モラルを忘れていませんか。自戒も込めて

モラルを忘れていませんか。自戒も込めて

PR

×

Profile

自分らしく明るく

自分らしく明るく

Favorite Blog

🌸 新作「二人の宇宙… New! 神風スズキさん

ある村に、とても貧… New! よびりん♪   さん

敵を味方に出来ずに… New! よびりん2004さん

翻訳学者犬徒然草 賢犬さん
GrinBlue グリンブ… osamusalonさん
2008.12.16
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
(10月20日のブログに反貧困大集会のリポートを書きました)


今朝の毎日新聞の中畑流万能川柳にて、

甲府市の甲斐犬柴子さんの、

給付金 毎月ならば大賛成

という万能川柳が掲載されていた。

これは、ベーシック・インカムのことであるから、

もし、どこかの政党が、ベーシック・インカムを公約に掲げれば、

国民も理解して賛同すると思いたいのだが。


いつの間にか浸透させた考え方になってしまったばかりに、働かざるもの食うべからずと
いうような、働いていない人は死ぬしかないだろうというような、間違えた考え方に
なっている人もいるはずである。

(図書館から借りていたが、ほとんど読解できなかったが、ボードリヤールの「象徴交換と
死」という本の中に、働くこととお金を得ることのほうが、他人の気持ちや生命より大切
になってしまうという倒錯について書かれた箇所があったような気がする)

その証拠が、ホームレスや経済苦による自殺者が相当の数出続けているということである。

戦争は反対というのは正しいし、それはストレートに語られるが、
生活維持のためのお金が赤字になってしまい、苦しい人を見殺しにしてしまっていると
いうところでは、政治家ばかり非難するのはおかしい。

語られないが、他人の無関心という罪がこういう情勢を生んでしまっているのだ。



とにかく、力のある政治家か、官僚か、誰かがベーシック・インカムを強力に押し出して
くれないと、なにも動かないと思う。

おっぱっぴーとかグーとかいう言葉は、人を喜ばせるが、誰か、テレビに頻繁に出るような人がベーシック・インカムを語ってくれれば、動く可能性が出てくると思うのだが。

とにかくこのブログでは微力の中の微力だとしても、ベーシック・インカムという言葉を
増やして行く。


本もあった。「フィロソフィア・ヤポニカ」「仏教の根底にあるもの」「セレンディピティー・マシン」など、ほとんど眺めるだけで過ぎてしまった。

創造性とはなぜ人によって出る人と出ない人があったり、違うところで為されたりするのだろう。

読めたと思った本が読めてなくて、読めなかったと思う本が読めていたということも
あるかも知れないし、全ての読もうとした本に対して理解力が無かったりしているのかも
知れない。

しかし、「失業克服の経済学」橘木俊詔(岩波書店)は、わかりやすく書いてくれていると
いうこともあるのだろうが、

不況からの需要の不足についても失業の根本のひとつだとはかかれていると思うが、

「雇用のミスマッチ」を重視しているところはとても共感する。

誰だって、得手不得手の分野があって、うまの合うような仲間の場所があって、
どこでも誰でも合うわけではない。なんらかのすみわけのある習性についてまで
考慮に入れることが必要だと思う。

必読書と思えるくらい良著だと思うが、ただ、橘木さんが、自発的失業と、非自発的失業では、自発的失業にはモラルハザードが生じることもあるから、非自発的失業の失業給付に重きを置くほうが良いと書かれているところについては、私は良い意見だとは思わない。
そもそも、日本の失業手当は、前提からして寒いと橘木さんも書いていたように思うのだが。橘木さんの本では、オーストラリア、ベルギー、ニュージーランドは、就職できるまで、
無制限に失業手当が支給されているらしい。このような政策なら、今の日本の派遣問題も
違った状況になっていたかも知れない。

しかし、このように「失業克服の経済学」というような、失業について考えてくれる
学者さんが、本を出してくれていることに感謝する。

考えるためのテキストがあると、まったくないのよりもずいぶんと考えやすい。

2002年に出た本だが、6年たってしまっているが、こういう本をテキストに
考える場が多く出来て欲しい。

「象徴交換と死」がもっと理解できれば、ヒントになることが書いてあったのだと
思うが、

労働という管理されたイメージの中で人生を多く過ごすのでは無く、

「なにかやってみたいな。やってみようか。一緒にやろうか」「そうだね」

とか、

「ちょっと手伝ってよ」「いいよ」

みたいな流れの延長が敷衍していって、行為するうちに人生を経過させることが
できるというようなイメージの社会であるなら、

学歴や能力技術、競争の差異によって、他人を上下に見てしまうような不自然さが
為されない雰囲気になるのではないのだろうか。

また、儒教のような、上を敬うというような感覚は大切なものだと思うが、

学歴、能力技術、競争の差異などによることの上下からの影響が年齢差の自然な

コミュニケーションを妨げてしまう感覚を持ってしまう人を生んでしまうという

ことの不安定さも多々あるような気がする。

派遣社員切りを、派遣社員が大企業の上層部に交渉するという、力ある行動がなされて
いるが、そこの正社員はリストラの対象の派遣社員の人たちをどう思っていることだろう。

正社員の人たちが自分たちだけ助かればと考えているようだと、企業という方法は
非人間的な気もする。

橘木先生は、オランダなどが達成した、ワークシェアリングを改善策のひとつに
あげていて詳しく説明されている。

自分たちだけ助かろうとする国民性だとしたら、ほかの国の、オランダのワークシェアリング経験者に、この日本の現在の派遣切りやリストラの状況を聞いてみたら、どう答えるだろう。
お金に困っていない、日本人の政治家やテレビのコメンテーターよりも、心に伝わる
ようなことを答えてくれるような気がする。

インターネット関係の人たちの中で、なにか、最低限度のセーフティーネットが為されるような発明は出ないだろうか。そういうことの出来る人たちがいるところのような気がして、
期待している。

創造性とはどうすれば生じるのだろう。

ものづくりを超えた創造性もあると思う。

ものづくりだと、ものづくりができる能力や努力を持てる人なら良いが、
そうでない人が排除されてしまうからだ。

ベーシック・インカムがあって、消費というところで創造するところから生産に
向かうという行きかたに向かう人もいるほうが良いように思う。

例えば、最初は生産をせず、ある飲み屋に何度も通うだけだった人が、何度も通う
うちに、店のマスターに言われて、店を手伝うなどして、料理を覚えていき、
マスターの代わりに作れるようになっていくというような。

昔は、農業などは、祖先から祖父母、父母につられて、田畑に出ているうちに、
自然に、行為を受け継いで生きていけたのだろう。

昔のほうが、今よりも貨幣量が無かっただろうにも関わらず、
生活していけたということが、

もっと全国民をあげて考慮されるべきことのひとつであるようにも思う。

















































































お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2008.12.16 18:35:18


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: