年齢を重ねても健康でありたいオトコのブログ

2026.03.29
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テーマ: 社会(543)
カテゴリ: 世のなかの動き
戦争の実況中継をテレビで見ながらご飯を食べるような時代です。
自分は幸せな時間を過ごしている一方で、ミサイル攻撃で死んでしまう人たちがいる世の中です。
テレビに映される爆撃の光景と、食卓のおかず。
2つの現実が共存している最中です。
社会が抱える深い「病み」を感じる瞬間です。
まったく知らない人とはいえ、テレビ映像で普通に見てしまっています。
どこかで感性が麻痺しているかもしれません。
他人様の悲劇が、日常に溶け込んでしまっています。
食事をしながらミサイル攻撃の映像を眺めるのは、まるでゲームのなかで戦争をしているかのようです。
他人様の痛みがデジタル信号で目の前に送信されている現実。
食欲が減るわけでもなく。
日常で感じている幸せな時間は、あたりまえではないのでしょう。
不均衡があって初めて成り立つのが幸せな時間かも。
自分たちは、たまたま「幸運な傍観者」なのかもしれません。
昭和の戦争と違って、いまの戦争は、ハイテク兵器によって泥臭さがないかのように見えてしまいます。
本当はドロドロなはずなのに。
ボタン一つで攻撃できるミサイルは、ゲームっぽく見え、アナログな人間が逃げ惑う姿を想起させません。
実際の死や遺族の泣き叫びが薄れてしまいます。
食卓と戦場が同じ地球で起きていることを、どこかでわかっているけれど、実感はない。
自分は幸せで、あちらは不幸だという感覚です。
ちっぽけな自分自身は、このように思うしかないともいえます。
一方で、テレビ画面で戦争を見てしまうからこそ、日本の昭和時代にあった戦争の悲惨さを実感できる気もします。
以前の戦争の多くは、情報が遮断されたなかで、どこか遠くで起こっているということしかわからなかったはずです。
一般市民が知らぬ間に戦争に巻き込まれて、そして被害を受けて。
今の時代、国や軍による情報の隠蔽がむつかしいです。
一般市民でも、国トップがおかしな判断をしていることに気付ける時代です。
悲惨な現実を映像で確認でkるからこそ、今の平和を実感できるともいえます。
平和とは、ぼんやりした絵空事ではなく、「家族と食卓を囲めること」「空から火が降ってこないこと」という具体的なことである、と気づけます。
平和が「当たり前」ではなく、自ら獲得するもの、と実感させるのも、戦争の映像があるからこそかもしれません。
戦争の実況中継は、文字情報だけでは伝わらない戦地の空気感も伝えます。
食卓でこんな様子を見ると、なんとなく違和感を感じるその感覚が、国境を越えて痛みを感じている証拠です。
石油が減るから大変、というのは現実問題としてありますが、とにかく戦争自体をすんなり終わらせることに知恵を絞るべきです。







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最終更新日  2026.03.29 19:00:06
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