6月7日の朝にいきます

6月7日の朝にいきます

2026年06月03日
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カテゴリ: そのほか

「奇しくも」というのは、いしだあゆみさん歌唱「ブルー・ライト・ヨコハマ」の作詞をした人だからだ。

この歌がリリースされたのは、1968年12月25日だったそうで、私は中三だった。
当時20歳だったあゆみさんが、軽いステップを踏みながら、
🎵街の灯りが とてもきれいね ヨコハマ ブルー・ライト・ヨコハマ🎵
と歌う姿は、とてもチャーミングで、どこかアンニュイで、大人の女性の香りを感じた。
ちなみにあゆみさんはフィギュアスケートの選手でもあったので、ステップも優雅だった。

我が実家は横浜市でも北部、つまり東京都区内に近く、
都内に勤める人が断然多いベッドタウンなため、横浜の観光地を歩くことは日常ではなかった。
それでも周りは皆「横浜」の雰囲気が大好きで、横浜市民であることに誇りを持っていたように思う。
中高生時代のデートはといえば、横浜の観光地が多かった(もしくは江の島まで足を延ばすか…)。

6月2日の開港記念日は、市立の小中学校はお休み。6月は祝日がないので、それもとても嬉しかった(^▽^)
祖母と横浜高島屋に行き、最上階のレストランで食事をしたりしたっけヽ(^。^)ノ
今は港で花火大会が行われ、昨夜も雨の中、華やかな音が我が部屋にも届いていた。


そして6月、は・・・私にとっては祖母と父の命日がある特別な月でもある。
5月の爽やかな日々を堪能し、本格的に蒸し暑くなる前に、ふたりとも彼岸の向こうに渡った。
よかったね。春の空気に包まれたまま旅立てて。今でもそう思う。
祖母も父も、暑いのは異様なくらい苦手だったもの。

子供時代は梅雨も、その後に続く暑い夏も、私は決して嫌いではなかった。
1か月以上もある夏休みはやっぱり嬉しかったし、梅雨の雨続きの日も、それなりに趣きがあって好きだった。

夏が異様な暑さを抱えるようになってからだ。
6月の声を聞くと「ああ、もう大好きな春が終ってしまった」と落ち込んでしまうのは。
今年はとくに酷い。
原因はもちろん、この眼の病気。

ウォーキングはなんとしても続けたい。
歩くことが好きだし、何より14年前にいきなり歩行困難になってからは、また歩けなくなることが怖いのだ。

歩き出すと1万歩は軽く越える。それは苦痛ではなく、ひたすら楽しい。
でも、この夏はどうなる?
去年も猛暑日が続いたが、横浜駅まで出て、冷房が利いている地下街を西から東へと歩きまわった。
それだけで8000歩は超えた。

今年もそうするしかないと思うのだが、眼が不自由で階段やエスカレーターの下りが怖い。
幾度も踏み外しそうになって、そのたびに冷や汗をかく。
でも、歩けなくなってしまう不安を思えば、細心の注意を払って歩くしかない。

大好きな、おばあちゃん、お父さん、そして神様。どうか力を貸してください。
これから来る長くて暑い夏を、乗り切らせてください。
夏を嫌いにならないように、楽しむことを許してください。










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最終更新日  2026年06月04日 16時50分15秒
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