まった~り行こうぜ!
2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2006
2005
2004
2003
2002
2001
2000
1月
2月
3月
4月
5月
6月
7月
8月
9月
10月
11月
12月
全1件 (1件中 1-1件目)
1
2001年7月この頃、とあるきっかけでまったくの異業種の経営もはじめることになった。創業から丸一年程たった2001年の出来事である。この会社は事実上倒産状態で、若いエネルギーでなんとかならないか?という話だった。「どうせ潰れたも同然の会社だしやってみっか!潰れたって僕が作った会社じゃねーし。」という軽い気持ちで、はじめてみることにした。僕は子供の頃から漠然と10代は遊びの時期、20代は学びの時期、30代は飛躍の時期と勝手に決めていた。いい学習教材だな、という気持ちもあった。(一生学びなんだけど、優先順位の意味で)単に引き受けるだけでは、雇われ社長となり、建て直してもつまらないので完全に子会社ならということで話を進めた。法的には全株を買い取るという条件で話は固まった。したがって債務もそのまま引き継ぐことになる。(個人保証は何があっても入れなかった)小さいながらもはじめてのM&Aの経験だ。ところがどっこい、これがなんとも言えない財務状況で債務整理やら、在庫の処分やら、スタッフの募集やら営業体制を整えたり、そりゃもう大変だった!しかし、ここでの経験が僕をまたひとつ成長させてくれたのはまぎれもない事実だ。まず社長になっておどろいたのが、売上に対して毎月300万円のキャッシュが足りないと言うこと。当時の僕にはかなりきつい金額だ。(いまでもきついけど)「おいおいどうすんだよ!」一気に夜も寝られない日々に突入した。でも、建て直してやる!と意気込んでもいた。IT会社のほうも見ながら僕はこの再建に少しの間エネルギーを注ぐことになる。当然そこで見放せばそれで終わりの話だが、当時年商で1億円ほどだった。顧客も優良顧客を多く抱えていた。本来なら粗利が7~8割は稼げるビジネスモデルだったので僕は内容をみる限りまだまだ行けると読んだのだ。気軽にはじめたつもりが・・・不安に押しつぶされそうになる日々。毎晩2ヶ月先までの資金繰り計算。計算が狂えば倒産を意味した。何回も計算し、生き残れるよう僕なりに再建スケジュールを立てた。それでも借入は一切しなかった。まずは早急に単月黒字ベースにする必要があった。料金未払いで仕入先との関係も悪化していたし、あちらこちらにあった倉庫の賃料などは2年近く未払いの状況だったのだ。それにも関わらず新車のリースや、数百万円する営業管理ソフト(電話が掛かってくると顧客情報が画面に表示されたり、営業車がどこにいるかMAPで分かるソフト)なども購入したばかりだった。まったく狂気の沙汰としか思えない。銀行、リース会社、大家・不動産会社、仕入先、公的機関。多くの債権者との話し合いが続いた。債務放棄やリスケを申し出て、法律知識&ハッタリもかましてなんとか3ヶ月で単月黒字にすることができた。債務を整理しただけでは、会社は存続できない。スタッフ、営業、商品もきちんとしなくてはならない。まずは新しいスタッフのモチベーションもUPさせながら営業体制を整えて、日常業務も見直す。ぜんぜん知らない業務、業界だがスタッフはわからないことがあれば社長である僕に容赦なく聞いてくる。当時25~6歳。よくもまぁ乗り切ったと思う。ちなみにこの時すばらしい人材を獲得することになる。僕より2つ年下なのだが、「こいつは絶対に手放さないぞ」そう心に刻み、今では欠かすことのできない会社の財産になっている。今ではかなり順調といえる経営内容になった。社長就任当時20件を数えた銀行やリース、国金など順じ返済も終わった。返済先は残り1件を残すのみとなった。その人物との出会いがあったことも大きく寄与し今では拡張移転するまでになった。(その彼なくして今日はないだろう)少し時間が掛かったが、これから本格的に成長段階に入ろうと思っている。これから2年かけて年商3倍増スケジュールに着手し成長の道を歩み始めたところだ。
2001.07.02
コメント(0)