最近生活保護の勉強をしている。
格差社会が広がっているそうだ。
もっともっと生活保護が利用されてもいいと思うようになった。
生活保護は,難しくいえば,憲法25条の生存権の保障ということだが,
平たくいえば,所得がない人も含めた戻し税みたいなものだ。
多くの場合は,所得を申告し,控除をし,
なお一定の基準以上の所得があると自動的に
納税額が確定する。
そして生活の困窮者の生活保護というのは,
実質的にこれの反対の様相を呈するものである。
一定額以下の収入しかない場合にお金を戻す制度である。
生活保護の勉強をするとひと言いって驚く。
東京都で3・5人世帯(夫婦プラス子ども1・5人)の年収440万円
(年収440万円から税金,社会保険等を控除するから)
を割り込むと生活保護の方収入が多くなる。
社会のいわば下層グループで働く人々と生活保護で
生活する人々との所得額年収440万円を起点に
逆転してしまっている。
つまり,ある家庭の家計の収入が440万円以下だと
同一世帯での生活保護費の方が上になるのである。
一生懸命働いても,何らかの事情で働かない人の方が
生活水準が高いのである。
勘違いをしてほしくないのは,
生活保護給付額が多いのが問題ではない。
下層グループの賃金等の所得額が低いのが問題である。
賃金等の所得額が生活保護基準の最低生活を
超える生活をする額に達しないのである。
経営者は,日本の賃金は世界一高いからこれ以上賃上は期待できない。
賃金上げると倒産したり,企業が中国等に移転したり,産業が空洞化する。
賃金額は世界一といわれても,生活保護基準との逆転を
どのように理解すればよいのだろうか。
70歳の国民年金6万7000円で生活するよりも
無年金の生活保護14万円の方が多い。
年金額が生活保護よりも低いということをどのように理解すべきであろうか。
世界2位の経済力の日本で暮らしていて
幸福感がわいてこない。
原因はどこにあるのだろうか。
賃金からの大きな支出が住宅ローンもしくは家賃,教育費である。
家賃,教育費を下げてない限り
働らけど,働らけどわが暮らし楽にならざりき。
というのが日本の実感か。
こんな日本で餓死をする人がいる。
日本は大企業が富んで,中小及び庶民が貧困な社会である
と思う。
固い話でいうと生活保護は憲法に生存権規定のない
アメリカでもある制度だ。
憲法に平和条項と共に生存権規定の存在するわが国では,
生存権保障は,憲法の平和主義の平和配当の象徴だ。
憲法9条と共にこの憲法25条の生存権の存在を考えるようになった。
明日に生きる子どもたちに生活保護では
義務教育期間は教育扶助が出る。
高校の場合は,自立支援を目的とした生業扶助として支給される。
しかし,大学への教育支援はない。
豊かになったといわれる日本
勉学の意欲と能力があっても大学以上の教育は
国家は保障しないのだ。
Comments