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2022.11.17
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カテゴリ: あの頃
昔々、わたしが20代の頃のことですが、わたし、ハンガリー人の男の子と文通していたことがあります。
24歳の時、ヨーロッパ旅行をしたのですが、その旅の中でどこに向かう電車だか忘れたけれど、偶然同じボックスに座って、別れる時に住所を交換したのだったと思います。
その時はたしか高校生でした。
わたしは大学卒業後勤めた会社をその旅行のために退職したので、帰国後はアルバイトしながら就職活動、そして数ヶ月後には就職しましたから、文通と言っても、そんなに頻繁にやり取りしていたわけではなく、お互いに月に一通ずつとかそのくらいだったような気がします。
わたしは英語かドイツ語しかできないので、手紙はそのどちらかだったはずですが、どちらだったかは覚えていないし、お互いにどんなことを書いていたのかも、記憶にないのです。きっと大したことは書いていなかったのですよね。
手紙のやり取りの中で一番印象に残っているのは、ある時いきなり彼が日本に行きたいので、わたしが彼を招待することにしてくれないかと書いてきたことです。
もちろん旅費などは自分で用意するけれど、行き先の国に身元保証人が必要で、その人が自分を招待するという形を取れば出国許可が取りやすいのだというのです。
その頃、ハンガリーはいわゆる東側、共産圏の国で、自由に国外に出ることはできませんでした。
彼がどんな家庭の子なのかは全く分かりませんでしたが、たとえお金があっても簡単に出国はできなかったのです。

わたしはただの会社員だから、わたしの招待状なんてなんの役にも立たないだろうし、また、本当に彼が日本に留学してきたとしても、世話することも助けることもできる力はないので、無責任にそのような手紙を書くのも無理と返事を書きました。
彼もそこまでわたしに期待していたわけではなかったようで、それで腹を立てたわけでもなく、今から思えば何の意味があったのだろうと思うようなゆるーい文通はそれからも途切れ途切れながら続いていました。
その2-3年後だったか、わたしはまたヨーロッパ旅行の予定を立てました。それはゴールデンウィークを利用した1週間ほどの短い旅でしたが、彼はこの時チューリヒの大学に留学していたので、わたし自身チューリヒにも行きたかったし、スケジュールを調整して会いに行きました。
その頃の彼は、すごく頑張って勉強して言葉も地理もマスターしてタクシードライバーのライセンスを取ったそうで、 タクシードライバーのアルバイトをしていると書いてきていました。それ、留学生には最高のアルバイトだそうでした。 ブラジルからの留学生のガールフレンドもいて、すごくハッピーに暮らしている様子でした。
感動の再会を果たしたはずですが、チューリヒのどこでどう会ったのかも忘れてしまいました。
ホテルは予約して行ったのですが、そんなとこにお金払うの勿体無いから僕のアパートに泊まればいいと言ってくれて、僕は彼女のとこに行くからと鍵を貸してくれました。心配ない、これのほかに鍵は彼女が持ってるだけだからって。

明らかに東欧風な顔立ちの男子2人とアジア人のわたし、ドイツ系ブラジル人の彼女の4人が片言というか訛りまくりのドイツ語で(それだけが4人の共通語だったので)、お店でも、食堂でも、観光地でもワーワーキャーキャー笑ったり騒いだりしているのは、随分と奇異な光景だっただろうと思います。
わたしが帰国して、その後もしばらくは彼とのゆるーい文通は続いていましたが、わたしも30代に近づき、再度転職もしたりして忙しくなり、彼もおそらく卒業して社会人になり、そんなこんなで気づけば手紙のやりとりも無くなっていました。
手紙は、
彼がスイスに移ってからも通り一遍のやりとりだけで、政治的なことや社会な内容はほとんどありませんでした。

そんなお互いにもどかしいばかりの文通でしたから、ほんとうの大人になるまで長続きするわけもなかったのです。
でも、今になって、
ふと、どうしているかなあって思いだすことがあります。
あの後、どんな人生を送ったのだろうかって。
何より、あの頃が今のような状況だったら、ハンガリーから日本に来るのなんて全然自由だし、こんなこと言って大丈夫?なんておっかなびっくりでいる必要なんかなかったでしょう。費用だって今ならあの頃よりずっと負担が少ないはずですから、彼がドイツ系ブラジル人の彼女と一緒に日本に来てくれたかもしれないし、もっともっと長い付き合いのお友達になれていたかもしれません。





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最終更新日  2022.11.17 23:34:13
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