これでおしまい。いままでとこれから。
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一昨年末に父が亡くなり、はからずもそれにともなう非日常の2025年令和7年でした。京都に分骨することになっていたので、この機会に、と父の在所である香川県まで足を延ばし親戚の皆様にもお会いしてその帰りに神戸で敬愛するおともだちと少しお茶をして。例えば父方の親戚は気短で難しい、という印象の「兄」で「叔父」である父の「そういうところももちろんあったけど」「とてもやさしいひとでもあった」と、口々に言葉を重ねてくださりなるほど、まさにお人は多面体。私から見える「父」が「父のすべて」ではないんだなあ、と。肺がんの宣告を受けたのが5年前。父の主治医から連絡があり(もちろん母の主治医でもある)(が私は面識がない)その事実を知らされ「おとうさまには告知されますか?」ときかれたのでした。なぜわたしに、かというと主治医は「おかあさまは、ああいうかた、ですからねえ」とはあ、ああいう方、ですもんね、と内心ここでもばれてるじゃん、と力なく思ったのでした。「ああいう方」である母に事実を伝えたところでしかたないもんなあ、と85歳だった父に事実を伝えたのでした。父は何もしない、という選択をして。月に一度診察を受け、もろもろの検査をして。何もしないので当然ゆるゆると「その日」を迎えたのでした。でも、90歳です。これは天寿をまっとうした、ということではないのか?母はそのころ圧迫骨折で老健に入所し、父とともにはいなかったのですが。相変わらず元気いっぱい不満と悪口と愚痴を垂れ流し。そういう母に父は積極的に会いに行こうとはしませんでしたね。そりゃそうだわね不満と愚痴と悪口だけしか言わない人と対峙するのはエネルギーとられるし自分の病できっとおそらく不安だった父には母と会話するエネルギーなど持ち合わせてはいなかったんだろうなあ、と思ったのでした。かわいそうなひとたちだな、と私は思ったのでした。夫の病を知らされない妻。それを是とする夫。妻に会いたがらない夫。一人で暮らしてる夫より自身の置かれた状況を嘆く妻。結局「自己中」な家族だったんだよね、と。そこに配慮や思いやりはあったのか?(ギャグです)ま、被害者は唯一の子どもであるわたくし、ですね。このころの私の口癖は「搾取されまくりの人生やなあ」でした(ギャグです)そして、しっかり者と思われがちなのは損だなあ、と。私も「ああいう方、ですからねえ」といわれがちだったらどうだったかなあ、と。案外早くにいろんな人に見切られて(子ども含む)きっとその事実にも気が付かない(ああいう方ってそういうことも含まれると思う)それはそれで楽かも。でもちょっと嫌かも。
2026.01.23
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