ズッコケ先生の新聞の記事がほん太の部屋の前に
張ってある。
記事の要旨は「子どもは『ぼけっとしなさい。』」
ということだ。
最近,ほん太に
面白い現象が起きた。
これまで食後,妻から「勉強しろ」といわれると
ほん太は黙って動かない。
しかし,私が
「ぼけっとしているか。」というと
大げさな表情で
「忙しくてぼけっとできない,宿題とか勉強で忙しい。」
といって,しばらくすると部屋を出て行く。
子どもの意志を尊重し,プライド認めたということであろうか。
ところで,西欧では高等教育が無料で
生活費は奨学金を得てその教育を受けるという。
これに反し,日本ごは高等教育は高額の授業料を必要として
生活費は親が面倒を見ている。
さらに日本の教育の実態は,
子どもが勉強がしたいか,どうかお構いなしに
親が勉強させる環境を用意して,させている。
冷静に考えてみると,食用用の鳥のように無理やり口を開かせ
無理矢理栄養を押し込んでいる気がする。
子どもが子どもなりに勉強をすることについて
悩んだり,考えたりする余裕を与えていない。
しかし,よく考えて見るとこうした子育ては
子どもの主体性を考えていないし
そもそも主体性の確立を阻害している。
自分自身で悩み,考えて,
自分自身で人生を選択すること。
試行錯誤したり,迷ったり,自信を喪失したり,
自己嫌悪になったり,
そんな一見無駄に見えることをする必要のない
こととして,近道を用意している。
つまり,無駄をさせず,より安全なより確かな道を用意しこの道に
歩むよう誘導している気がするのである。
しかし,ズッコケ先生の記事とかあらためて読んで見ると
親には,子どもが回り道とか,無駄な時間を過ごすとか,
一見無意義なことを見守る勇気がいると思うようになった。
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