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2010.08.15
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カテゴリ: カテゴリ未分類
  うだる様な暑さの中で、甲子園まで到達した球児達は暑さ等なんとも思っていないのではないだろうか。いつも思うのだが、野球は自打球含め硬球に当たる確率が高いことや、滑り込みセーフの様な際どいプレーも有る為、どうしても重装備のユニフォームとなる。夏は剣道着と同じで、甲子園の高いスタンドの中では相当‘’暑苦しい‘’のではと思うのだ。アメリカのジュニアハイスクール等では、 夏の野球風景は、硬球ではあるものの、いとも軽装、半ズボンで膝にプロテクター付きで練習をしている。見ていても暑苦しくないのだ。吾輩の軟球草野球も、夏は軽装でやっていた記憶が有る。しかし安全を考えれば、やはり重装備のユニフォームは仕方がないのかも知れない。
  不祥事続きで話題になっている大相撲は、その点夏場も暑苦しくはない。反面初場所は寒くて大変だが、地球温暖化の流れで、温かい場所になる傾向なので、余り心配する必要はなさそうだ。  野球のユニフォームも技術改良で、汗を即吸収し風通しの良い涼しい軽装スタイルの物が出回る様になると思う。
  広島平和慰霊祭に参列されたルース米駐日大使が、帰路甲子園開会日の試合にも顔を出し、「高校生の野球大会で、4万8千人の観客を動員する大会が継続しているのは驚きだ。」とコメントしていた。野球の本場米国をも凌いでいるイベントとして、世界にも認知されていると言うことだろう。学校教育の一環と言う原則が都度再確認され、プロ野球予備軍の場でなく、一部私立高校の全国に校名を早期に認知させる場になりがちなケースも適宜防いでいるという点では評価出来る。

  吾輩も高校野球の観戦暦は長い方だ。今迄のラジオ、テレビの視聴、甲子園の直接観戦で、心に残っている夏の選手権大会激闘の試合を振り返ってみよう。歴史に残る名勝負だ。

(1)昭和33年(‘58年) 準々決勝 徳島商 坂東投手 Vs 魚津(富山)村椿投手の   白熱の投げ合い。将に熱闘甲子園だった。延長18回 引き分け再試合で両投手 連投   27回、徳島商の勝利。なんと坂東投手は、前年の四国大会で、引き分け再試合規定が   無い時代に、準決勝高知商を16回で下し、翌日決勝高松商戦で25回と連続41回連   投し、2:0で惜敗している。この後18回再試合規定が策定され、坂東投手と村椿投   手との投げ合いが、甲子園での最初の適用となる。俗称‘’鉄腕坂東‘’の登場であ    る。ご存じのタレント‘’坂東英二‘’さんの昔の話である。同じ頃、プロ野球西鉄ラ   イオンズの稲尾投手が日本シリーズで連投し逆転優勝を飾っていた。坂東投手のプロ選   手生命も、鉄腕、稲尾投手も長くは無かった。彼らが無理した反省から、米国大リーグ   でも、今や先発完投は稀で、球数100球超えれば中継ぎへ交替とか、先発の中3日~   5日のローテーションが徹底されるようになった。投手が長い選手生活を続けれる今日   のプロ野球の、隆盛の礎を作ったと言えよう。
   因みに再試合規定が無い時代の歴史に残る夏の甲子園熱戦は、昭和8年(‘33年)の   準決勝中京商VS明石中の延長25回の中京商勝利の試合だ。中京商は決勝でも撃破    し、優勝校となる。

(2)昭和44年(‘69年)決勝 制球上手の井上投手松山商VS剛腕大田幸司投手の三沢   (青森) 
   延長18回 0:0のまま、翌日再試合となる。太田投手は再試合も連投、27回連    続だが、松山商には、控えの中村投手が健在、井上を途中で引き継ぎ、三沢をかわし    た。
   先の南アW杯でも話題になった審判の誤審問題だが、この決勝延長戦では、井上投手の   制球が、「ボール」をストライクと判定させる位優れていた。熱戦を押し出しフォアボ

   かで、固唾を飲んで見守った決勝戦だったが、押し出しフォアボールで三沢の勝利=優   勝旗が白河の関を超えるシーンが、あったのだ。それほど太田投手率いる三沢攻勢の試   合展開だった。 その後白河の関を超える話は、平成16年(‘04年)の駒大苫小牧   の優勝まで待つことになる。白河の関を超えると言うより、優勝旗は津軽海峡を飛行機
   で一挙に越えてしまった。

(3)昭和58年(‘83年) 準決勝 桑田・清原KKコンビのPL学園VS水野投手の    (徳島)池田
   82年夏、姫ダルマ監督と異名を持つ蔦監督率いる徳島の山中にある池田高校のやま
   びこ打線が、1年生荒木大輔投手を擁する早稲田実業をコテンパンに打ち砕き、夏優勝
   校となった。蔦監督は、池田の野球部が14名しか集まらない段階から甲子園出場を果   たし、‘’高校野球はヒットで出たらバントで送る‘’の常道を否定し、バントをせず   野球の醍醐味である強振のヒット戦法が、甲子園ファン皆の共感を呼んだ。その池田    は‘82夏、’83春選抜と畠山投手で優勝重ね‘83夏優勝で初の3連続優勝がかか   っていた。 擁する投手は快腕水野(後巨人入団)、対するはPL学園は、1年生コン   ビ桑田エース投手・清原4番内野手。その水野がKKに打ち砕かれて3連続優勝の夢は   断たれた。KKに打たれた水野投手のうな垂れた瞬間は強烈だった。
(4)平成10年(‘98年)準々決勝戦 松坂大輔投手の横浜高校 VS PL学園 
    再試合となる延長15回で横浜が勝利する。優勝校となるが、松坂投手の連投は凄ま
   じい迫力が有り、大物の風格を備えた安定したピッチングだった。「大輔」の名前が命   名ブームになったのは、上記(3)の早実荒木大輔投手の活躍からだ。
(5)平成18年(‘06年) 決勝戦 斎藤投手の早稲田実業 VS田中投手の駒大苫小牧    15回引き分け再試合の末、早稲田実業の優勝。上記(2)松山商VS三沢から決勝
   戦再試合は37年振りで、ハンカチ王子斎藤投手が一枚上手で粘投した好ゲームだっ    た。この敗戦で駒大苫小牧は3連覇の夢は潰えた。その後二人は、早大学生野球とプロ

   両者の投手戦再対決は面白そうだ。





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Last updated  2010.08.17 12:24:04
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