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アルパカかわいいすっかりはまってしまいました。今までにこんなにも私の心をくすぐった動物は、アデリーペンギンと柴犬くらいです。那須高原にアルパカ牧場があるそうです。アルパカ牧場のHPの中に動画がありました。もうダメ。かわいすぎる!!おもしろくてかわいくて、どうしようもなく幸せな笑いがこみ上げてきます。アルパカはなこちゃんの写真集まで注文してしまいました。明日届くので楽しみです「アルパカ牧場に行って、アルパカにむぎゅーっと抱きついてみたいよ~」と相方に言ったら、「たぶん臭いよ」との冷たい返事が返ってきましたひどい那須高原。遠いけど、行ってみたいなぁ
2009年01月30日
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今週からしばらく、週6出勤が続きます。今日はもう木曜日なのに、あと2日も仕事1週間が長いです。最近、膵臓の調子が良いような気がします。左の背中から腰にかけて常にあった違和感のようなだるい痛みを、あまり感じません。食事の後の発作的な痛みもしばらく起きていません。フォイパンを増量してから効果が出始めたのか?それとも痛みに慣れて感じなくなってしまったのか?2月の初めに総合診療科を受診するので、そのときわかるでしょう。油っこい物を食べると痛くなりやすいと知り、最近の食事は鍋か蒸し料理ばっかりヘルシーだから良いんだけど。私の膵炎対策メニューに付き合っている相方は、・・・・・・・痩せていくあれ??私の体重は変化してないのになぜだ??ちょっと納得がいかないぞ?!膵炎対策と同時に相方の体重増量対策も考えなくちゃ
2009年01月29日
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1月27日卵巣がんの抗がん剤の早期承認を求める署名が厚生労働省に提出されました。夕方のニュースでも放送されました。当日のニュースの動画がこちらから見られます。左上の「過去の放送」の一番上にある、(2009.1.27 OA)のところをクリックしてください。署名を受け、抗がん剤ドキシルが、早ければ4月にも承認されることになりました。もしもの場合の選択肢が一つ増えること。2度の再発を経て経過観察中の私にとっては、本当に心強くてありがたいことです。中心となって動いてくださったぁゃこちゃんのお母様、スマイリーの片木さん。自らがんと闘う姿を見せて世に訴えてくれたぁゃこちゃん。ただただ、感謝の気持ちでいっぱいです。15万人を超える署名に協力してくださったすべての皆さん。ただただ、ありがとうございます。ドキシルはもうすぐ承認してもらえることになり、本当にありがたいことだけど、これは根本的な解決ではないと思います。だって、日本では、ドキシルの他にもたくさんの薬が承認待ちの状態にあるのです。いろんな病気の患者さんが、それぞれの薬の承認を命がけで待っています。新薬承認の仕組みを変えて、ドラッグラグを無くして欲しい。救える命を、ちゃんと救える国になってください。
2009年01月27日
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卵巣がんの抗がん剤の早期承認を求める署名活動にご協力くださった皆さん。あたたかいご協力、本当にありがとうございました。署名は15万人以上集まり、ついに明日、厚生労働省に提出されます。提出の様子などが、明日の17時台にニュースリアルタイム(日テレ系)で放送される予定です。ぜひご覧ください☆たくさんの患者さんたちの必死の声が、たくさんの応援してくださる皆さんのあたたかい気持ちが、しっかり届きますように。
2009年01月26日
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今日、モレラ岐阜にJULEPSが来ました以前「旅立つ日」という曲を聴いて感動し、CDもDVDも買って陰ながらずっと応援していました☆そのJULEPSの皆さんが岐阜に来てくれて、歌を目の前で聴けるチャンス!!ということで、早めに行って前の方を陣取りました。目の前で聴く生の歌は、本当に心に響いてきて、じーんと涙ぐみながら聴きました。こちらから歌と映像が視聴できます。お父さんがある日死を告げられ、残される家族を思いながら旅立っていくストーリー。がん患者である私は、旅立っていく側の思いを歌ったこの歌を、辛くて怖くて聴きたくないような気持ちになりました。でも何度も聴いているうちに、旅立っていく人が残される人を思う気持ちがいっぱい感じられて、優しい気持ちになってきました。人間誰だって、いつか必ず旅立つ日が来る。そして旅立つ日はいつ突然やってくるかもわからない。だからこそ、生きている今、大切な人に感謝の気持ちを伝えなきゃ、共に過ごす時間を大切にしなきゃ、と教えられた気がします。心にじわーっと暖かいものをもらって帰りました。
2009年01月25日
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仕事帰りに美容院に寄って、髪を切りました。2年1ヶ月前に治療が終わってから、そろえる程度に少し切る以外はずーっと伸ばし続けてきましたが、今日はついに10センチ以上切っちゃいました大学生の間に発病して再発もしているから、大学生活の大部分はかつらまたはベリーショートの頭でした。色を染めたりパーマをかけたりと、一番自由に髪を遊べる大学生の時期にかつらかベリーショートで過ごしていたので、私は髪をいじった経験がほとんどありません。おかげで美容院代は全然かからなかったけど。でも美容院何十回分のかつら代がかかってるかだから長い髪にはずっとあこがれていました。何回も治療を受けて毛根が鍛えられたのか?最後の治療以降、驚異的な速さで髪が伸びました。長い髪が嬉しくてどんどん伸ばしてきたけど・・・そして、もったいなくてなかなか切れずにここまで来たけど・・・成人式も結婚式も終わっちゃって、長い髪が活躍する機会がないんだよねだんだん洗うのも乾かすのも面倒になってきて、切ったらもったいないという気持ちも無くなってきて、「どうせまたすぐ伸びるから、切っちゃえ~!」と、思うようになりました。これでまた一歩、治療の束縛から解かれた気がします
2009年01月23日
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今日は今月2回目の通院日でした。最近は後遺症のために受診している科は月1回の受診で、今月は2週間前にすでに行ってきたので、今日は婦人科のみでした。1科だけだとすごくラクです。仕事が終わったら病院に直行して採血。結果が出るまでの間に、スーパーに寄って買い物をして家に帰り、ワイドショーを見ながら遅めの昼食を食べ、病院に戻りました。病院に戻る頃には採血の結果が出ているのでわりとすぐに呼ばれます。メインマーカーのLDHは正常値前回調べたNSEも正常値でした。白血球も5000台で、免疫力ばっちりです。治療終了から2年1ヶ月。最高記録更新です確定申告の時期が近づいてきて、仕事が忙しくなってきました。1月末から3月頭までは土曜日も毎週出勤です2月なんてたったの4日しかお休みがありませんRFLに向けての活動もしたいし、勉強もしたい。家事や食生活をおろそかにはしたくない。だけど仕事は忙しくなるし、自分の体は無理がきかない。葛藤はあるけれど、一番の大原則は“体を大事にすること”だと自分に言い聞かせる。病気が悪化したら、何もできなくなっちゃうし、たくさんの人に迷惑と心配をかけることになるもんね。無理しないように、体力を温存しながら頑張ります。
2009年01月20日
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今日は名古屋の中川生涯学習センターで、がんと生こまい!の患者サロンとRFL中部実行委員会に参加してきました。今日は初めて一人で車を運転して行きました名古屋市内を運転している自分に感動でした(笑)「車で来ました」と言ったときの皆さんの驚きようといったら・・・私ってそんなに運転できなさそうな顔してるのかなぁ帰るときもたくさんの皆さんにご心配いただき、ありがとうございました。時間はかかりましたが無事に家に帰り着きました。がんになっても再発しても、しぶとく生かしてもらっている貴重な命。交通事故で無駄にするわけにはいきません。これからも安全運転でゴールド免許を目指しますさて、今日の実行委員会で、RFL中部大会の日にちと場所がほぼ具体化しました今年の10月、私のお世話になっている大学病院(というか大学本体)のグランドがRFLの開催候補地となりました!!自分ががんと闘った場所、2年半以上も通い続けている場所でRFLが開催されたらとても嬉しく、感慨深いものです。これから実行委員会の活動がますます活発になると思います。楽しみながら頑張りたいです。7年前の今ごろ、高校3年生だった私はこの大学の医学部の推薦入試を受けました。センター試験の点数が基準点に届いていなかったので合格の見込みは無かったんだけど、記念受験のつもりで。医学部の校舎に入って、小論文の試験と先生方による面接を受けました。案の定、推薦入試は不合格。経済的に浪人や私大はNGだった私は、一般入試で医学部を受験するのを諦め、別の大学の農学部を受験したのでした。あの時、この大学や大学病院に関わることはもう一生無いだろうと思っていた。ところが名古屋で大学生活を送っている間にがんを発症し、2度目の再発を機に地元岐阜の大学病院に移ることになって。そして今年の秋にはこの大学でRFLを開催するかもしれない。なんだか不思議な縁を感じます。もしもあの時、推薦入試に合格していて、がんを発症することも無かったとしたら・・・今ごろ私は研修医1年目(とてもとても想像できない)で大学病院で働いていたことでしょう。そのとき自分の大学でRFLが開催されると知ったら、興味を持って積極的に参加しただろうか?がんと闘う患者さんと一緒に歩き語りたいと思える医師になっていただろうか?う~ん、自信が無いでも今、一人の患者としては、若いお医者さんや看護師さん、医学生の方々も一緒に歩いて欲しいと思う。不思議な運命によって“患者としての立場で”大学病院と関わることになった私。医療関係者や医学生の方々をRFLに巻き込んで、患者も医療関係者も一緒になってがんと向き合える関係になるための橋渡しをできたらいいな。なんて大それた妄想をしているけれど、大切なのは「できることからコツコツと」。まずは主治医を誘ってみよう!主治医と手をつないで(←たぶん断固拒否されそう)、1周だけでも一緒に歩けたらいいな。
2009年01月18日
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今週の平日は相方が研修旅行の引率に行ってしまって留守だったので、自分一人のために食事を作ったり暖房をかけたりするのがもったいなくて、実家に帰っていました。実家から通勤すると普段の2倍の時間がかかるけど、母がお弁当を作ってくれたので朝起きる時間を早めなくても大丈夫でした仕事から帰ってから夕食を待つ間に勉強もできたし、快適な生活でした(笑)実家の近くに学問成就の神社があり、高校入試のときも大学入試のときもここで合格祈願していたので、社労士の合格祈願をしてきました。神頼みだけしておいて勉強をしていないようではばちが当たりそうなので、ますます勉強しなきゃという気になりました(笑)相方は昨日無事に帰宅し、私もアパートに戻ってきました。相方は過労のためか風邪を引いた様子です。風邪が早く治るように、そして自分はうつされないための免疫力を付けるため、栄養のある食事を作って頑張ります。今日は友達の家でのパン教室に2度目の参加をしてきました。2種類のベーグルに、ブルーベリーブレッドに、ロールパンと、盛りだくさん同時進行で数種類のパンを作るのはとても忙しくて、でもせっせと作業するのがすごく楽しかったです。焼きたてのパンの味は格別で、やっぱりパン作りは素晴らしい!と思いました。家でも作りたい!!毎朝手作りのパンで一日が始まったらどんなに素敵だろうと憧れるんですが、手こねのパン作りは何時間もかかるから、普段の生活の中ではなかなかできません明日は名古屋に行って、がんと生こまい!サロンとRFL中部実行委員会に参加してきます。電車やバスは風邪やインフルエンザの危険がいっぱいなので、車で行く予定です私の運転で行く方がよっぽど危険という説もありますが・・・安全運転でゆっくり行ってきます!
2009年01月17日
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世界仰天ニュースを見ていたら、14年前に小児がんと闘った女の子の物語をやっていました。彼女は11歳のときに小児がんを発症。私と同じ、卵巣の未分化胚細胞腫瘍でした。お腹いっぱいに膨らんだ腫瘍のCT画像。抗がん剤による激しい吐き気と嘔吐。治療中は水やゼリーくらいしか食べられなくて、ふらふらでまっすぐ歩くこともできない。治療後はかつらをかぶっての通学。毎月の検査のたびに襲ってくる再発の不安。19歳のときの自分とあまりにも重なりました。自分のことを思い出して辛くもなりました。でも自分と同じ病気で同じ治療を体験した人の姿をリアルに(再現映像だけど)見て、他の人も同じように頑張ってるんだ、と心強くも思いました。その彼女は現在25歳。私と同い年です。14年間再発することなく、今はなんと2児の母になっていました。今でこそ、抗がん剤などの治療技術が向上したおかげで、若い卵巣がん患者の場合はできるだけ片卵巣と子宮を残す方針が取られています。私も5年半前にがんが見つかったときは片卵巣と子宮を残す事ができ、その後再発がなければ妊娠・出産できる可能性がありました。でも14年前は、患者が若かろうと両卵巣も子宮も全部取ってしまうのが一般的でした。そんな中、彼女の主治医だった小児科の先生は、「彼女の命を救いたい。同時に彼女の将来を生きる可能性を残したい」と考え、片卵巣と子宮を残して治療をしたそうです。“命だけでも助かればそれでいいじゃないか”っていうんじゃなく、“命が助かった後の人生”まで考えてくれていた先生。そんな先生がいることがすごく嬉しくてありがたくて、感動しました。未分化胚細胞腫瘍と闘い、10年間経過観察の検査に通い続け、学校に行き、就職し、結婚し、2児の母となり、元気に生きている25歳の彼女が、番組のインタビューを受けていました。笑顔の素敵な25歳の女の子。本物の彼女の姿を見て、よかったね、本当によかったね、と思いました。すごく大きな希望と勇気をもらいました。きっと私と同じように、若い卵巣がん患者の方々がたくさんの勇気をもらったと思うし、がんになっても元気に幸せに生きている人がいるということを、一般の方にも知ってもらえたと思います。ありがとう。私もあと3年、5年、10年、20年・・・“命が助かった後の人生”を大事に大事に充実させて頑張ります。
2009年01月07日
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今日は今年初の通院日でした。総合診療科+精神科+婦人科の3科受診。年始早々ハードでした☆総合診療科年末の忘年会後に腹痛を起こして飛び込みで受診したのですが、そのときの血液検査結果はアミラーゼとトリプシンの数値が高くなっていました。やっぱり・・・。私は膵臓の痛みだと主張したのに、膵臓・腸・腎臓の全部の検査をされて何時間も待っている間に治まってしまったのでした。痛いときに酵素を抑える注射を打てばすぐに痛みが治まるらしいのですが、注射を打つか判断するのに(痛みが膵臓によるものなのか判断するのに)時間がかかるのでは意味がありません。また発作が起こったときに、すぐに病院に行ける状況にあるかどうか分からないし、年末のように初対面の先生だと一から検査をしないと注射を打つべきか判断できない場合もあり得るので、そんなときのために痛み止めの座薬を処方されました。油っこい物を食べた後に発作が起きやすいので、あまり食べない方が良いそうです。忘年会で霜降り肉を食べてからお腹が痛くなったことを話したら、「そんなもん、いかんわ~!痛くなっちゃうよ」と言われてしまいましたうーん・・・新年会は大丈夫かなぁでも発作が起きても命に関わる問題ではなくて、ただ自分が痛みに苦しむだけなので、食べたい物を食べるか我慢するかは自己責任で決断するしかありません。しばらく膵炎の薬を飲み続けていますが数値が良くなっている気配がないので、薬が増量されました。それから3月に膵臓のMRIを撮ることになりました。臓器を限定したMRIが撮れるんだ!と驚きです。膵炎と総合診療科とのお付き合いはまだ続きそうです。☆精神科特に変わりなし。いつも通りお守り程度の弱い安定剤を処方してもらいました。☆婦人科火曜日が2週連続で休みだったため大混雑先生もとても焦っているご様子だったので、今日は雑談は控えました。血液検査は異常なし順調です。ヒスロンを半分にしてから2週間ほど経つけれど、今のところ体調にも数値にも異常は無いのでこのまま半錠で継続です。他の後遺症はあるけれど、とりあえずがんの経過さえ順調に進んでくれれば一安心です。今日は全部で4時間もかかりました疲れた~
2009年01月06日
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少々遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。2009年も、もう4日目。明日から仕事です今まではいつも家で年越しするのが恒例でしたが、今年は初めてイベント会場で年越ししました。大晦日の夜10時から、地元のローカルテレビ局が主催している“ペア勝ち抜き○×クイズ大会&カウントダウン”のイベントに夫婦で参加してました(笑)なんと○×クイズは3問全問正解で勝ち残り、残った中から1組だけが決勝に進めるというところで、2位になってしまい敗退しましたう~惜しかった~(涙)まぁ、年の初めから運を使わなくてよかったと思うことにします。2009年の夢と目標1月~8月 社労士試験に向けて勉強&仕事&家事の両立 8月末 社労士試験受験! 9月 鹿児島篤姫旅行に行けたらいいな9月か10月? RFL中部開催12月 治療終了から3年☆贅沢を望まず、地味に細々と、毎日を大切に真面目に生きたいと思います。コツコツと勉強して、出会いの一つ一つを大切にして、感謝の気持ちを忘れずにいたいと思います。12月に、笑顔で3歳の誕生日祝いができたらそれで満足。今年も1年頑張ります。どうぞよろしくお願いします。
2009年01月04日
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