マックの文弊録

マックの文弊録

2005.05.02
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カテゴリ: 小言こうべえ
◇旧暦三月二十四日 丙戌(ひのえ いぬ)八十八夜 飛騨水無神社例祭

以前から釣りのキャッチアンドリリースというものが解せない。
釣り上げた魚を又水に戻すという事ぐらいは分かる。何故わざわざそんな事をするのかが分からないのだ。

元来魚でも獣でも、生けるものを捕捉するのは、食料にしたり、衣類にしたり、或は道具を作るのに利用したり・・・。つまりは、人間が生きていくために必要だから、他の生き物の命を自然から戴く。そういうことであるはずだ。
なのに、キャッチアンドリリースというのは、食う気も、食う予定もないのに魚を釣り上げ、魚拓を取ったり、写真を撮ったりして、釣果を自慢し合う。ひとしきり楽しんでおいて、しかる後に傷ついた魚を水に放す。要するに、人間様の楽しみだけのための行為だ。

魚の側に立ってみれば、迷惑千万な話だ。食われて人間の血となり肉となるのだったら、未だ魚なりに諦めもつくだろう。しかし、体の方々を傷つけられ、観念して捕捉されてみたら、写真を撮られてポイだ。何というふざけた所業かと、暴動でも起こしたくなるだろうに。

僕のごく身近に、川釣りを趣味とする男がいて、彼は休みの日となると早起きをして、自宅近くの江戸川に釣りに行くのだという。昨一日も彼は江戸川に鯉釣りに行って、数十センチに余る鯉を釣り上げては、写真を撮って放流したのだという。

鯉といえば、洗いにもなるし、鯉こくにもなる。甘露煮にもなるじゃないか。その肉や血は女性の病にも効くとのことで、信州では大いに珍重される魚である。

ところが彼によれば、江戸川の鯉なんて泥臭くて食えたものではないそうだ。だから、釣り上げて計測したら、満身創痍の鯉を再び江戸川に戻すのだ。要するに針にかかった大物の鯉と格闘して、釣り上げるまでの過程がなんとも言えずたまらないのだという。



釣り好きの彼とは以前にもこういう話をしたのだが、有効な反論を受け取った事がない。「だって、趣味なんだからいいでしょう。」とおっしゃるばかりである。

むしゃくしゃと気になって、ちょっと調べてみたら、元々キャッチアンドリリースというのは、ルアーフィッシングとかフライフィッシングのように餌を付けない釣り方に発するもので、どうも発祥はアメリカらしい。
やはり、アングロサクソンの毛唐どもだ!この人種は、生き物を「スポーツ」と称する自分の楽しみの糧として傷つけて憚らない。
動物愛護精神の発祥の地として名を売ったイギリスには、狐君を多勢で寄ってたかって追い掛け回して苛める「スポーツ」があったっけ。

キャッチアンドリリースを「資源保護のためだ」とする資料もあったが、だったら最初から食う気もないのに釣らなければいいのだ。

我が国では、琵琶湖のある滋賀県や、宮城県を皮切りに、キャッチアンドリリースの禁止を始めた自治体が増えているようだが、これは外来魚として日本の湖沼に蔓延したブラックバスやブルーギルなどの魚を駆除する事で、在来種の保護をしようという発想からのようだ。生き物を楽しみだけの為に陵辱すべきではない、との発想はどこにも見受けられない。

どうも釈然としない。
僕も子供の頃はよく釣りに行った。昔住んでいた岐阜市の郊外には、小川も沼も健在で未だまだ色々な魚がいた。それに、県の南の水郷地帯に行けば、田畑を巡る用水路に放流されたフナを、稲刈りが終わる頃には幾らでも釣る事が出来た。釣る事自体は無論楽しい。それは僕も自身で覚えがある。しかし、その後釣った魚は大切に持って帰って、煮付けにしたり、焼いた後で更に甘辛く煮て骨まで食べられる甘露煮にしたり・・・、色々に工夫して料理してちゃんとありがたく戴いたのである。

釣り好きの諸兄姉はこの辺どのようにお考えなのか。





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最終更新日  2005.05.03 21:55:00
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