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5882レは新鶴見のロクゴと高崎のロクゴの重連でしたが、ダイヤ改正で次位は桃太郎に替わってしまった。EF65がEF210に置き替わっている現状では仕方のないことですね。・・という事は新鶴見同士の重連になったのでしょうか。(上)信越線のSL撮影のあと高崎線の北本に立ち寄りました。林がこんなに残っていていい所です。地域の方の憩いの場、遊びの場になっているようですね。踏切を渡る人の様子も見ていると楽しいです。「わー」と歓声をあげながら渡る子供たち、「よいしょ」と言って渡るおばさんなど様々です。さて、5882レ、牽引しているのは桃太郎だけでした。GWの影響でしょうか。ただ、これの前の下りは運用どおり3本来ていましたが・・(下) 撮影 2008年4月20日 高崎線 上尾ー宮原間 (上) 2008年4月29日 高崎線 北本ー桶川間 (下)
2008年04月30日

早朝は曇っていましたが日が昇るにつれて明るくなってきました。列車が通過する頃には、ちょうどよい光線になっていました。 近所の子供達も機関車を見にやってきました。 安中からは汽笛が聞こえ、蒸気が見えます。そろそろ出発の時刻です。 大きな汽笛がなり蒸気をはき出しています。さあ出発です。 ライトが見えました。 撮影ポイントにさしかかると蒸気を吹き上げてくれました。 子供たちがいたからか、カメラの放列があったからなのか、とにかくサービスしてくれたようです。 DD51を引き連れ余韻を残して走り去って行きました。 撮影 2008年4月29日 信越線 安中ー磯部間
2008年04月30日

鶴見線の駅名は人の名が多い。鶴見小野は地元大地主の小野信行、浅野は浅野財閥の浅野総一郎、安善は安田財閥の安田善次郎、武蔵白石は日本鋼管の白石元治郎、大川は製紙王の大川平三郎から取ったそうな。扇町も浅野家の家紋の扇からきているという。また、きょう撮影した国道は国道15号が近くを走るからだし、昭和電工扇町工場が近くにあるから昭和なのです。おもしろい駅名の由来ですね。これだけでも鶴見線に興味をもつのに充分です。さて、本日最初にむかったのは昭和駅、5764レを待っていたが来ないので、扇町へ行ってみましたが5783レの姿は見えません。すると職員の方が「貨物は5月6日まで運休だよ」と教えてくれました。貨物が来ないから除草してるのだと言う。・・はやくもGW体制か。ならば安善に向かう5286レを撮ろうと浜川崎で待っていたが、やって来ません。信越本線のトラブルの影響と思われます。しかたがないので、とにかく安善に行くことに・・ 鶴見線の車内で顔見知りの方にお会いしました。挨拶をすると検測車を追っかけているので撮らないかとのお誘い、こちらは、今日はおけらになりそうなので同行させていただくことにしました。国道で降りて待つことしばし。(安易な駅名の由来だがホームに架かるアーチがすてきな駅です)3両編成の検測車がやって来ました。ちょうどカーブをしている所なので先頭車両しか撮れませんでしたね。 この後浅野駅まで検測車を追っかけ、撮影に成功しました。この検測車はしばらくしてまた、浅野駅に戻って来ました。通過する時、小田急のロマンスカーのようなサイレンを鳴らすのですね。 今日は顔見知りの方(浜川崎の師匠)のおかげでおけらにならずにすみました。感謝! 撮影 2008年 4月23日 鶴見線 国道駅
2008年04月24日

昨年来なかなか撮れなかった列車がこれです。石炭列車と共に注目していました。ほぼ同時刻に宮原を通過するロクゴ重連列車を撮っていて出会った「鉱石列車」、構えていた場所が下りに対応できず逃していたものです。きょうはこの鉱石列車に合わせて撮影場所を決めていました。列車が健在でなによりです。幸運にも北斗星釜の牽引でした。常磐線泉から信越本線安中までの「鉱石街道」、自分では「安中貨物」と呼んでいますが正しいでしょうか。・・・・名物列車健在なり! 撮影 2008年4月20日 高崎線 宮原ー上尾間
2008年04月20日

箱根登山鉄道は今年120周年だそうです。これを記念して1000形べルニナ号の一編成を創業当時の塗装に変更しました。朱赤色と白を基調に側面にグレーのラインを施したもので、なかなかいいですね。 この日は午前中、陽がさす好天候でした。大平台の桜もまだがんばって咲いていました。(上)こちらは葉桜です。祭礼のしめ縄がはってありました。(下) 撮影 2008年4月16日 箱根登山鉄道 大平台~上大平台信号場
2008年04月16日

春かすみのこの時期、海がはっきりと見えません。 旧3363レ、列車番号が変わったようですが、時刻は同じでした。が、荷物は「タキ」がなくなり、コンテナでした。EF65の運用が残っただけでもよしとしなければならないでしょう。 国鉄時代の車両の生存は今年度が正念場かもしれませんね。機関車、気動車、電車(鋼製車)、どれも早めに撮らなければと、気があせるばかりです。 撮影 2008年3月26日 東海道本線 二宮ー国府津間
2008年04月13日

ここは小田原の北条時代の武家屋敷のあったところ、西海子小路(さいかちこうじ)といいます。武家屋敷はなくなっても古い名称はそのまま残っています。・・・とても静かなところです。散りはじめた花びらが静かに落ちていきます。 朝の7時頃、私のほかにスケッチをしている方がいました。また地元の方が散った花びらを掃除していました。(そのままにしておいてほしかったなあ) 撮影 2008年4月6日 小田原市西海子小路
2008年04月07日

少し前になりますが、富士山のきれいな日に撮っておきました。今では、かすんできれいに見えませんからね。(上)河原に咲く桜も今が満開です。(下)白と白、まさに日本の春です。 撮影 (上)2008年2月28日 小田急線 新松田ー渋沢間 (下)2008年4月 6日 小田急線 新松田ー渋沢間
2008年04月06日
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