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(注)6月27日に書いた記事。 連続仕事が終わった。 2日休んだあと、また2日連続で推奨販売の仕事が入っている。 その後は今のところは予定がないので、個人事業主向け月次支援金の申請を済ませようか。 月に最低15日は現場に立っていた一昨年までに比べると収入減は否めないし、そのぶん自分なりに節約もしているのだが、さて、それで出費も減っているかと思いきや、そうでもない。 むしろ、医療費とその関連は、一昨年に比べると大幅に増加している。 先だっての怪我による入院はおりてきた保険金で賄えたものの、それ以外の眼科や内科の検査費や治療費、薬代などがかかっているのだ。 デンタル面も、以前は単に歯磨き粉だけだったのが、歯茎が心持ち痩せてきたのと年齢的に歯周病対策をしなければとの思いが重なり、歯磨きをすませた上で、歯間ブラシとデンタルリンスを必ず使用するようになった。 当然、費用もアップ。 まあ、今までが少な過ぎたんだけれどね、、、医療費が。 不摂生しているのに、神の恵みで、治療しなければならない大きな病気にも怪我にも見舞われなかった。 ラッキーの一言だったんだね。 これが加齢というものか。 人間でなくても、ペット(2匹の犬と猫1匹)たちも、シニア世代に足を踏み入れると、泌尿器や婦人科系の病気、なかなか治らない怪我で病院に行くことが格段に増えた。 生き物は老いていく。 老いて、朽ちていく。 そうなる前に、やっておかねばならないこと、やっておきたいこと、あらためて考え直している。 写真は、夜の安倍晴明神社。 我が家の、極めて近くにある。
2021.06.29
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今日と明日、京都府と奈良県の県境にある大型店舗で仕事。 ここ数日の間、悩まされていた軽度の胃痛はおさまった。 イイ気分。 登録派遣会社の1つから、工場派遣の仕事を打診された。 うーん? 学生時代、印刷工場でアルバイトをした私は、あの種の仕事が、少なくとも向いてはいないことを、身に染みて知っている。 注意力散漫にして、飽きっぽい私(診断されたわけではないが、以前に記事にした通り、多分にADHD傾向がある)。 サイレンの音と共に、一言も喋らず黙々と繰り返し作業を始め、やはりサイレンの音と共に中止する工場業務はものすごく苦痛で、3日しか持たなかった。 とは言え、やはり注意力必須のレジの仕事はとても面白く、出勤するのが楽しくて仕方がなかったから、そんなに向いていないこともないのかな? いえいえ。 レジの場合は、レジ作業ではなく、人との接触が好きだったのだ。 老若男女、職業も家庭環境もおのおの異なる人がレジを通るからね。趣味でもあるマンウォッチングには持ってこいだった。 つまり、私の場合、繰り返し作業でも、どこかに「人」との接点があれば、そんなに苦痛ではなくなるのだろう。 工場業務も、そのような要素があれば、面白く感じるのかな? ともあれ、私の関心が「物」より「人」にあることだけは間違いない。 写真は、今日の現場近くで写したもの。 空の色からして、明日は雨?
2021.06.26
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(注)6月24日に書いた記事。 昨日から軽い胃痛が続いている。酒を抜いてもおさまらない。 何、これ? もっとも、痛みのレベルは、日常生活にほとんど差し支えがないほどのもの。それでも不快なことには変わりなく、明日からの仕事に備え、対策を講じておこう。 健康体で仕事現場に立つこと。 これは、働く上での基本中の基本だ。 もちろん、今夜もノンアル。 入院していて、気づいたことがある。 それは 「私は酒なしでも大丈夫なのだ」 ということ。 確かに物足りなさは感じたが、それだけのこと。その物足りなさとて、さほど強烈なものではなかった。時間がくればちゃんと眠れたし。 は。酒がないならないで、それなりに生活はまわっていくのだ。 なるほど。酒は、だから、嗜好品の部類に入るのね。 こんな現象。実は、酒以外にも、私たちの日常の中に転がっているのではないか。 ほぼ習慣化し、それが原因で特に考えることもなく続けているけれど、なかったらなかったでどうということはない、あるいは他で代替出来る、例えば行動の様式やクセ、あるいは出費の傾向。 これを自覚出来たら、もっとメリハリがきいた毎日が送れるかも知れない。 写真は、アルコール抜きの昨夜、一晩で読んだ本。 文章がわかりやすく易しい言葉で書かれている上、ユーモラスかつ的確な表現もあって、なかなか示唆に富んだ一冊だった。
2021.06.26
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(注)6月23日に書いた記事。 今回の怪我で、保険会社2社に保険金請求をし、一昨日、1社から規定の金額(「入院日数×1日の補償金額」タイプ)が送金されてきた。 人生、何があるかわからない。 月々の支払いは苦痛でも、いざという時、保険はありがたいものだな。 もっとも私、保険金請求をしたのは、今回が初めてではないかしら。 聞けば、車を運転する人の話だけれど、 「頻繁に事故って、頻繁に保険金を請求していたら、ある年、(保険会社に)契約更新を断られた」 のだとか。 はあ? 好きで事故っているわけではないと思うが? とは言え、保険会社も商売だし、まあ、そんなこともあるんだろうなあ、、、。 プラス、通院でも請求の対象になるタイプの保険に入っている人の中には、ほんのちょっと転んで擦りむいたとかぶつかってコブをこしらえたとか火傷で水膨れしたとか、この程度(?)の症状でも医師に診断書をもらい、保険金請求をする人もいるらしい。 うーん? 軽い症状なら自然治癒するはずなので、私だったら、医者に行ってかかる費用と時間を考え、少し痛くてもそのままにしておくだろうね。 ともあれ、保険はありがたいものだ。 ありがたいゆえ、 「節約には、まず保険料の見直しを」 と言われても、なかなか踏み切れないんだな。 今回も、内容は悪くはないが特に良くもない「かんぽ 」をどうしようかと検討していたところで、結果的に助けられたから。 まあ、保険については、今後、情報を集める予定ではいる。 写真は夫と1番上の孫。
2021.06.26
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個人事業主向け持続化給付金をはじめ、さまざまなコロナ支援金を受給した結果、国民健康保険料の支払額が、昨年のざっと3倍になった我が家。 この4月25日からの緊急事態宣言発令の影響をもろに受け、収入ボロボロなのに、こんなに払えないよー。 と嘆いていたら、減額を申請出来る救済道があるのだそうで。 もっとも、国民皆保険である日本の健康保険制度は、本当にありがたい。 一説によると、日本人の平均寿命が第二次大戦後にこんなに伸びたのは、この制度ゆえんだとか。 そりゃ、そうだろう。 実費となれば、症状がよほどひどくない限り、風邪や腹痛、怪我などは、家庭での療法ですませる家が多いのではないか。 さて! この際だ。今回、入院と治療自体は外科だったけれど、 「それ以外で」 として、これだけ血圧のことを指摘された(救急車で運ばれる時から、血圧測定をした救命士から「いやに血圧が高いですね」と言われた)のだし、高い保険料を払っているのだから、もう観念して血圧治療を再開するとしよう。 幸い、月曜日に整形外科で受診した診療所には内科もあり、そちらで来週から受診することになった。 病気の神様にだって、許容範囲がある。これまでは大目に見てくれたが、今後もそうだとは限らない。 「オイ、ワシかて堪忍袋の尾が切れることがあるんじゃぞ」 と、とつじょ金槌でドカンとおやりになるかも。 それにしても、これが加齢というものか。 思春期に脊椎側湾症を発症した上、よく風邪をひくし、よく下すし、よく腰や膝が痛くなるし、よく小さな怪我をするが、日常に差し支えがあるほどの大きな病気や怪我にはこれまで無縁だった。前回の階段事故でお産以外では初めて入院した、というところからも、そのことはうかがえる。 なのに、ここ数年、耳やら喉やら、まずカラダの小さな部分にトラブルが起こり始め、回復が明らかに遅くなってきた。 今回の怪我は単なる怪我ではない。何かのメッセージだ。 そのメッセージをしっかり受け止めよう。 写真は夫と3人の孫。 孫たちのためにも健康なばあばでいたいものだ。
2021.06.22
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(注)6月21日に書いた記事。 整形外科再診。 右足の腫れはほとんど左足と変わらなくなったくらいに引き、スニーカーもはけるようになったが、足のことだ。 自己診断ではなく、専門家からきっちりとOKが出るまで通って完治しておこう。 この26日からは、また仕事なのだから。 足にトラブルがあると、仕事どころか、日常生活そのものが不自由になるからね。 さて。 一度申告内容不備で差し戻しとなり、修正した上で再度申請した個人事業者向けの一時支援金。先週の水曜日に無事に振り込まれてきた。 これからは、やはり個人事業主向け月次支援金なのだけれど、、、。 これって、確かにコロナ禍で仕事に影響があった人は非常に助かる制度。 とは言え、 「税金を基金にした支援金だから、その支給分は税金として再び国にお返ししないといけない」 の理屈はわかるとしても、今回のように2年連続で影響を受けている場合は、どうなんだろう? さまざまな手当を受けた結果、その支給額に課税されて税金が跳ね上がり、その分を払おうにも収入に結びつく仕事がない。 こういうケース、自分も含め、けっこう周囲の個人事業主から聞くからね。 私の場合、今年、国に納める税金は昨年のざっと4倍、市民税は3倍、健康保険料も同じく3倍になった。 せっかくの支援金。 ああ、支払う金額が多過ぎて、 「これ、支援?」 と首を傾げたくなる面があることは事実。 来年は、これら支援金に、どれだけ税金がかかるのかしら?
2021.06.22
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久方ぶりにいい映画を観た。 「八月の鯨」(原題"The Whales of August")。 今から34年前に撮られた。 特にナニカが起こるわけではない。 特徴あるキャラクターが登場するわけでもない。 ただ、小さな島で暮らす老姉妹とそれを取り囲む老人たちの日常が淡々とえがかれていく。 にもかかわらず、これほどまで心を揺すぶられ、余韻が残るのは、なぜ? 映画は、アメリカはメーン州にある小さな島の描写から始まる。 ここへ、夏になると避暑にやってくるリビーとサラの姉妹は、こども時代、沖に現れる鯨を見るのが楽しみだった。 そのリビーは、かつては夫を亡くした妹サラの面倒をみたが、白内障で盲目となった現在では、逆に、食事や散歩など、日々の生活のすべてに妹のサラの助けが必要になっている。 自分で自分の始末も出来ないリビーは気難しくなり、言葉についトゲが出てしまう。 そんなある日、サラは、釣った魚をお裾分けしてくれた帝政ロシアの貴族の末裔であるマラノフを夕食に招待したのだが、、、。 リビー役のベティ・デイヴィス、サラ役のリリアン・ギュシュ。2人の大女優の演技が素晴らしい。 特にベティ・デイヴィス。わざと発する人を傷つける言葉も含め、ものを言うたびに口元が片方に攣るのだが、その歪みと光を失った虚な目元に、他人の世話にならねば生きていけない己が身のふがいなさと老いを重ね合わせた孤独がひしひしとのぞく。だからこそ、リビーのサラの幼馴染みのティティの 「人生の半分はトラブル。あとの半分はそれを乗り越えるためにある」 の言葉が身に染みるのだ。 人間、1人で生まれて1人で死んでいくからこそ、1人=孤独を直視したくないのだね。 写真は、Amazonより。
2021.06.21
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一昨日の夕方、膨れ上がった右足を整形外科で診てもらい、処方箋を飲んだら、腫れが引き、痛みもだんぜんおさまってきた。 薬に批判的な見方もあり、その言い分もわかる(抗生物質は腸内の良い菌まで殺してしまうという説)のだが、痛いのはそれだけでストレス満載だわなあ。 薬で痛さから解放されるのなら、それが対処療法のまやかしであっても、気持ちからして晴れ晴れするものだ。薬の力は侮れないと実感した。 とは言え、あまりに薬に頼り過ぎるのもなあ。 病気や怪我を直す過程において、薬はあくまでサブ。メインは、治療を受ける側の気力と、治療を施す側の診断及び施術のはずだ。 ともあれ、身体が快適になって、元気を得られたら、薬を飲む飲まないも含め、どんな療法でもかまわないわけだ。 「これが絶対」 という療法は、実はないのではないかと思う。 さて、ここでまた浮上する降圧剤服用に関するメリット、デメリット、リスク。 ネット上では、いろいろと飛び交っているね。 これを機会に、もう少し情報を集めよう。 写真は真ん中の孫と1番下の孫。
2021.06.20
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右足の腫れと痛みが治らない。 「痛い、痛い」 と感じ続けるのもストレスなので、ネット検索をかけてヒットした某整形外科に診てもらおうとしたところが、あいにく今日は休院日とホームページに書いてあった。 結局、2番目にヒットした診療施設に、今日の夕方に行く予約を入れた。 もしかすると急を要することかも知れないからね。その場合、箇所は足だ。大変なことにならないとも限らない。 こういうところは、私はパッパッと決断が早いと、我ながら思う。 ADHD傾向のある人は物事を先延ばしにすることが多いと、ネット上の記事に書いてあったが、いやぁ、それはどうかな? あくまで私の場合だけれど、先延ばしにすることは、決まって得意ではないことだ。 例えば、確定申告の準備とか。 しかし、まあ、便利な世の中ではある。 「京都 ◯◯区 整形外科」 と、三種の言葉を打ち込むだけで、タダっと調べたい項目が画面に出てくる。 あとは、そのホームページにアクセスし、交通時間や万が一の時のフォロー体制、診療ポリシーや痛みに対する対応などをチェックすればよい(と言うのは、未だ患者の声に耳を傾けず一方的に指示してきたり、「痛いのは当たり前じゃ。我慢せいっ」との姿勢を貫く診療所もあるから。一昨年前にかかった某医院がそうだった)。 とにかく、今のこの状態を抜け出しましょう。 それには、情報を集め、それから行動だ。 元気になろうね、と自分に言い聞かせる。 写真は、「地中海レモンリゾット」もどき。 米をそのままワインで炒め、ニンニクと塩とレモン汁で味付けして水を加え、コトコト。 もどきではあっても、とても美味しい。 そして、こういうメニューが食べたくなる今は、内臓もすごく疲れているのだと感じる。
2021.06.16
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身体が思うように動かない苛立ちその他で、ストレス満載。 こんな時は何をして気を紛らわせたら良いのかしら? 靴が履けないほど浮腫んだ右足。外側の血は止まっているが、内部で化膿しているのかな? 痛みが消えなかったら、今夜にでも近所の個人外科病院に行こう(なぜ個人病院なのかと言うと、大きな総合病院だと外科で通院してもまた内科検査が入るのは、これまでの体験から知っているから。まあ、投薬の関係とか、そういう面が入ってくるから検査になるのだろうけれど)。 今朝、派遣会社の一つから新たに仕事打診があったことだし、早く元の状態を取り戻さないと。 でも、痛いって、単純に辛いね。
2021.06.16
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退院後、初めての検診日。 結果は、肋骨の骨と気胸は問題なし。 あとは、おそらくは階段を転げ落ちた時に右足のかかとに生じた傷が元での右足のむくみ(左足の倍ほど膨らんでいる)と、血圧が課題。 特に血圧。 加齢黄斑変性に伴う腎臓内科の処方で施された降圧剤の副作用があまりにきつかったこともあり、12月に風邪をひいて(咳症状メイン)診察を一度キャンセルしたのをきっかけに、何となく行かなくなった。 眼科の方も、診察日を間違え、それっきり。 昨日に診ていただいた先生は、 「動脈硬化や脳梗塞にも結びつく高血圧は問題。一刻も早く再診を」 とおっしゃる。 本音は病院には行きたくない。 薬を飲みたくないのが最大の理由。 高血圧って、薬でないと抑えられないのかな? ネット検索をかけると、降圧剤を服用することでの怖い裏面、ゾロゾロ出てくるが?
2021.06.16
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(注)6月13日に書いた記事。 そうなんだよね。 1週間前の今日、今日なんだ、自宅の階段から転げ落ち、救急車で運ばれたのは。 重い荷物を持って階段を登っていて、ふっと息をつぎ、荷物をあらためて抱え、 「さあ、最後の一踏ん張りじゃ」 と足を踏み出したとたん、踏み外し、前のめりになった反動で手すりを掴もうとしたところが掴めず、身体が回転して、どうなったのかね。 覚えていないよ。 ともかく私は肋骨を折り、その時に肺を傷つけた。 64歳にして、お産以外では初めての入院。 費用面では、加入保険の一つに特約をつけていたため、治療にかかった費用は全額保障される。 あと、一つは、入院費に対しての規定金額が保障。 ううむ。 ブログでも、たびたび保険料の支払いが負担だと愚痴ってきたが、、、いざこんなことになれば、有難いものだな。
2021.06.16
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(注)6月12日に書いた記事。 痛い。 それでも、少しずつ軽減してきている。 あと少しの辛抱だぞ。 昨夜、TSUTAYAのネットレンタルサービスで送ってもらった、アメリカのテレビドラマ「ルーツ」を再観していた。 私が大学生だった頃に世界中でベストセラーとなり、ドラマ化されて日本でも放映された「ルーツ」。アフリカンアメリカンの血を引く作者のアレックス・ヘイリーが自らの祖先をたどり、一族の苦難にもめげず誇り高く生きた様(さま)をえがいたヒューマンもので、ドラマの方も見所満載だが、実は私、深く感動しつつもあれは二度と観たくない、いや観ないとずっと心に決めていた。 理由は? あまりにも哀しく、切なく、やりきれなくなるからですよ。 人間って、思い込みが意識に染みつき、やがてそれがすり込み化されると、自分たちがとどまるステージ以外の者に、あんなに残酷になれるのだ。 これは、人種間だけではない。 病や障がいを持つ人者に対してもですよ。 なのに、私のその「ルーツ」に対する思いを聞いた夫は、 「俺は観ていないから、ぜひ観たい。借りてくれ」 と言う。 結果、44年ぶりに観た。 やはり、哀しく、切なく、やり切れない。 白人の黒人狩りに、拉致される側の黒人の協力者がいたことも、たまらなく悲しい。 「何で仲間を売るの?」 と、観ているこちらは叫びたくなるが、彼らにすれば、 「これだけ払うぜ」 と白人にカネを見せられ、 「いい稼ぎになる」 と乗っただけの「仕事」だったんだろうなあ、、、。 いや、こういうこと、他の世界でもあるんだぞ。 自分のことしか考えない、と言うより考えられない。 同じ黒人でも、部族間での対立もあったのかも知れないし。 根が深い問題だ。 対象をよく知らないがゆえ、その無知が偏見になり、自分たちないし自分たを取り囲む世界以外のものを傷つけているケースは、よくある。
2021.06.13
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(注)6月11日に書いた記事 身体の向きを変えるたびに痛みが走る。 おかげで、簡単なことでも今までの倍もその上も時間がかかり、苛立つこと、この上ない。 もっとも、しゃーないわな。今回、頭にも首にも腰にも異常がなく、肋骨骨折だけで済んだのは、ある意味、奇跡だ。 仕事仲間、正式には先輩の1人に、転倒で腰の骨を折り、1年間休職した人がいる。 幸いにもその後復職することが出来たが、腰は以前みたいに真っ直ぐには伸びない。つまり、常にやや前屈みの姿勢なのだ。これは、立ち仕事にはこたえると思う。 我が身と軌跡を振り返れば、 「あんた、小さなケガが多いなあ」 と呆れられたように、ケアレスミスならぬケアレスケガの連続。 擦り傷や挟み傷、打ち傷、捻挫、湯たんぽによる低温やけど、ぎっくり腰。二度のとうこつ神経麻痺(右手と左手を一回ずつ。いずれも起き抜けで気付いた。眠る姿勢が悪いのだね)。他にもいろいろ。 運転免許が必要な仕事でなくてよかったと、心より感じる。 ただ私、体験したケガは、とうこつ神経麻痺を除き、2度目はないよ。 どれも痛い思いをしたので、 「金輪際ゴメンだ」 と、次回からはイヤでも気をつけるからね。 プラス、ケガが原因で仕事に穴をあけたこともない。派遣先の店舗近くのコンビニの駐車場で車止めに蹴躓き、痛さのあまり数秒間動けないくらいに左膝を打った時も、試飲された後のプラコップの山を店舗の専用ゴミ庫に捨てに行こうと、 「ヨッコラショ」 の掛け声と共にゴミ袋を持ち上げたとたんギックリ腰になった時も、症状が比較的に軽度だったこともあるが、這うようにして仕事に行った。 これも、学びの1つ? 夫からは 「次のケガは命がないものと思え」 と脅されたが。
2021.06.13
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(注)6月10日に書いた記事。 今日、退院してきた。 当初は、おおよそ1週間と言われていたから、予想外。 奇しくも、派遣会社の1つから 「月末、3日間、こんな仕事があります。予定はどうですか?」 とメールが来て、それに 「3日とも行けます」 と返信し、 「仕事があるからにゃ早く退院して体調を整えにゃなあ」 と、心意気を新たにしていたところへ、巡回に来た主治医の 「明日のレントゲンの結果次第では、退院可能です」 との言葉が重なり、願望が現実となった。 やっぱり家はいいわあ。 真っ先に風呂に浸かった現在、心より思う(病院ではシャワーだけだったので)。 同時に、 「痛い、痛い」 の感覚も。 床に落ちたものを拾う時、何かをとるために背伸びする時、ちょっと横に身体をひねらないといけない時、、、など、背中と腰に激痛が走る。 やたら咳が出て、そのたびにまた、痛みを伴うから咳が出切らない。 もっとも、 「痛い、痛い」 のせいかな。 このところ、アトピーはおさまっている。
2021.06.11
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(注)6月9日に書いた記事。 登り行く階段。ステップの踏み違いから身体のバランスを崩し、かかえた荷物ごと転倒し、転げ落ちる過程で無惨に折れた肋骨。 まだ痛いわぁ。 まあまあ普通に歩けるが、起きる時や姿勢を変える時は難儀。 でも、昨日に派遣会社の一つから仕事依頼が来、 「はよ、退院して体調を整えにゃ」 と決めたとたん、 「明日の症状次第では、退院オッケイ」 との、主治医のお達し。 気持ちがシャンとしたら、ホネもシャンとするのかね。 私は今、年齢も考え、静かに燃えているのだ。
2021.06.11
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入院生活は退屈なものだから、つい文章を書いたり、それ関連の調べ物をしたり、SNSをしたりして過ごす時間が多くなるんだが、Wi-Fi環境がないところで携帯をいじっていると、使用可能量がどんどん減っていく。 気をつけにゃ。 一昨日と昨日、デモンストレーターの駆け出しだった私にいろいろと仕事を教えてくれたベテラン同業者に 「あんた、小さなケガが多いなあ。注意力がないんやな」 と指摘されたことがきっかけで、自分にADHDの傾向があることに気付いたと書いた。 この時、46歳。 もっとも、我が軌跡をたどってみれば、物心つく頃より 「落ち着きがない」 「忘れ物が多い」 「うっかりミスが多い」 「片付けが出来ない」 と、周りに言われ続け、学生時代はもちろん、社会に出てからもけっこうしんどい思いをしてきた。 基本的にずっと仕事をしていた私だけれど、家庭に入った、すなわち専業主婦になったADHD、あるいはその傾向がある女性も、夫や姑に家事のやり方を逐一取り上げられて責められ続け、 「私は主婦落ちこぼれなんだ」 と、劣等感を抱くようになったケースも少なくないのではないか。 「落ち着きがない」の「忘れ物が多い」の、ADHDの諸要素への指摘の後には、必ずと断言してよいほどマイナス評価と、そのマイナス部分を修正すべく「叱責」がついてくる。 「こんなことがないよう、もっと努力しなさい」 「出来ないのは、あなたの心がけが悪い」。 いや、努力しているのだ。心がけてもいるのだ。なのに、どうしても1つか2つ、抜けてしまうのだ。 努力して心がけている当の自分ですら出来ることが出来ないのは後ろめたいのに、そこへ他者からの叱責が加わると 「やはり自分はダメ人間なんだ」 と、ますますしょげてしまう。 くだんのベテラン同業者のおばちゃんは、決してそんな否定一点張りの言い方はしなかった。 私の不注意によるケガの多さにあきれながらも 「まあ、これも、あんたの愛嬌のひとつやなあ」 と、こんなニュアンスでとらえた言い方をしたのだ。 この背景には、やはり、私の「楽しそうに仕事をしている」実態があったと思う。 「楽しそうに仕事をしている」 と感じてくれた人はおばちゃん以外にもいて、大阪南部の某スーパーの年嵩のチェッカーさん、湖北の大型店の鮮魚売り場のパートさん、やはり湖北の某店のデイリー(原則、毎日仕入れる、日持ちがしない商品。豆腐やヨーグルト、パンなど)担当者さん、その他の人たちにも 「仕事、面白い? すごくノッているね」 「お姉さん(私のこと。関西では、女性に、必ずしも若くはなくても「お姉さん」と呼びかけることがある。くだけた呼び方)、うまいこと、売りはるなあ」 「お姉さんの元気のいい声聞いていると、私、元気になるわ」 とか、たくさんお褒めの言葉をいただいた。 お客さんにも 「クチ達者やなぁ。それに敬意を表して買うわ」 「お姉さんが一生懸命やっているのにほだされた」 「お姉さんの笑顔、すごくエエ。一個買うから頑張って売りや」。 人間は、自分を認めてくれる場所があれば自己肯定感が安定するため、多少のハンディや難点をかかえていても何とかやっていくものである。 否! むしろ、その場合、ハンディが個性となりうることも珍しくない。 繰り返す。ADHDを卑下に感じる必要はない。 そのためにも、ADHD、及びその傾向がある人は、ぜひ得意分野をいかした「自分が認められる場所」を作っていて欲しいと思う。
2021.06.09
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5月20日にウェブ申請した「一時支援金」。提出書類に不備があったとのメールが、昨日の昼過ぎに届いた。 ふうっ。また出直しだ。入院中で時間はたっぷりあるから、まあいいけれど。 さて、昨日のADHDの続きだよ。 デモンストレーター(宣伝販売員)の駆け出しだった頃、私に効率的な業務の進め方やら段取りやらの仕方を教えてくれ、 「あんた、小さな怪我が多い」 と、私にADHDの傾向があることを気づかせてくれた他派遣会社のベテランおばちゃんは、後に私に言った。 「あんたがホンマ楽しそうに仕事をしているさかい、見ているこっちも手助けしたろうかという気になってきたんや」 楽しそうに仕事をしている。 ハイ、実際その通りでした。 当時はまったくの駆け出しながら、私は仕事に出るのが、楽しくて楽しくて仕方がなかった。 いや、仕事そのものよりも、仕事場所が日々変わることが。 昨日は滋賀県長浜市のスーパー〇〇、今日は京都府園部市のドラッグストア△△、明日は大阪は堺市のディスカウント・ストア□□という具合に、主に近畿圏内の各地を移動し続ける。その何と刺激的なことよ! 同じ近畿でも、場所によっては微妙に言葉や味覚が違うし、もちろん景観もそこを歩いている人も違う。現場に向かう電車やバスの窓を流れる情景すら刻一刻と変化するから、眺めていて飽きない。 「あ、ここにこんな珍しい建物があるんや」 「聖徳太子にゆかりのある石碑がこの町にね!」 「これ、土地の野菜を使った郷土料理なんやなあ」 いつも新しい発見が目白押し。 ワクワク。ワクワク。 同じ日は1日としてない。毎日が新しい日。 この労働形態は、偶然にもADHDキャラによく見受けられる 「好奇心が強くて、行動力がある」 特質を最大限に満足させるものであった。 楽しいから、一生懸命に仕事をする。それも、自発的に。 自発的だから、肩に力が入らず、自然体。 その様(さま)が、第三者には 「楽しそうに仕事をしている」 と写る。 楽しそうに仕事をしている人に悪感情を抱く人はいない。 好感を持ち、共鳴して、影に日向に助けてくれる人は必ずあらわれる。 それがお客さんである場合、往々にして「購買」という形で支援して下さる。 お客さんだって、どうせなら、楽しそうに仕事をしている販売者からモノを買いたいんだよ。 ADHDだからって、落ち込まなくていい。 特質を活かせば、そうでない人には考えもつかない発想が出来、イイ仕事が出来るのだ。 自信を持って、生きることを楽しもう
2021.06.08
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ここ、どこかしら? 病院だと言うことはわかるし、昨晩、2階にある寝室へ入ろうと階段を登っていたら、8段目くらいで足を踏み外し、両手で持っていた荷物ごと、後ろ向きに転倒。階段を転げ落ちる過程でしたたかに肋骨部分を打ち、救急車に乗ったこと、レントゲン検査をはじめ、採血とか、いろいろ検査を受けたことは覚えているのだけれど。 自分にAHDHの傾向があることは、デモンストレーターの仕事に就いてすぐ、親身になって業務の効率的な進め方や段取りやらを教えてくれた、他社のあるベテラン同業者の 「あんた、よう小さなケガをするなあ、、、何かに蹴躓いたり、指をつめて爪が紫色になったり、どこかで擦ったり、身体に生傷が絶えへんやんか。立居振る舞いを見ていてもセカセカしているし、注意力がないんやな」 との指摘で感付いた。 帰宅して、パソコンで「注意力欠如」のタグで検索していたら、AHDHのサイトに行きつき、記事を読んでいるうち、 「あ、もしかして、私はこれかも」 と、ピンとくるものがあったのだ。 その時の感想。 「なーんだ、なーんだ、そうだったの」 という安心感。 AHDHの傾向を持つ、特に女性はわかってもらえるだろうけれど、幼い頃から 「忘れ物が多い」 「落ち着きがない」 「整理整頓が出来ない」 などと、親からも学校からも怒られ続け、けっこう辛い思いをしてきているケースが多いのよね。だから、 「それは症状の一つだよ」 と言ってくれると、 「あなたは悪くない」 ということにつながり、 「うん。私は悪くないんだ」 と、ほんのちょっぴりではあっても自己肯定感を得ることが出来たのだ。 それにしても、痛いなあ、、、。 3月に浴室で転倒して浴槽の角で額を打ち(あれも不注意だ)内出血した時より、ずっと痛い。 ああ、早く家に帰りたいわ。 ちなみにAHDHには、プラス面もたくさんあるし、マイナスとされる面も自分の工夫と心がけ、そして周りの人の少しのサポートでかなりのところまでカバー出来る。 それに、必要とされていないなら仕事依頼が来るはずはないのだから、AHDH、あるいはそれに近いからって、そこは卑下しないでよい。むしろ、AHDHならではの特質を活かした仕事をし、実績をあらわしたらよいのだ。 書き進めている小説の他に、こちらも少しずつ書いていこう、、、。 ああ、でも、痛いわ。
2021.06.07
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左瞼が腫れている。 正確には、浮腫んでいる。 ん? アルコールのとり過ぎ? さて! 一時支援金を申請して16日目の一昨日。指定口座にまだ振り込みがないので、一時支援金マイページのステータスを確認したところ、「内容確認審査中」。 「えっ? 2週間前後で入金されるんじゃなかったっけな?」 と、一時支援金ホームページに記載されていたフリーダイヤルで事務局に問い合わせ電話をかけたら、 「申請内容の審査が終わったのち、不審点や不備がなければ"振込準備中"のステータスになり、そこからまた実際の入金までしばらく日数を要します」 との返事。 つまり、半月から、下手をすれば1ヶ月くらいかかるわけで、こんなに遅くて「一時支援」の役割を果たしているのかしらね? 緊急事態宣言延長のおかげで6月の仕事はすべてキャンセルになったこちらは、1日も早く補償してもらいたいのが本音なのに。 私の場合、配偶者はいるし、子どもも巣立ち、ローンを含めた借金や持病もなく、金がかかる趣味を持っているわけでもないけれど、それでも携帯やパソコン、保険、孫関連、冠婚葬祭を含む親戚との付き合いなどで、月々、及び臨時の出費がある。 この「月々、及び臨時の出費」にかかる費用を、これまでは宣伝販売の仕事で稼ぎ、余ったぶんは老後預金に回していたのだが。 わけても孫費。 これは、親が子どもに対する教育費同様、じいじばあばにとっては、なかなか削れない項目だ。 ほら、いざ孫が出来て子ども世代が子育てしているのをみていたら、我が子育てを思い出し、 「あの時はああしてやればよかったな」 なんて感じること、多いでしょ。 その後悔もあり、孫には出来るだけのことをしてやりたいと願っている祖父母世代は少なくないのじゃないかな。 写真は、その孫たち。
2021.06.06
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リメイクについての話を続ける。 「巨人の星」という人気アニメがあった。当時(1968年〜1973年)の「高度成長真っ只中」であった社会風潮もあり、貧しい境遇に生まれた少年が、努力と才能によって栄えある巨人軍の「星」にまで登りつめる過程をえがいたこの物語は、まさに一世を風靡した感があり、私と同世代の方には毎週の放映を楽しみにしておられた方も多かろう。 そんな方でも、主人公の星飛雄馬が高校受験の面接の際に着ていたツギハギだらけの制服を審査官たちに笑われたシーンを覚えておられる方は、さあ、どのくらいいるのだろう? ツギハギとは、衣類の破れたり避けたりした部分に別の布切れを当てて縫い合わせ(当て布)、補強したもの。 日本では1960年頃まで、一部の階級をのぞけば衣料はそう簡単に手に入るものではなかったため少ない枚数の服を繰り返し着る必要があり、ツギハギ服は比較的に見られたと聞く。 言わば、貧しさの現れだったのだ。 ところが、世紀が変わった現在。ツギハギ服は、別の意味で、街中を闊歩している。 むしろ、当て布をワンポイントにしたり、あちらこちらをわざと破いてそれぞれに別の当て布を当ててあたかもアートのように装ったり。 そこに、「貧しさ」や「暗さ」はない。 あるのは、伸びやかな発想による「自由」であり、それゆえの「明るさ」。 ツギハギは自己表現の1つとなった。 この変化は、ファッションの発信元が「作る側=デザイナーなりメーカー」から「着る側=消費者」へと移行したことが大きいと思う。 実際に服を着る者が着たい服を考案する。 「お気に入りの服なのに一部分だけ破れてしまい、、、でも、やはりこの服、着たいな」 「人と何もかも同じはイヤ。どこか一つアレンジして個性をアピールしたい」 「収入が頭打ちで服も買えなくなった。でもおしゃれはしたいから、手持ちの服に手を入れて新たに着たい」 こういう層が、創意工夫して、オリジナルなツギハギ服を仕立て、まとう。 いいじゃありませんか。 そこには、生活の知恵と共に、静かな自己主張があり、自己哲学がある。
2021.06.04
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アクセサリーのリメイクについて書いていて、思い出した。 昭和の、少なくとも50年(1975年)前後までは、日本の庶民社会にリメイクはしっかり根付いていなかったかしら? 例えば、着古した着物や編物をほどいて、別のものに仕立て直したり。 例えば、お父さんの古いシャツから子どものワンピースを作ったり。 例えば、しめなくなった帯でバッグを作ってみたり。 食べ物もそうだ。 正月を過ぎても残って古くなったお餅は、おへぎやあられに姿を変え、おやつとして食べられたし、主に滋賀県北部から北陸にかけて親しまれている「贅沢煮」も古漬けたくあんのリメイクだ。 まあ、一応先進国とされる日本ですら、一部の階級をのぞけば、食料も含めた「モノ」がないのが当たり前の時代が続いたからね。リメイクは、生活する上での必須要素だったのだ。 リメイクの利点は、モノをとことん使い切るから節約になるし、引いては地球のエコにも貢献する、ということ。 ただ、衣類関連のリメイクは、一定水準に達したソーイング技術とセンスを要するため、誰にでも出来るものではないね。ここが難点。 そこへいくと、食べ物関連のリメイクは、料理に関心があれば比較的簡単にメニューが思い浮かべられるし、創意工夫次第で立派な一品になる。 第一、カレールウの残りが、カレードリアやカレーコロッケやカレーうどん(そば)、その上、カレーチャーハンやカレートーストにもなるなんて、想像するだけで、ワクワクするじゃないの。 写真は、亡母が50年ほど前、ほどいた毛糸衣料(カーディガンなど)の余り毛糸を総動員して編んでくれたセーター。 いろいろな色が混ざっているのは、その理由による。
2021.06.02
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