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2014年02月17日
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テーマ: 本日の1冊(3795)

「普請中」(ちくま文庫版森鴎外全集2「普請中 青年」より)

12月の旅で買った古本である。有名な鴎外の 「普請中」 を読んでみた。「日本はまだ普請中だ」と言った鴎外の日本論を知りたいと思ったのである。日本論ではなかった。しかし非常に巧妙な小説だった。

渡辺参事官は木挽町のまだ仕上げ工事が残っているレストランで、留学時代付き合っていた踊り子と再会する。彼女は男連れで公演旅行をしていたが、渡辺にはまだ気持ちが残っている風情を見せる。しかし、渡辺は完全に醒め切っていた。まるで 「舞姫」 の後日譚のような仕掛けではある。

「大丈夫よ。まだお金はたくさんあるのだから」
「たくさんあったって、使えばなくなるだろう。これからどうするのだ」
「アメリカへ行くの。日本は駄目だって、ウラヂオで聞いて来たのだから、あてにはしなくってよ」
「それがいい。ロシアの次はアメリカがよかろう。日本はまだそんなに進んでいないからなあ。日本はまだ普請中だ」
「あら。そんなことをおっしゃると、日本の紳士がこういったと、アメリカで話してよ。日本の官吏がといいましょうか。あなた官吏でしょう」
「うむ。官吏だ」
「お行儀がよくって」
「おそろしくいい。本当のフィリステルになりすましている。きょうの晩飯だけが破格なのだ」(80p)


フィリステルとは、ドイツ語で俗物、固陋な人間ということである。舞姫と恋愛した昔の青年森鴎外はここにはいない。粗筋は陳腐な男と女の話だが、それを明治末年の日本の姿に重ねているのが、この文豪のなんとも「凄み」ではある。

親しく交わるべきドイツ西洋文明(舞姫)は、忘れた頃にロシアから流れて日露戦争に勝ったばかりの日本にやって来た。しかし、日本(渡辺)にはドイツと腰を据えて全面的に交わる余裕はないのだ。彼らは忙しい。全てが精養軒営業直前までトンカラリとするほどに普請中なのである。新興国のアメリカに行っても仕方ないと、日本は彼女を冷たく見送るだろう。しかも、渡辺の作ろうとしている日本は何なのか。それは多分「俗物」でしかない、と森鴎外は云うのである。

「五足の靴」 で、北原白秋、木下杢太郎、与謝野鉄幹たちがのんびりとした九州旅行をした三年後、この短編を書く直前の明治43年(1910年)の5月に何が起きたか。大逆事件である。この一ヶ月後に書いた 「ル・パルナス・アンビュラン」 では、自分の葬儀を戯画化してみせた。11月の 「沈黙の塔」 では、当時の文学をざっと概観してみせて「社会主義、共産主義、無政府主義」やマルクス、バクーニン、クロポトキンなどの
「食堂」 では、

「今度の連中は死刑になりたがっているから、死刑にしない方がよいというものがあるそうだが、どういうものだろう」
敷島の煙を吹いていた犬塚が「そうさ、死にたがっているそうだから、監獄で旨い物を食わせて、長生きをさせてやるがよかろう」と言って笑った。そして木村の方に向いて「これまで死刑になった奴は、献身者だというので、ひどく崇められているというじゃないか」と云った。(174p)


という逆説で、どうも死刑反対を書いていると思う。鴎外はおそらく事件後の文学への弾圧を正確に予想し、そして恐れていただろう。一ヶ月後、幸徳秋水たちは死刑になる。

森鴎外の役人の顔と文化人の顔と。科学の顔と文学の顔。俗物と倫理。森鴎外は凄かった。したたかさが垣間見える一冊であった。
2014年2月13日読了





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最終更新日  2014年02月17日 13時25分08秒
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