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☆12月9日(木曜日) 旧十一月四日 癸巳(みずのとみ) 友引: 漱石忌【物集彦 其の八】今日、12月9日は漱石忌だ。漱石は、名主で金持ちの家に生まれたが、夏目家は子沢山で漱石の誕生も余り歓迎されないものであった。生まれた日は慶応三年(1867年)二月九日だ。この日は土曜日で干支は「かのえさる」だった。漢字で書くと庚申だ。陰陽五行説では「庚」も「申」も「かね=金」に属するとされる。金が絡むと人身は荒むのは、今も昔も同じだ。そのため庚申の日は、「争いや刀傷沙汰が起きやすい」とか、「この日に生まれた子供は長じて大泥棒になる」とか謂われて忌日だった。おまけに、人間の体の中には天帝の使いである潜入捜査官が住んでいるとされる。それが庚申の日の夜に、宿主が寝静まったのを見計らって体を抜け出して天に昇り、天帝に宿主の悪事を告げ口に行く。これは「三尸(さんし)の虫」といって、いわばチクリ屋だ。普段は宿主の厄介になっていながら、定期的に恩人のことをチクリに行くんだから、根性のヤナ奴だ。しかし、三尸の虫に悪事や疚しいことがチクられ、それが天帝の知るところとなると、その人間は早死にしたり、色々な不幸を蒙るとされた。だから、庚申の夜は神々を祀る宴を催し、それも徹夜で飲み明かして眠らず、三尸の虫が天に行けないようにした。これを「庚申待(こうしんまち)」とか「宵庚申(よいこうしん)」というが、未だ日本のどこかにその風習は残っているだろうか?厄介ものの三尸の虫を懐柔するためのシンボルは、「庚申さま」として、路傍に石の像として遺されていたりする。この辺は道教由来の話である。漱石は庚申の夜に生まれたから、庚申の厄を背負ってしまう。そこで厄除けに金の字を配して金之助と命名された。そのお蔭か、漱石は大泥棒にはならないで済み、文豪、英文学者、評論家として日本の文学史にその名を残すことと成った。しかし、長じて漱石と号したのがいけなかったのか。よく知られているように、「漱石」は中国の「晋書(しんじょ)」孫楚伝に「漱石枕流」として出てくる熟語だ。皮肉屋で負けず嫌いの孫楚君は、俗世間を超越し自然に旅する境地を表すのに、「漱流枕石=流れに口を漱ぎ、石を枕にす」と言うべきところを、「漱石枕流」、つまり「石に口をすすぎ、流れを枕にす」と言ってしまった。孫楚君、その時少しも騒がず、周りの指摘にも何のかんのと屁理屈をこねまわして、頑として正さなかったという。因みに、孫楚君のその屁理屈が余りに馬鹿馬鹿しくて、周りはむしろ感心してしまった。だから「さすがぁ~!」と感心する言葉に「流石」という漢字を充てるようになったのだそうだ。つまり漱石とは、決して素直で実直な名前ではない。それがまた三尸の虫の告げ口するところとなったのか、恐らくは天網恢恢疎にして漏らさずの神様のこと、そのせいで漱石は胃を病み、神経衰弱、胃潰瘍、痔疾、それに糖尿病まで患い、終には胃潰瘍の悪化で大正5年(1916年)12月9日のこの日、満49歳の若さで身罷ってしまった。漱石はいよいよ最後になった時、病床でいきなり寝間着の胸をはだけて、「ここに水をかけてくれ、死ぬと困るから!」と叫んだそうだから、最後は素直にもっと生きたかったのだと思う。春風未到意先到。これはまた、今の私の心境でもある。合掌。
2010.12.09
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☆12月7日(火曜日) 旧十一月二日 辛卯(かのとう) 赤口: 大雪【物集彦 其の七】今日は二十四節気の大雪だ。そういったら物集彦はすぐに突っ込みを入れてくれた。「先ず大雪は『おおゆき』じゃなくて『たいせつ』と読む。『だいせつ』でもない。それから、二十四節気というのは誤りで。正しくは二十四気というべきだ。」あぁそうですか。それが?・・・「日本は暦を他の大抵のものと同様、中国から輸入した事は君も知ってるだろ?暦も中国から太陰暦を輸入した。太陰暦は月齢に従った暦だ。新月の日は月始めで15日の夜は十五夜で満月になる。新月を朔、満月を望といい、従って太陰暦の暦月は朔望月というわけだ。月が地球を周回する周期は29日半程度だから、29.5掛ける12は354日になる。これでは、地球の公転周期である365日と四分の一には、十数日足りなくなる。これをそのままにしておくと、暦と太陽の運行が段々ずれて云って、春爛漫のはずの4月に雪が降ったりすることになる。」暦は太古の昔以来、人間と自然とのやりとりから生まれてきたものだろう?じゃぁなぜ、最初から地球の公転、つまり太陽の運行に合わせた太陽暦ではなかったのだろう?「月は惑星の衛星としては、例外的に大きいのだ。地球をピンポン玉の大きさだとすると、月はパチンコ玉の大きさになる。それがこの縮尺だと、地球から約1メートルちょっと離れたところを周っているのだ。母星の四分の一もの大きさの衛星がこんなに近くを周ってるのは、太陽系では他にはない。元々月は地球から何かのきっかけで分裂して出来たとも云われて、宇宙のスケールでは地球と月は双子だ云っても良い位だ。そうすると彼我の間で色々な影響が出てくる。地球と月の間には潮汐力という力が働き、その結果月はいつも同じ面を地球に向けて公転するようになった。地球の方では、一番分かり易いのは海の潮の満ち干だ。満潮や干潮は月の影響によって起きている。生命は35億年前に海で生まれた。その海は月による潮汐力の影響を大きく受けている。だから地球上の生き物は、その発祥の時から月の影響を大きく受けてきて当然なのだ。海ガメは満月の夜に海岸の満潮線の上にまで卵を産みに来る。珊瑚の放卵も初夏の満月の晩にの出来事だ。女性の月経周期は、今でも月の公転周期とほぼ同じだし、狼男の変身も満月の晩だな。子供が誕生するのは潮が満ちてくる時だし、人が亡くなるのは引き潮の時間だと云われる。つまりは、生き物の体の暦は、月齢に同期している部分が大きいのだな。それに生活面でも、昔の夜は今のように人工的な明かりなど無かったから、旅に出たり夜に何かしようとする際には、月明かりが非常に重要だった。昔の旅人は月齢を大いに気にしたものなんだよ。つまりは月齢を基にした暦の方が遥かに実用的だったのだ。」「ところが、人類史上農耕が始まって状況が変わった。植物は太陽の光を使って光合成をする。だから穀物や作物は太陽の暦に従って生育する。農作業にはつまり、太陽暦が必要になってくる。それをきっかけに、宗教的にも太陽神が主に、月の神はサブ的な存在になったのだ。」「生物としての生理に即した暦と、農耕用の暦を両用するためには、太陰暦と太陽暦を折衷する必要が出てくる。そこで、一年を太陽の天球上のある位置を基準にして24等分した。基準点を春分点とし、この春分点は黄経0度と定められた。太陽が春分点を通過する日は、昼と夜の長さが等しい。ただし黄経は、ある程度天体の動きが分かってから定められたものだ。それで黄経0度は暦の始めにはなってない。伝統的に太陽暦を採用していた多くの国、まぁヨーロッパだが、太陽高度が一番低くなる、つまりは昼の時間が一番短くなる冬至を、一年の起点としていた。人類の発祥の地は西アフリカだが、文明が発展したのは北半球だったからね。緯度の高いヨーロッパでは、冬に近付くとどんどん昼の時間が短く、暗くなっていく。辺りが暗くなれば、気分も滅入ってくる。しかし冬至を境に、再び太陽は少しずつ長い時間地上を照らすようになる。冬至は明るい暖かい季節に向けての再生の兆しだったから、これを一年と始めに据えるのは自然だったのだ。クリスマスだって、元来は冬至のお祭りだった。本来キリストの生誕は2月だか4月頃だったそうだ。それを誰かがヨーロッパに持ち込むにあたって、現地で伝統的だった冬至祭りに合体させてしまったんだな。キリスト教の布教にはその方が都合良かった訳だ。中国や日本でもやはり太陽の回帰は嬉しいもので、一陽来復といって、黄色い切り口を太陽に見立てて南瓜を食べたり、やはり黄色くて丸いゆずを湯船に浮かべたりして祝う。しかし東洋では1年の始まりは冬至ではなく立春だった。天球上太陽の辿る道筋を黄道と呼ぶ。太陽はこの黄道上を一年で360度周回する。都合のいいことに地球の公転周期はほぼ365日だから、太陽は黄道上を一日にほぼ1度進むことになる。黄道を24分割した一単位は、角度で15度になるから、ほぼ2週間ごとに次の単位との境界を迎える。これが二十四気だ。これは太陰暦ではなく純粋な太陽暦だ。つまり農耕の暦として使える。」「しかし、そうなると太陰暦と太陽暦である二十四気は、二重構造になり、二つの暦の間の関係は無いままだ。だから春爛漫の筈の4月なのに、雪が降ることもそのままだ。そこで、24の区分を交互に「節気」と「中気」に分けた。ここで銘記すべきは、太陰暦での暦月は二十四気での「中気」の存在によって決定されることだ。節気の方はこれ程の「権威」を持たない。さて、少し正確に言うと1朔望月は29.5306日で1太陽年は365.2422日だ。ここで、1朔望月と1太陽年の日数(365.2422日)の最小公倍数を求める。一寸ごちゃごちゃした計算になるが、厳密な最小公倍数など求める必要は無い。適当なところで切り上げればよい。」というと、物集彦は電卓で何やらひとしきり計算し始めた。彼の電卓はHPの科学・統計計算用の電卓で桁数も多い。それに関数キーが一杯ついているので、私は触ったことも無い。やがて、彼は「フム。正しい。」と一つ頷くと、再び話を続けた。「235朔望月=6939.6910日。そして19太陽年=6939.6018日だから、この辺が適当だな。その差は約0.09日だから2時間ちょっとに過ぎない。19太陽年は228ヶ月だから同期間の朔望月数235には7ヶ月足りない。つまり、19年間に7ヶ月の余分な月を埋め込めば、太陰暦月でも太陽暦での季節感と、ずれないで済むということだ。こうして埋め込む暦月は、本来の暦月ではなく『正規の月に準(閏)じた月』という意味で閏月というのだ。さてそうすると、具体的にはどうやって閏月を埋め込む時期を決定するかだ。ここで、二十四気が登場する。少し前に『太陰暦での暦月は、二十四気での中気によって決定される。』といっただろう?たとえば春分は太陰二月の中気だ。正確に云い直すと、『春分の有る月を二月とする』ということになるね。それが太陽暦と太陰暦の周期の違いが積み重なっていくと、やがて次の三月の中気である『穀雨』までに太陰の一朔望月がまるまる入ってしまうことが起こる。つまりこの朔望月には中気が無いから暦月名が付けられない!それで、そういう時には「閏二月」を挿入することで解決するのだ。簡単に言えば閏月は「中気の無い月」だね。そういう年は従って一年は13ヶ月ある年になる。先ほど云ったように、1朔望月は29.5306日で1太陽年は365.2422日だ。二十四気での中気から中気までは、365.2422割る12で約30.44日。1朔望月とは約0.91日の誤差が出来る。これが累積して1朔望月の長さになるには約32.45朔望月かかる。だから閏月は大体32~33太陰月ごとに挿入されることになるのだ。このように、日本で使われていた太陽太陰暦では19年で7ヶ月不足する月数を、二十四気の中気を利用することで補うようにしていたのだ。」「だから、二十四気は12の中気と12の節気から成っていて、その中でも中気は大事な意味を持っていたのだ。それを二十四節気と呼ぶのは乱暴だろう?実際太陰太陽暦元祖の中国の古い文書でも、二十四節気ではなく二十四気と明記されているし、日本でも江戸時代までの文献には全て二十四気で出てくる。それが二十四節気になってしまったのは明治時代以降の話なのだ。君も古典を尊重し論理性を重んじるのであれば、今後は二十四気と呼ぶようにしなければいかん。」物集彦にかかると、たかが大雪の話でも、これだけ長大なものになってしまう。それにしても、大雪といっても、未だ雪が盛んに降る時期ではない。一番寒いのは大寒ではなく、むしろ立春の頃だ。これも地球温暖化のせいなのだろうか?「あぁ、それはね、二十四気の由来が中国にあるからだよ。中国の気候と日本の気候とではいささかのずれがある。それに、天球上での太陽の動きが地上の実際の気候に影響を及ぼすには、約一ヵ月半の遅延があるのだ。だから日本では二十四気のほかに雑節を設けて、ローカルな農耕指標としたのだよ。そもそも、地面の比熱と・・・・」今度は、熱力学の話になってしまいそうなので、私は約束があるからと、鄭重にお断りして退散することにした。物集彦の話は確かに奥が深いし、一つのことを多角的に見せてくれるという点ではありがたい。しかし、それも「たまに」である限りにおいてのことである。
2010.12.07
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☆12月6日(月曜日) 旧十一月朔 庚寅(かのえとら) 大安:【物集彦 其の六】今日から旧暦の十一月だ。ところで、そもそもWikiLeaksはハッカーだといっていいのだろうか?私は情報の大量爆発、そしてそのメディアとしてのインターネット、そういう観点からこの議論を始めたはずだ。その一方で物集彦は、最初からネット上での情報の奪取・漏洩という流れで話している。WikiLeaksはハッカーであるという前提で最初から彼は話しているのだ。ハッカーというのは、コンピュータやネットワーク上を、優れた技術力を駆使して跳梁する連中だったはずだ。つまりはその活動領域はサイバースペースに限られている。WikiLeaksは、「信頼できるソースから情報を入手した」と云っているだけだし、色々なメディアの報道でも、米国政府のコメントでも、特にコンピュータ犯罪であることを強く示唆していない。WikiLeaksの活動は、もちろんIT上にも及んで(しかも相当ヘヴィーに)居るはずだが、それだけでなく紙での書類の手交や郵送、電話での或いは直接会っての密告などもあるのではないか?だから報道などでは「内部告発サイト」と云っていて、ハッカーと云わないのではないか?しかし、そういうと物集彦は例の目つきで人の顔をねめつけた後、「それのどこが問題なの?」というに決まっている。そして「ハッカーというものは、随分昔から存在していたのだ。メディアや手法が何であれ、その本質は同じじゃないか。大体紙だろうが音声だろうが、或いはコンピュータネットワークを流れるビットだろうが、最早区別をつけることは出来ないのだ。」といいながら、彼一流の理論を展開し始めるだろう。それに加えて、「君はなぜ報道機関や政府が、WikiLeaksをコンピュータ犯罪では直接無いように発表しているのか、その意味を考えるべきだよ。何度も云ったように情報は解釈と意図なんだよ。」とも、レイの「教育的な」面持ちで云うだろう。そして、また燗ビールを持ち出してくる。彼のは「缶ビール」ではなくて「燗ビール」なのだ。そして堅あげポテトと、今度は「干し芋」なんかをつまみに、最後はどこかの民話を形而上的な警句にして放り出して終わるだろう。それくらいは私だって手に取るように想像できるのだ。今日はGoogleが中国で高度なサイバー攻撃を受け、それが中国政府直々の指示によるものだったのをWikiLeaksによって暴露されたことと、アメリカのPay Palという電子決済屋がWikiLeaksへのサービスを停止したことが報じられている。この辺は物集彦がすでに大綱において予告した内容の域を出ていない。彼が言うように、今後こういう情報がどんどん出てきて、大衆は早晩それに馴れてしまうだろう。情報を陳腐化するには、それを規制するより類似する、或いは関連する情報を大量に送りつける方が遥かに有効なのだ。そんなことは私も容易に考えられる。何も物集彦の長口舌を聞かされるまでもないのだ。
2010.12.06
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☆12月5日(日曜日) 旧十月三十日 己丑 先負: 納めの水天宮【物集彦 其の五】「ところが、WikiLeaksは2007年1月にハッキングの成果を公表するという企画を公にしてしまった。これはハッカーの世界では二重の意味での裏切りだったんだよ。一つは同じ穴の狢たちだけで共有されるべき存在を公にしてしまったこと。これはハッカーの名誉であり誇りでもある匿名性を汚す重大なモラル違反だった。もう一つはもっと深刻だった。WikiLeaksの企画を公表する際同時に、『我々の主目的は、アジア、旧ソビエト連邦、アフリカのサハラ砂漠以南、そして、中東の圧制を強いている政権を白日のもとに曝すことである。そうすることで、世界の全ての地域で、政府や企業による非倫理的な行為を暴露したいと考える人たちを支援していきたい』とするプロパガンダを公表してしまったんだ。これが、誇り高いハッカーたちの神経を逆なでした。彼らはWikiLeaksが『一般人』の倫理に阿ることでハッカーとしての神聖な倫理を踏みにじったと考えたんだ。純粋のハッカーたち(そんなものが居るとしてだけど)は憤り、WikiLeaksを徹底的にコケにすることにした。『ジュリアン・アサンジは欲求不満のホモだ。』、そういう烙印まで押すことにしたハッカーも居る。つまりは、ジュリアンをセクハラの件で告発するのは見当違いということになるね。」なるほど、それが若し本当なら、その存在が公にされて3年もの間、『一般人』の間ではWikiLeaksの存在が殆ど話題に上らなかったのも分かる。手の込んだいたずらをしても、誰も目もくれないとしたらいたずらっ子は誰だって(物集彦は特に)面白くないだろう。それで大向こうを狙って国務省や海外米国公館の公文書を暴露する挙に出たのだろうか?そうなると、どう見ても自己顕示欲が強いだけのコンピュータオタクの集団に過ぎないのじゃないか。自由という名目に敏感で、本来こういうことには喝采すら送りかねない米国民は、一方で愛国という名目にも敏感である(要するにどちらも「我侭勝手」に尽きると私は思っている)。愛国心が持ち出されれば、大半の米国民は途端に「小異を捨てて大同に就いて」結束してしまうところがある。WikiLeaksは米国の外交文書や海外公館での「本音」のやりとりを公表することで、米国民の7割からテロリストだと看做されるようになってしまったのだ。「そうなると各国は、特にアメリカは何らかの強硬手段に出るんじゃないか?」「いや、そんなことはしないね。微妙な情報は一旦漏れてしまえばそれを無視することしかない。プーチンがバットマンでメドヴェージェフがロビンだというのは、その通りだしね。『あの首相は無能なお飾りに過ぎない。』とか、『北朝鮮が蠢動すれば日本は核武装化する、と東アジアの首脳は考えている』など、『そんなことは云っていない』と言い募るほど信憑性が増してくる。だからアメリカとしても、日本や他の政府もこれを無視するに越したことは無いんだよ。」なるほど、それで仙石さんや岡田さんは、「そんな話にコメントすることは何も無いし、今後それを調べることも無い。」と云った訳だ。「しかし、政治の世界にいる連中は、ハッカーと違って現実世界での利害と策動のやりとりにどっぷり浸かっているから、政府の名前が出ない限りにおいて、ありとあらゆる直接・間接の手段でWikiLeaksの評判を貶め、押し潰そうとするだろうな。それは間違いないね。」物集彦は、今度は「大粒干し葡萄」に手を伸ばす。これは彼が先日、山梨に「日帰り葡萄狩りバスツァー」に出かけた時に買ってきたものだ。破格の料金につられたのだが、秋も遅く時期遅れの葡萄は葡萄園の中にも既にまばらにしかぶら下がっておらず、美味しくもなかったらしい。途中出された昼食も、甲州名物のほうとうの代わりに「きのこみぞれうどん」だったそうだ。「一人用のコンロの上に紙鍋を載せて、舞茸とうどん玉が汁の中に浸かっているのに、大根おろしが載っているというひどい」代物だったったそうだ。彼は、かつて所有していた八ヶ岳山麓の別荘で、手の込んだほうとうを自作し、友人たちに振る舞って喝采を博したことがある。「山梨でうどんを食わされるなんて、大阪で蕎麦を食わされるようなものだ。」と彼は憮然としていた。それでも彼はその「ひどい代物」を残さず食べたそうだ。やっぱり破格の値段のバスツァーはそれなりであったようだ。それで彼は生の葡萄の換わりに「大粒干し葡萄」を買ったのだ。彼は名物に弱い。「産直の本場ものだよ。」と喜んでいるが、袋に貼り付けてある小さな紙には「製造愛知県」と書いてあるのに気付いていない。それにしても、生温かいビールに干し葡萄だ!私はとても手を出す気になれないが、彼は干し葡萄まで丁寧に一粒ずつ食べる。「WikiLeaksの最大の誤算は、倫理を踏みにじることで、世界中のハッカーを敵に回したことなんだな。」と干し葡萄を噛みながら彼は云う。「情報は今の時代その気になれば幾らでも取得することが出来る。しかし取得しただけではそんなものは何の意味も無い。情報は解釈というスクリプトが付随して初めて『一般人』に意味を持つものになるのだ。WikiLeaksは取得した情報を『社会正義』というスクリプトで包装してしまったため、ハッカーの聖域を汚すことになった。だからハッカーの世界では、WikiLeaksはこれまで以上にスポイルされることになるだろうさ。ハッカーには内容ではなく、そのハッキングのプロセスそのものが重要だから、WikiLeaksの誰かがオンラインになる都度、それを妨害する挙に出るだろう。そうなるとWikiLeaksは兵糧を絶たれることになる。もっと過激な連中はWikiLeaks自体をSocial Engineeringするだろうな。つまり、WikiLeaksに成りすましその名を騙って適当な情報をどんどん流すようにする。そうしてもWikiLeaksだけを貶めることになって、『一般人』に害を与えるものではないから、ハッカーとしての倫理観には抵触しないわけだ。」「暫く前にはシリコンバレーという狭い地域だけでハッカーは十万人もいると云われた。今でも世界中には数十万人のハッカーがいるだろう。ハッカーもアメリカやヨーロッパだけでなく、インドや中国、そしてアフリカや中東にまで居る時代になっているから、その倫理観も『地方性』が出てきている。同時に少しづつ変化もしている。まぁWikiLeaksもハッカーの変異種の一つだがね。そういう連中が今度のことで良くも悪くも触発されれば、これから何が起こるか見ものだね。」「だったら大変なことになるかって?いやそうはならないね。君が最初に大演説で情報爆発ということを言ったろう?まさにそれだ。大勢の人間がてんで勝手にWikiLeaksと同じようなことを始めれば、情報自体に量の増加による相変化が起こる。事実そのままの情報もガセ情報も、味噌も糞もいっしょに流通する、しかもべらぼうに大量に流通することで、偏向や意図された歪曲はむしろ希釈される。関東大震災の頃、大正時代の通信手段は、手紙や口伝、最速のものでも電気で送られ人手で配達される電報だった。そういう環境だから地震災害に直面するとデマが飛び交い、朝鮮人によるテロ陰謀説が広まった。それで大勢の朝鮮人が謂れも無く殺された。しかし、今ではそういうことは起こしたくても起きない。量は質を凌駕するのだよ。」「それじゃぁ一体情報の真偽はどう判断するのかい?」彦はひとしきり干し葡萄をつまんだ後、椅子に深く座りなおすと、生温かいビールのグラスを飲み干した。また微かに顔をしかめた。やはり彼は冷たいビールのほうが本当は好きなのに違いない。「だから情報に真偽など無いんだよ。真偽というものは科学実験室の中にしかない。それだって仮定と結果を照合するという局所的な『場』の中での真偽に過ぎない。情報に唯一ある属性は解釈なのだ。それと、もう一つあるのは意図だな。つまりは情報というものは、送り手と受け手の間で相対的にしか存在しないのだ。まぁ情報というものは、そういうものだとわきまえておけば良いんだよ。あぁ、そうそう。今回のWikiLeaksの件をきっかけにして、やがてサトリの神がこの世に出てくるな。・・・実は私は最初からそのことを云いたかっただけさ。」そういうと、彦は「サトリの話は多くの民話のように東北地方が舞台ではなく、暖かい地方に多いんだ。」といって語り始めたのだ。「猟師が独り冬の山に出かけた。獲物の兎を三羽仕留めた。」ここで彼はなぜ兎は鳥でもないのに一羽二羽と数えるのか、例によってひとしきり講釈をした。「その日の猟を終えようとしたところで夕闇が迫って来、雪が舞い始めたので、猟師は仮小屋に入って雪を凌ぐことにした。囲炉裏に火を熾して暖をとっていると、やがて外は夜の闇に包まれ吹雪になった。暫くすると小屋の戸をドンドン叩くものがある。こんな雪の夜に誰だろうと不審に思っていると、小屋の閂がはずれ、異形のものが入ってきた。そのものは、黙ったまま囲炉裏の向かい側に座り、火に手をかざしている。やがて、『お前は今、俺が一体誰だろうと思っているだろう?』といった。猟師はそのものの風体を見て、目が顔の真ん中に一つしかないのに気がついた。そして、『これが噂に聞く山妖か』と考えた。するとそのものは、『今お前は、俺が山妖かと思っただろう?』といった。猟師は山には人の心を読む山妖が居て、相手の心を読みきると人を喰ってしまうという話を思い出した。するとそのものは、『今お前は俺が妖怪で、お前の心を読んでいると思っているな?』という。猟師は、恐ろしくて黙っていると、そのものは『お前は俺が早くどこかへ行けばいいと思っているな?』、そして『今お前は、ここから逃げ出して、雪の中逃げ切れるだろうかと思っているな?』といった。猟師は心を読みきられてしまうことを怖れて、何も考えないようにしたが、『今お前は何も考えないようにしようと思ったな?』といわれてしまう。もう猟師は生きた心地もしない。その時、囲炉裏にくべてあった薪がはじけて、火の粉がそのものの一つしかない目に飛び込んだ。そのものは、『おぉ痛ぇ!人間てぇやつは何て思いがけないことをしやがるんだ!』そういって逃げていったとさ。どっとはらい。」そりゃ一体何じゃ?しかし、ここで彦に問い質すと又ろくなことにならない。それに彼は深いバリトンのなかなかいい声を持っているので、こうして話を聞かされていると眠くなってくる。話が終わっても私が何も云わないので、彼はポテトチップと干し葡萄の袋に丁寧にゼムクリップで封をすると、そのまま引き揚げていった。彼の座っていた椅子の隅に、ペーパーバックの、Jeffery DeaverのBlue Nowhereが置いてあった。
2010.12.05
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☆12月4日(土曜日) 旧十月二十九日 戊子 友引:【物集彦 其の四】私が注いだ彼専用の温かいビールを一口すすり、Calbeeの「うすしお」の四つ折になって整った一片をティッシュの上から選び出すと、それを丁寧に口に入れ噛締めることで、物集彦は本来の話題からの分岐点に戻ってきた。彼はコンピュータがビットによって動いている限り、原理的にセキュリティはあり得ないという。つまり、セキュリティも暗号化もファイアウォールも、彼によればそれを彼我で承知した上での共同幻想なのだそうだ。その上で、彼はWikiLeaksが2007年に公開されたのが大きな転回点だったという。WikiLeaksはそれまでに既に存在していたのだが、その存在は秘匿されていたのだそうだ。それは私も知らなかった。「何度も云うけれど、現在のコンピュータの内部は1か0なのだ。それを駆動するのも、ファイアウォールも全てビットの世界で行き止まりだ。つまりは所詮人間の作ったものに過ぎない。其処に神の世界も神秘性も、そんなもの有りはしない。そういう単純な機構の上に、昔はFortranやCOBOL、RPG、今ではBasicやC++などといった人造言語を被せて、ソースコードを作り、それが動かないといってはDebugなんかをしている。其処には独創性などという高邁なものはない。ただ誰かが作った人造語の文法を自分が間違えただけのことだ。Debugというのは、愚か者の尻拭いに過ぎないんだよ。」私は彼が嘗ては勤め先でも一目置かれる優秀なプログラマーであったことを、それもChip Jockと呼ばれる「IT労働者」ではなく、Hackerと呼ばれて尊敬を集めていた連中の独りであったことを、当時の同僚として知っている。私は・・・私は並みのエンジニアに過ぎなかった。行列演算処理と、誤差が原理的に累積しないプロッター・ルーチンを開発したことぐらいが私の自慢だったが、そんなものは今の時代とっくに小さなサブルーチンとして「ワイアド」されているので、現役の連中に自慢しようにも、最早話も通じない。それに較べて彼は様々な魔法のようなルーチンを作り、その大半は優れてエレガントだった。彼は早くからコンピュータ同士で形成されるネットワークに注目し、幾つものコンピュータを連携させるプログラムを書いていたが、ある時突然それをやめてしまい、以来ITの世界(その頃コンピュータ業界は「IT業界」と名前を変えていた)に対しては皮肉な傍観者を決め込んでいる。何が直接のきっかけになったのかは、彼は私にも黙して語ったことがない。何か哲学的な衝撃があったのか、或いは誰か可愛い女の子が原因だったのか。多分後者のほうが原因である可能性が高いと私は思っている。彼は還暦を過ぎた今でも、「私は町で行き会う女性の6割には恋をしている。」とほざいている。私はこの言葉の出典が夏目漱石であることを知っているが、これは彼には黙っている。武士の情けである。しかし、彼が元来人に長じて女好きで惚れっぽいことは事実だ。実際・・・・今度は私の話が逸れかかっている。これの話は又別の機会に披露することにしよう。さて、温かいビールをグラスから又飲み、一瞬顔をしかめてから(本当は、彼はやはり冷えたビールが好きなんじゃなかろうか?そう私は思う。)、完璧にジャガイモの形を保ったままの「うすしお」を選び出し、慎重に口に運んで彼は云う。「人の作ったメカニズムの上で、人の作った言語であれこれやっているから、基本的にコンピュータエンジニアはオタクなんだよ。目くそ鼻くその倣いで、小さなことで自分を差別化したがる。WindowsやMacしか使えない連中をポイント・クリッカーといって軽蔑する。プログラムを偽装していろいろな所に紛れ込ませ、防御されたネットワークに潜り込んで楽しむ。他人のパスワードを盗んで他人に成りすましたり、世界中のサーバーを巡り歩いて自らを匿名化することに喜びを見出す。こういうのを『social engineering』というのだが、実際ちょっと気の利いたハッカーなら、事実上素性を隠してどこのコンピュータにも潜り込める。FRBだろうがDOD、フォート・ミードだろうか変わりはない。まぁ一種のゲームだね。様々な仕掛けや落とし穴を見つけ、それを克服しながらゴールにたどり着くんだ。日本のコンピュータなんかは、セキュリティが笊みたいなものだから、洗練されたゲーマーには張り合いがない。だから却って安全なんだよ。」「コンピュータゲームはどんなに複雑なものでも、所詮は誰か他の人間が作った人工の仮想世界だろ?WikiLeaksだって、元々のルーツは同列だった。はしっこいハッカーは事実上どんな情報にだってアクセスできる。連中はそういう情報を覗き見しては、仲間内でそれを回覧することで、自分がどれほど難関とされているセキュリティを打ち破ったかを自慢しあっていたのだよ。」「しかし、ハッカーにはハッカーのモラルみたいなものがあった。それは、セキュリティを破って取得した情報そのものは利用しないというものだ。彼らには『一般人』という蔑称があって、ハッカー以外の人間は皆一般人なのだ。その『一般人』を自分たちのハッキングに巻き込むことは、汚らわしいことで忌むべき行為だったのだ。だからFRBや、日本ならMUFJのコンピュータ、それに防衛省は勿論、DoDのコンピュータにもアクセスできて巨額の金を我が物にしたり、世界のどこかで紛争を起こしたり、或いは逆に紛争を竜頭蛇尾の笑い話にしてしまったり出来たのに、それが『一般人』の世界で問題になったことはない。そんなことをするのは彼らにとっては外道の行いだったし、何よりもそんな事には興味がなかったのだよ。」
2010.12.04
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☆12月3日(金曜日) 旧十月二十八日 丁亥 先勝: 秩父夜祭大祭【物集彦 其の三】「まだ始まったばかりさ。それに、これから暫くすれば退屈するようになって、皆忘れてしまう。それからだね。」彦はそういいながら、袋からまたポテトチップスを一掴み取り出して、卓に敷いたティッシュの上に丁寧に載せた。そして整った形のポテトチップと、一部が欠けたり、小片に砕けたものを丁寧に選り分けている。彼はそうしておいて、整った形の良いものから順に食べていくのである。彼はバターピーナツもそうして先ず選り分ける。ただしバターピーナツの場合は、半分に割れたほうから先に食べていく。ポテトチップスとバターピーナツでは、食べる順序が違う。私が見ていた限り、彦は決してこの順序を違えた事が無い。袋は必ず鋏で丁寧に切って開ける。いい加減に袋を破いて開け、無造作に掴み出して口に放り込むような事は決してしない。彼からすればそんなのは、度し難くも野蛮な行為らしい。彼の動作を観ていると彼独自の作法が確立されていて、それに粛々と従っているように思えてくる。流れるような所作は、能にも通じるものがある。この辺を心理学的に分析すれば、彼の性格の深奥を知るよすがになるかもしれない。しかし、こうして彼の所作を観察している私の心理を逆に分析をされるとやぶ蛇になりそうなので、この話は人にはしたことがない。ついでに言えば、彼の最近の好みは「Calbeeの堅あげポテト」の「うすしお」である。どうも「のりしお」や「ブラックペッパー」なども試した後、「うすしお」に忠誠心を固めたらしい。さて、話題は最近テレビを賑わせてウィキリークスである。私は、ウィキリークスの話と、過日の「尖閣ヴィデオ」の流出事件と併せて、情報の流通と管理統制の間の矛盾を、2次元の直交座標系の上に展開していた。つまりはネットワークの広範な普及が草の根的に、つまり水平方向に野放図に実現してしまったことで、情報というものの管理・統制という従来型の垂直型の発想は、本質的に不可能になった、とそういう主旨である。私はそこから更に、リベラルというものの弱さを論題にし、ひいては政治の開放化(これをリベラル化とも云い得る)と、相変わらずの富国願望を共に実現しようとしている管民主党政権、及びオバマ民主党政権の本質的矛盾を衝く。返す刀で、急速に野党化し、かつての社会党化しつつある自民党のポピュリズムへの阿りと、元々ポピュリストの集団に過ぎない事が顕になりつつあるみんなの党を揶揄する。そうして最後に、相矛盾する願望を政治に期待し、基本的に怠惰に傍観しているに過ぎない日本国民の民度の低さを悲憤慷慨する。其の頃には、用意したビールが空になり、思う存分話した快さと共に、安らかに眠りに就くことができる予定をしていた。それがまだインターネットによる情報爆発に差し掛かった当たりで、物集彦による冒頭の一言である。こうなるともう話は物集彦の独壇場で、私の壮大なシナリオは完璧に崩れる。それも必ずそうなるのである。「そもそも、コンピュータそのものが情報を秘匿することは原理的に無理なのだよ。」彼の話は、殆ど95%はこの「そもそも」という言葉で始まる。そうして、瑣末なままで心地よく済ませることが出来る議論を、一旦さも深遠な高みまで持ち上げておいて、それ以降は物集彦独特の公理公準定理を矢継ぎ早に繰り出して、議論を説きおろすのだ。議論の結末は大抵の場合、拍子抜けするほど陳腐な、実も蓋もない結論となるのだが。彼によれば、コンピュータの原理はビットという0と1の情報単位に依存している。これは今も変わらない。そしてその事はだれでも知っている。この誰もが知っているという事実によって、どんな暗号を開発しても、どんな優れたファイアウォールを十重二十重に巡らせても、20桁にも及ぶパスワードをかけても、原理的には完璧なセキュリティなど実現できないという。「若しこれを解決しようとするなら、今のコンピュータを捨てて、0か1かのデジタルシステムではなく、例えば量子確率を利用した全く新しいアーキテクチャのコンピュータを作るしかないね。」「しかし、そうすると膨大なコストがかかるし、今までの全世界の設備投資を反故にしなきゃならない。だから、企業的には採算が取れず、従ってそんなものは作れない。作れたとしても作らないだろうさ。何十年か前は東京から青森までは蒸気機関車で26時間かかっていた。それが今度の東北新幹線が開通して、同じ距離を3時間ちょっとで行けるようになった。しかし、相変わらず列車は二本のレールの上を走っているだろう。その点はこの先も長い間変わらないだろう。技術と人間には大きな慣性モーメントがある。それと最近は経済性というものが大きなウェイトを占めるようになってきている。嘆かわしいことだが、最近はノーベル賞だって、経済性の呪縛から自由ではないのだ。」また話が飛躍した。彼の話はついついこうなる。どうかするとウィキリークスからビッグバンまで、いやいやビッグバン「以前」まで行ってしまう。私はここで彼のグラスにビールを注ぐ。しかし彼がティッシュの上に並べたポテトチップスはつまんだりはしない。彼は自分の秩序を乱されると途端に不機嫌になるのだ。だから私は自分専用の柿の種をつまむ。ところで彼のビールは私のとは違う。温かいのだ。私は凍りつく寸前まで冷やしたビールが好きだ。氷点以下まで冷やしたビールは、グラスに注ぐ時に圧力が開放されて凍結する。凍結する刹那に出来る微小な氷の粒が引き金になって、封じ込まれた炭酸ガスが気化膨張し、グラスの周辺を洪水にするという粗相をちょくちょくする。しかし、ビールはやはりきりっと冷えたのが美味しい。彼は、「かの偉大な指揮者であるカール・ベームは、必ず燗をつけたビールを一杯ひっかけてから指揮台に上がった。それが彼の才能の源泉だったのだ。」という。「ビールは発酵食品であり、発酵というプロセスは32℃から40℃で最も活発になる。だからそれを冷やすなど言語道断だ。」といって、夏場は少なくとも3時間はビール瓶を屋外に放置しておくし(ただし直射日光は、避けるようだ。直射日光は酵母には良くないらしい。)冬になると鍋に沸かしたお湯に瓶を浸しておく。さすがに沸騰したお湯ではない。「ぬる目の風呂の湯加減程度が最適」なのだそうだ。「元々ビールは中近東が発祥の地だ。冷蔵庫などない時代に、ビールは温かいのがむしろ本来だった。アラビアのロレンスも、ロンメル将軍だってビールは常温で飲んでいた。ビールを冷やして飲むなど邪道なのだ。」と、この話になるとまた止め処がなくなる。彼は体温より低い温度の飲み物は体に悪いと固く信じているのだ。しかし、私はかつて彼が、城山公園の茶店で、かき氷を続けて二杯、上手そうに食べるのを目撃している。イチゴミルクと抹茶だった。これはいつか彼に逆襲する時のためにとっておいてある。
2010.12.03
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☆12月1日(水曜日) 旧十月二十六日 乙酉 大安:【物集彦 其の二】物集彦の名前の方は「彦」ただ一字である。「彦はそれ一字でひときわ美しい男子、美青年という意味を持っている。彦は彦のみで男子の美称として完結しているのだ。日本男子たるもの、一生に一事を成せば足りるのだ。名前が一字であるのは、そういう考を呈して生きよ、ということだ。」長じて自らの名前に不平を鳴らした彼に、亡父はそうのたまわったそうだ。「しかし、姓が物集で名が彦だろう。モズメヒコなんて、メキシコのモッズじゃないか。中学校時代にはそれがまた悪友たちのからかいのネタにされた。私としては、せめて達彦とか恭彦という名前だったら良かったのにと思うよ。」そう彼は云う。しかし、また誤魔化されてはいけない。モッズとはイギリスの若い労働者階級の間で流行した、音楽やファッションをベースとしたライフスタイルで、これが流行したのは1950年後半~1960年代中頃のことだ。つまりは彼が中学生の頃にはモッズなんて言葉は存在していなかったのだ。ところで、彼は、「日本の名字7000傑」というレアなウェブを探し出して、物集姓のランキング調べたことがある。自分の名字などにはこだわらないと云っているくせに、実は自分の特殊性を密かに実証してみたい気持ちがあったらしい。それで名字の歴史ではなく統計的な希少性に頼ろうとした。彼にはこういう些細なことにこだわって自分の存在を際立たせたいという、屈折したところがある。この点、どうみても自らが批判する亡父から受け継いだ遺伝子が彼の中にも存在するらしい。日本には30万種もの名字が存在するらしい。彼が苦労して調べたら、物集姓はその中の53271番目だった。希少・難読な姓であるとはいえ、30万もの中の53271位では自慢にはなりそうもない。それでこの角度からの自分の存在主張を、彼は早々に放棄した。ついでに彼は、お節介なことに私の姓も調べて、それが199位であることを見出した。それを根拠に「狐狸の契りであっても此方のほうが遥かにエライ。」と妙な自慢をしたことがある。私自身は自分の由来は茂林寺のぶんぶく茶釜で行き止まりにして、それで自足しているから余計なお世話である。彼は、お世辞ではなく相当に頭脳明晰で、同時に(特に役に立たない分野で)博学でもある。それは私も認めるにやぶさかではない。しかし、先にも述べたように彼は同時に優れて狷介で、人を韜晦する才能も持ち合わせている。それがとんでもなく幼稚なことを根拠にしているところが可笑しい。だから狐狸の契りもあることだし、私は未だに彼と付き合っているのである。
2010.12.02
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☆12月1日(水曜日) 旧十月二十六日 乙酉 大安:【其の一】名前は彼にとって、年来喉仏に引っかかったままの小骨のようなものだ。彼の名前は物集彦という。始めの二文字が姓で、これは「もずめ」と読む。三文字目は名で、これは「ひこ」とよむ。彦はそれ以外に読みようが無い。つまり彼の姓名の音は「もずめひこ」である。「物集」は古代中国の秦氏の流れを汲む姓で、彼の祖先は大陸からの渡来人ということになる。彼の父はこの姓には随分こだわりがあり、晩年はいろいろ調べていたそうだ。組織人間として定年まで可不可なく勤め上げて引退すると、大抵の男は自分の祖先を辿って何がしか特別なものを見出したがる。狭い世界でついに平凡なままで終わった自らが、実は由緒ある氏の流れに連なる存在だと見出して、無理やり自足したがるものなのかもしれない。彼の父の「調査」によると、秦氏一族の中に、河内国大鳥軍百舌鳥の庄に住着いて勢力を張っていた物集連という族が、物集姓の源らしい。物集連の支流が移り住んだ京都には物集町という地名が今でもあるのだという。秦氏の氏神は京都の伏見稲荷大社で、これは全国の稲荷神社の総本社だそうだ。伏見稲荷の社家には、日本の国学の祖である荷田春満を出した荷田家があり、これは高世、高見、高量と三代にわたって国学者を輩出した物集家とも共通する。中国4千年の歴史を背にした由緒ある豪族に連なり、京の町筋に今も其の名を残し、稲荷総本社の社家でもあり、本邦国学の祖も輩出した名流なのだ。我ら末裔は物集の姓に誇りを持つべきなのだと、彼の父は常々云っていたそうだ。だから彼は街角でお稲荷さんの社を見れば、先祖に対すると同様の敬意を払って、手を合わせる事にしようと思ったことはある。しかし、東京というところは無闇と稲荷神社が多いのである。「この頃江戸に流行るもの。伊勢屋、稲荷に、犬の糞。」と云うくらいだ。江戸が東京に変わり、その後幾多の災害や都市改造の洗礼を受けながらも、道筋や川筋跡に、東京は昔の風景を思いのほか多く遺している。稲荷神社も同じで、江戸の当時には及ばないまでも、随分の数が街のあちこちに遺っているのだ。伊勢屋も犬の糞も今では余り見かけないが、稲荷だけは未だに東京の名物といってもいい。だから行き会う稲荷神社にいちいち義理立てしていてはかなわない。それで彼が、ご先祖の氏神様にはお正月以外には失礼することにしてから最早久しい。国学の物集さんにしても、遡れば何かで大儲けした江戸時代の商売人で、京都の物集の地に移り住んでから物集姓を名乗るようになったとどこかに書いてあった。そうなると、彼の家の物集姓の由緒も怪しい。そういういきさつで、自らの姓の謂れの大半は、父親の願望が牽強付会させたものだと、今では彼は思うことにしている。「家系は源から辿るより、今の自分から遡る方がはるかに面白いに決まっている。そう考えるとご先祖様は膨大な数になる。そうなるとやんごとなき血筋のどこかに、私の祖先の一人くらいは繋がっているに違いない。そう思っていればいいのさ。君の場合だってそうだろう。」と、彼は私にそういう。私の亡父も同じように、晩年になって「自分史」なるものを遺した。それによると私のご先祖は武家で、その家系は群馬の館林まで遡れるとの事だ。しかし、菩提寺がいつだか知らない昔に焼け、過去帖なるものは失われていて、父の探索はそこでおしまいになった。私の父は終に自らの高貴な源流を見出しえなかったのだ。その話をしたら彼は、「群馬の武家なんて、葱や蒟蒻を作っている百姓のついでみたいなものだろ。そんなもの高貴も何も関係ない。要するに貧乏百姓だよ。まぁせいぜい君が尊いといえば、茂林寺のお狸様の血が混じっているくらいだ。私のほうがお稲荷さんで狐、君が狸なら、我々はいわば狐狸の契りということになるな。」と、失礼なことをいう。しかし私の家の宗旨は曹洞宗だから、確かに茂林寺の狸とは縁がある可能性はある。「小学校ではクラス替えのたびに『ぶす』と呼ばれた。物集を『もずめ』と読める小学生なんていない。出来る子供でも『ぶっしゅう』と読むのがせいぜいだ。だから私は『ぶすひこ』だったんだよ。」「中学では、大抵の子供は漢字の意味まで分かる様になるから、クズ屋の家系だと揶揄されたよ。ごみ集めの車が『夕焼け小焼け』の音楽を鳴らしながらやって来るものだから、人の顔を見るたびに『夕焼け小焼け』を口笛で吹く奴がいた。それも歯の隙間からかすれた音を出して、人を苛々させる口笛でね。」「高校では当時のブッシュ大統領が渾名になった。バカ息子のブッシュのほうだよ。同級にテキサスからの帰国学生がいて、そいつが『Bush the Dubbya』と間延びした発音で人のことを呼ぶんだ。」小中高を通じて、珍しい姓であることだけを理由にからかわれ続けるのはむしろ珍しい。だから私は、彼が揶揄される原因は、姓よりもむしろ彼の性格にあるのだろうと思う。彼は人に対する好悪の感情の強い人間で、気に入らない相手となると徹底して狷介さを発揮する。なまじ優れて頭が回転し、どうでもいいことには随分博学であるため、色々なひねくれたトリビアを持ち出して相手を韜晦する。しかもそのやり口は遠回しで幾重にも屈折しており、対象とされた者は最後まで自分が馬鹿にされたことを分からないままのことも多い。彼は自らのそういう態度を「卓犖不羈」と称して、恥じるところがないのだ。ところで、彼の住む土地でゴミ収集車が電子音を鳴らしながら走るようになったのは、1968年(昭和43年)頃からの話だ。それにジョージ・W・ブッシュが第43代アメリカ大統領に就任したのは2001年(平成13年)だ。1949年(昭和24年)生まれのはずの彼がその頃中学生や高校生だったとすれば、これは別の意味で驚異である。これも彼のふざけた韜晦の、それもごく単純な部類の例である。
2010.12.01
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