、考えすぎて、わからなくなって、それでも平気なふりをする。誰かに「日菜子って悩みなさそうだよね」と言われたとき、笑って「そんなことないよ」と返したことがある。あれは半分ほんとうで、半分うそだった。ほんとうは、悩みがないんじゃない。悩みをうまく見せられないだけだ。警報音が続く。風が吹いて、短い髪の先が頬に触れた。毛先の紫が、光の加減で少しだけ透ける。首筋にはもう汗がにじんでいて、じっとしているのに体温だけが先に夏へ連れていかれてしまうみたいだった。鞄の横ポケットから、小さなペットボトルを取り出す。きゅっと蓋をひねると、ぺこ、と軽い音がして、冷えた水の気配が手のひらに伝わった。一口飲む。ほんの少しぬるくなりかけていたけれど、それでも喉を通っていく感覚にほっとする。生きていくって、案外こういうことなのかもしれないと思う。すごく大きな答えを出すことじゃなくて、暑い日にちゃんと水を飲むこと。しんどい日にちゃんと足を止めること。無理をしすぎる前に、小さく息をつくこと。立ち止まることは、弱さじゃない。自分を置き去りにしないための、やさしい技術だ。そんな言葉が、ふいに胸の奥へ落ちてきた。誰かに教わったわけじゃない。今、この踏切の前で、赤いランプを見つめながら、わたしの中から静かに浮かんできた言葉だった。線路が微かに震えた。次の瞬間、銀色の電車が視界に滑り込んでくる。風を連れて、光を反射して、車体の赤いラインまでまぶしく見える。窓の向こうに、一瞬だけ誰かの顔が映る。また次の窓、また次の窓。知っている人はいないはずなのに、どこか自分の未来を見送っているみたいな気持ちになる。電車が通り過ぎる音は、思っていたより大きい。ごう、という低い唸り。レールのきしみ。遮断機の向こうで揺れる草の先。全部が一斉に夏の真ん中へ押し流されていくようだった。わたしは、その音の中で、昨日のことを思い出していた。進路希望調査の紙が配られたとき、わたしはすぐに書けなかった。空欄のままの第一志望、第二志望。ペン先を紙に当てたまま、何度も止まった。やりたいことがないわけじゃない。興味がないわけでもない。むしろ、いろいろ気になってしまうからこそ、一つに決めるのが怖かった。間違えたくない、と思う。でもそれは、かっこよく言えば慎重で、悪く言えば臆病だ。決めたあとで後悔したくなくて、決める前から立ち尽くしてしまう。わたしの頑固さは、そういうところにも出る。中途半端なまま進むくらいなら、ちゃんと納得してから進みたい。そう思っているうちに、時間だけが先へ行く。「まだ決めてないの?」と友達に聞かれて、「うん、もう少し考える」と笑った。あれも、ほんとうで、うそだった。もう少し考える、じゃない。ほんとうは、まだ怖い、だった。電車の最後尾が見えた。銀色の車体が通り過ぎ、遅れてやってきた風がスカートの裾を揺らす。そこに残されたのは、急に広く感じる線路の向こう側と、まだ鳴り続ける警報音だけだった。わたしは、ふっと息を吐いた。考えても、わからないことはある。わからないままでも、朝は来るし、授業は始まるし、夏は本番になっていく。だったら、完璧に決めてから進もうとするんじゃなくて、今の自分にできる小さな選び方をしてみてもいいのかもしれない。たとえば、今日は進路を「決定」しなくていいから、気になる学校をひとつだけちゃんと調べる。たとえば、先生に「まだ迷っています」と正直に言ってみる。たとえば、「こんなことで悩んでる自分はだめだ」と思うかわりに、「迷えるくらい真剣なんだ」と認めてみる。その程度のことでも、昨日のわたしよりは一歩だ。大きな決断なんて、いきなりできなくて当然だ。なのに、わたしたちはいつも、今日の自分に明日の強さまで求めてしまう。遮断機が上がり始めた。警報音が止む。あんなに賑やかだったのに、音が消えたあとの空は驚くほど静かだ。蝉の声が戻ってくる。風の音が戻ってくる。遠くで自転車のブレーキがきしむ音もする。目の前の道が、またひらく。ただそれだけのことなのに、胸の中でも何かが少しだけひらいた気がした。わたしはペットボトルの蓋を閉め、鞄にしまった。手のひらに残る冷たさが、まだ少し気持ちいい。「無理せずいこう」今度は、ちゃんと自分に向かって言う。誰かを励ますみたいな言い方なのが、少し可笑しかった。でも、そうでもしないと、わたしはすぐに自分へ厳しくなりすぎる。もっと頑張れ、もっとはっきりしろ、もっとちゃんとしろ。そうやって自分を追い立てる声は、たぶん他の誰よりも自分の中にいる。だからこそ、意識してやさしい声を選ばないといけない。踏切を渡りながら、線路の上に落ちる自分の影を見る。夏の光にくっきり縁取られた影は、思ったよりしっかり地面についていた。迷っていても、ちゃんとここにいる。不安でも、ちゃんと今日を歩いている。それだけで十分、とはまだ言いきれないけれど、でも、それを認めるところから始めてもいい気がした。向こう側へ渡りきる直前、もう一度だけ空を見上げる。入道雲はさっきより少しだけ形を変えていた。白く高く、まぶしいまま、同じところにはとどまっていない。わたしも、ああやって変わっていくのかもしれない。すぐにはわからなくても、少しずつ。自分でも気づかないうちに、昨日とは違う輪郭を持ちながら。未来は、答えを出した人から始まるんじゃない。暑い朝に水を飲んで、もう一歩だけ歩こうと思えた人から、静かに動き出す。そんなふうに思えたのは、たぶんこの数十秒の足止めのおかげだ。電車を待つだけの時間。それだけのはずだった。なのに、夏の光は、その何でもない時間を少しだけ特別に見せた。赤いランプも、黒と黄色の遮断機も、通り過ぎる車両の風も、全部まとめて「急がなくていい」と言ってくれているようだった。わたしは前を向く。今日もたぶん暑くなる。教室へ着くころには、また汗をかいて、髪も少し乱れるだろう。進路のことだって、今日一日で全部がすっきりするわけじゃない。迷うし、考えるし、ときどき立ち止まる。それでもいい。夏はこんなにまぶしいのに、無理をしてまでまっすぐ見つめなくてもいいのだ。ときどき目を細めながら、自分の歩幅で進めばいい。そう思いながら、わたしは踏切をあとにした。背中にはまだ、通り過ぎた電車の風の名残がある。喉の奥には、水の冷たさが少し残っている。たったそれだけで、朝は前よりやさしかった。#青春小説#日菜子#夏の情景#踏切のある風景#エモい物語【 敬老の日 猫好き ネコ 猫グッズ 革 ねこ キーホルダー キーリング 名入れ 刻印 名前入り プレゼント 革 還暦祝い 女性 男性 古希 お祝い かわいい 家族 誕生日 猫好き 赤 紫 ネコ 本革 雑貨】レザーキーリング[ネコ型]【 肉球 おしゃれ 祖母 友達 雑貨ギフト】価格:2,850円(税込、送料別) (2026/9/21時点)楽天で購入
2026/09/21
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