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と、先だって帰省してきた息子が言った…(笑)「こもる」「必要以上の会話をしない」「密を避ける」「大人数での会食は控える」無茶苦茶快適、なんですけど、だそうです。基本、人付き合いが苦手だし飲みに誘われても、できることなら行きたくないし。今の会社の人たち、休日に野球やっててわりとしつこく誘われてて困ってたんだけどそういうのも、今は自粛らしいし。昼休みももみんな黙々と食べてるし。俺、いいわ助かってるわそういうの。電車の中はそこそこ混んでるけど(以前の緊急事態宣言のころとは違うらしい)すげえ静かだし。なるほど。事情が変われば事象の価値観も変わるってことねえ。朝テレビ見てたら大都会の若者は、夜お店やコンビニでご飯や飲み物を調達して道端や、公園で集まってるそうだね。寒いのに・・・・やはり、そこまでしても、「誰かと会っていたい」「話したい」という若者はいるんだろうねえ。そしてそういうことを「ホホエマシク」眺められない今の状況を鑑みるとなるほど、「孤独」が平気、「一人で遊べる」って案外大切なことなのかもなあ、とかつて誰とも遊ばず、じっとひとりでこもってた息子の姿を思い出す。あの頃、誰かと会わせなきゃ!つながらさせなきゃ!とやきもきしてた私のことも思い出す(笑)寂しかろう、不安だろう、置いてきぼりになってしまうかも、と思ってたのは「私」であって案外息子はそこまで「不幸」ではなかったのだろうな、と思う。そういうのも、渦中はまったくわからないんだけどもね。ただいま息子は歴史小説に夢中で全く素養がないので読みながらスマホで調べては読み進めている・・らしい。(そういう姿を見た)知りたい、面白い、そう思えるものがあれば人は自分で工夫する。昔なら辞書とか参考書を片手に、なんだろうけど今は便利なググる、というのがある。今は国盗り物語を読んでて燃えよ剣、と竜馬がいく、が控えているそうです。先は長いなあ。時間足りないなあ、だそうです。
2021.01.27
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少なくとも私の半径5メートル以内のことなら書けるなあ。先日面接に来た18歳。おだやかそうでおとなしくて差し出した履歴書は「まじめ」そのもの。「仕事がしたい」という気持ちは十分伝わった。ただ、通常の流れと違うのは「母親同伴」だった、ということ。聞けば軽い障がいをもっておられるとか。「作業所、みたいなところでもいいし」「無理して働かなくてもいいんだけど」「でも、本人がどうしても働きたい、というので」これらはすべて付き添ってきたお母さまのお言葉。本人は隣でにこにこしてるだけ。「こういうことはできます」「こうしてくれたらだいじょうぶなんです」一人で彼の状態を説明する、おかあさま。何とも言えない気持ちに、なったなあ・・・・字もきちんとしてるし真面目そうだしどの程度ハンデがあるのかわからないけど今までであったひとたちと、そんなに違いがあるようには見えなかった・・・けど。とにかく、彼の「言葉」が聞こえない。彼の代弁者の「お母さま」の言葉しか提示されない。不器用でも、言葉足らずでも本人の言葉がききたかったし「自分の状態」をたとえ親とは言え「自分ではない人」に説明されている、ということの奇矯さをきっとこの子は気づいてないし、もちろん親のほうも気が付かないんだろう。「守ってあげなきゃいけない」「助けてあげなきゃいけない」「導いてあげなきゃいけない」だってこの子は私の大切な子どもだし。彼が生きやすいように。笑って過ごせるように。でも、でもでもそれはひょっとしたら彼の重し、になっているかもしれないよ。「こういう仕事ならうちの子でもできると思うんです」無邪気にそうおっしゃったおかあさまにはあ、そすか、と力なく苦笑いしかできなかったのでした。
2021.01.25
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