2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
2012
全25件 (25件中 1-25件目)
1
まだ家出中だった岩崎くんをうちに泊めてあげることになった。酔っぱらっていい気分のあたし達は、総武線の黄色い電車に乗り込んだ。休日で空いている車内。長椅子にのびていた酔っぱらいを同じく酔っぱらいの岩崎くんが「イスを占拠するなー。」とどついた。ドキドキして、「・・・やめなよ~」っと言ったら「大丈夫だよ、どうせ覚えてないさ。」と平然としてる。酔っぱらいは寝ぼけて起き上がったが、意識がハッキリしないようで、今度は座ったままうつらうつらしていた。阿佐ケ谷で降りた。横断歩道で信号が変わるのを待っているとき、彼がいきなりキスしてきた。「ひろちゃん、こういうの嫌い?」「いや、近所だからちょっとはずかしくて・・・。」うちは風呂無しなので、まずは銭湯に行った。
2005.11.30
コメント(0)
「えっ?・・・なんでだよ。」「だって、こないだボゾっ、言ってたじゃん。 『・・・これで、オレに付き合って3年の彼女がいるって言ったら 引くんだろうな・・・。』って。」そのときは酔ってて聞き流してしまったけれど、後から考えてみたら(彼女のいない人はそんなこと言わないよな・・・)って、ハッと気づいたのだ。岩崎くんは白状した。「・・・あぁ、実はいるんだ。」…その頃、まだあたしは彼のことがとても気になってはいたけれど恋人にしてほしいとか、それほどには思っていなかったので、彼女のことをいろいろ聞いたりした。以前『ハレルヤ』の調理場で一緒に働いていた娘で、来年あたりに結婚の約束をしていること。最初は彼女が彼にゾッコンだったけど、いまは岩崎くんのほうが惚れているらしいこと。当時、彼には付き合っている子がいたけれど、酔わせて自分のことが好きなことを告白させてしまい、浮気から始まったこと。今は銀座にある、若い女性に人気の日本料理店『風花』でホールの仕事をしていること。名前は「ゆかちゃん」と言って、同い年なこと。彼女にとっては、彼が初めての男らしいこと。・・・そういうことを、楽しそうに話していた。(‥3ケタのくせに、彼女のことはフツウに愛しちゃってるみたいだな。)そう思った。
2005.11.29
コメント(0)
4月に入り、新入社員の歓迎会やなんかで『ハレルヤ』はにぎわっていた。裏階段を降りた、目の前が調理場の入り口なので、2階でドリンクを作っているときなど、フライドポテトを揚げている岩崎くんの長靴とか腰から下の辺りがよく見えた。彼は伝票を読み上げるのが好きだった。オーダーを私たちが送信すると調理場に伝票が出てきてそれを近くにいる誰かが読み上げるしくみになっていた。彼はよく通る大きな声なので、自分の打ったオーダーが間違いなかったかどうかその声を聞いて確認できるほどだった。ある日の帰り、いつものようにロッカー前でタバコをふかしている岩崎くんに軽めに、「また、飲みに行きましょう。」と言ってみた。「オレいま金ないからな・・・。ひろちゃんがたて替えてくれるなら、今日でもいいぞ。」「うーん・・・。2人で6千円くらいならいいですけど、どうしよう。」「じゃあ、やっすい居酒屋なら大丈夫じゃない?」「うーん、・・・じゃあ、今日行きますか?」岩崎くんにあわせて丸ノ内線に乗ることにした。新宿方面にむかう電車はとても空いていた。「すごい空いてるね!休日だから?」「いや、いつもこんなもんだ。 座れないことは、まずないな。 銀座や赤坂見附でたくさん乗り込んでくるけどな。」「そうなんだ?知らなかった。」その夜は手頃に「村さ来」に行った。彼は生ビールを注文し、わたしはグレープフルーツサワーにした。・・・やっぱり彼と飲んでると、どんどん楽しくなっていった。彼の隣に居ると、それだけでなぜか明るい気持ちになって、常識とか、世間体とか、社会的地位とか、お金とか、そういうことから解き放たれた。ただこの時を満喫できるようになるのだ。「岩崎くんと居るのは、すごくラクだなぁ。」「ドキっとするじゃねぇか。・・・おれもなんだかラクなんだよな。」わたしのその感覚が一方的なものではいらしくてとてもうれしかった。また、イタリアに行ったときの話を聞いた。中国人と間違えられて警察に尋問されたこと、行きは安いチケットでたくさん乗り継いでクッションの悪い元軍用機にも乗ったこと、本場の料理は大雑把だけど美味しかったことなどを楽しそうに話した。前回の話と、ズレたところはなかったので、あぁ、ウソではなかったみたいだな・・・と思った。そして、ちょっとこころにひっかかっていたことを聞いてみた。「・・・岩崎くん、本当は彼女いるんでしょ。」
2005.11.28
コメント(0)
ロッカーの前で岩崎くんと話しているところを着替え終わって出てきた清水さんに見られてしまった。清水さんは、「!?」という表情をしたが、「お疲れさま。」と通り過ぎて行った。次の週、清水さんと一緒に2階を担当した。2階は2人で回さなければいけないので組む相手は、とても重要だ。私は、「誰と2階やりたい?」と聞かれれば、もちろん「清水さん。」に決まっていた。彼は、何も言わないけれど他の人の動きを非常に良く見ていて、うっかりすると見逃してしまうくらいのさりげなさでフォローしてくれる。その点で、『ハレルヤ』の他のメンバーの追随を許さなかった。わたしも清水さんみたいに仕事ができるようにないたいとがんばってはみたが、他のメンバーやお客さんへの観察力などは、彼の才能や性質のなせる技だと思った。「岩崎と仲良いの?」水割りを作りながら、清水さんは言った。「何回か一緒に帰ったくらいですね。」「あいつの噂とか、聞いたことない?」「や、特にないですけど・・・」「・・・」…清水さんは、はっきりとは言わなかったがどうやら、私が『ハレルヤ』に入る以前に、ホールの女の子、何人にも手を出しちゃったらしい。また、『そういう仕事をしていた』と、本人も言っていたが、そのことについても清水さんは知っていたのかもしれない。清水さんは1人の女性を大切にしたいタイプだから、次から次へ女の子に手を出しちゃう岩崎くんに嫌悪感を持っていても不思議はない。水と油くらい違う2人だった。
2005.11.27
コメント(0)
いくら2人で飲んで楽しかったとはいえ、ラブホにも行ってしまったとはいえ、まだ1度しか遊んだことのない人を泊める気にはならなかった。豪邸に住んでいるならいざ知らず、築30年のワンルームだし。「うち、狭くて古いし、風呂も無いからダメだよ…。」・・本当に風呂なしで銭湯通いをしてた。「でもなんで?家に帰らないの?」「おふくろと大喧嘩しちまったんだ。そうしたら『出てけ!』って言われてさ。家賃払ってるのオレなのになんで出てかなきゃならないんだ?と思ったけどな。・・・もう5日くらい帰ってない。」岩崎くんは、お母さんと2人暮らしで、数年前、お母さんが足を悪くして仕事に出れなくなって以来、2人分の生活費を、岩崎くんがまかなっているのだった。「・・・う~ん、部屋がたくさんあればいいんだけどね。ごめんね~。」岩崎くんは、困り果ててもいないようすで、昨日泊めてもらった友達にまた頼み込んでみると言う。ホッとしたけれど、せっかくの彼の頼みを断ってしまうことに、心残りを感じた。どこかにつながりを求めていた。
2005.11.26
コメント(2)
2人で飲みに行ったのが楽しかったと伝えてしまったので、岩崎くんは、『あいつ、オレに気があるぜ。』といい気持ちになったのかも知れない。ある日、まかないを食べ終わってカウンターで食器を片付けて、視線を感じた。少々アルコールの入った岩崎くんが、デシャップ(調理場から料理が出てくるところ)に斜めに寄りかかって、街でオンナをナンパするときのような、攻撃的な目で見ていた。(なんなんだ?)と思ったが、調理場の人達がみんな引き上げていくと彼も一緒にいなくなった。着替えを終えて、男子ロッカー前の椅子でタバコを吸っている彼の前を、「お疲れさまです。」と通り過ぎようとしたとき、「・・・行っちまうのかよ。ここ座ってけよ。」と話しかけてきた。仕事中に個人的にしゃべる機会がぜんぜんなかったので、内心接点を欲していたので、「・・・なに?」と、隣に座った。そうしたら、『・・・今夜、泊めてくれない?』と言うではないか・・・。
2005.11.25
コメント(0)
2階の夜の準備をしていたら、製氷機の氷をとりにきた岩崎さんと、ばったり顔をあわせてしまった。「こないだのお金、私も払います。いくらでしたか?」と聞いた。「いいよいいよ、大丈夫。」そう言うので、「また飲みにつれてってください!」と、明るく言ってみた。「・・・機会があればなぁ。」と、バツの悪そうな顔をして彼は言い、階段を降りて行った。ホテルに連れ込んだこと後悔してるんだろうか?自分から強引に誘ったくせに。3ケタなんだから、今までそんなことたくさんしてきてるはずではないか。なんでそんな顔するのかわからなかった。その日の帰り、着替え終わってロッカー室を出て、通路で岩崎さんが来るのを待っていた。彼はいつも白いズボンの裾を白い長靴の中にいれている。そして黒い斜めがけのカバンを下げているので、ガタイはまったく大人の男なのに、幼稚園児のような出で立ちだ。いつものように、仕事が終わった開放感とまかないビールで、ホロ酔いだ。「ありがとうございました。」とりあえず、5千円くらい渡した。2人でいるところを調理場の人達に見られたら困ると思ったのか、辺りを見回しながら、「そんなのいいよ!大丈夫だからさぁ。」と言った。「‥でも、楽しく飲ませていただいたので。」昼間のやり取りで、ホテルでのHのことを『つれていってください』と言っていると受けたられたのでは‥と心配だったので、どうしても、過ごした時間すべてがこのうえなく楽しいかったことを伝えたかった。「・・・そうか?じゃあ、オレも今月余裕ないから すまねぇな。」そう言って財布にしまった。自覚はなかったけれど、このときはもう、あたしのココロに火がついていたのだ。
2005.11.24
コメント(0)
朝になり、岩崎さんは二日酔いなのか、ちょっと具合わるそうだったが、彼はその日も仕事だったので、3丁目の駅で別れた。・・・不思議な気持ちだった。行為がうまくいかなくてショックだったのに、体の中のエネルギーの流れが良くなっている感じがした。それに、岩崎さんの背中や腰のあたりには既視感があった。肌触りも、なぜか親しいものを感じていた。親しい友人と旅行にいってもけっこう疲れてしまうタイプなのに、彼とは、同じ部屋で一晩2人きりだったのにひとかけらも疲れていなかった。むしろ彼のとなりでは、自由を感じていた。まだ良く知らない相手なのに。どうやら遊び人みたいなのに・・・。
2005.11.23
コメント(0)
「ここは安くてそこそこいい部屋あるんだ。」彼はラブホテルにもくわしいようだった。『光る絵のシェモア』。初めて入るラブホテルはそういう名前だった。未知の領域へ足を踏み入れるのかと思うと、ドキドキした。部屋の壁には、蛍光塗料で男女や神話の動物や星空などが描いてあって、電気を消すと、それらは青白く光った。岩崎さんはあたしの失恋話を聞き出そうとせず、でも、自ら話す気にもならなかったので、なんとなくベッドに座った。岩崎さんはゆっくりと腕を回してきて、あたしたちはベッドに横になった。経験の少ないあたしは、岩崎さんのリードにしたがった。彼は、女性の扱いに慣れていた。当たりもやわらかく、全くイヤな気分にさせなかった。何回か試みたけれど、あたしの身体の緊張がとれなくて、結局うまくいかなかった。「あんまり無理しない方がいいよ。」そう言って、すぐに行為を止めてくれた。初めて男の人と付き合ったときもなかなかうまくいかなくて、それ以来ずっと苦手意識を持っていた。でも、今日もダメだった。彼はすぐに眠りに落ちていったが、あたしは、なかなか眠れなかった。
2005.11.22
コメント(2)
「…最初の店を辞めた後、しばらくヨーロッパのほうにでかけたんだ。」「ほんとですか~!?すごいですね!どこの国に行ったんですか?」「最初はイギリスとかフランスとか見て回ったんだけど、お金がなくなって帰れなくなってな・・・イタリアにいる知り合いのとこに行ったら、働くとこを紹介されたんだ。で、チーズで有名なゴルゴンゾーラって街の近くで半年くらい働いたんだ。」「すごいですね!じゃあ、本場のパスタとかピッツァとか作ってたんですか?」「まぁな。でもパスタとかは前菜みたいなもんだからな。イタリア人は、ニンニクもみじん切りなんかしないで、包丁でぶっつぶすだけだし、カルボラーナもパンチェッタと黄身だけで大雑把なんだけど、これが美味いんだよな。」なんだか岩崎さんからはヨーロッパの匂いは感じられなかったので、(ほんとかよ?!)と疑っていたが、まぁ、お酒も入ってることだし素直に聞いておくことにした。岩崎さんは、顔が赤くなるタイプではないようで、ジンやバーボンをストレートで飲んでいたけれど、どれくらい酔っているのかわからなかった。けれど、時刻が深夜3時を過ぎた頃から、目の焦点がちょっとズレてきたようだった。それに、「もっとこっち寄りなよ。」と腰に手を回してきた。それまで、こんなのは初めてというくらいめちゃくちゃ楽しい時間を過ごさせてもらってたので、なんだかすんなりその手を受け入れてしまった。私も、振られて間もなかったし、誰かのぬくもりを感じたい気持ちもあった。始発の出る時刻を過ぎたので、店を出ることにした。そうしたら、お店の前の踊り場で、岩崎さんにいきなりキスされた。(ディープキスは学生時代以来だなぁ…。)などとココロの中で思っていた。「2人になれる場所にいこうよ。」「え…、始発で帰りますよー。それにあたし、振られたばっかりだからそういう気分ではないんです。」「いいじゃない。その話聞くからさ。まだ帰るのよそうよ。」…そういって抱きついている岩崎さんの腕は簡単に振りほどけないほどの強さだった。これが、まったく知らない行きずりの人だったら何が何でも振りほどいて帰るだろう。けれど、岩崎さんとの飲みはこのうえなく楽しかったし職場の人だから、悪いことはされないだろうと思って、しかも、「うん」と言わないと放してくれないようなのでとりあえず、ついて行くことにした。「…ひろちゃんは、いままで何人くらいの男の人と寝たことあるの?」「…片手でおさまっちゃうくらい。岩崎さんは?」「・・・・・・」「20人くらい?」「・・・・・・」「‥えっ、もしかして3桁?!」「・・・昔そういう仕事してたことがあるんだ。 …素人は60人くらいな。」(そういう仕事って、どういう仕事よ?)なんとなく聞いてみたけど、詳しくは話してくれなかった。「でも、失恋したばっかだから……。話を聞いてくれるんでしょう?」
2005.11.22
コメント(0)
岩崎さんは新宿育ちなので、飲み屋街は勝手知ったる『オレの庭』のようだった。「どこに行こうかな。」と言いながら行きつけの『Clarks Dale』というショットバーに連れて行ってくれた。薄暗い、カウンターとテーブル席が2~3しかない店内には大音量で音楽がかかっていた。「・・・いつから今の仕事してるんですか?」「8年くらい前からかな。最初は新宿店にいたんだけどその店がなくなって、池袋店に移って、そのあと今のとこに5年くらいかな。」「へぇ。じゃ、その前はなにしてたんですか?」「‥‥オレも最初はホールだったんだ。高校時代にバイトで入った店にそのまま就職してな。人が足りないからって調理手伝うようになっていつのまにかそっちが本職になっちまったんだ。」「今は別れちゃったけど、前のオヤジがうまいもの食べに行くの好きでさ、だから今こんな仕事してるんだろうな。でもぜんぜんイヤにならないし、…天職だな。」自分の今の仕事を『天職だな』と言える岩崎さんにとても好感を持った。それにこの人は、他人のことを悪く言わないし、グチも言わない。楽しく時間を過ごす方法を知っている人だと思った。「ひろちゃんは、ゆっくり飲みなー。」わたしはお酒が強くないので岩崎さんは、そう言ってくれ、「オールドグランダット」を注文した。
2005.11.21
コメント(0)
気を取り直してその日の仕事を終え、ロッカー室へむかって歩いていると50メートルほど前に岩崎さんが見えた。一瞬、屋外を通るところがあるので、雨が降ってはいないか、空に向かって手をかざしていたのだった。彼は、『ハレルヤ』の中ではもっとも長身で、痩せていた。そのせいか、空に手をかざしている姿がなんだか目に焼き付いた。急ぎ足で近づいて「雨、降ってるんですか。」と聞いてみた。「いや、降ってないみたいだな。」「じゃ、お疲れさまです。」「お疲れさん。」ロッカー室の前で普通に別れた。いつものように中央線下り1号車で発車を待っていると、岩崎さんが現れた。イヤなことのあった日なので、1人で電車に乗っているより、岩崎さんとしゃべっていれば、気がまぎれて良いなと思った。2人とも、まだ仕事が終わった開放感に浸っていたし、彼は、まかないのときたいていビールを飲んでホロ酔いだ。『ハレルヤ』の人達の話とか、趣味の話とか、他愛ないことをしゃべった。(そうだ、彼が中央線に乗るときは飲みに行くときだって言ってたっけ。)「・・・あたしも飲みに行っちゃおうかな。」もうすぐ新宿駅に到着するとき、あたしは言った。「そう!?ひろちゃんも飲みにいく?」わたしの名字『広田』を縮めて、彼は呼んだ。2人で新宿で電車を降りた。それが永い夜の始まりだった。
2005.11.20
コメント(0)
3月のある日常連の磯野さんという人が、会社の仲間と飲みにきていた。磯野さんは、よく来てたくさん注文してくれるが、横柄な態度でいちゃもんをつけたり、かと思えばご機嫌だったり、どう対応してよいのか悩む、我々店員にとっては嫌な客だった。私が生ビールの小を3つ頼まれて、持って行くと、「5つって言ったろう。まぁいいや早くここ置けよ」と、わけのわからないケチをつけられた。「確かに3つって言われたのに・・・」と思いながら、他の仕事をしてお刺身の醤油皿を持って行くのが遅くなったら「なにやってんだよ~!やる気あるのかよ。馬鹿にしてるのか?」などと怒鳴られ、どうにも納得がいかず、裏に走って行って泣いてしまった。…年上の清水さんや石田さんからは、あたらずさわらずな、めんどうにかかわりたくないような視線を感じて私は、とてもひとりぼっちの気持ちになった。・・・そのとき、ふと調理場が視界に入った。すると、岩崎さんが心配そうにこちらを見ていた。彼がそんな顔をしてくれるのはとても意外で、でもそのときあたしは、とても救われたのだ。
2005.11.19
コメント(0)
藤森さんは、性格も仕事もマイペースな女の子で、しかも彼氏がいるのに清水さんとイチャイチャしているわけで、さらに、清水さんの働きの分をカバーできる訳もなくわたしは非常に腹立たしい日々を送っていた。休みで遊びに出かけているときまで怒り心頭だった。そんなある日、藤森さんからメールが来た。なんだろう!?わたしが清水さんに告白したことがバレたのだろうか!?などと、いろんな考えがめぐった。でも、違った。藤森さんは、3月いっぱいで会社を辞めるのだという。父親の具合がよくないので埼玉の実家の方へ戻るそうだ。‥‥‥あぁ、状況は刻々と変化していくものだなぁと思った。清水さんは律儀で甘いもの好きなので、ホワイトデーには全員で食べるようにケーキを買ってきてくれた。今回は、大丸にある『ヴィタメール』というお店のものだ。今は、日本橋高島屋や新宿小田急にもできたが、そのときは東京では大丸にしか入っていないケーキショップだ。『チョコくれた人達は2つ食べていいよ!』と言われたので、昼休みとまかないの時間に1つずつ食べた。フルーツ系もおいしかったが『ヴィタメール』はチョコレートに力が入っているらしくチョコレートケーキがとてもおいしかった。特に店の名前がついた“ヴィタメール”というケーキが非常に美味しくて、自分でも買いに行こうと思った。
2005.11.19
コメント(0)
思えば今年に入って藤森さんと清水さんが並んでしゃべっていることが増えていた。閉店後のまかないのときも藤森さんは率先して清水さんの向かいの席をキープし、清水さんにむかってばかり話しかけたりして、聞いている清水さんも、楽しそうでまんざらでもないようだ。・・・だんだんわかってきた。わたしがちょうど、体調を崩して10日ほど休んでいた間になにかあった。2人はきっと、ヤっちゃったんだと。だから去年に比べ、清水さんの視線がどこか違うところを見ているような印象を受けたのだ。告白するタイミングはハズレだった。彼は藤森さんと盛り上がっている最中なのだ!しかし、藤森さんには彼氏がいたし、彼氏が大好きなのは変わらないみたいだった。でも、彼女は楽しければ浮気も平気そうな、そんな雰囲気の女の子だった。水仕事ばかりだけど頑張っていた私たちはガラにもなくユルんだ表情みせる清水さんにだんだん苛立ってきた。しかし、みんなは「手はもう治ったのか」と聞きたくても年上で、デリケートなところのある清水さんには言い出せないでいた。なので、カウンターで必死に洗い物を片付けている目の前でイチャつかれて切れそうになった勢いで、私は言った。「もう、手は治ったんじゃないんですか?」乗り気でなさそうだったが、清水さんはカウンターと2階の復帰が決まった。
2005.11.18
コメント(1)
清水さんは、先日の手の怪我で7針くらい縫っていて、完治するまで水仕事はできなかった。『ハレルヤ』の1階は、ホールメンバーのうち一人がカウンターに入り、お酒や喫茶メニューを作ったりグラスを洗うのをまとめてやってた。そして2階は、2人のホールがそれぞれ自分が注文を受けた飲み物を自分で作って出し、グラスは、ヒマをみてどちらかが洗い、もう一方がホールを守るというスタイルでやっていた。なので、清水さんが水仕事をしないですむには1階のホールをやるしかなかった。けれど、カウンターや2階が出来るメンバーは、清水さん以外に、私も含め3人くらいしかいなかった。だから我々は清水さんの手が復活するまで2階とカウンターばかりやり続けることになった。はじめは良かった。みんな、清水さんがタイヘンなときだからと気合いを入れて仕事をしていた。しかし、もうそろそろ治ったはずの清水さんが1年目の社員、藤森さんとイチャつくのが目に余るようになってきた。
2005.11.18
コメント(0)
飲食業界は2月と8月は売り込みが落ち込むものなのだそうだ。だから、お客さんも少なく、お店はのどかに営業していた。でも、わたしはのどかではなかった。ひそかに、着々と、準備をしていた。・・・なにのかと言うと、バレンタインの準備である。毎年、特別渡したい人がいなくても学校や職場のみんなに配るためにトリュフを作っていたのでチョコには多少自信があった。東急ハンズでクーベルチュールのチョコレートやラッピング用品を買った。勇気が出るかわからないけどとりあえず、作るだけは作った。このバレンタインに便乗しなければ、告白できずに終わってしまいそうな気がしてまだ手を怪我して日が経っていなくて悪いかなと思いつつも、清水さんにメールした。駅近くのカフェでお茶をしながら、最初はなにげない話をしていた。でも、時間もどんどんなくなっていく。勇気をかきあつめてチョコレートを手にとった。「わたしと付き合いませんか。」・・・なんとか言えた。
2005.11.17
コメント(0)
新年。暮れに体調を崩したので、正月休みとあわせて10日間ほど休みを取らせてもらい、久しぶりの『ハレルヤ』に行った。正月明けでお客さんも少なく、淡々とおだやかな空気が流れていた。・・・ふと調理場をのぞくと、今日も岩崎さんの姿が見えない。どうしたんだろう?と思っていたら、どうもウワサでは、ミレナリオ中に目が回るほどいそがしいのに働かない調理場のチーフに、仕事をするように言ったらキレられて『クビ』と言われたらしい。せっかく少ししゃべれるようになったのにな、と思った。清水さんは、相変わらずクールで、仕事が速かった。それに最近なんだか藤森さんとよくしゃべっている。藤森さんは、とても明るくて常に場を盛り上げようとする、ディズニー大好きないまどきの女の子だった。私は、彼女の家に遊びに行ったこともあって仲は良いほうだった。4~5日して岩崎さんが復活した。総務課の人とチーフと3者で話し合いになって、岩崎さんは、急に辞めさせるならと1ヶ月分の給料を請求し、総務の人は、チーフに、あなたには人事権はないのだから勝手に辞めさせられなのだとたしなめたらしい。ある日、わたしは梶原さんと夜の2階を担当していたら、清水さんが手を押さえて上ってきた。1階でカウンターを担当していて、洗っていたグラスが割れて切ったらしい。「だいじょうぶだよ」と強がって言うが、休んでいればどうにかなる出血量ではないように見える。オロオロしていたら、副店長が上ってきてタオルで止血をした。そして、レジにいた大塚さんに救急車を呼ぶように言った。まもなくサイレンが聞こえてきて、清水さんは病院へ行った。清水さんはいちばん仕事ができてみんなを助けてくれることも多かったのでみんなから一目おかれていた。だが、夏に病気で長期入院して以来、体調がすぐれないことも多く、みんな心配していた。それなのに、またこんな怪我をしてしまって・・・。
2005.11.17
コメント(0)
『ハレルヤ』は奥半分が2階建ての構造になっていて、いつもはランチタイムと夜の込み合う時間だけ、2階を使っていた。普段は平日夜6時以降は喫茶メニューをやっていないのだが、ミレナリオ期間だけはケーキセットやクリームソーダ、カレーなどの食事のメニューも受けることになっていた。・・・これがクセものなのだ。ビールや水割りを作りながら、コーヒーや紅茶、クリームソーダやあんみつを作りに1階へも行かなくてははならない。次から次へとお客さんに呼ばれるのをなんとか振り切り、階段を駆け下りまた上り、一瞬も動きを止めることなく駆け回っていた。それでも、まだ入り口にお客さんが並んでいる・・・。・・・そんな日々を1週間ほど続けていたら、大晦日に過呼吸と胃痛で動けなくなった。一緒に頑張ってる人達に申し訳ないと思いつつもしかたなく早退させてもらった。精神的にも追いつめられてた。・・・そして年は暮れてしまった。
2005.11.16
コメント(0)
12月24日。・・・と言っても、恋人もいないので、仕事を入れていた。イブは、東京駅のお店で働いている我々にとっては、嵐の前のつかの間の楽しみでもあった。「あたしも一緒にとりにいきますよ。」といつもより2時間ほど早く駅に到着して清水さんと一緒に日本橋高島屋にケーキを受け取りに行った。高島屋の地下フロアを回って3つ受け取り終えたら、「つきあってくれたお礼に買ってあげるよ」と言って、高級カレーなどで有名な『赤トンボ』のおすすめのサンドイッチを買ってくれた。清水さんは以前、赤坂にあるお店で働いていたことがあるそうだ。サンドイッチはかなり小ぶりなのにけっこうなお値段で、高いと思ったけれど、とても美味しかった。『ハレルヤ』は朝から夜まで営業しているレストランなので、そろってはケーキを食べられなかったけれど、交代で休憩中に食べるだけでもみんなクリスマス気分を楽しんでいた。・・・これから大晦日まで、丸の内で“東京ミレナリオ”が開催されるため、戦場のような忙しさをむかえうたなくてはならない。先輩達から、うわさは聞いていたけどわたしはその年、経験するのがはじめてだった。
2005.11.16
コメント(0)
有馬記念を来週にひかえた中山競馬場は、祭りの前の静けさ、というかG1レースのない週の、のどかな混み具合だった。学生時代、オグリキャップを見て競馬にハマりトウカイテイオーのファンになり、競馬雑誌を読んだり、競馬場にも何回か行ったことはあったが、最近は、テレビでときどき見る程度だったので、パドックで良さそうな馬をみつけたりあとは直感で馬券を買った。清水さんは、毎週真剣に競馬新聞を読んで真剣に馬券を買っていたタイプなのでもちろんその日も儲ける意欲で買っていた。でも、その日の清水さんは、どうもかなり体調が悪かったらしく、さらに馬券の調子も良くなくて、「はぁ~っ」と、いうため息を、何回もついていた。わたしは2回当たり、結果としてはプラス500円くらいで、とんとんな感じだった。あとでわかったことだが、やはり清水さんはとても体調が悪くて、でも無理してくれちゃったようだった。清水さんはその夏に病気で2ヶ月ほど入院していた。それ以前は、月に300時間近く働いていたがそれ以後は、働きたくても、疲れやすくなり、体調を崩すことも多かった。『ハレルヤ』は、ホールの女の子はもちろん、男の人も甘いもの好きが多い人達だったので、クリスマスにはみんなで有名ショップのケーキを注文しよう!という話になった。いつもは全く仕切るタイプではない清水さんがそのイベントは率先して進めていた。清水さんは、好き嫌いがとても激しかったが、そんな清水さんが「おいしいよ」といってときどき買ってきてくれるケーキは本当に、すごくおいしかった。チラシをもってきてみんなでどれを注文するか多数決をとり、生クリーム系、チョコレート系、チーズ系と3タイプを1つずつ、しかも違うケーキショップのものを注文した。
2005.11.15
コメント(0)
そんなふうに、あたしはひそかに清水さんに恋する日々を送っていた。『思っていたよりはさわやかな感じの人だな』岩崎さんにそんな印象を持って、新宿駅で「じゃあ、おつかれさまです。」と、人の波に消えて行った岩崎さんを見送った。12月、以前から清水さんと約束していた競馬場に行くことになった!「もしあれだったら、藤森さんも興味ありそうだから誘ってみたら。」などと清水さんは言っていたがわたしはもちろん2人だけで行けたほうが嬉しいので自ら他の人を誘うことはしなかった。『ハレルヤ』で働いている男の人達には、けっこう競馬をやる人が多かった。だから、土日は手が空くと競馬新聞をチェックしたりそわそわする人が多かった。東京駅の待ち合わせ場所に行くと清水さんはもういた。約束の時間より早く到着していないと心配なタイプだと自分のことを言っていたので、5分や10分はよく遅れるわたしは必死で時間通りに到着した。清水さんはクールだけれど男女関係は真面目そうな人だったので女の人とデートするのに緊張しているようなそんな雰囲気をかもしだしていた。
2005.11.14
コメント(0)
キング・クリムゾンやエリック・クラプトンとか70年代のロックが好きだと話してくれた。電車のドアを背に話す岩崎さんは、いままで仕事場やロッカー室の外でタバコをふかしているちょっと不良っぽい印象とは違って、少年のような緊張感をときどきかいまみせていた。『あぁ、こんな美人でもないし色気もない私に興味もってくれたんだな』って男女の関係に疎いあたしにもそれはわかった。「・・・彼氏は、いるの?」岩崎さんは言った。「いません。・・・岩崎さんは?」「今はいないよ。」・・・その頃、私には好きな人がいた。同じ『ハレルヤ』のホールで働いている清水さんという、一つ年上の人だ。清水さんは、さりげないのにとても仕事が早くて、みんなに頼りにされてた。だから清水さんの仕事ぶりを手本にしていたし、飲食店で働くのが初めてだったわたしは、ピンチのときに何度も清水さんに助けてもらった。そういう毎日を送っているうちに気づいたら好きになっていた。清水さんは小柄で、心の内をあまり語らないタイプで、お酒は飲めないけどタバコが好きで、でも、甘いものは大好きだった。そして愛嬌のある口元が魅力的だった。
2005.11.13
コメント(1)
たいてい帰りは23:50東京発中央線快速に乗っていた。その日も混雑を避けて1号車あたりに乗り込んで、閉まっている側のドアに寄りかかって発車を待っていると、岩崎さんがやってきた。「中央線なんですか!?」「いや、いつもは丸ノ内線だけど、 今日は新宿で飲んでくから、そういうときは中央線に 乗るんだ。」「へぇ・・・じゃ家はどこなんですか?」「新宿3丁目。」「新宿3丁目!?伊勢丹とかあるとこですよね? そんなとこに住んでる人がいるんですね?」「20分ぐらい歩くけどな。」 ・・・・・・・「・・広田さん、学生?」「いや、もうそんな歳ではないんですけど、ちょっと学校には 通ってます。」「へぇ、何やってるの?」「・・絵を習ってるんですよ。」「やっぱり、なんかそんな感じしたんだ」「・・・なんでですか!?だれかから聞きました?」「いや、なんとなく・・・オレもときどき絵描いてるんだ。 デ・キリコの『通りの神秘と憂愁』とか好きなんだよ。」「あ、たぶん見たことあります。」「ゴッホも好きなんだ。あの色彩感覚がすごくいいと思うんだ。 ひとりでも美術館に見に行くもんな。」 ・・・・・・・「・・広田さん、何歳?」「えぇっ、・・じゃあ22ということにしてください。」「・・べつにいいじゃん、何歳?」「・・・29です。」「なんだオレも29だよ、同い年じゃん。」 ・・・・・・・「休みの日とかってなにしてるんですか」「オレ、音楽好きでバントとかやってるんだ」「へぇ!何担当してるんですか?」「ベースとボーカルなんだ。」「へぇ、ベースですか。なんかギターっぽいイメージでした。」
2005.11.12
コメント(0)
アタシは梨里、29歳。アルバイトをしながら、絵の学校に通っている。職場は東京駅にあるレストラン『ハレルヤ』で、ここは、昼は近くのサラリーマンやOLのランチに、夜は仕事帰りのサラリーマンが居酒屋かビヤホールのように利用するお店だ。ここで働き始めたのは2年くらい前、絵の学校に通い始めてしばらくしてからだ。 飲食店で働くのは初めてだったが、先輩や仲間に恵まれ、とても楽しく働いていた。アタシはホールで、仕事を覚えていくことに気持ちがいっており、一緒にホールで働いている人たちとのコミュニケーションがすべてで、調理場の中にどんな人たちがいるのかは、よく見えないし、かなり年上の人たちばかりでしゃべったことがなかったので、よく知らないままずっと働いていた。 ある日、アタシが帰りの電車に乗っていると、見たことのある顔が乗ってきた。調理場のとても真面目な職人気質のオジさま方の中にあって、ひとりだけ茶髪で、女の子に軽口をたたいたりしそうなタイプで異彩を放っている岩崎さんだった。
2005.11.11
コメント(0)
全25件 (25件中 1-25件目)
1


