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客観的でなくていい。一般的である必要もない。ひたすら個人的で、独りよがりでかまわない。どこまでも深く追求していけば、必ず真理に辿り着く。そして、それがすべて人の共感を呼び起こす。「現象のぎりぎりの存在理由が、現象のぎりぎりの細部であるとはなんぴとも知るところで、 かくて極度の特殊化だけが、極度の一般化に有効にはたらきうるのです──フェルディナン・ド・ソシュール」(『沈黙するソシュール』より)2005/6/28のブログより
2005.06.29
自分自身ほどわからないものはありません。 自分が何をしたいのか、本当にわかっている人がどれほどいるでしょうか。学生に将来の希望を聞いてみると、「実は自分が何をしたいのか、よくわからない」という答えにしばしば出くわします。自分は何のために生まれてきたのか、という問いになれば、答えられる人はごくわずかでしょう。 ご飯が食べたいなどの生理的な欲求なら簡単にわかると思うかもしれませんが、それすらも怪しいことがあります。たとえば、では何を食べたいのかと深く追求してみれば、答えられないことが多いのです。「そばが食べたい」と思う人がいたとしても、その理由を聞いてみると、「ダイエット中だから」などという答えが返ってきたりします。だとすれば、その人は本当はそばが食べたいのではなく、ステーキが食べたいのを我慢しているだけなのかもしれないのです。また、将来の希望の職種として「公務員」を選ぶ人の中には、その理由として「経済的な安定」を挙げる人がかなりいます。ならば彼らは本当は公務員ではなく、他にやりたいことがあったのに、食べて行ける自信がなくて諦めてしまっただけなのではないでしょうか。いずれの場合も「本当にしたいこと」ではなくて、「しなければならないこと」を「したい」と言っているにすぎないのです。 一体、人はどうしてこうも、自分が何をしたいのかわからなくなってしまったのでしょう。それは人が常に何かを「しなければならない」という観念に支配されているからではないでしょうか。私たちは普通、幼いときから、「したい」ことよりも「すべき」ことを優先するほうが正しいと教えられてきました。だから、「すべき」ことをせずに「したい」ことをしようとするとき、多少なりとも罪悪感を感じずにはいられません。一般的に、「したい」ことを上手に我慢できる人は立派な人だと思われがちです。それ故人は、自分が「本当にしたい」ことを押し隠し、「しなければならない」ことを「したい」のだと自分自身に言い聞かせるようになってしまったのではないでしょうか。 けれども、「本当はしたくないのに、しなければならないこと」を無理にやっていると、心の奥で「本当にしたいこと」が反発を始めるようになります。その葛藤を押さえ付けなければならないため、「しなければならないこと」に全力投球することができません。エネルギーが分散されて、自分自身が分裂してしまいます。そうなると、いくら頑張ってもエネルギーを消耗するだけで、すべてが空回りするようになります。 つまり、自分が「本当にしたい」ことは、「しなければならない」ことで押し殺すことはできないのです。むしろ、抑圧すればするほど、自分の中で反発を起こし、ストレスを生み、ついには健康を害して、「しなければならない」ことさえもできなくなってしまうものなのです。真面目な人ほど「自分の努力が足りないのだ」と考えて自分を叱咤激励して頑張ってしまうので、さらに辛い窮地に追い込まれることになります。 人が「本当にしたいこと」をしているときは、そのような葛藤はありません。心の底からやりたいことをやっているわけですから、自分自身が分裂することもないし、心の迷いもありません。だから自分の全エネルギーを注ぐことができ、頑張った分だけ着実に成果が上がるので、やりがいと達成感が味わえます。それはとても幸せな生き方です。もちろん、「本当にしたいこと」をしていればすべてが順調なわけではありません。むしろ、たくさんの困難や恐怖に直面することでしょう。けれども、そのひとつひとつに真正面からぶつかっていけば、その都度自分が大きく成長していくのを感じることができます。「しなければならないこと」をしているときには、エネルギーがどんどん消耗していきますが、「本当にしたいこと」をしているときには、逆にますますエネルギーが湧いてくるものなのです。 人は自分の身の安全を守ろうとするときに「しなければならないこと」を選択しがちです。確かに、「しなければならないこと」を優先すれば、社会的な立場や経済的な安定は守れるかもしれません。「本当にしたいこと」を優先するのはある意味では大変危険な賭だと言えるでしょう。それは、実はとても勇気がいることなのです。けれども、もしも人生に行き詰まったなら、思い切ってやってみる価値があるのではないでしょうか。 人は本来、冒険するために生まれてきたのだから。 2003.9.30
2005.06.27
「自分さえ我慢すれば、大切な人の幸せは守られる」自分が本当にすべきことを行動に移す勇気がないとき、人は必ずこんな言い訳をして、問題の核心から逃げようとする。あなたが不幸なら、あなたの周りの人も幸せであるはずがない。一見幸せに見えたとしても、それはただの仮面でしかない。みんな何かを我慢しているだけだ。あなたが本当に幸せにならなければ、あなたの周りの人も決して幸せにはなれない。あなたが不幸に甘んじていれば、あなたの周りの人も必ず不幸になる。すべての人の幸せはつながっているのです。これは永遠に揺るがない真理です。だから、自分に嘘を付いて、幸せになることから逃げようとしていけません。あなたが幸せになることこそが、あなたの愛する人を幸せにできる唯一の方法なのだから。 (2005/6/11のブログより)
2005.06.26
「運命の人」「本当の相手」とはどんな人なのだろうか。そもそもそんな人は存在するのだろうか。もしも、誰にでも、蛤の貝殻の片割れのようなぴったりの相手が存在するとしたら、この世のすべての人が幸せになれるはずだし、恋愛に関するもめ事が起きるはずもありません。でも現実にはそのような争い事ばかりです。だから、「本当の相手」なんているわけがない、と思ってしまうのも無理ありません。けれども、私はここに断言します。あなにを100%幸せにしてくれる、あなたとぴったりの「本当の相手」は確実に存在します。(ただ、その人と調和して幸せになることは、実は決して容易なことではありません。)これから私は、「本当の相手」とはどんな人か。その人と調和するにはどうしたらいいかを、私の経験に基づいてお話ししたいと思います。どうか、皆さんすべてが、自分の「本当の相手」を見つけて幸せになれますように!それが私の心からの願いです。---------------------------------------------------------「本当の相手なんて、存在するんですか。そんな証拠がどこにありますか。」と質問されることがよくあります。そのときは私はいつもこう答えます。「あなたの存在自体が、その人が存在する証拠です。」と…「あなたは一つのエネルギー体です。それがこの世に存在するためには、あなたと正反対のエネルギーが存在していなければなりません。そうでなければ、この世はバランスを崩して崩壊してしまいます。」 まあ、こんな説明をされてもぴんと来ないかもしれません。そんな場合は「出逢ってみればわかります。」と言うしかありません。かく言う私も出逢う前には全くわかりませんでしたから… ともかく、「本当の相手」とは、一言で言えば「あなたと正反対のエネルギーを持っている人」です。陰と陽、プラスとマイナスのように、互いに完全に引き合う関係です。とてつもない引力を感じます。彼(彼女)はあなたにとって、限りなく魅力的な人です。 けれども、一方では、あなたにとって彼(彼女)は謎でもあります。自分と正反対なのですから、あなたの考え方では理解不能です。互いの考え方は全く正反対なので、妥協することができません。 はっきり言って、「本当の相手」は安全でも、無難でもありません。一番危険な存在です。あなたが自分の生き方や考え方に固執したり、自分の何かを守ろうとしたりしたら、必ず関係は悪化します。なぜなら「本当の相手」は、ありのままのあなた、無防備なあなた、身も心も裸のあなたに惹かれるのであって、あなたが、見栄、プライド、信念、思想、習慣などの殻をかぶり、それを守ろうとしてしまったら、あなたはいっぺんに魅力を失ってしまうからです。 また、「本当の相手」はあなたが社会的な地位に執着することも嫌います。「本当の相手」との出逢いは「社会を変革するエネルギー」を生むからです。あなたが自分の地位を守るために社会に合わせようしてそのエネルギーを抑えれば、二人の仲はたちまち破綻します。 それは「愛」そのものです。自分を守りはじめたら、人は不自由になり、エネルギーを失い、必ず不幸になります。今の社会もすべてが行き詰まっていて、突破口を必要としているでしょう?「本当の相手」はあなたを「未知への冒険」へと導き、社会を変革させようとします。自分と正反対の「本当の相手」を受け入れ、常に心を開いて冒険する人生を選べば、彼(彼女)は永遠に魅力を失わない最高の伴侶です。正反対、というのは、言い換えれば、完全に補い合えるということなのですから。 けれども、もしも自分を守る、つまり裸の自分自身ではなく、自分の殻を大切にする偽りの人生を選んでしまったら、「本当の相手」とは決してやっていけません。「本当の相手」はぴったりであるからこそ、偽りとは全く相容れないのです。「偽りの人生」を選びたいのだったら、偽物の相手を選んだ方がはるかに無難です! 「本当の相手」は、最後にあなたの見えない殻を壊しにかかります。あなたとあまりにも一体になっていて、殻であるとすら気づかない習慣、今までずっと信じてきた信念、当たり前のように受け入れてきた社会制度、等々。それはあなたにとって、恐怖であるに違いありません。そのとき、あなたはこう迫られるはずです。「今までの生き方のすべてを捨てて彼(彼女)を選ぶか。それとも、今までの生き方を守って永遠に彼(彼女)を失うか。」 陰と陽、プラスとマイナスが一つになれば、両方とも消滅してしまいます。そうです。ある意味で、自分が無くなってしまう覚悟。死んでしまう覚悟がなければ、「本当の相手」と真に出逢うことはできません。そのときあなたならどうしますか。 二人で未知の冒険の旅に出る覚悟を決めますか。 それとも… 「本当の相手」はあなたの存在の証です。 あなたを心の底から幸せにするエネルギーを注いでくれます。 あなたの未知なる冒険の永遠の伴侶です。 どうか、すべての人がこの素晴らしい存在と共に生きることができますように。(2005/3/31のブログより)
2005.06.25
法律や罰則や脅しで人を縛る時代は終わりを告げた。 いくら隠そうとしても真実は明らかになり、嘘は暴露される。 もう誰も本音を隠すことはできない。 自分を守ろうと躍起になる人々はますます攻撃されて追いつめられるが、 覚悟を決めて裸の自分をさらす人は不思議と守られて 決して傷つくことはない。 だから心配いらないよ。 自分を守ろうとさえしなければ、誰もあなたを攻撃できないのだから。 すべてが明らかになれば、すべての答えがそこにある。 あなたは必ず許される。
2005.06.22
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