ウンとかスンとか mamatamの日記

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2020.08.07
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カテゴリ: あの頃
ブロ友のにととらさんが、中学校の音楽の授業の思い出から、高校入試のことを思い出されて、その受験科目が9教科だったと書かれていました。

東京の都立高校もわたしたちの前の学年までは入試科目は9教科でした。
わたしたちも、当然のように9教科の受験勉強をしていましたけれど、でも、実際に受けた入試は英語、数学、国語だけ、3教科受験でした。
科目数変更が伝えられたのは、確か2年生の秋だったと思います。
ほとんどの生徒が愕然としていました。
変更されたのは、科目数だけではありません。
というか、科目数の変更なんてむしろ取るに足りないことで、本当に大変だったのは、 入学を希望する高校を選べなくなった ことでした。

或いは、きっと何か思い違いをしているにちがいないと。
そうですよね、常識的に考えて、そんな事ありえない、そんな馬鹿な事が現実にあったはずがないと思いますよね。
でも、それは本当にあったことで、わたしは話を作っているわけでも思い違いしているわけでもありません。
わたしは東京都立高校学校群制度の第一期生で、それはわたしがほんとに体験したことなのです。
ご存知ですか、学校群?
都立高校が同じ学区の中で2ー3校ごとの群れに分けられ、志望者はその「群れ」を受験するのです。
「群れを受験する」ってどういうことかおわかりになります?
入試を行うのは「群れ」なので、群れの中の特定の一校を志望することができません。
たしか、願書には志望校名を書いて提出したと思いますが、試験に合格すると入学先はくじ引きで決まるという話で、実際志望校はほとんど考慮されていなかったようでした。
2年生に進級するかというころに学校群制度という言葉が新聞やテレビで語られるようになり、それから一年足らずのうちに実施が決まったのです。生徒本人も親もなんだかわからないでいるうちにことが進んでいきました。
おそらく碌な議論も行われていなかったのではないでしょうか。

そんな理不尽な(少なくとも受験生にとって)制度が、そんなに性急に決められた裏には、いろいろな理由や大人の事情があったのだと思います。
その頃、受験地獄という言葉は耳になじんだものでしたし、教育制度、受験制度の改革論議も盛んに行われていたことは中学生でも知っていました。
それらを解消、改善するには、都立高校の学校間学力格差をなくし、全体のレベルを底上げすることが必要で、そのためにはこれくらい思い切った政策が必要だとか、大人はきっとそんな風に考えたのでしょうが、でも、わたしたち受験生にしてみれば、ただただ、「合格しても希望校にはいけなくて、希望しない学校に入学しなくてはならないこともある、信じられない制度」が、入試の数ヶ月前にいきなり降ってきたという悪夢でしかありませんでした。
しかも、中学区制は手がつけられないまま残されたため、一学区の中に大体4つくらいの群が作られ、タチの悪いことにこの群は偏差値が同じくらいの学校で構成されたので、群と群の間には歴然とした格差が残ったままでした!フン、ナニサ!!
そしてその結果、3桁の東大合格者を出すことさえあった幾つかの都立の超エリート校の凋落が始まり、それは想定内だったでしょうが、成績優秀者が都立高校から離れていき、やがて都立高校全体のレベル低下が起るまではあっという間で、そこまでの事態はきっと予想されていなかったでしょう。

東京では都立高校離れが酷くなり、私立校を目指す動きは私立小中学校受験者の増加、受験の低年齢化につながり、いわゆるお受験が目立って増えたのはそれからだったと思います。
この学校群制度には、最初から多くの強い批判があり、賛成とか反対とか考える余裕もなく、いきなり渦の中に投げ込まれたわたしたち受験生は知るよしもないことでしたが、そのわたしたちが入学することになる都立高校でも、特に伝統校といわれる成績上位校では教師も生徒もこの制度に反対の意見を持つ人が多かったそうです。
わたしたち自身、ほとんどが望まない入学者でしたが、迎える側からも歓迎されない新入生だったらしいのです。考えてみれば当然ですね。その学校に入りたくて入学した在校生と、教員たちが、嫌々入ってくる一年生を歓迎するわけないですよね。
学力が低下すると同時に、長い年月をかけて培われてきた独自の校風もなし崩しになっていったそうで、それを、ただ眺めるているしかなかった方達は、きっと無念だったでしょう。
でも、その破壊の犯人であるわたし達にはその自覚すらなく、何が起きているかにも全然気づきませんでした。
結局、ボロボロになった都立高校の群れを残して、学校群制度は十数年後に廃止されました。
個人的なことを申し上げれば、わたしにとっても入学した高校は、三校ある群の中で第三志望の学校、つまりできれば行きたくない学校でした。
おそらく、入学者のほぼ全員が同じだったでしょう。
なんの希望もなく入学したその高校での三年間は、でも、予想に反してとても楽しい日々でした。
それは、恐らくわたしだけのことではなかったようです。
卒業後、三十年ほどたったある年、数人の同期生の声かけで同期会が開かれるようになり、在校中は名前も知らなかった同期生たちと改めて知り合い、今では年に一度、参加者は2ー30人ですが、一泊の旅行が続けられ、飲み会は数知れずです。
また、コロナのせいで、ここ数ヶ月会えていませんが、毎月5人で集まって、若くして亡くなった友のお墓参りをし、会食するのは、高校のクラブ仲間です。
もし、幻滅だけの三年間だったとしたら、起き得なかったことでしょう。
大人たちの理想や思惑に翻弄され、先輩や先生方にも歓迎されず、よく考えれば随分な目にあってきたわたし達でしたが、今思えばそんな中でも十代後半の日々をしたたかに逞しく楽しみ味わって、こんな素晴らしい大人(笑)に育ってきたんだなあと、今、そんな自分たちを褒めて、いい子いい子してあげたいような気持ちになっています。

長い長いブログに付き合わせてしまいました。ごめんなさい。そしてありがとうございました。





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最終更新日  2020.08.08 10:59:48
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