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毎日夕方20-30分ほど、日本語を読ませている。「ひらかな」は高校でマスターしたからスラスラ読むが問題は漢字である。生(ナマ)・生(イ)きる・生(ウ)む・生(ハ)える・生徒(セイト)一つの漢字で読みかたが違うのにはマイッタ・マイッタ短編小説を読み始めたのはいいが、最初はツッかえて先に進めない!でも何度か読むうちに、後ろにつく「ひらかな」で使い分けするようになった。もともと言葉は日常生活の中で自分の考えを相手に伝える手段だから文法なんて関係ないよなーこれを提案したのは主人だった。(無理じゃないか!)と思ったけどほかに方法が思いつかず、始めた勉強がなかなか好評である。夕方9時になるとテレビを消し「さあ始めるぞ!」と大虎(虎年の主人)が声をあげる。すると子虎(虎年の息子)、子ひつじ(ひつじ年の娘)が各自の部屋から居間に集まる。申年のオンマは監督係り、日本語はおもに子虎に読ませるが、わが家の子ひつじは、勉強始めて3分後には口開けて寝てしまう。そりゃいいけどさー イビキかいて寝ないでよ!
January 27, 2006
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(1)ソク オプタ!「ソク」とは中・中心、「オプタ」とは無いの意味。つまり「考えがない!軸になる、中心になる考えや態度がない」似ているのに(2)チョル オプタがある。「チョル」は節・節度、「オプタ」は同じく無いの意味。直訳すると「節度がない!」になるが日本式では「行儀が悪い」になるかも?もう一つ加えると(3)サカジ オプタ これは全羅道のナマリである。巨木になる木は種の芽が出る時からすでにその兆候が見える。つまり「お前は大物にはなれねーぞ」と宣告する言葉である。私の主人は私の韓国語の師匠である。主人は私にいつもこう言った。「高校生以上は一個の人格をもった人間である。敬語を使え」これが習慣になり、いわゆる「俗語」の部類は全然知らずに生活したが・・これが崩れはじめたのは役場の生活を始めてからだ。「ヤーーセッキ(子供)死なずに生きてたのか」これが同僚公務員の挨拶言葉である。最初聞いたときは(この社会はすごい世界だな!)上司が部下に対して(生意気なヤツだ)という思いを込め「サカジ オプタ」と声を上げる。私は直接言われたことないが、はじめは何の意味か解らず「イ~イ~ン?」横の職員に聞いたら頭をコズカレた。「サカジ」とはとても貴重なものであるらしい!それが無いのだ。じゃ一体「サカジ」なるのものは何か?だが、その場で正確に言葉の意味を知り答えられる職員はいなかった。とにかく(生意気だ)と思ったら、この単語が口から出るらしい・・・これが最近は娘が学校で覚えて使ったりする。「同級生の・・は性格どう?」「あーーあの子?サカジ オプソ」まったく困ったもんだ。聞くと頭痛がしてくる。主人の敬語教育は有難いが、時にはマイナス効果になることも・・珍島高校の学生達に日本語教育をした時どうしても韓国語で敬語が出てしまう。お陰で学生達は私を軽く見て、友人のように扱われた。まったくサカジの無いヤツラだ。
January 20, 2006
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最近の韓流ブームを実感したのがこのご案内であった。週末であっても緊張してないと、いつ呼び出しが来るか解らない。花柄モンペで髪を振り乱し、庭の草むしりをしていたりホコリだらけの家に掃除機をかけてたり・・・しながら心の片隅では(また役場から電話があったら出かけないと)なんて緊張してる・・・この緊張感もまた年を取らない秘訣かも・・知れないぞーーお陰でこうして楽しい出会いを書いてくださるから>>>「コリアうめーや」の登場です!http://www.koparis.com/~hatta/
January 17, 2006
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「明け方のお海割れが見たい」と日本から連絡が入った。「人数は?」「一人です」海割れの場所まで移動するのに早朝はバスが出ていない。タクシーを利用するにも、海割れが終わるまで待ってもらわないと珍島の中心部まで帰れないし、料金が高い。距離も車で20~30分はかかるので歩いてなんて無理・無理それでいつものパターン!私の自家用でお宿にお迎えにでる。日本の観光客は前日の1月3日夕方に珍島に到着し、明くる朝は7時58分が海割れピークなので7時にお宿の前で待ち合わせした。この日はマイナス10なので余り期待できる数字ではない。(茅島まで行ってくるには無理だなあーーまあ北風の陸風が吹けば海水を海側に押し出してくれるので、海割れを見れるかなあーー今日は風も吹いてないなーー今日はダメか!)と内心思いつつ海割れ海岸の回洞村に向かう。やはり島だけあって海岸に出ると寒い。それに予想通り海割れ現象が弱い。観光客は私達だけ。回洞村の住民も海岸に出ていない>>ということは>>貝を拾うほど海が割れないという意味である。写真を写すためにわざわざ早起きしたのになーー日本からこれを見るために来られたのになーー昨日(わき腹を刺し殺したい係長に)「日本の観光客15人の案内!」とウソを言い出勤を1時間遅らせて時間を取ったのになーー私に言わせりゃ(1人でも15人でも同じ)交通の不便な場所をご案内するのは団体より個人の方が私を必要とするからですよーーつまりこれは「善のウソ」日本人観光客の案内はウソではないですから、良心は痛まない・・なんてまた腹黒アジュマ(ごめん)になっちゃった。
January 10, 2006
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息子は昨日から珍島郡庁でアルバイトを始めた。昨年は大学生のバイトを40人募集したが倍の80名が応募し、苦肉の策として1ヶ月のバイトを半分に短縮して全員を採用した。予算の関係上、審査をしてオーバした人数をカットすることになっているが誰をカットするか?に頭を抱えた総務課が郡守と相談して全員採用を決めた。今年は募集人員を60名に増やし、予算も立てたがやはり経済難でバイト先のない大学生が78名応募した。それで1ヶ月のバイトは3週間に短縮されてスタートした。息子は去年と同じ民願室(市民課)のバイトだ。戸籍謄本・住民票・旅券の発行業務や地積係・建築係など市民の窓口である。バイトは書類のコピーや整理など、けっこう忙しいらしい・・郡守(市長)が「誰一人カットせず大学生に人生経験をさせなさい」と言ったそうだが、私も息子の担当職員に貢ぎ物(ガムを一袋)を準備して「息子にいろいろ、たくさんの仕事をさせてほしい」と願い出た。苦労は買ってでもしろ!というではないか!
January 6, 2006
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「ねえこんなこと書いていいの?首切られたらどうすんの?」と韓国で大学教授をしてる日本人から電話があった。ヘドヘドノムヘ係長(第1話)を読んでの感想である。へーえ?それだけこれを読んでる人がいるっちゅうことか!(だけど平気! 韓国人これ知らないから! それに私ウソついてないもん)注)ヘドヘドノムヘとは「いくらなんでもそりゃねーだろう・・」の意* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *ではパート2の始まりーーありゃ2ヶ月も前のこと・・・光州のある大学学長が亡くなった。この大学と観光振興分野で協定を結ぶ関係がありお通夜に出かける。メンバーはヘドヘドノムヘ係長・男子職員2名・30代子持ちの人妻・50代子持ちの人妻(アタシ)1台の車に5人が乗車し珍島出発は午後4時30分、光州到着7時30分、(大学でお焼香をすませ)夕食は8時に平素食べれない中国料理のフルコースで舌鼓・・(亡くなったお方には申し訳ないケド)9時30分に光州出発・・(この予定で行ったら珍島には12時到着だあ)^^:トホホ子持ちの人妻としては、身震いする帰宅時間である。だがヘドヘドノムヘ係長は言う。「帰りに木浦のナイトクラブで遊んでいこーー」「ええーー」(私は耳を疑った!やめてよ!)2人の男性職員も「係長! 今日は遅いですから次にしましょう・・」「そうですよ!そうですよ!」30代の人妻は蚊の泣くような小さな声で「そうしましょう」(そっか!この人遊んでいきたいのか・・)だが神と仏は私の味方だった。「係長! 明日は係長のご長男、大学入試試験の日ですよね」「冷水で身を清め、ご祈祷まではしなくても身を引き締めて 今夜はお酒ナシで行きましょう!」とひとまずその場は落ち着いた。気にいらなそうにブッ長面してた係長は1時間ほど静かにしてた・・・ところが・・・木浦のネオンサインが見えはじめてから・・・ヘドヘドノムヘ病がムックりと頭を持ち上げた。「やっぱりナイトクラブ行こう・・ 家庭を解放されたご婦人のために時間をとろうじゃないか」この言葉に私は<キ><レ><タ>自分の感情を押さえきれずに・・大和撫子のケイコオバハンが大声を出してしもうた。「係長・・私は行きたくない・・と言ってるじゃないですか 当人が望んでもいないのに無理やり連れて行くつもりですか」普段おとなしい私が大声あげたのでビックリしてそのまんま珍島に帰ったのはいいけど----その事件以来、ソウルでのイベントや出張は声すらかけてもらえず電話受けしてる私であーる。
January 4, 2006
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朝鮮口伝民謡集(日本語とハングルの対訳)やはり「民俗芸術研究所の茶谷先生」ゆえに出来る翻訳である。はじめて先生の「秋田牛追い唄」を聞いたときは度肝を抜かした。60を越すお年?(御免なさい)からは信じられないパワーーー「バーバーバー」と牛を追う姿と歌声は天地が引っくり返ると思うほど、力に満ちていた。薄暗い研究室に並ぶ本の数々、本の間の通路の奥にある先生の書斎。執筆作業をする時は頭に鉢巻きをして韓国のパンソリを聞きながら書き物をするという。韓国人よりも韓国の書籍を所有し、韓国を愛する先生。民謡の一説に込められた汗と涙と苦労の内容を読み取る人でないとなかなか出来ないものである。http://www.warabi.or.jp/mgk/cdrom.html
January 3, 2006
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毎週午後7時から約2時間の公演は珍島の臨淮面(町)貴星里(村)に位置する国立南道国楽院で行われる。しかも国楽院のある場所は貴星里といって貴い星の見える(金星だそうだが・・)海岸を前にした村と、後ろは女貴山のある珍島の中でも交通の便が非常に悪い場所にある。毎週金曜日には休みなく行われる公演のために珍島邑事務所前から国楽院に向けてバスが待機している。日本の観光客が個人で移動するのはこのバスを利用するしかない。珍島のような中央から離れた島に何で国立の国楽院があるのか?疑問に思う人もいるだろう。それだけ珍島の民俗音楽・民謡などの研究と保存の価値があるという意味である。2005年度の最終公演である12月30日の金曜公演に主人と娘と出かけた。600席の観覧席は約60%の客入りであった。人気のプログラムの公演時は空席がないから年末の忙しいこの日の客入りとしてはまずまずである。珍島という離れ小島に住んでいるからとて無視すること無かれ・・・韓国最高の宮中音楽・管絃楽・そして四物ノリをここでは耳にすることが出来る。特に四物ノリの演奏は最高であった。ケンガリ(雷)/チャンゴ(雨)/プク(雲)/チン(風の神)を象徴する四つ楽器の演奏は突風の吹く嵐のような激しさにピタッと無風状態からまたポツポツ雨が降る・・農楽の真髄を聞くようであった。やはり国立と珍島郡立の力量の差を感じる。こんな韓国の音を聞いて感じて触れることができる・・私は最高の幸せ者だ。
January 2, 2006
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