風と散策

風と散策

2008.12.09
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昨日は奇しくも「日米開戦の日」でしたね。
朝の小倉智明ワイドショーで『駆逐艦「雷」艦長・工藤俊作
~ 敵兵422人を救助した武士道』を知りました。
ネットを調べてみると、既にフジテレビの番組「奇跡体験!アンビリバボー」で
公開されておりました。

この事実が永く日本人にさえ知られていなかったのは、
雷(いかづち)艦長が艦を降りて後、「雷」は1944年(昭和19年)4月13日、
船団護衛中にグアム島の西で米潜水艦「ハーダー」の雷撃を受け沈没して、
乗組員の全員(?)が死亡し、そして当の本人工藤俊作氏が誰にも語らず、
昭和54年没した為であります。

撃沈された英駆逐艦「エンカウンター」の20歳の砲術士官だった
フォール卿は、戦後、外交官として活躍し、定年退職後、
1996(平成8)年に自伝『マイ・ラッキー・ライフ』を上梓し、
その巻頭に「元帝国海軍中佐工藤俊作に捧げる」と記した事によって
初めて日本人に知られる事になった、と云うのです。

大東亜戦争が始まってまもなくの1942(昭和17)年2月27日、
ジャワ島北方のスラバヤ沖で日本艦隊と英米蘭の連合部隊の海戦が
始まった。  連合部隊の15隻中11隻は撃沈され、4隻は逃走した。
3月1日にスラバヤ沖で撃沈された英海軍の巡洋艦「エクゼター」、
駆逐艦「エンカウンター」の乗組員4百数十名は漂流を続けていたが、
翌2日、生存の限界に達した所を日本海軍の駆逐艦「雷(いかづち)」に
発見された。

「エンカウンター」の砲術士官だったフォール卿は、
「日本人は非情」という先入観を持っていたため、
機銃掃射を受けて最期を迎えるものと覚悟した。

ところが、駆逐艦「雷」は即座に「救助活動中」の国際信号旗を掲げ、
漂流者全員422名を救助したのである。艦長・工藤俊作中佐は、
英国海軍士官全員を前甲板に集め、英語で健闘を称え、
「本日、貴官らは日本帝国海軍の名誉あるゲストである」と
スピーチしたのだった。そして兵員も含め、全員に友軍以上の
丁重な処遇を施した。


と続く、ネットの記述を是非読んでみて下さい。
ここにコピペするには、ちと長過ぎますので。


私は昔の日本の上層部に「武士道」が及ぼした精神的支柱は
計り知れないものがあると思っています。
それは「武士道とは死ぬ事と見つけたり」と世に良く言われている事
のみに限定すると間違った解釈となります。
いえ、「死」への言及以外の「如何に生きるか」への言及が多く為されて
いる筈だからです。

明治になってからも 端的に挙げれば、旅順の戦いには辛うじて
勝ったからでしょうか、乃木将軍は旅順水師営での敵将ステッセルとの
終戦締結会見で仲良く写真に隣同士に収まって写っています。
良く教科書に出ていたあれです(最近の教科書はどうなっているのか
知りませんが)。
私は中学生の頃よりただ単純に、可笑しな写真だな、と思って
見て来ました。 これが勝った戦争の記念写真なのか? と。

その種明かしは後年為されました・・・
彼は敵ながら天晴れに戦った、と敬って遇した結果と史実にあったのです。
事実ステッセルはロシア皇帝に、帰国して「死」を持って詫びる様に
召還されたそうですが(所謂死刑)、乃木が命乞いの嘆願書を送った
そうなんですよね!  事実死は免れています。

日本海海戦に勝った東郷元帥と共に歓呼の声に迎えられて
帰国するのですが、事実は彼が指揮を取った旅順の戦いは日露戦争で
最大の犠牲者を出す惨憺たるもので、彼は戦略家としては無能であったと
「坂の上の雲」を書いた司馬遼太郎は言っています。
ですから、この際の多大な兵の犠牲に全身これ「武士道」たる彼は
どれ程我が身を責めた事でしょう。

が、さて置き、明治天皇崩御の際は妻と共に殉死しましたが、
その死に至る迄は「学習院」の校長となり皇族、貴族の教育を
一手に任される訳です。
その教え子にあの、これ又全身武士道みたいな昭和天皇が在らせられます(笑)。

終戦直後 、マッカーサーが天皇の ”身はどうなろうとも” の
連合軍総司令官室での対面下の発言に痛く心を揺さぶられ、
天皇制存続の道筋を付けた事は余りにも有名ですよね。

太平洋戦争下では 、1945年7月に行われる予定のポツダム会談へ行く途中、
急逝したルーズベルトの死を悼んで、日本政府はアメリカに弔電を
送っています。  これ等も戦局は末期の局面に入っていて、
それどころじゃないでしょうに、日本は敵国に弔意を表すんですね。
ザッツ(That's)武士道! ですよね。

極く極く近くでは 、全日空西松社長の「年収960万円」「都バスで出勤」が
米CNNによってクローズアップされ、アメリカのネットYouTube動画で
反響を呼んだとの事。

CNNの記者が「世界でトップ10に入る航空会社のCEOの生活としては
奇妙なのでは」と疑問を投げかけると、西松社長は
「そんなおかしいですかね? I don't think so strange.
(そんなにおかしいとは思わない) だと思うんですけど」
と、「至って当然」という様子。

さらに、レポートでは「米国のCEOは、これとは対照的だ」と続く。
記者が、米議会で財政支援を求めている企業のCEOの年収が2億『ドル』
(約186億円) にのぼるケースがあることを伝えると、西松社長は
「ドル? In terms of US dollar? (米ドルで?) はぁー。ハハハ」
と、あきれた様子だった。


これ等は日本人には、不祥事が続き後を任された新社長の
在るべき姿としては当然の行為なのですが、アメリカ人に取っては
尊敬は出来るけれども、別見では奇妙な行動に写っているのかも
知れないですね。

「アメリカンドリーム」の形の表れ、「経営上層部と一般労働者の年収額の隔絶」の
矛盾が今回のアメリカ発金融危機で露呈し、
アメリカ国民自体から叩かれる事となりました。
自動車ビッグスリーの会長達は、日本のこの西松社長に扇動された感じで、
年収1ドル、と回答したのでしょうか。

そう、西松社長の行動は我々日本人には、中々出来る事ではないけれども
ある種当然、と感じる心・・・
そして当の社長自身が当然と感じている・・・
この精神的バックボーンには武士道から派生した「道徳」が今だ
辛うじて日本人の血流に流れている、という事ではありませんか?
(戦後でも特に平成の日本人の心象風景は、誰もが皆うそ寒いものを
感じて来た通りですが)

戦後のアメリカを旗手とする「自由 平等」をスローガンとした思想と
「資本主義の勝利」の幻想に洗脳された日本人の行き着いた結果であり、
道徳の荒廃でありましたが、

(敗戦によって、戦前に有った善きもの迄全て否定しまくった、
永く培ってきた日本人の精神性迄毛嫌いして遠くに追いやった、
我を失っていた、としか・・・)

冒頭『駆逐艦「雷」艦長・工藤俊作~ 敵兵422人を救助した武士道』
等を改めて知ったりしますと、我々にはこの純粋無垢な、痛々しい迄の
武士道を実践した先達(せんだつ)が居り、確かにその子孫である事を自覚し、
子孫に伝え、決してこれ以上の荒廃を招かぬ様、心しなければと思うのです。


人物探訪: 駆逐艦「雷」艦長・工藤俊作
~ 敵兵422人を救助した武士道
「貴官らは日本帝国海軍の名誉あるゲストである」




そして YouTubeの動画前半  後半 には「奇跡体験!アンビリバボー」で
取り上げられた際の物が載っております。







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最終更新日  2008.12.21 06:01:04
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