モラルを忘れていませんか。自戒も込めて

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2008.12.14
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カテゴリ: カテゴリ未分類
(10月20日のブログに反貧困大集会のリポートを書きました)


朝から雨である。

今朝の毎日新聞を読んで、気になったところを書く。

「ニッポン密着」というシリーズで、「生活保護を対象にしたビジネスに関する情報や体験」
を募集していて、立上修記者や、山本将克記者が、東京都に住んでいた生活保護者の住む
ところが東京に無く、茨城の介護業者が仲介してビジネスの形で生活保護者に関わっている
話が書かれている。

湯浅誠さんの『反貧困』が、大佛次郎論壇賞に決まったという記事もあったが、


湯浅さんの言われる、「貯め」という、例えば、東京で仕事に失敗しても、帰る故郷が
あったなどの昔の血縁や地縁などによる保護がだんだん消滅してきて、お金そのものが
保護されるものの唯一のものという人が増えてきて、そういう人がお金に失敗すると、
保護の受け皿が無く、ホームレスや自殺にまで追い込まれてしまうという時代構造に
してしまった今の日本である。

そういう構造の中で、新たな受け皿とは何なのかが、新しく起きた出来事だけに判断に
迷うことになる。

湯浅さんが、「貧困ビジネス」と言い、生活困窮者から巧妙にお金を搾取する商売が
あるのだということだが、生活困窮者が安心できるような、保護のできる受け皿が
はっきり存在して欲しいものである。

ベーシック・インカムが実現していたら、生活保護に関わる諸々の問題点を克服できて

いうのは、最後の砦だと形容されるくらい、セーフティーネットとして大事なところである。

しかし、社会福祉事務所が、生活保護に壁を作り、以前北九州の人が、生活保護を受給させてもらえず、おにぎりが食べたいと書き残し餓死したというニュースを思い出す。
そのことが忘れられず、反貧困ネットワークの支部に携わったという人のスピーチを10月20日の大集会で聞いた。

また不完全なセーフティーネットは、詐欺や盗みなどの犯罪も生じさせてしまっている。
ベーシック・インカムが実現していれば、多くの人で犯罪をしなくて済んだ人を生むのでは

食い逃げして、捕まって、わざと刑務所に入るという事例さえあり、もっと生活保護をはじめとするセーフティーネットが良い意味で緩いというか、もらいやすい仕組みになって
いれば、犯罪で刑務所にいかず、保護されたのではないだろうか。犯罪者となり、刑務所で
働くなら、セーフティーネットを支給して、条件として、その人が出来る範囲での労務を
してもらうなら、その人はしたくもない食い逃げをしなくて済んだかも知れない。

住宅も車同様、日本の豊かさをひっぱってきたひとつだと思うが、世界不況の発端といわれて
いる、サブプライムローン問題も、住宅という、人が住むところからの問題であり、
ホームレスもその問題のひとつであり、住むところの有無の問題が大きい。
それは昔の今よりも貧しくても共同体があり、多くが貧しかったための協力と安心感が
今よりも存在していたことにも通じて、今は、個人個人、家庭家庭が断絶していて、
仲介してくれるもの、保護してくれるものが、人間関係では無く、お金になってしまって
きたところにも問題が生じてしまった。

貧しくても仲間と助け合える安心感のある人にとっては、生きる自信は強いと思う。
しかし、長期ひきこもってしまった人などは、親が健在で保護してくれているうちは
良いが、やがて家族中が年老いてしまうと、保護というか、助けてくれる先を見つけなければ
ならなくなる、しかし、その受け入れ先が無いということが大問題となる。

お金が先なのでは無く、助け合える仲間がいるかどうかが根本的なところである。
人と人に信頼があるかどうかである。

だから、派遣社員を軽い気持ちでリストラしてしまうような関係というのは、
仲間意識や信頼関係が持てないとも言える。ネット社会や学校や職場でも生じて
いるいじめ問題なども信頼の欠如を生み出す。

受け入れ先がどこまでもあるならば、また違う意味で、派遣という状態が、浅田彰さんが
1980年代ころに紹介したスキゾフレニーな生き方という時代の雰囲気も編み出せたのかも
知れないが、そういう生き方をしてしまった人と、出来ずに悲劇になってしまった人を
生み出してしまうような、経営者側の人を人とも思わないような使い捨てに考えるような
場所だらけになってしまっている場合も仮定すると、軽やかに逃走することが出来ない
現実を生じさせてしまっている。

むしろ、雇用された側が、なにか違うと思えたら、軽やかに所属先を移動できるような
社会も憧れのある社会構造のような気がずっとして来ているのだが、
現実はそういう場所にならずに、お金を介した貧困という状況に追いやられる。

大企業に長年勤務して、大量の貯金があり、そういう人がなんらかの技量、技術を持っていた
場合、スキゾな生き方を成り立たせることが出来ている人もいるのではないかと思うが、

ワーキング・プアから抜け出せなくなってしまっている人を生み出してしまうような
方向に、派遣などの新業態が使われてしまった。

だから、専門技術を持つ人だけが派遣できるような法律に改正すればという意見も聞いた。

しかし、専門技術を持たない労働をしてきた人も、変身をしてみたいという人もいるはずだ。

一方、ずっと同じ職場で同じ仕事をして行きたいという人もいるはずだ。

その違いも、どちらの希望も考慮できる方法とはいったいなんだろう。

昔は、農業共同体があり、家族で生産と消費を一括していた場合が多かったと思う。

ゲゼルシャフトに適応することがやりやすいタイプか、そうでないタイプかという
こともあると思う。

学校でも部活とか意気揚々と参加できる人と、学校でいじめにあったりしてしまう人は
大きく、学校という場所との関係の得手不得手が違っている。

もう一歩多様化していないから生じる問題だともいえる。

エジソンは、学校になじめず、家庭教師の教育で、発明王となった伝記も多く読まれたと
思う。

農業共同体的なイメージの方法と、在宅ワークというもののリンクなど。

現在の状態は、ネットで流れてくる情報も、吟味選択しないと、怪しいような在宅ワークの
情報が多く流れてしまっているような感じを受ける。

ハローワークでも、どんどん安心感のある、在宅ワークの紹介が、ひとつの分野として
生じるような社会になれば、企業組織などの団体組織になじめない人にとっても
救いのひとつとなるのだろうが。

ネット株や、アフィリエイトなど、自分で切り開く在宅ワーカーは起業的で良いが、
多くの人はそこまで出来ない人が多く、それで、働きに出て、指示に従い、
労働する人も多いだろうが、指示する人に恵まれれば楽しい職場となるだろうが、
罵声やパワーハラスメントなどが飛び交うような場所が存在するのもその通りである。
私も体験した。

家族や気心の知れた間での喧嘩もあるが、ゲゼルシャフトの場合、特に、相手は
気心が知れたと思っているのに、相手はそうでない場合のアンバランスが生じて
いたりする。そういう問題もかなり多いのではないだろうか。

28面では、山崎理絵記者が、「生きる光」をというタイトルの連載をしたが、
副題が「自殺者3万人の時代に」ということで、自殺に追い込まれてしまうような、
社会構造、仕事があっても、職場の人間関係、仕事の緊迫感、仕事がないと、生活苦
というような話題が連載された。

社会保険労務士や行政書士、弁護士など、企業や個人の間を縫ってくれるような
イメージの職業が実際にあるけれども、

ほかに、ネーミングは直接的なので、違う呼び名のほうがいいかも知れないが、
企業の人間関係にアドバイスを出来るような、「自殺予防士」みたいなイメージの
立場で行動できる人がいたらどうなのかとも思う。

経営コンサルタントは、社長への経営アドバイスという感じがするし、

カウンセラーや精神科医は、器質的な病理を治療するとイメージがあって、

職場の人間関係を綿密に調整したりするような意味あいは無いように思う。

効率主義で近頃少なくしてしまったのかも知れないが、庶務という係りのイメージとか、

保健室の先生のような、人間の気持ちや、人間と人間との間の仲裁、仲介をしてくれる

ようなイメージの調整役のような立場がもっとあっても良いように思うのだが。

昔は今より、はっきりした立場を打ち出さなくても、そういう感覚を持った人がいたり、

交互にそういう立場になったり出来ていたのだろう。

家族産業で成り立つ場所が多ければ、引きこもりなどは元々無く、手伝い気分で
生きられているうちに、気づけば、経営のようになっていたという自然な流れを
持つ生き方もあったのではなかったのだろうか。

人そのもののDNA的なイメージの能力不足では無く、職種のほうの多様性の欠如が、
停滞を生み出していると考えたほうが改善の実現性が高いのではないかと思う。

生産消費者のような、知らず知らずのうちに、生活を続けようとしているうちに、
消費の中に生産も含まれていてしまうということも、科学技術の企業も発明して
もらえないだろうかという希望もある。

フジテレビ「新報道2001」では、ブログでこうしてお世話になっているが、元楽天の
重役のエリートが、ドーナツ屋さん経営に転換した紹介をしていて、コメンテーターの
茂木健一郎さんが、これからはITから、食のほうに注目が移る時代かな、食べないと
生きられないからというような発言をされた。

食の加工のほうから、農業のほうに目が向けられると、周囲からの構造が変わって
いくのだろうかと期待して行きたい。

金融経済に携わってきた人たちが、莫大な給与を得て、農業をしてきた人が、窮乏し、
職業転換してきてしあった時代の流れにあるのだが、実質経済とはなにかというと、
食べることがまずはじめに行き着く。工業科学技術立国と言ってきて、豊かさを
実現してきたが、急に窮地に追い込まれてきてしまうのも、工業分野なのが、
今ニュースで報道されている。

ものづくりといいながら、深層では、お金を自分のところに、という感覚がなされて
きてしまったのかも知れない。

アダムスミスも、まず農業基盤があってこその、工業や商業だと述べていたというのである。

そして、お金は交換の道具に過ぎなかったのであり、家族や仲間と仲良く喧嘩もたまには
しながら、信頼しあって、農業を中心に生産と消費を行っていた時代のほうが
長かったのではないかと思うのだが。






















































































































































































































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Last updated  2008.12.14 11:06:07


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