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最近自分の中でマイブームなのが生け花です。全く知識はありません。でも枯れ木を見ると壺に生けてみたくなります。はまるとかなり面白いです。皆さんもやってみてください。部屋が生き生きしてきますよ~。
2006/07/26
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楽しいですよ
2006/07/26
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最近凝っています
2006/07/26
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いろいろの方が来るとその人それぞれの色が見えます。みなさんがそれぞれの色をこの家に落としていきます。物であったり印象であったり・・・もともとこの家にある絵や装飾品は殆どが祖父母、伯父などの遺作や遺品であります。私の離れている息子の作品を中心に配置しています。最近では本を置いていく人、カクテル一式およびお酒各種、一番ビックな置物は無垢の木を削って創った1メートルぐらいのイルカ、何故かたまご?更に巨大カラー(花)とあまりにも大きいので笑うしかありませんでした。いい作品ですよ~皆さんがそれぞれこだわり好きな物を置いていくのでかなりレベルは高いです。置いていくのも嬉しいけどそれを配置するはもっと楽しい仕事です!
2006/07/24
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我が家、幾何楽堂は樹齢400年~600年のケロ材、石膏ボードなどの新建材は使用せず下地も無垢材その上に漆喰といった100パーセント天然素材の家です。日光霧降、ここは冬寒くこの時期は常に霧の中とても厳しい自然環境です。薪ストーブのみの冬の生活、まずここで驚いたのは東西南北全ての面で、結露が無かったという事です。次にこの梅雨時期、家の中の湿度は常に一定。全ての内壁,外壁カビ等は皆無!洗濯物はジーパンですら次の日には乾いています。結論から言いますと木が呼吸しているからです。タバコを吸うひとが来ても安心、木が吸ってくれるので臭いはいつでも木の香り、私は毎朝しゃけを焼くのですがこの家に換気扇なんて要りません。2時間もすれば又もとの木の香り、どんな木でもそうなるとは限りません。気合が入った木のなせる業です。愛情もひとしおかけました。この木は極限で生き抜いた木です。ラップランドの極寒の中一年に05ミリぐらいしか成長しません。年輪を見ると分かります。600年で30センチほどの幹の太さです。しかも寿命を全うし立ったまま50~100年というスパンで少しずつ枯れ果てた立ち枯れ材ばかりです。更に一山に何本も無い立ち枯れ材をラップランドの木こり達が労力を惜しまず集めてきてくれた貴重な原木です。だから無駄にはできません。木の木っ端は2年通してストーブの薪として私を暖めてくれました。今でも生きているんだな~と実感した事は薪ストーブの真後ろの3本の木です。ほんの一部分からヤニが出てきました。今までこんな暖かい体験が無かったせいかさぞかしビックリした事でしょう。他の木からは一切ヤニはでてきません。若い木では梁のあちこちから出てくることでしょう。特に老木を扱うということはそれに負けないエネルギーが必要です。この木のもつ氣は半端じゃないです。厳しいだけにそれを超越したやさしい表情がこの木の魅力で来る人を不思議な力で癒します。私も常にエネルギーを注いでもらっております。これからは横になって600年住居として生き抜いてください。
2006/07/20
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昨日は秋山俊也君の天才話でしたけどもう一人、神がかった今にも飛び出してきそうな有機的な迫力満点の絵があります。そこは友達のお店で、画家の青年には天才アキラさんを通じて二度ばったりと会いました。なんだか彼は沖縄から北海道まで歩いている途中で日光在住のアーティストアキラさんのところで一休みその時に描いてくれたと言う大作です。残念ながらお店を教えてしまうとゆっくり自分が飲めなくなってしまうので・・・その絵はお店の白壁一杯に描かれています。見る人によって解釈が異なります。ちなみに私は日光の滝尾神社の初代御神木を感じました。その大木ははるか前に倒れており苔に覆い尽くされその上に種が落とされ大木を養分に生き生きと新しい生命が宿っているまさに神の木。空海とのゆかりが深い神社、特別な空気の世界がそこにはあります。もやもやした時は一発で目がさめますよ。といった感じで一言で言うならその絵は生きています。無機質な作りのお店に有機的な絵、なんとも絶妙なバランス!
2006/07/19
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知り合いの子供さん(19歳)が個展をやっているとのことで日光美術館に行ってきました。車で5分位の所です。入って絵を見た瞬間,久しぶりに鳥肌が立ちました。これはゲルニカを目の前で見た時と同じ感じでした。電信柱だけで一つのブースいっぱい!たかが電信柱何故このように感じるのか?その次の部屋に渡ったとき天才だ!と思いました。ものすごい量の中、5枚に1枚ぐらい信じられないほどのバランス感を放つ独特なセンス。とても勉強になりました。秋山さん(お父さん)にも描いているときの話も聞けなおさら感動しました。後2~3回は足を運びたいと思いました。物創りの基本を見せてもらった気がします。
2006/07/17
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今までに幾度となく転機が訪れ去っていきましたが今から19年前、今の2分の1、19歳の時自分の運命を見ました。自分の大親友2人が目の前で亡くなるのを見ました。大型トレーラーと正面衝突の交通事故です。親友の彼女が小坂のジープに乗りたいと言わなければ私も巻き込まれていたでしょう。一瞬の出来事でありながらスローモーションの様にはっきりと覚えています。ぶつかった勢いで車が回転し中にいた4人全てが車外に飛び出しました。私の車はピタリと止まり車を囲むように4人が飛んできました。一人は即死、一人は搬送中に死に、2人は意識不明の重体、友達の彼女も半狂乱になり救急車。一人残されこの世の生き地獄でした。そんな中徹夜で警察で調書取り、今思えば恐ろしいほど冷静でした。でもその後かなりの精神的ダメージを受けたが残された人たちのケアでそちらの方が心配で落ち込む顔はできませんでした。その時感じたのが<生かされている>という感覚です。 今年で18回目、7月14日は何があっても休みを取って東京にお墓参りに行きます。それが昨日です。今生きていれば多分3人で仕事をやって大成功を収めています。よく3人で夢の話をしました。亡くなった両親に毎年訪れ同じ夢を持った友達の変わりに今も夢を貫いて生きている事を話し,来年の小坂は今度は何をやっているのか・・などといつも期待してくれます。そんな方々も最近不幸があり今回はお墓参りだけでした。時は刻々と流れています。明日死ぬかもしれないし,100まで生きるかもしれない。自分の中では大した事ではありません。それより内容にあります。わたしにはやる事は沢山あるけど今遣り残した事はありません。いつも3人分生きている感じです。多分、木の生命を見ると分かるのですが、一つの木を大きく成長させるために回りの木は自ら命を絶ち枯れ腐り肥料となって成長に勢いをつけさせる。死ぬというより、共存、委ねると言った感覚ではないでしょうか。これが自然の摂理だと思います。19年前、同じ現象が起こりました。同じ木でありながらその中で一番成長が遅れている木が私でしたその木に勢いをつけさせ大きくする為に共存という自然の摂理が働きました。今現在、3人で大木になろうと成長中です。
2006/07/15
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あまり過去を振り返らないけど節目が近づくと考える事があります。現在38歳40でまた転機が起こります。20代は鳶(とび)で一世を風靡し、粋な時代でした。30からは日光に移り住み静なる日々を満喫し自然からデザインを学び今度は念願の木を使った形に残る仕事に没頭してきました。その中でも特に扉の製作だけは別物で扉一つで家そのものが個性をもって輝き始め、更に驚いた事にそこに住む人までもが自信に満ち生き生きとしてきます。なんて幸せな仕事をさせて頂いているのでしょう。その代わり完成するまでのプレッシャーも相当なものです。そんな時は10代の囚人のようになぐられ笑う事も許されないスポーツの厳しい時代を思い出します。あの時のお陰で今はプレッシャーを楽しんでいます。これからも扉は創り続けるでしょうが,逆の発想が湧いてきました。まずは扉を製作しそこからから家を創造する。それこそがその人だけのその人に合った唯一の家になるのではなかろうか?扉だけがみなが触る唯一のところでとても重要なところです。触って開けてその行為だけでなんとなく中にいる主の想像がつく。そんな家を40過ぎたら創れれば・・・と考えています。
2006/07/04
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