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2010.08.08
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カテゴリ: カテゴリ未分類
  世の中から無くしてしまいたい物=「原水爆」を葬り去ろうと被爆した建物や場所を後世に残し、世界に広く伝えていくことで核廃絶の流れを作ることには大賛成だ。今年の8月6日広島原爆平和慰霊祭に、米国オバマ大統領の肝いりで、ルース駐日大使が、英仏臨時代理大使と共に被爆65年を経て初めて参列してくれた。むせぶ涙の極みだ。この広島の原爆ドームは
’96年ユネスコの世界遺産へ登録されている。次いで今年7月31日米国信託統治の北太平洋マーシャル諸島「ビキニ環礁」が文化遺産として世界遺産へ登録された。ご存知の焼津母港遠洋マグロ漁船「第五福竜丸」全乗組員23名が、’54年(昭和29年)3月1日米国のビキニ環礁水爆実験の米国指定危険水域外での漁中に被爆し、1名が死亡した。日本は広島・長崎に続き、戦後も世界で3番目に当たる原水爆の被爆を受けたことになり、日本は悲しみに包まれたいきさつがある。
  第五福竜丸は、’47年和歌山県古座町(現在:串本町)のカツオ漁船として建造された木造船だった。その後、遠洋マグロ漁船に改造され、ビキニ環礁で操業していて被爆した。米国が、被爆の証拠を隠滅する為沈没されることを恐れた乗組員は被爆の無線連絡をすることなく、焼津港へひっそり帰港した。この被爆をきっかけに東宝の特撮「ゴジラ」は制作され、’54年11月3日公開された。後に日本のアニメ海外輸出の波を受けて、「ゴジラ」がニューヨーク(NY)マンハッタン街を闊歩するシーンが、米国の子供たちをとらえたのは皮肉なものだった。また第五福竜丸が、帰港後東京水産大学の練習船「はやぶさ丸」に改造され、その後廃船となり、東京のゴミの島「夢の島」へ放置されていた。’69年東京都の職員等が中心の保存運動が起こり、都立夢の島公園「第五福竜丸展示館」に展示されて今日に至っている。丁度若者が集まる「お台場」と「葛西臨海公園」の真ん中に位置する。無料入館可能なので、ついでの折に訪れることをお薦めする。また心臓部のエンジンは、廃船時に本体から切り離され貨物船「第三千代川丸」に搭載されていたが、'68年熊野灘沖で座礁沈没した。この際も保存運動が起こり、’96年海底から引き揚げられ、展示館の脇に展示されている。
  その後歳月は流れ、今年3月のアカデミー賞を受賞した米国人監督の和歌山県太地町イルカ漁「ザ・コーブ」が、日本でも一部の映画館で公開されている。米国が現在も水爆実験の被害と認めていない第五福竜丸被爆を、船の歴史を物語る「建造の串本町、エンジンの座礁水没の熊野灘」共に「ザ・コーブ」の無断撮影地「太地町」の近くだ。因縁があるとしか思えない。大切なことは被爆の事実を遺跡や展示館で突きつけ、風化させないことだ。どこかで米国オバマ大統領の広島訪問に繋がるような、米国や核保有国の核廃絶賛同者にメッセージが伝わり、連帯できること必定と考える。
  さて前置きが長くなったが、夏の反戦反核の季節に免じて許していただき、本題に入ることにしよう。若い女性達に、この話をすると’’ウソー、本当?’’と黄色い声の反応が返ってきて、明るい歓声に包まれる。そう「水着の『ビキニ』って、'46年7月1日フランスのデザイナー:ルイ・レアール氏が、パリコレクション超最小面積新作水着発表時、マーシャル諸島のビキニ環礁が、細いサンゴ礁の島がほんの付け足しの島の様に連らなっている形になぞらえて、また米国の水爆実験が'46年6月末ビキニ環礁で行われた衝撃の、4日後だったので『ビキニ』と命名した」。実際その時代の最小面積のセパレーツ型水着は、物質の最小単位である「アトム(原子)」と言う名で普及していたようだ。そのアトム(原子)に対抗してさらに最小面積の水着にインパクト持たせるには、実験の後だから衝撃的ということになる。その後フランスも仏領太平洋諸島で核実験を、頻繁に重ねることになるので、命名に反核の意味は込められていなかった。しかし全世界に、66回も行われた原水爆実験の場所ビキニ環礁とは無関係に『ビキニ』水着が定着していった。その認知度の流れ(つまり、メディア操作も含め、命名の関係を敢えて言わない。=日本の女性達も殆ど知らない事実)を見ると、やはり米国、フランス等核保有国の横やりが入り、名前が普及しなかった可能性も否めない。
   吾輩はビキニを見ると原水爆廃絶の象徴の水着と見るようにしている。このような見方(味方)の輪がが増え続けるならば、世界の反核運動のうねりは素晴らしいものになるのに。
   このようなインパクトのある命名には「ミニスカート」もある。モデルのツイッギーさんの着こなし方にもよったと思うが、世界へ定着するには時間を要しなかった。一種の衝撃的シンプルな命名だ。
   日本の連続猛暑は、進みゆく高齢化社会も直撃した。昔「熱射病」と言っていたのが「熱中症」と名前を変え、所ジョージさんも農作業で熱中症になる等、経験したことのないような熱中症患者の急増である。救急医療が大変な時に、未成年者や高齢者を除いては、いたづらに救急体制の疲弊を推すような、簡易救急車出動は避けて、過重な外出や充分なアルカリイオン飲料の補給で体力温存し、暑さを乗り切って欲しいものだ。そんな中『ポカリ・スエット』のインパクトのある命名には流石に感心する。熱中症対策のメガヒット商品として再登場している。若い人達が朝シャン含め、汗を流し、奇麗好き、清潔好きの流れを読み取っていたような「スエット」(汗)の商品名挿入起用だ。得てして汗臭いとか、汗の匂いとか嫌われる運命の汗だが、良く逆手に取ったものだ。暑さをポカリ(ぽっかり浮かんだ汗)スエットで乗り切りましょう。





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Last updated  2010.08.08 16:27:53
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