コーチ賢ちゃんの「コーチング談義」

コーチ賢ちゃんの「コーチング談義」

2010年05月10日
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  我家の花菖蒲


 私の尊敬する総合人間学モラロジーの師のお一人、田原道夫先生が発行しておられるメルマガに、「今の日本の抱える危機と、これを乗り越えるための方法」が記されており、強く胸を打たれました。

 そこで、2回シリーズで届いた全文を、紹介させて頂きます。


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         「品性・経営・人生」 Vol.253 2010/05/05 読者数 624名
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財政危機を克服する道(1)-積極主義か緊縮主義か-

日本国の財政がすでに危機的状況にあることは、本メルマガで何度も指摘していることである。それは国債を中心とする政府債務の額を見るだけで分かるほどである。



財政の基本は「入るを量りて、出ずるを為(おさ)む」である。要するに、自己の収入の範囲内に消費をとどめることである。これは国家でも家庭でも同じである。

それなのに、政治家もマスコミも学者も、それを指摘する人は少ない。みなが人気取りに走り、みずからの使命を忘れたかのようである。それどころか、「個人・家庭と国家とは大きく異なる」などと主張し、堂々と超赤字財政を正当化する「識者」が多い。

しかし、このように道徳から大きく外れた経済政策は、早晩必ず破綻する。道徳と経済は一体である、という姿かけ離れ、「経済は経済であり、道徳とは異なる」という姿勢が強すぎるからである。

そして、日本の財政破綻がもたらす悲惨さは想像を絶するものになる可能性が高い。今日ギリシャの信用不安がEU各国のみならず、世界中に深刻な影響を与えつつある状況を見れば、日本が破綻した場合の影響は世界各国にとっても、より深刻なものになることが容易に予想される。

今不況をアメリカのリーマンショックをきっかけとする見方が支配的である。それをもって「アメリカが引き起こした世界不況である。アメリカが加害者である」という見解が各所で聞こえる。

しかし、日本の財政問題は、アメリカの金融問題以上に深刻である。40年以上にわたる放漫政策が如何に日本を蝕んでいるかを我々は深く反省すべきである。我々には道徳的にアメリカを非難する資格は全くない。

それを回避するためには、早急に収支のバランスを取る政策に切り替える必要がある。すなわち、日本は緊縮主義・健全主義の政策を取るべきである。

しかし、にわかに緊縮主義を取ったところで、経済が健全化するとは限らない。人体にたとえると、輸血に次ぐ輸血によって、ようやく血液不足を補っているのに、一気に「自然治癒力」に切り替えようとするのは危険そのものなのは誰でもが知っている。

それと同様に、早急に収支バランスを取るような緊縮主義を取れば、日本経済は一気に崩壊するのは目に見えている。

だからこそ、危機的状況にあると言えるのだ。すなわち、従来同様の積極財政主義の道を取れば、何かのちょっとした信用不安をきっかけにして、国債の金利が暴騰し、一気に日本国のデフォルト(債務不履行)が起こる。

一方、緊縮主義を取れば、そうでなくとも供給力が需要を大きく上回っている日本経済は、さらにそのギャップが拡大し、極端な不景気が起こる。それはおそらく「恐慌」という表現を必要とするほどであろう。



実は、昭和初期の日本も同様の状況にあった。しかも、それは世界各国も同様であった。そういう危機的状況にあって、廣池千九郎は激しく警鐘を鳴らし続けた。廣池著『新科学モラロヂー及び最高道徳の特質』には、次のように書かれている。

“古来国家をはじめすべての団体及び個人の経済政策上にあるいは積極主義すなわち放漫政策をとるものあり、あるいは消極主義すなわち緊縮主義をとるものありて、その結果両者ともに人間の真の安心、幸福を実現しておらぬので、一般人はその可否について惑うておるのであります。

しかるに元来この二つの主義は共に人間の利己的本能を人間の知識によりて発現したものであって、道徳の要素を欠ける異端の主義でありますから、いずれも共に人類の安心、平和および幸福の実現に対して良好な結果がないのであります。

すなわち緊縮政策は放漫政策に比すればやや道徳に近きところあるが如くなれど、もしその牛耳を執る人物にして手腕なくかつ道徳心なきときには緊縮政策かえって放漫政策以上の弊害を生じ、角を矯(た)めて牛を殺すに至ることがあります。

これは全世界の識者の普(あまね)く心得ていただきたいことであります。



事物完成の方法は正統の学問にもとづき、最高道徳によりて一方には人心を道徳に導き一方には徐々に緊縮を行い(異端にてはいったん緊縮を行って失業者を出し、さらに費用を出してこれを救うような政策をとるのです)もって人心の安定と幸福とを目的として一切の事物を処置するにあるのでござります。”


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財政危機を克服する道(2)-積極主義か緊縮主義か-

前号で紹介した廣池の引用文を振り返ってみる。

すなわち、廣池は財政の積極主義・放漫政策も、その逆の消極主義・緊縮主義もともに人間の利己主義に基づく策であり、いずれを採っても真の解決には至らない、とする。道徳に基づくものではないからである、という。

とくに、緊縮主義の問題点を鋭く指摘しているのは興味深い。すなわち、緊縮主義という政策そのものは積極主義よりも道徳的であるとはいえ、その指導者の力量および道徳性が低ければ、かえってその害は積極主義よりも大きいという。それどころか、「角を矯めて牛を殺す」という悲惨な状況にもなりかねないと言う。

この指摘は現実の日本の状況を見ると、鋭く核心をつき、しかも激しい見解である、と言える。

経済政策は政策自体の善し悪しや是非だけで成果が決まるのではない。政策以上に、それを指導する人の力量や道徳性によって成果が決まるのだ、というのが廣池の主張である。これは道徳経済一体思想の根底に関わる指摘である。

また、前号で引用した文章最後のカッコ内は注目に値する。すなわち、健全政策を採り、ひとたびは緊縮財政を行っても、それが不景気を生み、大量の失業者や倒産会社を出すとなると、その救済のために多額の国費を使って失業対策費や倒産会社の救済を図るなどの政策を採る。これこそ正統の学問からはずれた経済政策である、というのだ。

一方では引き締めて出費を抑え、他の一方では救済のために出費を敢えて行うのだから、自己矛盾である。

続けて、廣池はその理由を次のように述べる。

“かつ聖人の教えは如何なることにても必ずまず自ら実行したことでなくてはこれを人に教訓するとか命令することは許されぬのであります。

それ故に、たとえば国家とかある団体とかのために緊縮を必要とするならば、いずれの国でも団体でも、その命令階級はまず自らその報酬の全部を辞するはもちろん、無代乗車その他の特権をも辞し、次に一般上流階級をして自発的に国家もしくはある団体のためにこれに習わしめましたならば(上流階級の人びとをして国のためとかその所属する団体のためとかを計る目的をもってすべての利権を辞退させよということであります)官吏、公吏、教員、会社員、職工等すべて一般国民はみな翕然(きゅうぜん)としてこれに習い、妻子なき青年のごときはみな国家に対してはもちろん、各自の所属団体に対しても無報酬にても努力いたすようになりましょう。(中略)”

指導者階級が率先してすべての特権や利得を捨てるようでなければ、一般国民が緊縮主義に従うことはない、というのである。

おそらくそれは、どんな策を採ったにせよ、良い面ばかりでなく、悪い面も必ず発生するからである。あるいは、ある種の人々にとっては好都合でも、別の人々には極めて不利・不都合となるからである。そうなったときに、不利益を被る人々を納得させるのは指導者の道徳の力しかないからであろう。

しかし、現今日本の指導者中、このような品性あるいは道徳性を持つ人はどこにいるだろうか?政界、財界、学界、官界そしてマスコミ界で、本来国家をリードするはずの人々の中に、そのような人はいるだろうか?

さらに、廣池は一般国民のなすべきことを次のように言う。

“しこうしてまた一方これを国民もしくは団員側から申しますれば、たとい国家もしくは団員たるものはその国家とか団体とかの危機に臨むときには、自己の報酬を減じてその団体を生かすのは当然の義務であります。

しかるにもしここに出でずして自己本位的に国家もしくは団体の休戚を考えざる官吏、教員、社員、店員、職工などあらば、それらの人びとの精神は全く社会構成の原理に反するものにして普通道徳にも及ばざる不義の人間であります。”

すなわち、一般国民は自分たちが得ている報酬をみずから減じて国家や団体の危機を乗り越えようとしなくてはならないという。

しかし、このような考えが今の日本で通じるとする人は殆どいないだろう。上から下まで、みなが自己や自己が所属する組織・団体の利益を優先させようと躍起になっているばかりだからである。悪い意味での個人主義が極まった感がある日本の現状では、廣池の主張は虚しく響くばかりである。

こうして、日本経済は進むも出来ず、退くも出来ず、漂流しながら事態が収まるべきところに収まるのを座して待っている。しかし、収まるべきところとは、要するに大破局である。

経済学、財政学等にはさまざまな計算や論理があろうが、それらが道徳から離れていけば、道徳経済一体は大きく崩れ、予想もつかなかった悪い事態が次々と発生するのは歴史の教訓である。

日本経済は危機にある。今こそ、道徳経済一体に基づく国家経営をすべき時である。国家が大混乱に陥れば、いかなる会社も、組織も、人も無事に済むことはあり得ない。

それは、廣池が大警告を発した昭和初期の深刻な問題がどういう経過を経て解決(?)したかを振り返れば明白である。結局、日本は大戦争に陥り、敗れ、悲惨な目にあったではないか。

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 私達が忘れている国家の難局を救う「道徳原理」を、勇気をもって示して頂いた田原先生に、心から感謝の意を表します。

 そして、コーチとして、この国難を乗り越えるために「自分が果たすべき役割・使命」を再考する機会を与えて頂けました事に、深く御礼を申し上げます。






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最終更新日  2010年05月10日 10時26分14秒 コメントを書く
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