October 1, 2003
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本日のテーマは『子供の習い事』をチョイスさせて頂きました。やっぱりちがうのは私が『習わされた事』でしょう。私が子供だった頃の気持ちを書きたいと思います。

今思えば、高い月謝払って、通わせて、親も大変だっただろうし、子供のことを思ってくれてたんだなと正直、感謝する面もあります。でも、遊びたいさかりの子供に、習い事は一種の時間の束縛にしか過ぎませんでした。

私が習ってたもの。『英会話』(3歳~)『水泳』(3歳~)『ピアノ』(小1前後~)『習字(書道)』(6歳正式には小学校就学前)+小学校三年から塾が加算されました(週3)当時はまだ、土曜日が半日学校だった為、せっかくのお休みの日曜で。しかし通ってた幼稚園はミッション系。日曜日は「教会学校」があるのです。(小学校の部もあり)

一番長く続けたものは書道で『15年』になります。

高学年になるにつれ学校の時間割が6時間とかになり、部活をやり疲れて帰ってきたら塾だの習い事だのと家を追い出されるわけです。高校は1日7時間授業、更に電車通学で。休むというと「高い月謝払ってるんだから」とか、自分から進んで習った書道については「そんなこというんだったらもう辞めなさい」といわれる始末。「わかったよ、行くよ」というまでひきません。「うるさいなぁ」といえば「親に向かってうるさいとはなんですか!」と余計ぶつぶつが増えます。反抗期を迎える頃、その時の親の言動は「鬼かじゃ」に思えてしかたありませんでした。この場合主に母親です。

父親は放任主義。しかし、自分が子供の頃に家庭教師がいて中学校から私立に通ってただけに、時間の束縛といった意味でわかってくれる面もありましたが、母にはかなわないのです。(当時父親の時代に私立の中学に進むのは市内でも数人といった時代で、今でも家の近所に父を知ってる学生時代の友人はほとんどいません。ある意味かわいそうな感じもします)

親の時代はまだ中卒が「金の卵」女の子は「高校をでればいいよ」位の時代で塾は「補習塾か専ら進学塾」それにかようのは余程頭脳明晰か、おちこぼれか…そしてお金があるかで、クラスの数パーセント位しか塾に行ってなかった時代です。メジャーなのが「そろばん」の時代でしたから。

自分はすくすく自然の中で友達とあそんで子供時代を満喫したわけです。それなのに、親になった途端、今はこれが出来ないとだの、あれができないとだの、習い事漬けにした訳です。一時、更に護身術に合気道か空手か柔道やれと言い出しましたがそんな余裕が自分自身にありませんでした(xx)そんなに習わせたいなら自分で通えと。

友達が遊びに誘ってくれても「ごめん」と断らないといけない子供の気持ち、わかりますか?「付き合い悪くない?」とか「誘っても無理だし」とか「どうせ駄目だよね」と言われながら自分の為だと一生懸命習い事に励む、子供の気持ち、親にわかりますか?確かに自分の為かもしれません。感謝すべきでしょう。いろんな技能を身につけさせてくれた親に。そして、将来的には自分の能力は財産になりますし、為になり、やってて良かった、続けててよかったとその努力が結ばれる日がくる事でしょう。



親は一生のうちわずかしかない学生時代を、時間を塾と学校と習い事でがんじがらめにする必要はないように思います。少なくとも私はそのがんじがらめから抜け出したくてもがいてました。

その中でも良かったと思えるものもありました。

良かったと思えるのは英会話。3歳から小学校入学までと小学校5年から6年、就職後約1年。子供の頃の記憶力はすごいものです。また聞いたものをそのまま発音できるのです。子供の頃に英会話に触れてた為、いつも発音だけはばっちり?らしく…外国の人にも褒められました。そして、英語の時間、教科書を読むのをよく「さされました」(これはちっとも良くない--:)

良かった反面、それは親のプライドのような気がぬぐいされません。近所のおくさんと井戸端(井戸が今はないので)道端会議をしてでてくるのは子供の話題。子供は親の話ぼ『ダシ』じゃないのに。そして「自分の子供を褒められない」などとうんちくをぬかしながら、それでも習い事とかの話になると「うちは一応書道と…うんたら」話し出し、他のおばさんたちも「うちはねぇ…」と会話に花ならぬ、毒花を咲かしてるのです。その証拠に、道端であった知り合いのおばさんから話しかけられ、話してもいないのに「何処どこに行ってるんですってねぇ。偉いわねぇ」等と声がかかるわけです。(あの親余計な事をうんちく言ったな、こりゃ…--:)問いただすと「だって聞かれたから」と言い訳します。私の親は〔自分の言うことは理屈〕そして子供である私が言うことは〔屁理屈〕に過ぎないのです。正直、かなり理不尽です(--)あれこれいっても倍返しのうるささになるので、いつしか言わなくなりましたが。(あきらめ…モード)

自分が親になったら、やっぱりあれに通わせてこれに通わせて…と考えるようになるんでしょう。私自身も。自分じゃできなかった夢を子供に押し付ける、そんな親になるのかもしれません。でも、今の自分の気持ちを忘れない限り、親になっても子供の気持ちを理解できる親になりたいと願うばかりです。子供は親の「あやつり人形じゃないのですから」





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最終更新日  October 2, 2003 02:03:38 PM
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