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ビッグジョン7777さんコメント新着
10日ほど前から、図書館で借りてきた「赤毛のアン」を読んでいる。
孫娘に頼まれて、去年秋頃から 週1回、TV放映中のアニメ「赤毛のアン」をDVD録画しているのが、ことの始まり。ところが、ボク自身はこのアニメを見たことはなく、ボクの仕事は録画し終えたDVDの表面に画像や何回分かのタイトルを印刷することだけ。昨年が刊行100周年だった「赤毛のアン」にあまり関心を持っていなかったのである。
図書館の書架にあった集英社版・松本侑子訳の分厚い「赤毛のアン」を借り出したのは、訳者の名に覚えがあったから。20年ぐらいも前だろうか、TV朝日「ニュースステーション」の番組中に、すばる文学賞か何かのその年の受賞者として、番組の女性お天気キャスターを紹介したのである。キャスターの久米宏氏が、思いもかけず!といった風情で・・・・・。それが松本侑子氏。
読んでみると、面白かった。このアン・シャーリーという少女はよくしゃべる。空想をほしいままにめぐらせる。前向きに希望を持って生きている。ほぼ読了したところだが、松本侑子氏は「2冊目以降、作品の筋書きはともかく、アン自身の魅力は大きく損なわれていく。常識的で、協調的で、妙におとなしい。・・・・・ 2冊目以降・・・・・とにかくアンは別人のように変わる。」と訳者あとがきに書く。外国の作品の面白さは、かなりの程度に訳者次第のところがあるように思う。
この「あとがき」を読む前に、2冊目の「アンの青春」の借り出しを図書館に予約したのだが、それはそれとして、文庫版「赤毛のアン」を買って読み直し、できれば、松本侑子氏の「赤毛のアン」のいくつかのエッセイを読んでみたいと思っている。
アラコキ(Around 古稀)のボクがアン(Anne)に関心を持つのは、小4と小1の孫娘に重ね合わせているからだと思う。ボクがいくら頑張っても、彼女たちの人生を見届けることはできない。そこで、今はアニメでも絵本でもいいとして、いずれは、松本侑子氏訳の「アン」を読むように勧めておきたい。彼女たちを見ることができる長くはない期間、生き生きと前向きに過ごしてほしいと思うのは当然のこと。たまたま、孫娘の一人の名前には、松本氏の名前と同じ文字が使われていることだし・・・・・。