モラルを忘れていませんか。自戒も込めて

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2008.12.21
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カテゴリ: カテゴリ未分類
(10月20日のブログに反貧困大集会のリポートを書きました)


関口宏さんが司会の今朝の番組で、昔は、正月前には、日本の企業は餅代としてお年玉みたいに配ってくれるようなところだったのが、この正月前に、大企業というのは、全体が苦しくなってしまったからと言ってすぐに派遣の人を解雇できてしまうものなのかな。こんなことが
出来る企業になってしまったのはここ最近のことなんじゃないのというような、急激な日本人が、他人を使い捨ての物のように思ってしまう感覚の変化の異常さについて気づき、コメントされていた。コメンテーターが、人間を固定したものではなく、あたかも変動費のようにして考えてしまったのだろうと、違う言葉で受けていた。言葉遣いは違うが、人間が、他人を使い捨ての物のように思ってしまう感覚という異常さというのは、多くの場所に蔓延してきた急激に短期間で広まってしまう感覚なのかも知れない。

毎日新聞解説委員のコメンテーターが、(よく見る人なのだが、名前がわからなくなってしままった残念。次回思い出したい。)ワークシェアリングという方法もあるじゃないかと関口さん司会の番組で言っていたのは大きいと思う。

ベーシック・インカム、ワークシェアリング、ワークライフバランス、在宅ワークなどの
新しい考え方が必要だ。

考え方は伝播する。

だから、インターネット関連についての有識者の中にも、ネットは自由な場なのだから、


私自身、そういう考えの人のことをあまり知らないから、私のかろうじて知る範囲で
この人は、他の本などでインターネット社会のことをいろいろ教えてくれるし、
すごい人で、公人なので、単純な非難中傷の意味ではなく、名前を出すが、
佐々木俊尚さんみたいな、インターネット周辺を第一線で紹介してくれる人が、
私の読んだ範囲内では、あまりネットでの誹謗中傷に対して、嫌悪感をストレートに
されないようなイメージのところは非常に残念である。

ネットが広まってから13年くらい経過するのだろうか。たしかウィンドウズ95が
出るという当日頃に買いにいったと思うのだが、アイコンでインターネットなども
操作できるという方法がとても新鮮に感じた。(ウィンドウズ3.1も使っていたので
正確には3.1の時にそう感じたのだろう。)
1995年頃から急速にインターネットでの発進が一般に普及していったと

匿名性というのも大きいが、なんなのだろうかと残念に思うようなことも多々生み出してきているのだと思う。

ペルソナ。

実名公表でなくても、ブログをずっと書いていたり、固定ハンドルネームを使い続けている人は人物特定のようなものだろうし、ペルソナというところから見れば、アバターというのや、
セカンドライフのようなところは、第2の人生、第3の人生みたいな、新しい生き方の発想の
ヒントの場でもあるのだろう。



こういう面も、専門的に集中して考えてきた人がいて、その人たちの発言を受ければ、
私もまた違う気づきを多く受けられるのかも知れないが、テレビや新聞などで、もっと
身近に情報が取得できるような状態がもっと欲しいと思う。

絵文字みたいなものも、インターネットが普及したばかりの頃は、もっと字だけだと、
同じことを書いても正反対のイメージにとられてしまうことさえあり、工夫として
もっと考えられてきたのであるが、今はあまり聞かれなくなった。当たり前のこととして
習慣化されてしまったからだろう。

東京の汚れた川も当たり前に風物詩として見られている固定化されてしまった気づかれなく
なってしまった習慣化。

水がペットボトルで売り出された当時のほうが、衝撃を受けた人が今より多いだろう。

それも一例である。もちろん、私もペットボトルの水は相当飲んできたが、

家のそばに流れる川の水が直接の飲料として服用できなくなったまさに当時の人の
衝撃の感覚というものが、水が汚くて当然としまった後に生まれた人の想像力がはたして
生じることが出来るのだろうか。

きっと私自身が、昔他の人が出来ていたこと、考えていたことをすっかり思い出せない
というか、使うことなく人生を終えるという、方法や感性が概念がとても多いのかも
知れない。

なにが、誹謗中傷で、単に他人を傷つけてしまうだけのものなのか、なにが、構造が変化して
しまったことによる反対意見や訴えなのか。それは微妙に交錯しているものなのかも知れないが、

特定の人に、攻撃性をもってしまうのも不完全なことだろうと思う。
格好悪いことなのだ。

攻撃性をもった人が本当の悪人なのか?それともなんらかの欲求不満をその人にぶつけて
いじめているだけなのか。

その違いを冷静に見られる、他者たちは多くならなければならない。

スピリチュアルな本だと、敬遠する人もいる分野かも知れないが、

「聖なる予言」ジェームズ・レッドフィールド(角川文庫ソフィア)に書かれた、
脅迫者、尋問者、傍観者、被害者という、ペルソナの現実劇は、交流分析という
方法などとともに多くのヒントを与えているものなのではないか。

また、この今日の、派遣切りに代表される企業の考え方などの問題やその周辺には、

池田勇人時代の所得倍増計画発進の頃の社会情勢の、それに対する賛成意見、反対意見の
ところなどにヒントが多く残されているのではないかと推測している。
まだ調べていない。

その当時の新聞や雑誌などに、その計画は豊かさを得られると同時に、なにか、
失ってしまったり、問題を生じてしまうというような危機意識をもった意見も
なされていたのではないだろうか。

今生じている社会の構造も、だんだんと付け加えられてきたものだと思う。
その付け加えられたものが発信された当初のほうが、構造化、習慣化なされる前なのだから、
危機意識をもった反対意見や注意意見を感じることのできた人が多かったに違いない。

裁判員制度についても3人の制度に参加するように通知のきた人が、なにかおかしい制度なのではないかと言う意見を掲げて表に立ったと新聞やテレビは伝えている。

定額給付金は2月1日みたいだが、そのアイデアは、景気対策とするなら、これが今回は
優先だったろうが、前に上地雄輔さんが日テレで言ったように、期限付きお金にすれば、
エンデがゲゼルの考え方を紹介したという、腐る貨幣の考え方が付加されていたらという
こともたたき台をつくったし、保護政策として、持続すればベーシック・インカムにほとんど近い方法だったし、人は批判によってばら撒きと捉えたが、双方があと一歩進めば、どちらかへのモデルケースとして考えられるものでとても惜しい。野党が、今からでも定額給付金を辞めればという論者がいるが、それと反対に、定額給付金を今一歩アイデアを付加するという
論者であって欲しかったと思う。

ソクラテスは悪法も法なりと言ったらしいが、悪法は従ってはいけないだろう。
ソクラテスの場合は、また違う意味あいがあったのかも知れないが、
詳しくは私の勉強不足だが、

法の方が、おかしなものもいっぱいあるのだと思うし、
偉い人や強気に出ている人やお金をたくさんもっている人や、うまく社会に乗っている
人たちのほうにも、法さえ守らなかったり、ごまかしている人さえ報道され続ける。

ペルソナや固定観念について、もっと多くの気づきを得て、なにか改善できるような
なにかが出来ればいいのだが。

ブログはそんなに無力なものなのだろうか。

でもなにか書かないと白紙で、白紙だと余計わからない。

白紙というか、以心伝心というか、なにも書かなくても、幸福に過ごせている人はいる。

そういう状態のほうが本当は良いのかも知れない。

なにもなにか書くだけが発信ではなく、

ブログは書いたりしない人が、

家族や出会った人に、笑顔を交わした今朝の出来事のほうに、

真実のようなところがあるのかも知れない。

あれか、これかと、並列すべきところでもないところであろう。

他人も自分も自然も楽しくなる方向に沿うものならば、

みんな違ってみんないいという、金子みずずさんの残した詩の

様なのだろう。

人の個性の得意不得意が交流して、支えあえる中に、持続した安心感の

中に浸っていたい。

そのための一つとして具体性のある、ベーシック・インカムという概念も

伝え続けたい。




















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Last updated  2008.12.21 10:48:32


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