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毎朝5時前に起きます。自宅から海まで約30分です。リュックへ小さな折り畳み椅子と座布団、ノートなどを入れて背負い歩きます。今朝は雲一つない空に富士山がそびえて、とても美しかったです。海岸には日本一高い防潮堤があり富士川から沼津市まで20km続いています。ここからは冬には雪をいただいた日本アルプスも望まれます。三保の松原の半島を右手に、富士川、北に富士山、愛鷹連峰、箱根連山、左手に伊豆の葛城山、天城山、堂ヶ島まで海を囲んで360度が見渡せます。沼津から御前崎、浜松まで150kmの砂浜が続きます。砂浜で瞑想をします。伊豆の山の間から朝日が昇る様子は荘厳です。分刻みで光は赤、橙、金色、白へと変化していきます。何億年も変わらず打ち寄せる波の音を聞きながら、潮風に吹かれて、朝日の光に包まれて瞑想していると時間は停止します。今朝は釣り人もサーファーもいませんでしたからとても落着いてできました。こうして光の中に溶け込んでいると、インスピレーションが入ってきます。以前は午前0時から1時間の深夜の瞑想をしていましたが、まったく違います。光がない時間に瞑想すれば、それは闇の支配する世界です。早起きして先ず歩くこと、自然の豊なエネルギーの中に身を置くこと、朝日の光の中で一つになること。これができればすべては解決します。
2005年09月30日
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男性と女性が違うことは誰でも知っています。しかし、男性と女性の違いは外観や腕力でしかわからないようです。ですから教育はとても難しいと思います。例えば染色体についても、男性はXY染色体ですが、女性はXX染色体です。男性の場合、X染色体が1つしかありませんから色盲、色弱などの遺伝因子がそのまま出てしまいます。女性はX染色体が2つありますので弱い遺伝因子を健全な染色体がカバーしてくれます。このように女性の方が障害がでにくく、従って健康です。これは子どもを出産する女性がより正常であろうとするからでしょう。男性と女性は役割が違いますから、自ずから行動や意識が違います。男性は外で獲物を獲って家族を養わなければならず、外的と戦って家族を守らなければなりません。ですから教えなくても武器や道具に関心を持ちます。格闘技や武術に興味を持ちます。女性は大きな家族の中でいかに敵を作らず、平和で安全な環境で子育てするかが大きな関心事です。相手と仲良く優しく友好的に生きることが大切です。このように男性と女性は役割が全く違います。これを理解しないで男の子に乱暴はいけないと単純に言ってもできないことを命じているにすぎません。もしそれを強引にすれば、女性化した男性になってしまいます。それでは男性の機能も弱くなります。最近男性の精子が極端に減少している理由はこれかも知れません。男の子の教育は男性の役割です。狩りの仕方や敵との対処の仕方などのノウハウを教えられるのは男性しかいないからです。日本は戦後60年が経過し、平和が定着しました。平和はとてもいいことですが、男性性が欠如した社会は滅亡に瀕していると言えます。精子がなければ子どももできないのですから、滅亡も過言ではありません。若い男性歌手の多くがまるでボーイソプラノのような高く可憐な声で歌うのは、男性性が弱くなっている証左かも知れません。男性には屋外で真っ黒になってスポーツや労働に励む姿が似合います。男性が男性らしく強く逞しく生き、女性が女性らしく優しく穏やかに生きる社会が正常な社会です。男性は強く逞しいから女性にも優しくできます。女性もまた優しさが家族や家庭を包み平和な暮らしが可能になります。これは女性の差別ではなく、個性の役割の問題です。もしこれを差別というなら、きっと差別に対する大きな怒りがあるのでしょう。それは個人的な問題です。
2005年09月29日
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瞑想の瞑は目をつぶること、想はおもうことです。仏教では曹洞宗や臨済宗などが禅を重んじ、座禅による瞑想をしています。LORANは禅ではないので、「結跏趺坐」という座り方や「法界定印」という手の形などにこだわらない瞑想をしています。椅子に座ってもOKです。ここは海岸まで30~40分の距離にありますが、できるだけ朝日が昇るまでに海岸へ着くようにします。潮風に吹かれ、日の出を見ながらの瞑想はとてもすがすがしく、毎日繰り返すことにより体内時計も正常に戻り体調が整います。東西南北、天と地のすべてに感謝と祝福をします。そして自分自身にも。1日少なくても1時間は歩かなくては健康の維持は困難です。早寝早起き、適度の運動は誰でも知っている健康法です。しかし仕事や雑用に時間を取られて実行する人は少数です。それならテレビを見る時間を無くせば、これを実行できます。自分の人生なのですから、もっと時間をたいせつに使いたいものです。
2005年09月28日
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現実とはなんでしょうか?現実はいま、自分に実際に起こっている事実のことでしょう。多くの人は現実は変えられない。現実が思うように行かないと嘆いています。自分と現実は違うと思っていることから、悩みが始まるような気がします。また自分自身も自分が認識している自分とは違うことにも原因があります。自分自身が現実を起こしているとしたら、自分と現実は同じものです。自分自身を誤解しないで正当に評価できたら自分は間違うことはないでしょう。毎日自分が様々な選択をしています。朝起きることから、朝食を摂る、摂らない。会社や学校へ行く、行かない。働く、働かない。働きすぎる、過ぎない。人と付き合う、付き合わない。人を批判する、しない。結婚する、しない。暴飲暴食をする、しない。転職をする、しない。早寝早起きをする、しない。希望を持つ、持たない。などなど・・・これらの選択を毎日いくつも繰り返していますが、自分では選択がパターン化していることに気づいていません。そしてその結果は当然予想されるものなのですが、自分を正当化し、そうなったのは誰かのせいにします。反省して選択のパターンを変えれば結果は当然変わりますが、自分を正当化していますから変えることはできません。自分の能力を劣等感により過小評価することにより結果が予想を下回ることがよくあります。自分自身を見つめ直し正当に再評価することで改善できます。それにはなによりも自分自身を好きになることが必要です。
2005年09月27日
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「神様のつぶやき」はLORANのホームページに約2年間にわたって書いた文章をまとめたものです。書くきっかけとなったのは、アメリカのニール・ドナルド・ウォルシュさんが書いた「神との対話」に出会ってからです。彼は自分の「内なる神」に導かれて自動書記により本を作りました。この本に出会ってとてもラッキーでした。何回も読み返しているうちに、私も書きたくなる気持ちを抑えることができなくなりました。それでホームページに無料日記帳を利用したページを新設し、思いつくまま書き綴りました。最初は「神との対話」をパロディにしたタイトルで、「神様との対話」にしました。内容は神様が一方的に語るのではなく、日本昔話風にストーリーを持たせました。1年足らずでこの無料日記帳が有料化されることになりました。そのまま有料の日記帳にすることも考えましたが、ストーリーよりも違うスタイルに変えたいと思い、思い切って違う無料日記帳に変更し、タイトルも「神様のひとこと」にしました。神様が人間の生き方について感想を話すという形にしました。以前よりもシンプルで率直な言葉になりました。また1年足らずでこの日記帳も有料化になるのを契機に、使いにくさもあって日記帳を変更しました。タイトルを「神様のつぶやき」に変えました。「つぶやき」の方が自然な語り口になりました。このような経緯で書いている話が120篇以上になりました。いつかこれをまとめて本にしたいと考えていました。運良くご協力いただける方が現れてくれたので、出版の運びとなりました。今回は60篇を選んで1冊にしました。
2005年09月26日
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本日、「神様のつぶやき」のブログを作りました。この本は今月(9月)中に印刷へ回され、10月には出版の予定です。読後のご感想をお寄せいただけたらうれしいです。このブログのアドレスを本の最後へ掲載するつもりです。神様というとても微妙な問題をはらんでいますが、皆様の建設的なご意見をお待ちしています。単なる中傷や批判、宣伝の類はお断りします。
2005年09月25日
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