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一昨日の新聞で読みましたが、以前、市長選で前市長の対立候補(現市長)を応援した建設業者2社が市の仕事の請負の入札から排除されたとして裁判を起こし、市側の敗訴がこのほど決定しました。求められた1936万円のうち、市はまず1861万円を業者に支払ったそうです。たいへん遺憾です。市は「排除していない」と主張してきましたが、仮にあったとしても、その処分をやめてもらえればよかったはずで、損害賠償の問題にする必要は無かったのではないでしょうか。そもそも、建設業者が市長選挙を応援することはよいこととは思えません。当選したら取り立ててもらえる期待があるのですから、応援した人が落選すれば冷遇されるのは覚悟しなければならないはずで、実際にそうなってしまったからといって、それを補償してもらうのはどうなのでしょうか。言っておきますが、私は、どちらの市長も、いずれの建設業者も責めるつもりはありません。そういう慣習があったなら、しかたなかったのかもしれないからです。私にはわからない「事情」があるのかもしれません。とにかく、誰かを非難しても過去はもどってきません。大切なことはこれからのことです。もう二度とこのようなことを起こさないでほしいのです。リコール問題の根っこにこのような事があり、市の未来がこういうもので左右されるとしたら、わたしたち市民としてはたいへん困ります。こういうことを続けていると、政治家も建設業者自身だって困ったことになるでしょう。今の時代はネットで情報発信や共有が簡単にできるため、従来の「常識」が今までのようには通らなくなってきていると感じます。元民主党代表の小沢さんがよい例でしょう。従来のやり方を改めなければ、最後にはみんなからそっぽを向かれて寂しい結果になってしまうと思いますよ。人間関係は、「絆」として使うなら、たいへん素晴らしいものです。公益のためという理想があり、お互いが連携して得意なところを持ち寄って、助け合えば相乗効果がでるからです。しかし「しがらみ」はいけません。恩をうって、それを足掛かりに個人や仲間内の利益を優先すれば、ときに敵を作ったり、仲間以外の人々の思いをないがしろにしてしまったりします。これからは、こういう慣行はもうやめて、倫理観をもって、私欲を捨て、なにが公益になるかを考えた行動をお願いしたいと思います。これは「きれいごと」ではありません。ちょっと発想を変えれば可能なことです。では、どのように考えればいいのでしょうか? それは「富は奪い合うべきものではないと認識すること」だと私は考えます。限られた仕事を、多数の業者が奪い合う構図と思えば、なるほど、自分がライバルに勝たねばならないと思いこんでしまいます。それはとても苦しいことということは容易に想像がつきます。入札に勝つために無理して値引きをして、適正な儲けがなく、工事の質が落ちてしまっては何にもなりません。またそうしたら最悪な話、事業が続けられなくなってしまうかもしれないでしょう。そもそも、価値は値段の安さだけで決まるものではありません。ていねいにやるのも価値、アフターの面倒見がいいのも価値、必要のないことはなくても大丈夫ですよと言うのも価値です。安心の材料を使うのも価値だし、最新の工法などを勉強して説明するのも価値です。そして、大手ゼネコンの下請けをやるのではなく、自分が作るならこうあるべきだという提案をする価値はいかがでしょう?こう考えてください。古河市の未来を設計して作り、それで市が発展すれば、仕事そのものが増えると。市民や市の担当者と一緒になり、みんなで夢と希望を育み、アイデアをもらいつつ、悩みを相談して解決しながら前進していく。それは「プライスレス(価格がつけられないほど価値があること)」です。なぜ低レベルの争いを続ける必要があるというのでしょうか。いま、建設業者さんは、「土建屋」と呼ばれてイメージがあまりよくありません。そこから脱皮してほしいと思います。「コンクリートから人へ」といううたい文句がありましたが、とんでもありません。建設の使命は、コンクリートを使って人々を豊かにすることです。学校も病院もコンクリートなしではできません。みんなが使い、役に立てるものを作るという、みんなを幸福にする仕事なのです。どうか自信をもって、いい仕事をなされるよう希望します。
2013年01月24日
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最近、閲覧してくださる方が増え、本気で市の未来を考える方からのお気持ちのこもったコメントがいただけるようになってきて、たいへんうれしく思っています。ありがとうございます。きょうは、私が古河市や日本の発展を考えている理由を書かせていただきたいと思います。ひとつは、危機感です。新聞やテレビをご覧になってお分かりのとおり、今日の社会には、デフレ、産業空洞化、少子高齢化、財政危機、近隣諸国とのあつれきのような問題があります。もうちょっと生活に即して言うと、物が売れない、サービス残業で忙しい、働き口がない、ボーナスが出ない、結婚できない、子育てや親の介護が大変、自分の将来が不安など。なんとかしなければ、将来、ますます大変になってしまうという思いがあります。しかし、それだけではつまらない、というか、暗くなるだけです。私たちは、本質的に夢と希望を持ちたいのです。それも、現実を見ない能天気さ、希望のでっちあげ、真実ではないゴマカシ、痛みの先送りなどではなく、真の繁栄、つまり、自分がいきいき、毎日輝きながら生きている、という実感を得たいと、みんな願っているはずです。では、いったい、どうしたらよいと思いますか?大変な社会状況は、だれしも同じなのだから、受け入れるしかないと考えるのがふつうかもしれません。ですが、「どうせ、いくら考えても骨折り損のくたびれもうけ」「ひとりで努力しても世の中を変えられるわけじゃない」などとネガティブに考えてしまうと、本当に今の状況から抜け出せなくなって、不安が的中することになってしまいます。この状況を作っているのは人間ですから、本当は変えることもできるはずだと私は思うのです。そして、まず、自分から変わることは、誰からも制限されることはありません。何に注目し、考え、いろいろ話を聞き、どう判断し、また新たな観点を見つけるのか? そういうところをやっていくと、心が喜びで満たされてきます。そして、発展を考えることは、みんなのためになることです。そうすることで、より力が湧いてきます。決して向上をあきらめてはいけません。よい機会ですから、古河(またはお住いの地域)をどうしたら、みんなが活躍できる舞台とできるのかを考えてみてほしいと思います。無関心でいると、ますます社会の変化についていけなくなります。問題に圧倒されずに、解決策に焦点を当てることを心がけてみませんか? 必ず、いいアイデアが出てきて、楽しくなってくるはずです。
2013年01月09日
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あけまして、おめでとうございます。昨年の10月ぐらいから、いつも仲良くしてくださっていた方々のブログにご無沙汰することになってしまい、申し訳ありませんでした。市外の方から見て、内紛のようなものはあまりお見せしたくなかったし、むりにコメントを書いていただくのも気が引けたものですから、、。落ち着きましたら、また古河のすてきなところのご紹介を再開させていただきますので、ご了承ください。しかし、市内の方々から真剣なコメントを多数いただくことができるようになり、これは本当にうれしいことでした。私もみなさま同様、古河市の行く末を案じている者ですが、いかんせん、情報を全部は知らないし、思い込み・盲点がある、ということは事実ですから、みなさんに教えていただきながら、懸命に考えてブログをつづっております。私が恐れるのは、古河市が政治的争いでドロドロになってしまうことです。自分は○○さんの支持者だから、××さんの側の人間は敵だと、お互いが考え、ともに相手の主張を崩そうと非難を繰り返すことです。そのようになってしまったら、明るい未来は訪れるはずもありません。ここは正念場であり、何が大切なのかを見てお話をしなければならないし、この場がなんらかのお役にたてないかと心から願います。では、何が大切であると私は考えているかと言いますと「発展」です。より具体的にいえば、経済的効果がある事業を推進することです。さらに言えば、地域のステータスが上がり、それによって住民の収入が上がり、国に迷惑をかけず、貢献もできるような自立をめざして、資源を投入していかねばならないと思うのです。住民の生活が上向き豊かになること・・・つまり、それが「繁栄」と呼ばれるものだと思います。例えば、お金を100億円かけたとしても、150億円になって戻ってくれば+50億円。10億円しかかけなくても、5億円しか戻らなければ-5億円です。だから、金額の多い少ないの問題ではないと思うのです。お金がかかることは、すべて同じくNGだという先入観で見ている方もいらっしゃいますが、私は活用できる知恵、活用するぞという意欲があるかどうかの話に思えます。疑念があれば質して、回避できるかどうか可能性を探りましょう。相手をやっつけるためではなく、問題に興味を持ち、正しく理解し、自らを修正するためです。そして、大きな問題か、小さな問題かを判断して優先順位をつけましょう。ここは、敵対するのではなく、協力して取り組まねばならないと思います。古河市に希望のある明日が訪れますように。。。今年もよろしくお願いします。
2013年01月01日
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