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その天使は冬の朝の清々しい陽射しと共にわが家にやってきました。真っ白で 無垢な 愛らしい姿背中には ちっちゃな可愛い翼ピンクのバラの花とリボンをかけた 大きなハートを携えて。。。。よく来てくれたね~旅はどうだった?ここは氣に入ってくれた?これからずっと 仲良くしてね。。。。私の全てを受け止めてくれる愛くるしい 物静かな あどけない天使。。。。頭をそっと撫ぜながら あれこれ話しかけているとなぜか 胸がいっぱいになり 涙がこぼれる。。。。突然わかった。。。。この子は 私の心の中からやってきた。。。。めったには触れることのない 心の奥の奥 傷つくことも 汚れることもない いちばん純粋な世界から。。。。ずっと探してたでしょ?ずっと求めてたでしょ?いま きたよよく来てくれたね ありがとう私はもう大丈夫これからも いろんなことがあるだろうけどあなたがきてくれたからもう なにがあっても大丈夫深い安堵の涙がこぼれ涙の中から 歓びの笑いが溢れ出たありがとう 私の天使来てくれてありがとういつまでも いつまでも いっしょにいようね
2008年01月18日
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先日お話しした貯徳問答講で 初めて講師をさせていただいた時のこと。「ありがとうと愛や 如何」というお題のときでした。ある講生さんのご投稿の一文に ふと意識が吸い寄せられました。“ありがとうって 「有り難いこと、あり得ないこと」に対して使う言葉でしょうか?”ん?そういえば、「ありがたい」は 肯定の言葉、喜びの言葉なのに「有り難い、あり得ない」だと 否定的なニュアンスになっちゃうなぁ。。。。どういうことなんだろ?これが氣になって、氣になって。。。。。(ーー;)お題が出るのが 毎週木曜日、そして 4日後の月曜日に和平さんの「まごころ思案」というメールが届きます。お題を読み解く手がかりと励ましがいっぱいこもったお便りです「?」でいっぱいになっている私のところにまごころ思案が届きました。それを読んで 「!!!」そこには こう書かれていました。 (前略) ありがとうと 呼べばありがとうが 返って来る ありがとうは 愛があらわれる 奇跡のことば ありがとうは 平和があらわれる 奇跡のことば ありがとうは 誰でも出来る 強い愛の光有難い奇跡の言葉を 感謝の言葉に 見事転換した 日本文化の智徳力は すごい!すごい!感動!感嘆! (後略)そっかぁ~!!「有り難い」はめったに起こらないこと簡単には起こらないことだから そんな奇跡が起これば 「ありがたい」でも「ありがとう」は起こったことへの 感謝の言葉たくさん奇跡が起これば たくさんのありがとうだったら 先にたくさん ありがとうを言ったら?ありがとうに引き寄せられて たくさんの奇跡が起こる!!スト~ン!と 腑に落ちました。そして ものすごく感動しました。こんな形で答えが与えられたことに。そして、日頃何氣なく使ってた「ありがとう」が当たり前の日常に 奇跡を呼び起こす 魔法の呪文だったことに。思い返せば辛かったどん底で 感謝することを思い出させてもらい素直にありがとうが言えるようになった辺りから人生が上向いてきました。そうだったのかぁ。。。。私 それと知らずに 奇跡を起こす魔法の呪文 唱えてたんだ~なんとかしあわせになりたくて“幸せな成功者”と呼ばれる人たちの本を 片っ端から読み漁っていたときどの本にも共通して書かれていたのが「感謝することの大切さ」でした。もう できることは何でもやろうっていう せっぱつまった氣持ちだったから、およそ「ありがとう」とはかけ離れた状況の中でも頑張って「ありがとう」と言い続けました。でも、どこか抵抗があったんだなぁ。。。。すっごく辛くて すっごく不幸なときに 無理やり「ありがとう」って言うのって自分にウソついて やせ我慢してるみたいで (^^ゞ今になってわかったよ♪呪文だって思えばよかったんだ♪呪文に 意味も理由もないちちんぷいぷい アブラカタブラ ありがとう唱えさえすれば 幸せを呼ぶ 奇跡が起こる和平さんが創った 「ありがとう百万遍の和(輪)」1日3000回、1ヶ月に9万回、一年で100万回「ありがとう」を唱えましょう、というネット上の集まりです。和平さんが 「ありがとう」を 3年で 300万回唱えたら何事においても すごく調子がよくなってこれは 世の中の人に教えなきゃいかん、と思ったのだそうです。実を言うと 私ありがとうの持つ力は充分認めながらも1日3000回とか そこまでたくさん唱えるつもりはなかったんです。ところが。。。。ここ3~4日自分でもなぜかまったくわからないんだけどありがとう、ありがとう、ありがとう、ブツブツブツ。。。。。。ふとした時に 唱え続ける私がいます (*゜O゜*)あらら・・・おおよそ40分ぐらい唱えると 3000回になるんですって。私は 数を数えながら唱えるのはちょっとストレスなので、一日合計40分~1時間を目安にお掃除しながら お風呂に入りながら 運転しながら頭と口が空いてるときに 一人ぶつぶつと唱えております♪やってみて氣づいたんだけど、ありがとう、ありがとう、ありがとう・・・・・と息つぐ暇も惜しいぐらいの勢いで言い続けてる時って眉の上とか 頬骨の辺りとか怒ったり泣いたりするとき力の入りやすい部分がほわ~んと緩むんですねそしてそのうち なんとな~く笑顔になってくる (*^ー^*)それと、ありがとうを言い続けてる時いやなこと、不安なことに 意識が向きません。唱えるのに夢中で そんな余裕ありません(笑)だから ふと心が辛い方を向きそうになったときに唱えるとよくない氣を祓ってくれるようですまさに 魔法の呪文ですさらに ありがとうは 人だけでなく 物も喜ぶ言葉のようです。わが愛車は 毎日ありがとうって言ってるから走行距離10万kmを超えた今も整備のおじさんが 「機嫌よく走りよるの~」って感心するぐらい元氣に走り続けてくれます最近プリンタの調子が悪くなって やたら紙詰まりを起こした時もありがとうをいっぱい唱えて聞かせたら ぴたりと治りました♪え?「そんなの偶然でしょ、信じられない」って?うん、そう思うのもありだけど、信じる者は 救われますぞ いつでも 誰でも どこででも唱えさえすれば 愛と幸せを運んでくれる奇跡の呪文 ありがとうあなたも唱えてみませんか?
2008年01月11日
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見ぃつけた。。。。。ん?何がって?見て見て~庭で見つけたふきのとうです~(^^)一つ見つけるとその周りに次々と見つかるんだよね♪ああ、もう そういう季節になったんだなぁって 季節を象徴するものに出合うのは いつも大きな歓びでもね。。。。今年は ちょっと困ったことが。。。。おとといから ウグイスの鳴き声が盛んに聞こえるんです。。。。。最初に聞いたときは 「まさか!?」って思ったんだけど、あれだけ鳴かれては 聞き間違えようがありません (ーー;)きのうはどしゃ降りだったから さすがに聞こえなかったけど、けさ 霧が晴れてからというものは 再び嬉しげにさえずり続けて。。。。いつもなら2月下旬ぐらいにならないと 鳴かないのになぁ。。。。。いや、ウグイスの声は大好きなんです。と~っても清々しく ころころとまろやかな美しい声でも、でもね、なんか妙なんだなぁ。。。。。。例年の1月って冬至を過ぎて 少しずつ日が長くなってくるのとはうらはらに寒さが一段と厳しくなり、カラリと一日中晴れ渡る日が少なくって、午後になるとどこか重々しい灰色の空の下枯れ色の草や 黒々と枝を伸ばす裸木の間を身を切るような冷たい風がびゅーびゅー吹き抜けて、雲の間からときおり射し込む冬の日ざしが光と影の神秘的なコントラストに荒涼と寂しい美しさを際立たせる、そんな日がず~っと続くんだよね。やがて2月に入り、景色はまだ寒々と寂しげなんだけど、かなり長くなった日照時間や だんだんと膨らんでくる木の芽が 少しずつ春への希望を誘い出し、再び冴え渡り始めた青空の下ある日見つける 今にもほころびそうな梅のつぼみとふと聞こえてくる どこかぎごちないウグイスの初鳴きが、厳しい冬を耐え抜いて 春を迎える歓びを身の内いっぱいに溢れさせてくれるこんな風に出合うウグイスの声はもう飛び上がりたくなるぐらい 感動ものそれって 長い寂しい冬を2ヶ月も耐え抜いたあげくだからこそなんだよね。今年は大晦日前後こそ 寒波でスリリングに寒かったけど、それを過ぎたら どこが1月なんだろうっていうようなぽかぽか陽氣それでも あったかくて過しやすいわ~なんて のんきに喜んでたけど、この事態はね。。。。。大好きなはずのウグイスの声を聞くたびになにか妙な感じで 氣が重くなる。。。。。今年はやったぁ~!!ウグイスの初鳴きだ~!!っていう あの感動とは もう出合えないんだね。。。。。(T_T) これはぜっっったい逃せないこれがなくては始まらないって 強く強く思ってるものが季節ごとにある。梅 ウグイスあたたかく吹きすさび駆け抜ける春一番おぼろ月夜の満開の夜桜雨に咲き濡れて彩りを増す紫陽花の群れ夏の夕暮れ時のひぐらしの大合唱夕刻の山々に響き渡る鹿の声に 秋の夜長の虫のハーモニー冷たくなった秋の空氣にのって漂うきんもくせいの香り凍てついた冬の夜空に瞬く星々の無音のシンフォニーこういうものってただある、ただやって来るだけではなく、季節の巡りとそのリズムにのってここぞという絶妙のタイミングで出合うからこそたまらなく美しいんだって今回しみじみとわかった氣がしました。。。。。。
2008年01月08日
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これは きのうの夕日。久々に 日が沈むさまを じっくりと眺めることが出来ました(^^)きょうは一日中雨。。。。お日さま まったく見られなかったので、きのうの写真に代わりを務めてもらいましょ暮れにカメラの電池を買ってきたので、また写真が撮れるようになりましたさすがに正月三箇日を過ぎると旅館もヒマらしい。。。。6日連続のお休みの真っ最中です♪からだの疲れは もうすっかりとれたようですが、昼夜逆転氣味の生活のせいもあってアタマの中は どこかぼや~んとしています (^^ゞ・・・・・って いつものことか~(笑)からだを休めながら去年のことをつらつらと思い出していました。6月の下旬本田晃一さんという方のメルマガで「貯徳問答講」という場を知り さっそく申し込みました。今思うとここから一年の前半と後半がくっきり分かれた感じ。。。。「貯徳問答講」は日本屈指の事業家・投資家の竹田和平さんとおっしゃる方が立ち上げた、メーリングリストを使ってグループで“徳”について問うて学ぶ ネット上の勉強会です。問答講や 創立者の和平さんの理念などにご関心のある方はリンクから問答講のHPに飛んでいただけますので どうぞご覧下さいねまた、本田晃一さんの メルマガの記事や 和平さんについて書いておられる文章はこちらからお読みになれます。実は私、“徳”という言葉に なんか落ち着かないものを感じてしまう癖があります。その元は 小・中学校時代の道徳の授業だと思うんです。「人や動物をいじめるのはやめましょう」「花や木を大切にしましょう」この類の標語満載、行き着く答えが最初から用意されている道徳の授業。大人の要求や意図をいち早く見抜いて従う才に長けていた私には楽勝の授業ではありましたでもそれは、ただ単に いい評価がもらえる答えを出せるというだけのこと。テーマが私の中に深く染み込んでくることはありませんでした。そして、大人にうまく調子を合わせられるようになるほど、心の底で 反発や空しさを覚える自分がいました。そういう自分を見ないようにして 優等生を演じ続けていくうちに私は 自分の言葉も 生命力も どんどん失っていってしまいました。そんな経験から「徳」という言葉には今でも “薄っぺらい”“ウソくさい”という どこか白々しくいかがわしいイメージがつきまとってしまうんです。「貯徳問答講」という場と出合えたのは、そんなイメージを書き換えなさいという 天からのプレゼントなのかもしれないなぁ。。。(*^ー^*)問答講では、週に一題ずつ「花咲爺」を名乗る和平さんからお題が出されます。たとえば こんな感じ。。。 「天意と生命や 如何」 「因果応報と輪廻転生や 如何」 「創造心と言葉や 如何」 「まごころと自我や 如何」 ・ ・ ・ ・正しくとも 心に何も呼び起こさない道徳的標語が 心の外側に位置する 命なき言葉だとすれば、問答講で論じられるお題は 一見難しそうに思えるけど心の内に作用し 善きものを生み出す ほんものの生きた言葉と言えると思うんです。学校の道徳の授業は最初から決まった正解が用意されていて、先生がキャッチャーミット構えてど真ん中の答えを要求・誘導してくるようなところがあって、その意図に応えるのは簡単だったけど、何か自分の意思に逆らうような 心地悪いものがありました。でも、この貯徳問答講は、出されたお題をどう捉え どう答えようと自由で その全てが正解逆に言うと“あなたはどう在りたいの? どう生きたいの?” というところを必然的に明確にさせられるようなテーマばっかりこれが なんとも心地よくってちょうど 講に参加する一年ほど前のおととしの7月、“これからは 神さまと私の二人三脚でやっていきます。 もう二度と たとえどんなに素晴らしい方であろうと、 丸ごと自分を預けて頼り切るようなことはしません”と ひとり天に向かって宣言したことがありました。それ以来、何かあるたびに「これにはどういう意味があるんだろう?」「なぜこういうことが起こったんだろう?」と自分の内に問い、いつも最善のタイミングで 答えと出合わせてもらいました。答えは自分の中に 必ずある。そう信じられるようになった今、天意とは? 生命とは?と、より本質に迫るお題について 真剣に問い続けるのはもうね、楽しくて 幸せで しかたないんです 「思い 考えることが 自分の世界を創る」と言われますが、戦うこと、勝つことばかり考えてた私が愛、まごころ、天、創造 というような言葉に半年も意識をクギ付けにされ続けたんですから、その効果たるや。。。。問えば問うほど答えもどんどん変化していき、そのたびに もっともっと素晴らしい世界が広がり 深まっていくような氣がしますそして、それが 現実の生活にも反映され、かつてないほど 多くの氣づきをもらって心穏やかになれた氣がしますしかも、初参加の8週間が終わったとき、「次回 講師をやってみませんか?」という ありがたいお話をいただいて、飛びつくようにお引き受けさせてもらったんです。さらにさらに、ただ今三度目に参加中なのですが、今回は 講生と講師、二つ兼任させていただいてるんです (*^▽^*)講師のお役目上グループの方々の渾身のご投稿をじっくり読ませていただくことになるわけで、自分ひとりの小さな視点や発想からは思いもつかなかったような回答に新たな視野を広げていただくことになり、また 週一題というペースから講生さん+自分の数だけの答えについて考え続けるということはもう頭の中が いやおうなしに 愛 とか まごころ とかお題のワードで一杯になっちゃうんですね 今振り返ってみると、去年の前半と後半でなにがどうって はっきりとうまく言葉にはできないんですが、自分の中で 何かこれまでと違うもの大きな幸せや充実を感じさせてくれるものが生まれるという変化が起きているような氣がします。確かに 生活のペースはすっかり変わってしまったけれど、それを補って余りある歓びや豊かさに恵まれたと感じます。だからね、今のこの暮らしが だ~い好きなんです \(●⌒∇⌒●) /そしてこんな暮らしを続けるうちに「徳」という言葉のイメージもきっと もっと素敵なものに変わっていくんだろうなって 楽しみにしています♪この日記に復帰させていただいたのも、問答講を通じて体験し、感じた素晴らしいことが あまりにもたくさんあり過ぎてそれを誰かに聞いて欲しくてたまらなくなったからなんです。想いが高じて ますますの長文、お読みくださる方には申し訳ない限りですが・・・・(^◇^;)おしまいになってしまいましたが、この素晴らしき貯徳問答講を創立してくださった 竹田和平さん問答講と出合うチャンスをくださった本田晃一さん私を講師にと推挙してくださった 講師の鬼頭宏昌さんたくさんの学びや歓びを分かち合ってくださる 講師・講生のみなさん縁の下の力持ちとなって支えて下さる問答講事務局の方々みなさまのおかげでこれほどまでに幸せな 今の私があります。心からお礼申し上げます。ありがとうございます
2008年01月07日
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この日記を読んでくださっているみなさま、すっかり遅くなりましたが、明けましておめでとうございます この年末年始も やはり夕方から深夜まで仕事の毎日で、やっときのうからが 私のお正月休みちょこちょこと家のことなどしながら、久々に時間を氣にせず の~んびりと過させてもらっています。仕事先の旅館で 酒粕をどっさり頂いたので、きのうは甘酒を作りました(^^)こんな夜遅く 物音一つしない静寂の中で コタツに入って甘酒いただきながら ゆったりとパソコンに向かっていると、しみじみと 平和だなぁ、ありがたいなぁって思えてきますかけがえのない 大切な時間です思い起こせば、去年はほんとうにいろんなことがありました。暮らしが大きく変わりました。それまでずっと毎日を自分なりに精一杯楽しく過しながらも、もっと何かがあるはずだとどこかで感じ、それが現れるのを待ち望んでいました。そうしたら。。。。。天が望みを叶えてくれたのか、7月頃から 一氣にいろいろなことが起こり始めました♪新しい学び、新しい友だち、新しい仕事、それはもうほんとに次々と・・・・することが急に増えて、わくわくと心躍る毎日と同時に、それまであまりにものどかに過してきた私には、やりたいことを全部やるために時間をどうやって作るかが 大きな課題となりました σ(^_^;)まず、それまで掛け持ちしていた仕事を ひとつやめさせてもらい、もうひとつも時間を減らさせてもらいました。そこまではよかったんですが。。。。睡眠時間を削り過ぎて 朝寝過ごし、小学校の絵本読み聞かせをすっぽかしてしまったことがありました(汗)もう 平謝り・・・・ごめんね、ほんとうに (-_-;)これはいけないと反省し、今度は食べ物作りの時間を減らしてみましたが、インスタント物の食事がしばらく続いたら、たちまち心が荒んできました景色をゆっくり眺める時間や のんびりとお茶を飲む時間をなくしてみたら、心が壊れそうになりましたそうやって いろいろと試してみるうちに だんだんわかってきました。私の活力は 毎日の暮らしを豊かに紡ぐことから生まれるんだと。毎日の食事や 四季折々の保存食を作る楽しさ美しい景色を眺め 風や水の音に耳を澄ませる歓び私の暮らしは そういうところを抜きにしては どうもうまく成り立たないらしい。。。。とにもかくにも 良くも悪くも それが私なんだなぁ (*^ー^*)というわけで、去年の暮れも 慌しかったけど、いつもより氣合入れて掃除して お飾り飾って おせちも作りました (^^)vうんうん、やっぱりこういうのは抜かせないなぁ・・・そして、今年は もっと優先順位と時間配分を工夫しようと心に決めました♪大好きな人、大好きなこと、その全てを維持するために、これが 今年私のチャレンジする課題♪正直言うと2年ほど前の あののどかな暮らしが時折なつかしくなることもあるけれど、でも、今のこの充実した スリリングで 希望一杯 わくわく満載の毎日、神さまがくださった 何ものにも変えがたい宝だと感じます。願いが次々と叶って ほんとうに幸せです。ありがとううん、私ね、やっぱり今のこの暮らしが 一番好きだわ
2008年01月05日
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