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最近はこちらのアメリカの会社はどこでも、会社でアシスタントのプログラムを用意してくれているところがほとんどです。その中には私のように身内を亡くしたり、離婚したり、家庭に問題がある人たちに対してのカウンセリングとか、または法的問題の解決のアシスタントをするプログラムがあったり、子供や老齢の人たちの介護に関する手助けをするところを紹介してくれたり、もう至れりつくせりという感じですが、それは反対に考えるとどれだけ多くの人たちがどれだけ多くの問題を抱えているかという事実に比例します。早速次の日総務課へ行ってパンフレットをもらってきました。その内容がもうカウンセリングに行く前からとても興味深いものだったので皆さんに紹介したいと思います。私達は長い人生の中で身内や親しい友達を亡くしたり、両親の離婚、引越し、転職などの自分の周りの環境の変化によって 心理的、肉体的な変化が見られることがんあります。心理的には、空虚感、失喪感など そして身体的には体のふるえ、吐き気、頭痛、呼吸困難、口内の乾燥、不眠、食欲不振などがあげられます。また気持ちの変化として全体的に怒りっぽくなる、ある人に対してだけおこりっぽくなる、ある状況に対してだけ怒りっぽくなるという表情も表れることもあります。それに加え ”こうすればよかった” "こうするべきだった””こうしてあげればよかった"などの罪悪感にさいなまれたり、そこから仕事に復帰できなくなったり、一時的に日常生活に対応できなくなることもありますがこれらの症状はきわめて普通のことです。一般的に身内や親しい人を亡くした場合私達は4段階のステージを経験することになります。1、その人を失ったことを受け入れること。2、心理的、身体的な痛みの回復に努める。3、その人なしで生きる努力をする。4、新しい生活に慣れ始める。そしてその悲しみはそれを受け入れられるまでいつまでも続きます。そしてそれを受け入れてまた生きる希望を持ち始めるまで、その期間は人によってさまざまです。その長さは生前にその人とどれだけ親しかったか、あなたがどれだけのサポートを周りから得ることができるか、あなたの性格、健康状態、家族のバックグランド、そしてあなたの今までの人生の経験によっても左右されます。ある人は数ヶ月ある人は何年もかかりますが、専門家の総体的な意見では、約1年という期間がもっとも一般的なようです。その1年という時間は1年を通して、誕生日、お正月、お盆、クリスマスなどの行事をその人なしで過ごすことによって、新しい生活のパターンをそのたびに創り出していきということです。けれどもその一年の中でも悲しみからの脱出はときとして複雑化することもあります。このような経験の中で時として自分の気のつかないうちに不眠や食欲不振、仕事に身が入らないほどに考え込んだりということもあるでしょう。そして時として さまざまな家庭の事情とか、その状況下によって、自分は悲しいはずなのに、自分はショックなはずなのに、もう一人の自分はなんとなく安堵感や、開放感を感じそれが罪悪感としてその人を苦しめ ”そんなこと思うべきではない” と自分を責めることさえあるでしょう。これもきわめて普通のことです。いずれにせよあなたがどんな感情をその人に持っていたとしてもあなたはこの先まだまだ長い人生を歩いていかなければいけません。その感情とうまく付き合っていくためにもカウンセリングが必要だと思ったら試してみるのもよいかもしれません。このようなパンフレットでした。私はここ2ヶ月弱、自分は大丈夫だ...妹をいつまでも悲しみで縛っておいてはいけないと思い、自分ではふっきったつもりでいましたが、実際はまだまだでした。そしてうえに書いたような感情は本当に自分でも心当たりのあることばかりです。いまでも悲しいです。今でも1日何回も思い出します。突然涙が出てとまらなくなることもあります。私は今までそれを無視していたのかも知れません。無視していたというよりしてはいけない、私が泣いたら妹が悲しむと思い我慢していたところもあったかも知れません。私はそれを恥ずかしいことだとは思っていませんが、この感情とうまくこの先付き合っていかなければいけないと思っています。カウンセリングに行って自分の悲しみや苦しみなどを吐き出してこようと思っています。きっと今よりこころが楽になると思います。そのほうが妹も喜んでくれると思います。あさっては妹の35歳の誕生日です。
2005.10.15
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これを日本語で 不安神経症というそうです。家庭の医学で見つけました。今日はいつにもまして忙しい一日でした。お昼にを行ったのは2時半。車の中でなんだかのどが渇いたような気がしていました。きっと朝から十分な水分を取ってなかったんだろうなって自分で納得して会社へ帰りました。会社へついてすぐガボガボと水を飲みました。なんだか心臓がどきどきしてきました。目の前がちらちらしてきてお風呂上りにのぼせたような症状でした。だけどどこも痛いも苦しいところもありません。ただ心の中がすごく不安になってきました。私は ここで意識を失うのではないか.....心臓が止まるのではないか...なんて思っているとまた前にもまして心臓がどきどきしてきます。そうしていると先日なくなった妹のことが思い出されました。私に今何かあったら子供達はどうするのだ...両親は....ますます不安が募っていきます。黙って5分ぐらい自分の中の不安を一生懸命とり除いていきました。"そんなことはない...そんなことはない...と自分に言い聞かせながら..’それから家に帰ってからも小さい発作みたいなものが何度か私を襲い不安になりました。家庭の医学を取り出していろいろ検索して見ました。"私..もしかしたら更年期障害??????そりゃあちょっと早すぎるよな...ん...でも症状が似ている...”急いで日本の母に電話をしました。女性の更年期の症状は総体的にみて母親に似るという統計があります。母は きっと更年期障害ではないけど ストレスかも知れないよといわれました。そういえば最近会社のシステムが変わってからの私のストレスレベルは最高値に到達しているのは間違いないのです。それから更年期障害のエキスパート、義母に電話をしました。義母は やはりストレスよといっていました。何が起こったかというと私の最近の妹の死という悲しい出来事に対して私は自分はもう大丈夫だと信じていたのですが、私の中のもう一人の自分はまだまだそのショックから立ち直っていなかったのだろうと思います。そしてこの仕事のストレスがそのショックと不安を私の外面に押し出した形のなったのだと思います。英語でANXIETY ATTACK...日本語で不安神経症というそうです。アメリカではこのANXIETY ATTACKという症状は日常生活の中でよく聞かれます。 ごく普通に起きる症状です。うちの主人がたばこをやめるのにそれを助ける薬をお医者さんからもらって飲んでいましたが だんなは ANXIETY ATTACKがおきるといって飲むのをやめました。うちの義妹は初出産を普通分娩でとがんばっていたのですがあまりにも時間がかかりすぎて急きょ 帝王切開にするとお医者さんから言われいきなりパニック状態に陥りいわゆるANXIETY ATTACKがおきて泣き叫び始めたらしいです。この不安神経症 -ANXIETY ATTACKとはなんらかの原因でどうしようもなく不安に陥り入り心臓がどきどきしたり、冷や汗をかいたり、のぼせの症状出てきたりするようです。義母と話して原因がわかったとたん私の発作は止まりました。明日会社のボスと仕事についてはys話すつもりでいます。”もっと仕事へらしてくれ~~~~~”ここ2-3日様子をみてまだ発作があるようならカウンセラーのところへいってこようと思います。アメリカは日本と違ってカウンセラーへ行くというのはごく普通のことです。 結婚カウンセラーとか 両親の離婚後の子供のカウンセリングとか 私のような家族を失ったうち人たちがカウンセリングに行くのは何も珍しいことではありません。これは義母からの提案でした。彼女は ”きっと心が完全に癒えるには相当の時間がかかると思うけど試してみれば?子供達のためにもそしてだんなのためにもそしてあなた自身のためにも。そして寂しかったら寂しいって言えばいいし、悲しかったら悲しいって言えばいいのよ。もしあの子(私のだんな)がそれをサポートしないのなら わたしがおしりをたたいてあげるから”だって。気が楽になった。
2005.10.12
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私の10数年以来の友達のmis mis さんからバトンが回ってきました。 彼女は昔からとってもがんばりやです。今でも日記でもわかるように彼女はいつもいつもがんばっていますよね。私も少しみならわなくては...Q1. 小さい頃、何になりたかった?昔から普通に仕事について普通に結婚して普通のお母さんになりたかった..すごい平凡すぎて自分でも情けなくなります。だけどそれが私です。Q2.その夢は叶いましたか?私のそのひそかな夢はかなったのですがまさかこのアメリカの地でお母さんになるとはおもってもみなかったです。だけど日本にいてお母さんになるよりははるかに苦労していると思います。色いろんな面で..戦わなくてはいけない機会がかなり多いです。例えば、家の長男は生まれてすぐ腎臓摘出の手術をしましたがそれに伴ういろいろなこと、看護婦との戦い、医者との戦い、保険会社との戦い、学校との戦い。そうでなくてもここは毎日が戦いです。うちの父にたまに言われます。 "お前は強くなったなあ...”って。だけど強くなくてはここでは生きていけません。Q3.現在の夢は?あまり多くは望みません。家族4人で健康に細々と暮らせたらそれでいいです。年をとったら子供達にがんばってもらって、女の子の孫がほしいですね....自分はあきらめたから。早期に退職して、友達達とシニアのコミュニティーに一緒にすんで毎日ビンゴをしたりギャンブル行ったり、ヨガのクラスに参加したりしたいです。そして子供達の家と日本をかわりばんこに たずねて歩きたいです。そのころには長男が金持ちになっていて日本へのビジネスクラスのチケットを一年に2回ぐらい買ってくれるといいのですが...なんと平凡な夢で恥ずかしいですね...そうそう私の友達が、私の子供達が大きくなって手が離れたらバリ島につれてっていってくれると言ってくれました。だんなと子供達を置いて女友達と行くバリはきっと楽しいだろうなと今から楽しみにしています。Q4.宝くじ3億円当たったら?いま会社でメガクラブというのに入っています。毎週2回行われるメガロットのチケットを10人でプールして買っています。それがあったったらその次の日には10人全員で家族を連れてハワイでまずバケーションをする予定です。会社を設立して法人で家を3-5件買って家賃収入で暮らします。私は料理をするのはすきなのですが掃除が嫌いなので掃除婦さんを雇います。そしてその合間を縫って日本へ年に2-3回かえって親と時間を過ごしたいです。ハワイにコンドを買って毎年バケーションに行きます。そして私が行くときには日本の親たちも呼んでみんなでわいわい過ごします。楽しいだろうな...暇な時間は(3億円あたったらもちろん私は仕事をやめるので暇な時間ができます)、息子達の学校のクラスマザーをします。 Q5.あなたにとって夢の様な世界とは?なんだろうね...喧嘩のないみんなが助け合って仲良く暮らせる世界かな....Q6.昨晩みた夢は?1コ個伸ばし伸ばしにしている仕事があって、なぜかしらそれが気になって気になってうなされました。ほったらかしにしているのはここ2-3週間なのになぜか昨日はそれが気になって仕方なかった。だけど夢の中でしようとするんだけど何かに妨害されてできなかった。Q7.この人の夢の話をきいてみたいと思う人は?ん....もうかなりの方達が参加されたと思います。この際、やってみた方どうぞ...ということで...これはいい機会です。自分の過去と現在と未来をじっくりでもないですが考えてしまいました。がんばってください。
2005.10.04
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