マックの文弊録

マックの文弊録

2005.05.03
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◇旧暦三月二十五日 丁亥(ひのと い)京都伏見稲還幸祭 博多どんたく

「人間について確実にいえることは、いつかは死ぬという事だけだ。」とは誰の言葉であったか。

確かにそうではあるが、普段我々はそんな事を気にして生きてはいない。明日が来るのは当たり前だと思っている。来年だって、再来年だって、自分が生きているものと嵩をくくって心配などしない。
自分だけではない、自分の身近な友人や家族についても、ペットについてだって同じように思っている。

「いつかは死ぬ」とは、免れ得ない確実な事実であるのに、日頃はこれほど抽象的な概念もない。

しかし、時にそういう能天気が破られ、冷厳な事実として死というものが目の前に突き出されることがある。
先日の尼崎での大事故もそうであった。
ずっと以前に日航機が山に激突して大量の犠牲者を出した時も、浦賀水道で釣り舟が自衛艦に衝突されて沈没した時も、不幸にも仕事でご縁の有った方が犠牲になり、その方々が死に至るまでの気持ちを思いやって慄然としたものだ。
逆にいえば、凡人はそういうことでもない限り、普段は死などに向き合わぬものなのだ。


英文学の先生で、教養部では英語の授業を持っておられた。僕はクラスが違って直接教えを受けた事はないが、友人の縁で卒業後にお目にかかり、以来主にインターネットを介してお付き合いさせて戴いている。
先生は、何年か前に病を得られて、それが最終的に不治の癌と診断された。にもかかわらず、つい最近まで教鞭をおとりになり、研究や翻訳も続けてこられた。
30年近くも前の悪ガキの教え子達を、八ヶ岳南麓の自作の山荘にお招きになり、一宵を談論に興じるなどもしてこられた。
時折戴くメールも鋭い文章で、周辺の欺瞞や不正義を断罪され、読んでいて小気味よいほどであった。

先生のメールは、「NHKのガンサポートキャンペーンに投稿したから、現在の心境を知って欲しいから読んでみてくれ。」という趣旨であった。
付記されていた、 http://www.nhk.or.jp/support/index.html に行き、「支え合おう患者と家族たち」→「ガンとの向き合い方について」→「病院(医師)と決別するとき」と手繰って、先生の投稿を拝読させていただいた。

粛然たる想いであった。
能天気にとっての抽象概念を、現実のものとしてしっかり見据えて、尚周辺の安直を批判しておられる。更には病と折り合って生きる姿勢まで示しておられる。
「若し自分であれば」と思うと、こういう姿勢を取れるかどうか。
不肖の教え子としては、敬意を持ってここでアドレスを紹介させていただく。






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最終更新日  2005.05.03 21:57:39
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