2006年04月01日
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類


 内容については「西南戦争」の西郷隆盛をモデルに原作が書かれていることは知っていたので、おおよその予想はついたが、やはり異国の地で自国に関する歴史がまたさらに他国の人たちの視線から描かれるというのは、かなり奇妙な感じであった。
 映画の中では、滅び行く日本の侍がアメリカのインディアンに重ね合わせられており、それによって果たしてきちんと日本の歴史が描かれるのかどうか疑問であったが、やはり描き方はかなり浅く、またストーリーの展開もやや単純であった。トムクルーズ演じる南北戦争の英雄・アメリカ騎兵隊のオールグレン大尉は、近代化を目指す日本政府に軍隊の教官として招かれるが、初めて侍と戦いを交えた日に捕虜となり、ラストサムライである勝元に助けられ、彼との交流の中で、サムライの魂に触れ、その武士道に共感していくのである。
 まず日本人が外国映画で描かれる自画像を見るとき、常に違和感を感じてきた。それは同時に外国人が日本に対して感じている違和感の表現でもあるのだ。
しかしこの映画では映像の美しさの中に、日本の生活習慣がよく描かれていたように思う。茶道や能、忍者、農村、桜、天皇、お寺などかなり観光用映画という印象も一方で受けたが、しかし比較的日本人の視線に近いところで日本人を描いていたように思う。
 ウィーンの観客の関心は、もちろん異文化としての日本である。彼らはトムクルーズと同じ視線からこの映画を興味深く見ていたはずである。時々あちこちから映画館で笑いが起こったが、例えばトムクルーズが日本の着物を初めて着て、ぎこちなく歩く場面であったが、おそらくヨーロッパ人の多くが経験するであろうことを、トムクルーズが体現して見せたため、その滑稽さ・ぎこちなさ・こわばりに対して笑いが起きたのである。また映画の中ではかなり日本語のせりふがあったが、ドイツ語(字幕)ではきちんと訳されておらず、そのニュアンスはあまりうまく伝わっていないような気がした。
 確かに勝元を演じた渡辺謙はなかなか好演であり、トムクルーズをも凌ぐほどの存在感を示していた。というか、トムクルーズの演技が今一歩陰影に欠けるところがあった。やはりアメリカ的な物語の中では別に違和感はないのであるが、日本文化に触れたとき、単なる異人さんになってしまい、何か彼の持つ内面が見えてこないところが、残念であった。つまりお決まりストーリーを越える何かが彼によって表現されなかったことが残念である。ただ噂通りさすがに格闘シーンはよく練られており、見応えはあった。最後一人だけトムクルーズが生き残るのはどうかとは思ったが。ちょっとリアリティを考えて欲しい・・。それに最後の戦闘シーンであるが、外国人には敵の人間(勝元)に礼を尽くすのは、やはり時代背景抜きには理解できないと思う。時代背景の説明というか説得力が薄っぺらで、ちょうど横浜のコンピュータグラフィックがややちかったのと同様に、映画の厚みの無さをどうしても感じてしまう映画ではあった。
 真田広之はなかなか精悍であったが、先日見たLost in Translation同様に、最近の日本を描いた映画は、それほど違和感なく見られるようになったのが、救いである。入場料7.5ユーロ。(22.1.2004)





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2006年04月05日 15時57分37秒


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: