2006年08月06日
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早朝4時からラジオ深夜便〔特集・わが人生の歌語り〕、第七回作家、五木寛之さんと須磨佳津江アンカーの話を寝床で聞いていた。五木さんは当時平城一中の一年生だった。

玉音放送をを聞いてぽかんと空白感と不思議な空しい感じだったと少年のころを振り返る。もう、明日からは通学していた中学もなくなるのかと思ったと言う。

当時は日本の植民地だった平城で日本は戦争に負けるわけがないと思っていた。そして広島と長崎に特殊爆弾が落ちても今に神風が吹くと信じていたという。

そして難民になった自覚は終戦から一ヶ月ほどが過ぎて ソ連軍が南下してピョンヤンに入ってきた。当時は「サーカスの唄」「赤城の子守歌」を口すさんでいた。この人生の歌語りは明日の朝から連日聞ける。

五木寛之さんは私と同年代であり、当時の中学時代を思い起こし感無量で聞いていた。明日からも楽しみの時間です。

朝いつものように1万歩を散歩してラジオ体操を45名の仲間とした。それから市民センターへ駆けつける。やっと9時に入れた。9時が夕方4時までパソコンサークルで講師をしなければならなかった。

あてにしていた講師が来なかったので急遽、自分が指導することになった。25名もきた。そして午後は弁当をたべていると午後の受講生がやってきた。とうとう一日、さんざんな目にあってしまった。最悪だった!

暑い暑い一日でした。61年昔の14歳の時の終戦の日を思い起こすような暑い一日だった。 今日も梅の土用干しをした。





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最終更新日  2006年08月06日 20時02分41秒


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