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ビリヤードの思い出。私のビリヤードとの出会いは早い方かもしれない。出会いは小学3年生。子供用だけれど、友達の家にビリヤードセットがあったのだ。子供用と言っても、ビリヤード台は普通の台の半分くらいの規模なので小学生には十分な大きさの台だった。そこでよく友達数人でビリヤード大会を行った。大会はトーナメント方式で、勝ち進んでいくようになっていた。試合をするのは子供で、台も子供用だったけれど、白熱してのプレイだった。何故こんなに白熱するのかというと、優勝者にはある特権が与えられるからだった。その特権とは、「グランドチャンピオンである友達の家のおばあちゃんとの対戦」なのであった。ビリヤード台を持つ友達の話によると、友達のおばあちゃんのビリヤードの腕前は、達人の域に達しているらしい。友達がどんなに頑張っても決して勝てないらしいのだ。なぜ、友達のおばあちゃんはそんなにビリヤードが上手いのかというと、実は、世界チャンピオンだったという訳ではなく、それが全くの謎なんだそうだ。おばあちゃん曰く、ビリヤードは全くの初心者。これこそ、まさに天才なのであろう。それに、ビリヤードが上手いおばあちゃんなんてかっこいい。そんなかっこいい天才と対戦。子供心にも胸躍る特権である。ビリヤードのゴッドハンドであるかっこいい友達のおばあちゃん。友達の家に遊びに行くと、こたつに入って水戸黄門なんかの時代劇をテレビで見ながらみかんを食べている姿をよく見かける、割と普通のおばあちゃん。そんな一見普通のおばあちゃんに見えても、実はビリヤードが凄腕だとは。ゴッドハンドと対戦したい!!子供達はみんな、それを目標に白熱したバトルを繰り広げる。そして毎回白熱したために、時間もかかってやがて夕方になる。そろそろお家に帰る時間にもなり、なによりビリヤードの神の手を持つ友達のおばあちゃんは、テレビを見ながら、こっくりこっくりうたた寝しはじめてしまう。なので、ビリヤードの神のプレイを目の当たりにした者は友達だけだ。私の中で、未だに友達のおばあちゃんはビリヤードの神として位置付けられたままなのだった。「ハルカ・エイティ」は、80歳を越えても恋人が絶えないかっこいい主人公ハルカの人生を戦争をはさんで描いた小説。前回の長編「ツ、イ、ラ、ク」でとてもはまってしまった姫野カオルコさんだったので、今回の長編も楽しみにしながら読みました。う~ん、大分違いました。が、しかし「ツ、イ、ラ、ク」を引きずってしまうと違和感がありますが、この小説はこれで面白いと思いました。文章が独特な姫野さんらしさも健在で、この小説はどちらかと言うと、「ツ、イ、ラ、ク」以前の姫野さんの小説に近かったです。戦争を描くというと、多少なりともメロドラマ的な要素が入ってしまうものですが、この話には全くそんな所がありませんでした。それと言うもの、戦争の悲惨な状況でもハルカは割と飄々と生きているからでしょうか。そういうところがハルカの魅力でもあり、戦争の話が苦手な人でもこの話は読みやすいとは思うのですが、私にはなんとなくパンチが足りなかったような。「ツ、イ、ラ、ク」の時のような、ドーンと来るものが無かったような気もしました。最後も良い感じで終わるのですが、「あれ最終的にはこんなテーマなの?」と少々疑問も。この小説はこれで良かったとは思うのですが、「ツ、イ、ラ、ク」のような話がまた読みたいと思いました。
2005.11.27
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じゃんけん。誰が考えたか分からないけれど、考えた本人はこんなにも世の人々を喜怒哀楽させてしまうとは思いもしなかったであろう代物。世の中にはじゃんけんが溢れている。平穏な日曜の夕方でさえ、お魚くわえたどら猫を追いかける主婦がじゃんけんをけしかけてくる時代。ゆりかごから墓場までという、北欧のキャッチコピーのように子供から老人まで、とい感じでじゃんけんとの付き合いは続いていくのではないだろうか。さて、そんな一生の付き合いのじゃんけんなら、強いに越したことはない。じゃんけんに強くなるにはどうすれば良いのか。じゃんけん必勝法。そんなに研究熱心ではなく、なおかつじゃんけんにとりたてて強くもない私がそんなんじゃあ説得力皆無だけれどじゃんけんに勝つためのコツをいくつかあげてみたい。まず、実用的なものとして、相手の手をよく見るというのがある。「じゃんけん、ぽん!」の「ぽん!」と言った所で集中して相手の手を見ていると手が開きそうになっているならパーで、手が握られたままならグー、人差し指と中指が少し持ち上がってきたらチョキというように相手の手が何を出す準備をしているのか0、1秒の感覚でよく観察するのである。しかしこの場合の問題点は自分の反射神経の速さなのだ。相手の出す手が分かっても、瞬時に自分が勝つための手を出さなければならない。この為にはそれ相応の反射が要求される。そうじゃないと、遅出しになってしまうぎりぎりの方法なのだ。そんなに素早い反応が出来ないという、私も含めたおっとりさんはどうするか。それは、左手じゃんけんという方法がある。何故、左手なのかというとそれはいくつか理由があって、まず、相手に手を読まれないためというのがある。じゃんけんは適当に出しているようで、実は人によって出すものがパターン化しているものだ。そのパターンを読まれないようにするのである。特におっとりさんは相手にじゃんけんの手を読まれがちなので、利き手ではなく、不自由な左手でじゃんけんすることによって、出すパターンを狂わせるのだ。なので、左利きの人は右手になる。それから、勝負事で結構重要なのは「無欲」ということ。左手は利き手ではいので手に力が入りづらく、したがって気が抜けて無欲な感じでじゃんけんが出来る。まあ、これは結構運に頼っている方法でもあるのですが。最後に勝つための方法としては亜流だけど「あと出しじゃんけん」と言うのがあります。これは複数でじゃんけんする場合なのですが、まず、「親」を決めてその「親」が「じゃんけん、ぽん!」で何か手を出します。その後、再び「ぽん!」と続けてそこで他の人が「親」の出した手に負ける手を出すのです。つまり、「じゃんけん、ぽん!ぽん!」とかけ声をあげて、一回目の「ぽん!」で「親」が出し、2回目の「ぽん!」で他の人が「親」に負ける手を出し、「親」に負けた人が勝ちになるという訳です。「なんだ、親が出した後から手を出すなら簡単じゃん」と思いがちですが、これが結構難かしい。どうしても自然に勝つ手を出してしまうのです。これには訓練が必要で、練習さえすれば自然に負ける手をとっさに出せるようになるので、密かに練習してから臨めば大丈夫という少々せこい方法なのですが。なんて、あんまり参考にならなかったと思いますが是非お試し下さい。効果のほどは保証しませんが・・・。 「魔王」は、自分の不思議な力にある日気付いた主人公が、最近話題の政治家に危惧を覚えるという話。「魔王」のその後の話として「呼吸」も収録。今までの作者の作品をイメージしていた人は、この作品は少し違和感を感じるかもしれません。この作者の持ち味といっても良い軽快さとテンポの良さも今回はかなりなりを潜めてしまっています。他の作者の作品としてはそうでもないのですが、この作者の作品にしては、重くゆっくりな話だったと思いました。タイトルが「魔王」で内容は「政治」などを扱っている為に重くなるのは仕方ないとは思うのですが、伊坂さんならこの内容でも軽快でテンポ良く書けるのではないかと感じてしまいました。重くてずっしりとした作品だけが中味の濃い詰まった作品だとは思わないので。伊坂さんにはこれまでの軽快さで中味の詰まった作品が書けるのではないかと思っていたので、少し期待が外れた感もありました。それから、未消化な感じで終わるのも少し気になりました。恐らくこの作品の登場人物はきっと他の作品でも脇役として登場するんでしょう。それで未消化な部分が解決するのではないかとふんでいます。こんな感じでしたが、伊坂ワールドはきちんと健在でした。他の作品の登場人物も脇役として登場してますし。この「魔王」は私としては、キットカットなどのロングセラーのお菓子は、苺味とかオレンジ味などの変わった味が登場するけれど、まあそれらもたまにはいいけど、やっぱり一番はスタンダードな味だな~というところでしょうか。伊坂さんの少し違った味を楽しみたい人は、お勧めです。
2005.11.17
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カオスー原義は「混沌」。宇宙の秩序形成以前の未分化の状態(学習研究社)。物事が入り混じって区別がはっきりしないさま(小学館)。旅館の部屋の名前によくある「松の間」みたいに、姉の部屋に名前を付けるのならば、それは「カオスの間」。「お姉ちゃん、筆ペン貸して」「いいよ~、私の部屋にあるから勝手に持っていって」なんて会話を姉とする。この場合、普通の姉なら姉の部屋から筆ペンを借りるだけなのだが、うちの姉に限っては筆ペンを借りる前にまず筆ペンを捜索しなければならない。そう、うちの姉の部屋は「カオスの間」という名前が付けられるくらい混沌としているのだ。つまり、ものすごく散らかっているのである。姉の部屋は雑誌、CD、漫画本が所狭しと散乱している。姉はそれらを片付けないならまだしも、そのうえ収集癖がある。ペットボトルのおまけのミニフィギアから、サッカーフリークな為、Jリーグカード、レゴショップでこつこつ集めたレゴシリーズ。この混沌とした中にひとたび埋もれてしまうと、探し出すのは困難で、行方不明、失踪状態のものは数知れず。ベットはかろうじてなんとか眠れる態勢を整えているのだが、テーブルの上はいろんなものが積み重ねられて豪華なミルフィーユ状態。重ねられた物の間にレゴ人が救出されるのを待っているし、下の方には世界一有名でお金持ちなネズミのキャンディーがある。姉はネズミの国に遊びに行ったのは半年前なので、キャンディーがあった辺りはまだ半年くらい前だったんだとまるで地層のように断面から歴史をかいま見せてくれる。床の上はけもの道のように人が一人なんとか通ることの出来るルートが出来上がっているが、ソファの上には物が散乱している。この部屋では姉は一体どこで過ごしているんだろう。この混沌とした部屋から、筆ペンを探し出すのはなかなか至難の業である。宝くじで一等を当てるくらいこの部屋から物を探し出すのは難しいのではないかと思ってしまう。ダウジングで探した方が早く見つかるような気もする。そんな感じで、カオスの姉の部屋から物を探すのは大変な作業なのだが、たまに良いこともある。それはお菓子が詰まった袋が見つかる時だ。袋の中からは、いろんなお菓子がざくざくと出て来るまさに夢のようなお菓子袋なのである。それは、ダイヤモンド鉱山を掘り当てるような感じか。恐らく、前に姉がお菓子を買溜めした袋がそのままカオスに飲み込まれ、やがて忘れ去られてしまった結果なのだろう。なので、そのお菓子を勝手に食べてしまっても、存在をすっかり忘れてしまっている姉には、まずばれない。しかし、嬉しいハプニングに浮かれてばかりもいられない。このお菓子袋には注意しなければならないこともあり、それはお菓子の賞味期限なのである。カオスの闇の中に飲み込まれていただけに、賞味期限が切れて久しいお菓子が多々ある。そして、そんなお菓子袋を発見すると、探していたものをすっかり忘れてしまうのだ。自分自身も混沌としてしまう、まさにカオスなのである。 「観覧車」は突然失踪した夫のあとを継いで探偵をしている主人公。その主人公が失踪した夫を待ちながら、さまざまな仕事をこなし依頼者達の心の闇を覗いて行く、という話。リンク先のゆきさんの感想で興味をもって、読んでみました。突然に失踪した夫を待つ妻ということで、小池真理子さんの「夏の吐息」を思い起こさせる設定です。やっぱり、柴田よしきさんは短編がうまいな~としみじみ思いました。この話は連作短編になっていて、主人公の唯が失踪した夫を待つという設定で、一話ごとに探偵の仕事をこなしていくのですが、失踪した夫のことを小出しにしながら、それぞれの依頼された仕事を短編で上手くまとめています。あの短さにきっちり話をまとめているのは、さすがです。男女の恋愛に関することが多い話で、どちらかといえば女性向きな話だと思いました。夫の失踪の真実を知りたいようで本当は知りたくなかったりなど、唯の女心が繊細に描かれているのが女性には良くても男性にはまどこっろしいかも知れないですね。ドラマにでもなりそうな程、ドラマチックな展開も女性向きかな。マネキンの腕にあった愛の告白とか、目に浮かぶようで良いですね。しかし、この本はこれからどうなる!ってところで終わっているのが、残念です。続きをいつか書きたいと作者もあとがきで言っていたので、待ち遠しいです。是非、続きが読みたい!
2005.11.12
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犬派か猫派かと言われたら、迷わず「犬」と答えるであろう私の姉。そんな姉が仕事から帰って来るなり猫の話をしだす。「今日帰りに近所の斉藤さん家のところに猫がいて、今までに見たことないくらいすっごくかわいくて連れて帰ろうかと思った」姉曰く、その猫は銀色の美しい毛並みをしているらしい。迷うことなく犬派の姉をも魅了するくらいの銀色の猫。銀色の毛並みってことだけでも珍しいが、犬を差し置いて連れて行きたいと姉に言わしめたくらいの猫ならば是非とも見てみたい。その日から私は意識して斉藤さんの家の前を通ることにした。斉藤さんと知り合いである母親から聞いた情報によると、どうやらその猫は飼い猫ではないらしい。かと言って、世知辛い世の中を生き抜いている生活力溢れる野良猫という訳ではなく、斉藤さん家で飼っている猫のご飯を斉藤さん公認で分けて貰いながら、斉藤さん家周辺で自由気ままに生きているらしい。それ以来その猫は銀色の毛並みということで、私の家では勝手に「銀狼」と呼ばれることになった。銀狼を一目だけでも見てみたい!ある日そんな私の願いが叶うときが訪れた。それは休日の昼間、斉藤さんの家の前を車で通った時、家の前で姿勢良く座っている銀狼が見えた。あ、あれが噂の銀狼!なんて言うか、なんて言うか、これはブ、ブサイク!?その時、待望の銀狼は私の目には、なんともブサイクに映った。毛色は全体が銀ではなく、かと言って灰色とも微妙に違ってなんとも形容し辛い色なのだった。強いて表現するならは、濃いめの灰色ということろだろうか。奇麗とは言い難い色だ。そして、姉を骨抜きにしたその容姿。それは骨太のせいなのか、ごつくて、標準の猫より顔がでかかった。そして何より容姿として一番大切なお顔。致命的なことにその顔の真ん中、すなわち鼻の部分にブチ模様が付いているのだった。かわいいとは形容し辛い姿に、この猫は斉藤さん家の飼い猫なのかとも思ったが、斉藤さん家の猫はトラ猫だと確認済みなので、このブサイクな猫が銀狼で間違いない。何故にこの猫が連れて帰りたいほどかわいいと姉に思わせたのか理解出来なかった。それから、たまに銀狼を見かけたが、私には相変わらずブサイクに思えた。でも、銀狼が近所のみんなに撫でられていたり、食べ物を貰ったりしているのをよく目撃したので、愛想が良いからみんな銀狼を可愛がっているのだろうと少しは納得した。そんなある日仕事帰りで疲れていた私は斉藤さん家の前を通り、そこにたたずむ銀狼を目にした。私は途端に衝撃を受けた。か!かわいいー!!銀狼がとてつもなくかわいく思えたのだった。姉の連れて帰りたい気持ちが理解出来た。でも、何故?銀狼は前に見た時と姿形はほとんど変わっていない。前に見た時と、今で何が違うのだろうか。前に目撃した時は休日。今日は仕事帰りで疲れてる。姉も銀狼がかわいいと言った時は、仕事帰りだった。ということは、仕事帰りがキーポイントだ。仕事帰りとはすなわち「疲れている」ということか。きっと銀狼は疲れているとかわいく思えるたぐいの猫なのだろう。心理学で好きな人と一緒にいるとどきどきするが、高い所に張られた吊り橋を好きでもない人と渡っていると、高い所のため心拍数が上がりその人を好きかもと錯覚してしまうことがあるらしい。そんな感じで、銀狼も疲れているとかわいいと錯覚してしまうのだろうか。それとも、花散里効果か。「源氏物語」で醜い花散里が平安きってのプレイボーイの光源氏に愛されたのは花散里が人をほっとさせる癒し系だった為と言われてるようにブサイクな銀狼も疲れたハートにど真ん中な感じの癒し系だからなのだろうか。真相ははっきりしないが、とにかく銀狼は疲れた時にはとてつもなくかわいいのだった。銀狼はみんなに愛されている。今日も小学生の女の子に撫でられていた。大人も子供もみんな、世の中は疲れている。 「神様ゲーム」は、ミステリーランドのために書き下ろされたミステリー。小学4年生の主人公の住む街で、猫殺害事件が起こる。近所の同級生で結成した探偵団で猫殺害の犯人を追うことになるが、あまり親しくないクラスメイトに「自分は神様だから、犯人を知っている」と言われ戸惑う。果たしてその話を信じて良いのか。そして犯人は?「蛍」に続いての麻耶雄嵩です。「かつて子供だったあなたと少年少女のための」というミステリーランドなので、主人公が小学生です。子供も楽しめる設定なのだから主人公が小学生なのは良いです。「自分は神様だ」という奇想天外なクラスメイトも少年少女達にはファンタジーっぽくて良いでしょう。話に登場する子供探偵団、戦隊もののテレビ番組等は少年少女にはわくわくで良いでしょう。ですが、ですが!真相が!真相が!!カップラーメンにお湯を注いでいて途中でお湯が無くなってしまった時の困り度が1だとしたら、幼い子供に「赤ちゃんってどうやって出来るのー?」と無垢な顔して質問された時の困り度は、10くらいか。そんな困り度10の時どう答えるか?「自然に出来るんだヨ!」「コウノトリが運んで来るんだよ」などと、夢いっぱいに答えるか。「子供は知らなくてよろしい!」「今日は良い天気だなぁ~」とはぐらかすか?「おしべとめしべがあって」「セックスというものを」とズバリと答えるか?この手の質問には正しい答え方は無いというか、人それぞれでしょう。幼い子にショックを与えない為にぼやかして答えるのが良いか、それともショックでも真実を教えるべきか。どっちが正解とも言えないです。一般の作家さんが子供向けに書いたミステリーランドは、この質問にどう答えるかに似ている気がします。なので、この作品は子供向けではないのではと結構言われていますが、この作品が子供に良いか悪いかは、どっちとも言えないですね。私はミステリーランドの作品をほとんど読みましたが、この作品は何番目くらいに良かったと順番を付け辛いです。面白くなかったという訳ではなく別格にランキングしている感じです。というか、私はこの作品結構楽しめました。だけど、真相がいまいち分からなかったところが残念なのですが。誰か、そこを教えて下さい。
2005.11.09
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最近、気が付くと口ずさんでいる歌というか、フレーズがある。そのフレーズとはつまり「居酒屋クーポン!」である。ホットペッパーのCMで、中世のヨーロッパ人らしき人が歌っているフレーズなのだが、そんな彼らが「居酒屋クーポン」などと歌うミスマッチングさがなんとも印象的なのだ。あれを一度見てしまうと、それからしばらく「居酒屋クーポン!」というフレーズが頭を巡り気が付くと口ずさんでしまう。この前も、一日ずっとそのフレーズが頭から離れなくて仕事中も気が付くと「居酒屋クーポン」「居酒屋クーポン」と口に出してしまい一緒に仕事していた子に、「もう、いい加減にしてよ!」と苦情を言われたがふと気が付くといつの間にかその子も「居酒屋クーポン」「居酒屋クーポン」と歌っていたことがあった。そのうち、「居酒屋クーポン!」「まだ伴奏ですよ」と二人で掛け合いすら始める始末。結局その日いちにちその子と二人で「居酒屋クーポン」を連発していた。今まで、そしてこれからの人生でこんなにも「居酒屋クーポン」を口にした日が存在するのだろうか、いや無い、と思うくらい「居酒屋クーポン」な日だった。こんなにも耳に残るなんてこのホットペッパーのCMは、ある意味CMとて成功しているな。でも、この映像は本当は一体どういった設定なんだろう。「アマデウス」などをモチーフにしているのかな。なんで、一人は楽譜を見て泣きそうになっているのか、ピアノを弾いている人は得意そうに弾いているのか、謎である。 「はなうた日和」は、なかなか上手くいかない人生。それでも、捨てたものではないと思わせてくれる連作テイストな短編集。前々から図書館で見かけるたびに気になっていた本なのですが、リンクさせていただいている「くりむーぶさん」のブログで紹介されていたので、読んでみることに。むむむ、もっと早く読んでいれば良かった。主人公は大人から子供まで、女性から男性までとさまざまなのですが、みんな「きちんと生きる」ということをしてます。「生きる」というと簡単なことのように思えてしまいますが、「きちんと生きる」というのはなかなか難しいと思います。「きちんと生きる」とは、混じりけない100パーセントの幸せを求めるのではなく、辛いことがあって例えわずかだとしてもその中での幸せをしっかりと味わえることだ思います。それは幸せだけや不幸だけを絵に描くことではなく、一枚の紙に幸せと不幸せをきちんと収められるようなことではないでしょうか。この作品は、そういうことがきちんと描かれた作品でした。そして物語の焦点が人に当てられているところも良かったです。人が焦点になった物語を読むと、嫌な気持ちを味わってしまうのは、人物を描くためには仕方のないことだと前々から思っていたのですが、この作品はそういう気持ちで読み終わることがない作品でした。人の良さを描こうとすると、「こんな人現実にいないよ」とか「都合良くいく訳ない」などと、話の展開に無理を感じてしまうことが多かったりするのですが、この作品はそれを無理をしないでやってのけているところが凄いです。例えば出店の金魚すくいをやろうとして、一生懸命やっても、網がほとんど破れてしまって一匹もすくえなくて、がっかりしてしまう。そこにお店の人が「はいよ!」って金魚を一匹おまけしてくれたりするみたいな感じ。こんな感じで人の良さが無理無く描かれているのは、主人公だけでなく、登場人物のほとんどに作者の愛が平等に注がれていると感じられるからでしょうか。それぞれの話に登場するちょっとした小道具が微妙に他の作品とリンクしているのも、話のつながりを感じられて良かったです。読んで良かった。くりむーぶさんに感謝です。是非おすすめの作品です。
2005.11.07
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先日はじめての経験をした。はじめてだから、少し恥ずかしかったけれど、私、がんばったよ・・・。なんて、漢方を処方してもらいに行っただけなのだけれど。親戚が漢方を飲み始めて体調が良くなったらしく、昔から、風邪をよくひいては病院にばかり行き、その度に大量の薬を飲むはめになっている虚弱体質の私に早速お声がかかったという訳だ。自慢にはならないけれど、私は子供の頃から飲み慣れているせいか、薬なら抵抗なく飲めるので、親戚に薦められて漢方でも特に気にせず飲んでみることにしたのだ。親戚に連れられて、一見中国茶でも売っていそうな奇麗なお店に入って行った。親戚が予約してくれたらしく、「お待ちしてました」とさっぱりとした身なりの女の人が迎えてくれた。続けて「先生はもうすくお見えになります」と言ったので、この女の人が先生ではないらしいと判明。先生が来るまで部屋の一角の板で仕切られただけの狭いスペースに通され、問診表を記入することになった。A4の紙に細かい字がびっしり書かれた問診表に記入。「肩こりがある(右 左 両方)」「鼻水が出る(濃いめ 薄め)」などの一般的なものから「不安がある」「夢をよく見る」などの少し変わったものまで細かくある。さらに身長、体重、便状態からはたまた生理周期まで記入。何から何まで書かされて私、裸にされた気分・・・。そうこうしているうちに漢方医が登場。姿勢の良いすらりとした男の人だった。「はじめマシテ」なんだか、イントネーションが少し変わっている。先生の名札を見て、びっくり!やっぱりですか、やっぱりですか!中国人なんだー!漢方医が中国人。メロドラマで恋人が実は兄妹だったくらいの期待を裏切らなさっぷりにびっくり。問診表を見ながら先生の質問に答えていく。そして、脈を測られ、舌も見られる。次に体の治すべき所を指摘され、これからどういう風に治していくか説明される。「デハ、まず血の巡りを良くするところからはじめましょうネ」先生の説明を聞きながら、私はふと疑問を感じてしまう。この先生本当に中国人なのか?イントネーションは少し変わっているが、難しい日本語を知っているし、先生に対する私の受け答えの「ないとも言えない感じですね~」などの微妙な日本語もしっかり理解しているし。もしや、日本人なのでは!?中国人の方が漢方の世界では信用性がありそうだから中国人のふりしているとか?などの考えが頭の中を巡る。おかげで、先生の説明を聞き逃すはめに。自分の考えに没頭してしまい人の話に集中出来ない症状に効く漢方も処方してもらうべきだったか。実はもう、処方されていたりして・・・。 「漢方小説」は、すばる文学賞受賞作。31歳の主人公みのりは元彼の結婚を知り、体が振るえる病気になる。数々の病院を渡り歩いた末、漢方診療所へ行き着く。そこでの治療によって、自分自身を見つめ直すことになる、という話。さらりとしていて、読みやすかったと思います。漢方というだけあって、体に優しい感じの小説だったと思います。優しい、つまりは刺激がほとんどない小説でした。多分これがこの小説の最大の魅力なんでしょう。漢方の説明も上手だったので、ためになるし。残念なことに優しいだけあって読み終わった後、心の中の何かを突き動かす気を起こさせることがほとんどない小説だったのですが。癖がなさ過ぎなのが、少々気になりました。癖というか個性でしょうか。作家の個性が作品の中で顕著に現れるのは、男性作家さんでは、「理想」の部分だと思います。恐らくその男性作家さんの「理想」だと思われるものが話の中にある場合、まさにそこが男性作家さんの場合の個性が表れるところなのだと思います。それに対して女性作家さんの場合は、良く言うと「影」、悪く言うと「意地の悪さ」ではないでしょうか。女性作家さんの話にちらりと見える影の部分、つまり「意地の悪さ」が、その作家さんの個性が顕著に見えるところなのだと思うのです。しかしこの作家さんはその「意地の悪さ」が全く見えないのです。なので、嫌な気分になることは全くないのですが、その分薄いと感じてしまって魅力をあまり感じない登場人物達。「意地の悪さ」が全くなかった結果でしょうか。影を付ければ、人物が立体的に見え、もっと魅力的になりそうだと思いました。話も上手くまとまっているので、そつ無く嫌味無くという感じでしたし。体や心が弱っているときには、読みやすい小説だと思いました。
2005.11.03
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