konosoranosita

konosoranosita

2005.10.26
XML
カテゴリ: Short stores
川の流れは穏やかだった。

川辺には何人かの人達が腰を下ろしていた。

淡いフィルターがかかったように、現実性が欠如していた。
遠い昔を見るみたいに、微かな記憶を辿った先の光景のように感じられた。

暖かくもなく寒くもなかった。
風も吹いてはいなかった。
ただ静で全てのものがひっそりとしていた。

気がつくと真っ赤な夕日の中、大きな寺の建物から建物をつなぐ、能楽の橋掛かりのようなところをゆっくり歩いていた。


鐘の音が遠くから聴こえた。
表現できないほどの寂寥感があった。
「一切空」その場を満たすものが一切無い状態とでも言うのか。

かつてこれほどの無常感を味わった事はなかった。
それは体験だった。
とても夢とは思えなかった。
確かに僕はそこを歩いていた。

目覚めた時もその感情はそこにあった。
その日一日どうしようもなかった。
あの夕日の世界から離れられずにいた。

もしかしたらそこが本当の自分の居場所なのではないかと思った。

誰一人いないあの場所に。


何故人は人を好きにならなければならないのか、何故好きになる必要があるのか。
人類が絶滅しない為の遺伝子のプログラムの一貫なのかどうか知らないけれど、何故苦しむほど好きにならなければならないのか。

ただ好きじゃ済まないのは何故なのかと思う。
苦しんだあげくそれはただの苦しみで終わってしまうことの苦しむ意味は何なのか。


特に記すことのない、ごく普通のありふれた人生のその中にある日突然にそれは起こった。

人を好きになることは別に珍しいことではない。
職場の仲間だって好きだし、まあ嫌いな人もいるけれど、一緒に泳ぐ仲間だって異性問わずみんな好きだし、いつも買物に行くスーパーのレジのオバサンだって親切で好きだ。

そのくらいの好きでいいじゃないかと思う。
その程度の好きで結婚しても構わないし、付き合ってもかまわない。
でもスーパーのオバサンはちょっと付き合うには渋すぎるけれど。

そう思っていた。
一緒にスイミングクラブで泳いでいるケイコとは気心も知れているし、いつ結婚してもおかしくはなかった。
お互いがその気になれば。
ケイコはさっぱりとした性格で、何でも気軽に話せる相手だった。

一緒にいてもお互い気を使うことも無かったし、クラブでよく旅行にも行くし、二人で旅したこともあった。
あまりにも仲間意識だけが強くて、何一つ色めいた事は起こりもしなかったけど。

付き合っているという関係でもなかったし、お互い今更照れもあって付き合う付き合わないなんていうこと事態がもう似合わない二人になっていた。

特に盛り上がる事もなく、特にお互いが熱を上げたとかそういうこともなく、ただなんとなく気がついたら二人は一緒にいることが多かった。
それでいいと思っていたし、そんなものだと思っていた。

そのレベルの好きという感情以外は知らなかった。
それ以上のものなんて経験したことがない。
経験したことが無いことは実感することは出来ない。
実感できないものは無いに等しかった。

でもそれは起こった。
僕をありふれた人生の一員にしておいてはくれなかった。
否応無しに僕をその僕の知らない世界に送り込んだ。
一体どうしてそれが起こったのか。
何のために。


結局は僕は何も手にすることも出来ないままに、ただ苦しむだけ苦しんで、そしてこの元の住処のありふれた世界に放り出された。
お前はもう必要は無いとでも言うように。

僕はもう回復不能だと思った。
僕はもう元には戻れないし、受けた傷は致命的だと思っていた。
自己治癒の限界は過ぎていた。
誰かの手を借りたとしても手遅れのような気がしたし、手を貸してくれる人などもういない。

僕はただその傷を引きずって、あの夕暮れの世界に行くだけだった。
そこだけは僕が最後の最後に行ける場所だと思っていた。
あそこに行けば何もかもが消える。
あそこはそういう場所だった。

どうしたらまたあの場所に行けるのだろう。
その方法を僕は知らない。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2005.10.26 00:19:45
コメント(1) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

Calendar

Freepage List

Archives

2025.11
2025.10
2025.09
2025.08
2025.07

Comments

コメントに書き込みはありません。

Favorite Blog

介護ライフハック! ウルトラ・シンデレラさん
イラストレーション… Cmoonさん
おそらく音楽・映画… HONEYPIEさん
bellcon Bellconさん
ちょっと本を作って… 秦野の隠居さん

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: