2024年05月11日
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今日は、花金ではないか・・・もしかして。。。

3月までなら、あれほど嬉しかった金曜日の晩だ。
待ち遠しかった金曜日の晩だ。

ま、365連休の素浪人一年生の今となっては、何が違うんじゃぁあ!?って感じですが。

そもそも、昨晩が、異常に寒くて、深夜から明け方まで10度ほどしか気温が無くて、
寝る前の段階で、結構覚悟して、久しぶりにベッドのマットを加温したくらい。
昨夜の今頃なら、上着を一枚足してたね。

それで、覚悟して寝たから、途中で目覚めても、いやいや9時間は寝るぞ!って
かつての土曜日や日曜日の朝のように、9時間は布団で過ごす!と決めて寝たので、


金曜日って言っても、別段のことは、無いのだ。

強いて言えば、そうだなぁ、明日と明後日は、そこらの郵便局は閉まってる。
他には・・・第二日曜日はイオン系列に行くぞ!

・・・なあんも思いつかん。
この、ワクワク感の無さは、私がテレビを観ないからかなぁ・・・

一週間に一度を待つっていうのが、連続物のテレビを観る楽しみなのかもしれないけど、
もともと観ないし。
野球観戦とか、日本球界にはもうあんまり興味ないし。
サッカーも、プレミアリーグとかブンデスリーグとか・・・

そもそもテレビが地上波デジタルかなんかなった時から、
あの砂嵐の晩から、意地でも観んぞ!と思って、今に至るので、


ネットで、観られるものを、観たければ観るけどって感じだ。

そうそう、今日、自分の記憶のあやふやさを思ったんだけど
清兵衛と瓢箪という志賀直哉の作品と、
笑われた子っていう横光利一の作品とが、頭の中で混戦していて、
清兵衛が、下駄屋にされたって思いこんでた。


「蠅」という作品が教科書に載っていて、それで続きで読んだと思う。
家にあった全集かなんかで。

清兵衛と瓢箪は、母の持っていた教科書に載っていたものか、習った記憶は無いから。
志賀直哉は、「城崎にて」くらいを教科書で読んだはずだ。
あるいは、小僧の神様とかいうの?

どちらにしろ、横光も志賀直哉も、湿気た作家としてしか認識されておらず、
全集を夢中で読んだ芥川とか森鴎外の前には、影が薄い。

私の読書傾向は結構はっきりしていて、子供のころから日常を描いた作品には興味が沸かない。
職業的には困ったもんだが、夏目漱石でさえ、坊ちゃんと我が猫くらいで、後は読んでいない。
「高等遊民」などが出てくる時代背景も無理で、「こころ」を読んだのは職業上の必要からだ。
それも、60歳近くなって、渋々読んだ。読み返しもしたくない作品だ。

だから、横光の作品なんか、読んだことさえ忘れていて、湿気た内容だったから志賀直哉かなくらいに。

私は、「仮面」とか「面」とかが、苦手なんである。
昔読んだ漫画で、トラウマになった作品があって、余計に無理だ。

だから、「笑われた子」の作品中に出てくる面の顔も、勝手に想像して気味悪がっている。

読書傾向の主たる原因は、思うに、早い時期に外国文学に触れたせいだ。
父が読み貸せてくれた作品は、小学校の1年生にして、「ああ無情」だったり「クオレ」だったり、
「ドン・キホーテ」だったりした。
自分で読めるようにルビがふってあるわけだから、
小学生にしてはもう「三銃士」とか、お子ちゃま向けにリライトしてあるとは言え、読んでいる。
平家物語とか、義経記とか読んでいる日常で、清兵衛と瓢箪とか、面白いはずがない。。。

そんなものよりは、中学生なら、プルターク英雄伝とか、ギリシャ・ローマ神話とか、北欧神話とか
三国志・水滸伝とか、読みふけっていた。
生まれて初めて徹夜して読んだ本は、中学2年生の時の「大地」だった。
長編小説って、巻置く能わずってなるから。。。

一方で、英雄伝から入って、世界の歴史とか日本の歴史とかも耽読していて、
父の書斎にある本は、全部自分のものと思っていた。

乱読で、多読で、速読だ。
もう一生分くらいの本は、大学に入るまでに読んだ気がする。

一方で、赤毛のアンシリーズとか、大人になるまで読んでいなかった。
アンがギルバートの頭で石板を割った時点で、先に進めなくなったことを覚えている。
読み始めたのは、20代の半ばから。
若草物語のシリーズとかも。
勿論、全巻フルで読破し、作者の伝記も読んで、今も捨てずに廊下のブックマンに位置を占めている。
赤毛のアンの邦訳を村岡花子さんから入るのは普通だが、松本侑子さんでも読み直したのは、
ハーブの勉強をしたからだ。

あの手の本で子供の頃に読んでいたのは「あしながおじさん」だけだ。
あしながおじさんは、私の敬語の先生でもある。
淀みなく、全く困らない美しい敬語を使いこなせるようになったのは、
手紙の、話しかけるような、まるでブログのように日常を綴った文章を繰り返し読んだおかげだろう。
だって、子供の頃、そんな敬語を使う機会なんて無かったし、
大学で、授業を受けるようになって初めて、自分の敬語はすごいんだって、わかった。
なんせ、私の人格や中身と関係なく、自動変換されて敬語が出てくるのだから、
「どこのお嬢様???」と、その外見とのギャップに驚かれていた。

誰からも教わらない。読書で身についたものだ。
しかもその頃、高校2年生のある日までは、文字はかなくぎ流で、ほぼ漢字を書けないまま、
インプットだけが延々と続いていたのだから。。。

今日の気づきその一、
私は、志賀直哉と横光利一とどちらもろくに読んでいない。
川端康成に至っては、全く、読んでいない。

今日の気づきその二、
私は、二宮金次郎は評価しないが、二宮尊徳は評価するのは、井上ひさしが書いた文章のせいだ。
その文章は、中学時代に、父の書斎で読んだ。
そこは、今、私が帰省するたびに寝泊まりしている部屋だ。

農村経済学者としての二宮尊徳を知らないまま、二宮金次郎の像を鋳つぶすのは勿体ないなぁ。
二宮金次郎のしていたことは、実は入会地の使い方としてはoutなんだけど、
当時は、ある意味気の毒がられていて、大目に見てもらっていたのだと思う。

入会地や入会権は、非常に重要な語である。





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最終更新日  2024年05月11日 00時07分54秒
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