2011年04月29日
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                        満蒙開拓団の花嫁として、

                        見たこともない夫の元に嫁いだ。

                        それは今から70年近く前のことだった。

                        千葉県佐倉市の寺に生まれた美しい女性だった。

                        農業などしたことも無かったが、

                        夢と理想に燃え、国策に従って、満洲に渡った。

                        土も凍る満洲の冬を、どうして想像することができただろうか。。。


                        そして、苦労につぐ苦労、打ち続く不幸の中、



                        黒龍江省のある農村で、一人の中国人の農夫と出会った。

                        心清らかなカトリック信者だったその農夫は、

                        苦労にやつれながらも美しい面差しの日本人女性を恋した。

                        連れていた男の子も我が子として育て、

                        周囲の反対や非難の声を押し切って結婚した。

                        何度も何度も何度も、

                        文化大革命の嵐以前もその時もその後も・・・

                        苦労は続いたけれど、二人は夫婦として働き、たくさんの子を生し、育てた。

                        繰り返す飢饉や迫害の日々の中で、

                        マリアは、神に祈り続けた。。。


                        しかし、神は、彼女の最初の夫との間の息子を、

                        早くに召された。


                        息子たちが次々に成長して結婚し新しい所帯を持つ中、

                        彼女の五男も、思慮深く心優しい、何よりも信仰篤い妻を娶った。



                        息子たちの時代には、学校にやることも儘ならなかったけれど、

                        孫たちは次々に学校に行った。

                        どの子も、日本人の血が入っていることを理由に中傷を受けた。

                        しかし、みんな優しく、仲良く、マリアとその夫を中心に、

                        和やかに暮らしていた。

                        年老いて、マリアの夫は亡くなった。

                        その時、夫はマリアに告げた。

                        「あなたの国に帰りなさい。」

                        マリアは、共に暮らしてきた五男と、

                        その嫁と二人の孫たちと共に帰国した。


                        マリアが日本を出てから、半世紀以上、

                        余りにも長い時間が過ぎていたので、

                        アリアとその家族は、もう千葉県の佐倉市には戻れなかった。

                        そして、文字を持たなかった息子は、仕事が続かなかった。

                        心の平安を失いそうになる息子を、家族で一生懸命に支えながら、

                        5人は、兵庫県の加古川市の県営住宅で、

                        心と身を寄せ合って暮らしていた。。。



                        愛と信仰の支えがあって、15年の歳月が過ぎた。


                        結婚していない孫は一緒に帰国した二人だけだった。

                        後から帰国した彼女の孫たちは中国で結婚していて、

                        90歳の彼女には、ひ孫も何人もいた。     

                        中国の農村部では、結婚も早い・・・

                        29歳の孫の結婚式から5日間。

                        持ち直して、一緒にビデオを見ることもできたのだけれど、

                        容態が急変して、昨夜、2011年、4月28日23時過ぎに、

                        全ての子や孫、そしてひ孫にも最期を看取られて、                                  

                        マリア・平井・フミ は、帰天した。

                        彼女の夫は、二度彼女を帰した。

                        一度目は、中国から日本に。

                        二度目は、孫の挙式直前の先週の危篤の時に、 

                        三度目、今度は、神と共に彼女を迎えた。


                        だから、彼女の顔は喜びに満ちていて、

                        先週の苦しみは遠く去っていた。

                        秀でた眉、鼻筋の通った美しい、きりっとした口元、

                        フサフサと豊かな髪・・・

                        彼女の孫娘に、その美貌は受け継がれていた。。。

                        泣きはらした目で、孫娘は、聖書を朗読した。

                        私たちは、23日の土曜日に挙式で歌ったばかりの賛美歌

                        「慈しみ深き」を今日も歌った。。。

                        加古川カトリック教会から、天国に聞こえるように。

                        今日も心をこめて歌った。

                        マリア・平井・フミ 安らかに。。。





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最終更新日  2011年04月29日 23時29分44秒
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