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2012年11月01日
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カテゴリ: 本
最近、映画化されて話題になっている 沖方 丁(うぶかた とう)「天地明察」 を読みました。


tenti1
(上巻)


tenti2
(下巻)


面白かったです。

文庫で上下二冊 ですが、話の展開が早く、また、さまざまな出来事が次から次へと入れ代わり起こるため、さほど長く感じませんでした。

ちなみに、以前書いた 「通勤電車でkobo生活」 を通して読み終えました。


江戸時代に、古来の暦をただすという一大プロジェクトを完遂した「渋川春海」の半生を描く、壮大なドラマです。

その中に、 算術(和算) あり、 恋物語 江戸幕府の歴史叙述 が描かれています。

その巻末に 「本書は史実をもとにしたフィクションです」 とあります。それを証明するかの如く、下巻の巻末には多数の 「主要参考文献」 が列挙されています。

いわば、この小説は一つの歴史叙述であり、作者の沖方氏の江戸幕府のありかたを巡る歴史解釈の書となっているのです。

それゆえ、この本には、随所に作者の歴史への大きな視点を感じさせる 「名言」 があります。

例えば、日本の民族信仰「神道」について


神道は、ゆるやかに、かつ絶対的に人生を肯定している。死すらも“神になる”などと言って否定しない。“禊ぎ”の本意たる“身を殺ぐ”という言葉にすら、穢れを削ぎ落として浄めるという意味はあれど、穢れを消滅させる、穢れたとみなされた者を社会の清浄を保つために滅ぼすといった意味合いはないと言っていい。否定すべきものを祓い、流し去る一方で、その権威を守るために何かを根絶やしにしようとしない。


日本の神道は、本来寛容で他を否定するものではなかった、と定義しています。「禊ぎ」は自身の身を殺(そ)ぐことであって、穢れた者を滅ぼすものではないといいます。

日本人のあるべき考え方 に通じるのではないでしょうか。

自分たちを正当化するために他を排除しようとする 「いじめ」の構造は否定されるべき 、というあり方。 「日本人」の基層


また、作者によれば 「仏教の伝来」 とその後の「争い」においても、

神道 はゆるやかに肯定され、「“巡り合わせ”とでも言うような曖昧な偶然性のうちに包み込まれてしまう。」と言います。

大きな懐で緩やかに万物を肯定していく日本人の許容力 が感じられるとらえ方です。


次に、この小説の大きなテーマである 「暦」

「暦」 とは


「娯楽」であり、絵暦を通して楽しむ「謎解き」という遊びが成り立つほどの万人共通の品であった。
それは、「教養」「信仰の結晶」「吉凶の羅列」「日取りの選択基準」でもあった。


とした上で、作者は


万人の生活を写す鏡であり、尺度であり、天体の進行という巨大な事象がもたらしてくれる、“昨日が今日へ、今日が明日へ、ずっと続いてゆく”という、人間にとってなくてはならない確信の賜物だった。

と述べています。確かに、かつて、人々にとって「暦」は 「これからの生活」を考える上で大きな存在 であったのです。そして、それは 明日への確信と保証を与えてくれるものでもあった のでしょう。

なるほど、 かつて日本の人々は「暦」と深く関わって生活していたのであり、「暦」は生活に欠かせないものであった ことがよく理解できます。


さらに、 「頒暦」 は、 発行する者にとっての権威 だった。


もしかすると暦とは、一つに、人々が世の権威を知るすべなのかも知れない。


として、 人々が求める「権威」とは何か へと思いが及んでいきます。


この国には実は正しく民衆を統べる権威というものは存在せず、いつまた覆るかもしれないのだという、途方もない思案である。しかもその権威の欠如は、決して活気に溢れる自由さを意味しなかった。人それぞれがばらばらに都合の良い権威に覆われることを望んで、改めることを拒んでゆくような気がした。
それはもしかすると”息吹”を拒むと言うことなのかもしれない。しかも個人の生活の息吹ではなく、国としての息吹も。



いかがですか。江戸時代の「権威」だけのこととは思えません。まさに 現在の日本を見事に言い当てた文章、名言 と言えるのではないでしょうか。


「人それぞれがばらばらに都合の良い権威に覆われることを望んで、改めることを拒んでゆく」姿勢は、 頼るもののない不安定な現代社会の問題点 を浮き彫りにします。

それぞれ、現代の私たちにとって、耳が痛い、考えさせられる文章です。


以上は、上巻の文章ですが、下巻に入ると 「政道」 についての記述が現れます。


時代の革新を以て江戸幕府を支えてきた 保科正之 と、長期安定をはかる保守正道に尽力した 坂井忠清 との二人を描きながら、どちらも「欠くべからざる存在」として、


革新だけでは置いて行かれる人々の怨みが政道の障りとなり、保守だけでは新たな世を求める人々の鬱憤を招く。


戦国から泰平へと、その政道が将軍家綱のもとで完成しようとしているのも、保科と坂井が絶妙な立ち位置を保って尽力し続けたからではないか。


まさに、 保守と革新とのバランスが重要であることを江戸時代の歴史に鑑みて叙述 しています。説得力のある文章です。

「第三極」ばやりの現代政治情勢ですが、あるべき姿を原点に立ち戻ってよく考えてみる必要があるのかもしれません。政治家たちにも是非読んで欲しい文章です。

こうして見ると、 歴史評論の本 のようですが、これらは、 小説の一節 であり 「本題」は、挫折を繰り返しながら、なおも「改暦」という歴史的な大業の達成に全身全霊を傾ける主人公渋川春海の半生を描くこと です。

その中に、これだけの 大きな歴史への視点を含めていく作者沖方 丁氏の力量 には驚かされます。

正直、算術は難解で大変ですが、数学が苦手な方でも 人生ドラマ として十分楽しめます。特に 歴史好きな方は、かなりおすすめの一冊 です。

小説を楽しみながら、同時に「この国」の歴史、過去の姿とこれからのかたちを考えさせられるという、「一粒で二度おいしい」作品です。





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Last updated  2012年11月01日 22時39分04秒
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