2021年08月06日
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今から76年前の西暦で言えば1945年・昭和なら20年の暑い夏に自分の父は広島県の呉市の当時日本に存在していた海軍の呉の基地に居た。その日の朝に空襲警報が解除されて何となく空を見ていたら何故か突然B-29が広島の上空に飛来して来た。暫くすると一緒に見ていた同僚の人が「何か落としたぞ!」と言った間も無く物凄い爆音と振動に大きなキノコ状の雲の様な煙が見えたそうである。

B-29がその何かを投下する際に落下物が地上に落ちるのに時間が掛かる様にゆっくりと落下する様にとパラシュートが付けられていたそうで、そうしておかないと投下したパイロット自身も落下して跳ね返った爆弾のリバウンドで被害を受けない様に投下した後に逃げる時間が必要なのも計算に入れての爆撃だった。

まだ呉の基地に居た父をはじめとする当時の海軍の人たちに被害が及ばなかったのは広島の爆心地と呉の海軍基地との距離が約25キロは離れていたのと風向きも関係していた様である。しかし爆撃を受けた当時の広島市内は悲惨な状況で外から救助や捜索の為に現地へ入った人達が2次被爆の被害に遭うという巻き添えの被害者を生む結果となった。

歴史的な事件を肉眼で目撃した父からは何度となく原爆が投下された当時の話を聞かされて来たけど、当時からは既に79年の長い歳月が経っていて戦中・戦後の頃の話が分かる人も生存しているとしても90代半ばの高齢で父も6年程前に他界して自分の周りには戦時中の話を聞ける人はもう居なくなった。

何年か前にテレビのクイズ番組の街頭インタビューで第2次世界大戦に付いて質問された女子高生が「えっ!日本とアメリカが戦争やってたんですか?」と答えて、それを観ていた自分は「一体学校で何を習ってるんや!」と思った事があったが確かに今はかつて原爆の投下によって悲惨な目に遭った日本と爆撃をして多くの犠牲者を生み出した加害者だったアメリカが何の遺恨感情も無く日米同盟を結んでいる世の中である。

個々のところ日本の周辺では物騒なミサイルを日本海付近にぶっ放す国や南シナ海近辺で勝手に島を埋め立てて自国の土地と主張する国もあれば未だに北方4島を返還しようとしない国もあって、いつ紛争が起きないとも言えないのでもう2度と戦争による悲劇を出さない為にも、戦争の悲惨さを後世に語り伝えてそういう風に過去の歴史が風化されない様にと改めて思う。

「広島に原爆を落とされた話は何度も実際にその状況を目撃した父から聞かされたけど、もう2度と地球上で核兵器が使われる様な事があったらアカンのや!」





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最終更新日  2021年08月07日 15時19分18秒
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