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2007年07月17日
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 我が輩は本日ようやく国土交通省からの依頼である地質断面を作成し始めたのであるが、1週間以上間が開くと何とも頭が切り替わらぬので、こうして気分転換に日記を書いている。実はこうして気分転換をした方が仕事がはかどる気がしてならない。

 海軍乙事件に関しては、吉村昭氏が「海軍乙事件 文藝春秋(1976)」として書かれており、同書の内容がほぼ現在の定説となっている。
 ところがこれと全く異なる内容を記した文章が存在する。それが、「古賀司令長官殉職の真相 謀殺された古賀元帥の秘密 米比ゲリラのの手から救出されながら南方の孤島で自決し果てねばならなかった悲劇の名将古賀提督の謎の最後! 丸 第十巻第一号 木村文平(第三十一軍参謀部諜報班長・元陸軍大尉)(1957)」である。内容的にどうも本当かな?と思うところがあり、旧海軍関係者の口からこの話が全く出てこないことからみても恐らく単なる噂に過ぎないものではないかと我が輩は考えている。もし事実であれば、これほどの事件であるから少数の関係者に対して箝口令を引いたとしても、戦後どこかから話が漏れるものと考えられるからである。しかし、当時恐らく基になる何らかの話(恐らく捕虜になった士官の話等か?)が少なくとも一部には流布していたのではないかと考えられる。

追記
 どうも噂というものは一人歩きをするもののようである。





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最終更新日  2007年07月17日 15時05分59秒
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