2024年07月21日
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なんだかんだで、暑すぎて、何もしていないんだけど、

処熱には、冷却やなって、効果を確信して、左右の首筋を冷やしているので、

車に乗っているときに、エアコンをかけていない。

ガソリンの無駄だから、冷房は入れないことになっている。

といっても、どうせ、乗っているのは往復で20分ちょっとだし、
帰りは真夜中だから、
家を出て蔵に来るまでの間だけは、首筋を冷やしていて、
ついでに、庭に出るときとか、シャワーの後とかも、首筋を冷やしている。

本当に首筋を冷やすのは、効果覿面だが、冷えすぎないようにしないとね。


左右、対象に、凍らせたゼリーのチューブをセットする。


昨日買い物に出かけたので、今日は、ノーバイデーで、蔵に直行した。

精神的余裕があったら、ホームセンターにすだれを見に行っても良かったけど、余裕がなかった。
家を出てすぐに、直進か、左折かを判断し、踏み切りを越えてすぐに右折か道なりに左かを判断する。

人生は、小さな選択の繰り返しで、判断は、瞬時だ。

対向車があったりすると、もう、判断が揺らぐ。
そのくらい、暑くて、何もしたくない。
何もしないで、蔵にたどり着きたい願望が強くなってしまう。。。


昼間の妹からの連絡では、母が、排便が思うようにできずに、過呼吸を起こしたらしくて、
看護師からしたら、おむつに、普通に、して・・・って思うんだろうけど、
母には難しいようだ。


いきめば痛いし、いきんでもできらなければ、結局はおむつにすることになる。

で、今日は浣腸では済まずに、摘便の処置をしてもらったらしい。
シャワートイレで刺激するっていうのも、まだ使い慣れていないのかなぁ。

祖父が、粗相をするようになってから、トイレを祖父母の2間の居室のそばに増築して、
トイレと簡易シャワーが使えるようにしてあった。


足腰の悪い祖母や、まだ働いていた母ではなくて、
父が、祖父の粗相の後始末などをしていた。

やがて、母が退職してから、祖父も自宅で亡くなった。

祖母は、その後も結構長く生きていたが、トイレがついている部屋だったおかげで、
長く一人で夜もおむつを使わなかった。

どうしても、間に合わないときのために、リハビリパンツを使ってって言うのを私がお願いした。
母が、言いにくいことは、すべて私に言うというシステムだったので。。。

私も、「今な、こんなんが、有んねんて」、から始めて、
おばあちゃんが、自分から買ってきてと言い出すのを待った。

それから、ずっと、祖母が、96まで自宅で暮らせたのは、あのトイレとリハパンのおかげと思う。

祖母は、祖父の後妻だったので、血の通う子は居なくて、他人だったのだけど、
色々と入院の手続きなどがあることを考えて、私の両親と養子縁組をした。
その時も、私が、祖母に・・・

なんかなぁなんだけど、

離れて暮らしているから、むしろ、言いにくいことを言っても、人間関係を壊すとか考えなくて済む。
そんな感じかもしれない。

祖母は家で骨粗しょう症で倒れてから短期間の入院で亡くなったけど、
あの時、下の世話をされるのは嫌だからと、飲食を受け付けなかったのは、本当に困った。
管は一切拒否で、意識が戻ってからは、すべての管を外して、生き切ったと思う。

今日、夕方の見舞いにも妹が心配して行ったら、母は、ベッドを少し起こして座っていて、
なんと、おやつを食べていたらしい。
気力が戻っていたので、妹もほっとしたことだろう。

昼は「瀕死の鶏」だったからと、メールが入っていて、
妹も心配して、姪に任せずに自分で二度目も行った様子。

「便をどういうふうにしたら・・・」と、妹に淡々と語る母の動画が・・・
クラスの問題を考えているかのような・・・

妹も拍子抜けしただろうし、ちょっとほっとしたことだろう。
母は、去年も一昨年も、消化不良で入院している。
改善すべきは食習慣だが、まあ、頑固で、自分は変える気が無いからな。

その動画では、上着を羽織っていた。

たしか、金曜日は朝から病室が暑すぎて、看護師さんを呼んだのに、ナースコールを無視されてって、
ショックを受けていたし、
なんだかんだと、メンタルも不安定で、看護師も対応が面倒な患者だろうなぁ。

もともとの原因は、整形外科の分野だけど、治療はないから、リハビリだけだし、
痛みは、ましにはなっているようだし、

日にち薬と、あとは、気力なんだよね・・・

父は、腰痛がひどくなって、長く座ると痛い状態になってからは、
立ったままパソコンを打てるように高さを調整して、立ってパソコンを打っていた。

亡くなる直前まで、二度と帰れない故郷、樺太のことを懐かしんでいた。
私や妹が、ネットで写真を探して見せていたものだった。
後半生をかけて翻訳したラテン語の書籍の出版を見届けて、
一緒に樺太で育った親族が青森県から会いに来てくれ、ひとしきり思い出話をした後、
それほど日を置かずに、父は亡くなったんだけど、
多分、魂は、樺太の風景の中にいるだろうと思う。
もう、思い残すことは無かったのだろう。
「魂魄此処に留まりて・・・」っていうことがない、安らかな父の最期だったと思う。
あの頃には、もうビフィーナEXの劇的効果で、あれほど辛かった排せつの苦しみも無くなっていたし。

「気力」だなぁ。

母にも、必要なのは、気力と、「将来」への見通しだな。
父と違って、母には、故郷があって、ずっと行き来してきた。

今年の父の日に、母は、「正装し軍刀を身につけた亡父の写真」を飾った。
過去は整理されている。

だから、母に今必要なのは、「将来」への意志や、見通しなんだな。
妹は、自分の姑のこともあって大変なんだけど、夏休みには妹の主人も休みだし、
今は、「母」に注力してくれていて、ありがたい。


母の「気力」、つける薬が欲しい。

私にも、「気力」欲しいけどなぁ





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最終更新日  2024年07月21日 21時21分54秒
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