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2004年03月16日
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出産予定日は1月3日であった。 
秋も深まったある日、私たちは公団の賃貸住宅に住んでいたが、東京ガス不動産の土地分譲のチラシが入ってきた。 
60坪前後の、都内からは一駅外ではあったが、閑静な住宅地で、値段も手が届きそうだった。 

私は大学生の頃から貯金を始めていた。 必要なものは全て親が買ってくれていたから、それで十分だったし、あまりおしゃれでもないのに、姉のおかげでいつも服には不自由していなかったから。 
父にもらったお金のほとんどは貯金していたし、アルバイト(家庭教師)もしたが、その収入の大半は貯金していた。  私の学校での初任給は一万八千円だったが、収入の大半は貯金した。  結婚したとき私の年収が30万円ほどだったが、持参金(貯金)は100万円を超えていた。 親と一緒に住んでいたからこそ出来たことなのでしょう。
結婚後、主人はお金を持っていなかったが、二人で働いて、ためたお金も出来て、何とか土地の頭金にはなりそうだった。 

大きなお腹を抱えて、土地を見に行った。  私が自分の家が欲しいと思ったのは結婚する前からだった。 結婚後、家を持ちたい、これが私たちの目標になった。 
父が一緒に来て、見てくれたが、そこの分譲地を買うことにした。 有り金は全て叩いても、まだ足りなくてローンを組んで購入した。 
娘が生まれて、出産祝いとお節句のお祝いに、と言って、私の両親から、お金をもらった。


長女の姉のときは、家を買ってあげると言って、父が姉と一緒に見に行ったことがあったが、姉もその物件にはあまり気が進まず、そのままになってしまった。
次女の姉は夫の故郷で家を新築した。 私の両親が、呼ばれて行った時に、お祝い金を包んだが、その金額と貴方達に今、上げるのと同額だ、と母が教えてくれた。 戴いたお金は全て、借金の返済にした。 
まだ少し借金が残ったが、たいした金額ではなかった。

数年後、高島平に公団の分譲住宅が売りに出された。 同じ公団の賃貸住宅に入っている私たちは、特別枠になり、当たる確立が高かった。 申し込んで、当選した。 
主人の勤務先に、社員持ち家制度、があって、家を買う為の融資を受けられるのでそれを受けて、高島平団地に移ろうと決めた。 しかし決定するまでに迷いはあった。

私は団地ではなくて、都心のマンションの方が良いのではないかと思った。 港区に新築のマンションがあって、私はそちらの方がいい、と主張した。 高島平の二倍の金額だったが、会社の融資額の範囲内であった。 主人は「借りればいい、と言うが、返さなければいけないんだぞ」と言って、半値の高島平の方を選んだ。
会社の融資を受けるときに課の、係りの人に「この持ち家制度の融資は一回限りですから、よく考えて決めてください。」と言われたそうだ。  融資を受ける時、たいていの行員は目いっぱいの金額にするのに、半分しか借りないからだろう。 港区のマンションを望んだ私は、悔しい感じもしたが、主人の言うことも気になり、主人に従った。 

新たな借金の返済が始まったが、高度成長期の時期でもあって、年々物価は上がり、高島平も例外ではなかったが、港区のマンションのはるかな値上がりには、やはり悔しい思いがした。





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最終更新日  2004年03月20日 07時08分08秒
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