konosoranosita

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2005.11.25
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カテゴリ: Short stores
駅前のコーヒーショップは夜の八時を過ぎると空いている。

家に帰るのにここで一息つかないと帰れないのだ。

それほど二人の仲は険悪だった。
道路越しにアパートメントの四階の
自分達の部屋の明りが点いているのが見えると
急に気分が悪くなった。
もう啓二が帰っていると思うだけで。

何故お互いがお互いを求め合っていたのに、それが最大の敵のようになってしまったのだろう。

啓二は平凡で家庭的な人が好きで
自分だけを見ていてほしくて
安心していたかったのだ。
自分は自分の好きなことをしても。

そして藍子ははじめはそれに合わせていたけれど
段々自分が消えていってしまいそうな気持ちになって
自分を取り戻す為に何かをしたかった。
その何かがわからないままに、取り合えず仕事を又はじめた。
啓二は反対だった。
そこからお互いがお互いを許し合えなくなっていった。

「今日は遅くなるわ」


いつも遅くなるって言えば済むと思っているみたいだけど
本当のところはどうなんだよ」

「何のこと?
私に何があるって言うの?
それはあなたでしょう。

そのあとに打ち合わせもあるし」

「わかったよ。
仕事は大変だね。
君も偉くなったし、忙しいのはわかるけれど
この生活に何の意味があるのかって思うよ。」

「偉くなんてなっていないわ。
ただの何でも屋に過ぎないわ。
便利に使われているだけなのよ。
でもね、そんな仕事でもそれがなくなったら
って思うと怖いわ。
私を毎日支えているのは哀しいけれど
あなたじゃなくて、そんな仕事なのよ」

「僕も君といると疲れるんだ。
だから君が好きなようにすればいいよ。
僕はしばらく友達の家に寝泊りするから。
君も一人でゆっくりしてこれからを考えてみればいい」

それが今朝の会話だった。

藍子は正直な気持ちとして、家に帰っても誰もいない状態が嬉しかった。
救われる気がした。
部屋が広々と感じた。
藍子はその時にもう駄目なんだということがはっきりした。
これ以上は無理だということを。

次の日の夜、啓二から電話があった。
酷く酔っていた。
何を言っているのかが街の喧騒でよく聞こえなかったけれど
急に静になって彼の声も大きくなった。

「お前が悪いって言われたよ。
全てお前のせいだって。
お前はわがままで、強引で、冷たいって。
そうなのかな?
俺がみんなわるいのかな?
そうなの?」

「酔っている人とは上手く話せないし
どうせ何を言っていたのかわすれてしまうでしょう。
だから話があるのなら明日酔いが醒めてからにしてくれる?」

「酔ってなんていないよ。
真面目に聞いてるんだよ。
どうなんだよ」

「お互いがわるいんでしょう?どっちもどっちだと思うわ」

「そう、わかったよ。じゃ」

電話を切ろうとしたら又声がした。

「君が好きなようにしていいよ。
好きな人がいるんだろ?
わかってたよ」

電話はそれだけいうと切れてしまった。


藍子は毎日日記を書いていた。
それは現実と想像の世界が入り混じっていたし
過去と現在が混合していた。
それは日記というよりは創作ノートのようなものだった。

啓二はいつかそれを読んでしまった。
そういうものを理解できるような感性の持ち主ではなかったから
ただひたすら現実として読んでしまったのだ。

それが啓二のプライドを酷く傷つけた。
いくら藍子が説明してもまるで聞く耳も持たないし
ただ藍子に誰か相手がいるとしか思っていなかった。

藍子は啓二に誰がいてもあまり気にもならなかった。
人は結局は、やりたい事をするのだから
誰かを好きになればそれは仕方のないことだと思う方だった。
その気持ちを止める事などできないのだから。
心の中は誰も入りこめないし、入りたくもない。
だから自分も入ってきて欲しくはなかった。

でも啓二は自分は自由を求めて
藍子に対しては何処でもずかずかと入ってくるので
藍子はそれが許せなかった。

日記を読んだのなら黙っていればいい。
黙っていられないのなら読まなければいい。
啓二にはそれがわからないのだ。


啓二に誰かいい人がいることを藍子は知っていた。
何も聞きもしないのに、親切に教えてくれる人がいた。
きっと藍子が知らないでいることが
いけない事のように思う人なのだろう。
知らないでいい事もあるのに。

藍子は切れた受話器を置くと、啓二がその誰かと今度は幸せになれる様にと願わずにはいられなかった。





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Last updated  2005.11.25 00:39:04
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