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6時15分の気温は22.1度で湿度は93%になっていた。そして雨は止んでいた。この雨のせいかラジオ体操に来たのは僅か23名だった。平日の半数だ。でも新人が3人もきてくれたのが何よりの成果です。山口県周南市の徳山工業高等専門学校の研究室で、同校土木建築工学科5年、中谷歩さんが首を絞められて殺害された事件で、県警の捜査本部が殺人容疑で逮捕状を取り指名手配して行方を追っていた同校の藤村君という学生のバイクが、同県下松市の山中で見つかった。近くで藤村少年の首つり遺体が見つかったとテレビは夕方のニュースで実名で顔写真と一緒に報道した。凶悪事件において、犯人の身柄確保以上に優先すべきことがあるはずがない。そのための実名と顔写真の公表は犯人の『自殺・再犯』の抑止にもつながると思う。週間新潮が昨日になって実名で報道したが時すでにおそかった。確かに殺人は悪いことだが、そこに至るまでには何らかの理由があったと思う。殺された親も可愛そうだが殺したとされている方のの両親も生きていてほしかったと思う。その心中やいかばかりかと思う。藤村少年の顔写真をみると学生らしい大人しい、真面目な少年にみえる。なぜ殺さねばならなかったか理由があったはずである。これでこの事件の全容がわからなくなったと思う。何もないのに就職まできまっていた学生が、あのような事件をおこすはずがない。本当に残念に思う。
2006年09月07日
早朝4時からラジオ深夜便〔特集・わが人生の歌語り〕、第七回作家、五木寛之さんと須磨佳津江アンカーの話を寝床で聞いていた。五木さんは当時平城一中の一年生だった。玉音放送をを聞いてぽかんと空白感と不思議な空しい感じだったと少年のころを振り返る。もう、明日からは通学していた中学もなくなるのかと思ったと言う。当時は日本の植民地だった平城で日本は戦争に負けるわけがないと思っていた。そして広島と長崎に特殊爆弾が落ちても今に神風が吹くと信じていたという。そして難民になった自覚は終戦から一ヶ月ほどが過ぎて ソ連軍が南下してピョンヤンに入ってきた。当時は「サーカスの唄」「赤城の子守歌」を口すさんでいた。この人生の歌語りは明日の朝から連日聞ける。五木寛之さんは私と同年代であり、当時の中学時代を思い起こし感無量で聞いていた。明日からも楽しみの時間です。朝いつものように1万歩を散歩してラジオ体操を45名の仲間とした。それから市民センターへ駆けつける。やっと9時に入れた。9時が夕方4時までパソコンサークルで講師をしなければならなかった。あてにしていた講師が来なかったので急遽、自分が指導することになった。25名もきた。そして午後は弁当をたべていると午後の受講生がやってきた。とうとう一日、さんざんな目にあってしまった。最悪だった!暑い暑い一日でした。61年昔の14歳の時の終戦の日を思い起こすような暑い一日だった。 今日も梅の土用干しをした。
2006年08月06日
日記を書いていますが、あまり意味がなくなってきました。誰かにアッピールするだけなら、書いても仕方ありません。自分自身で自己満足のために書く人もいますが、それはこっそりと誰にもみられないように書くほうが本当のことが書けると思う。こんなところへ色々と書いたところで、所詮マスターベーションだ。気分転換に書く人もいるだろう。なんの効果もないはずだ。新聞とかテレビをネタに書く人もいます。自慢げに書く人もいます。そして迷惑メールの来ることおびただしい。Hなものはもちろん、何か物を買わそうとする魂胆が伺えるものばかり。やはり迷惑メールにまんまんとひっかかる愚か者が多いのだろう。そういう愚か者がいるから迷惑メール発信者はにんやり笑っている。メールなんて必要最小限でよい。最近つくづくメール不要論者になりました。メール出すなら単刀直入に必要なことだけ書けばよい。くどくど書くなと言いたい。その点、ケータイは短く書くので、あのスタイルでよいと思う。
2006年07月29日
5時20分の気温は23.4度で湿度は92%でした。ラジオ体操には43名が集まった。もう、梅雨明けは濃厚です。体操が終わって20人ほどで哲学の道をくだった。帰宅すると12.000歩を歩いていた。昨夜テレビで聖路加病院の院長、日野原先生94歳の話を聞いていた。新老人運動の話である。日野原先生の日誌を読むといろいろと書かれていた。さて、テレビの再放送で「エンタの神様」がおもしろくで見ていた。摩耶も面白いがセーラー服着たタカトシやっくんが面白く、うまくお客と対話している。
2006年07月26日
今朝もまた雨でした。梅雨も末期になるとよく降ります。朝から、近くの内科医へ。血圧をはかり胸のレントゲン写真をとる。結果はまったく異常なかった。終わってからすぐ近くの眼科医へ。ここも混んでいて相当待たされた。結果は結膜炎(はやり目)と診断された。眼底検査異常なし。視力は右1.2左1.0と言われた。 白内障は1段階だと医師は言った。先生、手術したほうがいいですか?問うと、まだよく見えるから手術はしないほうがよいとのこと。単なる結膜炎だった。3日ほど前からこれで困っていたのだ。この時期、はやり目がはやっているらしい。これは感染するからどこかでうつったようだ。なんでもお菓子の2割引デーというので色々と買ってきた。今日は午後から急速に晴れてきた。暑い中、公園を一周してくる。13時40分の気温は25.1度になっていた。暑くて木陰を歩いた。Kさんと哲学の道でひょっこりと出会った。パソコンサークルに入会したいと電話があったのでその人を訪問した。真新しいノートパソコンが置いてあった。エクセルで名簿など作りたいといわれた。熟年会の名簿らしい。じゃーこちらとこちらのコースを受講してください。半年で2000円ですよ。こんな安くて丁寧に教えてくれるパソコン教室はどこにもない。本人も奥様も乗り気だった。この人なら半年で上達しそうです。
2006年07月19日
4時54分の気温は20.8度で湿度は92%でした。今日は小暑(しょうしょ)であり七夕でもある。小暑そして次に大暑となり、立秋で厚さのピークと なるのです。蝉が鳴き始める。小暑あるいは大暑から立秋までの間が暑中で、暑中見舞いはこの期間内に送ります。小暑の終わりごろに夏の土用に入る。土用になると梅を日光にあて天火干しします。それまで梅にカビがきていないか何度もチエックをします。七夕は年に一度、おり姫星と、ひこ星が天の川をわたってデートすることを許された特別な日とされています。七夕の物語は中国の後漢のころに作られたとされています。日本に入ってきたのは奈良時代で、『日本書紀』によれば持統天皇の5年(691年)に宮廷で七夕の宴が催されたのが、七夕まつりの始まりとのことです。短冊に願いごとを書いて、おり姫星・ひこ星に想いをはせながら空を見上げる、今宵はこうしたロマンチックな気分にひたれる。けさはヤマモモを修景池の土手でとった。あのKさんがとっていたから一ついただいた。もう結構食べられる。ヤマモモは夏の土用のころに、果実に採取して、樹皮をはいで天日で乾燥させます。 これを生薬で、楊梅皮(ようばいひ)といいます。 また、夏に採取した熟した果実を、楊梅(ようばい)といいます。楊梅(ようばい)は、健胃、整腸や唾液の分泌を促進する作用や消化を助ける作用があります。 生食しますが、腐りやすく、塩づけやヤマモモ酒にします。ラジオ体操が始まるころになってポツリポツリ雨が降ってきた。全員、傘を持っていない。そして一人は帰宅してしまった。たいしたことがないだろうと、40名ほどで体操を無事終えました。
2006年07月07日
朝からの雨で早朝散歩とラジオ体操ができなかった。真昼に雨の止んでいるときに散歩した。12時の気温は20.5度で湿度は91%にもなっていた。広大な公園を歩く人は3人だけ。去る6月19日の健康診断の結果が判明した。ldlコレステロールも総コレステロールも中性脂肪もHDLコレステロールも尿酸も血糖値も基準値でほっとした。ところがBNP値が高値である。心不全になる可能性が高い。そのためにも血圧計を買っていつも血圧を把握するように言われた。BNPは18.4が標準値だから、かなり高くて心配である。血圧管理手帳を受け取った。家庭血圧をはかり主治医と相談しよう。朝、起きてから1時間以内に排尿を済ませてから1~2分座って安静にしたあとに、はかります。先ず血圧計を買って来よう。血圧管理することが大事です。雨はしとしとと止むことなく降り続いた。
2006年06月26日
このごろは早朝4時半ごろから近くの南部丘陵公園を歩いている。早朝の空気は澄んでいて気持ちよい。きれいな空気を吸い込み、不用の空気を吐き出してリフレッシュできるから、この時期の早朝散歩はいいものです。そして今朝も40名ほどでラジオ体操を楽しむ。早朝から犬と散歩する人、サスケという大きな犬をつれている女性、まだ40そこそこの男もいる。この男の歩くコースは毎日きまっている。いつも車を公園のパーキングに停めて歩く仲のよさそうな夫婦。ポン吉という66歳の人。ポン吉は必ず公園の中央通りをぐるり時計の針とは反対方向にまわって歩く。ポン吉に出会うのは簡単だ。時計の針のように右回りに舗装された道を歩けば必ず彼と出会う。世界中を旅行するのが彼の趣味。ちよっと変っているという人もいるが普通に話しているかぎりはいい男のようだ。最近はアンちゃんという女性といつもいっしょに歩いている。アンちゃんは英検2級の資格をもっていて、アイスランドでホームステーをする女性。ポン吉がアンちゃんの影響をうけてフイリピンで奥さんとホームステーをした。公園にゴンという名の犬をつれてくる初老の人がいる。アリムラフジモリさんというどこかの国の元大統領のような名前だ。フジモリさんは純粋な九州男です。
2006年06月21日
遣らずの雨(やらずのあめ)とは帰ろうとする人を、まるで引きとめるかのように降ってくる雨のことを言うらしい。留客雨(りゆうきゃくう)という言いかたもある。演歌の「遣らずの雨」も、このようなせつない気持ちを雨に託して歌っているのかもしれない。野球なんか見ているときに洪水のような大雨になった。ゲームが中断すると、よかったこの雨でノーゲームになってくれと祈ったりする。「天が味方をしてくれた」とかタイミングよく降ってきた雨も「遣らずの雨」だろうか?「遣らずの雨」はこのような雨ではないはずである。恋しい人を帰したくない。そんなせつない気持ちを、折よく降ってきた雨に託して言っただけで雨で野球が中止になり勝利が決まってよかった。そのようなときの雨は「遣らずの雨」とはいわないと思う。今朝の雨はラジオ体操の前から降っていた。そのうちに止むだろうと思って雨の中を散歩した。一目、Y子さんの顔をみたかったが、あいにくの雨で彼女の姿は見なかった。「にくしき雨」だった。
2006年06月18日
朝から晴れてきた。修景池には珍しく水が潤っていた。この池はいつも空池ですが昨日の大雨で池は珍しく水が溜まっていた。池の柵や散歩人や植木が水面に映えて美しい。いつも水があるとよいのですが普段は底が見える。5時の気温は20.2度になっていた。Iさんと二人で歩き鈴鹿山脈の入道に登山する計画を聞いた。鈴鹿山脈の麓、入道が岳と茶園の広がる地区椿地区は、鈴鹿山脈入道が岳の裾野にある。お茶の栽培・生産が盛んな地域です。ここから入道が岳に2時間半ほどかけて登山します。ラジオ体操する南部丘陵公園からはミルク道路を走り和無田を過ぎてから西へ曲がる。山をめざして約30分です。きれいな笹原とアセビの大群落で知られる入道ヶ岳は標高906mです。東名阪自動車道を過ぎ国道306号を過ぎたあたりから、入道が岳の雄姿がどんどん大きく迫り来るようになり、気が付くと霜害防止の扇風機が立ち並ぶ広大なお茶畑の風景が広がっています。入道が岳にラジオ体操会から5名が行くようです。自分も行くとなると登山靴を50年ぶりに履くことになる。夏山登山はまず地元の鈴鹿山脈へ登ることだ。さて、次のようなニュースが入ってきた。交差点で歩行者同士でぶつかり、転倒し骨折した東京都内に住む当時93歳の女性が「右足に障害が残った」として相手の27歳の女性に2000万円の賠償を求めた訴訟で、東京地裁は15日、慰謝料など約780万円の支払いを命じた。
2006年06月16日
今朝5時14分の気温は16.7度で湿度は91%と高かった。ラジオを聴いて歩く。いつもと違って5時1分に発生した地震速報ばかりです。散歩中、KさんIさんY子さんTさんなどに出会った。ラジオ体操は意外と少なくて35名でした。O子と先日開催したエクセル家計簿のことを話しあった。彼女はまだパソコンを買うことをためらっていた。新しいOSに変わってから買うようだった。それまで公用PCにたよるようだった。やはり家でもやらないと上達しないと思う。まあ人の考えることだ。勝手にするがよい。彼女に会計をたのめばちゃんとしてくれる。でも、エクセルが使えない。パソコン要約筆記奉仕員になりませんかと電話がかかってきた。詳しく聞いてみると話しことばをパソコンで文字化し、聴覚に障害のある人に情報を伝える筆記通訳のことですと言う。パソコンで、ボランティアをしたいという熱意ある人を募集中とのこと。障害者福祉センターの奉仕活動と思った。12回の講座があってタッチタイビングを習得していることが条件らしい。自分なんか75歳だすよ。この年になってまだ働く時間的余裕も体力もない。それよりも読書していたほうがよい。それに市の中心部は駐車場がない。5時間も駐車場にとめておくのもいやなものである。やはり行く気になれない。梅雨とはいえ晴れてさわやかでした。こんな天気が続けばよいが、この時期、雨も必要である。さて、東京の孫たちはハワイでいまごろ何して遊んでいることか気になる。電話も一切なくなにしていることやら。
2006年06月12日
孫たちが東京を離れて2年ぶりにハワイワイキキで暮らしている。自分も一緒についてゆきたかった。6月のハワイは一番いい季節です。関東地方が梅雨入りした日に雨の東京を離れた。今朝6時の気温は18.2度、湿度は76%だった。ラジオ体操は46人がやってきた。Y子さんと3回すれちがった。彼女はなんとなく品がある。Iさんと一緒にいろいろと話しながらラジオ体操直前まで歩いた。四郷地区市民センターの職員のこと。ギターが得意な副館長の話など聞いた。サークル担当者の横顔も聞かせてもらった。これから、つきあってゆく上でちょっと経歴など知っておくといいものです。今朝は晴れて快適な朝でした。よく眠れたからでもある。昨夜は巨人が負けたにもかかわらずすいすい眠れた。巨人は高橋、小久保、慎之介がいなくてこのところよくない。このままずーと低迷するかもしれない。今夜は工藤だから、なんとか勝って欲しい。梅漬け作業がはじまった。例年20キロは漬ける。梅を布で水分をふき取ってから荒塩を入れる。そこへアルコール分35度の酒を入れます。これで消毒するわけです。伯方の塩を少しいれてから酒をいれると塩分が少なくてカビがはえません。 午後3時間Yoka-netのホームページ作成講座へ参加する。一人だけ若い女性でかなりできる人がいた。
2006年06月10日
5時40分の気温は10.7度だった。6時8分には11.4度に変わっていた。ラジオ体操に32名しか来なかった。一年中で一番よい季節になり、もっともっと来てほしいものだ。10分間です。体操は見るものではありません。まずやってみましょう。実際に自分で動いてみないと体操のよさはわかりません。体操をすることは健康になるための欠くことのできない条件の一つにあげられます。からだを怠け者にしないようにしょう。からだは動かさないとだんだん自分の言うことをきかなくなってしまいます。働くことをいやがる怠け者になってしまいます。誰でも毎日からだを動かしているのですが、それだけでは足りない場合が多いようです。体操で全身をよく動かしてよく働けるからだを保つことです。職場でも朝の朝礼のあとでラジオ体操しているところがあります。からだが固いということは動きの能率が悪いということで日常生活で、それだけ損をしていることになります。動きのいい、やわらかいからだを作るためには合理的にからだを動かすことが大切で、それにはラジオ体操が一番です。なるべくなら毎日連続してやることです。
2006年05月15日
今朝5時45分の気温は9.5度でした。やや涼しい朝でした。しかも曇天で気分もパッとしないのです。ラジオ体操の参加者は35名でした。高い所に立っていると遠くまで参加者が一人一人の顔やしぐさまで見えるのです。あくびしている人もいる。クモさん、Hさん、Iさんと自分の4人で広い公園を歩く。話題は株式投資の話から外交問題になってきた。私はまったくわからないから聞き役だった。日本の外交論を話す、日本と中国、対米外交、日ロ外交など聞かされた。むつかしい話をしている。そんな難しい話の中に入れず、どうだっていいやと思いながらも得意に話す2人の話を聞いていた。恐らくテレビからの知識だろう。でも詳しいのです。さて認知症と言えば65歳以上の高齢者だけの症状と思いがちだが、実は65歳未満で発症し全国に約4万人の患者がいるというからびっくりした。記憶力が低下し異常行動がでるようになったら大変だ。働き盛りの50-60歳に多く記憶力の低下を主症状とするアルツハイマー病に対し、怒りっぽくなるなどの性格変化や、同じことを繰り返すなどの日常生活での行動異常が特徴だという。先日テレビでその患者をみてびっくりしました。数分前のことも忘れている。この患者は56歳の若さで働けなくなったという。奥さんが「私は誰ですか?」と聞いても名前がわからないのです。散歩に一人で行くが家へはなんとか帰れる。顔は至って元気で頭の毛も真っ黒でした。それなのに長年連れ添っている愛妻の名前がでてこない。 高齢者に多いアルツハイマー病などの原因とは異なったメカニズムで発症するため、症状の現れ方も異なり、発見が遅れがちらしい。また、介護保険などの現行の福祉制度では救いきれないため、患者を抱える家族の苦悩は大変なものがある。 こうした認知症は64歳以下でも約4万人の患者がいるなど、決して高齢者だけの病気ではないのです。
2006年05月12日
今朝6時の気温は18.3度で湿度は94%でした。クモさんと気象観測所で出会って二人で公園の坂道を歩く。途中Y子、O子さんなど10人ほど体操会のメンバーとであった。でも、雨は止まずラジオ体操には参加せず帰路についた。朝からブログを更新する。今、徒然草が面白くなって毎日、読んでいる。その中の「第15段」は兼好の旅の効用についてを更新した。http://blog.livedoor.jp/kuroda_3/?blog_id=1491624 らいおんはーと ~ 小泉総理のメッセージが今朝とどいた。私の尊敬する野口英世のことが書いてあった。「野口英世賞を創設」しょうと小泉さんは語っている。いいじやないかと思う。いかにも小泉さんらしい。以下はそのメッセージです。いまから約80年前、野口英世博士は遠くガーナの地にわたり、黄熱病の研究に身を捧げ、その途上、病に倒れ、51歳で亡くなりました。ガーナの首都アクラには、野口博士が黄熱病研究にあたった研究室があり、当時の顕微鏡も残されていました。野口博士のお母さまから、そしてアメリカ人の夫人からの手紙などゆかりの品々を拝見し、既に日本やアメリカで名声を博していた野口博士が、遙かかなたのガーナで研究をしようとしたその探求心、勇気に改めて感銘を受けました。エチオピアに向かう飛行機の中で、野口英世賞を創設するというアイデアがひらめきました。アフリカの医学や医療に貢献した人に、アフリカの人に限らず、アジアの人でもヨーロッパの人でもよい、そういう功績のある人に野口英世博士の名前を冠した賞を授与するというものです。クフォー大統領とともに臨んだガーナでの共同記者会見の場でこの考えを披露したところ、現地でも大変な反響をよびました。アフリカ53カ国が参加するアフリカ連合(AU)のコナレ委員長が近々来日する予定なので、その際に、コナレ委員長の考えもよく聞いて、ノーベル賞に匹敵するような立派な賞にしたいと考えています。今回のアフリカ訪問は、野口英世博士が私を呼んだような気がします。日本は、ノーベル賞をとろうとするばかりでなく、野口英世賞を創設して、少しでもアフリカの医学や医療のためになるように、野口英世博士の志を活かしていきたいと思います。野口英世は子どもの頃からあこがれの人でした。もしもこの 野口英世賞ができれば若き研究者の励みにもなってよいかと思う。ノーベル賞はとれなくともそれに匹敵する賞を創設するのは小泉さんらしく私は賛成である。
2006年05月11日
連休の終わりから雨か曇天ときどき雨という日が続いています。菜種梅雨とは、もう少し後のことかと思う。それでは今どきの梅雨は「竹の子梅雨」と言うらしい。 その竹の子ですが散歩道の土手堤防に一本だけあった。そっと抜いてきた。今、竹の子はうでて冷蔵庫に保管してある。 「冒険の森」から竹の子のある竹林へ来る。急な坂に竹がある。もちろんここは県有地で、誰でも入れる。急な斜面を下ると湿地になっている。その湿地にハチクがあるはずです。竹などで昼間でも暗い。でもハチクはみつからなかった。もうぼつぼつ姿がみえそうです。例年、いまごろになるとハチクはあるのですが、今年は遅れている。さて、今朝もすっかり曇天の中でのラジオ体操をした。参加者は35名だった。女性が男性よりやや多い。携帯ラジオを持ってくる人もいる。体操の前後に傘もって広い公園をもくもくと歩いた。ポン吉くんもクモさんもY子も歩いている。昨夕、テレビで「夜鳴る雷は長雨」といわれると聞いた。今週はずーとぐづついた天候です。まるで梅雨のようです。これだけ天候が悪いと一番茶の刈り込みも遅れそうだ。なんといっても一番茶は美味しい。これから刈り取って製茶機で作って、飲めるのは例年5月20ごろになる。
2006年05月10日
夕べは寝られなかった。理由は昼寝です。昼寝といっても1時間ほどでした。そして深夜12時半ごろに床にはいったものの寝つけなかった。 2時から4時まで起きていた。フログを更新しながら起きていた。一人で雑念なくてよい。テレビを聞きながら書くこともできるが、やはり静かな雰囲気のほうがよい。朝からK市議へ電話して市の公共パソコン使ってのサークルについて後押ししてもらった。市の幹部のところへ行って頼むよりも、このほうがよい。NPO活動も楽じゃない。市には市の予算があります。市の計画がある。だからNPOは市議を通じて交渉したほうが市もよいわけです。できないことはできない。市の方針にそむく考えは毛頭ないのです。何もわからないものは市政のプロに頼るしかない。こうして暗礁にのりかけていたがK市議のお世話でなんとかできることになった。こうなったからには、今度は市に対してお礼の意味で何か市の希望もきいてやろうと思う。ホームページ作成講習会をしてほしいと言う。喜んで引き受けましょう。みんなが望むならばやってもいいと思う。午後のひととき、公園散歩にでる。あいにく細かい雨が降っていた。広い公園は誰もいない。13時53分の気温は16.7度、湿度は92%で風速2.3mだった。9000歩歩いた。雨に濡れて帰宅。また昼寝していたら若い女性から電話でおこされた。
2006年05月09日
朝から雨が降っている。いつものクセでゆっくり寝ておれない。朝からブログの更新をした。中村天風の言葉が好きで昨日、今日のブログに掲載した。どういうふうにして毎日、一日の人生を生きることが、一番我が意を得たものになるかという、その考え方が、人生観なんです。人生ぐらい愉快な、人生ぐらい恵まれた、人生ぐらいありがたいものは、ないんですもの。 生きる正しい方法を知って生きたら、まことに楽しい生きがいのある人生を送ることができるんであります。生きてることを楽しもう。そうすりゃ、治る病なら、黙っていてもすぐ治る。治らない病は、どう思ったって治らないんだから、そのときはしょうがねえじゃないか。馬鹿だと思われている奴がほんとうは利口で、馬鹿だと思う奴が馬鹿だということを知らないんだ。私もその仲間だった。人にすまないことをしたり、道にそむいたことを言ったりすると、何となく気がとがめられる、後ろめたさを感じる、あれは本心、良心があるからだ。人を憎んだり恨んだり或いは中傷したりする人は、自分もまた必ず他の人からそうされるという事を忘れてはならない。凡人は敵対し、優れし人は和合する。ケンカすることより、仲良くすることをまずかんがえなきゃだめですよ。11時から11時50分まで傘もって公園を一人で散歩した。若者がパンツ姿で走っていた。あっという間に通り過ぎていった。俺もあんな若いときがあったんだと昔をふりかえる。
2006年05月07日
6時28分の気温14.5度でした。ラジオ体操は42名が集まった。一年中で今が一番いい季節です。もっともっと来てほしいものだ。 あの少し高い所から、全員を見られる所で体操をする。あの人がきている。一人ひとりを確認しながら。体操が始まるまでに孟宗竹の子を探した。ここは県有地、たれにも叱られない。この時期、大きくなりすぎていた。4本、皮むくとビニール袋に収まった。竹の子をもって坂道を登っているときポン吉とA女がやってきた。ラジオ体操会場のそばの急な坂道を登り、家路へと急ぐ。再び体操会場のライオン像広場へきて、みんなと体操を楽しむ。早朝のラジオ体操が楽しくなってきた。42名も来ていると本当に嬉しくなってくる。一人でやっていても楽しくない。女性が多いのです。今日はY子さんが来ていた。彼女は真剣に体操するでもなく、散歩したあと、体操の雰囲気を楽しんでいるようにみえる。いつものように10人ほとで山をこえで歩いた。体操の前後に朝の散歩をして、みんなで談笑して家路につくのもいいものです。いろいろなことを話しています。みんなでワイワイおしゃべりして歩く。女性の方はおしゃべりすることで何か朝からほっと一息するようです。朝食後、パソコン定例会にでる。午前は少なかった。スカイプで中国アモイのメロディーさんが呼んできた。講習会中に彼女とスカイプ交信。私を覚えている?と聞かれた。多分、同じパソコンのメンバーかと思った。中国から若い女性から国際電話です。スカイプは世界中とインターネット電話で会話ができる。たとえ講習会中でもできる。彼女からすぐに写真がとどいた。若くて美人だから、ますます楽しくなる。午後は会場はいっぱいの人でした。18人でいっぱいになった。ここでも女性の数が圧倒的におおい。なかには夫婦でなかよくパソコン習いにきてくれた。主催者としてこんな嬉しいことはない。終わってが11人で役員会。これも定時に終わって帰路につく。終日、NPO活動だった。 明日は雨のような気配がする。吹く風がなんとなく、それを感じさせてくれる。
2006年05月06日
今朝はかなり曇っていました。雨傘持参で早朝散歩しました。5時48分の気温は13.6度で湿度66%で最大風速は8.1mでした。ラジオ体操参加者は29名でした。まだ膝が心配で飛び跳ねることができなかった。朝から近くの整形外科へ。ここでアルツを打ってもらった。この注射は今日で終わりリハビリも今日まで。でも、まだ飛び跳ねたりはできない。熱い布で膝を暖めるすごく気持ちがよいリハビリも今日で終わった。広報でパソコン会員募集したら14名が仲間になることになった。辞めていく人もいれば入ってくる人もいます。もう4年もいる人もいれば僅か1ヶ月で去ってゆく人もいます。趣味の世界もいろいろな人がいます。今日は曇りから晴天になったものの、ぼんやりと霞んでいる。春だからだろうか。それとも黄砂だろうか。そんなことはいざ知らず中国の蘇州とスカイプで交信した。さて、死にかけていた民主党がむくむくと生き帰ってきたようです。「おごれるもの久しからずただ春の夢の如し」で自民党としても、いつまでも春を謳歌しておれないようだ。はやくも来年6月の参議院選挙をみこして県選出自民党候補が決まった。なんということか。この候補はハーバード大学をこの夏、卒業するそうだ。これをもくろんで虎視眈々とねらっていた元県議はどうするのだろうか。先のことを言ってもそのときになってみないと政治はわからないものだ。我が家の家族新聞創刊号が大安吉日の本日発行しました。東京の家族と三重の家族とのことを書いています。カラー写真入りです。早速、できたての新聞を東京に送る。孫たち5人が、小学生で新聞も読めるようになり春夏秋冬の4回発行しようと思っています。
2006年04月24日
雨のためラジオ体操はできなかった。雨は午後2時過ぎに止んで青空が見えてきた。午後3時22分の気温は13.3度、湿度は68%で風速4.3m~6.3mほどあり桜の木が揺れていた。桜の花はまだ6分咲です。そして梅の花も咲いている。午前中、雨の中遠くまででかけた。帰宅したのは午後1時半だった。さて三重県伊勢市の八木学園高校(八木明子校長)で、2年半にわたり数学と家庭科の教科免許を持たない2人の教員が授業をしていたことが分かった。いかにこの学校がいい加減な学校かこれでわかった。三重県青少年・私学室には架空の名前を報告しており、担当者は虚偽の申請を見抜けなかったという。同校によると、問題の授業が行われたのは03年4月から05年8月まで。県の担当者が見抜けなかったのもどうかしている。数学を教えていたのは理科の免許だけを持つ50代の男性教員で、家庭科を担当したのは福祉科の免許しかない30代の女性教員。男性は在職中で、女性は既に辞職したとのこと。名前を公表すべきと思う。この2人の授業を受けた1~3年の生徒150人の数学と家庭科の単位は無効となったため、同校は新たに教員を採用して授業をし直し、昨年12月までに単位を修得させたという。最近、初めて聞くような名もない私立高校や私大ができている。なんでも金もうけのためにする経営者がいるものだ。こんな学校でて何になるのだろうか。親も親だとおもう。県の担当者も見抜けなかった責任がある。どんな仕事しているのかと聞きたい。
2006年04月05日
今朝は5時56分に公園の気象観測所前に着いた。気温は零度だった。まだまだ寒く桜の花もちらほらです。ラジオ体操は24名が来ていた。私は左足の故障で飛び跳ねることができない。この歳になると一旦痛んだ傷は容易に回復しません。長い時間かけてリハビリするしかありません。ゆっくり治そうと思う。さて、川崎男児転落死で「私がやりました」とビデオ公開で観念した男が警察に出頭してきたというニュースが流れた。この事件ほど弱い者に対する卑劣で悪質な事件はない。こんな者は極刑にしてしかるべきだ。川崎市多摩区のマンション15階から小学校3年、山川雄樹君(9歳)が転落死した事件で、神奈川県警多摩署に出頭した41歳の男が、事件への関与を認めたという。男は、先月29日に清掃作業員の女性(68歳)が突き飛ばされた事件についても15階から落とすつもりだったなどと関与を認めているらしい。防犯ビデオの映像公開を報じた新聞を見たことが、出頭のきっかけらしい。事件解決に向けた動きに、周辺住民もほっとしたことだろう。とにかく手早く解決できそうでよかった。
2006年04月01日
今朝も6時14分の気温は1.4度、湿度は81%でした。曇っていて寒かった。そのためにラジオ体操に来た人は16名だった。公園のハクモクレンの花が満開になっていた。朝7500歩を歩いた。日中もブルブルと震える寒さでした。朝も昼もテレビで小3転落死事件を報じていた。川崎市多摩区のマンションで20日、15階から川崎市立中野島小3年、山川雄樹君(9)が転落死した事件で、マンションの防犯カメラに映っていた不審人物と酷似した男が雄樹君の通学路などを自転車で走る姿を、住民らが度々目撃していたことが今日になって、分かったのだ。廊下の高さが約130センチとあった。この高さは建築基準できまっているのだろうか? 防火上からもそれ以上の高さにならないのだろうか? 簡単に子どもを抱いて落とせないようにならないものだろうか。色々の面から再検討してほしいものだ。私も東京の高層マンションで建設後、業者に質問したことがある。また実際に子どもがあわや転落しそうになった話を聞いたことがある。マンションを売る人は大丈夫と一笑にふしたが、住む人にとっては真剣です。なんとしてもこの問題は今後も起こりそうな気がしてならないから早く検討してほしいものです。マンションに住む人は、みんなで話し合って子どもを犯罪や事故から守ってほしいものです。子どもは遊んでいて転落する場合もある。そして今回、報道されているように犯人がいるのならば、こういう卑劣な犯行をしたものは警察は絶対に犯人を捕まえて極刑にしてほしい。今日3月31日で丸一年間のいやな自治会組長の任期が解けた。でも、私の組は町内で一番小さい軒数で7軒だから又6年後に組長当番がやってくる。そのときは81歳です。果たして生きているだろうか。もし生きていても組長の任務が遂行できるだろうか?もう自治会なんて脱会したくなった。
2006年03月31日
朝6時20分に公園を歩く。吹雪でした。風速7.3mもの強い風が吹いて寒かったが気温は1.1度でした。 いつも仲間20人でするラジオ体操はゴミ置き場で一人ですませた。今朝はペットポトルの空き缶を出す日です。これのゴミ当番だ。ここで一人で体操した。7時から8時半までが当番の時間ですが早くから出す者がいて、既にゴミは強風で散らかっていた。吹雪の中、ラジオ体操を一人ですませて、散らかっている多数のペットポトルを拾い集めて靴でおしつぶさねばならない。誰かが、早朝から捨てて逃げ去ったのだ。そのために、自分が片付けないと自治会長からなんのかんの言われる。あと半月の間に、こうしてゴミ人間と戦う日が4日もある。ゴミ人間とはゴミを時間外に出すヤツ。そして分別しないで散らかすヤツ。これらを総称してゴミ人間と言います。年寄りに多いかと言いますと、そうとは限らない。ゴミ人間は自分の家の屋敷内はきれいにしている者です。近くにはマンション、アパートがある。管理人がやかましくうるさいから、ここに持ってきて捨てるのです。また、ボケに近い老人がもってくることもある。この人たちはボケているから仕方ないと思いきや、指定の場所、指定のゴミだし日を知っているからボケではないはずである。ボケを装っている悪質なヤツです。ゴミ当番を今月は7回もする。朝の6時から2時間半も立ったまま、ゴミ出す自動車の排気ガスを吸いながら2時間半の格闘でもある。まるで地獄です。ゴミ人間があまりにも多い。普通の顔したゴミ人間がわれわれの近くにはわんさと住んでいる。
2006年03月13日
ゲルマニウムブレスレットが980円と安かったので宝石店で買ってきた。電流バランスを整える力を持つゲルマニウムは皮膚にふれると電流が効果的に発生し痛みやこりに大きな効果を発するとなっている。なにはともあれ信じるものは救われるか?
2006年03月10日
2・26(ににろく)事件は今から70年前の1936(昭和11)年2月26日)に発生しました。私は当時4才半でしたから全く記憶にないのです。記録によると雪中のクーデターで日本を震撼させた4日間でした。国家改造思想に影響を受けた陸軍・皇道派の青年将校が起こしたクーデター事件でした。陸軍の皇道派の青年将校が、対立していた統制派の打倒と国家改造を目指し、約1500名の部隊を率いて首相官邸等を襲撃しました。内大臣・大蔵大臣等が殺害され、永田町一帯が占拠されました。 当初、陸軍の首脳部は青年将校たちの行動を容認する態度をとっていましたが、海軍が鎮圧を要求し、天皇も同様の立場をとったので、29日に鎮圧を開始しました。飛行機から「下士官兵ニ告グ」のビラを撒いて帰順を勧め、「今からでも決して遅くはないから、直ちに抵抗をやめて軍旗の下に復帰する様にせよ」との投降を呼びかけるラジオ放送を行いました。形勢が不利になったと判断した将校たちは兵を原隊に帰し、2名が自決、残りの者が自首して、その日のうちに鎮圧されました。 今日は朝から雨、夕方前に止み、それから公園を散歩した。4時10分の気温は12.1度で湿度は91%になっていた。
2006年02月26日
今朝の気温は6時24分では0度だった。 湿度は81%だった。 ラジオ体操はN県議他24名が参加された。このごろはラジオ体操が始まる6時半ころが日の出です。ずいぶん明るくなったものだ。午後1時25分の気温は12.6度で湿度も43.6%になっていた。公園の梅の蕾はまだ固いがわが家の梅の花はもう、咲き誇っています。 今年は寒かったからランの花が今頃になって咲いています。さて、フィギュアで金メタルをとった荒川静香選手のトウ-ランドについて「天声人語」に詳しく書かれていた。好奇心が沸いて検索エンジンで調べてみたらイタリア・オペラのプッチーニ歌劇「トゥーランドット」からとのこと。なるほどイタリアでのオリンピックだから観衆に受けたのだ。でもプッチーニ歌劇「トゥーランドット」の舞台は中国の北京だった。美しい姫の名前がトゥ-ランドである。ある国の王子が姫が出す三つの謎に挑みます。その王子が自分の勝ちを確信して歌う曲が荒川選手が演技に使った「誰も寝てはならぬ」であった。そこで更に「誰も寝てはならぬ」を検索すると歌劇「トゥーランドット」(プッチーニ)。架空の時代の中国が舞台。プッチーニ最後の作品と書かれていた。メロディーは「立ち去れ、おお、夜よ/急ぎ沈め、星々よ!/星よ沈め!夜明けに私は勝つ! 私は勝つ! と歌っているようだ。 このメロディーで滑り、跳び、そして荒川選手は勝ったと書いている。じっくり「誰も寝てはならぬ」を聞いてみょうと思った。小泉総理も好きな曲だった。荒川選手の反り返る「イナバウア」が素晴らしかった。
2006年02月25日
朝寝してしまた。気がついたらラジオ体操直前だった。これから公園へ行っても間にあわない。結局、居間で家内と二人で多胡 肇氏の溌剌とした声を聞きながらラジオ体操した。最近は「電気」が若者に受けないらしい。電気学会がシンポジウムで「電気は大切だ」とアピールしている。本当に電気の知識は奥深い。昔、アマチュア無線の国家試験でも電気工学の基礎知識がないと受からなかった。就職同様、大学生の専門選びにも流行があるらしい。かつて理系を席巻した原子力工学は「エネルギーシステム」などのカタカナ名でかろうじて生き残っている。そして「次は電気か」との危機感がある。電気は大切だ。なくなったらどうなるか考えてみれば一目瞭然である。が、皮肉なことに、生活に溶け込むほどその存在感は薄まる。技術者の間では「土機電化」という。土木、機械、電気、化学。これらは一つ学べば応用がきく。あのノーベル賞を受けた田中耕一さんは東北大電気工学科卒業だが、化学分野で才能を開花させた。最近は優秀な理系学生が来てくれない。東大では今年、「オール優」の学生が天文や宇宙や物理に流れ電気系にはいい人材が来なくなった。就職の良さより夢のある学科が人気になっているらしい。東大電気工学科はすでに「電子・情報系」という一見モダンな名前に変わった。息子が東大生だった頃は電気電子工学は一番人気の学科だった。それが今では難しい学科をさけるようになったらしい。ブログを書いたり散歩したり、テレビ見たり、買い物にでかけたりして今日も一日が過ぎてしまった。夕方から又、小雨になった。 そして意外と暖かいのです。夜、シカゴと久しぶりにスカイプで交信した。
2006年02月16日
5時半に家をでて外灯の灯った下を歩く。公園からまた折り返して明るい道を歩いているとOさんとであった。二人でS中学まで行って再び公園へと歩く。町内会のことを話した。彼は役員しているから熟年会のことも聞ける。6時26分の気温は2.8度、湿度は57%になっていた。風速はころころ変わるが最大でも4mほどでした。 ラジオ体操は21名がやってきました。 まだまだ暗くて寒いから、いつもの常連しか来ないのです。とうとうブラジルのサンパウロとスカイプ交信できた。サンパウロとは昔、アマチュア無線で何回も交信したがスカイプでは初交信です。相手は首都サンパウロに6年も住んでいるA.Mさんという日系ブラジル人の女性です。サンパウロと日本は時差12時間で今の時間は零時14分と言われた。こちら日本では1月28日11時14分ですと言うと「ブラジル/サンパウロと日本では12時間の時差があります。でも、今サマータイムなので11時間です」とのこと。「Alidoroって名前?」と聞かれた。咄嗟に「はい」と答えたら「へえ、変わった名前ですね」ときた。 そして「Alidoroは日本人?」と聞かれたので「はい」と言ってしまった。こちらから「アリドーロのつれづれ日記」というブログを見てくださいとURLを送り「サンパウロでは日本の文字は読めないですか?」「バケ文字になっていますか?」と変な質問すると「読めますよ。今サイトを開いています」との返答。「マルシヤという歌手はサンパウロだったかと思います」と聞くと「そうです、マルシアはサンパウロです。私は直接会ったことがないが」と返事が戻ってきた。「中国のお正月についての記事とてもためになりました。 ブラジル サンパウロでも今年初めて盛大に祝うそうです」とのこと。どうやらこちらの日記をあ読んでくれているようだ。A.Mさんは妹と二人でサンパウロに出ていて両親はサンパウロから100km位はなれた町に住んでいらっしゃるとのことでした。 実家は田舎で、切花を造っていますと答えてくれました。ブラジルは「地震もないし、台風もないが、豪雨や突風があります」とのこと。ブラジルの有名な観光名所になっているブラジル、アルゼンチンの境にあるイグアスの滝の写真を送ってきてくれました。「もう、2時54分です。眠くなったので寝ます」こんな会話でサンパウロとの初スカイプは終わりました。
2006年01月28日
大寒の朝、6時11分の気温は零下1度だった。湿度は60%です。 それでもラジオ体操は17名が来ていた。 テレビは朝からライブドアの話題です。 ライブドアのことを中国語では「活力門」と書くらしい。 スカイプで二人の中国女性にこのことを聞いてみた。市場大混乱した。 「想定外」ではすまない事態だ。 ライブドアショックが株式市場を襲っている。 株価が急落しているうえ、売買注文が殺到してシステムの限界に近づいたため東京証券取引所は、株式全銘柄を売買停止するという非常措置に追い込まれたのである。楽天の野村監督が石井一の“裏切り”に毒舌というニュースが流れた。 楽天の野村監督が19日、仙台市内で行われたコーチ会議に出席し、入団を断られた前メッツ・石井一久投手に宣戦布告した。石井が古巣のヤクルト入りを決断したことに不満爆発。ヤクルトと対戦する5月23日からの3連戦で、石井が打席に入った際は死球を投げさせるとまで予告した。ラブコールから一転、愛弟子つぶしへの“口撃”が始まった。堪忍袋の緒が切れた。野村監督の怒りの矛先は“破談”となった石井に向けられた。「どうせ最初から(ヤクルトに)決まってたんだろう。バカヤローだ。無駄な努力をさせやがって」。ヤクルト時代の愛弟子から受けた“裏切り”に敵対心をむき出しにした。煮え切らない思いに、仕返し作戦まで披露した。交流戦で投手が打席に入る試合を見据え「(ボールを)当ててやるから打席に入ってこい。ぶつけてやる」と挑発。5月23日からのヤクルト3連戦は、なりふり構わぬ作戦で元教え子の動揺を誘うつもりらしい。
2006年01月20日
今朝の南丘は6時25分現在で気温2.7度、湿度は53%風速は1.7mでした。 曇っていた。 ラジオ体操は22名が参加した。 N県会議員が来ていた。 新年の挨拶を交わした。今日から、我が家の南にブルドーザーが来て学童保育所を作る敷地を作っている。 3月25日に完成すると挨拶にこられた。 これは市教育委員会の管理だから問題ないらしいが、すこし日当たりが悪くなる。12時から湯の山温泉の希望荘で結婚披露宴があった。 参加者は30名だった。 東京にいる親戚の女性が品川の人と結婚した。そして、しばらくスエーデンのエーテボリ大学で研究生活をする。 エーテボリ大学のスェーデン人学生と、1月3日にスカイプで交信した。 これも不思議なご縁である。さて、今「アリドーロのつれづれ日記」というブログを作っている。 あるがままの日常の感想文です。 もしも興味ありましたら下記のURLにアクセクしてください。 そしてコメント欄にご感想をお書きくださせば幸いです。 http://blog.livedoor.jp/kuroda_3/?blog_id=1491624
2006年01月18日
自分のパソコンを診断した。 HDD、CPUはまづまづであるがグラフィックが最悪だ。 だから起動するにも時間がかかる。 8000円から1万円ほどで改善できそうだ。今朝6時12分の気温は零下0.2度、また寒くなった。 この時間も満月が見える。 ポン吉くんと話した。 来月はマニラでホームスティーするらしい。 頻繁に海外旅行出来る人がうらやましい。 ラジオ体操は17名が来ていた。さて、ライブドアが証取法違反容疑で本社など強制捜査のニュースが飛び込んできた。 間一髪、ライブドアの株を売った人もいることだろう。堀江社長は東大在学中の96年4月に創業。検索や電子メールなどを組み合わせた巨大なインターネットのポータルサイト運営をはじめ、買収などにより証券、金融、不動産などの幅広い事業を展開。05年9月現在、資本金約862億円、従業員数約2400人という。近鉄バファローズの買収を表明、ニッポン放送株争奪や、05年夏の衆院選出馬などでも話題を呼んだ有名人だ。
2006年01月16日
昨日の朝は雨。でも早朝7人がラジオ体操をしたそうだ。 今朝は5時43分の気温は5.9度で湿度は69%でした。 風速2mでした。 満月を眺めながら公園を歩いた。 ラジオ体操は22名が参加しました。7日までの松の内を「大正月」と呼び、今日15日を「小正月」という。 松の内に忙しく働いた主婦をねぎらう意味で、この日を「女正月」という地方もあるらしい。 こちらでは正月のしめ縄を神社で焼却します。ぜんざいが振舞われます。日永パソコン研究会へ朝8時に会場へかけつけた。 公用パソコンにモデムからルーターへ、そしてハブへと接続します。 午前中は4台しか接続できなかった。 このために講習会は混乱した。 13人中4台しか接続しなくて午前中は終わった。午後、再び挑戦する。 ルーターを初期化してみた。 すると参加者7人全員が成功した。 中国の美人とスカイプ交信した。 福建省福州市の静さんだった。 終わってからライブドアでブログ作りに挑戦した。 満足する出来栄えにほっとした。
2006年01月15日
早朝5時半から歩いた。 6時24分の気温は零下2度です。 さらに気温は下がった。 ラジオ体操は23名が参加した。 A夫妻と新年になって初めてお会いした。 2日から6日までニュージーランド旅行していたとのこと。 成人の集いでクラッカー鳴らした新成人をサスケ県議が注意したという。 盛岡市で9日開かれた「成人の集い」で、市長のあいさつ中にクラッカーを鳴らした新成人を来賓県議のプロレスラー、ザ・グレート・サスケが注意し、会場は一時混乱した。式典には約2450人が参加。 始まって約10分後、あいさつする市長に向かって近くにいた新成人の男性がクラッカーを鳴らした。来賓用舞台にいたサスケ県議が壇上から降り、「式が終わるまで騒ぐのは我慢してくれ」と注意。 前列にいた新成人らがサスケを撮影しようと殺到した。 サスケ県議は「市長が危ないと思ったので飛び込んだ」と話している。スカイプで中国の蘇州、ベトナムのハノイなどと交信した。ちんちゃんが写真を送ってきた。 スカイプで交信中にファイルの送受信が出来るので、写真を見ながら色々と話す。灯油を買いに走った。 1リットル79円になっていた。 それでも寒いからストーブを焚く。 これから春、暖かくなるまで大変だ。 ガソリンも高くなった。 そして鍋料理に欠かせない白菜も高値です。
2006年01月10日
今日7日は七草の節句です。 7種類の野菜を入れた羹を食べる習慣があり七草粥となった。 日本では平安時代から始められ、江戸時代より一般に定着したという。 早朝から公園へ散歩にでる。5時51分に気象観測所に着いた。 気温0.8度です。湿度は71%で風速1.6mだった。 雪がちらついて来た。 4500歩しか歩けなかった。 雪が衣服や帽子について、もうそれ以上は歩く気がしない。 ラジオ体操もあきらめて帰宅する。スカイプでチェコスロバギア共和国のT君と交信した。17才の少年だった。 チェコと交信したのは初めてだった。 午前中、ITサタデークラブの定例会に出席した。 そのときに中国の女性2人とメッセンジャーでコンタクトした。午後は2月の初心者講座のために公用パソコン5台のテストをした。 2台がマザボードのバイオスが変更されていた。 そのために復元しない。 IPアドレスのメディアが切断されていることが判明した。 3時から役員11名集まって対策会議を行った。
2006年01月07日
早朝からフィンランドのTurku大学で情報工学を学ぶ学生22才と長時間スカイプで交信していた。 家族の話、住んでいる市の話、パソコンを自作する話、背が192cmもある青年でした。 3時半、こちらの時間で朝の10時半まで延々と交信した。Matti君はTampereという市で両親とお姉さんと住んでいます。 タンペレ市は地図で調べると首都ヘルシンキから80kmほど北西にありました。 彼の学ぶツルク大学へも70kmほど離れています。タンペレ市は人口20万人ほどの市です。お姉さんはNokiaという会社で働いている。 お父さんは技師として働いているという。 そして母も働いている。 日本のどこの家庭にもありそうなフィンランドの家庭でした。さて、昨年大みそかに放送されたNHK「第56回紅白歌合戦」の第2部(午後9時30分~)平均昨年大みそかに放送されたNHK「第56回紅白歌合戦」の第2部(午後9時30分~)平均視聴率が42・9%(関東地区、ビデオリサーチ調べ)だったことが2日、分かった。民放の格闘技番組などに押されて低落が続いていたが、7年ぶりに第1部、第2部ともに前年を上回った。民放からの“救世主”みのもんた(61)は「50%を目標にしていたのに、非力を嘆いている」とけんそんしたが、“視聴率男”の面目はなんとか守った。が42・9%(関東地区、ビデオリサーチ調べ)だったことが2日、分かった。民放の格闘技番組などに押されて低落が続いていたが、7年ぶりに第1部、第2部ともに前年を上回った。民放からの“救世主”みのもんた(61)は「50%を目標にしていたのに、非力を嘆いている」とけんそんしたが、“視聴率男”の面目はなんとか守った。11時14分の公園の気温は4.4度、湿度は68%でした。 高台から神島がぼんやりと望めた。 Y子さんとN子さんに出会った。 ラジオ体操は年末に来たら20名ほどが来ていたらしい。 今年は例年になく寒いがぼつぼつ自分も出かけようかと思う。
2006年01月04日
今朝は意外と暖かい朝でした。 8時45分に家を出てスーパーに出かける。 そのような忙しい時にスカイプの呼び出しで応答するとドイツの青年でした。 聞いてみると英語よりも日本語のほうがよいと言う。 日本に留学したそうです。北西ドイツのデュースブルグに住む23才のドイツの学生でした。 8時16分から8時32分までの短い会話でした。 名前はトビさん。 もう一度、ゆっくりと時間かけて話してみたい。 さて、お年玉は多すぎてもよくないし、少なくてもがっかりさせてしまう。 あげる側の大人は悩む。子どもを喜ばせたい半面、適正な金銭感覚も身につけてほしい。いくらぐらいが相場なのか。ある銀行の「お年玉調査レポート」によると、小学4~6年生約500人が1人の大人からもらった平均額は4066円だったらしい。中学生の「適正額」について尋ねたところ、「5000円」が最も多くて46%を占め、次いで「3000円」が33%だった。小学校高学年から中学生までは、3000~5000円が相場のようだ。与え過ぎには懸念する声がある。「お金の大切さを教えるためにも、与えすぎはよくない」「楽にお金が手に入ると思わせることは、子どもたちにはいいことではない」と高額のお年玉を与えることを懸念する人は多いのです。 妻は今年も孫5人平等に1万円づつお年玉を渡した。11時28分の公園の気温は7.8度で湿度は68%でした。 広い公園を2周した。 メッセンジャーで中国・杭州の王さんと交信した。 中国は旧正月に門や戸口に何か書いて貼る風習があると話してくれた。 今日も仕事をしている王さんです。中国人は日曜日だけ休み、後は休日なしで働いている。 日本は7、8、9日とまたまた3連休です。 働く中国、休日の多い日本。 日本はやがて没するような気がする。占い師、細木数子がテレビで30年後の日本は難民になって国がなくなると言った。 占いなんか信じる気は毛頭ないが、やがて日本中が働かない国になり、遊ぶ習慣になったら大変だ。 それほど休日が増えてしまった。 若人が働く中国、3連休の多い日本。対照的である。 何年か後には中国が日本を支配するような気がしてならない。
2006年01月02日
朝7時に起きるのがやっとでした。 今朝1時半までテレビを見ていたからだ。 終わってから入浴し就寝2時、起床7時です。 朝食後、カヨーへ出かけた。 そこにしばらくいて9時半にパワーシティのスポーツ店に並んだ。 ここの初売りに並んで30分待った。 ゴルフ6点セットが欲しかったから寒いのに並んで待った。100人ほど並んだが自分は38人目だった。 adidasのウインドジャケット、ブルゾンジャケット、スウエットシャツ、長袖ポロシャツ、キャップ、バッグの6点で一万円は安い買い物だ。 家内はコックスという名の店に並んでブルゾンを買った。NHK紅白歌合戦を全部みた。 予定通り白組の勝利だった。 東京にいたときNHK紅白歌合戦を見学に3回も行った。 現場で見るのとテレビで見るのは雰囲気が違う。 抽選に当たるには往復はがきを60枚ほど出してやっと当選するのです。 司会のみのもんた(61)は番組終了後の会見で「10%の出来だった。90%は心残り。もちろん大不満です」とぶちまけた。NHK関係者が周囲にいる中で「民放は視聴率戦争の中で独特のノウハウがあるけれど、NHKは歌を大切にし過ぎるばかりに僕とは相容れないものがあった。 曲紹介に時間がとられて、しゃべりができなかった」と説明したという。さらに「受信料を120万人払わない人がいる。国民が支持していないということなのだから、NHKは考えないといけない」と強調した。みのは脊柱管狭窄症の治療のため、1日に入院する。痛みについては「舞台裏で行ったり来たりするのがつらかった。痛み止めの薬を4回使った」と明かした。 午後は公園を散歩した。 13時22分の気温は8度で湿度は46%です。 公園は子どもづれの家族やアベックがちらほらいた。 うす晴れでした。 初散歩は6000歩ほどした。 帰宅してからパソコン立ち上げると、いきなりスカイプで中国の杭州から呼んできた。 それからメッセンジャーでも交信した。 年賀状を65枚受け取った。
2006年01月01日
10時半ごろから散歩にでる。 老齢の微候は足に出てくるのだから、歩くことが健康上必要だと思う。 毎日できるだけ歩くようにつとめています。 散歩をすることは、三度の食事をするのと同じように、生活の一部となって、しかも楽しみなのである。散歩するのに、まことに恵まれた環境に住んでいることを喜んでいます。 40年以上も住んでいる拙宅は、散歩するのに最も好都合な場所に位置しているからです。私の住んでいるところは昔は梅林でした。 近くに梅が丘という新しい住宅が立ち並んでいる。 そこを通りぬけて四日市南部丘陵公園へと歩く。 自宅から10分ほとで公園の測候所に到達します。今朝は10時37分に測候所に着いた。 気温5.5度、湿度は51%で3.8mの風が吹いていた。 遠く伊吹山が真っ白く光ってみえる。 展望台から初島らしいものが見える。 それからさらに歩いて市民壇前を通って、しばらく歩くと御岳山がぼんやりと見えていた。三重県警久居署の巡査部長が中学3年の少女(15)にみだらな行為をしたとして同県警少年課は30日、津市神戸、同署地域課主任、中島賢治容疑者(52)を県青少年健全育成条例違反で逮捕したと報道された。調べでは、中島容疑者は今年2月26日と3月25日の2回、同県多気郡内の少女(当時中学2年)が18歳未満と知りながら、同郡内のホテルでみだらな行為をした疑い。容疑を大筋で認めているという。三重県警の浜島秀夫警務部長は「警察官がこのような行為をし、誠に申し訳ありません。今後の捜査を踏まえ厳正に対処したい」と陳謝した。中島容疑者は71年4月の採用。 津署など各署で地域課や交通課に配属され、勤務態度は普通だったという。学校の先生とか警官とか聖職にあるものが、よくこのような犯罪を犯すように思う。
2005年12月29日
午後1時45分の公園は気温2.8度、湿度は79%で6.3mの風速で雪がちらついていた。 鈴鹿山脈の雪景色を眺めながら歩く。 3日ぶりに歩いた。 銀行へ行くと並んでまっていた。 女子フィギュアのトリノ五輪代表を決めた25日の全日本フィギュアスケート選手権フリーを中継したフジテレビの番組の平均視聴率は33.7%を記録した。今年放送されたフィギュアの試合では最高だった。地上デジタル放送が来春にはこの地域でも始まる。 今日テレビを買い換えた。 あの分厚いテレビから薄型に変わった。 しばらくこのテレビになれて地上アナログの設定をしょう。 チャンネルスキャンを自動で設定する。夜はメッセンジャーでコペンハーゲンからNさんがカラオケを聞かせてくれました。 映像だからカラオケの歌詞も写真も見える。 Nさんのカラオケの映像みながら中国の秀麗ちゃんとメッセンジャーチャットをした。 秀麗ちゃんにフギャースケートの真央ちゃんの話をしたが知らないようでした。日本からデンマークと中国と3国間で同時にメッセンジャーに出られた。 時差はあっても同時にコンタクトできる。
2005年12月26日
寒波襲来で気象庁は3カ月予報見直した。 長期予報で今冬は暖冬と見込んでいた気象庁にとって“想定外”の寒波襲来となった。 寒さはしばらく続きそうだという。気象庁気候情報課は「当初はここ10年ほどの傾向から『暖冬』と予測した。 北極振動はメカニズムが解明し切れておらず、事前にこうした寒波を予測するのは難しい」としている。寒気はいったんは弱まる見込みだが、西高東低の冬型の気圧配置は続いており、さらに21日には再び強い寒気が張り出してくるため、気象庁では引き続き雪崩や暴風雪、高波への警戒を呼びかけている。こんな悪天候では公園にも行けず、買い物かねて市街地を歩いた。 吹雪の中、歩いた。スカイプでベルギーのコルトレイク市のMさんと交信した。首都ブルッセルから100kmくらい北西にある小さな都市です。 日本で午後の3時半はコルトレイクでは朝の7時半です。 出勤間際にコンタクトできました。
2005年12月19日
朝から午前中、雪でした。そのために朝寝していた。パソコン定例会も中止になってしまった。 午後1時から孫のクリスマスコンサートに出かけた。 幼稚園の孫娘がピアノを習い始めてまだ半年でこれだけ弾けるようになった。 妻が花束を孫に渡した。気象庁によると、上空約5000メートルにある氷点下42度の寒気が、東日本や東北地方に流れ込み、西日本でも氷点下36度の寒気が覆うなど、西高東低の気圧配置が強まっている。 こちら三重・四日市は午前中の雪は午後になって晴れてきたため道路は平常になった。夜、17時5分よりオランダ・コペンハーゲンのNさんとMessengerで交信した。 オランダは朝の9時5分でカメラで外の景色を見せてもらった。 Nさんも私と同じロジクールのカメラを買われた。 日本では4000円のものがコペンハーゲンでは8000円で買ったそうです。webカメラをパソコンに接続して「映像」ボタンを押すだけで、こうして海外と顔を見ながら交信が出来る。 しかも無料で海外と交信ができるなんて夢のようです。
2005年12月18日
初雪、東京都心で平年より22日早く初雪を観測したとのこと。 気象庁によると寒気の影響で、平年より22日、昨年より18日早い。 午後8時ごろ、小雨が一時雪となり、積雪はなかった。 同庁によると、この日の最低気温は5.0度、最高気温は9.0度で日中も気温が上がらず、寒い一日となった。今朝の南丘の気温は6時24分で1度で湿度は87%でした。 曇天で暗い。 そんな頃、ラジオ体操は多胡さんのいい声で始まった。 参加者は23名でした。朝から庭師さんが4人きて手入れしてくれた。 今年はモミジの木が2本も枯れてしまった。 みかんの木が日当たりがよいから元気がよい。 ところが隣地に学童保育所が出来るとすっかり日が当たらなくなる。 来年は美味しいみかんも実らないようだ。さて、報道によると谷垣財務相が文芸春秋社と発行人らを名誉毀損などで提訴したという。 谷垣財務相は12日、週刊文春の12月8日号の記事で「名誉を著しく傷つけられた」として、発行元の文芸春秋社と発行人・編集人らに対して、謝罪広告掲載と損害賠償金2200万円の支払いを求め、東京地裁に提訴したというのだ。週刊文春は12月8日号の「中国人女性買春疑惑」という見出しの記事で、財務相が中国公安当局に尋問されたとする内容を報じた。 夜7時半から9時半まで中国四川省の24才のs女性とスカイプ交信した。 写真が3枚届いた。 スカイプもチャツトでやればまた面白い。 ときどきチャットで話をするようにしています。
2005年12月12日
今朝の南丘の気温は次のように変化していた。6時7分で4.1度、湿度53%、6時24分で3.7度で、湿度56%である。 そして7時3分で2.4度、湿度63%となっていた。 つまり7時ごろの気温が一番低いのです。ラジオ体操はN県議など30名が参加した。 太ったウサギがぴょんぴょん跳ねていた。 そして早朝から小学生の兄弟がマラソンしていた。 父親がタイムを計っていた。 いつもこの公園を走っている親子の様子を見ながら帰途につく。昼間はほとんどカョーの商品券特売に並んでいた。 5万円買ったから5000円もうかったことになる。 でも、このために貴重な時間は空しく過ぎた。 夜8時からパソコンを立ち上げた。そうすると南米ウルグワイの首都、モンテイビデオのsさんが呼んできた。 モンティビデオとスカイプ交信するのは、これが初交信で嬉しかった。 時差は夏時間だから13時間である。 あちらは今は真夏でした。モンティピデオと交信が終わってyoka-netのkさんとメッセンジャーで交信した。 それから当日記を書いている最中に南アフリカのヨハネスブルグのkさんが呼んできた。
2005年12月09日
やっと年賀状を作った。 まずNHK出版からでている「パソコンでつくる年賀状」を1330円で購入した。 この中で妻も気に入った中高年向きの書体があり、その中から2種類を選んだ。 さて、宛名書きを全部作ったので名前をつけて保管した。 ところが失敗した。 その保管したデーターを上乗せするときに間違った。 せっかく時間費やして作ったデーターが一瞬にして飛んで消えてしまった。 後悔していても仕方がない。 もう一度、一人ひとりやりなおした。 かくて昨夜10時に完成した。 出来栄えは昨年よりもよく出来ました。 年賀状は自分でプリントアウトしてもカラーインク代は高価です。でも業者にまかすよりは少し得したようです。 それにしても疲れますね。
2005年12月07日
早朝5時半から家内と真っ暗な公園散歩をする。 「夜もすがら、闇をゆるがし、北ふぶく」。 風速9.4mもの強風が吹いてとても寒い。 6時24分の気温は0.7度で湿度は57%でした。 この強風でラジオ体操は24名しか参加しなかった。 それでも高い所に立ってラジオ体操をした。 本当は少しでも寝ていたかったが妻も歩くので仕方なく歩くことにした。 朝の間に6600歩を歩いてから朝食です。耐震データ偽造問題で、千葉県市川市の姉歯建築士は5日午前、建築士法に基づく県の聴聞会を「体調不良」として欠席した。 聴聞会は事務所登録の取り消しに向け、本人の弁明を聴くためという。 県によると、この日は午前10時から千葉市内での開催が予定されていたが、姉歯建築士は当日朝、電話で欠席を伝えてきたという。 県は「弁明なし」と見なし、同日午後、県建築士審査会の同意を得て、登録を取り消す方針とのことらしい。ポーランドの23才のmichaelさんとスカイプで交信した。 この青年から写真がおくられてきました。 メッセンジャーもでているとのこと。 時差8時間で、こちら日本では10時だったからポーランドでは早朝2時であった。
2005年12月05日
毎日、スカイプが面白くてヒマを見つけてはでまくった。今、世界中から637人にアクセクしました。 この数字は大変に多い。大抵は10人ほどだからです。 私の場合はとにかく世界の主要都市とコンタクトしたくてたまらなかった。 だから一生懸命です。 さて、今朝のラジオ体操は26名でした。 こちらはぐんと参加者が減ってきました。 寒くなってやむをえないことだ。寒さに強い人がいてまだまだ、この人たちはやってきます。 今朝5時40分の気温は4.2度だった。 スカイプをバージョンアップしてカメラで顔みながらのコンタクトができるようになった。 相手の顔みたりカメラを動かしてもらって外の景色も見られるようになった。 海外の人にカメラを動かしてもらって景色を楽しむことも出来ます。
2005年12月04日
6時27分の気温は5.7度、湿度は77%でした。 それほど寒くもない。 ラジオ体操は34名がやってきました。終わると12名で哲学の路をのぼって帰路につく。 雲が多く真っ赤な太陽は見られなかった。朝、8時10分よりスペインのバルセロナのTomiさんとスカイプ交信する。 このスペイン人はローマ字でチヤットでやってきた。 バルセロナとはこれが初交信です。夜、ジャカルタのKhabibさんと一時間も交信した。 つづいてスエーデンのエーテボリ大学の学生ダニエル君と一時間ほど交信した。スエーデンでは昼11時25分です。 日本では夜の7時25分です。 ダニエル君は父はスエーデン人で母はコロンビア人です。 ハーフで頭がよさそうです。 来年の春、日本の東京学芸大学に留学することが決まっています。ダニエル君の紹介で日本からエーテボリ大学に一年間、留学中の札幌出身のYokoさんとも交信した。 つまり3人でお話したのです。 その後、ブルガリアのソフィアの日本人とスカイプで交信した。 国立ソフィア大学で社会学を研究しているとのことだった。 ソフィアへ行くにはウイーン経由で日本の成田から14時間ほどかかるそうです。さて、広島市安芸区の小学1年女児殺害事件で、殺人と死体遺棄容疑で逮捕されたペルー人のフアン・カルロス・ピサロ・ヤギ容疑者が1日、広島県警捜査本部の調べに対し、容疑を認める供述を始めた。接見した弁護士が明らかにした。自宅アパート前の通学路を歩く女児に声をかけ、気が付いたら死亡しており、自宅にあったガスコンロ用の段ボール箱に遺体を入れて遺棄したという。「殺すつもりはなかった」と殺意を否定し、殺害状況などの供述もあいまいなため、捜査本部は、殺害の動機や経緯などについて、さらに追及している。ピサロ・ヤギ容疑者は先月30日未明に逮捕された後は「覚えていない」などと否認。弁護士に対し、「女児について祈り続け、1日朝になって悪魔が抜けた」と供述を始めたきっかけを話し、女児と、女児の両親への謝罪の意思を示しているという。弁護士によると、ピサロ・ヤギ容疑者は先月22日午後、通学路を1人で下校する女児を見て、ペルーに残した長女を思い出し、「オーラ(スペイン語で『こんにちは』)」と声をかけ、名前を聞いた。その後、気付くと女児が階段上がり口で倒れて死亡していた。弁護士には「その間、悪魔が自分の中に入り、体を動かした」と説明した。その後、自宅から段ボール箱を持ち出し、遺体を押し込め、アパート近くのごみの置いてある場所に遺棄。女児のランドセルは袋に入れ、JR矢野駅近くに捨てたという。捜査本部は、殺害場所の特定を急いでいる。また、遺体はピサロ・ヤギ容疑者宅から約100メートル離れた空き地で発見されており、遺体の遺棄場所を詳しく聴いている。 女児のハイソックスは段ボール箱に一緒に入れたというが、右ハイソックスは見つかっておらず、追及する。ピサロ・ヤギ容疑者は昨年4月、妻と7歳ぐらいの長男と2歳ぐらいの長女をペルーに残して来日。広島、三重県を転々とし、先月1日に通学路に面したアパートに転居した。1人暮らしで事件当時は無職だった。事件発生から5日後の先月27日、「ガスコンロを盗品と思われ、落ち着かなくなった」などの理由で、三重県鈴鹿市の姉夫婦宅に逃げたという。
2005年12月02日
今朝は少し遅れて公園へ散歩に出た。 6時15分の気温は6.9度で湿度は78%でした。 朝からよく晴れている。 ラジオ体操は35名しか集まらなかった。 だんだん寒くなって起きるのがいやになってくるからだ。朝から訃報の電話でした。 隣組の人が亡くなられたとのこと。 組長しているといち早く組に知らさなくてはならない。 朝の貴重な時間が飛んでしまった。いつものように「ぴゅあ」学校へ行った。 若い店長の顔をみているほうがよほどましだ。 成長ホルモンのマカを売り出したが買う人は少ない。 さしあたって健康ならば高価なものは買わないで100円特価で超安いものだけを買う人が多かった。今、興味があるのはスカイプに次いでMSNメッセンジャーだ。 ノートパソコンとデスクトップと両方でやっています。 それだけに呼んでくれる人も多いとおもっていたら、あまりいない。 昨日、北海道の女性が、この日記を読んでいてくれてスカイプやメッセンジャーでお目にかかった。 そんなとき、この日記も役立った、よかったと思った。 誰がみていてくれるかわからない。 うれしかった。
2005年11月16日
早朝5時半から家内と散歩にでる。 もう寒いから日中に変更しょうと思いながらずるずる今朝も、暗い中を公園へ。 公園にくると暗闇から犬の散歩にきている人と何人かでくわした。6時の気温は8.8度で、それほど寒くもない。 ラジオ体操は35名の会員とする。 これから日を追って寒く且つ暗くなってゆく。 だからぼつぼつラジオ体操にくる人も減って行くことだろう。主催者の自分だって、いつまで続けるか疑問である。無理は禁物です。 会員が来るから来ないとみんなに申し訳ない。 だから無理して行く。 でも公園にくるとだんだんと暖かくなってくる。健康食品のお店「ぴゅあ」へ毎朝行く。 今日も10時にかけつけた。 ホルモンの話です。 それから男性の尿のトラブル解消についてK店長がいい話をしてくれました。 前立腺肥大は誰でもなる男の病気です。 天皇陛下も手術された。 この病気の予防に「ペポカボチヤ」がよいと力説する店長。 男前で27才という三重県出身の店長です。 実に話がうまい。 だから老人たちのファンも多い。 健康食品もよく売れるのです。 11月末で、もうこの店にもこれなくなります。 沢山買った会員しかこれなくなるからだ。ノートパソコンが不調で固まってしまった。 例の方法で、つまりctrl+Alt+Deleteを試みたが動かない。 悪いときには悪いことが重なるものです。 デスクトップパソコンもおかしくなった。折りしもスカイプやメッセンジャーでコンタクトしている最中でした。 このために旭川のTさん、中国との交信も台無しになってしまった。 バッテリーを取り外してみると復活しました。妻は紀宮さんと黒田さんの結婚式をテレビでずーと見ていた。 石原都知事がいつにない緊張していた。 ふだんすばり物言う人が今日はおとなしかった。 天皇陛下の嬉しそうな顔が印象的だった。
2005年11月15日
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