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朝、高校時代からの大親友のお父さんが亡くなった。 一度、1月に危篤を知らされた時もあったが持ち直した。 その後落ち着いていたけれど、急変してしまったらしい。 北海道出身のおじさん、料理が得意で魚をさばくのも上手くて、羨ましいお父さんだった。 「今日はクリちゃんが来るから、○○を食べさせてやろうと思って用意しといたんだよ~」 と言っては、鮭のルイベと歯応えの素晴らしいイクラと北海道の白いワサビとか、エビで出汁を取ったカレーとか、出来たての餅で辛味餅なんて時もあった。 一人っ子の友が嫁に出てしまってからは実家にお邪魔する事もなくなり長らくご無沙汰だったから、まだ若くて元気なおじさんの様子しか思い出せない。 楽しく美味しい思い出を沢山ありがとうございました、御冥福をお祈りしています。 そして夜帰宅すると、保護していたムクドリのピィもまた旅立っていた。 母が泣きながら 「死んじゃったよ」 と言う。 今日もお腹とお尻と足と尻尾にベッタリついてしまったフンをいつも通り丁寧に洗い落としてやったそうだ。 いつもはおとなしく洗って貰いながらも首だけはキョロキョロ動かしていたが、今日は最初からあまり動かなかったという。 渇いたタオルで水分を吸わせ、乾くまでいつもの様にタオルにくるんで置いておく。 昨日までなら、しばらく大人しくしてお腹が減ると自分で出てきて餌箱の餌を食べた。 なのに今日は出てこない、夕方から仕事の父の弁当を作り送り出してから覗いてみた。 タオルにくるまれたまま、ピィは静かに旅立っていたそうだ。 母から話を聞き終え、ピィの鳥かごを覗いた。 タオルから顔が出ているピィは、今にも羽根を広げて「ごはんちょうだい!」と言いそうに見える。 籠の脇には、昼間両親が私の代わりにホームセンターで見つけて買ってきてくれたらしい「九官鳥の餌」大袋が、買って来た袋に入ったまま置かれていた。 ピィ、もっともっと快適に過ごせる様にしてあげたかったから、も少し長生きして欲しかったよ。 でもそれは人間の勝手なエゴかもね。 本当は自然の摂理に従って、あのまま野良猫の餌になっていた方が良かったのか? でもピィは最後まで一所懸命口を開けて大好きな餌を食べてくれたから、拾って来て良かったと思えた。 安らかに、ゆっくり眠ってね。 我が家に来てくれてありがとう。
2010年06月25日
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朝、お腹をすかしているぴぃに「卵黄蜂蜜パン」の固まりを指に乗せ、差し出す。口に入りきるのか!?と思うくらい大きな、親指の先くらいの固まりを「んぐ、んぐ」と呑みこむ。が、だいたい2回か3回食べただけで満足してしまう。自然の中の鳥って、一日中エサを探して飛んだり歩いたり、そして虫や木の実を見つけると食べる、また探す、を繰り返すから、胃袋が小さくてスグ満腹になり、スグ空腹になるんだなぁ。エサの入れ物、水の入れ物を綺麗に洗い、ぴぃに籠の端で我慢してもらいながら「敷物」の広告紙を敷きかえる。腹這いになったまま「フン」をしてしまい、お腹を引きずって動き回る為、お腹も尻尾も足もフンまみれになってしまう。朝と夜しか面倒を見てやれない私は、せめて紙を取り替えてやるくらいしか出来ない。綺麗な水を置き、エサの入れ物に2~3回で食べきれるくらいの量の「卵黄蜂蜜パン」を入れ、1セット終了。今日も仕事に行ってくるよ、ぴぃ。最近仕事が忙しくて、なかなか職場で「ムクドリの生態」を調べている時間がない!(って、当たり前!?)
2010年06月17日
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町内会の、中国に単身赴任している人が一時帰国中。うちの親が、土産にとピータンを2種類貰って来た。恐ろしい事に、ピータンの食べ方を知らない母は昼食時、父と二人で「1個ずつ丸ごと食べた」そうだ。「アンモニア臭くって、あんなケチな食べ物はないね!」とのたまう。ある落語家が、自分の師匠の話をしていた事を思い出す。「うちの師匠が、当時まだ珍しいキムチを貰って来てね、『おい、貰ったキムチがあるだろう。あれを酒のつまみに出しなさい』って、おかみさんに言ったんですよ。すると、キムチなんて見た事のなかったおかみさん、普通の白菜の漬物みたいに、キムチを綺麗に洗って出した。さぁ大変、師匠が怒って、震える声で『おまえぇ~~~、キムチをぉ~~~~、洗ったなぁ~~!』って・・・・・」ピータンを丸ごと食べるなんて、聞いた事ない!と言いながら、私が夜のつまみに「クシ切り」にして、トマトを添えて出し、ピータンの汚名を晴らそうと思い立つ。で、殻を剥いてビックリ!雪か何かの結晶みたいな模様が黒く透き通るピータンの表面に浮かびあがり、何か高価な宝石の原石でも見ているみたいではないか!あまりの美しさに切るのがもったいないくらい。くれた人は、とても食通でいつも「通」なものを食べ、人にも振舞うそうな。きっとこのピータン、かなりイイ物に違いない。それを丸ごと食べて「不味い」と言った両親・・・いや、父は「不味い」とは言っていないケド、何かと宴会やパーティに出歩いてるんだからピータンの食べ方ぐらい知っとけ!っとツッコミたい。ごめんなさい、ピータンさん。残りはちゃんと美味しく頂くからね。
2010年06月16日
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朝、いつもより早く目をさまし階下のボイラー室へ。ムクドリのムクちゃん、昨日置いた紙袋の上で息を引き取っている・・・かと思い、恐る恐るかぶせた籠の上から覗いてみると、生きている!!プラスチックの空き容器に水を入れてムクちゃんを手でつかみ、口ばしを水につけてみた。弱々しいけど、水を飲む。はたと困った!ムクドリって何を食べるのじゃ?取り急ぎ「米に混ぜて食べる用」の粟を入れ物に入れて顔の前に近付けるが、反応なし。「粟」を食べない鳥なのか、食べるだけの生命力がないのか、分からないが仕事に行く時間だ。慌てて母を探すと、「何!?あたしの事を探すなんて、鳥の事を頼みたいんでしょ」察しがついている様子。「あのさ、とりあえず水を飲ませてやってくれる?もし出来たら、砂糖水を飲ませてみて欲しいんだけど。」本当は、蜂蜜を水で溶いて飲ませてくれと頼みたかったが母も毎日忙しく、一日の終わりには疲れ果てているので贅沢も言えず。何しろ意固地で我がままで自己中な100歳の年寄り(母の母)を日々、いわゆる「老老介護」で自分ひとりで面倒を見ている母・タエ子、74歳でアル。その辺に群れで飛んでいる野鳥一羽の為に、そんなに労力を割いてくれと頼める筋合いでないのは重々承知であった。あぁ、朝までは息のあった鳥、今夜仕事から帰ってきたら今度こそ息を引き取っているだろうなぁ。。。と、仕事から戻ると母・タエ子が言う、「あんた、よく電話の一本も入れないで知らん顔できるねぇ」ナント何と、母の働きでムクドリは生きながらえていたのダ。「もぅ、あの子はアタシの事、母親と間違えてるんじゃないの!?」と、いつも見せない明るい表情でタエ子はムクドリの話をする。「今日は又、大変だったんだから忙しくて。で、そのうえホットケーキ焼いて、それに蜂蜜つけてやったら、大きな口開けて食べる、食べる」何~っ!?蜂蜜つきホットケーキを作ってもらったのかぁ~しかもパクパク食べた、とな。ボイラー室には、父によって物置から引っ張り出して来られた大きな鳥かごがデンと置かれ、その中で足の不自由なムクドリは羽を広げてバランスを取っていた。母・タエ子は籠の前にかがむと、甲高い裏声で話しかける。「ピィちゃん、ピィちゃん、よしよしよし、ピィちゃん♪」「ちょっと、その子はムクドリだからムクちゃんだよ」「いんだよ、ピィちゃんの方が呼びやすいんだから」結局、昼間の面倒を見る事になる母に「命名権」があった。これをもってムクドリの名は「ピィちゃん」に決定。しかし、昨夜「行き倒れ」になって虫の息だった鳥が、羽で体を起して「ごはんちょうだい♪」とこっちを見るまでに回復しているのには、驚いた。さっそく、食パンの白い部分に卵黄・蜂蜜・ハーブティー少々を混ぜて染み込ませ、当面のご飯にしてみる。小さくちぎってその固まりを差し出すと、羽を目いっぱい広げて餌を食べた。この食欲なら、元気になってくれるだろう!写真を撮ろうとすると、ずっとカメラ目線の「ぴぃちゃん」であった。
2010年06月15日
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雨上がりの夜道、あと数メートルで我が家に到着する道端に何か落ちていた。「ん?鳥の死骸だ」その固まりは鳥の形をしていて、片足だけ体の上に見える。もしかすると、ネコに喰われて片足のない死体かもしれない。しゃがんでよく観察してみる。どうやらもう片方の足は上から見えなかっただけで、体の陰にある様だ。横倒しになっているその鳥、かすかに息がある様子。「このまま落ちていたら野良猫に喰われて、血のついた羽が道に散乱するなぁ」明朝も同じ道を通る事だし、息のある鳥を見捨てるのは忍びなかったのでそ~っと片手で鳥を掴んで家に向かった。鳥は全身が灰色で、オレンジ色の口ばしと足をしている。ムクドリだ。玄関の前で、片手で家のカギを探していると鳥が足をバタつかせ、少しもがいた。そしてお尻から白いフンがビュッ!と飛びだし、間一髪でスカートに落下するのを避けた。フンが出来るくらいなら、何か食べられるだろうか?家に入ると「何やってんの、そんな鳥拾って来て。」と言いながらも一応入れ物を探し始める母。「どうせすぐ死んじゃうから、やめときな。」と言いながらテレビを見ている父。二人とも、長年付き合って来て「私」が人の言う事を聞くタイプかどうかよく分かってはいるだろうが。「しょうがないねーまったくアンタも」と言いつつも洗濯物を入れるカゴを上からかぶせようと言って出してきた母と、ボイラー室でとりあえずの「ムクドリの居場所」を作る。とりあえず水で口ばしを濡らしてやると、口をパクッと開けて水を飲みこむ動作をしてみせた。朝まで持つかどうか分からないが、死んでしまうにしても雨や野良猫にさらされずアスファルトより柔らかい紙の上で息を引き取ってくれれば、それで良しとしよう。何の縁でか、バッタリ出会ってしまったのだ。安らかに逝っておくれ。で、運が良ければ朝まで生きていてくれると、尚良いなぁ。ムクドリだから「ムクちゃん」にしよう。
2010年06月14日
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種から育てているトマト色々、一番小さな「マイクロトマト」に蕾がついた。「一番花が咲いたら定植せよ」というトマトの掟に従い、植替え。水耕栽培は「いつでもレタス~横着じいさんの超かんたん水耕栽培」を参考に、土栽培は「Hanna-papaの菜園日記」を目標に、育てる予定。この鉢はとりあえず、失敗の少ない水耕栽培仕様で。それから、やっと生長が見えて来たハバネロ5種、ジョロキア、激辛韓国(以上、諏訪の花岡さんより入手)、タカノツメ、シシトウ(以上昨年苗から育てた二世)をプラグトレーからビニールポットへ植替え。今年こそ、ちゃんと生ってくれよ~~~!!以下はその他野菜の生長記録。何しろ上記師匠方と違って「ズボラ放任栽培」を通している我がにわか菜園、成功する場合も大失敗な場合もある。どの様な結果が出ても、生長の記録を取っておくことは来期以降の参考になりそうだ。昨年種より育て、2年目のルバーブと今年は苗から育てているズッキーニ。どちらも葉が大きくなってきた。100均で買ってきて育てている2年目のミョウガ、今春こぼれ種から発芽していたアシタバ。苗で購入したヤーコンと、八百屋から買ってきて植えた「ユリネ」の生長。栽培2年目「オカワカメ」こと雲南百薬、夏の暑さで本領発揮か!?素晴らしい勢いで絡まり上がる。同じく2年目のアピオスも、か細いつるを伸ばして一所懸命だ。ワイルドストロベリー、コリアンダー(又はシャンツァイ、パクチー)開花!ライ麦、順調に生長。ルッコラセルバチコ、プランター一杯に育つ。
2010年06月12日
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本日のランチ。銀座「三州屋」にて、海鮮丼大盛り、赤だし、漬けもの、お茶。海鮮ギッシリでめちゃウマ!!これで1,000円ポッキリである。感謝、感謝!!!
2010年06月10日
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もう相当前に、誰かに誘われて渋谷の小さな映画館で「地球交響曲(ガイアシンフォニー)第一番」を観た。暫くして、違う友人に誘われ今度は横浜の自主上映会で「地球交響曲(ガイアシンフォニー)第二番」を観た。とても感動したのだが、残念ながら第三番以降を観ないまま年月が過ぎ、最近では第七番くらいまで出来ているらしい。機会を捉えて三番以降も観たいし、一番・二番も今改めて見直したいものだ。最近、複数の人の口から「佐藤初女さん」「おにぎりおばさん」の名を聞き、それがあの「ガイアシンフォニー第二番」に登場する女性だと気付いて今日の講演会に参加する機会を得た。佐藤初女・イスキアの集い6~今を生きる~映画で拝見してから幾歳月、88歳になられた初女さんはお歳を感じさせないハッキリした喋り方、質問への答えも的確で、淡々としているが冷たくはない。「今、ここ」にどっかり存在し続ける不動の精神みたいなものを感じた。心をこめて作った食べ物を人に食べてもらう。食べ物くらいダイレクトに、相手に伝わるものはない。食育という言葉を最近はよく耳にするが、初女さんの場合は「食カウンセリング」とか「食コーチング」の草分けではないか。心をこめて作ったものは食べた人の心をも癒す。とても納得いく、初女さんの信念だと思った。水上勉「土を喰う日々」にも、「馳走とは、走り回って旬の美味しい物を集めもてなす事だ」といった内容の事が描かれていたと記憶する。妹尾河童さん、桐島洋子さん、玉村豊男さん、故・丸元淑生さん等、私の愛読する諸氏も「ご馳走」の名手ばかりである。「食」の大切さを再認識する時代にして行こうではないか!という事で、講演会場にてこの本をgetして帰る。初女さんを見習うぞ~♪
2010年06月05日
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