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来客があった。夫は何かにつけ、友人や仕事仲間をよんでもてなしたがる。夫は自慢げにこんなことをお客に話す。「やっぱり、砂肝鍋がいちばんだよ」ひとに「奥さんの得意料理は?」と尋ねられるとそう答えるのだ。砂肝鍋・・・それは某主婦向け雑誌の1000円で4日間の晩ご飯という、シンプルで安く、おなかいっぱいになる献立の特集記事を、実践したもので夫はそれを何度もリクエストするので、自然と我が家の定番メニューの座を獲得したのである。昨日も電話で「今日は砂肝鍋作るから、家に来いよ」そういって友達をよんでいた。メインはなんといっても「砂肝鍋」なのである。得意料理ときかれて例えば、「ハヤシライス」とか「肉じゃが」とかもっと「それなり」のものを思い浮かべないのだろうか。野菜が値上がりしているとはいえ、1000円でお釣がくるエコノミーな献立を得意料理と言われるのは大変心外なものである。砂肝鍋のレシピを知りたいかたは、個人的に伝授いたします。
2004/10/31
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昨日、用があって空港行きのリムジンバスに乗った。ちょうど金曜日のラッシュ時ということもあって乗っていたのは、圧倒的にビジネスマンであった。ノートパソコンをひらいて仕事をしているひとやケイタイでメールを打つ人などそれぞれの時間の過ごし方をしていた。そういう私もメールをしようと、ケイタイをぱかっとひらいた。前の人、前の前の人、斜め前の人、前列でノートパソコンの人、私まで線でつなぐと星座ができそうな形になった。それも、皆、待ち受け画面は、幼いわが子の画像。仕事から解放されて、個になった時間、我が子の顔をみて安堵している様子。みんなこの子たちのために頑張ってる。私も娘がいるから、負けそうな場面でも踏ん張れる。独身の頃は、年賀状に子供や家族の写真を載せているのには、少々嫌悪感があったが、かくいう私も「みてみてー」といわんばかりの出来映えで投函する。以前の私のように嫌悪感を抱かれていても、へっちゃらなのである。親というものは、親になってみないと解らない。自分の親も、こんな心境で子育てしてたのかな、という賢察をする日々である。
2004/10/30
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昨年から年に1枚づつ日本画を依頼して描いてもらっている。去年は「ざくろ」、今年は「桃」、来年は「橘(たちばな)」知っている方もおられるかもしれないが、「さんかんの実」といって風水では、この3つの果実の絵を飾ると、幸運が訪れると云われている。四つ葉のクローバーのような、おまじないとか、縁起ものである。岩絵の具で描かれた昨年のざくろは、写実的にぱっくりと破れた果実の表面と、宝石のような実のつぶつぶまで細かく、枝につく細長い葉は一枚一枚、違う緑色をしている。この絵を依頼したのがきっかけで、ざくろの1年間を意識的に観察することができた。それまでは、どんな樹の姿で、花のかたちも、色も、ざくろの実のつき方も知らなかった。ざくろは落葉樹で、中国が故郷らしい。花は鮮やかな赤みがかったオレンジ色。ちょうど、タコさんウィンナーのように、花弁が外へくるりと巻いて、愉快なかたちをしている。ざくろの実は、リンゴやみかんのような可愛らしさというか、奥ゆかしさがないように私にはみえる。どことなく個性的で、謎の多い感じ。ちょっとマニアックな、マイノリティの匂い。果実は酸っぱくて、とてもじゃないが笑顔で食べることはできない。ざくろ、という名も可愛くない。どくろ、とかそんな怪しさを漂わせる。だけど、私はこの一癖も二癖もある、この果実が気になってしかたない。この樹なんの木、気になる樹~♪である。絵を飾りはじめてからというもの、幸せが降って来ている???
2004/10/29
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「今日はおべんきょーの日」そう言って、午後の予定を全部キャンセルしてヤンゴトナイかたの講演会へ出掛けてしまった社長。東大卒のこの人がいうと、不思議とエンピツなめなめ机に向かう姿が想像できる。「人生の師をもつことは大切」と常に強調する。私にも「師」は、いる。人生、かどうかは分からないが、現在のところ縁あって私に英語を教えてくれるI先生。利発な方なので、「あ、今、私のことバカだな~」って思ったでしょ?ね?ね? と心の中でつぶやきたくなるぐらいクールな間がある時がある。授業の中では、英語だけではなく、例えば「ものの数え方」(日本語)について教わることもあるし、映画の話や世界情勢の話など多岐に渡る。情報源は、英字新聞とかCNNあたりだな、とちらりと分かるところが、また恐れおおい。今年の4月からのクラスで、開講当初は12名ぐらいの生徒がいたが、一人去り、また一人・・・とうとう私とI先生だけのプライベートレッスンになった。カリキュラムが一変し、私が勉強したい分野や、不得意な部分の補強中心で、願ったり叶ったりである。先生は、基本から丁寧に教えてくれる。それに、先生も並々ならない努力をしている。「原則原理を教える師をもつ」・・・これは帝王学では必須らしい。帝王になるつもりはないが正路へ、と導いてくださる存在は大変ありがたい。
2004/10/28
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2001年の元旦、結婚して初めてのお正月。たくさんの年賀状にまぎれて、ビニールに包まれた「過去からの手紙」が届いた。ポストカプセル、と呼ばれる21世紀へ宛てた手紙である。つくば科学万博を記念して、手紙を密封して16年間保管。西暦2001年のお正月に届くという、夢の企画であった。覚えている、覚えている。あれは、確か中学2年の私。暑い夏、「本当にこれで届くの?」と半信半疑で投函したポストを見つめ自転車で立ち去った。記憶のいちばん遠いところにあった自分宛ての手紙は16年の歳月を経て自分のもとへちゃんと届けられた。結婚後、住所が変わっていても、きちんと住所変更で転送されて届いた。私が未来の私に宛てた手紙。一筆啓上申し上げます。という、元気のよい若年寄りな過去からの手紙。センスは我ながらなかなかのものであるし文頭は、当時の自分をありありと思い出させる。私は、こんなことを質問していた。・結婚はしていますか?-えぇ、なんとかこの手紙を受け取るまでに出来ましたヨ。・子供はいますか?-うん、いまおなかの中にいますよ。5月に生まれるよ。女の子よ。毎日元気にお腹をぽこぽこ蹴っています。・名前は?-候補はね、あるよ、幾つか。・理想の男性でしたか?-う・・・・ん。どうかな。ただ、あなたがイメージしていた「手がキレイで、指がすっと長い」というのは、叶いました。13才の私にひとつひとつ答えながら読み進んだ。私が未来の自分を思い描きながら綴った手紙は、リアルな夢の注文書のようであった。B4の用紙の手紙の右半分には、私の成績表や当時仲良かった友達の名前、ボーイフレンドの名前も記入されていた。今は、どうしているのだろう。マセガキで、ちょっと変わっている自分をクスクスと笑った。最後に、「お元気で」と書かれていた文字が、矢鱈儚くて頼りなくて、切なかった。自分が想像した未来、ちょっと想ったのと違う未来。ちょっと複雑にしてしまった過去、現在、未来。今度は、今の自分から還暦を迎える自分に手紙を書いてみよう。
2004/10/27
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「私が詞を書くから、曲をつけてよ。それで、K(娘)に唄わせようよ」寝ぼけて言った私の言葉に、夫は「そういうの、カナイセイシコウギョウっていうよね?」「金井製紙工業?明和電機じゃないの?」と続けた。明和電機なら、昨日フリーペーパーで、シュールな社長の記事を読んだばかりだ。夫はちょっと困ったような声で「なにを言うとるんじゃ」というので、え?なぁにそれ。と訊く。家内制手工業・・・家族を中心に、その家で営まれる小規模で単純な工業。金井ではなく、家内であった。製紙工業ではなく、(制)手工業であった。またとんちんかんな会話をしてしまった。夫は、作曲家である。CMやイベント用のものを中心に作曲するがホントの曲風はそういうのとは違う気がする。今まで、思いもしなかったことである。「私が詞をかく」きっかけになったのは、ある出版社のHPにあった「めざせ大作家」という鑑定テストであった。鑑定の結果 100点中78点あなたの作家デビューの可能性は、非常に高いです。あなたは、奔放で、何ものにも しばられない自由な精神の持ち主です。豊かな感性に裏打ちされた、味わい深い言葉・・・(中略)・・・感じたままを表現する、詩人の方がむいているかも。歯が浮きそうである。でも単純な構造の私は、「そのほうが効率が良さそう」と開き直った。でも詞ってどうやってかくのだろうか。
2004/10/26
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今日は、「そんな人生もあるのねぇ」と思ったお話。とある女性(仮名:じゅりあ)が、結婚以来ずっと夫の飲酒、暴力、借金に泣かされていたという。娘が成長し、健やかな家庭を築いたこともあり、節目を機に離婚の決意をした。サラ金に追われ、酒癖の悪い夫の尻拭いばかりの辛い人生の中で、ほんのちょっとの贅沢、そしてかけがえのない楽しみといえば、「胡弓」のレッスンであった。悲しいことも、辛いことも忘れられる充実した時間だった。同じ教室に年の頃も同じぐらいの、しかし身に着けている物や、生活は自分とは正反対のとても仲のいい友達ができた。本当に2人は懇意なお付き合いを続けていた。じゅりあにとっては、身の上話はしなかったが心の支えとなるとてもよい友人であった。いよいよじゅりあの家計が逼迫し、娘からは離婚を勧められるのだが、なかなか踏み切れない。そんな葛藤の毎日で胡弓どころではなくなり、数ヶ月レッスンを休んだ。そこへ突然の訃報。胡弓でであった友達が急死した。嘆き、悲しみにくれたじゅりあは、すぐに仏前に駆けつけ初めて会った友人の夫に、哀悼の意を告げた。それがきっかけとなり、その友人の夫(仮:りちゃーど)から、外食の誘いを受けるようになった。亡くなった友人とも気が合ったぐらいなので、りちゃーどとも、すぐに意気投合した。数ヶ月経って、「旅行にいきませんか」とりちゃーどから連絡がはいる。じゅりあは、家にお金がない、お金に困っているということを、正直に彼に告げた。「そんな恥をかかせるようなことをして申し訳なかった、よかったら自分のカードで好きなだけ買い物をして是非一緒に旅をしてほしい」とゴールドカードならぬ、ブラックカードを彼女に手渡した。そして、プロポーズ・・・・。(ここはベタだな)あれから3週間。じゅりあはいま、異国を旅している。先日の震災を聞き、慌てて娘に電話した。「大きな地震があったそうだけど、大丈夫?いまどこ?」「かあさんこそ、いまどこ?3週間も留守にして!」おわり。
2004/10/25
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何も予定をいれていない日曜日は久々だったので思い立って、いつも使っているコスメボックス(黒のごつい、プロ仕様の、金具をパチンとあけるとびよん、と収納の箱が出てくる仕掛けの箱)の中身を整理した。久々に5Sである。朝、化粧に費やせる時間はわずか7~8分程度。本当ならその倍はかけて、入念にしたい所ではあるが働く母の私は、常に時計と鏡を交互に見ながらちゃっちゃと済ませる。箱の中身を点検すると、背の高いブラシ類の中に紛れてボールペンが入っていたり、メモ書きが入っていたりまるで支離滅裂な世界が収まっていた。アイライナーやリップライナーを専用の削り器で削ってすぐに使える状態に。そしてもう使わない夏用の日焼け止めクリームや試供品のファンデーションはゴミ箱へ。そこへ、娘が何をしているのかとやってくる。マニキュアを小さい爪に乗せて、横車を交わす。私も塗ってみよう、とピンク色のマニキュアを♪マニキュアだって~うまく塗れるわぁ~・・・などとと鼻歌がでてくる。うっとりする時間である。マニキュアを塗る時間というのは、本当に気分が優しくなるから不思議である。ビューラーのゴムを取替え、剃刀は切れるものだけにして油の浮いた口紅も処分。かなりすっきりした。艶々と光るコスモス色の爪に、時折目をやりながら読書をした。明日の朝の、お化粧の時間は少し楽しみである。
2004/10/24
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土曜日の恒例は、HIP HOPのクラスと、その後の銭湯。この銭湯、いわゆる「健康ランド」。ここのところ、6週ぐらい続けて通っている。私は無類の銭湯好き。古ければ、古いほど好みなのだが、最近は廃業されていてなかなか落ち着いた雰囲気の「昭和」を味わえる銭湯にめぐり会えない。私が足繁く通うこの銭湯は、比較的新しいが、中に書いてある注意書きがアマチュアっぽくて気に入っている。例えば、薬湯風呂の壁に「浴槽のヌメり、浮遊物は薬の成分」と赤いマジックで書かれていたり、「ビップ→」とカタカナで特別料金を払って優遇されるお客の部屋を指していたり。この人間臭さが、たまらなく私をくすぐる。私が利用する時間は午後4時ごろなので、客は比較的少ない。利用客といえば、決まって出勤前のクラブのママさんなのである。50歳前後で妙に髪が長く、少し小柄。眉毛なし。ダミ声で、脱衣場では顧客?とみえる相手に電話を掛けご機嫌伺いをしている。そして、余念のないお化粧の時間。私は気づくと、こうやって隣人の人間ウォッチングをしてその人の職業とか、性格などのひととなりを観察する。------------------------デザイン変えてみました。今の私のブームはおチャラけ和風なものですから。ギター侍の影響かもしれませんから・・・切腹!?
2004/10/23
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魔法のようにしゃっくりが止まる方法。「これ何色?」といって黄色いものをさしてしゃっくりをしている人に聞いてみる。「え?・・・きいろ・・・はぁ?」と大抵怪訝そうな顔で答える。一呼吸おいて「止まった?」「何が?」「しゃっくり」「あ!!止まってる」ただ、難なのは自分に「何色?」と黄色いものを視界に入れても自分のしゃっくりは止まらないこと。もうひとつは、1度きり有効という限定モノなので地味な場面ではあまり使いたくない。どうしても止めないと、という場合のほかはちょっとしたショーなので、大事にとっておく。成功する確率は10人中7人、いや、8人ぐらい。かなり高い成功率で止まるのである。お試しいただきたい。朝、こむら返りで悲鳴をあげた。どなたかこむら返りを一瞬で治す方法ご存知ないか?※姑は「コブラ返り」というが、あれは間違い。気持ちはよくわかる。
2004/10/22
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ブッシュとケリー、どっちが勝つと思う?「ムズカシイネ、ムズカシイ・・・」いよいよ終盤を迎えつつある大統領選について、聞いてみた。Sは、いつもいつも冗談みたいなことをやっている、という印象を受けるが、以前は大学の講師だったり、信心深いクリスチャンだったり次の職業は、米国政府での仕事だったり・・・と実は、かなりの才媛であることも彼女の名誉の為、忘れないように補足しておく。しかしそのギャップが、彼女の最大の魅力とも言えるのだが。「クリスチャンの視点からは、やっぱりブッシュ。でも、彼の行動はあまりに性急すぎた。(イラク戦争)強い指導者、っていうアピールにはなっているけどね」それでも、心境は複雑だ、という感想におわった。彼女とは10年以上の付き合いになるが、私は彼女の本当の年齢を知らない。たぶん40代後半?もう今さら訊けない。独身の彼女は、日本に好きな人がいて、デートをすることになっているらしい。まだHE(図太い声で)じゃないよ、he(可愛く)よ。そう言いながら、175cmの後姿がラララと歌っているように見えた。
2004/10/21
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友人Sが昨夜、我が家にやってきた。Sはアメリカ人で、4ヶ月前に帰国したがまた、台風とともに?舞い降りた。鍋を突きながら、近況を語ったりして再会を喜んだ。彼女といっしょにいると、どこか異空間に連れて行ってもらっているような錯覚に陥る。バスで我が家に向かうときだって、巨大なスーツケースが通路を塞ぎ、乗客が迷惑そうな顔をしているのを見て「スミマセン、ゴメンナサイ、ワタシハりんだデス。」と余計なことを言って周ったり、アメリカに帰って「異文化に困ったわ!!」と母国でのカルチャーショックを語ったり。ひぃひぃ涙を流してお腹の皮がよじれるぐらい笑う。根拠もなにもないが、笑っていると代謝がよくなって家じゅう、体じゅうの毒素が流れ出ていくような気がする。国籍とか肌の色とか、宗教とかそんなものを超越して「異文化」ではなく、「人間」コミュニケーションできる地球にならないものか、と心から願った。Sは、我が家にしばらくホームステイすることになった。お昼の出来事。ラーメンを食べに行った。「麺の固さはいかがいたしますか?」S「???」「麺を選べるんです・・・けど・・・?」S「MEN?♪ドレニシヨウカナ~?」奥にいた3名の男性困惑そして店内は大爆笑。Sワールドはまだまだ続く。
2004/10/20
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それにしても今年は止め処なく台風がやってくる。今接近中の台風の23号は「TOKAGE(とかげ)」というアジア名が付いているらしい。台風が近づくとわくわくする。不謹慎なのは分かっているが気分がはらはらして、窓につよく吹き付ける雨風がさらに煽り、高揚した心は通過するまで収まらない。会社では窓の外を気づいたら、見ている。雨音に耳を澄まして、もっと強く降らないものか願っている。そういうところは子供の時からちっとも変わらない。パニック映画はよく観る。最近では「デイ・アフター・トゥモロー」。危機に晒されたとき、人間の行動はどうなるのかというのをシュミレーションしている、というのが興味深い。実際に役に立つような気はしないが、「私ならこうする」という数々の場面を参加型で観る事ができる。知恵と体力は鍛えないと・・・と単純な感想でいつも終わってしまうのだが。
2004/10/19
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777、888、キリ番を自分で踏んでしまい、苦笑い。何か貰えるわけでもないし・・・と思いつつ、先日、友人にプレゼントの天才と呼ばれたのを思い出した。友人K里が、近々同僚が結婚するので贈り物をしたいと私に相談してきた。「既婚者として、何が一番嬉しかった?」「現金(キャッシュ)」「いやいや、そうじゃなくて写真たてとかあるじゃんそれっぽいのが。」「だって、現金は邪魔にならないよ、持ち運びも簡単だし・・・」・・・K里の白い目。現金を贈るのを敬遠している人って意外と多い。でも、結婚や出産は何かと物入りなので、やっぱりキャッシュは何よりの贈り物だった。出産に関していえば、現物支給が嬉しい。私は母乳で育てたので、ミルク缶を買ったのは1度きりだったが、紙おむつなんて、なかなか買いにいけないし夫に銘柄とサイズを指定して買いに行かせるのも気が引けた。それはさておき、何故私が「プレゼントの天才」と呼ばれたか。K里の友人は、式を日本で挙げ、アメリカに移住するという状況だったので、私は迷わず「熊野筆のメイクアップブラシ」と答えた。大勢のメイクアップアーティストが絶賛し、御用達にする。それぐらい化粧のノリがよく、毛が抜けにくい。予算に合わせて、ブラシ(紅筆とか、チークブラシとか)の組み合わせを考えることができる。そして、なんといっても「結婚しても、いつも綺麗に」という意味も込めて。私は、普段特別な思い入れがある以外は現金を水引の凝った熨斗紙に包んで差し上げるが、何かモノを贈る場合は、1.自分でお金をだして買うのはちょっとなぁと思うもの。2.それを使うのが楽しみな時間になること。3.地域限定なら言うことはない。この3つは重要ポイントである。また先週、K里からニュージーランド人の男性に贈り物をするので考えて欲しいと言われた。私は「漢字でその人の名前を当て字にした印鑑」または「鉛筆1ダースにひらがなで名前を刻印したもの」と答えた。大切なのは、その人に「おめでとう」と心から祝う気持ちを相手にしっかりと伝えることだ。
2004/10/18
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明け方、おかしな夢をみた。自分が見ているのは本当に夢なのか現実なのか確かめたくなって、起き上がった。夢だった・・・(疲れた)どんな夢だったかというと、昔の恋人がベッドの上で散弾銃を私の心臓のあたりにぴったりと銃口を突きつけて、ぶっ放す。それも何発も撃つ。死んだ私は、また何事もなかったように生き返り「まだまだ」と云う。そして、また撃たれる。爆音がして、また生き返る。・・・そんな夢。欲求不満??気味の悪い夢だったが、私は冷静だったし、夢の中の私は明らかに笑っていた。気になったので、夢辞典のサイトを見てみた。☆自分が死ぬ夢は、全てが順調に運ぶ吉夢。殺されるのは、幸運の訪れや運気の好転を告げる。★ベッドの夢は、あなたが休息を必要としている事を示しています。 ★散弾銃の夢は、激しい怒りをおぼえる事が起こる、爆発寸前の感情を暗示しています。 夢の内容を文章にして、トータルで占う形式ではあなたの夢は、過去に犯した罪をいつまでも悔やんでいることを示しています。いつまでも同じ事をくよくよと考えていても何も始まりません。それらの悩みなどを自分の糧に変えて更に精進するよう心がけてください。何事も吉凶混合。何か悪いことが起こる予兆ではなさそうなので、一安心。でも・・・過去に犯した罪って。たくさんありすぎて忘れてしまった。それが、罪ってことなのか。
2004/10/17
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S部長の初七日を過ぎた頃に、奥様あてにお悔やみの手紙を出した。手紙は仕事柄たくさん書く。しかし、今まで書いたどの手紙より悩んだ。身内をなくした人に、お悔やみを述べる、というのは決まり文句の弔電とは種類が違うので、デリカシーのない文章になるのが怖かった。悩んだ末に、書いたのが、大変お世話になっていました、悲報に接し、驚き、悲しみにたえませんS部長様はいつもお優しかった。お力落としのないよう、どうぞご自愛ください。要約してそんな内容でとどまった。文章力のなさに惨めになった。昨日、はがきが届いた。S部長の奥様からだった。この度はご丁重なお悔やみのお手紙を頂きありがとうございました。貴女様からのあたたかいお手紙で主人の仕事中の姿が少々みえた気がして大変うれしく思いました。もう少し長く頑張ってくれるかと思っておりましたが早過ぎた気がいたします。あれもこれもしておけばよかった・・・と後悔ばかりの毎日です。本当にいろいろありがとうございました。お元気でご活躍下さい。本当に美しい、温かい文字で書かれていた。涙がぽろぽろと出てきて、改めてS部長の死が悲しかった。S部長の旅立ちは安らかであったと思う。生前、こんな素敵な奥様に支えられていたのだから。たった1枚の葉書で佇まいの素晴らしさが伝わってくる女性と人生を送っていたのだから。私は、そんな佇まいのよい妻であるだろうか。もし夫に先立たれ、お悔やみのお礼状にこんな思いやりをこめた返事のできる女だろうか。自分から愛する、という意味が少し分かった気がした。
2004/10/16
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98年12月のクリスマスの翌日、私は男友達10数人と生まれて初めての「闇鍋」を体験する予定であった。忘年会を兼ねていたし、会社は冬休みに入るのを良いことに、ヘベレケになるくらい飲んでやる、と意気込んでいた。何かといっては、集まって楽しく(飲んで)遊ぶというのが当時の私の週末の楽しみ方であった。前日の夜、女友達のM美から電話。当時M美には、彼氏ができたばかりで、てっきりノロケ話を聞かされるのだろう、と思った。彼女の春の訪れは、喜ばしい出来事だったのでよろこんでそれを聞くつもりでいた。彼女が切り出したのは、「お願い」だった。バーテンダーを副業としていた彼女は、バーでお客としてくる人が、アメリカから帰省するが、彼氏ができる直前、食事に行くという約束をしていた。「それは、困るんだよね。彼に誤解されちゃう。りんだ、一緒に来てくれない??」「やぁ~よ。闇鍋楽しみにしてるんだもん。」「お願い!!」そんな問答の末、私は泣く泣く闇鍋を諦めた。「なんで私が同席しなきゃなんないの?断ればいいじゃん」悶々とした気持ちでいた。早く切り上げて、闇鍋に合流できないか、なんてことも考えていた。私が車を出すことになった。ニットキャップを深くかぶって出かけた。M美と、約束の場所へ向かった。世間はクリスマスが終わり、年末タケナワムード。真っ暗な道から全身黒尽くめの男性がこっちにやってきた。ゴルチェの香水の匂い。私にまで移り香が残りそうなぐらいの。マフラーをぐるぐる巻いて、よく笑いながら喋る人。第一印象。ずっと喋ってる。第二印象。音楽作るんだぁ・・・意外。第三印象。M美は食事を終えると、バーテンのバイトへ。私たちもついていく。彼と、そのバーのオーナーは幼馴染みであった。闇鍋パーティに行った私。行かなかった私。運命の大きな分かれ道である。
2004/10/15
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ひょんなことから、縁談を勧めることになった。もちろん、私のことではない。母親が、是非誰か年頃の女性を紹介してあげたい、というお年頃で縁がなかなかなかった殿方の写真を預かってきていた。結婚・・・重いテーマである。夢とか希望があるのか、ないのか。それは、各自の心がけ次第。結婚生活のほうが、独身のときに比べてずっと努力が必要だ。でも、女性に限っていえば、出産の悦びは一度は味わって欲しいと思う。前から私に「誰かいいひといたら紹介して」と云っていたF子さんにメールして知っている限りのプロフィールを伝えた。「お願いしますm(__)m」と即答だった。人と人の出会いなんて分からない。いつどこでどう知り合うのか。私たち夫婦も、あの時、私が闇鍋パーティに行っていたなら出会うことは、なかっただろう。闇鍋・・・行っとけばよかったかな。詳細は後日。
2004/10/14
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先日の新聞に「外来語言い換え例」という記事が掲載されていた。AランクとBランクに分けられていて、一般の人の理解度がAは25%以上、50%未満が理解、Bは25%未満になっていた。例:Aランクユニバーサルデザイン=万人向け設計フロンティア=新分野イニシアチブ=主導、発議例:Bランクアカウンタビリティー=説明責任コンプライアンス=法令順守ドクトリン=原則エイゴが苦手なニッポン人が、カタカナをこれでもかと言わんばかりに羅列して、喋る。それに対して、もっとも相応しい日本語を模索する几帳面さがまた、実直な日本人の性なのだろう。易しくなったのか、難しくなったのか分からない。確かに、横文字は使う。色を示すときに緑をグリーンというし、桃色はピンクと言う。言い換える言葉を考えるから、ますますエイゴができないのではないか、と思う。ドルを円に換算するような置き換え作業は無駄なように思える。
2004/10/13
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通勤時間、私を必ず後ろから自転車で追い越す男性がいる。CK-1の香りを残していくので、すぐにわかる。ちょっと時代遅れ?という気がしないこともない。香りはイメージを植え付けるアイテムだと思う。通りすがりに、その人を一瞬で心象する。香水は好きなので、よく纏う。今はブルガリ。その前はクールウォーター、その前は・・・。1瓶つかうと、新しい自分をイメージして他の香りに挑戦する。甘すぎる香りは卒業、個性も今は必要ない。気分が落ち着いて他人を不快にしない香りを求めた。4年前の今ごろ、私は「つわり」の最盛期にいた。当時、泳ぐように、浴びるように振り掛ける夫の香水は夫婦喧嘩の発端となった。いまだに、クリニークのメンズのHAPPYは嗅ぐと気分が悪くなる。(ボディーソープのDoveも駄目だ)香りはタバコと違って、「苦手なんで、窓あけてもらえますか」とは言えない。「頭のいい人、悪い人の話し方」という本が話題になっているが香水の纏い方でもその人の知性がわかると肝に銘じている。自分で香りがよく分かるほどつけるのはつけ過ぎとのこと。香りのおしゃれは難しい。
2004/10/12
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川の字になって寝た。真ん中の居心地は、右と左の体温が伝わってきて、その存在感とありがたさを肌で感じる。雨の音、すごいね。来年は、こんな年にしたい、こんなことをやってみたい。仕事は忙しい?そんな言葉を交わしながら、眠りにつく。少しやつれた横顔を見ながら、言葉にはあまりださないけど仕事の内容のハードさを察したりする。雨で予定が大幅にくるってしまったが、のんびりと過ごせた。「ちがう、田島さん、うん、そうそう。山へんの田嶋さん・・・」はっきりとしゃべる私の寝言に、「え?ちがうの?ふーん、解決した?」などと適当に相槌をいれて、会話を楽しむ悪趣味な夫。(おそらく、夢のなかで仕事をしていたのだろう。ちなみに田嶋さんは、だれなのか見当もつかない)いまだに夫の語り草は、私の寝相の悪さ。足を垂直にあげて、そのまま横にぱたん、と倒すシンクロナイズドスイミングならぬ、シンクロ、ないす、すりーぴんぐ。川の字で寝ると,自分の存在感と、(寝相を他人に暴露されてしまうという)ありがた迷惑さも、身に染みる。
2004/10/11
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朝8時から教育テレビでやっている「にほんごであそぼ」は良く娘と観る番組である。今は朝早く出勤するので、すっかり観る機会は減ってしまった。番組スタート当時、2歳の娘は「じゅげむ」を暗唱してしまうほど影響力のある番組で、この現象は全国的に起こった。齊藤孝氏が監修していて、繰り返し、繰り返し、ちょっとずつ手を変え品を変え工夫されているので、子供も大人も飽きないし確実に学習していく。グラフィックのセンスや、キャストがユニークなことも手伝っていると思う。今年に入ってからだったか、方言も取上げられるようになった。今日は庄内弁の雨ニモマケズ。日本語なのにまるでわからなかった。ただ、「決して怒らず」のところを「喚(わめ)かず」と訳して(?)いたのは、新鮮な響きだった。方言というのは、風情があって、その土地の匂いがする言葉の香料のような力がある。ちなみに私も夫も「じゃけん」の広島弁、娘も流暢である。さて、今日は待ちに待った旅にでる。飛行機は雨ニモマケズ飛んでくれるだろうか。-------------------------明日と明後日は休刊いたします。
2004/10/08
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今朝、携帯電話を忘れた。今日は洗面所でお留守番していた。娘が洗顔中の私に「はい、どうぞ」と持ってきたのを忘れていた。毎朝、鳥が飛び立つような慌しさで出勤するために、忘れ物はよくある。「財布を忘れたら、金を借りればいいけど、携帯は借りれない」と携帯がないと仕事にならない旦那は、細心の注意を払っている。あるはずのものがないと気付くと、普段たいして使っていなくても、落ち着かない。会社から、とりあえず旦那にメールを入れた。「携帯、家に忘れました。今日は連絡取れません。帰りは遅くなります。」すると、早速の返信は「携帯は携帯するから携帯電話といいます。何しとん?」・・・夫は優しい人である。(普段の私のあしらい方をそのまま返されています)携帯電話のなかった時代のことを今はうまく思い出せない。便利さに慣れてしまうと、簡素で慎ましい「何はなくとも幸せ」というような気持ちを取り戻すのは難しい。もっとシンプルな生き方をしたいものである。
2004/10/07
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先日の日記に、私はよく感動して泣く、と書いた。でも、私はそれ以上によく笑う。客観的に見ても、みなくても、私は非常に濃い。明後日の夜から3連休を利用して旅に出る。飛行機を利用するときの楽しみは、なんといっても寄席である。30代の前半の女性が寄席好きというのは奇妙だろうか。肩で笑い、平静を装う、あの笑いが好きなのだ。このマニアックさはなかなか理解してもらえない。土曜とか日曜にやっている「日本の話芸」という番組もあたりはずれがあるが、よく観る。ANAの情報誌「翼の王国」が会社に届いた。(社長が定期購読しているのかもしれない)ぱらぱらとめくり、スカイオーディオをチェック。「もう半分」・・・これはある意味Jホラー。怪談系と気づくのは、もう話を半分以上聞いてしまってからというのが話芸の本当の恐ろしさだと思う。娘をあやしながら、機内アナウンスを縫いながらの空の旅。あっという間に目的地に到着してしまう。
2004/10/06
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毎朝、とてもソフトなトーンで「おはようございます」と挨拶してくださる素敵な女性がいる。朝だけではない。「お疲れ様です」「失礼します」「お世話になります」・・・どれを聞いても気持ちのよいタイミングとトーン。こんな絶妙なバランスの挨拶はあまり聞いたことがない。私も彼女の真似をして、「おはようございます」と挨拶してみる。なにか違う。どうも寝ぼけている感じの声で「ぉはようございます」、パンチが効いていない。かといって、「お」を強調すると、小学生の声デカい棒読みのような幼稚な挨拶になってしまう。腹式呼吸で心を込めた「おはようございます」。いざやってみると難しい。「お」から「す」まではっきりと聞こえるのに、一本調子にならない、でもふわりとした優しい響き。美味しいものにどこか似ているような気がする。一流シェフが伝授するレシピで簡単料理を作ってもどこか自分のものじゃない、しっくりこないのと同じで、何度も試してみることで自分のものになっていくような「美味しいもの」のようだ。私も挨拶美人になりたい。
2004/10/05
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昨日の日記に書いた「ビジネス文書検定」の願書をだしてきた。思い立ったらやってしまわないと気持ち悪く感じる性質(たち)なのだ。参考書を広げてみた。ちょっとびびる。専門的な内容に漢字検定のおまけのようなものまで出題されるらしい。うーん。これは巻きぎみに勉強しないことには間に合わない。テストは2ヶ月を切ってしまっている。年に2回しかないし、何度も出費はしたくない。問題:はかる(図る、計る、測る、量る、諮る)の使い分けを具体的に説明しなさい。お尻に火がついた。
2004/10/04
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久しぶりにLoftへ行った。もう来年のカレンダーや手帳が売り出されていたのに驚いた。今年もあと残すところ3ヶ月だもんなぁ。来年2005年はどんな年になるのか、いろいろ予測してみた。2005年春娘は幼稚園へ入園する。私の派遣期間は、4月頃には満了を迎える。今度は戦略を立ててみた。・派遣期間が終わるまでにTOEICのスコアをあとせめて60ぐらいは上げておきたい。・ビジネス文書検定というものがあるらしい。せっかくなら1級をとってしまおう。・2人目の子供がほしい。空白のカレンダーをみつめながら悶々としていた。仕事することが大好きな自分、母である自分、妻である自分の3人が一度にいろいろなことを喋りだして止まらなくなっていた。与謝野晶子のようなバイタリティを装備してしまえばいい。閃いた。いけいけドンドン節が鳴り響いてきた。
2004/10/03
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私は、心を動かされるものによく涙する。今日はなんといってもイチローの王手から、記録更新まで本当に泣かされた。感動して泣いていたら、毎週土曜のダンスのクラスに遅刻するところだった。HIP HOPを1年前から習い始めた。ファンキーな曲は、以前は聴いて楽しんでいたが、踊ると更にハマる。習い始めた頃は、踊る、というより「のた打ち回る女」だった。今は、お世辞にも上手いとは言えないが、鏡に映る自分がちゃんと踊っているように見えてきた。鏡というと、ふと今日はこんなことを考えた。私の目の前で踊るM先生は私の憧れ。その後ろの私は、現実。そうなりたい自分となり得るかもしれない自分引き算してみたら、何が残って、それはどんなものなのか。時間や距離に例えたら、どのくらいの差があるのだろうか。習い始めて数ヶ月後、初めて16ビートのリズムと曲と、先生の動きとがあった瞬間に鳥肌がたつのがわかった。踊りながら涙がこぼれた。一瞬、なりたかった自分になれたのだろう。先日、3歳の娘にはじめて私たちの結婚式のビデオを見せた。神妙な面持ちに、涙がぽろぽろとこぼれていた。「なみだがでてくるよ・・・」娘に「感動屋さん」のDNAがしっかり受け継がれていた。
2004/10/02
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金木犀。澄んだ空気の中にブランコのように風に乗って、近づいては遠退く香りを愉しむ。私の住む街では、満開を迎えている。秋のにおい。今年は少し早いような気がする。春の桜と同様に、いやもっと、私はこの金木犀という花樹が好きだ。9月が終わりに近付くと、私はそわそわして我が家の庭に数年前植えた金木犀の枝の様子を伺う。しだいに橙黄色の星の形をした無数の花たちが一斉に開きはじめると私は無邪気にそれを喜び、愛でる。1年のうちでいちばん気持ちを行き届かせる季節である。秋・・・とくに今の時期というのは、着る物に非常に困る。朝になると、思ったよりも寒くて予定を急遽変更してジャケットを出してみたり。でも日中は暑くなるからと、気が変わったり。去年、どんなものを着ていたのかとしばらく考えてみたり。今日は新しくオープンしたお店で洋服を買った。コーヒー色とベージュのボーダーの長袖カットソー。ちょっとカプチーノが飲みたくなる色の組み合わせである。帰宅して、広げてみて「あ、またやっちゃった。」私は、楳図かずおとかCobaに負けないほど長袖ボーダーTを持っている。オーガニックコットンの優しい肌触りのおにゅうの服と辺り一面に甘い香りを広げる金木犀が、幸せな時間をくれた。
2004/10/01
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