見知らん街ガイド_『パリ時代』と神戸生活日記

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リュウちゃん6796 @ Re:東京パンデミック。違った!、オリンピックだ!。(06/26) 初めまして、 奈良の法隆寺の傍に住んでい…
2020.01.07
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カテゴリ: 日々の出来事
パリにいた頃。
苦しい程の貧乏生活(と言っても、大飯喰らいの私にとっての苦しさだけど)の中で、甘いものを食べるのが贅沢と言えば贅沢。至極のひと時と書くとオーバーだけど、間借りなりにも暮らしていける状態で、ほんの少しの贅沢といえば、甘いお菓子を食べることだったのは事実だ。
で、ホテル代が一泊26フラン50サンチーム(1976年当時のレートは1フラン=51円程度)、日本円で1350円の時に、街中の普通のパティスリー(広義でお菓子屋も含む)で、エクレアが1個6フランも!(ここは強調)していた。今ならコンビニで100円程度で売っているようなエクレアが、何んと306円(当時20本入りのセブンスターが100円。現在は510円。但し煙草は単純に物価の比較にはならないが)もした。それでもお店に並んでいるケーキとも呼べないお菓子ども(失礼)が、最低でも5フランもしていたのは驚きに値する。
と言っても、日本の神戸に本店のあった『洋菓子の「HIROTA」』が、当時、パリのワグラム通りにエトワール店、1976年には日本航空ビルにパリ2号店をオープンしていて、現地では少しお高い値段でシュークリームを売っていた様な記憶があるが、日本での価格は5分の1程度。でなければ私が15個の一気食いなどするわけがない。で、少しでも安く、少しでもボリュームのあるお菓子を求めてパリ市内をさまようと、チュニジアのお菓子を売っているお店を発見。ボリュームがあって、しかも値段が安く、試しにホテルに買って帰ってキャンピング・ガスでエビアンを沸かし、早く食べたい焦る気持ちをグッとこられてダージリン・ティーを入れ、初見のお菓子を食べてみた。それ以降、二・三度は購入して食べてはみたが、とにかくベタ甘で、ずっと胸が焼けるは胃にもたれるは…。
 そんな経験があって思うのだが、お菓子にしてもパンにしても、日本の規格は世界の規格ではないけど、今の日本のパンやお菓子(洋菓子も、和菓子も然り)、チョコレートは立派な世界の規格になっていると思う。いや、比べようのない日本の規格の中で積み重ねられた歴史と努力のたまものだと思う。
 まずはパン。フランスパン。気候の違いや小麦粉の違いがあって中々比べるのが難しいけど、神戸のパン屋(まだまだ特定の店舗になるけど)で購入できるパケットやバタールは確かに美味しい。フランスパンに特定せずにいえば、日本の食パンや菓子パンは世界に比類ない絶品揃い。例えばサンドウィッチ伯爵が考案したといわれるサンドウィッチだけど、これはパンに具材を挟んだり、切れ込みに詰めたりした物の総称としてこの名が使われているだけで伯爵が考案した訳ではないが、イギリスで食べようがアメリカで食べようがパンがパサパサ。フランスはフランスパンに挟むだけまだましかも知れないが、日本の食パンの様に、フワッとして、シットリとして、柔らかなパンに挟んで提供されるサンドウィッチは日本だけ。今、世界中で日本の食バンや菓子パンがブームになっているけど、日本ではそんなパンを、昨日今日食べ始めた訳ではなくてズーッと柔らかでフワッとした食パンや菓子パンを食べてきている。そんな日本で「ソフト食パン」成る物が登場したのは全く解せないが…。
 この「ソフト食パン」成る物は耳まで柔らかい食パンといわれている。
お店によっては、店のいち押しにしているようだが、パンそのものの柔らかさは今までの食パンとあまり大差はないと思えるけど、「パンの耳まで柔らかい」のは、これこそ世界で通用し始めた日本が作り上げた世界規格かも知れない。菓子パンもあんパンや、食パンも、いま、世界に通用する日本基準のパンとして注目されているようだ。
 お菓子から少し話しがずれてしまったけど、例えばゴディバのチョコレートやアイスクリーム、ハーゲンダッツのアイスクリームなど、街中で簡単に手に入るいわゆるブランド商品や、海外からのとんでもない価格の黒船ブランド等と比べて、日本のアイスクリームやチョコレートの品質は、コストパフォーマンスから考えればとてつもなく高品質だと言える。

今、日本のブランド牛の遺伝子を持った肉が何故か世界中で生産されようとしていて、問題となっているのは、海外で生産された『日本のビーフ』がいつ黒船に乗って日本に上陸するのか分からないから。
理由としては日本の牛肉品質が世界基準になったきたことを意味し、世界が日本の牛肉を超える品質を追求し始めたことにあるのかも知れない。それとて、日本の努力が認められ日本の牛肉が評価されるのはうれしい反面、薄汚い思惑が金のために動いていることも事実。
お米の国日本が、パンの国々のパンを駆逐しようとしている現実があるのだから。仕方ないかも知れないが、その内、日本の『コシヒカリ』と肩を並べる『コシアンデス』や『チリニシキ』が登場するかも知れない。これは楽しみなことと言えるかも知れないが。
 今年は神戸の震災から25年が経った。
 震災当時、たくさんのタイ米が援助物資として神戸に入ってきたが不人気で、外米好きな私としては大変有り難く、パエリアにリゾット、炒飯にと堪能させて頂いた。神戸の米屋さんでは外米が全く売れず、10キロを数百円で売る店もあったり、中には国内米10Kgを買うと、10Kgのタイ米がもれなく付いてくるお店があって、震災後の我が家の米備蓄高は100Kgに迫るものがあった。
 そんな夢のような、また悪夢のような時を過ぎ、今年は55年振りに東京でオリンピックが開催される。
そういえば、私が14歳の時、日本国発行の紙の身分証明書を持って、関西汽船『くろしお』で遙々アメリカ統治下の沖縄に出掛けたのも1964年。芝生の青々と敷き詰められた米軍キャンプを横目で見ながら通り向け、砂埃の立つガタガタ道をハンドルが抜けるボンネットバスに乗って日本人用の海水浴場『名城ビーチ』に出掛け、珊瑚の死骸で埋め尽くされた真っ白な砂浜(?)と珊瑚の死骸で白濁した海水で海水浴を楽しんだ思い出がある。当時は子供ながらに凄い憤りを感じたが、本土復帰(日本復帰とは言わないんだね)した今も沖縄の人達は強い憤りを感じ続けているんだろうなぁ、と、思いつつ、オリンピックが平和の祭典かどうか、再度、確かめる機会を得た日本人は、大阪万博もあることだし、世界中の人々と共に、世界中が平和になれるよう考えなくては。
 菓子パン屋や寿司や、日本料理が、世界の基準となるのなら、辛い戦後を味わい、蹟の復興を遂げた日本人の平和を願う心も、世界基準になれるように、努力あるのみ。
 偉そうに、講釈垂れて御免。
 世界が平和でありますよう。





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Last updated  2020.01.08 03:49:31
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